彼は心配する──
──彼女は気温の変化に弱いから
全く、どうして俺がこんなことをしねぇといけねぇのかと思う。目の前で辛そうに息をする餓鬼を見て、俺は大きくため息をついた。
ことの発端は昼飯を中々食べに来ねぇ餓鬼を心配したルッスーリアの発言から始まった。
「リリーちゃん遅いわねぇ」
「どうせ寝てんだろ"ぉ」
時刻は昼の13時。報告書作成のために早起きした俺と、基本的生活リズムを崩さないよう心掛けているルッスーリアが談話室にいた。少し前までマーモンがホットミルクを飲んでいたが、自室へといつの間にか戻っており、姿は見えなかった。
ルッスーリアの話の中心になっている餓鬼は、昨日任務が休みだったようで、夜までベルとマーモンを巻き込んで夜更かししていたようだし、どうせ寝てると俺は決めつけていた。現にベルはまだ寝ているようで起きてきていない。
そんなことを知ってから知らないのかは知らないが、ルッスーリアは何かあったのかしら?と腰をクネクネと動かしながら心配するように言った。
ルッスーリアの顔はすっかり母の顔をしており、そんなルッスーリアの顔を見て、気色悪いと俺は顔を歪める。心配性のルッスーリアに俺がさっきの言葉をかければルッスーリアはチッチッチと舌を鳴らす。
「リリーちゃんをベルちゃんと一緒にしちゃいけないわ。あの子、歳の割にしっかりしてるのよぉ」
「…そんなに変わんねぇだろぉ」
「やっぱり5歳も離れてるとだいぶ違うのかしら。まあ、リリーちゃんが歳の割に達観してるのもあるんでしょうけど」
全く人の話を聞きやしねぇ。カップに入ったコーヒーを全て飲んでしまえば、それに気づいたルッスーリアが新しくコーヒーを入れてくれる。
心配したルッスーリアの話を適当に聞き流していれば、談話室の扉が開かれた。
「おはよ、ルッス……」
扉を開けたのはルッスーリアの心配の種になっていた餓鬼だった。その餓鬼は顔を真っ赤にして、気だるげな生気のない目でこちらを見つめていた。そんな餓鬼を見てルッスーリアが声をあげる。
「あらあ、可愛いお顔が真っ赤じゃない…ってやだ、凄い熱。そうよね、昨日、池に落ちてたものね」
寒くない?キツくない?頭痛くない?と質問攻めにするルッスーリアは逆効果なんじゃないかと思う。が、それをルッスーリアに言うことは無い。
正直、俺はこの餓鬼のことが気に入らないと思っている。ベルが連れてきたこの餓鬼は、自分の身元を一切喋らないし、喋ろうとしない。無理矢理聞き出そうとしても、全て無視され、いっその事殺してやろうかと剣を振りかぶれば、この餓鬼を気に入っているルッスーリアやベルが間に入ってきて邪魔をするのだ。
ようやく自分のことを喋ったかと思えば、どうでもいい恋愛話で拍子抜けした記憶がある。
ここ数ヶ月見てきて、スパイとかそんな線では無いということに気がついたものの、やはりどうしても好きにはなれず、俺は周りの馬鹿とは違って、自分からアイツに関わろうとしなかった。
「スクちゃん、水持ってきてくれないかしら。とりあえず、水分補給させなくちゃ」
「あ゙? 何で俺が──」
「お願いスクちゃん」
もう一度、お願いと申し訳なさそうに言うルッスーリアに俺は舌打ちで返事をした。仕方なく、席を立って水を持ってきてやる。
冷たい水…よりも常温の方が飲みやすいか。
水をルッスーリアに渡せばありがとうと言われ飲めるかしら?と丁寧に優しく餓鬼に聞いていた。
その後はルッスーリアが餓鬼を部屋に連れていき、懇親的な看病が始まる。餓鬼に興味はなかったので、どれぐらいの病状なのかとかは一切聞いていなかった。
「スクちゃん!!」
あの後、1人談話室に居ても暇だったので、自分の部屋に戻り数時間が経った。真上にあった太陽も、もう沈み暗殺のお仕事の時間がやってくる。…まあ俺は今日、非番だがなあ。
「ノックぐらいしろぉ!」
「そんなことよりスクちゃん、頼みがあるのよぉ!」
「何がそんなことより、だあ!!」
いいから聞いてちょうだい!と逆ギレしてくるルッスーリアは本当に俺に頼む態度をしているのか。1度、人に頼む時の態度をみなおしてこいと部屋を追い出そうとした。
「リリーちゃんの看病頼みたいのよぉ」
「あ゙? 何で俺が」
