レミリアの奇妙な冒険 作:り-kei
ジョナサンたちは屋敷の一階を歩き回り、ディオを探した。数体のゾンビと出会ったが吸血鬼と比べるとやはり弱く、それほど警戒する必要はなかった。
ただ、犬と人間を組み合わせた者や手足を逆に付け替えられた者など、奇妙な姿をしたゾンビが多かった。波紋傷が広がり溶けていくヘビ入りゾンビ(ドゥービーというらしい)を見て、スピードワゴンは顔をしかめた。
「ディオって野郎はとことん悪趣味だな」
「趣味のいいやつならそもそもゾンビなんか作らんよ」
そう言ったちょうどそのとき、ツェペリは地下へと続く階段を見つけた。
「地下はまだ見ていなかったな。行くぞ」
一行が階段を降りていくと、ほんのりとゾンビの臭いが漂い始めた。フラスコやビーカーなどの器具が散乱しており、紫色の液体が水たまりを作っている。
「ここは……ディオの実験室か?」
「……どうでしょう。ディオが使っている場所ならもう少し整頓されていそうですが」
やがて足の踏み場もないほど本の置いてある部屋を見つけた。ジョナサンたちがその中に踏み込むと、縄で手足を拘束され、机の上で転がされている人物がいることに気がついた。
「あ、あなた方は…えへへ、どうもお久しぶりです」
紅美鈴だった。激しい闘いの末捕まったのだろう、着ていたチャイナドレスはところどころが裂け、疲労困憊しているように見えた。
「スピードワゴン、彼女の縄を解いてやってくれ」
「いいんですか?」
「ああ」
スピードワゴンが縄を解いてやると、美鈴は身体についた埃を払いながら立ち上がった。
「……やれやれ、ひどい目にあいました。お嬢様とははぐれるし、ゾンビだらけの屋敷に運び込まれるし。ジョースターさん、ありがとうございます」
「気にしなくていいよ」
「いやあ、あなた方がお嬢様より先に来るとは思ってませんでした。今どこで何をなさってるんでしょうねえ」
美鈴はレミリアの生存を信じて疑っていないようだった。そんな彼女を見て、スピードワゴンは不思議そうに言った。
「……そういやあんたは、なんで人殺しの怪物についていこうと決めたんだ? いくら金払いがよくても、何がきっかけで自分が殺されるかわからないだろ?」
「まさか。お嬢様はよほどのことがなければ人間を殺したりはしませんよ」
「じゃああのゾンビは何だっていうんだ。殺さなきゃゾンビは生まれないだろ」
「よほどのことだったんですよ」
ツェペリは片眉を上げた。
「ほう、どういうことかね?」
「彼が殺人鬼だったからです。ジャック・ザ・リッパー。……まあ、あの女の炎で燃えカスになってしまいましたが」
「なるほど……だから『殺して構わない』と。少々彼女は言葉が足りないんじゃないかね」
ジョナサンと話すときにレミリアが一瞬だけ浮かべた、悲しみに近い表情を思い出した。彼女の表情は、吸血鬼と化して自分を襲った父親と比べるとはるかに穏やかだった。ツェペリは少し考えて、ジョナサンの方に向き直った。
「ジョジョ。今の話は本当だと思うか」
「はい。らしいです。彼女が人を殺してしまったことには変わりはないけど…少なくとも、理由もなく人を殺すような人間だとは思わない」
「……それなら、わしらが倒すべき悪は一人だけだな」
ツェペリはあっけらかんとそう言った。
「じゃあ、私も無駄にあなたと喧嘩しなくて済むんですね」
「ああ。むしろディオを倒す手伝いをしてほしい」
ツェペリが握手しようと手を差し出した。しかしそのとき、何者かが階段を降りてくる気配がした。それを察知したジョナサンが階段の方へ向き直り、油断なく拳を構える。
「……誰よ、あなた達」
そこに現れたのは部屋の主、パチュリー・ノーレッジだった。
そのとき、パチュリーは苛立っていた。
レミリアという奇妙な少女との戦いで試作品であるタルカス、ブラフォードの強さをテストすることはできた。しかしブラフォードは谷底に落とされたし、タルカスは片目を喪った。あの高さから落下すればブラフォードは原型をとどめていないだろうし、残ったタルカスも吸血鬼と違い身体が再生しないため、別の死体から目を移し替えるという余計な手間がかかる。
おまけに火炎の術を多用したために煙が肺に入り、持病の喘息がひどくなっていた。そのためパチュリーは地下室に美鈴を置くと、いったん喘息の薬を取るために一階へ上っていった。
(まあ、あの美鈴とかいう女は利用できるわね)
