「……あー先生、待ってください」
「……なんだ流川」
俺が会議室へ向かうであろう茶柱を呼び止めると、振り返った茶柱の顔には隠しきれない喜色が浮かんでいた。……なんか怖いんですけど。
「少し確認したいことがあるんですけど……」
「……そうか、だがさっきも言ったが今から会議がある。明日にしてくれ」
茶柱はそう言って去ってしまったので俺も帰ろうと廊下を歩き出──
「──あなた、何普通に帰ろうとしてるの?」
「そうだぞ流川……じゃあオレは帰るか──」
「──綾小路君、あなたも待ちなさい」
……堀北に待て、と言われた綾小路は世界の終わりでも見たかのような表情でその場に泣き崩れた。泣いてないし無表情だけど。
「さっきのこと、本当に本当のことなのね?」
「流川、証拠を見せてやったらどうだ?」
死ね、綾小路死ね、貴様だけは死んでも許さん。よくもやってくれたな。もしこれで俺が堀北に殺されたらお前どうしてくれるんだよ……!
「……わかった。見せる。見せてやるよ。けど、一つだけ約束しろ、これを守ってくれないと困る」
「……先にその約束の内容を教えてくれないと、とてもじゃないけど約束するとは言えないわね」
……堀北って思ってたより頭いいんだな……先に約束するって言わせてからこっちだけが有利な約束しようとしてたのに──まぁ?頭いいと言っても俺の100000000000000000分の1ぐらいだけどな、はははは!
「堀北は多分Aクラスに上がりたいんだろ?だから俺はそれを手伝ってやる。……で、俺が手伝ってやる代わりに、堀北は俺が綾小路にメールを送ったことだとか、先にこの学校のシステムに気付いてたことを他の奴らに言わないで欲しい。……あと未来永劫俺のことは殺さないで」
「……正直あなたに手伝うと言われても大して嬉しくないわね……でもいいわ、約束する。もしさっき綾小路君が言ってたことが本当なら、あなたは確かに味方の方がいい。……あと、殺さないでってなんの話かしら……?」
「言ったからな?前言撤回は無意味だぞ?俺は今の録音したからな?…………ほらよ」
堀北に殺されないことが確定した俺はほっとしながら綾小路へ送ったメールを見せる。
「……信じられない、いや、信じたくないことだけれど本当のことだったようね」
「……じゃあ俺は帰るから。…………あと、そこに逃げようとしてる綾小路がいるから捕まえた方がいいと思うぞ」
俺と堀北が話している間に逃走を図った綾小路、悲しいかな、奴は鬼のような形相をした堀北に確保された。……当然の報いだ。むしろまだ足りないまである。……綾小路、次にあった時は100万回分の拷問をしよう。
◆
堀北に協力しなければならないことが決まった次の日の放課後。俺は屋上で茶柱と話をしていた。
「それで、昨日言っていた少し確認したいこととはなんだ?」
「……昨日知らされた小テストの結果についてのことです。昨日、先生はこれが本番だったら8人は退学になっていたと言っていましたよね?」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「いや、張り出されたそれぞれのテストの点が書いてある紙に、32点未満の人は7人しかいなかったんですよ」
「……なに?」
茶柱は本当に驚いたのか少し呆けた顔をする。
「多分、先生たちの書き忘れだと思うんですよね。そしてその、そこに書き忘れられたのって俺なんですよね。だからつまり非常に認めたくないことですけど、俺が赤点を取った8人目ってことになっちゃうんですよね」
俺は今、全ての感情が抜け落ちたロボットみたいな顔をしているのだろう。自覚はある。もし今俺に対して冗談でも言ってくる奴がいたら冗談抜きでぶん殴るかもしれない。……だが、もし怒りを表に出してしまえば俺は自分が天才でないと認めていることになる。……ふざけるな、俺は天才だ。完全無欠の完璧超人。それが俺だ。
……けど、実際問題俺は赤点を取ってしまったのだ。……確かにあれは抜き打ちのテストだったけど、殆どの問題が簡単だったし、最後の方の難問に関しても、俺はこの高校に入る前高校3年分の勉強全てを3周はしていたから俺にとって難しかったわけがないのだ……赤点を取ってしまったのは純粋に俺の実力不──ふざけるなよ、そんな事……認めてたまるか。くそっ、くそっ……
「あぁ──確か一つだけ、点数は100点だったのに名前がない答案があったな。それがお前のだろう」
……ん?てことはつまり?
