レミリアの奇妙な冒険 作:り-kei
火事はジョースター邸のほとんどを焼き尽くしたが、幸い財のほとんどは銀行にあったので、ジョースター親子二人が暮らしていく分には十分すぎるほどの金が残っていた。
警察には逮捕の際の事故だと説明したが、ジョースター卿には実際に何が起きたか、つまりディオとレミリアが吸血鬼であったということを伝えた。ジョースター卿は半信半疑といった表情だったが、ジョナサンが首からかなりの量の血を抜かれていたことを知り、ひとまずは納得してくれた。
「……レミリア」
ジョナサンは屋敷の跡を眺めながら、つぶやいた。ついに彼女は戻ってこなかった。炎の舞い散る屋敷へ行って、それっきりだった。しかし瓦礫を掘り起こしても、レミリアの死体はどこにもなかった。彼女の生きた痕跡は、この世にはもう無いのかもしれない。
――紳士なら約束を守りなさいね。
(僕は生き残った。…でも、君がいなくても約束は守れないじゃないか)
ジョナサンは、力が要る、と思った。誰かの命を守るため、後悔しないため、己の無力を呪わずに済むために。
「ちょいと君、いいかい」
振り向くと、奇妙なもじゃもじゃ頭にシルクハットを被った男が立っていた。
「私の名前はウィル・A・ツェペリという。ジョースター卿が持っているという石仮面の噂を聞いてはるばるイギリスまで来たのだが……これは一体何が起きたんだ?」
「石仮面?」
「一種の魔物を生み出す道具だ。ひょっとして君は、ここの関係者かね?」
魔物、と聞き、怪物と化したディオのことを思い出した。ディオがジョナサンの部屋に入ってから何が起きたのか不思議でならなかったが、あの変貌をもたらしたのは、ジョナサンの研究していた石仮面によるものだったのだろうか。
「……僕の名前はジョナサン・ジョースター。貴方が会いに来たのは父さんですね。……ところで、貴方は魔物といいましたが、それについて詳しく教えてくれませんか? 僕はあの日の夜に起こったことをもっと知りたいんです」
ジョナサンの必死な顔を見て、ツェペリはつぶやいた。
「なるほど、これは少し君に教えた方がいいかもしれないな……。石仮面の秘密と、それが生み出した怪物が、まだ生きているということを」
「なんだって?」
ジョナサンは驚愕した。ディオが、まだ生きているというのか。
「そうだ。二人の東洋人がジョースター邸に行って行方不明になっている。まだ、事件は終わっていない…そして私の話を聞けば、君の運命は変わるだろう」
『BURNED! TRAGEDY IN JOHSTER'S MANSION!(炎上!ジョースター邸での悲劇)』
『JACK THE RIPPER DID AGAIN!(ジャック・ザ・リッパーまたあらわる!)』
レミリアが意識を取り戻して目を開けると、新聞の見出しが視界いっぱいに映っていた。あの事件から三日後の日付が書いてある。がさがさと新聞をめくる音がしたかと思うと、その向こうから、ふわあ、と大きなあくびが聞こえてきた。誰かが横たわっている彼女の前で新聞を読んでいるのだ。
部屋は窓が閉め切られ、ほの暗さが隅にわだかまっていた。自身の寝ている粗末なベッドの他には様々な薬草や瓶、何に使うのかわからないガラクタが転がっている。おそらく、目の前で小さい椅子に座って新聞を読んでいる人物の部屋なのだろう。
(……確か私がディオと闘っているときに屋敷が崩れて……)
瓦礫の下敷きになったのだ。しかも猛火に焼かれ、その傷を治癒させるのに力を使い果たしたので、ジョナサンの血で得たパワーはもうすっかりなくなってしまっていた。
あと少しでディオに止めをさせたのに、と歯噛みしたとき、レミリアの前にいた人物は新聞紙を閉じ、ガラクタの山に放り投げた。「彼女」はレミリアが目覚めていることに気がつくと、片膝をつき、うやうやく一礼した。
「お目覚めですか。レミリア様」
「……誰よ、貴方」
「私、東洋の薬師の弟子をしております、紅美鈴と申します。ジョースター邸が燃えた日、そこに居合わせていた者です」
おそらくジョナサンがディオの毒薬の正体を突き止めるときに証人として呼ばれていたのだろう。しかし彼女はなぜレミリアを助け出したのだろうか。彼女はレミリアの存在すら知らないはずなのに。
それを聞くと、美鈴は眼を泳がせながら答えた。
「あー、ジョースターさんと同行する際にあなたの話を聞いていたので…助けに」
「わざわざあの焼けた屋敷に来たの? 私が焼け死んでるとは思わず?」
「まあ理由はどうでもいいじゃないですか。結果としては命が助かってるんだから、細かいことは気になさらなくとも」
「……まあそうね。ありがとう」
