ブルーローズをそばにおく   作:蒼月柊

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⭐︎今までの雰囲気をぶち壊す可能性がありますので、閲覧にはご注意ください。


「この生活こそが幸せ(贖罪)なのだと思っていた」


Last Episode ブルーローズをそばにおく

 結ばれてから三回目の桜を見る。となりにはライスがいた。結婚してから変わらない笑顔に俺は安心する。

 

 ぎゅっと手が握られた。これからも変わらずに一緒にいようと、言葉にせずとも誓った。

 

 わずかに伸びた身長と落ち着いた雰囲気だけが、出会った頃から流れた時間の長さを感じさせる。しかし、未来になっても、もう変わることはないのだろう。俺とライスの関係はこのまま続く。そのことに安らぎを覚えていた。

 

 きっとライスも同じだ。この関係に幸福を感じてくれている。

 

「どうかした?」

 

 ライスから向けられた笑顔に、俺も笑顔で「いいや」と返す。もう何度もやってきた返しだった。

 

「行こうか」

 

 ライスはうなずき、一緒に歩き始める。今日はどういうわけか、ライスも同席の上で担当の編集の方に打ち合わせを依頼されていた。

 

 理由を尋ねても、文では伝えづらいと言われてしまえばどうしようもない。

 

 しかたなくライスを誘ってみると、問題ないどころか喜んでくれたので、担当の要望に応えることができるのだった。

 

 そんな怪しい打ち合わせだが、場所はカフェ『祭』でやるようだった。編集部の住所からそれなりに距離があり、俺が一度も名前を出したことがない思い出の場所で行う打ち合わせとは一体、どういうものなのだろうか。

 

 そんな身構えるなという方が無理のある外出だが、ライスと一緒にいるというだけで俺の心は落ち着くことができている。きっと何とかなる、という謎の自信があった。

 

 ちらりとライスを見る。俺の視線に気づいたのか、ライスは微笑みを向けてくれる。

 

 やはり、ライスには笑顔がよく似合っていた。

 

     ⭐︎

 

 ゆっくり歩き続け、祭に着く。すでに担当は来ていたようで、ティーカップを口へ運んでいた。

 

「久しぶりだな」

 

「ああ。相変わらず、閑古鳥が鳴いているのな」

 

「いいんだよ。うちは趣味だからな。それに今日、客が少ないのはそちらの嬢ちゃんに貸切にしてくれって頼まれたからだよ」

 

 マスターの手に合わせて、担当を見ると軽く会釈をしてくれていた。

 

「お待ちしていました」

 

 俺とライスは担当の正面に座る。

 

「あなたがライスシャワーさんですね」

 

「妻のライスシャワーです。いつも夫がお世話になっています」

 

 少し突き放すような声音だったが、担当は笑って流す。

 

「もう玉輪さんを狙っていませんよ。それに、その節は申し訳ないと思っています」

 

 そう言って、左手の甲を見せる。その薬指には指輪がはめられていた。

 

「いつの間に」

 

 俺は思わず口を挟んでしまう。担当は幸せそうに答えてくれた。

 

「つい先日です。あまり大事にはしたくなかったので、結婚から初めての打ち合わせの時にお伝えしようと思っていたんですよ」

 

「そ、その、おめでとうございます」

 

 ライスは気まずそうに祝った。

 

「ええ、ありがとうございます」

 

「ということは、今日の打ち合わせはこのことで?」

 

 俺の質問に、担当は苦笑する。

 

「それもあるのですが、別件です」

 

 そのまま何かを言おうとしたようだったが、また担当は苦笑した。

 

「今の今までどうお伝えしようか考えていたのですが、いざとなると難しいものですね」

 

「そんなに難しい話ですか?」

 

「あなた方を困らせてしまう問題ですが、あなた方のファンとして言わずにはいられないものなんですよ」

 

 一度、深く息を吐き、担当は姿勢を正した。俺とライスもつられて姿勢を正す。

 

「お願いします。どうかもう一度、夢を追ってくれませんか?」

 

「夢、ですか?」

 

 俺の反芻に、担当はうなずく。

 

「玉輪さんがトレーナーをやっていたことはうかがっておりました。自伝からも担当なされていたライスシャワーさんとの強い絆を感じました。その結果があの春の天皇賞だったのだと」

 

 口を一度とめ、懐かしく感じる強い眼差しで俺とライスを見た。

 

