ブルーローズをそばにおく   作:蒼月柊

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第二話 花開く

 特に注目していた二人を無事にスカウトし、またトレーナーがついていないウマ娘たちの練習メニューも組むようなってから一ヶ月がすぎた。

 

 もうまもなく梅雨に入ると聞いていたが、阪神レース場は快晴だった。締めくくりをするにふさわしい今日は、ライスが人前に出る最後のイベント、宝塚記念での引退ライブがある。

 

 一年前のレースではライスの故障によりウイニングライブは中止され、ライス自身も応援してくれていた人へお別れを言えていなかったために企画された。

 

 すでに松葉杖を使わなくても歩けるようになっているが、それでも激しい動きはあまり望ましくない。それゆえに、ライスの引退ライブは一人の夜に月を見上げている時のように静かな時間が流れるものになっていた。

 

「みんな、本当にありがとうございます!」

 

 ライス自身をイメージして作詞作曲された曲を歌いきり、ライスは余韻を惜しむように涙を流す。これからもライスと一緒にいられるはずの俺ですら、こみあげてくるものがあったのだ。ライスを応援してくれていた人たちはみんな声を堪えながら涙をこぼしている。

 

 ついにライスを照らしていたスポットライトが消え、舞台は暗くなる。そのまま、ライスは舞台袖へ戻り、会場は明るくなった。

 

 観客たちは口々にライスの生存と未来を祝福する。まさにライスは『しあわせの青いバラ』のように誰もを幸せにし、また誰からも望まれる命になったのだった。

 

「お疲れさま」

 

「ありがとうお兄さま」

 

 久しぶりの勝負服を着たライスは、出会った時のように泣きそうな表情を見せている。泣き虫なところは結局、五年が経っても変わらなかった。

 

 そんなことを考えていることに気づかれたのか、口を尖らせてライスは俺の胸に抱きつく。

 

「お兄さまだけにしか、見せてないよ」

 

 頭を撫でてやると、尻尾がよく揺れた。

 

「ねえお兄さま? もうしばらく二人っきりでいよ?」

 

「明日の新幹線までは二人っきりだよ」

 

「もっと長くがいい。ブルボンさんのトレーナーさんに二人を任せているんでしょ? 久しぶりの二人っきりなんだもん。もっと一緒にいたいな」

 

 抱きつかれた状態での上目遣いに少しぐらつくが、さすがに仕事を放り出すつもりはなかった。そのことを伝えると、少し沈んだ表情で「そっか」と言ってくれる。

 

「お兄さまだもんね。ライスはお兄さまのお荷物になりたくないから我慢するよ」

 

 その言葉の後に、ライスは一度深呼吸をする。

 

「大丈夫か?」

 

「うん。少しだけ疲れただけだよ。大丈夫、気にしないで」

 

 そうは言っても、ライスが深呼吸をする様子を最近はよく見るようになっていた。呼吸が苦しいのか、または慣れない仕事に対するストレスを抑えるためなのか、尋ねてみても今のようにはぐらかされてしまうため、原因を突き止めることができないでいる。

 

「無理はしないでくれ」

 

 けっきょく、このような言葉だけで終わってしまう。そして、決まってライスは嬉しそうに「ありがとう」と返すのだ。

 

 今日も何もできないでいる俺はライスを連れて、ホテルへ戻る。どうしても一緒がよいというので、あまり外聞はよくないのだが、同じ部屋でここ数日は寝泊まりをしていた。

 

 もちろん、よく噂されるウマ娘とトレーナーの不純異性交遊はない。ただ、寝るときには「おやすみなさい」、起きるときは「おはよう」と、ライスが笑顔を向けてくれるだけだ。

 

 ライスの笑顔を毎晩毎朝見ることができる、という点では俺の心が癒される数日間でもあった。

 

 この生活も明日で終わってしまうことを名残惜しく思っていると、お着替えセットを持ったライスに声をかけられる。

 

「お兄さま? お風呂に入ってくるね?」

 

「上がったら連絡をくれ」

 

 こうして、事故は未然に防ぐようにしているから、嫁入り前の裸を見たこともない。

 

 ライスも俺の裸を見たことはないはずだ。

 

 俺はこの間に、晩食の候補をリストアップする。レースに出ていた時とは違って、ライスは低カロリー高タンパク質の食事を好むようになっているから、外食で探すのは少し苦労がある。

 

 それでも、美味しいお店で見せてくれる笑顔にはそれだけの価値があった。だから、今日も俺はライスがお風呂に入っている間に、前から知っていた体を装うために調べ物をするのだ。

 

 ……正直、ここまでしたいと思っている時点で、俺はライスを愛しているのだと自覚している。それでも、俺から告白するためには、俺とライスの最初の関係が歪すぎた。

 

 精神科医に恋をする話はよく聞く話だ。悩みを受け入れ、解決するまで一緒に悩んでくれる存在は、それだけ身近な存在になるものだからだ。俺とライスの関係に当てはめるのであれば、まさにライスの夢の障壁であった悩みを解決し、夢を叶えようとした俺はライスにとって憧れの存在──お兄さまとなった。

 

 そして、ライスの夢が絶たれたことの責任は俺が負うべきものだ。

 

 憧れの存在であり、夢を絶つ直接の原因である俺から告白するのは、あまりに自分勝手なように思い、告白へは踏み切れない。

 

 もっと言い訳を連ねるのであれば、トレーナーとウマ娘の関係を利用した結婚だとか、外部からの中傷が間違いなくある、というものもある。もう二度とライスに謂れのない誹謗中傷を浴びせるわけにいかない。

 

 となると、ライスの告白を待つしかないのだが、これはこれでライスの好意を利用しているようで気分が悪かった。いや、「ウマ娘からの告白なので、元の関係を利用したものではありません」と言い訳が立つのを待っているという点では間違いなく利用しているのだが。

