ブルーローズをそばにおく   作:蒼月柊

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第四話 菊花賞

 デビュー戦を勝利で飾ってから数日後、俺とライスシャワーはトレーニングを休みにして、同期となるライバルのデビュー戦を見に行った。

 

 そのライバルの名前は、ミホノブルボン。

 

 今日を迎えるまでに、すでに多くのファンがついている優駿だ。多くのファンを幸せにしたいと夢見るライスシャワーにとってはライバルであり、憧れの存在でもある。

 

 そして、その前評判通りに、ミホノブルボンは一着をとり、その上で淡々とターフを去っていった。そのクールな佇まいに、観客たちを魅了され、ファン宣言の声が響く。

 

「ブルボンさんに、勝てるのかな……」

 

 おそらく無意識に出てしまったライスシャワーの言葉に、俺はライスシャワーの小さな手を握って応える。

 

「絶対に勝てるよ」

 

「お兄さま」

 

 目を丸くするも、すぐにライスシャワーは笑顔でうなずいてくれる。

 

「ライス、がんばるよ。ブルボンさんに追いついてみるよ」

 

「となると、来年はスプリングステークスを経て、皐月賞、日本ダービー、菊花賞を中心にローテーションを組んでいこうか」

 

「うん。お兄さまに任せるよ」

 

「ありがとう」

 

 こうして、クラシックレースへの挑戦を決めるが、おそらく勝負となるのは菊花賞だろう。比較的短いレースでは、ライスシャワーの持ち味が活かしきれない。

 

 となると、重点的に鍛えていくものは、スタミナは当然として、他のウマ娘に押し負けないだけのパワーだろうか。基礎体力トレーニングの合間に、レースのテクニックやミホノブルボンを含めたライバルたちの知識も抑えていきたい。これらがあって、ようやくライスシャワーが持つ、驚異的な意志の強さが存分に活かせる。

 

 そんなことを考えていると、裾を引かれる。

 

「お兄さま。お兄さまってば」

 

「す、すまない。考え事をしていた」

 

「ライスのためにトレーニングを考えてくれるのは嬉しいけれど、もっと周りをよく見た方がいいと思うよ」

 

 ぐうの音も出ない正論に、俺は何も言えない。そんな俺は少ししょぼくれた表情を見せていたらしく、ライスシャワーが両手を忙しく動かして励まそうとしてくれた。

 

「お、お兄さまが一生懸命に考えてくれることはすごく嬉しいよ! そのおかげでライスも頑張ろうって思うんだ。でも、お兄さまは集中しちゃうと自分のことを考えずに常識はずれのことをするし、ライスは心配なんだよ」

 

 そして、ライスシャワーは「だからね」と続ける。

 

「お兄さまがライスを心配してくれるように、ライスもお兄さまが心配だから、もっと一緒にいてほしいなって。だめ、かな?」

 

 この時、俺は初めてライスシャワーの頭を撫でた。

 

「お、お兄さま?」

 

 困惑したように上目遣いで俺を見るライスシャワーに、思わず庇護欲を抱いてしまう。

 

「すまない。いやだったか?」

 

 手をどかそうとすると、ライスシャワーは華奢な両手で俺の手を握る。

 

「ううん、突然だったから驚いただけ。気持ちいいから、もっとしてもらってもいい?」

 

「ああ」

 

 それからしばらく、俺はライスシャワーの頭を撫で続けるのだった。

 

     ⭐︎

 

 年が明け、迎えたスプリングステークスでは惨敗する。しかし、俺とライスシャワーは当然と結果を受け入れていた。ミホノブルボンが本来、得意とする距離で勝てるほど甘く見てはいない。

 

 二度目の対戦は皐月賞。ここでもライスシャワーは敗北する。当然のように、ミホノブルボンは勝利していたが、まだ俺とライスシャワーにとっては準備段階だ。

 

 三度目の対戦となる日本ダービー。ここでライスシャワーはミホノブルボンだけを見て、レースを終えることができた。菊花賞というライスシャワーが得意とする距離でなら、勝てると俺たちは自信を深める。

 

 四度目は京都新聞杯だ。ここで、もうあと一歩というところまでライスシャワーはミホノブルボンを追い詰める。

 

 そして、クラシックレースの終着点であり、俺とライスシャワーにとっては最初から焦点を当ててきた菊花賞が五度目の対戦となる。

 

 観客たちはミホノブルボンの無敗三冠を見に来ていることが懸念事項だが、レースには関係がない。絶好調のライスシャワーなら、間違いなくミホノブルボンに勝ち切れる。

 

「お兄さま。いよいよだね」

 

「ああ。一年を費やしてきたんだ。ライスシャワー、君なら絶対に勝てる」

 

「うん。勝ってくるよ」

 

 もうデビュー前の弱さはどこにもない。言葉は少なく、俺はライスシャワーを見送った。

 

 観客席に戻ると、すでにミホノブルボンが勝ったかのようにミホノブルボンの名前が連呼されていた。それでも、ライスシャワーを応援してくれている人もいるようで、二番人気だ。

 

 ミホノブルボンだけではなく、ライスシャワーを応援してくれている人たちがいる事実に、俺は武者振るいをする。

 

「いける。君の夢は今日、叶う」

 

 独り言をこぼし、俺は良バ場と発表されたターフを見つめた。

 

 いよいよ、ウマ娘たちが姿を見せる。それぞれが自分なりの時間を過ごす中、ミホノブルボンがライスシャワーに近づく。

 

 どんな言葉を交わしたのかはわからないが、ライスシャワーは元気よくうなずいていた。

 