「私は玉輪さんのファンです。それは確かに文からでしたが、今はあなたがとても強い力を持っているから憧れているんです」

 

 そして、担当はライスにだけ目を向ける。

 

「ライスシャワーさんにだって私は憧れています。悪役(ヒール)と呼ばれた記憶がありながら、最後は誰からも祝福された結果とそこまでの過程に勇気をもらっています」

 

 何も言えずにいる俺とライスを見て、頭を下げる。

 

「今までも十分、勝手なことを申し上げている自覚はあります。その上で、無礼を承知で言わせてください」

 

 頭を上げた担当の瞳には涙がにじんでいた。

 

「お二人の著作には、未来への渇望という概念がありません。すべての登場人物たちが今の幸福を永く続けることを願っている。今よりもより幸せな未来を望んでいないんです。このストーリーだからこそかもしだせる雰囲気というのもありますが、私は人が憧れてしまうほどに強い想いが果たされる物語をお二人に描いてほしいんです。そのために、お二人に今より幸せな未来を望んでほしいんです」

 

 その熱は俺とおそらくライスにとっても、もう忘れてしまったものだった。

 

「今でも、十分幸せなのですが」

 

 俺の言葉に担当はすぐに返す。

 

「その幸福は閉じたものです。停滞と言ってもいいかと思います。夢を見せることができる人が満足していいものではありません」

 

 もう一度、担当は頭を下げた。

 

「夢を見せることができる力を持っている存在は限られているんです。その力を秘めているのに発揮しないなんて、編集者として我慢できないんです」

 

 何も言えずにいる俺へ困ったように目を向けた後、ライスは頭を下げ続ける担当へ声をかける。

 

「では、どうすればいいんですか?」

 

「過去の熱い気持ちを思い出していただくのが一番早いと思うのですが……」

 

 頭を上げた担当は俺を見つめる。

 

「どうしてトレーナーになったのか、教えてもらえませんか?」

 

 もう何の感傷を抱くこともできない記憶を語ることになったのだった。

 

「そんなに大したものではないですよ?」

 

「それでもお願いします」

 

 担当の視線を受けたライスも少し気になっているようだった。確かに今まで誰にも話をしてこなかった。

 

「俺は夢を叶えようと足掻く人が好きだったんですよ」

 

 しかたなく、俺は少し考えてから声にし始めた。

 

「最初は、物語の登場人物たちが好きだったんです。困難に挫けそうになっても最後は立ち向かう姿に憧れを抱きました。自分もそうなれたらと思っていたのですが、現在は物語のように仲間も困難も成功も約束されているわけではありません。物語に憧れたからといって、すぐに自分が物語を始めることができるわけではなかったんです」

 

 気恥ずかしい過去の話なので、頬をかいてから続ける。それでもライスも担当も真剣に聞いてくれていた。

 

「もちろん、気の合う同級生はいたのかもしれませんが、当時の俺は憧れを胸の内に秘めて、つまらない現実をすごしていました。その生活が変わったのは、シンボリルドルフのジャパンカップでした」

 

「そのレースは」

 

 担当にうなずく。

 

「初めてシンボリルドルフが負けたレースです。ルドルフは負けてなお、毅然とターフを去りましたが、当時のトレーナーの堪えようとしてこぼれた涙が忘れられません。その涙につられてしまい、俺もテレビの前で泣きました。そして、ウマ娘のトレーナーになろうと思ったんです。トレーナーになり、夢へ懸ける強い想いがあるウマ娘となら、俺は憧れていた物語に生きることができると思ったんです。それからは、全力でトレーナーになるための勉強をしました。学校や現地だけでは知ることができない知識も、千冊を越す本を読み、蓄えました。後は俺が絶対に夢を叶えてやりたいと思えるウマ娘だけだった時に、ライスと出会い、後は自伝に記した通りです」

 

 話し終えるとライスも担当も無言だった。その表情は、どちらもじっと何かを考えているようだった。

 

「……今は、その気持ちはないと?」

 

 担当の質問に、俺はうなずく。

 

「ライスといることができれば幸せですからね。それに、夢を見るものもないですし」

 

「……ライスシャワーさんともっと旅行へ行きたいとかは」

 

「ライスがそばにいてくれさえすれば、どこだっていいんですよ」

 

 今度はライスの方を向いて、担当は尋ねた。

 

「ライスシャワーさんには、夢はないんですか?」

 

 ライスは少し考えた上で答えた。

 

