奇怪!ターフを駆けるサメ   作:ジョーズ・ブルーネード

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時代設定と矛盾する描写を修正しました。


たとえ俺が死んで、生まれ変わったとしても。

 模擬レースの戦績は5戦4勝。

 あれ以降、レースが始まると闘争心の強さを隠そうとしなくなったシロップ……いや『アイルシャーク』は、二歳馬相手にまさかの連勝を達成し、自身も二歳馬となってからはその連勝を4つまで重ねてしまっていた。

 

 未勝利馬とはいえ、ゲート試験を終えて厳しい調教を潜り抜けてきた馬たちに、まだ完成しきっていない馬体で勝利を収める。

 まさに素晴らしい才能だが、ひとつ問題があるとするのなら。

 

「……ええ、わかりました。次の機会にでも、またよろしくお願いします。では……」 

 

 受話器を置いて、思わずため息を吐き出す。

 また、レースを断られてしまった。

 アイルシャークが他の馬を威圧してしまうせいで、あいつは臆病な馬や神経質な馬たちとはそもそも走らせてもらえないのだ。

 それで、気性の安定した三歳馬を中心に、模擬レースの交渉をしてはいるが……実のところ、順調とは言い難かった。

 

「ちょっと休憩しましょう、詩嶋さん」

 

 原西さんがそう言って、僕の前に羊羹とグラスを並べ始める。

 お気遣いありがとうございます、とぼくが頭を下げると、とぽとぽ水出しの緑茶を注いで、息抜きも必要ですよ、なんて原西さんは人懐っこく笑っていた。

 彼だってまだまだ仕事が残っているのに、気を遣わせてしまって申し訳ない限りだ。

 この羊羹だってぼくしか食べないのに、ハヤテさんは仕事で京都に行くたび、いつもわざわざ買ってきてくれる。

 お茶を注ぐと、原西さんはまた厩舎へと戻っていった。

 二人の優しさと美味に、手を合わせて感謝した。

 

 あまりに恵まれた環境だ。

 その上で馬にも恵まれているのだから、疲れはあれど不満などは何もない。

 三頭すべてが何かしら光るものを有しており、栗毛に青鹿毛、なんと白毛までいて色彩も豊かだ。

 適性はまだわからないが、アイルシャークは芝、マキタチェンソーはダートに別れるだろう。

 今のところはアイルシャークか頭一つ抜きん出ているが、遅れて才が開花する馬も多い。

 それぞれのペースに合わせて調教を重ねるのがプロの仕事というものだ。

 いま目の前にあるのは、三頭のトレーニングメニュー。

 うち二頭は既に書きあがっていたが、アイルシャークのものだけが、未だ空白を残していた。

 あいつの調教が上手くいきすぎていることもあるが……原因はそれだけではなかった。

 

 アイルシャークはこれまでで最高の馬だ。

 だがあいつは早熟で、そしてあまりに優秀すぎた。

 賢すぎる反面、レースに関しては全部自分で決めたがって騎手に従わない。

 調教の時はこの上なく従順だが、いざ走り始めるとたちまち言うことを聞かなくなるせいで、原西さんやハヤテさんと揃って頭を抱えたものだった。

 言葉で言っても無意味、かといって鞭を入れると興奮して『かかり』始める始末。

 

 最初のレースこそ終盤までかからなかったが、それは騎手がアイルシャークの好きに走らせて、最終盤まで控えめにしか鞭を入れなかっただけだ。

 鞭を入れなければ馬混みを嫌って必要以上に外を回ろうとするし、一度かかり始めるとスタミナが切れるまで全力で走り続ける。

 模擬レース4勝のうち2勝は最終盤まで大差で引き離しておきながら、あと少しというところでスタミナ切れを起こしハナ差、あるいはクビ差まで差し返されかけていた。

 

 アイルシャークの闘争心と爆発力は間違いなく、レースにおける最大の武器だ。

 だけど、その武器は使いこなせる人間……つまり、騎手との信頼がなければその力を十分には発揮できない。

 アイルシャークは賢いが、スタミナ管理やコース取りはそもそもあいつの仕事じゃない。

 レースに必要なのは集中力、騎手が馬の『目』と『判断』を肩代わりしてやっと、馬は走ることだけに集中できる。

 必要以上に殺気を垂れ流したりと、ただでさえ他の馬を気にしがちな馬だ。

 人への信頼を得られなければ、いくら才能があったとしても重賞ではまず勝てない。

 勝負の世界は、そんなに甘いものじゃないんだ。

 シャークがG1を制覇するためには、騎手と馬との信頼関係こそが鍵になる。

 ならば、より強固な絆を育むためにも……専属契約も視野に入れるべきかもしれないな。

 

「……鮫島蒼太か」

 