「だって頼めるのスクちゃんしかいないんですもの!」
ルッスーリアの話を聞く限り、ルッスーリアは元々今夜は任務が入っており、餓鬼の看病をしたくても出来ないという。
マーモンに頼もうにも、マーモンも任務が入っておりそれは無理だと断られたらしい。
ベルは餓鬼が行く予定だった任務に代わりに行って貰うから無理なのよ、とルッスーリアは言った。
「レヴィとオッタビオが残ってるじゃねぇかぁ」
「レヴィはダメよ。あの子リリーちゃんを性的な目で見てるから」
ロリコン断固拒否!とルッスーリアは言う。心做しか、ルッスーリアのサングラスが光ったような気がした。
「オッタビオは…リリーちゃんと仲が悪いのよ。何があったのか知らないけれど、本当に険悪でね? ベルちゃんもそれを焚き付けちゃうから困ったものだわあ」
ね?スクちゃんしかいないでしょ?とルッスーリアは言った。勝手に寝かせとけと言おうとしたが、俺の部屋に掛かっている掛け時計を見たルッスーリアがあらもうこんな時間!と声をあげる。
「じゃ、頼んだわよスクちゃん! くれぐれも看病してちょうだいね。サボってたりしたら、ベルちゃんにサボテンにされちゃうからぁ!」
お願いねー!!そう言って慌ただしくルッスーリアは部屋を出ていった。
ちっ。何がお願いだ。強制の間違いじゃねぇか。このまま放置しておいても良かったが、ベルに周りをうろちょろされんのも気が散るし、ルッスーリアも口うるさくなるだろう。それは勘弁だ。
俺はまた舌打ちをした後、部屋を出たのだった。
こうして冒頭に戻るわけだ。
「こほっ、げほっ」
ハーハーと荒い呼吸を繰り返す餓鬼は心做しか、朝よりも体調が悪そうに見えた。
ルッスーリアが置いたのであろう額の上に乗っている濡れタオルを触ってみれば、それはもう生暖かくて意味をなしていなかった。
近くに氷水が入った桶があったので、そこにタオルを突っ込み、また額の上に乗せてやる。
「…べ、ル……?」
「残念だったなぁ。俺だぁ」
急に冷たいタオルが乗っけられたことに驚いたのか、ゆっくりと形のいい二重の瞼が開かれる。琥珀色の瞳が俺を映していた。
「ホント、だあ。スクアーロだあ…」
何でいるの?とゆっくり、餓鬼は言葉を紡ぐ。ルッスーリアに頼まれたからだぁと答えれば、嬉しそうに餓鬼は笑った後、ごめんなさいと謝った。
「…スク、アーロ…私の事、嫌い、でしょう…? 無理に、いなくて、いいからね」
「…知ってたのか」
「うん…」
そこまで態度に出しているつもりはなかったが、餓鬼はどうやら気づいていたらしい。…そういえば餓鬼は大人を良く見ているとルッスーリアが言っていたような気がする。
「どうせ部屋にいても暇だからなぁ。暇潰しのついでにリリーの面倒も見てやらぁ」
「初めて、私の名前、呼んだ…」
「そうかぁ?」
確かに自分じゃ気づいていなかったが、こいつのことは餓鬼と固定して呼んでいたような気がする。
ゴホゴホと咳き込みながらも笑う餓鬼は気持ち悪かった。
「お゙らぁ! いいから早く寝やがれぇ!!」
「…スクアーロ、叫ばないで…。あたまに、ひびく……」
「ゔぉ、それは済まなかったなぁ…」
基本的にヴァリアー内で風邪を引くヤツはいないので、こういうのがイマイチなれない。それに、風邪を引いたとしてもルッスーリアが世話をするのだ。こんなことなんて一生に3回あるかないかぐらいだろう。
風邪のせいでやはり気だるいのか、数分もすれば餓鬼はスースーと寝息をたてて寝る。
「ム、リリーは寝たのかい?」
「…随分と早かったじゃねぇか」
サラサラサラと霧のように部屋に現れたのはマーモンだった。今しがた、すやすやと眠り始めた餓鬼を見て、マーモンはもう少し早く帰ってくるべきだったねと言った。
「わざわざお見舞いに来てあげたのさ」
「金にならねぇのに…頭でも沸いたかぁ?」
金さえあればどうでもいいといつも言っているマーモンが、金を払っていないのに自主的に来るとは、ありえないもんを見た。明日は槍が降ってくるかもしれねぇ。
「スクアーロ、君は失礼だね。…僕的にリリーには早く風邪を治して貰わないと困るんだよ。ベルがうるさいんだ。面倒な飛び火はごめんだからね」
…何となく想像がついた。
