それから、10分くらいは歩いただろうか。気が付けば、あの桜並木は抜け切り、目的地だった学園もとうに過ぎ去っている。
女の子に手を引かれ、どんどんと歩いて行く僕。端から見れば可愛らしい妹に引っ張られている兄の図に見えるかもしれない。けど、僕はこの女の子のことを全く知らないし、向こうも僕のことは知らない。つまり、全くの他人同士なのだ。
「ねえ、どこに向かってるの?」
「食事をするのに、警察に行く訳がありませんわよ。お義兄様」
確かに食事のために警察に行くのは間違いだけど、この状況で警察に行ったらあらぬ疑いを掛けられる可能性は多大にある気がする。なにせ平日の昼間に高校生が小学生を連れ回していると思われかねない。実際に連れられているのは僕の方だけど。そんなのはきっと関係ないだろう。
それよりも、なにか聞き捨てならない言葉をこの女の子は口にしなかっただろうか。
「ねえ、僕は君のお義兄様じゃないんだよ?」
「そんなことは言われなくとも分かっていますわ、お義兄様」
なら、何でそう呼ぶの。単純に年上の男に向かって言っているだけなのだろうか。
「その方が、お義兄様も嬉しいと思いましたのに」
「普通に呼んでくれると、嬉しいんだけど」
何か話すたびにお義兄様と言っている。それどころか、「それは残念ですわね」何て呟きながらも、お義兄様発言を止めるつもりはなさそうだった。おそらく、受け入れろと言外に圧力を加えているのだろう。それ自体は別に怖くはないが、僕が拒否するようなことがあれば本気で行き先を警察に変えそうな気がする。でも、なぜお義兄様なのだろう。義理と付けなくてもいい気がするけど。
そんなことを考えながら、前を行く女の子を改めて観察する。服装や仕草などは、どこかのお嬢様みたいな感じだけど、いきなり変態認定してきたり、そんな全くの他人である僕と食事に行くといって引っ張って行ったりと、なかなかズレた女の子。一般ピーポーな僕には分からないけれど、お嬢様というのは、みんなこうなのだろうか。いや、ないか。きっと、この女の子が特殊なだけなんだきっと。
「見えてきましたわ、お義兄様」
それまで僕が話しかけないと何も言わなかった女の子が、ふとそんな言葉を発した。
「やっと付い……」
僕はこの時、これ以上言葉を続けらなかった。目的のお店は何かと、顔を上げた僕の目に飛び込んできたのは白黒の建物。五角形のような、花のような形をした金色のマーク。そして、赤い回転灯。それは、まるで交番のような建物だった。
きっと、このお店は交番をモチーフにした喫茶店に違いない。この手の店舗が秋葉原だけでなく、茨城の方まで来ているとは知らなかった。メイド喫茶ならぬ、ポリス喫茶なのだ。そうに違いない。
「……なにをやっていますの?」
左手が強く引かれ、現実逃避から戻される。さっきまで前を向いていた女の子はいつの間にか、呆れたような顔を僕に向けていた。
「ご自分から出頭なさろうとするなんて、お義兄様はやはり変態さん」
「いや、違うよ。交番の前でびっくりしただけだよ?ホントだよ?」
「警察だからだと驚くというのは、やましい事がある証拠ですわね?」
女の子は僕の手をより強く握ると、交番の方へと歩いていく。
「いやいや、ちょっと待ってよ。待って」
「待ちませんわ♪」
楽しそうに言いながら、どんどんと進んでいく女の子。そして、扉に右手をかけ迷うことなく中に入っていった。もちろん、僕を引き連れたままで。
これが、僕が犯した最大の間違えだった。僕はこの時、きっと逃げ出すべきだったんだ。この女の子に構うことなく、当初の予定通りに学園を見たら分かれて帰ればよかったんだ。今となってはそう思わずにはいられない。