レミリアの奇妙な冒険   作:り-kei

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ジョースター邸の死闘

 

 

 

 ぎぎぎ、と嫌な音が柄の中心から聞こえてきた。鋼鉄製の槍が、ディオとレミリアの力を支えられなくなっているのだ。ディオは驚愕に目を見開いていた。

 

(なんだ、このパワーは?)

 

 吸血鬼と化したディオならば貧弱なレミリアの力など問題にならないはずだ。しかしディオが力をこめ続けているにも関わらず、レミリアの腕はこゆるぎもしない。そもそも、レミリアは失血死したのではなかったか。

 

 そう思った瞬間、ふっと抵抗が消えた。ジョナサンが下がったのを見てレミリアが槍を支えるのをやめ、身を沈めたのである。ディオの上半身が揺らいだその刹那、レミリアは体当たりをかました。

 

 気がつくと、ディオの身体ははるか後方へと吹き飛ばされていた。壁に叩きつけられ、起き上がろうとすると口から少し血があふれた。あばらが数本折れたらしい。

 

「レミリア……君は、何なんだ?」

「あなたが対峙している怪物と同じよ。吸血鬼」

 

 なるほど、とディオは納得した。そう考えれば辻褄が合う。レミリアが昼間はずっと部屋に閉じこもっていたことも、致命傷を負わせたはずなのに生きていることも、そしてディオと対等に渡り合っていることも。

 

「だが、お前からは俺ほどのパワーは感じられないな…」

 

 数秒で腹部に負った傷を治癒させると、ディオは立ち上がった。

 

 もしレミリアがディオと同じ再生能力を持つのなら、首を切った時点ですぐに傷を治癒させディオに襲い掛かったはずだ。それを「しなかった」のではなく「できなかった」のだとすれば?

 

(そうだ……ヤツの弱点はそこにあるはずだ。消耗戦になれば、俺が勝てる)

 

「ゾンビども、ジョジョは任せた。俺はレミリアを殺る」

 

 

 

 

 

 

「君がどうしてその力を手に入れたのかは後で聞くことにするよ。とりあえず今は」

「そうね。彼らを斃さないとね。全く、こんな趣味のいい屋敷にあんな下品なものがいることが許せないわ」

「ディオは君と闘うつもりらしいけど」

「それならお望み通り、私が相手するわ。……ジョジョ、紳士なら約束は守りなさいね。あなたが死んだら私の話は聞けないでしょう?」

「ああ、わかった」

 

 ジョナサンがうなずいた瞬間、レミリアはジョナサンを置いて前方へ跳躍した。それに気づいたディオも床を蹴り、両者は空中で激突した。

 

「WWWRRYYY!」

 

 ディオは腕を交差させ、槍の一撃を受け止める。めきめきと骨の砕ける音がディオの腕から聞こえた。が、その刹那、ディオの回し蹴りがレミリアの脇に炸裂した。

 

 吹き飛ばされたレミリアは廊下の窓を破り、屋敷の外―空中へと体を躍らせた。

 

―渇く。

 

 硝子(ガラス)の破片とともに落下しながら、レミリアはそう思った。

 

 ジョースター邸に来てからは、人に怪しまれないように最小限の食事しかしておらず、血が足りていないのである。先ほど負った首の傷も通常なら一瞬で治癒するが、治りが遅かった。

 

「―やれやれ、骨が折れるわ」

 

 地上に叩きつけられる寸前にレミリアは背中の骨格と筋肉の構造を組み換え、通常の人間にはないある器官―蝙蝠のような黒い羽を作り出した。

 

 巨大な羽が空気をとらえると、揚力を得た身体は舞い上がった。飛翔する中、視界の隅で、ディオが割れた窓からこちらを見上げているのが見えた。

 

 屋根に着地すると、どっと疲労感が押し寄せてきた。

 

(やっぱり、血が足りない……わね)

 

 フルパワーが出せていたときならばいくらでも滞空時間は伸ばせるが、今の状態だと羽を出すだけでも目に見えて体力を喪う。早めにディオと決着をつけなくてはならない。

 

「……なるほどな、そんなこともできるのか」

 

 声のした方を見ると、ディオも屋根の上に登って来ていた。月に照らされ、逆光になっているために顔はよく見えないが、その双眸はレミリアをしっかりと見つめている。

 

「その辺りは流石、永い時を生きているだけある……だが、さっきよりも疲れているように見えるぞ」

「だからと言って、ティーブレイクはさせてくれないんでしょう?」

「どうかな。お前がその首を差し出してくれればその限りじゃあない」

 