波紋がゾンビや吸血鬼の細胞にどのような影響を与えるのか。波紋耐性をどうすればつけられるか。試してみたいことはたくさんあった。
しかし、パチュリーが美鈴を置いていた部屋に戻ると、見知らぬ男が3人ほど増えていた。どうやら美鈴を助けに来たらしい。
「皆さん、気をつけてください! ディオの手下―火炎を自在に操る奇術師です!」
そう言う美鈴を見ながら、パチュリーは面倒なことになったと思った。屋内では炎を使いづらい。ましてこの地下室では、大事な本も燃えてしまう可能性がある。
どうすれば一人を実験用に捕獲し、残りは皆殺しにできるかという算段を立て始めたパチュリーに、大柄な男ージョナサンが声をかけてきた。
「……君は、吸血鬼でもゾンビでもないようだが……なぜ奴の味方をする?」
「別に。私はただ研究がしたいだけだから。私の研究やディオのせいで何人死のうが私のあずかり知るところじゃあないわ」
「どうしてもその研究はやめるつもりはないのか?」
「ええ」
パチュリーはそう言うと、右手から青白い火炎を立ち昇らせた。本を燃やしたくないので勢いを抑えており、人を殺せるほどの威力はない。この炎で牽制しながら部屋の外へ出て、そこで一気に勝負を決めるつもりだった。並の人間ならここで突っ込んでくることはないはずである。
そう思いながらパチュリーが後ずさり階段に足をかけたとき、大柄な男―ジョナサンはつぶやいた。
「それなら、君も野放しにするわけにはいかない」
ジョナサンは床を蹴ると、真っすぐパチュリーへと突進してきた。
「く、黒焦げになりなさい!」
パチュリーの炎がジョナサンを包み込む。が、ジョナサンは一瞬たりとも怯むことなく踏み込んでくる。ジョナサンの精神力は「並」というには強靭すぎた。
炎の中を構わず進んでくるジョナサンを見て、パチュリーはわき目もふらず階段を駆け上がろうとする。と、その瞬間、こぉぉん、と何かが反響するような音がしたかと思うと、電撃を浴びたような衝撃がパチュリーの身体を襲った。
「波紋疾走の音が澄んでるな。あんさんもなかなかやるようじゃのう」
「それほどでも」
これが「波紋」か、とパチュリーは直感した。おそらく美鈴が壁を伝うこの力でパチュリーの逃走を妨げたのだ。
「もうっ、どいつもこいつも……私の足を引っ張ってッ!」
パチュリーとジョナサン、互いに手が届くほど距離を詰めた二人の間の空気が揺らいだかと思うと、鋭利な真空にジョナサンの右手が巻き込まれ、血しぶきがあがる。が、それでもジョナサンの動きは止まらない。驚愕に目を見開いているパチュリーの手を掴んで引き寄せると、ジョナサンは目を覗き込みながらこめかみに人差し指を当てた。
「なっ、なんで……あれで動け…」
「僕には、腕を失うくらいの覚悟があるからだ。すまないが、眠ってもらうよ」
ジョナサンがそう言うと、こめかみに奇妙な感覚が走った。まぶたが鉄のように重たくなり、意識が遠のく。
「わ……たしに何を」
した、と聞く前に、パチュリーの意識は水面に浮かぶ泡沫のようにはじけ、消えた。
月を照らす野道を、レミリアとブラフォードは疾駆していた。どうやらディオは際限なくゾンビを増やしているらしく、道中のあちこちで元は住民であったであろう者たちと遭遇した。
「けけけーっ! そこの小娘ェ、ジューシーな血をたぁっぷり飲ませてくれ!」
レミリアはそのゾンビを一瞥すると、その傍を目にもとまらぬスピードで駆け抜けた。ゾンビは振り向き襲い掛かろうとしたが、すでに両断されていた首が身体についていかず、落下して地面に血をしみこませた。
「屍生人が屍生人を作る……こんなつまらないもので満たされた世界の頂点に立ったところで、何の意味があると思っているのかしら?」
ブラフォードは黙ったままだった。レミリアは今の言葉がブラフォードにとって意味するところにはっと気がつき、付け加えた。
「ああ、別にあなたを無価値だと皮肉ったわけじゃないわ」
「わかっております。それに私が無価値だということも正しい」
今、レミリアはブラフォードの魂を操ってはいない。ジャックの場合は殺人本能を抑えるためしっかり手綱を握っていたが、ブラフォードの忠誠心は信用できるので、無理に心を縛る必要もない。つまり、ブラフォードの言葉は生前と変わらず彼の自由意志によって紡がれているのである。
「私の本来の主は女王陛下だった……あの方を守れなかった時点で、私には芥ほどの価値もないでしょう。あの憎きエリザベスもノーレッジによるととうの昔に死んでいるらしく……敵討ちも果たせずじまいです」