 

 一つため息をついて、別のことへ意識を向けるために腕時計を見る。もうまもなく、ライスから連絡がある頃合いだった。

 

 俺は急いで外食の候補を決め、連絡を待つ。

 

 そう待つこともなく、ライスから連絡が来るのだった。

 

     ⭐︎

 

 元の生活に戻ってから一週間が経った。新入生のスカウト解禁を迎えた日の夜から続く、ライスからの手紙は今日も置かれていた。

 

 今日はどんなことが書いてあるのだろうと楽しみに封筒から便箋を取りだすと、スマートフォンが震える。画面を見ると、ライスからのメッセージだった。短く「助けて」とある。

 

 俺はスマートフォンを握りしめ、ライスのトレーナー寮の部屋へ急いだ。

 

 ドアノブを握り、許可も得ずに部屋へ入る。

 

「大丈夫か?」

 

 その言葉を言い切るかどうかだった。俺は部屋に引きずりこまれ、鍵がかかる音を聞いた。

 

「ライス?」

 

 真っ暗の部屋に射しこむ夜の光がうつむいたライスの体を照らす。ライスは、無言のまま俺の胸を押し、そのまま覆い被さった。

 

「お兄さまが悪いんだから」

 

 そう呟いたライスの瞳は虚ろだった。しかし、おそらく待ち望んでいた俺はこんな異常な時でも冷静にいられた。

 

「どうして、俺が悪いんだ?」

 

「ライスを放って女の子を見ているから。ライスがいるのにたくさんの女の子に囲まれているから。ライスがこんなになるまで後回しにしたから」

 

 そして、初めて俺に顔を見せた。その表情はもう何度も見た、今にも泣き出しそうな顔だった。

 

「ううん。本当はわかっているの。お兄さまは優しいから。お兄さまのお仕事だから。近くにいられればいいとサブトレーナーになったライスはずっとこの気持ちと向かい合っていないといけないってわかっているの」

 

 そのまま口を近づけて、ライスは俺の唇を奪った。

 

「ねえ、お兄さま。今日だけはライスは悪い子になっちゃった。今日だけだから。明日からはまた元通りだから。今だけはライスのわがままを聞いてください」

 

 呼吸を乱しているライスは俺を押さえつけたまま、自分が着ている服のボタンを外していく。

 

「他の子よりも小さいけれど、柔らかいから気持ちいいと思うんだ」

 

 そのまま俺のズボンに手をかけようとするが、俺はライスの手を掴む。

 

「俺は、ひどいやつだよ」

 

 その言葉で、ライスは俺の瞳を見てくれる。

 

「こうなることをどこかで期待していたんだ」

 

「え?」

 

「勇気がない俺は、ライスからの言葉を待っていた。ライスを愛している自覚はあった。担当のウマ娘だからじゃない。こんな子には幸せになって欲しいと、できれば幸せにしたいと想ってしまった」

 

 力が抜けたライスの手を離す。そのまま、ライスは俺に跨ったまま目を丸くしていた。

 

「でも、ライスの気持ちがもし違ったら。好意を抱いてもらっていても、俺が無意識に作ってしまったものだったら。そう思うと何か劇的なアクションがないと、俺は君の好意を信じることができなかった」

 

「う、そ……」

 

「だから、君がここまでしてくれて、君の心の苦しみを知れてようやく、俺は君の好意を信じることができたんだ」

 

 とてもダサいな、と俺自身も思う。クズ野郎だとも、ライスと付き合う資格もないとも思う。

 

 それでも、ようやく信じられた恋心。想い人がここまで苦しんだ上で動いてくれたのならば、一生を添い遂げることこそが贖罪になるのではないかと言い訳を考えてしまった。

 

「お兄さまは、こんなライスでもいいの?」

 

「むしろ、ここまでやってくれないと君を信じることができない、今も計算で動いている男でいいのか?」

 

「ライスはもっと面倒くさいよ? お仕事やめてって言っちゃうかもしれないよ?」

 

「君が望むのなら」

 

「ホント?」

 

「ああ」

 

 そのままライスは俺に倒れこむ。朝起きると部屋に残っていた匂いが香った。

 

「約束だからね」

 

 その言葉を最後に、ライスは寝息を立て始める。

 

 今までの心労が一気に来たのだろう。抱きしめられたままの俺は動くこともできずに、ライスの香りの中で目を閉じた。




うまぴょいはしてないからセーフ!

というわけでこの作品で一番書きたかったシーンまで来ることができました(まあ、プロットという名の雑なメモ書きとはだいぶ変わっているのですが)

正直、この投稿分だけがヤンデレ(恋人を愛するがために病んでしまう属性)と言ってもよいかなと思う。
でも、皆様が望んでいたヤンデレじゃないとしたらごめんなさい!
暴力沙汰や他のウマ娘との離間策は当作品には合わないかなって(そもそも書ける技量がないともいう)
ひたすら愛する人を見て、心を病んで、それでも理性があるから内心に留めて、けっきょく二人だけの時間と空間で爆発してしまう。そのまま、お互いに依存して、二人だけの将来へ進んでしまう展開が読みたかったんだよ! 俺は! 共依存ヤンデレもっと増えろ。

まあ、当作品はトレーナー視点で進んでいるので、ライスシャワーの内心は描かなかったんですけど。そのために、ライスシャワーの葛藤がわかりづらくなっていたとしたら完全に作者の技量不足です。ごめんなさい!

さて、言い訳タイムはこれにて終了。
思った以上に時間を飛ばして書いてしまったので、次回がエピローグです。
最終回、できる限り2、3日中に投稿できるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。それでは!
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