「お前は本来なら100点だったってことだ。全く、名前の書き忘れなんて勿体ない」
……は、はは、ははは流石俺だぜ。当たり前だろ?この天才でイケメンの俺様だぞ?間違えるはずもない。勿論名前を書き忘れたのは意図的、これによってあれがこうなってああなるんだぜ!
「ただ、テストの点を表示する紙に書き忘れたのはこちら側の過失だ。すまなかった」
「……悪いと思ってるなら教えてください。その小テストに名前を書く権利って何ポイントですか?」
「……はははははは!面白いことを言うな」
「先生、確か初めに言ってましたよね。敷地内で買えないものはないとされてるって」
そう、茶柱は確かにそう言った。買えないものはないってことは、つまりポイントさえあればなんでも買えるってことだ。
「確かに言ったな。しかし、よく覚えていたな」
「……何度も言いますけど、俺、天才ですから」
まぁ、茶柱の言っていたことをあのあとすぐノートに全部写して、何度も読んだから覚えてるだけなんだけど。
「……流川の思っている通りこの学校は、ポイントさえあればなんでも買える。しかし、何故今更小テストの名前を書くんだ?いや勿論名前を書けばあのテストの点数が100点になることは分かっている。だが、あれはもう先月のポイントに関係してるわけで、今月のことには一切関係がない」
「──流川快斗は天才である。だから100点を取らなければならない。取らなければおかしい。ただ、それだけのことです」
にやり、俺の話を聞いていた茶柱は広角を上げ……
「……分かった、いいだろう。あのテストの名前を書いていい権利は1万ポイントだ」
「……これでいいですか?」
「あぁ、これでお前はあのテストに好きなように名前を書いて構わない。勿論、名前を書けば100点を与えてやろう」
「──ありがとうございました、では」
屋上だからか、ひどく風が吹く中、俺は……
「次は、ないぞ」
……自らに言い聞かせるように、自らを戒めるように、自らを咎めるように、小さな声でそう呟き、屋内へと向かうのだった。
◆
5月に入ってから約一週間。俺はあの日以来特に何もなく平和な日常を過ごしていた。そんな俺は今、気怠げに図書館へと向かっている。さっき、綾小路から堀北がそこに来いと言っている、っていう伝達があったのだ。だるい。
……早く家に帰って寝ようと思ってたのに……!人の睡眠時間削りやがって……これでもし俺が睡眠不足で早死にしたら責任取ってくれるんだろうな?
……図書館についた俺はそうそうに堀北と綾小路を見つけ、さっさと綾小路たちがいる端の方の長机の1角へ向かう。
「で、俺を呼んだってことはAクラスに上がるために必要なことなんだろ?赤点取りそうな奴らのために勉強会でもするのか?」
「……驚いた。察しがいいのね」
「何度も言わせるな、俺は天才だって言っただろ」
いや、と言うか俺に前に受けた小テスト全教科持ってこいって言われたしここ図書館だし、人何人かいるって言われたし、堀北がメリットもなく人のために動くわけないし、簡単に想像つくだろ……あーなるほど?いや、悪いな。俺が天才なばっかりに……俺が簡単にできることでも凡人にはそんなことないんだもんな。悪い悪い……ふっ。
「何故かしら。今、そこはかとなくイラッとしたわ」
ぞわっ……俺が堀北の言葉を聞いた瞬間、俺の肌に鳥肌が立つ。なんだこいつ……超能力者か……!?
