アイシャ遡行   作:テテテテテテテ。

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過去転生

 

 

 

 剣が迫りくる。

 剣術の程は中級程度だろう。なんとか私は避けることが出来たが、別の敵の剣が追撃に来る。

 二撃目は剣で受け、頭を狙った三撃目は左腕を滑り込ませる事で致命傷は避けることが出来た。

 肘先から手が消えた。

 

「ぅぅうう!」

 

 満身創痍、絶体絶命。

 既に詰んでいる。兄は王竜王国にいて、その隙を狙ってミリス教団の神殿騎士団は私たちを狙った。

 ザノバさん、ジンジャーさん、ジュリは既に息絶えている。

 残るのは私だけだ。

 

「あぁあぁああぁ!!!」

 

 私の命はきっともう長くはない。それでもみっともなく足掻く。私らしくもない。

 木剣を振り回し、相手を牽制し、どうしようというのか。

 ここは地下室、どこにも逃げる場所はない。

 

「足掻くな女。 大人しくすれば楽に殺してやる」

 

 甲冑の下からくぐもった声が聞こえた。楽に殺してやるという言葉に、少し動揺した。

 楽になりたいと、常日頃から思っていた。

 疲れていた。

 私は兄に隠し事をしていた。

 いつかは言わないといけないと思ってたこと。

 もう言うことは出来ないこと。

 振り払う、1秒も長く生きるためには無駄な思考だ。

 

「うるさい!」

「……不幸なものだな。 恨むならお前の兄を恨め」

 

 うるさい、既に恨んでいる。

 けれど、お前に言われることじゃない。

 

「死ね!」

 

 真ん中の敵が私の脳天に一撃を振るい、水神流の型で受け流す、受け流しきれずに肩肉が削がれた。

 右の敵が居合いの型から真横に剣を走らせた。私は無理矢理に腕を動かし剣の腹でそれを防ごうとする、手応えがなかった。

 フェイントか、そう思った時にはお腹に熱がこもった。左の敵が私の脇腹を刺していた。

 痛みで剣を落としてしまった。

 まずい、急いで拾わなく……

 かがもうとして、バランスを崩した。

 あれ、なんか、身体がだるい……? 

 

「ゴホ」

 

 気がついた時には身体中を串刺しにされていた。

 痛いというか、熱い。熱いとこから何かが抜けている。

 これは、血だ。

 

 仰向けに倒れた私の目に写ったのは、私の首目掛けて振りかぶる騎士の姿だった。

 

 

 ……あぁ、やっと、終われる。

 

 

 

 -

 

 

 

 お母さん、貴女の言いつけを守れませんでした。

 兄を支え続けることが出来ませんでした。

 兄に、お母さん達が既に亡くなっていること、伝えられませんでした。

 

 

 ごめんなさい。

 

 

 プツリと意識が切れた。

 

 

 -

 

 

 

 目を開ける。

 薄赤髪の若い女性が私を覗きこんでいた。

 美少女……いや美女と言っても良いだろう。

 いや美女か……? 身内補正も少し入ってるかもしれない。

 

(あ、お母さんだ……)

 

 朧げな輪郭は、私の脳がまだ覚醒してないからだろう。

 けれど私を覗き込んでいる女性が母親というのはすぐにわかった。

 何故か、記憶にある顔よりも若かった。

 

 隣には、同じくまだ年若い茶髪の男性がいて、ぎこちない笑みを私に向けている。

 強そうでワガママそうな男だ。しかし見覚えがある。懐かしい顔だ。またこの男も若く見える。

 

(お父さんだ……)

 

 お父さん……。 お父さんは死んだはずじゃ……。

 いや、違う、それを言うなら、お母さんもだ。

 

「──―……──……」

 

 逆の方から音がするので、そちらを振り向いてみたら小さな茶髪の男の子がいた。

 記憶にある顔立ちよりも随分と幼いが、自分がずっと仕えてきた男に違いなかった。

 

(お兄ちゃんが、子供になってる……)

 

 母、父、兄と続いて私は他に誰かいないか辺りを見渡した。

 私を囲む柵の向こう側に、小さな金髪の赤ちゃんと、それを見守る一人の女性の姿。

 

(多分……ノルン姉に、ゼニス様)

 

 そこには死んでいた者達の顔があった。いや、兄はまだ死んではいないはずだ。

 

 意味がわからなかった、生きていてここまで理解出来ない事態に遭遇したのは始めてのことだった。

 これは……夢? もしくは死後の世界? どうして私はここに? 夢ならば全て想像のもの? 