 先日、渡された名刺だった。

 実力も実績も申し分ない、若々しい情熱を秘めた青年。

 その時はハヤテさんが不在だったせいで、詳しい話もなく終わったが。

 アイルシャークに一目会いたいと駄々をこねていたので仕方なく厩舎に連れて行き……夕暮れまで居座ったあげく、厩舎でシャークと寝ようとしたので慌てて引き摺り出した。

 側から見る限りでは変人極まりないが、離れたがらなかったのはシャークの方も同じだったようで少し困惑してしまった。

 原西さん曰く、普段は大人しいあいつが夜通しそわそわして厩舎から脱走しようとしていたらしい。

 そういえば、人前では従順だから忘れていたが……シャークは脱走の前科持ちだったな。

 

「ただいま戻りました、詩嶋さん……具合はどうですか?」

 

 いつの間にか、ハヤテさんが戻ってきたらしい。

 お帰りなさい、と声をかけて、いきなりこの話をしていいのかどうか躊躇した。

 言葉をつぐむぼくの近くに来ると……ハヤテさんはひょいと手元を覗き込んできた。

 

「何を見てたんです……お、ジョッキーの名刺じゃないですか!今度騎乗依頼する人ですか?」

 

「いえ……むしろ、あちらの方からシャークに乗せてくれと言ってきた次第でして」

 

 名刺を見つけたハヤテさんの方から話を振ってくれたので、遠慮なく打ち明けることにした。

 この変人騎手が馬房で寝ようとしたことも含めて全て、包み隠さず。

 

「何というか、癖のある人なんですが……まあ、専属をつける予定は何もシャークだけではありませんし。相性が良さそうなら、彼との専属契約も予定していますよ」

 

 なんと話の早いことか、既に専属をつける予定の馬がいたのもあるが、ここまでスムーズに……待てよ、ハヤテさんは蒼太くんを知っているような口ぶりだな。

 

「もしかして、お知り合いで?」

 

「それがね、彼こっちにも来たんですよ」

 

 思わず頭を抱える。

 行動力の化身というか、なんというか。

 やはり専属は考え直した方が、なんて弱気になるぼくに、ハヤテさんは腹を抱えて笑っている。

 おかしいな、彼はこんなに笑う人だったか。

 ぼくが洒落を言っても、いつも苦笑いするだけで終わるのに。

 

「はははっ……!心配ありませんよ、こう見えて僕は人を見る目だけはあるんです。

 彼はきっと、アイルシャークと同じだ。話してみて、天才の類だと感じました」

 

 ハヤテさんはあの熱に当てられてしまったのだろうか。

 今の彼はきっと正気じゃない。

 あの夜のぼくと同じ顔をしている。

 

「彼ならきっと、シャークを連れて行ってくれますよ。遥かなG1の舞台へと」

 

 まだ一度も乗ってすらないのに、なんと根拠のないことだろう。

 だけど不思議と、ぼくも彼が……蒼太くんが、シャークを乗りこなせない未来は想像できなかった。

 だから、ぼくは頷いてしまったんだ。

 

 ああ、今のぼくらはきっと……

 夢に浮かされた、『少年』の顔をしているのだろう。

 早く、彼らの走りを見たかった。

 

「とりあえず、僕は鮫島さんの予定を聞いてきます。詩嶋さん、忙しいところすみませんが……」

 

「勿論だとも、ハヤテさん。レースの約束ぐらい、直ぐにでも取り付けてみせますよ」

 

 胸をどんと叩き、自信満々に笑いかける。

 さあ善は急げ、有言実行だ。

 ぼくは再び電話帳を片手に、ダイヤルを回し始めた。

 

 

 

 

 

 再会は唐突だった。

 

「お前に会いたがってる人がいる」

 

 そう言って連れられてきた騎手は、若い頃の親父にそっくりで……思わず俺が目を開くと、向こうも驚いたような顔をしていた。

 ぴたりと足を止めた青年に、詩嶋さんが心配そうに語りかけているのが目に映った。

 

「蒼太くん、大丈夫か?具合が悪いなら……」

 

 蒼太。

 その名前を聞いた時、俺の視界はぐらりと揺れた。

 一度死んで、俺は前世のことは割り切れたつもりだった。

 人ではなく、馬として生きる覚悟をした。

 そして馬として産まれて、もう二度とかつての家族とは再会出来ないのだと悟ったはずだった。

 

 蒼太、本当に蒼太なのか?

 確かに、その顔には面影があった。

 他人の空似などでは説明がつかないほど、目の前のジョッキーらしい格好をした男は、なるほど俺の愛する弟そのものだった。

 蒼太もへにょりと眉を下げて、親指で耳の裏をぽりぽりかいている。

 困った時の蒼太の癖だった。

 そうか、今蒼太は困ってるのか、と何処か他人事のように考えながら、船乗りに憧れていたはずの弟が、どうしてジョッキーになったんだと考えて……気づいちまった。

 

 俺が死んだからだ。

 ああ俺が、お前の夢を奪っちまったのか。

 錯覚かもしれないが、底抜けに明るかったはずの蒼太は熱い情熱を秘めながらも……その目には僅かに影をはらんでいるように見えた。

 

 だが何の因果か、蒼太は新しい夢を見つけてジョッキーになった。

 それ自体は喜ばしいことだ。

 だが、この再会は……どうだろう?

