──私は転生者だ。
そう言ってどれくらいの人が信じてくれるだろうか。現代社会じゃ誰も信じてなどくれないだろう。信じると言ったところでそれは表面上だけで、表面下では全く信じてないし、頭の心配をされているだろうし、次からは避けられるのだろう。
だがこの世界でなら信じてくれる人もいる。転生という概念が確かに存在し現代社会の常識が非常識となるこの世界でなら、その言葉の信憑性を正確に測れるヒト達がいる。
かくいう私もこの世界の住人であり、信じる側の人間であり、
転生者本人だ。
だからもう一度言おう。
「私は転生者だ」
その日も暑い夏になるはずだった。
それが誰の悪戯か、世界は紅い色の付いた霧で覆われ、太陽の光は遮られる。おかげで半袖でいるのが寒いくらいの気温が肌を刺激する。
昨日より活動しやすいような、温度差で体がついていかないような。若干調子を崩しながらも、日課の仕事へと取り掛かる。
きっと今日は誰も訪ねてこないだろうから。忙しくなるのは少し後。今日明日ではないはず。
そう
別に急がなくてもいいから。でもそのうち絶対来てね。
そう、この世界にいるはずの彼女達へ思いながら、せっせと洗濯物を運ぶ。
…ああ、でも。洗濯物を日光で乾かせないから、なるべく早く来て欲しいかもしれない。
紅魔館。名前の通り紅い館で『魔』の存在が住んでいる。
吸血鬼。魔女。悪魔。種族不明の妖怪。
その館の主は吸血鬼の少女で、そして今回の紅い霧の元凶。紅い霧の正体は全て彼女の魔力で、それが彼女の親友である魔女の手で薄く広く、この世界を覆っている。まるで彼女が世界を支配したかのように。
…まあそんなシナリオだってことも私は知ってるんだけど。
これは私がこの館でそれなりの地位にいるメイドだからで、主に直接伝えられたから知っているだけ。
そして襲撃者を討伐する第二の壁となるために、私はここにいる。
「アンタ、見たところ人間みたいだけど、なんでここに?」
「それは私がこの館の従者だからですよ、博麗の巫女」
さて皆様、自己紹介と参りましょう。
「初めまして。私は
にこりと微笑む。
巫女は警戒を強めた。
うん、やはりそう簡単に仲良くなれるわけないか。
仕方ない。ならばここは主からのご命令を遂行するのみ。
「アンタが誰かなんてどうでもいいわ。どきなさい、邪魔よ」
「そうはいきません。私もまたここの従者。主の命により、貴女を撃退させていただきます」
「やるっていうの?」
「それ以外にどう受け取れますか?」
ふふっ、相手に不足はありませんね。
では参りましょうか。
「スペルカード宣言!」
スペルカードルールに基づいた決闘を。
「──お疲れさまでした、榛奈ちゃん」
「あー、お疲れ、美鈴。たはは……やられちゃった」
「だとしても立派な戦いでした。どうぞ」
「ありがとう」
差し伸べられた手を取り起こしてもらう。
そしてさっきまで私が倒れていた跡を見て、
「ごめん美鈴。花壇荒らしちゃって」
「気にしないでください。これくらいなら私の能力で元通りになりますから」
そう言ってくれる美鈴にお礼を言うと美鈴は微笑んで、すぐに私に怪我の具合はと心配してくれた。その問いに「大したことない」と答えたかったけど、そんな回答じゃ彼女の心配が膨らむだけだろう。
ならばと素直に「擦り傷と火傷がいくつかあるかな」と答えると「ではすぐに治療しましょう」と下から掬い上げられるように抱えられて……って、
「ちょ、美鈴下ろして! 自分で歩けるから!」
「無理をしてはいけませんよ、榛奈ちゃん。大丈夫です、榛奈ちゃんはとっても軽いですから」
「そういう問題じゃない!」
バタバタ暴れても美鈴は下ろしてくれる気配はなく、「怪我が広がりますから大人しくしていてくださいね」と言われてしまえばもう諦めるしかない。
だから大人しく私は美鈴に、所謂お姫様だっこで自室まで運ばれることとなった。
『
「いつつ……」
「我慢してくださいね。榛奈ちゃんは人間の女の子なんですから、こういう怪我は早めに治療して痕が残らないようにしないといけません」
「はーい」
ベッドに座り、痛みに耐えながら美鈴からの治療を受ける。今までで何回か繰り返してきた光景だが、消毒液が染みる痛みには一向に慣れない。
ふと壁に立てかけた姿見に治療を受ける私が映っていた。
『霧雨榛奈』。ミディアムロングの明るい金色の髪をツーサイドアップで束ね、白いリボンで留めている、水色と白を組み合わせた魔女風の洋服を着た見た目少女、現在十代。数年前に美鈴に拾われ、そのまま食材となることなく紅魔館に住み込みで働かせてもらっていて、現在『紅魔館副メイド長』と『大図書館の弟子』を名乗らせてもらっている種族人間の性別女。
それが
「よし、これでもう大丈夫でしょうかね」
「うん。ありがとう、美鈴」
「いえいえ、家族として当然のことをしたまでですよ」
そう言って美鈴は私の頭を撫でる。
「美鈴やめて。私はもう子供じゃないんだよ?」
「私から見れば榛奈ちゃんも咲夜さんも全然子供ですよ」
「もう……」
いつもこうだ。二人きりの時、何かあればすぐ撫でる。それが彼女なりの好意であることは分かってはいるけれど、子供扱いのようでいまいち素直に受け取れない。けど振り払らえないからこうして成すがままになるしかない。過去に一度だけ振り払ったら悲しい顔をされたからね……
「…それで、今霊夢はどこにいるか分かる?」
「はい。この気配の位置ですと……どうやら巫女は既に咲夜さんも倒したようですね」
「そっか……」
やっぱり負けちゃったか、とは言わない。口にしない方がいい言葉だと知っているから。
だって、ねぇ……
霊夢は
そう考えたらね、咲夜さんが負けるのも無理ないかなって。
「さて、──私は図書館へ行きますので、美鈴はメイド長の回収と治療をお願いします」
「畏まりました、副メイド長様」
喋り方を切り替えてそう頼むと、美鈴はそれに合わせて門番としての立場で返事する。
さあ、仕事に戻るとしよう。
この時私はすっかり忘れていた。…いや、目を背けていたんだろう。
「な、な、な……なんじゃこりゃ~~!!」