ブルーローズをそばにおく   作:蒼月柊

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第三話 メイクデビュー

 泣きながら怒られるという稀有な体験をライスシャワーにされてから三ヶ月が経った。

 

 テクニックの取得、スピードやスタミナ、パワーといった基礎能力の向上を十分に積んできたが、いよいよ今日がメイクデビューの日だ。

 

 意志は強くともメンタルに問題がある以上、できる限り日常のタイムスケジュールを過ごしてもらいたいと、俺はいつもの朝練の時間にライスシャワーと待ち合わせていた。

 

 もちろん軽いアップはするが、必要以上に体力を消費しないために会話がメインのつもりだ。

 

 会話というのはメンタルの安定に非常に役立つものだ。あまりコミュニケーション能力に自信のない俺だが、せめてライスシャワーが普段通りの力が出せる程度には頑張りたいと思う。

 

 そのためにも、俺自身の緊張を解す必要があると思い、トレセン学園のバ場に来てみたが、やはり見事な状態だった。

 

 目視ではあるが、おそらく適度に水を含んだ良バ場だろう。若草色の芝が日光を浴びる様子は、俺の心を落ち着かせる。

 

 かすかに吹く風と一緒にバ場の空気を吸いこめば、温もりのある芝の香りを感じられた。

 

 きっと今日は絶好のメイクデビュー日和となるだろう。あとはライスシャワーが普段通りの力を出せるように力を尽くすだけだ。

 

 そう思いながら、腕時計を見ると待ち合わせの時刻となっていた。周囲を見渡すが、ライスシャワーの姿はどこにもない。

 

 寝坊、はおそらくないから、別の問題が起こったのだろうか。

 

 念のために交換しておいた連絡先へメッセージを送るが、すぐには返信が来なかった。

 

 ここまで来ると脳裏によぎるものがある。三ヶ月前のレースだ。

 

 けっきょくメンタルの問題で欠場したあのレースだが、今回も同じ問題なのだろうか。

 

 俺はメッセージではなく、電話をかけてみる。しかし、出てくれない。

 

 時間的にはまだ問題ないとはいえ、このままではくりかえしになってしまうだろう。かといって、ウマ娘寮に入るわけにもいかない。

 

 となれば、ライスシャワーと仲のよいウマ娘にお願いするしかないのだが、俺は知らない。

 

 交友関係まで知ろうとするのは、さすがに問題があると思い聞いていなかったのだが、いや、寮長のウマ娘に状況を尋ねるのはどうだろうか。

 

 幸い、寮長の連絡先は全トレーナーへ告知されている。担当のウマ娘に緊急なことがあれば寮長へ連絡をするためだ。

 

 朝早くに恐縮ではあるが、ここは許してもらおう。……今度、詫びの品が必要だな。

 

 もう一度、周囲を見渡すがライスシャワーの姿はない。少し息を吐いて、スマートフォンを耳に当てた。

 

「美浦寮寮長のヒシアマゾンだ」

 

「ライスシャワーの担当をしています玉輪知里です」

 

「ちょうどよかった」

 

 応答してくれたヒシアマゾンは、少し疲れた様子だった。

 

「ライスシャワーがいなくなったんだが、何か知らないか?」

 

「私も彼女を探しているところです。もしかして、寮にはすでに?」

 

「同室のロブロイが起きた時にはいなかったようだ。それであたしに教えてくれた」

 

「なるほど」

 

 少し考えてみるが、心当たりはやはりない。となると、誰も知らない場所か?

 

「寮にはいないとなると、やはりトレセンのどこかでしょうか?」

 

「そう思って、たづなさんには連絡したが、見ていないそうだ」

 

 いつも学園にいるたづなさんが見ていないとなると、学園でもないのか?

 

「外を探してみます」

 

「お願いするよ」

 

 電話を切り、学園の外へ出ようとすると、スマートフォンが震える。電話の主は、カフェ『祭』のマスターだった。

 

「嬢ちゃんが来ているぞ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺は駆け出した。

 

     ⭐︎

 

 店に入ると、うつむいたライスシャワーと開店の準備を進めるマスターがいた。

 

「トレーナーさん……」

 

 消え入りそうな声のライスシャワーはいつも以上に伏せ目がちに俺を見た。

 

「あの、ごめんなさい」

 

 こういう時になんと言えばよいのか、俺はわからない。慰めることも叱ることも簡単だが、それだけでは問題は解決しないからだ。

 

 そのせいで無言になってしまう俺は、余計にライスシャワーを不安にさせてしまう。

 

 どんどん空気が重くなっていくのを肌で感じていた。何かを言わなければならないと、口を開こうとするがなかなか口を開くことができない。

 

 マスターもこれは俺が解決すべき問題だと、突きつけるように何も言わなかった。

 

 ライスシャワーに何も言わせるべきではないことだけは分かっている。早く、俺が言葉をかけなければいけない。

 

「その……」

 

 優しい子だからだろう。ライスシャワーが声を発しようとしている。それだけは決定的に言わせてはいけないと直感した。

 

 だから、何もまとまらない状態で口を挟む。

 

「すまない」

 

 ライスシャワーの小さな吐息ともつかない声が聞こえた。

 

「不安だったんだろう。逃げ出したくなるほどに」

 

 その言葉がきっかけとなって、ライスシャワーは泣き出した。

 

「ごめんなさい!」

 

 ただ、その言葉をくりかえしながら、ライスシャワーは声をあげて泣く。俺はマスターにうなずき、ライスシャワーの隣に座った。

 