「「「「「る、流川(くん)……?」」」」」
……突如、後ろから聞き慣れない声が複数聞こえてきた。
振り向いてみると、右から、独善クソアマ櫛田、アホバカの池と山内、赤髪ヤンキーお猿さんの須藤、見知らぬ華奢な体つきの青髪のショートボブ(恐らくこいつが気をつけるよう事前に綾小路に言われていた沖谷とかいうクラスメイト)達が椅子に座っていた。。沖谷の髪の毛は艶やかで、可愛らしい顔つきをしている。……だが男だ。…… 流石にないと思うけど、綾小路に教えてもらってなければこいつに惚れてたかもしれない………おえええ、吐きそう。
「なあ、なんで流川がここにいるんだよ」
「そこのツンデ──ぐっ……ほ、堀北に呼ばれたんだよ……」
フツメンの可哀想な池が聞いてきたから哀れに思って答えてやろうとしたら俺は堀北にぶん殴られた。ふざけやがって……!
「さて、流川君、まずはテストの点数を教えて頂戴……あなたが赤点保持者だったら元も子もないわよ」
「……全教科100点だ。まぁ、俺は天才だからな」
俺はそう言いながら持ってきたテストの用紙をみんなに見せる。勿論、前名前を書き忘れたやつは書き直して茶柱に提出し、100点をもらっている。
「う、嘘だろ?」
「……すげえ」
「マジかよ……」
「す、凄い!」
「……嘘……」
上から池、山内、須藤、沖谷、櫛田の順。……やっぱ褒められるのは気持ちいいな。実に清々しい気分だ。……勿論堀北と綾小路も驚いて──ない……だと?
……俺が軽くショックを受けてると堀北が俺にしか聞こえないぐらいの小声で……
「私と綾小路君は流川君が100点なのは知ってたわ。茶柱先生に事前に聞いていたから。……あなたには彼らを教える側に回って欲しいのよ。だから今日敢えて答案を持って来させた理由は──」
「──俺のことを頭のおかしいだけのバカだと思ってるあいつらが俺の言うことを聞くわけない、だから俺のテストの点数を見せて俺が本当に天才だと言うことを証明すればいうことを聞くはず、ってか?」
「……相変わらず察しがいいわね。テストの点といい、正直、嫉妬するわ」
「仕方ない、俺は天才だから──いたたたたたた!いてえよ!おい!」
俺が堀北を慰めてあげようとしたらこいつ俺の手を抓ってきやがった。こんのクソアマ……!
「あはははは、流川君は堀北さんと仲がいいんだね!」
「櫛田……お前の目は節穴か?」
櫛田……お前ほんと眼科行った方がいいんじゃないか……?どうしたら俺の手を抓ってくる堀北と俺の仲がいいと思えるんだ……いや、もしや、お勧めすべきは眼科じゃなくて精神科か?
「それと流川君、この間はごめんね……許して欲しいなんて我儘にも程があるけど……お願い、なんでもするから許して……!」
目に涙を溜め、上目遣いで俺を見上げて来る櫛田。──ってなんでここであざとい仕草するんだよ……ふざけやがって……後ろ見てみろよ……なぁ、お前の後ろ……池と山内と須藤のあの眼光……まるで堀北が3人いるみたいだ。……さよなら。俺は終わったよ。俺の人生はここで終了だ。
……結局、その後の勉強会は俺が天才だと理解したくせに奴らは俺に教わりたくないとかで沖谷以外が櫛田から教わっていた。これは……俺が嫌われてるのか櫛田が好かれてるのか……まぁ、どっちもってとこか。……あと、確実にあるのがさっきの櫛田のなんでもする!とか言うやべえ発言のせいだ。櫛田絶対俺のこと嫌いだろ。……クソが。
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