シリウスライン    作:ながれもの

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松風 悠真は迷っていた。
新人トレーナーにとって、最初の担当ウマ娘は将来を左右する重要な分かれ目でもある。
『伝説のトレーナー』を父に持つ彼にとっては、猶更だ。


そんな彼の元へ、一人のウマ娘が訪ねてくる。


2.心に灯火を

「珍しいね。君が生徒会室を訪ねてくるとは」

 

 ルドルフは相変わらず気品のある笑顔で俺を出迎えてくれた。

 生徒会室の来客用ソファーをすすめられ、腰を落ち着ける。

 テイオーが事あるごとに昼寝に使用するだけあって、座り心地は最高だ。

 程なくして、生徒会副会長のエアグルーヴがコーヒーを持ってきてくれた。

 

「別に気を使って貰う必要はないぜ?」

「そういうな。たとえ知った仲といえども、最高のおもてなしをするのが私たちの誇りだ」

「相変わらずまじめだな」

 

 女帝エアグルーブ。トレセン学園生徒会長であるルドルフの補佐を務めるウマ娘だ。

 一時期はリギルを率いていた親父の下でトレーニングに励み、数々のレースで好成績を残している。

 それだけではなく、多忙を極める生徒会の業務も優れた処理能力で勤め上げている。

 いま、この学園が平穏な環境を保っていられるのは彼女の功績が大きい。

 ……少し融通が利かないのと、眉間の皺が深いのがたまに傷だが。

 

「余計な事を言うんじゃない」

「なんで人の思考を読んでるんだよ?」

 

 ギロリと睨みを聞かせてきたエアグルーヴに顔を引きつらせつつ、淹れてもらったコーヒーを一口すする。

 深いコクに芳醇な香り。ただ苦いだけでない、味わい深い渋みが疲れた脳細胞を刺激してくれる。

 うん。こいつは。

 

「うまいな」

「そうだろう。いついかなる時、どんな来客が来てもいいように準備をしているんだ。高品質なコーヒーを」

 

 同じくコーヒーに口をつけたルドルフが片目をつむり、凄まじいドヤ顔で言ってくる。

 『高品質』と『コーヒー』をかけてのダジャレなのだろうが……。

 

「ん? これも不発だったか? ……やはり君は、父君に比べて冗談の採点が厳しいようだ」

「い、いや、厳しいっていうかなんというか……」

 

 こういう時、俺はいつも親父を憎む。……どうして、こういう雑談系のトレーニングをやらなかったんだと。

 ルドルフの一発ギャグの効果範囲は思いのほか広く、隣に立っていたエアグルーヴにまで及んだらしい。

 額を抱えてふらふらしていた。

 

「どうしたエアグルーヴ。顔色が優れないようだが?」

「い、いえ会長。心配はいりません。それより私は業務がございますので……」

「無理すんなよエアグルーヴ。ベテラントレーナー御用達の飴でも舐めるか? ……少しは落ち着くぜ?」

「いらん……。余計な気を回すな」

 

 青い顔をして、エアグルーヴはふらふらと生徒会室を出て行ってしまった。

 ……あいつはいつもこんな物に付き合わされているのか。同情するぜ、女帝様。

 などと心の中で労つつ。

 

「チームの事なんだ」

 

 俺は本題を切り出す。

 

「テイオーはリギルに入りたがってる。憧れの皇帝様が所属するチームだからな。大好きなカイチョーさんと、いつも一緒に居たいんだとさ」

「そうか。困ったものだね」

「まるで乳離れのできない子供だ。ありゃ」

「おいおい。テイオーは私の子供じゃないぞ?」

 

 ルドルフは苦笑する。

 俺達が契約を結んでから少しの時間が経つが、テイオーの子供っぽさはそう簡単に無くなるものではないらしい。

 あの子の天真爛漫さは人々を引き付ける強力な武器でもあるが、度を過ぎれば呪縛にもなる。

 何よりも、ルドルフにとっても少々不都合なのだろう。いつまでもべったりというのは。

 

