シリウスライン    作:ながれもの

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突然勃発した、シンボリルドルフ対トウカイテイオーの模擬レース。
その結果は、若きウマ娘と新人トレーナーに何をもたらすのか。




3.足りないもの

「なあ、テイオー。いい加減機嫌直せよ」

 

 トレーニング用のターフ。テイオーはそこで念入りにストレッチをする。

 俺の事は完全に無視し、頬を膨らませてそっぽを向いている。

 こうなってしまうと、しばらくは元に戻ることはない。

 

「なんだか、すまなかったね。松風」

 

 その様子を見かねてた星崎が声をかける。俺は首を横に振り、

 

「いいんだよ。俺個人は前向きに検討していたんだ。シリウスに入るの」

「そうか。助かるよ……でも」

 

 俺と星崎は並んで練習用ターフへ目を配らせる。

 そこには二人のウマ娘が立ち並び、ピリピリとした緊張感を漂わせている。

 一人は俺の事に無視を決め込んでいたトウカイテイオー。

 そしてもう一人はメジロ家の令嬢、メジロマックイーン。

 

「二人とも。あまり無理はしないように、軽くでいいからね」

 

 星崎はそう言った後、スタートの合図を二人のウマ娘へと送る。

 そして、

 

「……軽く。とはいかないみたいだな」

「やっぱり、言うことを聞いてくれないか」

 

 テイオーとマックイーンはさながら本番のレースのような勢いで駆け抜けていく。

 その様を見た星崎はははっと、困ったように頬を掻いた。

 

「ありがとう、松風。合同練習を引き受けてくれて」

「いや、礼を言うのはこっちのほうさ。いい加減、トレーニングのネタが切れかかって、アイツに退屈な想いをさせていた所だったんだ」

 

 ウマ娘のトレーニングは、一人でやるよりも二人、三人と複数人で組ませるほうが効率がいい。

 学園内にチームという単位が存在する理由はそこにある。

 

 

「一人でできる事には限界があるからね」

「常に練習相手がいるってのは、チームの大きな利点だよな」

「だけど今の所、シリウスのメンバーはマックイーン一人だけだ。大事なレースも近くて、正直いい相手がいなくて困っていた所だったんだ」

 

 ターフを二つの影が風のように駆け抜けていく。

 なかなかお互い心を許すことのないテイオーとメジロマックイーン、だがその存在はお互いの中に眠る力を常に刺激している。

 そして何よりも……、

 

「楽しそうだな。あいつ等」

「そうだね」

「お前が俺達を勧誘したのは、これが理由だったのか?」

「新人の浅知恵だけどね。ライバルが常に近くにいるのはとてもいいことだと思ったんだ。ウマ娘を最も成長させるのは、理論で固められた育成マニュアルじゃない」

「互いを高めあう宿敵……か」

 

 俺がトレーナーとしての知識を身に着ける中、最初の頃に教えられた事だ。

 ウマ娘は一人で強くなるには限界がある。

 その限界を打ち壊すのは、いつの時代でも互いを高め、共に歩むライバルなのだ。……っと。

 

「マックイーンは未だに認めたがらないけどね」

「テイオーもだよ。んで、あまりにもイヤイヤするもんだから、ルドルフに協力を求めたんだが」

「手痛いしっぺ返しを食らった。ってわけだね」

「……ああ」

 

 俺は頬に張られたバンソーコーをポリポリと掻くのだった。

 

 

 

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「ふーん。来たんだ」

 

 シンボリルドルフとトウカイテイオーの模擬レース。

 学園最強である生徒会長と、期待の新星の一騎打ちとの事で、決戦場所は大勢の見物人で賑わっている。

 さながらトウィンクル・シリーズのような盛り上がりの中で、俺はトウカイテイオーに声をかけた。

 それに対し、正にお手本のようなジト目での冷たい視線が返ってくるのだった。

 

「調子はどうだ?」

「ボクを誰だと思ってるのさ! もちろん絶好調! 今日もバッチリ勝って、みんなの称賛を独り占め……って」

「どうした?」

「へ!? う、ううん。何でもない」

 