 そんな泡の如く浮かぶ疑問を他所に、頭は更に重くなり瞼を閉じたくなってしまう。

 ……あれ、眠たくなるってことは、この景色は夢じゃ…………

 

 

 -

 

 

 

 一か月の月日が流れた。

 

 

 

 どうやら私は生まれ変わったらしい。

 その事実が、ようやく飲み込めた。

 いや、生まれ変わったというよりは、生まれ直したという方が正しいだろう。

 私は過去転生したのだ。

 

 私はアイシャ・グレイラットというらしい。

 知っていた。

 私の前世の名前だった。

 

 私は赤ん坊だった。

 抱き上げられて、頭を支えてもらい自分の体が視界にはいることで、ようやくそれを確認した。

 

 目が覚めてから最初に見た男女が、私の両親だった。

 というか最初から知っていた。

 私には記憶があるのだ。

 アイシャ・グレイラットとして生を受け、生きてきた前世の記憶が。

 そして死んでしまい、またアイシャ・グレイラットとしてやり直す。

 なんかのフィクションの様にも思える。

 けれど、身内に転生した人がいたので、この事実を受け入れられない訳ではなかった。

 

 私の兄、ルーデウス・グレイラットは転生者だった。

 あまり転生という言葉は馴染みがないものだけど、お兄ちゃんの説明により概念は理解していた。

 兄は死んで、別の世界でルーデウス・グレイラットになった。

 私はアイシャ・グレイラットから、アイシャ・グレイラットになった。

 事実は受け入れたが、何故そうなってしまったか皆目見当がつかなかった。

 兄も何故、自分が転生してしまったかわからなかったらしいので、あまり考えて答えが出るものではないのだろう。

 

 私は死んでしまった。

 ミリス神聖国の神殿騎士団に襲われて、ザノバさん、ジュリ、ジンジャーさんと共に殺されてしまったのだ。

 最期の瞬間は、今でも脳裏から離れない。

 

 私はベビーベットに閉じ込められている間、悩みに悩んでいた。

 何で生まれ直したのか、その理由が知りたかった。

 

 私は、人は何で生まれるのか、今までそこにさしたる理由は無いと思っていた。

 ヤったら出来るし、生まれてくることに意味なんかなくて、意味を探すのではなく、意味を生み出そうと行動することが人生なのだと考えていた。

 その考えに大きな間違いはないだろうと今でも思っている。

 

 けれど、けれども。

 死んだ私は、生まれ直した私は。

 何で生まれてきた。 何でやり直せる。

 

 少なくとも、私が生まれ直したことには意味がある。

 その意味の本質を、頭の中ではもう分かりつつも、心の中に閉まってしまいたかった。

 だけど、そんなウジウジ悩んだままでいい訳がないのだ。

 私だけがやり直して、私だけが未来を知っているならば、やらないといけないことがある。

 色んな、多くのことだ。

 多くの不幸が、私たち家族の周りに纏わりついているのだ。

 

 お父さんは死に、

 ゼニス様は廃人に、

 兄の奥さんである義姉二人も死に、

 兄は荒れ、

 お母さんも死に、

 ノルン姉は魔物に食われ、

 グレイラット家と懇意であった友達も死に、

 私も死んだ。

 

 私が生まれ直す理由を求めるならば、不幸な運命を回避する為に、それしかない。

 私が今生きている理由は、家族を助ける為なのだ。

 