「知里さんが幸せであればそれでいいので」

 

 担当はついに黙りこんでしまう。

 

 そのまま、しばらくうつむいていると、すがるような表情で俺とライスに質問した。

 

「お二人は、どうして作品を作ってくださるんですか?」

 

「俺は、仕事だから、ですね。貯蓄はあるといえど、死ぬまで余裕が続くかといえばそうではありませんし。できる限り、ライスと一緒においることができるこの仕事が適職だったんです」

 

「ライスシャワーさんは……?」

 

「今の幸せを他の人にもお裾分けしたいから、ですかね」

 

「そう、ですか……」

 

 担当はうつむき、どうにか感情を抑えようとしているように見えた。そして、次に顔を上げた時は、どうにかつくろったような笑顔をしていた。

 

「ごめんなさい。お二人に押しつけるような話をしてしまって」

 

 そのまま、立ち上がり、マスターと二、三言葉を交わして、店を出ていった。

 

 顔をしかめたマスターは席に近づいてくる。

 

「勘定は編集部が受け持つから、好きなだけ注文して構わない、だとよ」

 

「いや、俺たちももう出るよ」

 

 そのまま立ち上がろうとすると、マスターに制される。

 

「いや、久しぶりなんだ。少し話そうや」

 

 俺はライスに目線を向けると、ライスはうなずく。

 

「私は外に出ていますね」

 

「いや、嬢ちゃんにもいてほしい」

 

 マスターの言葉に、ライスは首を傾げるが「そう、ですか?」と座り直した。

 

「今、飲み物を用意する」

 

 そう言って、マスターはキッチンからアイスココアを二つと水が入ったグラスを持ってくる。アイスココアを俺とライスの前に置き、さっきまで担当が座っていたイスに座ると水を呷った。

 

「人の幸せって、本当に人それぞれだと思う」

 

 気怠げに言うマスターは、しかし俺の目を鋭く見つめていた。

 

「しかしな、お前らの幸せな今っていうのはただの停滞じゃないのか? 生きていると言えるものなのか?」

 

 俺もライスもすぐに反論することはしなかった。そもそも、何の感慨も抱かなかった。

 

「別にお前らがそれでいいというのならそれでいい、とは俺は思わねえ。お前らが輝こうとしていた時、俺は一番近くで見てきたんだ。二人で完結しちまっている今が歯痒くてしかたがねえんだよ」

 

「……そんなことを言われても」

 

 俺の言葉が癪に触ったのか、マスターは俺をにらんだ。

 

「てめえの自伝を読んだよ。その中で一番印象に残っている言葉がある。てめえの先輩の言葉だ。『トレーナーは夢を見失ったウマ娘にもう一度夢を見させる存在』。トレーナーじゃなくなっても、てめえはウマ娘のパートナーなんだろ? なら、もう一度夢を見させてやろうって気概を見せてみろよ!」

 

「それが叶ったのが今だ」

 

「そんなのは夢なんかじゃねえ、ただの成り行きだ。夢っていうのは叶わないと思っていても追い続けてしまうものを言うんだからな」

 

「そんなもの、ただ苦しいだけじゃないか」

 

 言い切るかどうかという瞬間に、俺はマスターに胸ぐらを掴まれていた。グラスが倒れ、水が俺のズボンを濡らす。しかし、かまっている余裕がないのか、マスターは俺を殺そうとしているのかと思うくらいの剣幕でにらむ。

 

「てめえがそれを言うのか。元トレーナーであるてめえがそれを言っちまうのか。そうか、そこまで堕ちてんのかよ」

 

 俺から手を離し、今度は俺を気遣ってくれているライスを見た。慮るような表情のマスターに、ライスは今までに見たことがないほどに殺気立った表情を向ける。

 

「嬢ちゃんがこいつをここまで堕としているとは、女っていうのは怖いもんだな」

 

「知里さんに謝ってください」

 

「嬢ちゃん。お前さん、こいつをたぶらかしたのは誰かわかっているのか?」

 

「てめえ!」

 

 今度は俺が胸ぐらをつかむ番だった。

 

「ライスはそんなんじゃねえ。俺が勝手に惚れただけだ」

 

 その言葉をマスターは鼻で笑う。

 

「相手から迫られないと動けない程度で惚れただぁ? 冗談もほどほどにしろよ。本当の想いっていうのは、苦しくて苦しくてしかたがねえもんだ。その苦しみから逃れたいから行動する。動けない程度の苦しみしか抱けなかったやつが一丁前に惚れたなんぞほざくんじゃねえ」