美鈴が何かを隠しているように見えたが、レミリアは深く追求しないことにした。とにかく今はジョナサンに会うことができればそれでいい。
(彼らが私を留め置いてくれるかはわからないけど……ね)
人間のふりをしているときは優しかった人間が、吸血鬼であると知った途端に豹変するのをレミリアは嫌というほど経験していた。だから正体が知られた場合は何者にも完全に気を許すつもりはなく、お気に入りのジョナサンもそれは例外ではなかった。
もし次にジョナサンと会ったとき、彼がレミリアを受け入れてくれなければ、また別の土地へ向かうことにしよう。そう思っていると、がちゃり、と扉の開く音が聞こえ、何者かが入ってくる気配がした。
「美鈴、帰ってきてたか」
美鈴がはっとして振り向くと、そこにはワンチェンが立っていた。皮膚はしなび、真っ青で血の気の通っていない顔は
「ワンチェンさんですか。いったい一日もどこ行ってたんです?」
「素晴らしい人に会ったよ。私、その人に頼まれて探し物してるね。……そこに寝てるのは誰?」
「ジョースター邸のレミリアお嬢様です。……ところで探し物ってなんです?」
「……ディオ様に捧げる、活きのいい人間ね!」
その瞬間、ワンチェンは隠していた長いかぎ爪を振りかざし、美鈴に飛びかかった。
「……なるほど、よくわかりました」
美鈴は軽やかに白刃を躱してワンチェンの懐に入ると、腹に掌底を食らわせた。まともにカウンターを受けたワンチェンの小柄な体躯がくるくると舞い、壁に叩きつけられる。
「おげえええッ! 熱い!熱いぃぃ!」
ワンチェンの腹から煙のようなものが出ていた。単に力で殴ったのではない。あの傷は。
「波紋傷……」
レミリアがつぶやくと、美鈴は眼を丸くした。
「波紋……お嬢様の国ではそう言うのですか? 私の生まれた国では仙道、そこから生み出されるエネルギーを『気』と呼んでいます」
得体のしれない攻撃に恐怖を感じたのか、ワンチェンはくるりと踵を返すと一目散に逃げだした。美鈴は追いかけようとはせず、ワンチェンが闇の中に消えるとレミリアに向き直った。
「貴方……波紋使いだったのね」
波紋使いは、吸血鬼と敵対する人間の中でも特に厄介な存在である。波紋エネルギーをまとった攻撃でできた傷は再生が遅く、頭に打撃を受けようものなら命にかかわる。吸血鬼にとっては猛毒をもった蛇のようなものである。
「ええ。ちなみに、お嬢様が吸血鬼であることも知っています。カーテンを開けようとしたらお嬢様の手が蒸発しそうになって驚きました」
平然と答える美鈴に、レミリアは疑問を投げかけた。
「……なぜ私を殺さなかったの?」
弱って昏倒しているレミリアなら、いくらでも殺すチャンスはあったはずなのに。そう思っていると、美鈴は不思議そうに聞き返した。
「私がお嬢様を殺す理由があります? ……はは、なにも波紋使い全員が吸血鬼狩りをやってるわけではないんですよ。私は、お嬢様やワンチェンさんが誰を殺そうが、どうでもいいんです。コレさえあれば」
美鈴はウインクして、親指と人差し指で丸を作った。なるほど、彼女はレミリアの存在が金になると思っているのだろう。ようやく合点がいった。
「じゃあお嬢様も目覚めたことですし、そろそろ、ジョースター卿に連絡をしますか」
「……それは待ちなさい」
ディオ、とあの東洋人ゾンビは言っていた。レミリアと同じく奴もまだ生きているのだ。レミリアとしてはディオを始末しておかなければ不愉快であるし、ディオの方もレミリアが生きていると知っていれば、実質的な得がなくとも殺しにくるだろう。
(それなら……ジョースター邸へ行く前に生命エネルギーを補給してディオを消しに行った方がいいわね)
レミリアは美鈴を見上げて命令した。
「美鈴……貴方の望みはお金よね? それを叶えてあげるから、私を人の多い街に連れて行って」
「おいお嬢ちゃん、そろそろお家に戻らなくてもいいのかい?」
ホワイトチャペル街の、薄暗い裏路地。二十一時を告げる鐘が鳴った時、立派な髭を生やした男はそう言った。すると、隣にいた小貴婦人――レミリアはつまらなそうな顔をした。
「冗談でしょう? もっとどこかで遊ばないの?」
「ふふん、君みたいな子は、家で親が待ってるだろ。夜にどこに遊びに行くっていうんだ?」
「…どこへでも。小父さんの家に行くのはどう?」
男は笑いながら片眉を上げた。
「そんなことしてたら君、いつか狼に食われちゃうぞ。それに、切り裂きジャックに会うかもしれない」
「切り裂きジャック?」
「女性ばっかり狙う殺人鬼だよ。会ったが最後、君も手術用のメスでそのかわいい顔を切りきざまれるだろうね」
脅かしてみせる男に、レミリアは首をかしげた。
「貴方に守ってもらうから怖くないわ。それに…」
「それに、なんだい?