「派手に啖呵を切った程度じゃ治らないんだろうな。『シンボリルドルフ好き好き病』は」

「やめてくれ、妙な病名をつけるのは。むず痒くなってしまう」

 

 顔を赤らめるルドルフの表情は珍しい。いいモノが見れたとちょっと満足げになる。

 

「まあ、何はともあれだ。テイオーには悪いが、リギルに入るわけにはいかない。というか……」

「入る事は出来ない。御父上の……松風トレーナーの遺言でね」

 

 遺言。ルドルフの言葉に生徒会室の空気が若干重くなる。

 ……そう、遺言だ。

 皇帝シンボリルドルフを育て上げるだけでなく、彼女が運営する生徒会へも大いに助力。

 さらにはリギルを立ち上げ、これからという所で……。

 

 俺の親父は帰らぬ人となった。

 

 今俺の目の前にいるシンボリルドルフと彼女が所属するリギルは、親父の忘れ形見のようなものだった。

 だが、いずれ俺がトレーナーになる事を見越していたのか、リギルを引き継ぐことになる老齢のトレーナーに告げていたのだった。

 『絶対、悠真をリギルのトレーナーにするな』っと。

 

「一番大事な時期に居なくなった癖に、妙な所でキチンとしやがって。あのクソ……」

 

 クソ親父。その言葉を俺は飲み込んだ。

 向かいに座るルドルフが……。あの泰然自若を絵にかいたような皇帝シンボリルドルフが、今にも泣きだしそうな程悲しげな表情でうつ向いていた。

 俺は奥歯を噛みしめ、拳を握りしめる。

 

「悪い」

「いや、私こそ済まない。……あの人がいなくなってから、もう何年も経つのに」

 

 無敗の3冠ウマ娘といわれるルドルフだが、すべてが順風満帆だったわけではない。

 絶対的な強者、皇帝シンボリルドルフ。

 世間からは完璧な超人とみられそうなウマ娘ではあるが、彼女も彼女で、多くの悩みや壁にぶち当たってきた。

 それを常に隣で支えてきたのは他でもない俺の親父である。

 常に二人三脚で歩み、レースを勝ち進み、夢へと邁進する。そんな最中だったのだ。

 親父がルドルフを置いて、いなくなったのは。

 

「こんな顔、皆には見せられないな」

 

 目をこすり、落ち着いた表情を見せるルドルフ。本当に強いウマ娘だ。

 対する俺は、親父に対する怒りで腸が煮えくり返りそうなのに。

 

「話を元に戻そう。それで、君はシリウスへの所属を考えているんだね」

「あ、ああ……」

 

 ルドルフはまだ生徒会の会長を務める学生であるが、この業界に関していえば俺よりも先輩だ。

 俺の要件を言わずとも察していた。

 

「ぶっちゃけ、俺もリギル所属のトレーナーになるつもりはハナからなかった。テイオーには悪いがな」

「ただ、テイオーが君のいう事を大人しく聞くかどうか」

「まあ、見方によっては筋が通らない話だしな」

 

 テイオーはメジロマックイーンとチームメイトになる事を拒んでいる。

 一方、俺は親父の作ったチームに入る事を拒んでいる。

 すなわち、どちらの我が儘が通るかの状態ということだ。

 そして、俺は自分の我が儘を事もあろうかテイオーに対する最後の切り札を用いて通そうとしている。

 我ながらずるい手だと思うが、テイオーにいう事を聞いてもらうにはこれしかないと思う。

 

「わかった。テイオーには、私からも話をしておくよ」

「いいのか?」

 

 本当にこの皇帝様は空気を読む力がずば抜けている。

 冗談のセンスは酷いものだが、周りに対する気遣いっぷりは脱帽ものだ。

 ルドルフは小さく笑う。

 

「君のずる賢さは感心しないがね」

「……ああ。俺もまだまだだよ。未だに、テイオーには振り回されっぱなしだ」

 

 俺は肩を落として、生徒会室の窓から見える雲を眺める。

 そろそろ日が傾き、茜色に染まっていた。

 ……あの日、テイオーに見つかった日も、こんな空の色だったな。

 そんな事を思うのだった。

 