 

「てめえに何がわかるんだよ!」

 

 俺の言葉には反応せず、マスターはライスへ顔を向ける。

 

「嬢ちゃんが惚れた男はこんなやつだったか? 嬢ちゃんに夢を諦めさせなかったやつは今のこいつか? 違う。絶対に違う。トレーナーをやっていたときは、いつも真剣に向かい合っていたはずだ。嬢ちゃんの心に寄り添って、自分の心をすり減らしながら、嬢ちゃんと二人三脚で駆け抜けたはずだ。まさしく、嬢ちゃんにとってのヒーローだ。だが、今のこいつはどうだ? 嬢ちゃんに苦痛を与えたくないと、生きているのかわかりやしねえ時間を過ごしてやがる。そんな男を嬢ちゃんは好きなままなのか?」

 

「当たり前です」

 

 ライスは即答した。しかし、その表情は怒りよりも苦しみに歪んだものに変わっていた。

 

「好きなままに決まっているじゃないですか。たとえ、他の人の目には変わってしまったように見えていたとしても、ライスのことを一番に考えてくれる()()()()であることに変わりありません」

 

 マスターの胸ぐらをつかんでいる俺の腕に、ライスは手をあてる。俺はマスターから手を離した。

 

「一度でも輝くことができたんです。もう、十分じゃないですか?」

 

 マスターは覇気なく「そうかよ」と吐き捨て、席を立つ。

 

「勘定はいらねえ。あとはてめえらだけで好きにしてくれ」

 

 俺は財布から一万円札をテーブルに置き、ライスと店を出た。

 

 すでに不言色(いわぬいろ)に染まった土手を俺とライスは歩く。静かな春の夕方はまだ肌寒い。

 

 伸びた影に隠れたライスの顔は、葛藤のあるものだった。

 

「何も気にしなくていい」

 

 俺の言葉に、ライスは首を横に振る。

 

「ライスのせいであんなことを言われたんだもん」

 

「俺がライスに依存しているだけだ。ライスが気にすることは何もない」

 

「ライスも依存しているから……」

 

 不意にライスが足を止める。どこからか掛け声が聞こえてきた。

 

「もう、走れないんだよね」

 

「すまない」

 

「ううん。何も悪くないよ。ただ、懐かしかっただけなんだ」

 

 もう幾度と見た困ったような笑顔に、俺は何もしてやることができない。

 

「ライスはね、本当に今が幸せなんだよ。でも、ふとした時に思うんだ。与えられるだけなのは苦しいって。むしろもらってばかりだ、って言ってくれるかもしれないけれど、ライスは何もしていない」

 

「それは」

 

 開こうとした俺の口を、ライスは人差し指で抑える。

 

「ねえ、抱きしめてほしいな」

 

 俺は言われた通りに、ライスを抱きしめる。やはり小さな体だった。俺の腕の中に収まったライスは、その体を俺の体に擦りつける。

 

「私は本当に弱い。お兄さまを支えるって言っていたのに、けっきょく私自身を見てもらえる時間が減ると、あんなことをしちゃった。優しいあなたは私を受け入れて、私のワガママを聞いてくれたけれど、全部、私が弱いからあなたの夢を壊してしまった」

 

 震えるライスの体をもっと強く抱きしめる。

 

「俺の夢は俺自身が捨てたんだ。ライスが気にする必要はない」

 

 ライスは俺から離れようと、俺の胸を両手で押した。上げられた顔はどうにか涙を流さないように堪えているものだった。

 

「うそ。心は熱いままだよ? 大きな音が聞こえたもん」

 

 俺はうまく動かない首をどうにか横に振る。

 

「ライスが幸せであることが一番大事だ」

 

「あなたはすごい人なんだよ。ライスにはもったいないくらいに、すごい人なんだ。そんなあなたを縛りたくない気持ちと離したくない気持ちがあるんだ」

 

 一度、言い淀んで、ライスは言葉を続けた。

 

「いつか、他の人へあなたの心が向いてしまうことが怖いんだよ。たとえ私たちの子どもだとしても」

 

「……俺も、正直自信がない」

 

「自分たちの子どもを愛することは当たり前のこと。だから、嫉妬することが間違っている」

 

 ライスの言葉を俺は否定できなかった。俺自身が自分を諌めるために考えていたことだったからだ。

 

