第一話 花香る
五年目の春。ライスシャワーが俺のサブトレーナーとなって、迎える初めての春だった。
すでに桜は緑をつけ始め、散った花びらが最後の風情として遠いどこかへ風に運ばれる。
俺の私物しかなかったトレーナー室には、ライスのマグカップやバインダー、ボールペンにディスクトップパソコンが用意されている。また、壁一面に敷き詰められていた俺の蔵書に混ざって、ライスが持っていた本も収められていた。
いつもの学園とは違って、静かな現在は入学式が執り行われているだろう。もうしばらくは勧誘できないが、すでに他のトレーナーは偵察を行っているはずだ。
もはや中堅トレーナーとなった俺も動く必要があるが、その前にライスと相談しないといけないことがある。
そう思い、ライスへ顔を向けると、幼かった雰囲気は鳴りを潜め、年相応に落ち着いた笑顔を返してくれた。
「どうしたの? お兄さま」
「この後の動きについてだが、ライスはどうする? 別行動でめぼしい子を探すのもありだし、俺についてくるのもありだが」
「なら、お兄さまと一緒にいたいな」
特に迷うそぶりもなく、ライスは即答した。
「そうか。なら手伝ってくれ」
そうして、俺は前もってリストアップしていた新入生の名前をライスへ共有する。
「けっこう、いるんだね」
少し驚いた様子のライスへうなずき、俺は説明する。
「特別に俺は、五人ではなく一人、できれば二人を担当すればいいことになっている、というのは説明したと思う」
「うん。お兄さまは別のお仕事があるんだもんね」
「それでも、できる限り多くのウマ娘たちの夢を叶える手伝いがしたいと思っているんだ。だから、チーム所属はともかくチームに所属していない子で希望があれば、トレーニングを見ようと思う」
「……お兄さまは優しいなあ」
少し困ったようにライスは笑った。
「今のうちに、希望の可能性がある子の現状を知りたいってことだよね?」
「そういうことだ。リストアップした名前は、トレーナーの間で担当したい子に名前が挙がらなかった子だ。もちろん、最終的にはどこかしらのチームへ所属することになると思うが、所属が決まるまでは俺が考えた最低限の共通メニューをこなしてもらう予定だ」
「お兄さま、無理はしちゃダメだよ? ライスが言うのもあれだけど」
「わかっているよ」
そうして、少し学園が賑やかになってきたところで、俺とライスは校内を回って行くことにした。
至る所で、在校生たちは各々のトレーニングをこなしているが、新入生の姿はなかなか見当たらない。おそらく、トレーニングできる場所や器具の使い勝手がわからないのだろう。外でランニングか、もしかすると図書館で勉強をしているのかもしれない。
「ライスはスカウトを受ける前まではどこで練習していたんだ?」
そう尋ねてみると、ライスは少し困ったように笑う。
「うーん、あまり参考にはならないかもだけど、学園の外でランニングと土手の空き地でシャトルランとかかな」
「やっぱり外か。もう一つ、候補としては図書館もあると思うけど、どうだろう?」
「……よっぽど本が好きか、頭がいい子なら使うかもしれないけれど、入学初日から使うかな?」
ライスの言葉に、俺はもう少し考えてみる。やっぱり、学園の教師が催してくれるレースまで待つほうが得策だろうか?
「ねえお兄さま?」
ライスに呼ばれ、俺はライスへ顔を向ける。
「ちょっと、神社に寄ってもいいかな?」
時間もよい頃合いだったのともしかしたら神社の階段を使ってトレーニングをしている子がいるかもしれないと思い、寄ることにする。
しかし、神社に着く頃にはすでに日がほぼ暮れていたこともあって誰もいなかった。それでも、ライスは階段を登っていく。
「大丈夫か?」
「ありがとうお兄さま。でも、ゆっくりなら大丈夫だよ」
そう言って、松葉杖を動かしながらライスは登っていく。俺は先回りをして、ライスの前で腰を下げた。
「乗ってくれ」
「えへへ、ありがとう」
背中に乗るライスはやっぱり軽かった。そのままゆっくり登っていくと、境内に着く。
「やっぱり誰もいないな」
「そうだね。二人っきり」
腰から降りたライスを見ると、少しセンチメンタルに浸っているような感じがした。
「どうかしたか?」
「ううん。お兄さまとの時間をもっと感じていたかっただけなの。……これからはいつまでも二人だけというわけにもいかないし」
たしかにいつも二人だった日常が変わっていくことに対する不安は俺も感じていた。しかし、その不安以上に新しい夢を叶える手伝いができるという期待感もある。
だから、俺は笑った。
「きっと楽しい日常がまた始まるさ」
「……そう、だよね。ライスもがんばるぞーおー!」
そうして、俺とライスは参拝を済ませて、トレーナー室へ戻る。そして、夜が更けても二人で、共通トレーニングメニューの相談したのだった。
⭐︎
入学式から数週間がすぎ、いよいよスカウト解禁の日がやってきた。初めの数日は学園がスカウトの機会として設けたレースがある。多くのトレーナーはここで候補に挙げていたウマ娘たちの実力を肌で感じる。