 マスターは店の奥へ行ってくれる。

 

「ライスはだめな子なんだよ」

 

 少し落ち着いたのか、別の言葉をくれた。

 

「どうして、そう思う?」

 

「変わろうとしても、最後には逃げちゃうから」

 

「でも、心は折れていない。あきらめていない」

 

「ううん。もう逃げちゃっているんだ」

 

 うつむいたライスシャワーを見る。その姿はまだ耐えているように見えた。まだ、あきらめを受け入れていない。

 

「何から逃げているのか、聞いてもいいか?」

 

「……夢は絶対に叶えられないってわかってしまうことから」

 

 その言葉がとても重たいものだと思った。どれだけの回数、ライスシャワーは自分と戦ってきたのだろう。

 

「やっぱりライスシャワー、君は強いよ。だめな子なんかじゃない」

 

「なんで、トレーナーさんはそう言ってくれるの?」

 

「ライスシャワーを見てきたから」

 

 ようやくライスシャワーが俺の目を見てくれる。

 

「俺は、君の夢が叶うって断言する。難しい理由は置いておいて、絶対に君はなりたい自分になれるって何度だって言うよ」

 

「でも、逃げちゃうんだよ?」

 

「あきらめてはいないだろう? なら、俺もあきらめたりしない」

 

「トレーナー、さん」

 

 ようやく涙が止まるライスシャワーに手を差し出す。

 

「一人なら怖くても、二人なら怖くなくなるかもしれない。だから、俺に君の夢を支えさせてくれ」

 

 じっと俺はライスシャワーを見つめる。

 

「お兄さまみたい」

 

「俺は君にとってのお兄さまになれるように、頑張るよ」

 

 畳みかけるように言ってから、少し恥ずかしくなる。もしかすると、顔が赤いかもしれない。

 

「ふふ、顔が赤くなっているよ! お兄さま!」

 

 案の定、からかわれてしまうが、でも、涙に濡れた笑顔を見れたのなら、よかった。

 

「ありがとう、お兄さま。ライス、がんばるよ。まだ、怖いけど、変わりたいから。みんなを幸せにできる青いバラになりたいから!」

 

 そう言って、ライスシャワーは立ち上がる。

 

「がんばるぞ、おー!」

 

 可愛らしいおまじないで、ライスシャワーは咲き始める。

 

     ⭐︎

 

 それから俺たちは、マスターが入れてくれたホットココアを飲んで、美浦寮に戻る。

 

 ライスシャワーはヒシアマゾンに、俺はたづなさんに謝罪の一報を入れた。どうやらライスシャワーはヒシアマゾンに注意を受けたようだったが、応援をもらえたらしい。

 

 そして、無事に騒動が収まると、二人でトレセン学園のバ場に向かう。今日のレースの舞台となるバ場は、すでに観客が集まっているようだった。

 

「ねえ、お兄さま」

 

「ん?」

 

「ライス、がんばるからね」

 

「ああ。君だって咲けるよ」

 

「うん!」

 

 その言葉を最後に、俺とライスシャワーはそれぞれのいるべき場所へ向かった。

 

 そして、迎えたデビュー戦。

 

 ライスシャワーは七枠八番のゲートで出走を待っている。千メートルの距離だから、おそらくスタミナも問題ないだろう。あとは冷静に走ることができれば、初勝利を飾ることができるはずだ。

 

 そう頭で考えつつも、すでに空になった一本目のペットボトルを潰して、二本目に口をつける。俺自身も初めて育てているウマ娘のメイクデビューだ。喉が渇いてしかたがない。

 

 今か今かと待っていると、いよいよゲートが開かれた。

 

 スタートは良好、先行策としてもよい位置につけている。数十秒もしないうちに、残り二百メートルがすぎ、百メートルが過ぎていく。

 

 最後の直線で、すべての力を出し切るように、ライスシャワーはスパートをかける。

 

 先頭のウマ娘をかわし、ライスシャワーは一着でレースを終えた。

 

 その瞬間、俺は目が熱くなったのを感じた。だんだん視界が見えなくなって、勝手に出てしまう声も抑えられなくなって、ごまかすように大声でライスシャワーの名前を呼んだ。

 

 潤んだ目ではよく見えなかったが、ライスシャワーも同じように泣いていた。

 

 観客たちの祝福に包まれて、今、青いバラが姿を見せた。




本当は泣きながら怒られるトレーナーの姿を後書きに書こうと思ったのですが、ちょっと時間がないので別の機会に。

今回の話を投稿する前に、例の騒動からこの小説をどう扱うべきか考えました。
本当は全年齢にするべきだとは思いつつ、ライスシャワーの物語を描くにおいて、二つのレースに触れざるを得ません。その描写次第ではR15に抵触する可能性があるための悩みでしたが、判断は皆様にお任せすることにしました。
ひとまず、R15のタグを外し、二つのレースに関連する話を投稿した際にご指摘を受けるようであれば、再度R15のタグをつけさせていただきます。

ヤンデレ要素については、ネタバレになってしまうため詳細はお伝えできませんが、ウマ娘「ライスシャワー」を過度に脚色するものではないと考えております。このレベルまではあり得るだろうと。

今、お伝えできるものは以上となります。
今後も、(自分自身も含めて)楽しんでいただけるものを投稿していきますので、よろしくお願いいたします。

それでは、皆さん、よいGWを。
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