レミリアの奇妙な冒険 作:り-kei
「は……波紋が通らない!」
右腕は凍り付き、ピクリとも動かない。気化冷凍法。ジョナサンが波紋法を習得したように、ディオもまた新しい技を編み出していたのである。
「というわけだ……さァ、お前の腕ごと頭をかち割って中身をブチ撒けてやろうッ!」
ディオがジョナサンの脳天めがけて拳を振り下ろそうとしたとき、後方から飛んできた「何か」がディオを切り裂いた。
「おっと、ワシを忘れちゃあ困るぞ。何せ、語りたいことがいくつもあるからな」
ツェペリだった。ゾンビたちを蹴り飛ばしながら、口に含んだワインを高圧で押し出したのである。
「人間の分際で、俺と対等に話すだと? 笑わせる。……まあ、ワインに波紋を伝わらせるという工夫は褒めてやらんでもない」
波紋カッターで傷を負ったディオの腕や肩から、蒸気が出ていた。ダメージは負っているが、微々たるものである。
(ディオに触れないように戦わなければ……)
ジョナサンは、凍った右腕をかばいながら、ディオと一定の距離を保てるように一歩後退した。闘いのヒントは、今ツェペリが示した。直接触れるのではなく、ワインのように「何か」を介して波紋を流すのだ。波紋を流せるもの、それは生物、液体、そして金属。
「かかって来いよ、ジョジョォ! 右腕凍らせられてしょげかえってるのか? なあ!」
突き進んでくるディオに、ジョナサンは近くにあった薔薇を掴み取り、波紋を込めて投げつける。が、ディオが腕でガードすると、すべて凍って床へ落ちてしまう。
「フン! 時間稼ぎのつもりか? さっきは不意を突かれたが、来ると分かっていれば何ともない……さあ、もう下がれないぞ」
ジョナサンのすぐ後ろには、スピードワゴンがいた。そのすぐ後ろでは、美鈴とタルカスが戦っている。
「……ジョースターさん、俺は闘いじゃ役に立てねえが、右腕を溶かす方法がある!」
「奇遇だな。僕は君を闘いに活かす方法を思いついた」
スピードワゴンは、自分の胸に凍ったジョナサンの腕を押し付けた。体温に触れたジョナサンの腕は、急速に解凍されていく。
「なるほど? しかしその間、どうしてこのディオが腕が溶けるまで待つと思うんだ?」
ディオはすでに、二人の鼻先まで迫っていた。
「今だ、撃て!」
銃声。6発の弾丸がディオの脇腹に命中した。しかし、ディオの動きは止まらない。銃弾は命中していたが、触れた瞬間に凍ったのか、貫通せずディオの体表に残っている。
「無駄無駄無駄! 学ばないな……警官隊から学ばなかったのか? 俺には銃なんか……」
「もちろん、分かってる。だが、銃弾は金属だ。金属なら、触れれば波紋が通るんだ。たとえ凍っていても」
ジョナサンの左拳が、ディオの脇腹―正確には、そこに残っていた傷口に叩き込まれた。
「しまった!……とでも言えばよかったか?」
ディオはにやりと笑った。ジョナサンの左腕は凍っていた。
「銃弾越しでも、触れていれば凍らせることはできる。どうだ、手も足もでないだろう?」
「……スピードワゴン、離れろ。君まで凍る!」
ぱきぱき、という音がしたかと思うと、ジョナサンの足にも氷がまとわりついていた。
「
「……詰み? それなら、私と
ディオとジョナサンは声がしたベランダの方を見た。声の主―レミリアは翼を折りたたみ、音もなく着地する。
「いつも貴方がからむと遅刻するわね、ディオ」
「……いや、むしろ歓迎するための準備に時間がかかったからな。ちょうどいい」
流石に背を向けたままというのはまずいと思ったのか、ディオはレミリアの方を向いた。
「もう夜も遅いし、早めに片づけるわ」
レミリアが槍を構えるのを見て、ジョナサンは気がついた。彼女はディオの気化冷凍法を知らない。いくら吸血鬼でも、身体を凍結させられれば身動きが取れなくなる。
「気をつけろ! ディオに触れたら一瞬で凍るぞッ!」
「なるほど、確かに厄介ね」
ディオの攻撃をバックステップで回避すると、レミリアはカウンターを叩きこんだ。しかし、槍はディオの腕を少しえぐるだけで止まってしまう。
「だから、俺には触れられないと言っていただろうが」
引きぬいた槍の先端が凍てついていた。もし数秒判断が遅れていたら、レミリアの腕も同じように氷結していただろう。
「そして、お前の翼は室内じゃあ活かせない……さっき、
