正直省略しても良いと思うんだ。
「親父、話がある。」
そう言った日向に鋭い視線を向けているのはガタイの良い中年の男性。日向の父、竜司である。
道場では師範を務めており、日向や美鈴もこの人に武術を教えられてきた。その技術も、心構えも全てにおいてこの人が基盤になっている。
竜司は今まで読んでいた本を閉じる。日向はそれを見計らい、部屋に入り竜司の正面に座る。
「それで、話とはなんだ。」
落ち着いた声音での問いに日向は一呼吸置いて、要件を口にする。
「単刀直入に言うと、この家に優希を住まわせてやってほしい。」
それを聞いた竜司は目を閉じ、しばし考え込んだ。
「期間はどの程度だ。言い方からして一日二日ではないのだろう。」
「ひと月から数か月の間。場合によってはもっと長くなるかもしれない。」
この答えに、さしもの竜司も眉を上げる。
当然だ、いくら友人とはいえ居候になるわけだ。普通このようなことはあり得ない。
しかし、今回ばかりは何としてでも認めてもらわなければならない。
「優希が厄介な事に巻き込まれた。俺一人じゃ到底抱え切れる問題じゃない。だから、力を貸して欲しい。」
続けて言う日向に、竜司の雰囲気が変わる。
先ほどまでと比べて、明らかに部屋の中の空気が重くなる。静かな怒気にも似たそれに日向もつい委縮しかけてしまう。
竜司はその鋭い視線を日向に向けたまま、ゆっくりと口を開く。
「その問題に、お前は私だけでなく家族全員を巻き込もうというんだな?」
「…、それは…」
日向も考えなかったわけではない。
巻き込むことになるのは重々承知していた。お袋も体が強い方ではなく、美鈴などまだ中学生なのだ。
店長のように現状を伝えることとは訳が違う。
しかし、それでも優希と家族両方を天秤にかけた。どちらも、自分にとって大切なものであることに変わりはないのに。
そして、そのうえで日向は優希をとった。
「お前もそれを分かっての事だということは理解しているつもりだ。」
「…」
日向はそれを黙って聞くことしか出来なかった。
罪悪感からなのか、申し訳なさで心が埋まる。それでも、日向は竜司の言葉を正面から受け止める。
「しかし、私も一家の長だ。家族を守ることは私にとって果たすべき役目であり、何にも勝る優先事項だ。」
そこでいったん竜司は言葉を区切る。
「それを踏まえたうえで問う。
今のお前にとっての優先事項はなんだ。」
そして、部屋に静寂が流れ、竜司はそのまま日向の言葉を待つ。
「優希を守ること…、例え何があっても、これだけは変わらない。」
先ほど委縮してしまった心に活を入れて、はっきりと日向はそう口にした。
これは偽ることない日向の本心であるし、何がなんでもこの家に優希を置いてもらえるように説得を続ける覚悟も決まっている。
優希と日向の家族だと、優希の方が危険な状況にある。そんな中で日向に出来ることはそれしかないのだ。
「最後に聞くが、それを曲げるつもりはないんだな。」
「ない、俺は優希を絶対に見捨てたりしない。」
竜司の目を見て、ハッキリと伝えた。
その途端に、今まで感じていた圧迫感が消える。
唐突のことに日向が困惑していると、竜司が小さく笑う。
「なに、お前がこの事にどれだけ本気か知りたかっただけだ。
遊び半分でないなら、手を貸すことに異論はない。」
「…良いのか?」
「そう言っている。確かいくつか空き部屋があったはずだ。
好きな部屋を使いなさい。」
念を押すように聞き返す日向に、話はこれまでだと言わんばかりに側においていた本を手に取り、開きながら竜司が応える。
しかし、現状何も解決していない。ただスタート地点に立っているだけだということを自覚し、気合を入れ直す。
「ありがとう、親父。それと…ごめん、巻き込んで。」
「謝罪などいらん。早く優希くんの所に戻ってあげなさい。」
謝罪を一蹴する竜司に心の中でもう一度謝罪しながら、日向は席を立つ。
何はともあれ目的は達成できた。今はそれに満足しておこう。
「…日向」
日向が部屋を出る一歩前で竜司が目を上げないまで呼びかける。
「ん?なんだよ」
その声に、何か話そびれたことでもあったのかと日向は足を止める。
竜司は本に目を向けながら、言葉を続ける。
「先ほども言ったが家族を守るのは私の役目だ。だからお前は優希くんを守りなさい。」
その言葉に、日向は今まで心の奥に刺さっていたものが抜け落ちるように感じた。
それと同時に目頭が熱くなる。
やはり、この人には敵わない。そう実感させられた。
「…ありがとう。」
ただ一言。そう言い残して日向は部屋を後にする。