 

 一度決めたはずの覚悟が揺らぐ気がした。

 俺は、言葉こそ話せないが……蹄を使えば文字だって書ける。

 馬でありながら、どうにも俺は人の名残を残しすぎていた。

 もう二度と人として生きていけないのは、間違いねえのにさ。

 

「ちょ、蒼太くん!?シャークは大人しい馬だが、そんな急に近づいたら……」

 

 いつの間にか、蒼太の顔が眼前に迫っていた。

 蒼太は……泣いていた。

 ぽろぽろと長い睫毛から水を滴らせて、蒼太は静かに泣いていた。

 

「アイルシャーク、君を見てるとさ……思い出すんだ。どうしてだろう?どうして、兄さんのことを今さら」

 

 辿々しく話す蒼太に。

 俺はこいつに、俺こそがお前のにいちゃんなんだって教えてやるべきなのか。

 今のこいつはジョッキーだ。

 なら、競走馬とジョッキーとして、真実は俺の内に秘めておくべきなのだろうか?

 正解がわからず、頭の中を考えがぐるぐる巡る。

 

「僕の兄さんは僕が5歳のとき……僕を助けて、海に落ちて、それからずっと行方不明でさ。僕は船に乗るのが怖くなって、しばらくして父さんが連れて行ってくれたのが……ターフだったんだ」

 

 俺の首を撫でながら、耳元で語りかける蒼太。

 側から見れば、蒼太と俺はどうしようもなく人と馬なんだろう。

 蒼太にとってもそうかもしれない。

 お互いを人として見ているのは、この場ではきっと俺一人だ。

 

「それで、僕はジョッキーに目指すようになった。一番辛かった時に、勇気をくれたのが彼らのレースだったからさ。だからなのかな、君を見ていると兄さんを思い出すのは」

 

 そこまで一気に吐き出すと、蒼太はきっと表情を引き締めた。

 それは、覚悟を決めたジョッキーの目だった。

 俺はそれで確信した。

 蒼太は俺と前世の俺を重ねてはいるが、俺のことを人として見ているわけではない。

 当然だ、今の俺はどこまで行ってもただの馬でしかないのだから。

 喘ぐように声を出すと、俺の口からぶるると馬の鳴き声が溢れた。

 今になってようやく、俺は自分が馬になったのだと心から実感した。

 

「君となら、どこにでも行ける気がする。僕と友達になってよ、アイルシャーク」

 

 どこか幼さを残した口調。

 だが、瞳には歴戦の猛者としての覇気を灯している。

 その目を見て、こいつと走りたいーー

 心の底からそう思った。

 娯楽の少ない馬生だ。

 レースだけが楽しみで、今までもそのために生きてきた。

 

 きっとここで正体を明かせば、きっと俺は競走馬でいられない。

 俺はいつの間にか、走ることが心の底から好きになっていた。

 蒼太の夢も、船乗りから馬乗りに変わっていた。

 それなら、俺たちの関係性が変わるぐらい、些細なことじゃないか?

 そもそも今の俺は馬だから、親父やお袋より早く死ぬかもしれない。

 一度乗り越えた俺の死を、もう一度蒸し返すような真似こそ親不孝者じゃあないか。

 

 今はもう血の繋がりもないが……俺たちは魂で繋がっている。

 この絆があれば、俺たちはいつまでだって兄弟で、家族なんだ。

 そうだろ、弟よ。

 船乗りとしては、一度しか叶わなかったが……

 

ーーぶるるっ

 

 今度こそ行こうぜ、二人でーー

 どこまでも!




この直後、馬房で添い寝をしようとした弟くんは無事摘み出されました。
久しぶりの兄弟水入らずに邪魔をされて、シャークも珍しく御立腹だったようです。

ウマ娘要素が一向に出ないため、この辺りで固有スキルの紹介を。
本編とは無関係なので読み飛ばしていただいても大丈夫です。

〜☆☆
恐怖のサメ台風
最終直線の後方にいると闘争心に火がついて速度が上がり
すぐ前にいるウマ娘のペースを乱させる

効果は速度が上がる+デバフ。
デバフの内容は
速度がわずかに上がる&体力をわずかに削る効果(高確率)
速度がわずかに下がる(低確率)
からのランダム。
スタミナに余裕がある敵には、かえって塩を送ってしまう困った子です。

☆☆☆〜
I'll go, shaaaaark!!!!!
逆境に立たされると闘争心に火がついて
最終直線で速度が上がり続ける

勝負服解放済みかつ、クラシック12月以降に特定の条件を満たすことで前述のスキルから変化。
デバフが削除される代わりに、元の条件に加えて雨or雪かつ不良、最終直線で自身が大外を回っているなどの条件でも発動するようになります。
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