レミリアはきょとんとしていたが、やがて口を押えて笑い始めた。
「貴方、この気化冷凍法以外にも切るカードは持っているでしょう?」
「……だったらなんだ?」
「どうして、私の持っている力が翼だけだと勘違いしているのかしら」
(やりづらいですね)
タルカスの地を割るような一撃を紙一重で避けながら、美鈴はそう思った。室内ということもあり、避ける方向が限られるのである。あの攻撃を受け止めることなどできるわけもないので、スペースが無くなれば即、死が待っている。
「お前を殺したら、その目はもらうぞ」
「死人が死人を弄ぶのですか……ぞっとしない話ですね」
美鈴はタルカスの死角に入った。この狭い空間でかわし続けることができるのは前の戦闘でタルカスの片目を潰したことに拠るところが大きい。しかし相手も歴戦の猛者らしく、死角へ回ろうとする相手の動きを読んで引くので、決定打を放つには至らない。
「ちょこまかと逃げおって!」
激昂したタルカスが剣を振りかぶる。縦に振り下ろしてくる―横に回避しようと身を沈めたとき、美鈴の脚ががくりと沈んだ。
「これは……血糊ですか」
敵味方入り乱れる激しい戦闘ゆえ、誰のものかはわからない。しかしその一瞬が命取りになった。タルカスの一撃が、美鈴の左腕を切り飛ばしたのである。
「……ッ!」
美鈴は波紋で痛みを和らげながら、歯を食いしばった。
「ハハハ、次は首だ……」
タルカスはそう言って剣を持ち上げようとする。が、その腕は動かなかった。
「……?」
タルカスの腕に水膨れのようなものができたかと思うと、一気に蒸発を始めた。
「まさかッ! これは……」
「私の勝ちです。あなたの剣を伝って波紋を流し込みました。……私の腕は飛ばされちゃいましたが」
波紋はタルカスの全身を巡り、ゾンビとしての機能を崩壊させ始めた。その顔は憤怒の色に染まり、美鈴をにらみつける。
「こうなったら、せめて貴様を―」
どん。
鈍い音がした。見ると、タルカスの胸から一本の剣が飛び出していた。
「こ、この剣は……裏切ったなブラフォード!」
レミリアと一緒に落ちたはずのブラフォードが、剣でタルカスを貫いていた。
「裏切ったのではない。お前のこの世での務めが終わったことを伝えに来たのだ、タルカス!」
ブラフォードの腕に亀裂が走った。美鈴の波紋が流れ込んでいるのだろう。それでも、長髪の黒騎士は剣を放さなかった。
「GYAAAAAAA!」
断末魔とともに、タルカスは塵すら残さず消滅した。ブラフォードは剣を下ろし、美鈴に一礼した。
「わが友が貴女にした非礼、代わって詫びよう」
「は……はあ。あなたの主はディオでしょ。仲間を殺していいんですか?」
「今の主は、レミリア・スカーレット様。貴女と同じだ」
「な、なるほど……?」
さらにブラフォードの後ろから、3人の見知らぬ男が現れた。真ん中にいる老人がリーダーらしい。
「君がお嬢さんの部下、紅美鈴かね?」
「はい。あなたは?」
「わしはツェペリの師、トンペティだ。ダイアー、ストレイツォ、ツェペリと代わってやれ!」
トンペティがそう言うと、傍にいた二人はツェペリと闘っていたゾンビたちに飛びかかった。
「ツェペリさん! あんたは少し休んでろッ!」
「ああ……すまない、ダイアー」
ツェペリは下がると、トンペティに深々と頭を下げた。
「はるかチベットの山奥から……よく来てくれました」
「お礼はスカーレット嬢に言うといい。彼女のおかげでこの場所がすぐに分かった」
「そうですか……」
「それと、お前の死期が変わっているのも彼女のせいだろう。私が以前告げた、お前がたどるであろう運命はすでに変えられている」
それを聞いたツェペリは、目を丸くした。
「どういうことですか?」
「お前もよく知っているはずだ。石仮面と波紋の力の性質は似ている。生と死、破壊と癒し、呪縛と解放、波紋は生の側、石仮面は死の側にあると言っていいが。……それなら、わしがお前の死期を読んだのと同様に、未来を知る方法を彼女は知っているはずだ。すなわち、スカーレット嬢の本当の力は」
『運命を操る能力』
「……それが私の力。普段は大まかなことしかわからないけど、フルパワーなら、戦いでも使えるレベルには正確になるわ。消耗が激しいから滅多に使わないけどね」
(運命を操る……?)
