というわけでこれからは特に断りなければ主人公の玉輪知里(たまわちさと)視点でお送りします。
第一話 ブルーローズの蕾
多くの夢を背負うトレセン学園。そのトレーナーになってから早二週間が過ぎた。
新人研修を終えた今が、入学したばかりのウマ娘たちもパートナーを探し始める頃だと先輩に聞いている。
なので、先輩の命令で俺もスカウトにうかがおうとするが、いかんせん選択肢が多すぎた。
どのウマ娘も唯一無二の才能があり、そしてその才能を自覚していないことが多いからだ。
となればやはり見るべきはレースだったのだが、傲慢ながらこの子を育てたいという子はいなかった。
周りの話を聞いていると、今回のレースに出ていなかった子もいるらしいが、今は保留にするしかない。
だが、その子をスカウトしないとなると、やはり最初はチーム所属のサブトレーナーとして経験を積むのがよいだろうか。いや、それは先輩に追い出された今となっては、最終手段だ。
少しため息をつき、バ場を後にする。まだ日は落ちきっていないが、すでに十八時を回っていた。急いで寮に戻らないと飯の時間を逃してしまう。ひとまず考え事は後にして急ぐことにした。
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夕食を済ませ、ウマ娘名鑑と呼ばれる在籍しているウマ娘の一覧を眺める。今はタブレットで確認することが主流だが、紙でも配布されていた。
今年の入学生に絞って、さらに俺の性格診断とウマ娘の性格診断で相性がよいとされた子を眺める。
それでも人数が多いので、さらに今日のレースで走っていない子に絞る。どうやら該当する子は一人だけだった。
よいものであっても悪いものであっても、トレーナーの間で噂される子は気になるものだ。
名前をライスシャワー、というらしい。少し気弱そうだが、行動力はありそうだった。
高等部所属にしては身長が低いことはレースの結果で懸念すべきかもしれないが、身長だけがレースを決めるわけでもない。
どこかでレースを見ることができれば最高だが、練習風景だけでも見ることができればスカウトをどうするか決めることもできるだろう。
この子の専任にならないのなら、先輩のチームで経験を積もう。
経験を積めば、きっと問題があるウマ娘の夢を支えることができるはずだ。
考えをまとめるために、壁に敷き詰められた本を見る。ざっと千冊は越す蔵書量が今の自分を支えてくれている。あとは、経験だけが足らない。
その経験さえ積めれば、夢見るウマ娘たちを支えることができるはずだ。そのために、今までがある。
それでも、きっと自分のうちにある熱意だけでは挫折してしまえば道が終わってしまう。
知識も経験もあっても、そのウマ娘を絶対に支えたいという利他的な熱意がないと、きっと俺はトレーナーを続けていけない。身を削ってまで夢を支えてやることができない。
手当たり次第スカウトして、専任トレーナーになれと言ってくれた先輩の期待には悪いが、この主張だけは譲れない。
深く息を吐いて、もう一度タブレットを見る。明日はライスシャワーと会うことをメインにして、それまではトレーニング関係の論文で何か新しいものがないか、確認しておこう。
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早朝のバ場は気持ちがよい。快晴の朝特有の清々しさと広がる芝のおかげだ。
しかし、ずっと浸っているわけにもいかない。
ライスシャワーの性格がどういうものかわからない以上、今はトレーニングができる場所をしらみつぶしに確認していくしかない。
自主練習を行う子なのか、早朝から来る子なのか、あまり練習はしない天才肌の子なのか、それだけでもわかればコミュニケーションは取れるものだ。
やっていることはストーカー一歩手前だと思うが、トレーナー業の一環としてなので、許してほしい。
そんな言い訳を脳内小芝居でしていると、黒髪のウマ娘がやってくる。
あれは、ライスシャワーか!