 家族を助けるために、私は過去の世界にやってきたのだ。

 私の全てを使って、この運命を変えてやると、そう強く願う。

 そう強く願わないと、私は既に、生きていることが億劫になってしまっていた人間だった。

 

 

 - 

 

 

 

「あー、あー!」

 

 隣の揺り籠からぐずった声が聞こえた。しかし次の瞬間、兄は舌を出して変な顔をする。

 

「ベロベロバー」

「キャッ、キャッ、バー、バー!」

 

 姉の顔は此方から伺う事は出来ないけど笑っているのだろう。兄はノルンの笑みを見て満足気に頷くと、真面目な顔になった。

 私もタイミングを見計らい、グズる真似をする。

 

「うー、あー!」

 

 すると兄は即座にこっちを向いて、同じように私に向け変な顔をした。

 

「あっちょんぶりけ」

「うきゃー、あちょあー」

 

 揺り籠の中にいる私からは見えないが、その光景を見てかゼニス様の笑い声が聞こえる。

 無垢なる赤児を演じながら思うのは、やはり兄は子どもが好きなのだろうということだ。

 シルフィ姉と兄の子供、第一子ルーシーが生まれた時も仕事の合間を縫ってはこんな事をしてた気がする。

 かなり昔の記憶だが、とても幸せだった頃の思い出。

 私は船をこきながら、そんなことを考えていた。

 

 

 -

 

 

 半年の月日が流れた。

 

 

 私は無力感に苛まれていた。

 当たり前のことだが、生後半年の赤ん坊がやれることなど驚くほど少ない。

 時間なんてないと言うのに私はまだ何も動けずにいる。

 

『フィットア領転移』事件。

 

 それはアスラ王国、フィットア領に位置する地上にある物体全てが世界各地にランダム転移されるという大規模な災害である。

 あと3年と少し、兄ルーデウスの10歳の誕生日の翌日に起こった大規模な災害は、私たち家族の人生を壊してしまった。

 あの事件のせいで、私たち家族は引き離され、ゼニス様は迷宮に囚われ廃人となった。

 私はその歴史を変えたい。『フィットア領転移』事件が起きないように立ち回りたい。

 けれど、あの災害の原因すら私は知らないのだ。あの事件には謎が多い。

 兄だって、何十年と掛けて明確な原因を突き止めていなかったのだ。

 あの事件は、数万、数十万人の人生を狂わせている、そんな大災害が起こることを今私だけが知っている。

 けれど、その原因はわからず、その災害から身を守る術も知らない。

 

 無力だ。

 

 今の私では、いや、後10年早く生まれても、この災害を起こさないように動ける自信がない。

 天災なのだ、あれは。

 

 半年間考えて、フィットア領民全員が助かる解決策は思いつけなかった。ブエナ村の人たちですらも、今の私の手から零れ落ちる。

 今の私は自分の家族が、いかにして生存確率が上がるかしか考えてない。

 それは家族以外の、フィットア領民全てを見捨てる事と同義だった。最悪な野郎だ。

 

 そもそも、2回目の生を授かっている私が、1回目の生を授かった者達よりも生きようと足掻くことは、それだけで罪かもしれない。

 数万人が死ぬのを他所に私はひっそり生きる算段を立てている。卑怯者だ。

 今のところ喋れるようになってもこの事は誰にも話すつもりはない。私は、僅かな奇跡に賭けるよりも他人を捨てて家族を取る。

 

 そもそも誰に話して何になると言うのだ。

 

 

 

 

 ……この頃、同時並行に魔力総量や無詠唱魔術の訓練も行っていた。

 

 私は人目を隠れて魔術の練習をしていた。

 何故、魔術の練習をしていたか、理由は赤子の身体に負担がかからないように出来ることは限られているからだ。

 私の前世はただのメイドだったが、ある程度の魔術の知識は持ち合わせていた。

 私の兄が世界最高峰の魔術師というのもあって、私と兄の二人で住んでいた時期は暇つぶしに魔術を教えて貰っていたこともあるし、兄の書斎を勝手に盗み見ていたこともある。

 兄が言っていたこと、私が学んだこと、そして赤ん坊の頃にやるべき仮説が出来上がったのである。

 主に2点だ。

 