「そう……じゃあこの戦いが終わったら貴方はまた死人に戻りたいの?」
「はい。願わくば、タルカスも同じくあの世へと送っていただきたい。奴も女王陛下のいらっしゃらないこの世には興味はありますまい」
当時のレミリアはプラハにいたため彼らとメアリーの関係については深く知らなかった。しかし、永遠の眠りを妨げられ、いまだに亡き主を想う姿には多少の憐憫を覚えた。
「……まあ、ことが済んだらそうしましょうか。だけど、一つ提案があるわ。貴女を塵に還す前に――」
レミリアがそう言いかけた瞬間、行き先をふさぐかのように男が立っていた。二人が立ち止まると、その男はつかつかと向かって来る。
「失礼。町はずれに屍生人がはびこっているようでね……そこのお二方はどっちかね?」
「本当に失礼な質問ね。私―レミリア・スカーレットをゾンビと一緒にしないでちょうだい。これでも吸血鬼よ。こっちはブラフォード」
そう名乗ると、男はぎらりとした眼光を放つ。
「そうか。わが名はダイアー。二人目の吸血鬼がいるなどおかしな話ではあるが……会ってしまった以上、闘わねばなるまい」
「そう……ところで、他の二人は出てこなくていいのかしら?」
レミリアがそう訊くと、ダイアーはぴくりと眉を動かした。レミリアの聴覚は、波紋使い特有のリズムを刻む二人分の呼吸音を聞き逃さなかった。
「なかなか、耳ざとい貴婦人のようじゃのう」
そう言って近くの木影から現れたのは、煙草をくわえた老人と、流麗な黒髪の若者だった。若者が老人にやや心配そうな声音で話しかける。
「トンペティ師……我々の目的はこの娘ではないはずです。早く行かねば手遅れになるかもしれません」
「案ずるな、ストレイツォ! このダイアーが一瞬でカタをつけてやる」
ダイアーは地面を蹴ると、スローな蹴りを繰り出してくる。レミリアはくすりと笑って、槍を構える。
「ええとこれは……稲妻十字空烈刃、だったかしら?」
それを聞き、ダイアーの瞳が揺らいだ。これは知っている。蹴りをわざと受け止めさせ、腕を封じてから本命の手刀で決める必殺の技。吸血鬼になって間もないころに吸血鬼狩りに食らったことがあり、その威力は十分知っていたし、どうすればよいかも分かっていた。
レミリアは槍でそろえた両足を真横から薙ぎ払った。痛撃を受け、ダイアーは受け身を取りながら地面に転がった。
要は、蹴りを受け止めなければいいのだ。スローとは言っても、人間の格闘者であれば受け止めざるをえない。しかし吸血鬼の動体視力であれば完全に見切ることが可能なので、ネタが割れてしまえばどうということはないのである。
「ぐう……ッ」
「あら、立てるのね。私、あなたみたいな無礼な人が嫌いだから、足をめちゃくちゃにしようと思ってたんだけど……なかなかやるじゃない」
地を這うダイアーを見下ろしながらレミリアは話しはじめた。
「悪いけど、今は貴方たちと闘ってる暇はないの。しかし、ツェペリといい貴方たちといい、どうしてこう波紋使いには早とちりが多いのかしら?」
「……ツェペリだと? その名をなぜお前が知っている」
「あら、知り合いなの? ……というより、ディオを倒すためにツェペリが貴方たちを呼んだ、と考えるのが妥当かしら」
トンペティは眼を細めた。ツェペリのしたためた手紙にはディオを倒すのに力を貸してほしいということが書いてあったが、目の前には二人目の吸血鬼―レミリアがいる。予想以上に敵の勢力は大きいのではないか。
「ツェペリはどうした? それと、ジョナサン・ジョースターという青年もいただろう」
「ああ、別にどうもしてないわ。そもそもジョナサンは私のお気に入りだし、私は殺人狂ではないから」
「殺人狂じゃない? 血を糧にするのにか?」
ストレイツォの問いにレミリアはうなずいた。
「ええ、血を飲まなくても何十年かは生きられるし、食事をするにしてもめったに殺しはしないわ。貴方たちはミルクを飲むために牛を殺すのかしら」
変わり種の吸血鬼らしいな、とトンペティは考えた。従えているゾンビは時代遅れの鎧をまとっているのでおそらく自分で手をくだしたものではない。嘘を言っているようにも見えないし、嘘をつく意味がないので実際そうなのだろう。
「しかし仲間はそれを許すのか? ディオを倒すとわかっていて見逃したのか?」
そう訊くと、レミリアは不快そうに眉をひそめた。
「あの下衆と私を一緒にしないでもらえる? むしろ敵よ、敵」