 浮かれていたトウカイテイオーだが、レースが近づくにつれて実感が湧いてきたのだろう。

 そう、今日の相手は皇帝シンボリルドルフなのだ。

 絶対的憧れの対象が、今日は彼女の対戦相手。トウカイテイオーは押し黙ってしまう。

 

「ボク、もう出走準備に行かないと」

 

 先日の一件に対する嫌味の一つでも飛んでくるかと思ったが、今の彼女にはとてもじゃないがそんな余裕はなかったのだろう。

 俺から逃げるように、トウカイテイオーはレースの準備へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 大歓声の中、レースは終わった。結果は予想通り、シンボリルドルフの圧勝だ。

 レース中盤、徐々に差を詰めてきたトウカイテイオーだったがすぐに引き離され、最後の直線でもその差は縮まるどころか更に開いてしまい、大敗を喫することになった。

 観客から大声援が上がる。

 ここに集まる全ての者たちが、絶対なる強者シンボリルドルフを見ていた。

 

「よお……」

 

 俺は柵に身を預け、トウカイテイオーに声をかけた。

 膝に手をついて息を荒げている彼女は俺の睨みつけ、

 

「なに? ボクのこと笑いに来たの?」

「んー、そうだな。ひょっとしたら負けて泣いてるかもなーって」

「泣く分けないじゃん! だって、相手はカイチョーなんだよ? すっごく強くて、すっごくカッコよくて、ボクの……憧れの……」

 

 強がっていたトウカイテイオーの声がか細くなっていく。

 シンボリルドルフに捧げられる大声援。いま、誰一人としてトウカイテイオーを見る者はいない。

 そう、誰一人、敗者を見る者はいないのだ。

 

「……大したもんだな、アイツ。って、おい!!」

 

 トウカイテイオーはこの場から逃げるように走り去っていく。

 呼び止めようとした時、声が聞こえた。

 

「頼みを聞いてくれた事、礼を言うよ。トレーナー君」

 

 ルドルフが、俺の傍に立っていた。

 

「ああ。確かに見届けたぜ」

「それで、君はどう思った?」

「なかなかえげつないことするじゃないか」

 

 少し意地悪く笑って見せると、ルドルフは苦笑する。

 

「私なりに考えての事だ。荒療治なのは重々承知している。だが、こうまでしないと、テイオーは折角の才能を埋もれさせてしまう。それは余りにも不幸だ」

「随分かってるんだな。あの子の事」

「少し、えこひいきが過ぎるのも、自覚はしている」

 

 テイオーが去って行った後を、目を細めてみているルドルフをみて、俺は笑った。

 

「嬉しかったんだな。目標にしてもらえた事」

「ああ。……全てのウマ娘を導く者として、これほど名誉なことはない」

 

 ルドルフが日本ダービーで二冠を手にしたあの日、トウカイテイオーは記者会見の場で言ったのだという。

 「シンボリルドルフさんのような、カッコいいウマ娘になります」と。

 親父は、その日、ルドルフがそう言われた事を、自分の事のように喜んでいた。

 

「トレーナー君。彼女の事、頼んでもいいかな?」

 

 なぜ、ルドルフがトウカイテイオーを俺に推したのか。

 理由は定かではない。

 その答えを聞くことは出来たのだが、もう、そんな事はどうでもよくなっていた。

 

「わかったよ」

 

 俺はただ、頷くだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、俺はトウカイテイオーを探した。だが、なかなか見つけることは出来なかった。

 根気よく聞き込みをしていく内、よく学園付近の公園でランニングをしているという情報をつかんだ。

 そして、

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 姿を見つける頃には、夜はすっかり更けこんでいた。

 

「よっ」

 

 俺はジャージ姿で汗を流しているトウカイテイオーへ声をかけた。

 

「……君か」

 

 俺の姿を見て帰ってくるのは、反発心でもなければ嫌悪感もない。

 ただ、疲労からくる気の抜けた返事だった。

 

