彼は驚愕する──
──彼女の恋心を知って
星1つ見えない、満月の夜。
数本の金色が光って落ちる。
「しししっ、ししししっ!!」
土と血で汚れた金髪。前髪も後ろ髪同様、土と血で汚れていて、そんな前髪に彼の瞳は隠されていた。彼の目は前髪のせいで見えないけれど、きっと瞳孔が開ききっていいるに違いない。
対して私は目を細めた。理由としては相手が自分よりも小柄である事、そんな小柄な体型を活かしたスピードに目がついていけてないことが挙げられる。
スピードでいえば、彼の方が数段上だろう。でも、こっちだって靱やかさや身体の軟らかさでは負けていない。
私と現在進行形で闘っている相手──彼はベルフェゴールという名で、詳しくは知らないが、どこかの国の本物の王子だったような気がする。
そんな彼は齢8歳にして、王国を滅ぼし、実の双子の兄であるラジエルを殺した。実の兄を殺したことで、彼の残虐性が目覚めたのかは分からないが、ボンゴレファミリーというマフィアの中では恐れられるマフィアの闇、独立暗殺部隊ヴァリアーに入隊。そして今に至るわけだ。
彼と私が会ったのは本当に些細なこと。裏社会ではよく有り得る、ターゲット被りである。私のターゲットと彼の暗殺対象が被っていた、ただそれだけである。
では、何故私と彼が対峙しているのか。それは彼がしくじってしまったからだ。全貌を見ていないため、定かではないが、きっと彼はターゲットを殺したことで気を抜いしまっていたのだろう。その隙をつかれて、近くに潜伏していた敵か何かに、彼は怪我を負わされてしまった。
彼は自分の血を見ると、どうやら双子の兄を殺した時の快楽を思い出すらしい。バーサーカーモードに入ってしまい、その状態に入れば、彼は記憶を飛ばしてしまうと聞いたことがある。
私がこの場に来た時には、彼が連れてきたであろう部下達は無惨な死体と成り下がっていて、私の気配に気づいた彼は、標的を私に変え急に喧嘩を振ったきたわけだ。全くいい迷惑である。
腐ってもヴァリアー。バーサーカーモードだろうが気配には敏感、ということか。闘うつもりはなかったので、殺気は一切出していなかったのに。
さて、どうしようかと考える。
彼を殺すのは至極簡単である。けれど、彼はボンゴレの闇である暗殺部隊に所属している。ここで彼を殺してしまえば、私はボンゴレに目をつけられお天道様の下どころか、お月様の下も歩けなくなってしまうだろう。
それは御免だ。
「ドクドクが止まんないよォ〜!!」
ぎらり、彼と目があったような気がした。
その瞬間、彼はいつの間にかナイフを片手に私の懐に入っていた。彼は私を殺す気満々で、無駄な動きは一切ない、洗練された動きでナイフを振りかぶる。
死ぬ
そう悟った私は鎖鎌をぎゅっと握りしめ、下から上へ、彼の首を狙い刎ねようとした。
──殺しちゃ、駄目
鎖鎌を持つ力を緩め、私は咄嗟に身体を捻った。
心臓目掛けて振り下ろされたナイフは私の右横腹に刺さる。痛くて、ドクドクと血が流れる感覚がする。けれど、そんな痛さにかまけてる暇はない。
自分の身体を囮に使った私は、ナイフを刺された瞬間、左足を大きく振りかぶり、彼の腹を思い切り蹴飛ばした。
小柄で軽い彼は、簡単に飛んでいき、そのまま木の幹と衝突する。鈍い音がした。
「……うご、かない…」
彼は動くことなく、彼の全身の力が抜けていくのが見えた。どうやら気絶したらしい。
血が止まらない横腹を抑えながら、彼の元へとのそのそ歩く。生きているかどうか確認したところ、ちゃんと息はしていた。良かった、死んでなかった。これで死んでたら私は本当に危なかった。
さて、何とか彼を止めることが出来たが、次の問題点だ。彼の部下と思われる人物は全て彼が殺してしまった。となると、気絶した彼を一体どうするのか。
別に、ここに彼を置いていってもいいだろう。しかし、手当もしないままここに放置しておけば、彼はまた彼の血を見ることになるのでバーサーカー状態へ後戻り。無駄に暴れ、体力を奪われることになる。この無限ループは彼にとっても避けたい事態だろう。
となると、彼を手当てしなくてはいけない。ということは…?
「…私が、ベルを連れて帰らなきゃいけないの……?」
腹が痛むこの状態で、血は止まる気配をみせてないないのに? 私が、彼を抱えて??