 

 

 

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「どうすっかなあ」

 

 三女神の像がある広場。人通りの少ない時間帯はここが一番落ち着く。

 俺は何をするでもなく、ベンチに座り、女神の像を眺めていた。

 選抜レースから数日たったが、いまだに誰を担当するか決めあぐねていた。

 あの日見たウマ娘達は誰しもが輝くものを持っていた。

 しかし、スカウトへ向かう気がどうしても起きない。不思議なほどに。

 トレーナーとなったからには誰かひとり、担当ウマ娘を見つけるか、既存のチームに入りサブトレーナーとして経験を積むなど、何かしらのアクションを取らなければまずいのだが。

 

「……火がつかねえな」

 

 購買部で買った蹄鉄の文様が入ったロリポップを咥えてぼんやりしていた。

 何かもやもやしている時に、これを咥えると頭がすっきりすると、お世話になっている先輩トレーナーに教わった。

 だが、そういうものは人を選ぶようで、俺の心は燻ったままだった。

 生憎俺のやる気は、甘いものを食えば上がるほど単純ではないようだ。

 

 ――全てのウマ娘が安心できる世界を作る! それが俺の夢だ!!

 

 空を仰いで腕で目を隠し、ため息のように息を漏らすと、親父の言葉が脳裏に浮かんだ。

 若い時から様々なウマ娘を担当し、その殆どをスターの座に押し上げた敏腕トレーナー、その全盛期はシンボリルドルフを担当するようになってからだと思う。

 世間では無敗の3冠ウマ娘を育てたトレーナーとして、世間からは大いに称賛されたものだ。

 けれど、親父に活力を注ぎ込んだのは、そんな形のある名誉ではなかった。

 

 ――悠真!! 今度俺と組んだウマ娘!! めちゃくちゃ面白いんだぜ!!?

 

 ルドルフと契約を結んだ日、子供だった俺以上に、目を輝かせて嬉しそうにしていた。

 なのに……。

 

「なんでいなくなるんだよ……」

「誰がいなくなったの?」

 

 突然の声に俺は文字通り飛び上がった。

 それまで座っていたベンチのそばには小柄なウマ娘が一人立っていた。

 

「トウカイテイオー……」

「ヤッホー。やっと見つけた」

 

 独り言を聞かれていささか戸惑っている俺を見て、トウカイテイオーはニシシと悪戯っ子のように笑う。

 咳ばらいをして誤魔化し、俺は彼女と向き合った。

 

「何か用か?」

「む、なんだか冷たい反応だなー。折角、スカウトご指名No1のワガハイが声をかけてあげたのに―」

「悪いが忙しいんだ。要件があるなら早く言えよ」

「えー、なんだか暇そうだったけどなー。 って、ああ、ウソ! ウソだって! そんなスグへそを曲げないでよ!!」

 

 苛立ちを覚えてその場を去ろうとした俺の腕をトウカイテイオーが引っ張る。

 舌打ちしそうになるのを堪えてその場に留まり、改めて向き直る。

 

「で、なんだ? もしかして、契約の話か?」

「そう! ケーヤクの話! カイチョーがさ、トレーナーはキチンと考えて選べっていうから、凄く考えたんだよ? でも、誰もなんだかピンと来なくて、悩んでたらさ。カイチョーが君を紹介してくれて」

「ルドルフが?」

「そう! 君、カイチョーを担当したトレーナーさんの息子さんなんだよね!!」

 

 ルドルフの奴……。トウカイテイオーに見えないように奥歯を噛みしめる。

 そんな俺の腕を、トウカイテイオーが何処か連れて行こうとしきりに引っ張る。

 

「ね。どうせ暇なら、ボクの実力を見てよ!!」

 

 その瞳は、どこかで見た誰かのモノのように、キラキラと輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 トウカイテイオーに引きずられるようにして、俺はグラウンドへ連行されていった。

 小柄なウマ娘は、「さあ、なんでもコイ」と言わんばかりに胸を張って見せる。

 てか、 

 