 すべてのウマ娘がゲートに入り、出走の合図を待つ。そして、今、ゲートは開かれた。

 

 レースは五番手という好位置で始まる。一番手のペースが速いのか、若干レースは早めに動いていく。

 

 中盤も、離されるどころか少しずつ距離を詰めていくことができている。

 

 いける。そう確信した。

 

 その直感通りに、最後の直線で一番手に上がったミホノブルボンをライスシャワーは二番手で追走する。その差はわずか一バ身。

 

「いけ!」

 

 思わず声をあげた。その声が届いたのか、ライスシャワーは今までの最高速度で走る。

 

 ミホノブルボンをかわし、リードを広げていく。

 

 残り百メートルもない。このトップスピードをライスシャワーはレースが終わるまで維持できる距離だ。

 

 いつもよりもペースが速かったミホノブルボンに差し返すだけのスタミナはないはずだ。しかし、万が一がないとも言えない。その万が一をどうにかする術は俺にはない。

 

 だから、ただ俺は祈った。頼む。頼む。頼む!

 

 そして、終わってみれば、ライスシャワーはレコードでレースを終えていた。

 

 俺はまた叫ぶ。

 

「おめでとう! おめでとう! おめでとう!」

 

 ただ祝いの言葉しか言えないでいるライスシャワーは俺に気づいたのか、泣きそうな笑顔を向けてくれた。

 

 その瞬間、ライスシャワーの顔が強張るのが見えた。その表情で、俺はようやく冷静になれた。周囲の声がよく聞こえた。

 

「ミホノブルボンの三冠が見たかった」

 

 ため息と落胆だけならまだよかった。まだ、冷静に感情を処理することができた。しかし、どうやら観客の大勢がライスシャワーへ向けるものは、祝福でも笑顔でもなく、侮蔑だった。

 

 自分の思い通りにならなかった事実への怒りをライスシャワーへ向けていた。

 

 ライスシャワーは観客たちの様子をよく理解していたのだろう。敗者であるかのように力なくターフを去った。

 

 俺は乱暴に観客たちをかき分けながら、控え室へ向かった。

 

     ⭐︎

 

 ライスシャワーは勝負服から着替えることもなく、ただ椅子に座っていた。その姿はあまりに痛々しい。

 

「ライスシャワー」

 

「お兄さま」

 

 声をかけた俺に困ったような笑顔を向けるライスシャワー。しかし、頬を濡らした痕は消えていない。

 

「今日は、もう、帰ろうか」

 

 祝福も、怒りも、見せることができない俺が口にできたものは、それだけだった。レースに勝った以上、ウイニングライブのセンターを飾る必要がある、とはわかっているが、それでも、今の状況で感謝しろ、とは誰にも言わせないつもりだった。

 

 しかし、ライスシャワーは首を横に振る。

 

「ううん。それは他の娘に失礼だから」

 

 力ない笑顔で答える。

 

「……わかった」

 

 あまり強く言うことはできず、俺はライスシャワーの気持ちを尊重する選択をしたつもりだった。

 

 その結果が、未だに続く罵倒の中でのセンターだった。

 

 ただ声をあげることしかできない俺自身が本当に嫌だった。隣にいる罵声を続ける観客を黙らせることができれば、そう何度思ったか知れない。

 

 二着だったミホノブルボンと三着のマチカネタンホイザがライスシャワーを気遣うように目をくれるが、もはやライスシャワーは気づいていないだろう。

 

 長いライブが終わり、俺はライスシャワーを迎えにいく。

 

「……お疲れ様」

 

「ありがとう、お兄さま」

 

 その言葉は惜別の言葉にしか聞こえなかった。

 

「今日はさ、どこか、寄り道しようか」

 

 だから、そんなことを言ってしまう。

 

「……どこにいくの?」

 

 いつものライスシャワーなら断るような言葉を、今は受け入れた。その事実に、俺は悔しくてたまらない。

 

「そうだな。もう、いっそのこと数日くらいの旅をしちゃうか」

 

「……ふふ、そんなことをしたらさすがに怒られちゃうよ」

 

 無理に作ったような笑顔で、ライスシャワーは応えてくれる。

 

「別に、ライスシャワーのためなら怒られたって構わない。ずっと君の隣にいることができるのなら、君が走る姿を一番の特等席で見ることができるのなら、何だってする」

 

「お兄さま……」

 

 その言葉を最後に、俺たちは控え室を後にした。学園や寮には連絡し、今日のことをすでに知っていたのか、誰も何も言わずに数日間の外泊を認めてくれた。

 

 そして、俺とライスシャワーは北に南に足を運び、たらふく名店の見事な料理を口にした。

 

 混浴はさすがにしなかったが、いつでも声をかけられる位置で俺たちは一週間を過ごした。

 

 ただ、この逃避行のような旅の途中に、ライスシャワーは一度も青いバラになりたいと、口にしなかったことに、俺は自身の無力さを痛感せざるを得なかった。




まだR15じゃないよね?


本当は土曜日から毎日投稿しようと思っていたのだけど、金曜日の夜から体調が悪くて土曜日曜とずっと寝ていました。
まだ本調子ではないし、土日にやろうと思っていたこともあるので、GWにもう一話投稿できれば上々かな。

なお、73回ライスシャワーを育成して温泉旅行が当たらないことを件の友人に言ったら、「もはや才能だろ」とか言われたので、トレーナー君には一週間ライスシャワーと旅行をしてもらいました。
混浴? それはURA優勝してからだから……(目を逸らしながら)
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