「こんな時間に、何やってるんだ?」

「別に。……いま、君にかまってあげる気分じゃないんだ」

「あげるって、随分上から目線だな」

「どうだっていいじゃん、そんな事。 じゃあね……っ!?」

 

 走りだそうとしたトウカイテイオーの足がもつれ、その体が傾く。

 咄嗟にそばに駆け寄り、その体を支える。

 

「おい。脚が震えてるじゃねえか」

「こんなの大したことない。離れてよ! ……あ?」

 

 トウカイテイオーは俺の体を突き飛ばした反動で尻もちをついてしまった。

 勢いは弱く、倒れるというよりは崩れ落ちるような感じだ。

 だが、楽観することは出来ない。

 明らかなオーバーワークで、体が悲鳴を上げているのが一目で見てとれる。

 

「これ以上無理をするな! 足が使い物にならなくなるぞ?」

 

 さすがに俺もふざけた態度はとれない。トレーナーとして、これ以上は見過ごすことは出来ない。

 俺はトウカイテイオーを助け起こそうとする。

 だが、その手は振りほどかれた。

 

「うるさいな、ボクのこと馬鹿にしていた癖に!!」

「……いや、馬鹿にしたっていうか、あれは」

「もうほっといてよ!! ボクのトレーナーになんかなる気ないくせに!!」

 

 精一杯の拒絶の態度と言葉に、俺は胸を突き動かされた。

 ……こんな状態のウマ娘を前にして、ほおっておけだって?

 

 

 

 

 

 

 

「ほっとけるわけねえだろ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 反射的だった。

 ただ、激情にかられるまま、自分でも信じられないほど大きな声を上げてしまった。

 まるで、心に火が付いたかのように。

 

「……な、なんだよぉ……」

 

 俺はハッとした。トウカイテイオーがぐずりだす。

 

「……なんだよぉ。 怖い顔しないでよぉ……」

 

 さっきまで、興奮でピンっと立っていた耳がへにゃりと倒れる。

 トウカイテイオーは、グスグスと泣き出してしまった。

 今度はお試しトレーニングの時に見せたものではない、本当の涙だった。

 

「悪い」

 

 俺は謝った。トウカイテイオーを想うっての事とはいえ、怖がらせてしまった。

 こういう時、どうすればいいのだろう?

 分からないまま、俺はトウカイテイオーの隣に膝をつき、壊れ物を扱うように慎重に彼女の背中をさすった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからの時間は随分長く感じた。

 泣き出してしまうウマ娘の対応については、トレーナー研修のプログラムでは大したことは学べなかった。

 簡単なメンタルケアの講習は受けたが、それが効果を成すのは疑わしい者だと、俺の先生は笑っていた。

 

「落ち着いたか?」

 

 無責任に『習うより慣れろ』と得意げに言っていた講師の顔を思い浮かべ、心の中で蹴りをぶち込んでおいた。

 公園の暗闇を照らす電灯の下、俺とテイオーはベンチに並んで座っていた。

 あれから、背中をさすり、頭をポンポンと叩くなど、ありとあらゆる手段を講じてなだめていた。

 その甲斐はあったようだ。

 

「うん……。ありがと」

 

 テイオーは、目元を拭った。

 

「ねえ。ボク、まだわからないんだ」

「わからない? 何が?」

 

 落ち着きを取り戻したテイオーは、静かに話し出した。

 そこには、俺に対する反発心や嫌悪感はみじんもない。

 頑なに閉ざしていた心を開いてくれているような感覚があった。

 

「カイチョーはね、ボクの憧れなんだ。誰よりも強くて、早くて、カッコいいウマ娘。見るレースは全部一着でさ」

「ああ、知ってる。俺も見ていたんだ。傍で」

「君のお父さんが、カイチョーのトレーナーだったから?」

「ああ」

 

 実の所、ルドルフは俺にとってもヒーローだ。いかなる時でも堂々と、貫録を放ちながら勝利を積み上げていく。

 レースに絶対はない。だが、シンボリルドルフにはあると言わしめるほど、完璧なウマ娘だ。

 俺とそう年は離れていないのに、

 

