推しの名前をリングで叫びたい   作:頑張る

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気楽に短めで書いてます。


推しの名前をリングで叫びたい

カァンと甲高いゴングの音が鳴る。

その音に自然と反応した体はギアを一段階上げて、リングの中央へと向かう。

ラウンドの間には聞こえていた騒がしい歓声も最早聞こえず、眼前の相手の僅かな息遣いすら把握出来るほどに集中しているのが分かる。

 

1ラウンド目の威勢はどこへやら、未だ3ラウンドに入った所だというのに相手はフラフラで、顔も既に腫れが出始めているのが分かった。

 

一方の自分は被弾はしているものの、まだまだスタミナは有り余っている。

どこからどう見ても優勢なのは俺の方、それが分かっているからこそ相手を回復させないために攻め続ける。

 

左でジャブを数回挟み相手の反応を見ながら、相手の息が切れた一瞬を狙い踏み込む。

今日1番の踏み込みを見せた右足はリングの床を鳴らし、アメフトのタックルかと言わんばかりに相手の懐へと潜り込む。

相手へとピッタリとくっつくその距離は、インファイターである自分の距離。

 

普通の選手ならば手打ちにしかならないような距離だが、俺は違う。

僅かな隙間に腕を捻じ込み、足首、腰、そして手首。

それらの回転が組み合わさることで加速された拳は、相手の腹へと深く突き刺さった。

 

キツく噛んでいる筈のマウスピースが飛び出そうになるほど相手は効いたらしく、今まで何とか下げずにいた顔面へのガードが下がる。

 

そんな絶好のチャンスを見逃すほど甘くはない。

 

ボディを打った右腕を引く、その返す刀で相手の顎へとアッパーを決めた。

 

顎をぶち抜き天高く上げられた拳には、確かに何かを砕いた感覚が残っていた。

 

 

 

 

歓声が冷めやらぬなか極度の集中状態から解かれた俺は、ゆっくりと周りを見渡す。

 

セコンドに入ってくれた会長や、観客の中には俺が新人の時から応援してくれているファンが人目も憚らずガッツポーズをしているのが見えた。

 

それを見て素直に嬉しいと感じる。

俺がチャンピオンになると信じて背中を押してくれる会長や、連敗中に腐った俺を見捨てずに応援をし続けてくれたファンの想いを知っているから。

 

一時期は引退間近まで行った俺が、今日の勝ちで日本ランカーの仲間入りを果たすことが出来た。

本当にここまで支えてくれた面々には感謝しかなかった。

 

しかし、

 

しかし……だ。

 

「俺の勝負はここからだ」

 

そんな俺の呟きはマイクも通していないので、当然の如く歓声に掻き消され、されどその言葉は俺の中にしっかりと残る。

 

試合の時以上に体が集中していく。

 

試合中に崩れた緑色に染めた少し長めの髪をいつものオールバックへと整え、気合を入れる。

 

そんな俺に準備が済んだと思ったスタッフがマイクを渡しにきて、それを受け取る。

 

その瞬間

 

会場の空気が少し変わった。

 

会長や、俺を知っているファンの人達。

ここは対戦相手のホームなので決して多くはないが、それでもその少数の人達はまるで祈るように両手を合わせ俺を見つめている。

 

会長は既に臨戦態勢に入っているようで、今にもリングに上がってきそうな勢いだった。

 

俺はそんな状態のみんなへと精一杯の笑顔を送り、マイクを握りしめる。

 

「まず…俺のことを知っている人も少ないと思うから自己紹介をさせて欲しい。俺の名前は緑拳(りょくけん)…みどり色の緑にこぶしの拳で緑拳だ。岡山ジム所属で今までボクシングをやってきた」

 

まずは軽く自己紹介。そのついでにトレードマークである緑を少しだけアピールする。

 

「一時期は腐ってどうしようもない所まで追い詰められた俺だが、今日のファイトで日本ランカーの仲間入りを果たすことができた。

これは当然俺1人では出来ないことで、俺のことを見捨てずに支えてくれた会長や、ファンの皆にも言い表せないくらい感謝してる」

 

マイクを握る拳には自然と力が入り、少しだけ声も上擦っているかもしれない。

そんな様子の俺に、会長は少しだけ目に涙を溜めているように見えた。

 

「諦めの悪さしか取り得のない…そんな俺が今日見に来てくれた皆に、一つ言葉を送らせて欲しい。

この言葉で俺は今までの辛い練習や勝てない日々を乗り越えてきた」

 

すぅ…と息を吸い込む。

会場は静寂に包まれ、皆俺の言葉へと耳を傾けてくれているようだった。

 

ここが勝負所だ。

 

俺の勝負は試合中じゃない、ここなんだ。

 

そんな想いでいっぱいだった。

 

 

ちっちゃなグリーンあーや!!

 

 

何を言っているのか分からない。そんな顔だった。

会長はポカンと口を開け、俺のことをいつも見ているファンは顔に手を当てて項垂れていた。

 

しかし、ここに限れば俺がこれだけ言ってもライブの一回に来ない奴らのことなどどうでもいい。

 

先程までの感謝の気持ちはどこへやら、そんな風に思う。

 

勿論皆んなには感謝してる。俺を応援してくれることは嬉しい。

 

だが、だが違うんだ

 

「今日俺のことを試合で凄いと思ってくれたみんな!俺のことなんてどうでもいいからCham jamのライブに来てくれ!

いきなりなんのことだか分からないだろうがまず説明するとCham jamっていうのは岡山のアイドルグループで今は地下だが俺は絶対に武道館に行ってくれると思ってる。

俺の推しは緑色で固めていることから分かるようにあーやなんだが、皆にもあーやをぜひ応援して欲しい。あーやは今は後列組なんだが皆の力を合わせればセンターだって夢じゃないんだ!

あーやは気が強いから誤解されがちだが本当にファン想いで良い子なんだ。ちなみに俺は今日の試合の前にしっかりとあーやに応援メッセージを貰ってきた。

アイドルのライブなんて初めてで分からないかもしれないがTwitterで俺に連絡をくれれば会場でしっかりと案内するし、なんならあーやのCDを一枚プレゼントしよう。

次のライブの日付はっ!」

 

「やめろ拳!それ以上話すな!くそっ!今日は真面目に話すって約束しただろ!途中まではいつもと違って真面目だと油断したらすぐこれだ!」

 

既に還暦に近い筈の歳の会長がもの凄い勢いでリングにかけ上がって来て俺の口を塞ぎにかかる。

 

「会長!やめてください!俺はあーやの魅力を伝えるためにリングに立ってるんです!」

 

「なんだと!?お前世界チャンピオンになるためって最初に言ってただろうが!」

 

「勿論世界チャンピオンにはなりたいですよ!でも…それは俺のためじゃない!」

 

会長の拘束を怪我をさせないように慎重に振り解きながら俺は再びマイクを掴む。

 

 

俺はなぁ!あーやの魅力を世界に伝えるために世界チャンピオンになるんだぁああああああああああ!!!

 

 

推しの名前をリングで叫びたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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