 ディオはそう言うと、心臓を狙って鋭い貫手(ぬきて)を放った。かろうじて槍でガードしたものの、衝撃は骨まで伝わり、右腕がしびれた。続くディオの連撃を槍でさばき続けるが警官隊で生命エネルギーを補給したディオに比べパワー、スピードともにやはり分が悪く、次第に押されていく。

 

(このまま戦っても仕方がないわね。賭けに出たほうがいいかしら)

 

 一瞬、レミリアは守りに使っていた槍を空中に泳がせ、隙を作った。もちろんディオがそれを見逃すはずもなく、閃いた手刀がレミリアの腹部を深々と貫いた。

 

「かはっ!」

 

 ぴぴっ、とレミリアの吐いた血がディオの頬に飛び散った。

 

「フン、貧弱、貧弱ゥ! どうやら吸血鬼としての「格」はこのディオの方が上のようだな……さあ首を刎ねて終わりに……」

 

 そこまで言ったとき、ディオは妙な顔をした。ディオは右手をレミリアから引き抜こうとしているのだが、レミリアが傷口周りの筋肉を締めているため、それができないのである。

 

「抜けないッ! 右手が!」

「……確かに今の身体能力は貴方が上。でも、殺し合いの経験なら――」

 

 レミリアは無防備なディオの顔面に照準を定め、大きく振りかぶった。

 

「――私の方が上よ」

 

 レミリアの突きはディオの左眼窩から後頭部へと抜けた。

 

「KUAAA!」

 

 レミリアが力を緩めると、ディオはたたらを踏んで後ずさった。

 

「吸血鬼の弱点はどこまで行っても頭。死なないにしても、大きく損傷すれば回復は遅いわ」

 

 年季が違うのである。波紋使いや吸血鬼狩りといった強敵との闘いの経験で、レミリアは自分自身ー吸血鬼の弱点については知悉していた。

 

 引き抜いた槍はディオの血にまみれ、ぬらぬらと輝いている。レミリアは血糊をちろりとなめ、渋い顔をした。

 

「不味い。やはり、下衆の血は私の口には合わないわ……」

 

 レミリアが再び槍を振り上げたとき、ディオは激昂した。

 

「勝った気でいるなよッ!」

 

 ディオが強く右足を叩きつけると、そこを中心に屋敷の屋根が沈んだ。直後、崩落した屋根は大量の瓦礫と化し、二階へと降り注いだ。

 

 

 

 

 

「オオオッ!」

 

 ジョナサンは火かき棒を力のあらん限りに握りしめ、ゾンビの頭を打ち砕いた。脳漿と血をまき散らし、痙攣しながらゾンビの身体はくたりと倒れた。

 

(彼はさっきまでは善良な警官だった……つらいが、やり遂げなくてはならない)

 

 レミリアとディオが屋根で戦っている間、ジョナサンは襲ってくるゾンビと闘っていた。死人といっても頭を失えば行動はできないようで、ジョナサンは相手が一気に襲ってこられないように細い廊下を後ずさりながら、一人ずつゾンビを斃していた。

 

 屋敷にはジョナサンがつけた火が回りつつあり、ジョナサンのいるホールの階段周辺を除き、二階のほとんどは火の海となっていた。

 

「血だぁ……あったけ~血ィ飲ませろお……」

 

 しかし、残ったゾンビは一体だけ。少なくともゾンビを倒すのに手間取って焼け死ぬ心配はない。ジョナサンが武器を握りなおしたとき、上から轟音が聞こえてきた。

 

「なんだッ⁉」

 

 とっさに飛びのくと、先ほどまでジョナサンがいた空間に瓦礫が降り注いだ。ゾンビは奇妙な音を立てて押しつぶされる。天井が落ちてきたのだ、と事態を認識したときにはすでに、ジョナサンの目には瓦礫の山が映っていた。そしてー

 

「レミリア! 大丈夫か」

 

 見るも痛々しいレミリアの姿がそこにあった。ディオとの対決で受けたらしい無数の傷と、腹部を穿つ深い大穴。かろうじて立っているものの、傷の治りはディオほど速くはないようだった。

 

「あら、ジョナサン。ごめんなさい、ディオはまだ倒せてないの……」

 

 レミリアは、階下を指さした。どうやらディオの方は吹き抜けから一階に転落したらしい。ホールの真ん中で、顔の左半分にできたクレーターを再生させながら、こちらを見上げていた。

 

「もういい、僕が戦う。君がそれ以上やったら死んでしまう」

「無理よ。ここまで火事が広がれば、普通の人間なら戦うどころじゃないわ。貴方こそ逃げなさい」

 