いつの間にか、男の右手にはメスが握られていた。そして、本性をあらわにした男―ジャック・ザ・リッパーは、間髪入れず襲いかかってきた。
「この夜遅くまで遊んでる、堕落した女がァーッ!」
むんずとレミリアの髪を掴もうとした瞬間、ジャックの両腕の動きが止まった。レミリアの手がジャックの手首をつかみ、動きを掣肘していたのである。
「何い?」
ジャックの不運は、よりにもよって、獲物を求めている吸血鬼をターゲットにしたことだった。当然吸血鬼の力にかなうはずがなく、キスをするような距離までレミリアが顔を近づけても振りほどくことはできなかった。
「狩る者は往々にして狩られることに気がつかない……」
耳元でそうつぶやくと、レミリアはジャックの首筋に噛みつき一気に血液を吸い上げた。ジャックは身体を動かせないまま、レミリアの口腔へと生命が流れ出していくのを甘受するほかなかった。
そして最後の一滴まで飲み干すと、レミリアは口を離した。支えを失ったジャックはばったりと倒れ、そのまま動かなくなった。失血死したのである。
「終わりましたか~」
ふわぁ、とあくびをしながら物陰から現れたのは美鈴だった。レミリアは振り返ってうなずいた。口から溢れた血が、レミリアの胸を赤く染めていた。
「これで何人目かしら」
「ええっと、これで7人目でしたかね」
「そう。じゃあ今日はこれくらいかしらね。……起きなさい」
ぱちん、とレミリアが指を鳴らすと、ジャックの死体がむくりと起き上がる。レミリアが吸血の際にエキスを入れていたので屍生人と化していたのである。美鈴はそれを見て、渋い顔をした。
「うええ、他の人はある程度血を吸ったら逃がしてたのに、今回はゾンビにしたんですか?」
「私だってこんなもの作りたくないわ。でも思いっきり魂が薄汚れてて下僕としては扱いやすそうだったから、ディオを消すまでは使ってみようかなって思ったの。人手がいるかもしれないし」
「まあ私に近づけなかったら別にいいですけど……ところでそろそろ約束のお金をくださいよ~」
この一週間、レミリアはロンドンの裏街で人狩りをしていた。ジョースター邸にいたときは派手に動く必要がなかったうえにリスクが高かったので吸血行為を慎んでいたが、今はそのどちらも当てはまらない。ディオを倒さなくてはならないからだ。
「しょうがないわね、ほら」
「なんですかこれ……株?」
レミリアが美鈴に手渡した紙には、いくつかの銘柄が書いてあった。
「3日以内に大幅に上がるはずよ。とりあえず、それが私を助け出してここまで連れてきてくれた分の報酬。もっと欲しいなら、私の正式な従者になってもらうけどね」
美鈴はいぶかしげにレミリアを見た。
「これは確実に上がるんですか?」
「貿易で稼いでいるジョースター卿の屋敷にいた者の言うことが信用できないかしら? イギリスの貿易会社の内部情報をもとにそのリストを書いたんだけど」
「なるほど。それはありがたいですね」
美鈴はころっと態度を変えると、大事そうに紙切れをポケットにしまった。レミリアは上がりそうな株を占っただけであるが、ほとんど外れたことはないので問題はないだろう。嘘をついたのは説得力を伴わせるためである。
「……で、次の仕事は何ですか?」
「私についていくつもり?」
「お嬢様についていけば少なくともお金には困らなそうなので」
「危険かもしれないわよ」
「まあその危険に見合う分報酬をいただければ」
正直な答えに、レミリアは苦笑した。しかし昼間に動けるものを従者にしておくのは悪くない。ディオと闘うときに波紋使いが仲間にいれば闘いを有利に進められるからだ。
「わかったわ。じゃあ契約成立ね。よろしく」
「こちらこそ」
レミリアが差し伸べた手を、美鈴は固く握った。