「実力を見る方法は俺が考えるのね……」

「そ! だって、その方がボクの力を見せつけられるからね! なんでもできるテイオー様って!」

「ほう。つまり、なんでもやるって事だな」

「……言っとくけど。意地悪なことしたらカイチョーに言いつけるから。よろしくー」

 

 脳裏に、雷をバックに仁王立ちするルドルフの姿を思い浮かべる。

 触らぬ皇帝に祟りなし。

 ここは大人しく話に乗っかっておくか。っと、いうことで。

 

 

 

 

 

 

「ねー。もう終わり? ボク、まだまだ全然いけるよ?」

「……マジかよ」

 

 適当に用意した練習メニューだが、目標を平均値よりも大分高めに設定してみたが、トウカイテイオーはそれを遥かに上回る結果を残して見せた。

 選抜レースの時に感じていたが、やはり彼女の身体能力はずば抜けている。

 俺が呆気にとられている様が気に入ったのだろう、トウカイテイオーはふふんっと得意げに笑い。

 

「それで、もう終わりかな? もう、クールダウンしちゃう?」

「……な、なんかムカつくな、その表情」

「へへーん! いい気味だね。会長に聞いたよ? ボクのレースを見た後、なんて言ったか」

 

 ルドルフ!! あいつマジで何のつもりなんだ!!?

 驚愕する俺に背を向けるトウカイテイオー。

 普段のあどけない表情から一転、演技をする俳優のようにキメ顔を作り。

 

「『火がつかねえんだよ。ここに』」

 

 とんとんっと、胸を叩いて見せる。

 俺は思わず顔が赤くなった。

 やられて分かるんだが、気分に酔ってやってしまった気取った振舞をまねされるのは最強に恥ずかしい。

 わなわなと震える俺を見て、トウカイテイオーは勝ち誇ったかのようにニヤニヤしている。

 

「このテイオー様を前にして、よくもこんなセリフを吐くよねー。もう一回やってあげようか?」

「もういい。やめてくれ」

「いえーい、ヤリー!!」

「……何がいえーいだよ」

 

 どうやら選抜レースで俺が言ったことを相当根に持っていたようだ。

 自分の実力をまざまざと見せつけた後、辱めを浴びせる。そうしてささやかな報復を達成したトウカイテイオーは何とも満足気だった。

 

「それでー、どうする? 今ボク、最高に気分がいいから特別サービス。もうちょっとだけ、テイオー様の実力、見せてあげてもいいよ?」

「……」

「あー! 今舌打ちした!!」

「うるせえな!! ああ、もう、わかったよ!! ……じゃあ、芝2500。そいつを一本走ってみろ」

「2500m? にしし、ボクの一番得意な距離だね。よーし」

 

 どうやら、自分を邪険に扱った俺の事が相当気に入らなかったらしい。

 不覚にも、予想外の実力に驚いてしまった俺を見て味をしめたのだろう。ここぞとばかりに実力を見せつける気だ。

 いいだろう。そこまで徹底的にやる気なら俺だって考えがある。

 新人ではあるがこっちもプロのトレーナーだ。

 その観察眼をもって、タイムが仮によかろうとも、フォームが崩れてるだの、あれじゃケガするだの、重箱の隅を楊枝でほじくるようにいちゃもんをつけてやる!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴール!!! ねね、タイムは?」

 

 鮮やかに駆け抜けた後、疲れをまるで見せず、テッテッテーっと駆け寄ってくるトウカイテイオー。

 俺はがっくりと項垂れて、言った。

 

「2分34秒……」

「お、自己ベスト更新!! やったね!! って、なに項垂れてんのさー!!」

 

 いちゃもん? なにそれ? こいつの走りにそんなもん突っ込む余裕ある?