敵の力の正体がよくわからないが、少なくとも相手は『それで勝てる』と見込んでいるのである。警戒するに越したことはない―ディオは油断なく構えた。
「わからない? まあいいわ。どちらにせよ、貴方が消されるという運命に変わりはない」
レミリアは、一気に間合いを詰めてきた。
「お得意の気化冷凍法だって、結局あなたが意識しなければ凍らせることはできないんでしょう? だったら、意識が追い付く前に、身体をえぐればいい」
槍がディオの右腿をあっさりと貫いた。しかし、この距離なら絶対に「これ」はかわせまい。ディオの瞳孔がぱっくりと4つに割れ、圧縮された体液を射出した。
「それも読み通りね」
レミリアが身を沈めると、致死の弾丸は空を穿ち後方へと飛び去る。そして、立ち上がりざま、槍でディオを斬り上げる。
鮮血が散った。今回も気化冷凍法によるガードは効かない。ここでようやく、ディオはレミリアの能力について理解した。
(やつが読んでいるのは、俺の動きかッ! いや、動作だけではない。俺の精神の動き、周辺の情報、全てをひっくるめた未来を読んでいる……そういうことか)
つまり、レミリアはディオのどの部分に触れれば凍らないか、どう攻撃してくるかをすべて予知して戦っているのである。行動を読まれる以上、彼女の前ではいかなる攻撃も防御も意味を失う。無敵の能力である。
「だが、それだけの計算をするなら脳に相当の負荷がかかるし、何よりエネルギーの消費が激しいはずだ。全開で戦闘できるのは数分といったところだろう」
「……当たりよ。でも、貴方がそれまでもつかしらね」
言い終わるや否や、レミリアの猛攻が始まった。冷凍する間もなく槍がディオの全身を穴だらけにし、腕で防御しようとしてもガードごと弾き飛ばされる。手下のゾンビが背後からレミリアに襲い掛かろうとしても、振り向きすらせずその頭蓋を砕かれた。
(これは……ジョースター邸の時よりも凄まじいッ)
とはいえ、頭部だけは絶え間なく冷凍法でガードしているためレミリアもディオを一撃で葬ることはできない。レミリアが力尽きるのが先か、ディオを削り切るのが先か。人間を軽く超越した戦闘は、ディオにとって無限のように感じられた。
そしてついに、そのときは訪れた。
深いため息が、レミリアの喉から漏れた。爛々としていた眼には陰りがあり、疲労の色が見える。ディオは身体のほとんどがずたずたになっていたものの、まだ立っていた。
「耐えた……俺は耐えきった」
レミリアは押し黙ったまま、攻撃を仕掛けてこない。今の攻めでほとんどエネルギーは残っていないのだろう。
「時間切れだな。お前さえ殺せば……あとは簡単だ」
ディオが近づいても、レミリアは何もしなかった。彼女の持つ槍を掴むと、レミリアの腕も凍り始める。
「……そうね。時間切れよ、ディオ。貴方の負け」
「なに?」
背後に何者かが立つ気配がした。ジョナサンだった。おそらく、レミリアと戦っている間に氷を溶かしたのだろう。手袋に火をつけたらしく、その拳は炎に包まれている。ディオは、それが何を意味するのかを察した。
「まさか……やめろジョナサン!」
「ディオ、これで終わりにしよう」
ジョナサンの拳がうなりを上げ、ディオの背中をえぐった。冷凍法による防御は間に合わず、吸血鬼にとっての猛毒―波紋が体内で弾けた。
「GUAAHHHH! 馬鹿なッ! こんなことがッ!」
ディオはよろめき、テラスに出た。波紋が全身を駆け巡り、吸血鬼としての組織を破壊していく。
「さようなら、ディオ」
遠くからレミリアの声が聞こえた。そして、バランスを崩したディオの身体は、手すりを越え、崖下へ落ちていく。
「馬鹿な……このディオが死ぬ……死ぬのか」
意識が薄れる。間隔が遠のく。何も見えなくなる。静寂がやってくる―
『ウインドナイツロットの謎
12月1日、一夜にして90人が行方不明となった。原因も不明。警察の捜査によると、靴屋ラドクリフ・リドナーが8名のよそ者がある屋敷から出ていくのを目撃した。
彼らのうち一人は何やら奇妙な仮面を持ち出し、ハンマーで粉々に砕いたという。また、その屋敷の所有者であるノーレッジ婦人も行方不明になっており、屋敷から出てきた8人が今回の事件との繋がりがあると見て警察は目下捜査中である。
―ロンドン・プレスより抜粋―』
『ウェストミンスター寺院の怪
12月2日の夜、寺院を巡回していた僧侶が2セットの鎧を発見した。有識者の鑑定によりチューダー朝時代の騎士、タルカスとブラフォードのものだと判明した。メアリー・スチュアートとともに眠りにつきたがっているのではないか?と院長は冗談めかして笑った。
―オカルト・レヴュー1月号―』
『12月盗難届
1,棺 2,硝子容器 3,腕時計 4,ドレス(済) 5,羊3頭 6,係留中の船 7……
―ロンドン警察書類―』
『投資の天才スカーレット嬢
レミリア・スカーレット。今や、株市場で彼女の名を知らない者はいない。わずか一月で3万ポンドを稼ぐという衝撃的な活躍を見せた彼女は、二月には投資から引き揚げ東方へと向かうという。
彼女の保護者であるジョースター卿の命だという説、また東にチャンスを見つけたとする意見もあり、彼女の行動は多くの財界人から注目されている。
―フィナンシャル・タイムズ1月28日の記事より抜粋―』