もちろん、それは今年から入った新人トレーナーも同じだ。目を輝かせて、新人トレーナーたちはレースを見ていた。中にはファンのように歓声をあげている人もいるが、初めはしかたがないだろう。俺以外のトレーナーも微笑ましいものとして流していた。
「お兄さまの本命は誰なの?」
「ウマ娘名鑑によると、どちらもライスに似たステイヤー適正のある子だよ。ライスと歩んできた四年間の経験を活かしたいと思って。それにライスもアドバイスもしやすいと思う」
一人目がちょうどターフに姿を現した子だった。レースを走れることを楽しみにしていたのか、口元が緩んでいるように見える。
「距離としては短めのレースだから得意な距離ではないだろうが、どこまで走れるか楽しみにしていたんだ」
「そうなんだ……」
ライスは持ってきていたハンディカメラを構える。
「カメラ、ありがとうな」
「ううん。サブトレーナーとしてお兄さまを支えるのは当然だから」
互いに、小さく笑い合ってゲートを見る。ちょうど、全員が収まったようで、いよいよレースが始まる。
終わってみれば、一人目は八着だった。それでも、一生懸命に走る様子は見ていて気持ちのよいものだった。
「二人目は次のレース?」
「そうだ。あの子だね」
ゲート付近で準備運動をしている子を指す。笑みを見せずに淡々とアップを進めている。
またもライスがカメラを構えて、レースが始まる。そして、三着でゴールインをした。
⭐︎
「どうだったかな?」
すべてのレースが終わりトレーナー室に戻ると、ライスは尋ねてくる。
「やっぱりみんな夢を叶えて欲しいとは思うよ」
俺は本音を隠した。それでも、ライスには伝わったようで、少し沈んだ表情をした。
「夢を叶えるって、厳しいんだね」
「みんな一番をとりたいと頑張っているからね。どれだけ練習したかだけではなく、恵まれた才能や運といった自分ではどうしようもない要素も求められる」
正直に言うと、夢を叶える手助けをする自分はいつも悩む。夢が破れたとしても、その経験を前向きに捉えられる終わり方ならまだよい。しかし、後悔しか生まない終わり方をさせてしまったらと思うと怖い。
だからこそ、俺は自分がその子の人生に責任を持てると思った子しか担当をしたくないとも思ってしまう。
「お兄さま、ありがとう」
改めて言われる言葉に、俺はライスの笑顔を見つめてしまう。
「お兄さまはいっぱい悩んでライスを育ててくれたってわかっているから。だからね、ライスにも背負わせて欲しいな」
「ライス……」
「お兄さまが、できる限り多くのウマ娘に夢を叶えて欲しいって思っていること、そのために担当じゃなくても、最低限の効率がいいトレーニングをしてもらいたいと頑張っていること。ライスはすごいって思うよ」
「……ありがとうな」
「ライスもがんばるね!」
そう言って、ライスはトレーナー室を出ようとする。もう夜も遅いし、寮に戻るのだろう。
「それじゃ、お兄さま、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
パタンと閉じられるドアの音がやけに寂しいと思うようになってしまった。
俺は一度、座ったまま伸びをして、パソコンの電源を落とす。俺も今日はもう休もうと思ったのだ。
そして、自室へ戻ると、机に一通の可愛らしい青い柄の封筒が置いてあった。ライスの字だった。
『お兄さま、お疲れさま。勝手に入ってしまってごめんなさい。でも、きっと口では伝えられないので、お手紙を書きました。
お兄さま、最近疲れているように見えるけれど、大丈夫かな? もしライスにできることがあれば、なんでも言ってね。ライスはお兄さまのサブトレーナーだから。
ライスはお兄さまに頼ってもらえるととても嬉しいんだよ? お兄さまが頼ってくれることが今のライスの生きがいになっているんだ。
あ、もうあまり書けないや。最後になっちゃったけれど、お兄さま、大好きだよ』
読み終えた手紙を元に折り畳み、封筒に戻す。ライスのおかげで、気が楽になったように思えた。
そんな気分のまま俺はシャワーを浴び、朝を楽しみに思いながら、眠りに就く。
朝、目を覚ますと、便箋と同じ甘い香りがかすかに感じたことに、我ながらライスに依存し始めているのではないかと疑った。
やっとヤンデレが始まるぞい!
とはいっても、時間を飛ばしていくので、終わりまでそう話数はかからない予定なのですが。
そういえば、前話を投稿して、感想のお返事を書き終えてライスシャワーの育成をしていたんですが、どうやら俺の世界線にも福引の賞品として温泉旅行券が存在したようです!
その後、URA決勝でマンハッタンカフェやハッピーミーク、シンボリルドルフに競り負けて、2位、3位×2、4位だったんですけどね!
いいよ、ここまで来たら十回でも百回でも育成してやんよ……(鋼の意志)
それではまた次回で!