ブルーローズをそばにおく   作:蒼月柊

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第七話 スランプから連覇へ

 春の天皇賞から一夜が明けた早朝、俺たちは京都の街を散策していた。

 

 誰もいない街はとても静かで、まだ日が昇り始めたばかりで薄明かりということもあって、どこかセンチメンタルな気分になる。ずっとライスと一緒にいたい、そう思ってしまう。

 

「お兄さま。ありがとう」

 

「俺の方こそ、ありがとうな」

 

 もう何度とくりかえしたやり取りも、後何度できることだろう。四年目となる来年からは、ライスだけではなく別のウマ娘を担当するように求められている。もちろん、断ることもできるが、それはそれだけウマ娘の夢を阻害しかねない。このままライスが順調に成績を残し続けられるのであれば、俺も別のウマ娘を担当しチームを作っていくことになるだろう。

 

 そのことはライスも知っているからか、ライスは惜しむようなことをこぼす。

 

「この時間がずっと続けばいいのに」

 

 立場上、その言葉を肯定することはできないが、内心、俺も同じだった。

 

「ずっとライスだけのお兄さまでいてほしいっていうのはワガママだもんね」

 

「……まだ時間はあるから、もっと二人だけの思い出を作っていこうな」

 

「えへへ。そうだね」

 

 いつの間にか結んでいた俺とライスの手は、この散策が終わるまで解かれなかった。

 

     ⭐︎

 

 しばらく基礎能力を落とさない程度に抑えたトレーニングをしつつ、これまでの疲れを癒す時間を増やしてから二ヶ月が過ぎた。そろそろ次のレースを決めなければならない。

 

 春の天皇賞を取った次は、秋の天皇賞を狙ってみるのもありだが、いかんせんライスにとって距離が短いことが踏み切れない理由だった。

 

 しかし、ここで勝つことができればより箔がつき、いづれドリームシリーズに参加することができるかもしれない。ライスの将来を考えるのであれば、参加すべきだった。

 

「ライスはどうしたい?」

 

 けっきょく決めきれなかった俺はライスと相談することにした。

 

「うーん、お兄さまが参加した方がいいというのであれば、参加しようかな」

 

「わかった。それじゃ、次は秋の天皇賞の距離に近いオールカマーにしようか」

 

 それから中距離での走り方と瞬発力の向上を目的としたトレーニングを組むことにした。

 

     ⭐︎

 

 オールカマーのレースで、俺は信じられない光景を目にした。正直にいえば、油断したとも言えるかもしれない。ツインターボの大逃げにライスは追いつくことができず、三着に終わった。

 

 レース後、俺はライスに謝罪した。

 

「すまない」

 

「お、お兄さま?」

 

「レースに絶対はないにも関わらず、俺は油断した。その油断を自覚できないまま、俺はメニューを組んでしまった。その結果が今日だった」

 

 しかし、ライスは違うと言う。

 

「違うの。ライスがもっと速ければ」

 

 そのまま反省会となり、俺とライスは控室から追い出されるまで、話しこんだ。そして、二人で決意する。

 

「秋の天皇賞、絶対にとるぞ」

 

「おー!」

 

 しかし、秋の天皇賞でもライスは勝てなかった。それどころか、G1レースとはいえ六着に終わる。

 

 観客からも、困惑の色がうかがえる。

 

 ただ、今回に関しては一切の油断はなかった。春の天皇賞と同じくらいの負荷でトレーニングを組み、ライスも十分に応えてくれた。

 

 となると、どこかが不調なのだろうか?

 

「ライス、体にどこか悪いところはないか病院に行こう」

 

 困惑気味のライスを連れ、診断を受けるがどこも悪いところはないそうだった。

 

「となると、メンタル的なところなのか?」

 

 ライスが聞けば間違いなく自分を責める原因を、一人のトレーナー室でつぶやく。

 

 何となし、ドアを見ているとノックが聞こえた。すぐにドアを開ける。相手はたづなさんだった。

 

「お疲れさまです。ライスさん宛にレースの申込書が来ていますよ。何でも、あのジャパンカップからのようです」

 

「ジャパンカップですか」

 

「すごいですね。楽しみにしています」

 