 ジョナサンは逡巡した。レミリアが自分の意見を曲げないのは知っている。かと言って今の彼女一人で戦ったら、まず命はないー

 

 そのとき、ふわりと甘い香りが鼻をついた。レミリアがジョナサンに抱擁したのである。次いで、首筋にちくりとした痛みが走った。少し遅れてレミリアに噛まれたのだと気づいた。

 

「レミリア……何を」

 

 ジョナサンはもがこうとするが、レミリアはしっかりとジョナサンの動きを封じており、ほどくことができない。なぜだ、とジョナサンが驚愕しているうちに血を吸われていった。

 

「大丈夫。吸血鬼のエキスは入れてないし、命を奪うつもりはないわ。這いずって動けるくらいは血を残してる」

 

 レミリアはジョナサンのうなじから口を離してそう言うと、ジョナサンを抱え、窓から飛び降りた。レミリアは羽を出してゆっくりと降下すると、ジョナサンを地面に横たえた。

 

「ディオは私が責任をもって片づけるわ。どうせその身体じゃ、今は戦えないでしょう?」

「でも、君だけに戦わせるわけにはいかない」

「……貴方のそういうところ、嫌いじゃないわ。だから、こうしたの」

「待て! レミリア! 待ってくれ!」

「私が死ぬわけじゃないんだから。大袈裟ね」

 

 レミリアはそう苦笑すると、猛火に支配されつつある屋敷の中へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 ディオが目に負った傷を完治させると同時に、レミリアが羽を広げて吹き抜けから一階へと舞い降りてきた。

 

「……自分を捨て駒にしてでも、ヤツを逃がそうということか?」

「ジョナサンは私のお気に入りだから」

「フン、無駄なことを。お前を殺してジョジョも殺すことになる。それから、この事件にかかわった者全員もな」

 

 ディオがそう言ったとき、レミリアは首をかしげた。

 

「一つ誤解があるわね。私は捨て駒になる気なんかさらさらないのだけれど」

「なんだ…」

 

 と、と言おうとしたときにはすでに、レミリアが目の前にいた。とっさに頭を守ろうとしたそのとき、鉄槍がディオの胸を深々とえぐっていた。

 

「死ぬのは、貴方一人」

 

(なんだこのスピードは…さっきとはまるで違う)

 

 ディオはいったん距離を取ろうとしたが、レミリアはぴったりとついてくる。レミリアの薙ぎが右肩口から脇腹に抜け、ディオはのけぞった。

 

「ジョースターの血は特別なのかしら? 生命エネルギーが横溢して…久々に愉快な気分」

 

 レミリアはそう言いながら、瞬く間に頭部を守るディオの両腕を孔だらけにする。が、炎で弱っていたのか、それともレミリアの振るう力に耐えられなかったのか、最後の一突きで、槍が半ばから折れた。その反動で、レミリアは大きく態勢を崩した。

 

「今だ、食らえッ!」

 

 ディオはレミリアの顔めがけて拳を繰り出した。かつてジョナサンの目をえぐった必殺の技だが、レミリアは難なく手で受け止めると、ディオの拳を握りつぶす。めきゃめきゃ、という音とともに右手が砕け、折れた骨が飛び出ている肉の塊へと変じた。

 

「ぐぅ……ッ」

 

 強い。認めざるを得ない。

 

 レミリアがジョナサンの血を吸ったため身体能力は互角になったが、レミリアは闘いの技術、経験においてディオの数段上を行っている。警官たちのように人間を相手にするのであれば力の圧倒的な差で押し切れるが、力の拮抗する吸血鬼同士で戦えば、技量がものをいうことになるのだ。

 

「さて、と」

 

 レミリアはちらりと上を見た。天井の崩落した部分にはぽっかりと穴が開き、炎を透かして見た月は血のような赤に染まっていた。レミリアはディオの方へ顔を戻すと、凄絶な微笑を浮かべた。

 

「こんなに月も紅いから……本気で殺すわよ」

 

 情け容赦のない攻撃が始まった。動体視力も大幅に上がっているらしく、ディオの拳はかすりこそすれ当たらず、レミリアの攻撃はことごとくがディオの肉をえぐり、骨を折り、内臓を破裂させる。

 

 これはさすがに勝てない。相手の攻撃のスピードに回復が追いついておらず、しかも炎が回って脱出不可能になりつつあるのだ。羽を出せないディオはこのまま闘いが進めば生き残れる見込みはない。

 

「こうなれば、お前も道連れにしてやる」

 