ベルがこの餓鬼を拾ってきてから、基本的にベルと餓鬼、マーモンでひとつのセットだった。ベルが随分と餓鬼のことを気に入っていて、餓鬼も餓鬼でベルに心を開いているようだったし、餓鬼がベルの横にいれば比較的、静かだとマーモンも言っていた。
このまま餓鬼が寝込む状態が続けば、暇だなんだと言ってちょっかいをかけてくるに違いない。
「リリーが起きたらこれを渡してくれないかな」
そう言って手渡されたのは5円チョコ。病人にチョコレートはどうかと思うぞぉ、と言おうと顔をあげれば、既にマーモンは何処かへと姿を消していた。
…溶けねぇよう冷蔵庫にでも入れといてやるかぁ。
恐らくルッスーリアが用意してやったであろう冷蔵庫を開けようと、冷蔵庫の前に立てば、読もう読もうと思いながらも忙しくて後回しにしていた俺の本が置いてあった。
…十中八九マーモンの仕業だろう。勝手に俺の部屋に入ったことは拳骨ものだが、やることもなかったので丁度いい。
チョコレートを冷蔵庫に入れた俺は、代わりに小説を片手に椅子に戻る。
「リリー!! …ってまだ寝てんの?」
「まだじゃなくてさっき寝たんだぁ」
「なーんだ。せっかく見舞いに来るために早く終わらせてやったってのによ。つまんねー」
マーモンが部屋を出ていって1時間後。小説は中盤にかかり、中々いい展開のところで、勢いよく餓鬼の部屋の扉を開けたのは、ベルだった。ベルの手元には花束があったので、帰ってくる途中にでも花屋によったのだろう。
「…何の花だぁ?」
続きが気になるが、ベルの前で本なんてものを読んでいたら、ベルが鬱陶しくて内容が入ってこないので、大人しく近くにあった紙を挟んで本を閉じる。
ベルの持っていた花に興味を示した俺は、ベルに何の花を買ってきたのか聞いた。
「んなもん、王子が知ってるわけねーじゃん。リリーのために適当に見繕ってきたの」
「いや、そこは知っとけよ…」
「しししっ、王子に花なんてもんキョーミあると思う?」
殺しぐらいしか興味を示さないこいつに聞いたのが馬鹿だった…と頭を抱えていれば、ベルは餓鬼の見舞いの品であるはずの花をポイと投げ捨てる。慌ててキャッチすれば、それを見ていたベルがまたしししっと笑った。
「それ、テキトーに飾っといて。王子、疲れたから寝る」
「ゔぉおい!! どうせならてめぇが看病しやがれぇ!」
「は、やだね。何で王子がそんなメンドーなことしなくちゃいけねーんだよ」
ムリムリと言いながら逃げるようにベルは部屋から去っていった。…ったく、餓鬼が完治しなかったらしなかったでうるせぇ癖によく言うぜぇ。
「んー、まだキツそうねぇ」
ベルが出ていって数時間後。ベルの持ってきた花を、これまたルッスーリアが用意してやったであろう花瓶に適当に活けてやった。
マーモンが持ってきてくれた小説は大分前に読み終わり、同じ作者の違う小説を自分の部屋から持ってきて読んでいれば、餓鬼を起こさないようにと配慮したルッスーリアが静かに入ってきた。ルッスーリアの手には出来たてのお粥がある。
「…起こさなくていいから、起きたらこれ食べさせてあげて?」
「あ゙? てめぇが面倒見るんじゃねぇのか?」
「何言ってるのスクアーロ。夜更かしは美容の大敵よ?」
てめぇが何言ってやがるルッスーリア。てめぇの顔面に美容とか関係ねぇだろぉ。
それは思わず口に出ていたらしく、ルッスーリアは酷いわねぇと泣き真似しながら部屋を出ていった。
…どいつもこいつもマトモなヤツはいねぇのかぁ!!
「…可憐だ」
「ゔぉおい!! レヴィ!! 覗いてんじゃねぇぇぇ!!」
レヴィが13歳の餓鬼に性的な目で見ているというルッスーリアの話は間違いではなかったらしい。ドアの隙間から覗いていたレヴィの腹に膝蹴りをキメてやる。
「はい、った…」
うおおお、と蹲るレヴィの襟を持ち、引きずってバルコニーまで運ぶ。バルコニーまで行く道中に程よい縄を見つけたので、それをレヴィの腹に結びつけて、バルコニーに吊るしてやった。
「うおおお、何をする、スクアーロぉおお!!」
雄叫びのような汚らしいレヴィの声は無視して、俺はまた餓鬼の部屋に戻った。
2日後、元気になった餓鬼はベルと手を組んでマーモンを捕まえ、徹夜でゲームをしたらしい。元気になったらなったで面倒だとマーモンが愚痴を漏らしていた。