 そう言ってたづなさんは部屋を出ていく。受け取った封筒を開けると、ようやくジャパンカップに参加できるという実感が湧いてきた。

 

「ジャパンカップは二四〇〇メートル。まだ少し短いが、ライスも力が発揮しやすい距離か」

 

 

 さっそくライスへ参加の打診をし、「出たい」という言葉を得る。

 

 次の日から、ジャパンカップへ向けてのトレーニングを開始した。

 

     ⭐︎

 

 ジャパンカップの当日はとても静かな始まりだった。

 

「ライスいけるか?」

 

「大丈夫だよ。お兄さま」

 

 春の天皇賞のように、静かでありながらどこか緊張感のある状態ではないが、メンタルは実力を発揮するに足る状態だと感じた。

 

 しかし、現実は残酷だった。

 

「お兄さま、ごめんなさい」

 

 十四着に終わったライスは、俺が控室に入るとすぐに謝ってくる。しかし、敗戦の責は俺が負うべきものだ。

 

「違うの。負けて悔しいはずなのに、泣くことができないの」

 

 その言葉の通り、ライスは不安そうな表情はしているが、少しも泣いていなかった。

 

「きっと、今まで勝てなかった理由はライスのせいなんだよ」

 

「そんなことはない! ライスは悪くない。その状態のままレースに出してしまった俺が悪いはずだ」

 

 少しでも気持ちをレースに持っていくために、俺は次のレースを決める。

 

「次は有マ記念に出よう」

 

 今年の有マ記念には、あのトウカイテイオーが出ると聞いていた。メジロマックイーンと並ぶ知名度と実力があれば、ライスも本来以上の実力を出せるかもしれないと思ったが故だった。

 

 それでも、終わってみれば八着だった。トウカイテイオーの奇跡の復活は観客の心を打つものだったが、俺の心は沈んでいくばかりだった。

 

 俺とライスは寮に戻らず、近場の山に登ることにした。正直、今、一人でいるとヤケ酒をしてしまって危ないと思ったのと、ライスと一緒にいたいという自分勝手な理由だった。

 

「大丈夫か? レース後だし断ってもらってもよかったんだぞ?」

 

「ううん。お兄さまと初日の出が見たいから」

 

 名前も知られていない山ということもあって、周囲には誰もいない。裸の木々の先には、かすかに白くなり始めた空があった。

 

「お兄さま、来年度もライスだけを見てくれる?」

 

 俺を見ずにかけられた言葉に、俺はうなずく。

 

「今のまま別の子を育てるなんて、俺にはできない」

 

「そっか」

 

 ライスの右手が俺の左手を掴む。俺もライスの右手を握った。

 

「温かいね」

 

 相槌を打ち、俺はもっと強くライスの手を包む。

 

「お兄さま」

 

「なんだ?」

 

「連覇はしてみせるから」

 

「わかった」

 

 完全に日が昇ったのを見届けて、俺たちはそれぞれの寮に帰る。しかし、俺は寝ずに春の天皇賞で勝つための方法を探した。

 

 メンタルの問題は解決しないが、おそらくライス自身にもどうしようもない、心の奥底が原因だろう。ならば、俺にできることは、ライスの夢をもっと多くの人に背負ってもらうために動くことだろう。

 

     ⭐︎

 

 三ヶ日が終わり、俺は先輩に連絡をした。

 

「ミホノブルボンと会わせてもらえませんか?」

 

 先輩は快く受け入れてくれた。

 

 そして、久しぶりに会ったミホノブルボンは今もトレーニングをしていた。

 

「トレーニング中、申し訳ない」

 

「いえ。ライスのことかと推測しますので、問題ありません」

 

 俺はミホノブルボンにライスの現状を説明する。その上で、俺の考えを話す。

 

「なるほど。ライスからも話を聞いていましたが、それほどまでですか」

 

「俺に思いつくのは、この方法だった」

 

「上策かと。私にできることであれば協力します」

 

「ありがとう」

 

「ですが、私だけではなくマックイーンにも協力を要請すべきかと」

 

「マックイーンというと、メジロマックイーンのことか?」

 

「ええ。私が連絡をしておきますので、また日時は報告します」

 

「わかった」

 

 作戦を決め、ミホノブルボンと別れた俺はトレーナー室へ戻る。その頃には、ミホノブルボンから決行日の連絡が来ていた。

 