 トウカイテイオーの走りは素晴らしいの一言では形容しきれない。

 軽やかで、美しく、カッコいい。そんな無数の言葉が次々と浮かんでいき、

 

「ああああああああああ!! 腹立つ!!! 素直にすげえって思っちまう自分に腹が立つ!!!!」

「なんだよそれえ!! 凄いなら凄いって、素直に褒めてくれればいいじゃん!!」

「嫌だね!! ぜってえ褒めねえ!! 意地でも褒めてやらねえ!!!」

 

 もうここまで来たら殆ど子供の喧嘩である。だが、俺は完全に意地になっていた。

 自分よりもはるかに小柄なウマ娘とにらみ合う。

 ふと、トウカイテイオーの目が、ウルウルと潤みだす。

 

「……ひ、ひどいよ。なんでそんな意地悪するのさ?」

「へ?」

 

 あろうことか、トウカイテイオーは最終兵器『女の涙』を繰り出してきた。

 大きな瞳から、次々と大粒の涙がこぼれ、細い肩がフルフル震える。

 全身の血が凍っていくく感覚を味わう。

 

「お、おい。それはいくら何でも卑怯だろ? ……何も泣く事」

「……ウー! カイチョー……」

「困るな、トレーナー君。 将来有望なウマ娘を泣かせてもらっては」

 

 凍っていく体に、稲妻が走る。

 俺は声がした方向に、ギギギっとさび付いた音を立てながら顔を向ける。

 

「ル、ルドルフ??」

「話を聞かせてもらおうか? 松風トレーナー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「気持ちはわからないでもないが、そんなに意気地になる事ないだろう?」

「……ハイ、スミマセンデシタ」

 

 俺は正座して反省させられた。ハンチング帽の下で、タンコブが出来上がっているのを感じる。

 親父が担当をしていたウマ娘という経緯から、俺達はそこそこの付き合いがあり、年は大分近い。

 昔は俺がやんちゃをすると、叱ってくる、姉のような存在であった。

 

「全く。君たち親子は、そろって落ち着きがないというか。困ったものだね」

 

 そして、親父もよくルドルフに怒られていたらしい。

 それはともかく、トウカイテイオーはルドルフの後ろに隠れて、あっかんべーと舌を出してくる。

 もしかして、ウソ泣きをしたのかこのガキ!!

 コメカミに血管を浮かべて睨みつけると、「カイチョー怖いよー」とルドルフの陰に隠れてしまう。

 

「トレーナー君。私が推薦したウマ娘を、あまりイジメないでくれないか?」

「どっちかといえば、俺のほうがいじめられてる気がするんですが?」

「まあ、それはともかく」

 

 強制的に終了されました。

 

「テイオー。さっきの走り、見事だったな。2500といえば中山の有マ記念の長さだな」

 

 トウカイテイオーの頭に手を置き、ルドルフは微笑む。

 それを、ちぎれそうな程尻尾を振って喜ぶトウカイテイオー。

 

「おいルドルフ。お前ちょっと甘やかしすぎじゃないか?」

「気のせいだ。トレーナー君」

 

 自然とスルーするルドルフ。

 ひとしきり、トウカイテイオーの機嫌を取った後、俺に向き直る。

 

「そうだ、トレーナー君。私のタイムも計ってもらえないだろうか?」

「ん? お前の?」

「ああ。頼めるかな?」

「……ああ。いいぜ」

 

 突然の提案に呆気にとられる。このタイミングでわざわざ計ってくれなど、まるでトウカイテイオーに勝負を挑むような感じだ。

 そのトウカイテイオーは暢気にも、「カイチョーの走りが見れるの?」と、ウキウキしている。

 ルドルフの意図が分からないまま、俺はストップウォッチの用意をした。

 

 

 

 

 

「2分32秒……」

 

 生唾をごくりと飲む。

 先ほどのトウカイテイオーのタイムをさらに二秒縮めてきた。しかも、ほとんど疲労の色を見せていない。

 ここに来るまでにトレーニングをしていたであろう、それにも関わらずだ。

 彼女にはまだ余力がある。

 悠然と立つシンボリルドルフの姿の向こうに、父親の影を見えた。

 

「トレーナー君」

 

 ルドルフの視線が、俺の右目に落ちる。

 そこで気が付く。

 無意識のうちに力を籠め過ぎていたのだろう。ストップウォッチの液晶画面にヒビが入っていた。

 

「会長。ボクより2秒も早い……」

「ああ。そうだな。テイオー、君の敗北だ」

 