「かっこいいよなあ。アイツ」

「ウン。カイチョーはね、ボクの目指す姿そのものなんだ。でも……」

「でも?」

「変なんだ。今日だって、いつも見たカイチョーなのに。……みんながカイチョーの事を褒めている時、ボクどうしようもないほど、胸がイガイガしたんだ」

 

 テイオーは自分の胸に手を押し当てる。

 そうか、ルドルフは今テイオーが抱いている感情を伝えるために、模擬レースを申し込んだのか。

 

「そのイガイガが辛くて、めちゃくちゃに走りこんでいたんだな」

「……うん」

「そのイガイガはとれたのか?」

「ううん」

 

 テイオーが首を振った後、沈黙が流れる。

 

「君は、わかる? このイガイガが何なのか?」

「……そうだな」

 

 思い当たる節はある。だが、それが当たっているかどうかは確証は持てなかった。

 

「多分、俺の口から言っても、そこに価値はないんだと思う」

「それって、自分で見つけなきゃいけないってこと?」

「そういう事だな」

 

 俺はふっと笑って、腰を上げる。

 

「さあ。寮までおくるぜ。門限はとっくに過ぎてるだろ? 一緒に謝ってやるよ」

「うん。……それと、あのね」

「なんだよ?」

「ごめんね。酷いこと言って」

 

 唐突に出たテイオーの言葉に俺は目を丸くする。

 どうしたのだろうか? オーバーワークで熱でも出てしまったのだろうか?

 だが、言葉はぐっと飲みこんだ。

 いま彼女は、大切な事を話している。茶化すようなセリフを吐いてはいけない。

 

「気にすんなよ。俺だって、意気地になってお前の事コケにしちまったし」

「……それだけじゃないんだ」

 

 テイオーは沈んだ面持ちでベンチに座ったまま項垂れる。

 

「ボク、キミの事全然見てなかった。声をかけや理由だって、会長に言われたっていうのもあるんだけど、それ以上にさ……」

「ルドルフを担当したトレーナーの息子、だからか?」

「うん……」

 

 申し訳なさそうに頷く。

 

「ボク、君の向こうに見える、カイチョーのトレーナーさんばかり見て。キミがどんな人なのか全然興味を持とうとしなかった。キミが怒るのも当然だよね」

「怒ってねえよ。お前が俺の事をそういう風に見てたのだって、ぶっちゃけ今初めて知ったし」

「でも、やっぱり呆れちゃうよね。キミがボクを認めないのも当たり前だよね」

 

 せっかくなだめたのに、テイオーはまた泣きそうになる。

 俺は膝をついた。

 

「テイオー」

 

 視線をテイオーよりも下に合わせ、じっと彼女の瞳を見据え、ルドルフと同じ呼び方で名前を呼ぶ。

 今度は、激情も何もない、穏やかな顔で。

 

「この前、俺に見せた芝2500の走り。めちゃくちゃ凄かったぜ」

「でも、カイチョーには全然かなわなかったよ? 2秒も遅かったんだよ?」

「タイムなんざ大した問題じゃねえよ。そんなもん、ここから先、いくらでも縮めることができる。だって、まだお前はスタートラインにすら立ってないんだから」

 

 テイオーはまだトウィンクル・シリーズを走りだしていない。彼女の真価が発揮されるのはこれからなのだ。

 俺はテイオーの手を取り、そっと握る。 

 

「俺の方こそ悪かったな。つい意地になっちまって、素直になれなかった。テイオー、お前は凄いウマ娘だよ」

「……ホントに? ……嘘じゃない?」

 

 テイオーの目から、再び大粒の涙がポロポロこぼれる。

 俺は頷いた。

 

「ああ。嘘じゃない。……もう、火はついていたんだ。ここにな」

 

 そう言って、俺はトントンと自分の胸を拳で叩く。

 それとキョトンと見たテイオーは、ようやく笑顔を作った。

 

「また、そんな気取ったこと言って」

「……いいだろ? 別に」

 

 それから、もうしばらく、テイオーは泣き続けた。

 

 

 

 ……俺がテイオーを寮まで送ったのは、それからさらに時間が経った後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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