 ディオは態勢を低くすると、レミリアに体当たりした。不意を突かれたレミリアはまともにタックルを食らい、引きずられる。

 

「無駄なあがきね」

 

 レミリアの手刀がディオの肩に入り、肩甲骨のひしゃげる音がした。しかしそれでもディオは勢いを緩めず、そのまま柱にレミリアを叩きつけた。ディオは柱でレミリアを挟み、動けないようにぎりぎりと締めつけた。

 

「どうだ。動いてみろ」

「…これで動きを封じたつもり?この程度ならー」

 

 レミリアがその続きを言おうとしたが、それは建物の崩れる音にかき消された。焔に苛まれた屋敷が、ついに耐えきれなくなったのである。二人の頭上に、途轍もない質量をもった瓦礫が降り注いだ。

 

 時間切れであった。

 

 ジョースター邸全体が猛火にまかれ、みるみるうちに崩壊していく。焼け落ちる屋敷の中で、二人の吸血鬼は運命を共にしたのである。

 

 スピードワゴンも、ジョースター卿も、ワンチェンも、メイリンも、遠くから瀟洒な屋敷だったものの残骸が火の粉をあげて燃え盛り、煌々と周囲を照らしているのを見ていた。

 

 ジョナサンは這いずって屋敷から離れていく途中でそれを見ていた。血を多く抜かれたせいか妙に眠く、はっきりしない意識の中でぼんやりと考えていた。

 

 結局、レミリアはあの屋敷に入ってから出てくることはなかった。ディオは倒せたのだろうか。そして、彼女は生きているのだろうか。ジョナサンは答えの出るはずのない問いを続けながら、ついに意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎が収まった二日後、屋敷をあさってみようと提案したのはワンチェンだった。

 

「あそこは貴族の屋敷だし、何かいいものあるかもしれないね。メイリンは来る?」

「いいですねえ。お金はあるに越したことはありませんし」

 

 美鈴とワンチェンはさっそくジョースター邸へと向かった。ディオの逮捕の際に立ち寄ったときの屋敷とは思えないほどの荒廃ぶりで、無事な部分もあるが、ほとんどは瓦礫の山と化していた。

 

「私あっちの方探すからメイリンはこっち探してね。宝石とかあったら山分けよ。ウヒヒ」

「了解です!」

 

 美鈴はさっそく瓦礫をひっくり返し、お宝を探し始めた。ワンチェンの手伝いでお金をもらってはいるが、多くはないのである。そのため小金を稼ぐチャンスがあれば墓泥棒だろうと殺人だろうとなんでもやっていたので、火事場泥棒をするとなっても別段心が痛むということはなかった。

 

(でも、ちょっと嫌ぁな気を感じる……気がするなあ)

 

 美鈴は周りを見回しながらそう思った。あの日に感じたのと同じ種類。瘴気が消えず、いまだに残っているのだろうか? それとも邪悪な怪物がこの周辺にいるのだろうか?

 

 少し考えてから、美鈴は瓦礫を掘り起こす作業に戻った。どちらにせよ、人に見られると面倒だし長居はしないほうがいい。そこそこの価値のものを見つけたら退散することにしよう。

 

 そう思ったとき、何かが埋まっているのが見えた。

 

「……腕?」

 

 華奢で青白い、人間の腕。美鈴は急いで瓦礫を除き、埋まっていた「彼女」を掘り出した。

 

 まるで人形のように端正な顔をした青髪の少女だった。ところどころ火傷を負っているものの真っ白な肌をしており、衣服も原型をとどめていないが、もとは上等の布でできたネグリジェだったようで、身分の高い者であることは分かった。

 

 呼吸はしている。生きている。美鈴はそれを確認すると、素早く頭を巡らせた。

 

 おそらく彼女はジョースター家の関係者で、屋敷から逃げ遅れたのだろう。彼女を介抱してジョースター卿のもとに送り届けてやれば、かなりの謝礼を受け取ることができるのではないだろうか。

 

「ワンチェンさ~ん、来てください! いいの見つけちゃいましたあ!」

 

 しかし、返事は帰ってこなかった。少し待っても来なかったため屋敷跡を回ってみたが、ワンチェンはどこにもいなかった。

 

「もう、どこに行ったんですか。まさか山分けと言っておいて自分だけ何か見つけて帰ったんじゃないでしょうね……」

 

 美鈴はぶつぶつ言いながら彼女ーレミリアを抱えた。とにかく彼女を世話してやれば大金が転がり込んでくるはずだ。連れ帰らない手はない。

 

 レミリアを担いで、美鈴は鼻歌まじりに食屍鬼街への帰路についた。

 

 

 

 

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