その後、日向は戻る前に一度洗面所による。
顔を洗いながら、そういえば優希は大丈夫だろうかと思いを寄せる。
美鈴は基本的に可愛いものに目がないため、割と本人の意思を無視して突っ走ってしまうことが多々ある。
優希から、日向自身も強引に話を進めることがあるとよく聞くが、その辺りは兄妹似たところがあるのだろうか。
少し心配になってきた日向は気持ち早足で美鈴の部屋に急ぐ。
「おーい、優希、美鈴。入っても良いかー!」
「…どうぞ。」
扉をノックしながら声をかけると、中から美鈴の沈んだ声が聞こえてくる。
不思議に思いながらも、日向は扉を開けて中に入る。
「あ、えっと、日向。」
「あれ?」
部屋に入るとそこには、先ほどまで着ていた服のまま床に座る優希と、体育座りで見るからに落ち込んでいる美鈴、そして美鈴のものであろう服がそこら中に散らばっていた。
てっきり、女性ものの服を着た優希が待ち構えているものだと思っていた日向は、予想の斜め上の現状にポカンと間抜けな顔を晒してしまう。
「何があったんだ?」
「えっとね」
優希の話を要約すると
美鈴が優希を部屋に連行。
その後、いくつか服を見繕い着せようとする。
優希は必死に抵抗するも、押し切られ着せられる。
すると、身長が同じくらいなのにも関わらず何故か胸の辺りキツい優希が申し出る。
そして気づいた。絶望的な胸部装甲の差に。
ちなみに優希のそれは普通程度のサイズだ。ならば残す要因は一つ。
美鈴の胸部装甲が水平線の如き様相であることだ。
これにより、美鈴は意気消沈し、現在に至るとのことだ。
「は、はは、ウチはまだ成長期なだけだし、これから大きくなるはず。そうだ、そうに違いない、そうじゃないとおかしい。」
壊れた機械のように繰り返す美鈴にどう声をかけたものかと2人が頭を悩ませる。
流石にこのまま何もしない訳にもいかない
「そうだよ、美鈴ちゃん。まだ、希望はあるって!」
「うぐっ…!」
優希の言葉に美鈴の体が揺れる。
「そうだぞ、むしろこれから伸び代があると考えたら、今薄いくらい小さなことだろ!」
「…ぐはっ!」
さらにダメ押しと言わんばかりに放たれた日向の言葉で、美鈴は倒れ伏してしまう。
言葉選びを間違えたか、と優希と日向が顔を見合わせていると。美鈴がゆっくりと起き上がる。
俯いたまま表情の見えない彼女に、2人が何故か自然と身構える。
そして
「…それで慰めてるつもりかぁ!今の優希さんが言っても嫌味にしか聞こえないんですよ!兄貴に関しては論外、有罪!
ウチだって好きでまな板やってるんじゃないし!バーカ、バーカ!!」
そう喚きながら、美鈴は部屋から一目散に駆け出して行ってしまった。
しばらくして、玄関の戸が開く音がする。どうやら、外まで出て行ってしまったようだ。
「…やっちまったか」
「…日向、これどうしよう。」
取り残された2人はそう呟きながら部屋で佇む。
「後でスイーツでも買いに行くか。」
「そうだな、何が好きとかわかる?」
「知らん、適当でいんじゃね?」
これで臍を曲げられたままでいるわけにもいかないため、ご機嫌取りに貢物を用意する方向で話がまとまる。
外に出るついでに、優希の荷物もある程度持ってくれば一石二鳥。効率もいい。
「その前に、少し片付けするぞ。優希の部屋の用意しないとな。」
「あ、そうだ日向のご両親に挨拶しとかないと。」
「あー、お袋今外に出るから後でいいと思うぞ。」
できれば、直ぐにでも優希の健康状態の確認をして貰いたかったのだが、いないものは仕方がない。
そういえば親父にも優希が女になったとは話してなかったな、と今更ながらに気づく。
同じ説明を繰り返すより、まとめてした方が良いと考えた日向はそう提案する。
まだまだ、やる事が残っている。
日向は優希を連れて空き部屋へと足を向ける。
「いくつか部屋はあるけど、優希はどの部屋がいい?」
「どの部屋がいいって言われてもな…、お前の部屋どこだっけ。」
「ん?そこの突き当たり」
「じゃあ、そこから1番近いところで。」
適当すぎるその答えに、日向は思わず苦笑してしまう。
選んだ部屋に入ると、そこには何も置かれておらず。まさに空き部屋という言葉通りのものであった。
埃も舞っている訳でもないので、少し窓を開けておけば十分だろう。
「…コンビニ行くか」
「…そうだな」
些か拍子抜けしてしまった2人は、来た道を戻り夏の日差しに身を投じた。
話の切り方雑だな。
まぁどうでもいいとして、筆が進まないってこういう事なんだなと感じた。
以上
気に入ってくれた人はシーユーネクストタイム