「だからね、今晩いい?」

 

「ライス?」

 

「私のせいであなたは夢を諦めた。なら、私ができるすべてであなたの夢を叶えたいの。そのためだったら、我慢だって、なんだってする」

 

「俺の夢はもうないって」

 

「お願い」

 

 今にも泣きそうなライスに、俺はどんな言葉をかければよいのだろう。贖罪のために自分の体を使ってほしくなんかなかった。

 

 ただ、その思いを伝えるには、あまりに今の自分は矛盾を抱えていた。きっと気づかれているだろう俺自身がライスのためなら何だってする理由は、今のライスと一緒なのだから。

 

 かといって、俺自身が受け入れられるかといえば、やはり受け入れるわけにはいかない。今の生活を続けることが最善のはずだ。

 

「周りのことは気にしなくていい」

 

「じゃあ、この気持ちはどうすればいいの?」

 

 静かな叫びだった。その声に、俺は怯んでしまった。

 

「怖いんだよ」

 

 俺の腕から逃れたライスは泣いていた。

 

「たくさんの人が私を責めている。もしかしたら、いつかあなたも私を責めるかもしれない。それが怖い」

 

「俺は絶対に責めたりしない。今の生活を続けるのであれば、気にする必要もない」

 

「ううん。私が気にする。だから、お願いします」

 

 もう日が暮れる。至極色になっていた空がだんだんと黒くなっていく。俺は覚悟を決めた。

 

「……ライスにも、子どもにも、俺の夢を強制したくない。だから、もう一度やり直そう」

 

 今にも崩れてしまいそうな、悲しみに暮れるライスを見据える。

 

「一緒に夢を叶えよう。そのために、互いに互いが抱えている罪を赦そう。そして、どうか、俺に愛させてほしい。俺を愛してほしい」

 もう日は完全に暮れた。しかし、星が煌めく空には黒ではない色があった。

 

「……うん」

 

 その言葉を聞いて、俺は初めて自分からライスの口にキスをした。

 

「愛している」

 

「私もだよ」

 

 俺とライスの間を抜けていく風を、久しぶりに心地よく感じた。

 

     ⭐︎

 

 あの日から十七年の月日がすぎた今日、俺はライスと一緒にデビュー戦を見に来ていた。

 

 ライスがターフへ向かって声援を投げると、一人のウマ娘が手を振ってくれる。

 

「大丈夫かな?」

 

 心配するライスに、俺は「大丈夫」と伝える。

 

「バ場も天気もいい絶好のメイクデビュー日和だ。ムーンアプローズ(俺たちの子ども)は問題なく笑顔で帰ってくるよ。そして、俺たち観客を笑顔にして、万雷の喝采を体験するはずさ」

 

 いよいよすべてのウマ娘のゲートインが完了する。

 

 そして今、ゲートは開かれ、ウマ娘たちは走り始めた。

 

 俺は絶対に忘れないだろう。

 

 ムーンアプローズがその名前にこめた祈りの通りに、ずっと笑顔をファンへ届け、ファンから喝采され続けたことも。

 

 ファンの一人としてムーンアプローズを見つめる俺のそばにはいつも、ライスシャワーがいたことも。




⭐︎ムーンアプローズのひみつ
名前の由来は、ムーンダスト+ブルーローズアプローズ。それぞれの一部分(ムーン+アプローズ)をもらうことで、ムーンダスト(永遠の幸福)とブルーローズアプローズ(夢叶う)の花言葉を祈りとしてこめられている。
また、直訳すると「月の喝采」(Google翻訳にかけると「月の拍手」となるが、拍手に該当するapplauseは喝采の意味を持つ)
*検索しても見つからなかったのですが、現実の競走馬に同名の馬がいたとしても全く関係ありません。

というわけで、これにて『ブルーローズをそばにおく』は完結です。
本編完結後も、After Storyでネタが尽きたと言った後も、読んでくださる方やお気に入り登録をしてくださる方がいて、とても嬉しく思います。本当にありがとうございました。

本当はたくさん後書きに書こうと思ったのですが、少し長くなりそうでしたので、匿名設定を解除し、活動報告として『一人反省会〜ブルーローズをそばにおく〜』に記載しましたので、興味がある方はそちらをご覧いただければと思います。メモ書き程度のプロットも載せています。

最後に、どうか読者のみなさまにムーンアプローズの祈りが届きますように。
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