 ぼんやりというトウカイテイオーに、ルドルフは声を少し低くして伝えた。

 だが、

 

「うん! やっぱりカイチョーはすごいや! さっすが、最強のウマ娘だね!」

 

 トウカイテイオーはキラキラと目を輝かせる。

 憧れである皇帝の実力を間近で見れて感激していると言う感じだ。

 そこに「悔しさ」と言う感情は一切な。

 

「……それだけか?」

 

 ルドルフの真剣な表情に少し気圧されるトウカイテイオー。

 そんな彼女に、再び静かに語りかける。

 

「今君は、敗北したんだぞ? ほかに、何も感じないのか?」

「……ほかにって、……カイチョーは最強のウマ娘で、やっぱりすごいなーって」

「そうか。もういい」

 

 ほんの少しだけ見せた厳しい表情から一転、いつもの穏やかな顔に戻り、

 

「テイオー。クールダウンに少し外を走って来てはどうだろう?」

「え? あ、うん。分かった。 またね、カイチョー」

 

 ルドルフの見せる表情に安堵したのだろう。トウカイテイオーはぱっと顔を輝かせて、かけていく。

 途中、俺の事を見ると、プイっとそっぽを向いて駆けて行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「君を紹介して正解だったよ、トレーナー君。早速、仲を深めてくれていたようで」

「どこをどう見たらそういう風に見えるんだよ」

 

 トウカイテイオーを見送った後、俺はジロリとルドルフを睨みつける。

 

「お前の告げ口で酷い目にあったんだぞ? とんだ災難だったぜ」

「それについては謝罪する。だが、私としては是が非でも、君に彼女を担当してもらいたいと思っていてね」

「なんでそこまで」

「君は、今のテイオーにない物を持っているからだ」

 

 今の俺にあって、トウカイテイオーに無いもの。

 ルドルフは、今までのやり取りで、俺達に何を見出していたのだろう?

 

「ところで、先ほどテイオーに聞いた質問を君にも問いかけたい。君は、私の走りを見て、どう思った?」

「それ、言わなきゃダメか?」

「……いや、いい。十分すぎるほどわかったよ」

 

 ルドルフは安心したかのように腕組みをする。そこそこ付き合いがあるせいだろう、俺が言わんとしている事を感じ取ってくれたようだ。

 お前の走りの向こうに偉大な親父様の影が見えてムカつきました。なんて、声に出して言いたくはなかった。

 

「今、君は御父上の影に翻弄されている。そして、その影を振り払う方法がわからなくて前に進めなくなっている。違うかな?」

「驚いたな。皇帝の他に名探偵って称号がくっついてきそうだ」

「茶化してくれるな。……まあ、そんな君の手助けになればいいと思って、テイオーの事を推薦したんだ。君の担当ウマ娘にね」

「どうして?」

 

 それには答えず、ルドルフはトウカイテイオーが走っていった後を見据えて、穏やかに微笑んでいる。

 

「トレーナー君。質問の答えの代わりと言っては何だが、一つ頼みごとを聞いてもらえないかい?」

「面倒な事はごめんだぜ?」

「そんなに難しいことじゃないよ。近々、私はテイオーと模擬レースをしようと思ってるんだ。そこに、是非来てもらいたい」

「なんだと?」

 

 模擬レース。読んで字のごとく、トウィンクル・シリーズのレース条件を再現し、その大舞台になれる事を目的としたトレーニングだが、学園の生徒が集まる本番さながらの大規模なイベントでもある。

 シンボリルドルフは走るとなると、その話題性はさらに高まる事だろう。

 可愛い後輩を鍛えるために、先輩ウマ娘がレース相手になるという話はよく聞くが、ルドルフが俺を招待する意図が分からない。

 

「何を企んでる?」

「企んでるなんて、人聞きの悪い」

 

 ルドルフは苦笑し、まっすぐ俺を見据える。

 まるで後輩を導く、先輩トレーナーのように。

 

「私は確信しているんだ。必ず為になる。テイオーにとっても。君にとっても……」

 

 俺はそれ以上、何も言えなかった。

 

 

 

 

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