「敵? 同じ吸血鬼なのにか?」
「人間だってスプーンの置き方が違うだけでも殺し合うじゃない」
レミリアはそう言ってため息をつき、懐中時計に目を落とした。
「……さて、そろそろ無駄話はやめて質問しましょうか。貴方たちはここを通してくれるのか、私と闘うつもりなのかってね」
「ジョースターさん、大丈夫ですか、その腕!」
ジョナサンの右腕から付け根にかけてついた無数の切り傷から、血が流れていた。
「ああ、骨までは折れてないから、すぐ回復すると思う」
しかし、炎だけでなく風の刃のようなものまで作れるとは、とジョナサンは昏倒している奇術師の女を見て戦慄した。一気に勝負を決められなければ、レミリアの御者のように炭にされていたのはジョナサンの方だったかもしれないのだ。
「不思議な術を使う者だったが……まあここで倒せたのはよかったかもしれんな」
「ええ。ところでツェペリさん、ノーレッジは殺さないんですか?」
美鈴の問いに、ツェペリは難しい顔をした。
「悪意がない分、ある意味ディオより危険なヤツだが……どうする、ジョジョ」
ジョナサンは少し考え、答えた。
「殺しません。彼女の研究は、ディオがいなければ続けられないはずです。罪は生きて償ってもらいましょう」
「……なら、とりあえず目覚める前に捕まえておくか。スピードワゴン君、頼めるか」
しばらくして、奇術師の女―ノーレッジは目隠しをされ、天井から吊り下げられた。術で縄を切ろうとすれば頭から落ちてしまうので抜け出ることは難しいはずである。
ジョナサンたちは地下室を出ると、二階への階段を上り始めた。濃い死臭がするのは、やはりそこにディオとその配下たちが集まっているからだろう。
上り切った先には、大きな鉄製の扉が立ちはだかっていた。
おそらく、ディオはこの部屋にいる。ジョナサンが手を当て、力をこめると重い音を響かせながら扉は内向きに開いた。
中は大理石の柱が並び、瀟洒な調度がいくつか置いてあった。そして開け放たれたドアの向こうにはテラスがあり、そこで月光を浴びながらたたずむ人影があった。
「……ディオ!」
ジョナサンが声をあげると、ディオはやおら振り向いた。
「ほう、お前が来たか……意外だ。お仲間はそこにいるのはスピードワゴンとかいうカスと、薬屋か……もう一人は初めて見る顔だな」
「ツェペリだ。ついに会えたな」
「ふん、お前がジョナサンの師か……仲良く二人で這いつくばっていればいいものを」
そのとき、ふっとディオの影が揺らめき、数を増やした。ぎょっとしたジョナサンが目を凝らすと、その正体はぐずぐずに腐った異形のゾンビたちだった。ディオの配下らしい。
「そういえば下が騒々しかったが……ノーレッジはどうした?」
「倒した。今、彼女には眠ってもらっている」
「ふん、相変わらず甘っちょろいやつだな、ジョジョ。俺はお前のそういうところが反吐がでるほど嫌いでね……」
パチン、とディオが指を鳴らすと、退路を塞ぐように信じられないほどの巨躯をもつ隻眼のゾンビが現れた。
「タルカス……!」
美鈴がつぶやくと、そのゾンビはぎろりと彼女を睨めつけた。
「久しぶりだな。この眼の借りを返させてもらうぜ」
どうやらお互いに因縁の相手らしい。それなら、背後は美鈴に任せて問題ないだろう。ジョナサンは、前にいるディオと対峙した。
「ジョジョ……お前とこうして向かい合ったのは屋敷のとき以来か。……いや、あのときはレミリアが横槍を入れてきたから、エリナのとき以来、というべきか」
ジョナサンは黙って歩みを進める。
「あのときはお前の爆発力に負けた……が、それは人間を超えたこのディオにはもう通用しないということを、証明してやろう」
その瞬間、ディオは裂帛の気合とともに跳躍した。ジョナサンは目の前に迫ってくるディオの顔に、必殺の一撃を叩きこむ。が、直撃する寸前、ジョナサンの拳はディオに受け止められていた。
「……山吹色の波紋疾走!」
受け止められても問題はない。波紋を送り込めさえすればいいのだ―
「これが波紋疾走、か」
しかし、ディオには全く効いていないようだった。波紋が入った感覚や反響するような独特な音もない。ふと冷気を感じて殴った右腕を見ると、完全に凍り付いてしまっていた。
「この技は気化冷凍法、とでも名付けようか。だから言っただろう、ジョジョ。俺はあらゆる人間を超えた。当然波紋使いもその範疇だ」
ディオはそうつぶやき、冷たく笑った。