「裏の世界に手ぇ回したら、例の二人が見つかりやした」
がたごとと揺れる馬車の中で、スピードワゴンはそう言った。同乗者はジョナサンとツェペリ。スピードワゴンがディオの捜索に奔走している間、ジョナサンはツェペリに波紋法という特殊な技術を教わっていたらしい。心なしかジョナサンは以前よりも生命力に満ち溢れ、強くなっているように見えた。
「ただ、見つかった場所が問題で……ワンチェンの方は
「ほう、スピードワゴン君、気になる噂ってのは?」
「ホワイトチャペルの町に、吸血鬼が出るって話なんだ。そいつに血を吸われた奴は、姿について喋るのを禁じられてから解放されるらしい」
ツェペリは眼を丸くした。
「吸血鬼が獲物を殺さずに解放するなんて珍しいな。誰かがその姿を語ってくれたかね?」
「いいや。いくら脅しても血を抜かれて殺されるよりはマシだって言って教えてはくれなかったそうだ」
「フーム、しかし迷うな。ウインドナイツロットか、ホワイトチャペルか」
ジョナサンは少し考えてから訊いた。
「スピードワゴン、ここから近いのはどっちだ?」
「へえ、ホワイトチャペルになりやす」
「じゃあ、そっちへ行こう。正直、ディオが獲物に情けをかけるとは思えないが…念には念を入れたほうがいいかもしれない」
馬車は進路をホワイトチャペルに向けて進み、そして日が沈みかける頃、ホワイトチャペルに到着した。煉瓦造りの建物が並び立ち、地面は石畳でしっかりと舗装された、綺麗な街だった。
「そういえばこの街には吸血鬼だけじゃなくて殺人鬼がいるらしい。嫌な街だぜ」
馬車から降りてスピードワゴンがつぶやくと、ツェペリはグラスにワインを注ぎながら笑った。
「ははっ、吸血鬼を倒しにいくわしらがそんな殺人鬼程度を恐れてたら世話ないわい!」
太陽が山並みの向こうに沈むと、あたりはすっかり暗くなった。人の気配もなく、寂しい街灯がぼんやりと光っているのが見えた。
「気をつけろ、ジョジョ。今は「やつら」の時間だ。もしここにディオがいるなら、どこから襲い掛かってくるかわからん」
「ええ……」
ジョナサンが何かを答えようとしたとき、十メートルほど向こうに、街灯に照らされた一人の男が馬車のそばに立っていることに気がついた。普通の人間が見れば、主人が家から出てくるのを待っている御者だと思うだろう。しかし血走った目に、しなびた肌、そして、特有のよどんだ気配は、間違いなくゾンビのそれであった。
「…敵だ」
ジョナサンとツェペリが身構えると、その男も敵の出現に気づいたらしくうなり声を上げたが、襲い掛かってくる気配はなかった。ただ、馬車を守るようにじりじりと牽制するような殺気を飛ばしてくるのみである。
「……どうしますか。ツェペリさん。先手を取って攻撃しますか?」
「待て、ジョジョ。奴さん、どうも馬車の中身が大切らしい。ひょっとすると、大当たりを引き当てたかもしれん」
あの馬車の中にディオがいるのだろうか。スピードワゴンは生唾を飲み込んだ。あの日の夜の惨劇を思い出し、身が震えた。
「……ジャック、どうしたの?」
馬車の中から声が聞こえてきた。凛とした少女の声。予想外の出来事に、スピードワゴンの頭は混乱した。が、それ以上にジョナサンの方が衝撃を受けているようだった。その声を聞いた途端に目を見開き、開いた口から声をもらした。
「……死んだはずじゃ」
かたん、と扉の開く音がした。中から現れたのは、赤いドレスを身にまとった少女だった。少女はジャックと呼ばれたゾンビを一瞥してからスピードワゴンたちに目を向けると、なぜか微笑みを浮かべた。そして、ドレスの裾を持ち上げ丁寧にお辞儀をした。
「あら素敵な方々。初めまして、私はレミリア・スカーレットという者……。そして久しぶり、ジョナサン」