なるほど、早朝からの自主練習を行うタイプと。どうやら人並み以上に叶えたいものがあることが読み取れる。
練習はランニングから始まり、短いインターバルで全力ダッシュを何本もやっている。これは、心肺機能と瞬発力を意識しているのだろうか。
腕時計を見ると、すでに一時間が経過していた。おそらく他にもウマ娘がやってくるだろう。
ライスシャワーに目線を戻すと、どうやら別のメニューをしようとしていた。
おそらくレースのイメージトレーニングだろうか。スタートをして、ある程度の力を抜いて走っている。いや、すぐに前傾姿勢をとり、スピードが上がっていく。
これは、スパートの速度だろうか。百メートル、二百メートルをすぎ、まだ速度を落とさない。三百メートルも変わらず、四百メートルをすぎたところでようやく、ライスシャワーはスピードを落とし始めた。
そして通常の歩く速度まで落ちると、倒れるようにターフへ寝転んだ。
まだ胸が上下しているところを見ると、全力を出し切っているようだ。回復するまでには、もう少し時間が必要だろう。
俺はこれを好機として、ライスシャワーへ近づく。
「申し訳ないが、話をしてもいいだろうか」
「へ?」
気の抜けた返事の後、俺がトレーナーであることに気づいたのか、すぐに姿勢を正そうとする。
「全力を出し切った後だろう。俺のことは気にしなくていいから休んでいたほうがいい」
「あ、ありがとうございます」
ウマ娘名鑑で見た通りの性格をしているようで、ライスシャワーは未だ気にしていた。
「まずは自己紹介から。俺は玉輪知里という。今年からトレセン学園でトレーナーを始めた、まあ新人トレーナーだ」
「ら、ライスシャワーです」
「ライスシャワー、さっそくで申し訳ないが、さっきの練習はどういう意図で行っていたかを聞いてもいいだろうか」
「さっきの練習、ですか? 寮からジョギングで体を慣らして、ここに来てからはランニング、インターバル走、最後は体力がなくなるまで
全力ダッシュをしていました」
メインはスピードとスタミナの向上を目標にしているのだと思われた。
「それは、どのくらい続けているんだ?」
「寮に入ってからなので、一ヶ月くらいです」
寮に入ってからというと、おそらく誰にも言われずにこなしているのだろう。素直にすごいと思った。
「あ、ありがとうございます」
「どうした?」
「え、あの、褒めてくださったので」
顔をうつむかせながら答えるライスシャワーはおそらく顔を赤くしているが、俺も恥ずかしくなった。そのせいで、言葉がつまる。
「あ、そう、だな。君はすごい。推し量るような真似をして申し訳ないが、君は叶えたい夢があるのだろうな」
「ライスは変わりたいんです」
「変わりたい?」
さっきまで顔を赤くしてうつむいていたライスシャワーは真剣な表情で即答した。
「ライスは周りの人を不幸にしちゃうだめな子ですけど、変わりたいんです。でも」
言い淀むライスシャワーの表情は真剣だったものから気弱なものに戻ってしまう。
「やっぱり、ライスはダメな子だ」
瞳に涙が溜まっていく。
「昨日のレースにちゃんと出ようって決めていたのに」
どうやら、昨日の欠場はメンタル的なものだったようだ。
「なあ、どうして今日はトレーニングをしていたんだ?」
「え?」
「いつもやっているものだから、というのがよく返される理由だろうが、俺はそう思わない。勝手な願いと言えばそうかもしれないが、きっと心はまだ折れちゃいないんだよ。体が勝手に動くというのは心があってこそのものだ。理由が分析できる感情や行動は理性だが、理由が説明できない感情や行動は心がそれを望んでいるから起きるものだと思う」
泣くのをやめ、俺を見つめるライスシャワーを見つめ返す。
「君の心はまだ諦めていない。そのおかげで俺は覚悟を決めることができた」
手を差し伸べて、今の熱くなっている気持ちを言葉にする。
「ライスシャワー、俺に君の夢を支えさせてくれないか?」
「そんな、トレーナーさんはもっとすごい子を担当」
「君は君自身のことを過小評価している。君は間違いなくすごいよ。だから、どうかこの手を握ってくれないか? もちろん、経験のある他のトレーナーがいいというのであれば別だが」
「ううん。嬉しい! とっても嬉しいけど、レースにも出られないのに」
「大丈夫だ。君は絶対に変われる。その手助けをさせてくれ」
俺の手と顔を交互に見て、ライスシャワーは泣きながら笑ってくれた。
「その、よろしくお願いします!」
ぎゅっとまだ柔らかい手で、俺の手を握ってくれるのだった。
今後、書き終えたら随時更新していくので、今後もよろしくお願いします(今週、書けるかな)
また、誤字の報告をしてくださった方(まじであんなミスをしているとは思っていなかった)、見てくださった方、見るだけではなくお気に入り登録をしてくださった方、本当にありがとうございます。
ゆったり更新していくつもりですので、これからもよろしくお願いいたします。