「よし」

 

 そして、迎えた決行日。学園のバ場は良、快晴だがかすかに北風が吹いていた。

 

「ライス、今日は併走をしてもらう」

 

「え? 今までできなかったのは、やってくれる人がいなかったからじゃ」

 

「協力してくれる子を見つけたんだ」

 

「そ、そうなんだ。わかった、頑張るね」

 

 少し驚いたようだが、すぐにやる気になってくれたようだった。

 

 そしてやってきたのは、ミホノブルボンとメジロマックイーン。どちらも怪我のために休養していたのだが、協力してくれることになった。

 

「ブルボンさんとマックイーンさん⁉︎」

 

「お邪魔しますわ」

 

「私たちに勝ったライスが不調と聞きました」

 

「た、確かにそうだけど。怪我をしたって」

 

「心配なさらず。だいぶ良くなっていますので」

 

「私も完治しています」

 

「今日は二人と併走してもらう。アップをしたら、始めてくれ」

 

「承知しました」

 

 ライスとミホノブルボンとメジロマックイーンから少し離れて、俺は三人を観察する。

 

 今回の作戦は、ミホノブルボンとメジロマックイーンというライバルに、ライスの夢をより広げてもらうことが目的だ。多くの人にライスの夢を知ってもらい、その人の夢をライス自身が背負う。そうすることで、ライスの夢はライスだけの夢ではなくなり、もっと大きな夢へと広がっていく。

 

 本来、争い事を好まないライスだ。周りに不幸をもたらしてしまうのではなく、幸福を、笑顔をもたらすために、レースを走っていた。つまり、笑顔になってもらえるからレースに勝ちたかったのだと思う。

 

 そして、ライスだけの夢は、あの春の天皇賞のウイニングライブで叶った。満足したつもりはないのだろうが、菊花賞のブーイングもあってか心の底で「もういいかな」となっていたのだろう。

 

 なら、夢を広げて、自分だけのものではなくしてしまえばよい。

 

 夢を広げる役割は、すでに夢を叶えてもらった俺ではなく、ライスに夢を摘まれてしまった二人が相応しい。

 

 そうして準備をした結果が、汗にまみれた笑顔で走るライスシャワーだった。

 

 おそらく、もう大丈夫だろう。次の天皇賞はライスが勝つ。

 

 そうすれば、今度こそ俺は別の子も担当することになるだろうが、今はライスが幸せに走れていることに満足していた。

 

     ⭐︎

 

 そうして二連覇がかかった春の天皇賞を迎える。

 

「勝とうな」

 

「うん!」

 

 いつもの優しい笑顔でライスはうなずく。もうメンタルは大丈夫のようだった。静かすぎず、激しすぎない絶妙な状態だ。

 

 俺はスタンドへ戻り、出走を待つ。

 

 周囲からはライスについて話す声が聞こえた。ライスにも多くのファンがついているのだと、実感できる。

 

 ターフを見ていると、いよいよウマ娘たちが入場してくる。

 

 ライスが入場する時には、大きな応援が響いた。ライスはその声へ向かって手を振り、ゲートに向かう。

 

 すべてのウマ娘がゲートに収まると、出走の合図が出された。

 

 ライスの出だしはまずまずといったところだ。六、七番手につき、ターフを走っていく。

 

 そのままレースは進み、ライスは残り八百メートルでしかけた。

 

 かなりのロングスパートになるが、最終コーナーで先頭になる。そのまま、すべての力を出し尽くそうとスパートをかけた。走って走って、二番手のウマ娘も追ってくるが、それでも譲らないとライスは内に秘めた気迫で走った。

 

 そして、ライスは一着でゴールした。

 

 その途端、スタンドは大きな、ライスが今までにもらったどの声援よりも大きな祝福の言葉が響き渡る。

 

「おめでとう!」

 

「待たせすぎだぞ!」

 

 観客たちはみんなが笑顔だった。代わりに俺は泣いていた。

 

「ありがとうございます! これからもみんなに笑顔になってもらえるように頑張ります!」

 

 ターフで咲いた青いバラは、今度こそ誰からも祝福される花になったのだった。




こちらの都合で一年を飛ばしたことを謝罪いたします。
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