…仕方ない。ここまで関わってしまったんだ。諦めるしかないだろう。家からそう遠い距離でもないし、またここで暴れられたら次は私の家に被害が及ぶかもしれない。私の傷口は確実に開くだろうが、我慢するしかないだろう。
彼が小柄で助かった。おんぶして連れて行けるから。
「…あー、横腹痛い」
実を言うとまともに怪我をしたのは初めてで、泣きたいぐらい痛かった。
*
見慣れない天井。ボロっちいこの天井は、王子の趣味ではないし、王子が住むには年季が入りすぎてるし、汚い。
それを理解したと同時に、隣から人の気配を感じた。慌てて飛び起きて見ればらここはどうやら小屋のようで、王子は汚らしいベッドに寝かされていたようだ。
人の気配の正体は、王子と同じぐらいの年齢であろう女。マヌケにも、椅子に座ってうつらうつらと船をこいでいる。
そこで嗅ぎなれた臭いに王子は気づいた。
王子の身体から血の臭いがする。全身を見てみれば、綺麗に包帯が巻いてあって、手当てが施されていた。
…手当てされてんのに、この濃い血の臭いは何だ?
他にも怪我をしている奴がいんのか…と辺りを見渡したところで気がついた。さっきの女はどうやら右横腹を怪我しているらしい。横腹辺りの服が真っ赤に染まっている。
まさか、と思った。
痛む身体を無視して、ベッドから降り、女の服をめくってみる。
想像した通りだった。
王子の手当てはしてるくせに、コイツ自分の傷の手当ては一切してねぇ。だからこんなに血の臭いがするんだと思った。
まさか、死んでねぇよな?
女の顔を覗いて見たら、頭が上下に揺れていた為、息はしているらしい。
「コイツ、お人好し? それとも馬鹿なワケ?」
王子はコイツとあった記憶が一切ない。血を見たせいで記憶が飛んでしまっている。
さて、先ずは記憶の整理から始めよう。
この女は、王子が記憶を無くしている間に会ったのか、はたまたは王子が道端で倒れているところを女がたまたま見つけたのか。…相手が怪我をしているという点を考慮すると、確実に前者だろう。
では何故、自分の手当てよりも王子を優先しているのか。オレは王子だし、助けて当たり前だと思うが、普通赤の他人にそこまで尽くせるだろうか?
もし、王子が女で同じ場面に出くわしたとしても、まず手当てしないし、その辺に捨てておく。何者か分からないやつをそう易々と助けるほど、お人好しじゃないからだ。
つか、急に襲いかかって来た時点で王子は殺すね。なのに、殺すことなく、コイツは王子を助けた。つまり、王子はこの女に貸しがひとつできたというわけだ。
「…ん……」
女の瞼が開かれ、琥珀色の瞳が王子を映した。女は数度瞬きをした後、頭の整理が追いついたらしい。起きたんだ、と嬉しそうに笑った。
「お前が王子を助けたワケ?」
「え? まあ、そうね」
「なんで?」
「…なんで?」
王子の質問に女は意味が分からないと言うかのように、首を傾げた。……コイツ本物の馬鹿だ。
「お前のその傷、王子がやったんだろ?」
「……ああ、これ。そうよ」
今更遅いと言うのに、女は傷を隠すようそっと右手を横腹に置いた。
窓から入ってきた風で、女の茶に近い金の長い髪が揺れる。
「普通、助けなくね? だってお前殺されかけたんだろ? 無理に助けようとして自分が死ぬ確率が上がるなら、手っ取り早く王子を殺せば良かった──」
ぱしん、乾いた音が小さな部屋で響いた。
王子が女に頬を叩かれた音だ。力はこもっていなくて、大して痛くはない。子供を叱る母が優しく諭すような、そんな叩き方だった。
「私は貴方を助けた。助けた人を仮にも殺せば良かっただなんて言われたくない」
「………」
「それに、私は貴方に生きて欲しいと思った。だから、助けたの」
ふにゃり、気の抜けた笑みは喋り方とは違って年相応で、可愛い雰囲気を纏っていた。呆然としている王子に叩いてごめんなさい、と女は目を伏せる。
実を言うところ、こんなことを言われたのは初めてだった。王子がヴァリアーに入隊して早2ヶ月。漸く1人で任務もこなせるようになってきた王子を、スクアーロ達は若干心配するような目で見てきてはいたけれど、決してそんなことは言わなかった。この女と住む世界が違うというのもあるかもしれない。
「貴方じゃない」
「え?」
「王子はベルフェゴールって言うんだぜ?次、貴方なんてタニンギョーギで呼んだらお前、ハリセンボンね」
王子特注、オリジナルナイフをチラつかせていえば女は、ええ…急すぎない?と少し焦った様子で言った。
…へえ、王子のナイフを見て、焦ることはあれど臆することも恐怖することもないワケね。完全に黒じゃん♪
「お前は?」
「私?」
「そ。お前の名前」
女は王子から視線を外し、窓を見た。
開いている窓。
風に押され、揺れる赤い彼岸花。
「リリー。私の名前はリリーって言うの」
「ふーん。じゃ、これからヨロシク」
「こ、これから……?」
目も覚ましたことだし、ベルフェゴールはお家に帰るんじゃないの?と聞いてくるリリーに王子はしししっと笑う。
「そのお家にリリーを連れて来んだよ!!」
「……は?」