 ・それは幼少期に魔術を使い続けると魔力総量が増えるということ。

 

 ・魔術を最初に発動するとき、無詠唱か詠唱かどちらで行うことで、『癖』がつくということ。

 

 

 1点目

 

 魔力総量は生まれた時から決まっている。これは世界における定説のようなものである。

 しかし兄の膨大な魔力総量は、幼い頃から鍛え続けてきたことで増えたと言っていた。

 その証拠を裏付けるように、お兄ちゃんの弟子である二人も、幼い頃から魔力を毎日限界まで使い続けることで、魔力総量を増やしたという。

 

 だから私は意識が芽生えた時から毎日、家族の目を盗んでは魔術の行使に及んでいた。

 事実、あり得ないほどに日々、私の魔力総量は増えていっているのを自覚している。

 それでもおそらく兄には到底及ばないだろうが、過去の私と比べると雲泥の差だろう。

 この成長曲線だと聖級魔術8発以上撃てる計算になる。 

 

 バレないように、土地魔術でミミズのような物体を自由自在に動かし魔力を消費させる。

 隣にいるノルン姉だけは不思議な顔して、私の魔術を見ているが、まだ私が何をしているかわからない歳なので無視して大丈夫だ。

 

 

 2点目

 

 この世界には無詠唱で魔術を使う者と、詠唱して魔術を使う者がいる。

 一般的に、というか殆どは後者の詠唱して魔術を使う者たちばかりだ。

 無詠唱出来る者は本当に極一部の存在のみで、無詠唱が出来るという点だけで国から重宝されるくらい希少な存在である。

 

 無詠唱で魔術を扱える兄に、どうやって無詠唱を会得したのか聞いたことがある。

 兄は5歳の頃には水聖級魔術師になっていて、その前から無詠唱魔術は扱えたらしい。

 彼が言うには。

 

『詠唱は言葉を発することで術の生成→サイズ設定→射出速度設定→発動のプロセスが自動的に行われて、無詠唱は詠唱で自動的に行われる術の生成→サイズ設定→射出速度設定→発動のプロセスを自分で魔力を制御して行うんだよ。

 全て頭でイメージして制御するんだ、バランス感覚とか必要だと思うけど……』

 

 私は兄が言ってることが十全に理解できたので、彼の言う通り無詠唱で魔術を行使しようとした。

 

 出来なかった。

 出来ないというか、無詠唱しようとすると体内にある魔力がもどかしく動くのだ。

 自分のセンスを今まで疑いもしなかったが、始めて自分は能無しなんじゃないかなと弱気になったりもした。

 

 今ならわかる。

 今の私は、苦なく無詠唱で魔術を扱える。

 何故か? それはきっと、最初に教わるときに詠唱で魔術を扱ってた事が、悪い癖だったからだ。

 悪癖と言うと、どうにかなる物に聞こえるかもしれないから、後戻り出来ない選択と言おう。

 詠唱魔術から学びそれに慣れてしまった場合、無詠唱へと後戻りすることが出来ない。これはきっとこの世界にあるルールだ。

 何故、無詠唱の方がメリットがあるのに、いや無詠唱にもメリットがあるのに、詠唱派の魔術師は無詠唱を扱わないかがわかった。

 彼らは、ただ変えることが出来なかったのだ。

 詠唱に慣れてしまった者は、無詠唱を扱うことが出来ないのだ。

 何も影響を受けてないこの身体は、難なく無詠唱魔術を受け入れてしまった。

 

 

 

 そうして私は先ず、膨大な魔力総量と無詠唱魔術を手に入れた。

 この二つのカードを手元においても、家族全員が助かる確実な手は未だ見つかっていない。

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