シリウスライン    作:ながれもの

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シンボリルドルフに敗北を喫した帝王。
彼女はそこから、ウマ娘として大事なことに気づこうとしていた。


4.センセンフコク

「ボクの方が早かった!」

「いいえ、ワタクシです!」

 

 テイオーとマックイーンはどちらが最初にゴールしたかで言い合っていた。

 レース形式のトレーニングをやったわけじゃないんだがな……。

 ほとんど貸し切り状態のターフの上で、二人のウマ娘がやいのやいのと言い合いを続けている。

 俺と星崎は仕方なく、喧嘩の仲裁に入ろうとそれぞれの担当ウマ娘の傍に行ったのだが。

 

「トレーナーさん! 今のはワタクシの勝ちでしたわよね?」

「ど、どうだったかな? ほとんど二人同時だったからね。写真判定じゃないとわからないかも」

 

 真っ先に自分のトレーナーにぐいぐい詰め寄るメジロマックイーン。

 ものすごい剣幕で迫られ、たまらずタジタジになってやがる。

 相変わらず、尻に敷かれている様子だった。

 

「おいテイオー。いっただろ? これは勝負じゃなくてぐほッ!」

 

 俺は俺で、ご機嫌斜めなテイオーのパンチを腹に思いっきり食らうことになる。

 姿は可愛らしい少女でも、パワーは人間のそれを遥かに凌駕するこの攻撃力。

 ……俺じゃなかったら死んでたかもしれない。

 

「ふんだ! トレーナーなんて知らないもん!」

「俺がルドルフに口添えしたの、やっぱり気に入らなかった?」

「当然じゃん! ボク言ったよね? チームの事は勝手に進めないでって! トレーナーのバカ!!」

 

 むーっと、頬を膨らませて俺を睨んでくる。

 

「ボクはカイチョーと同じチームに入りたいのにさ。酷いよ。二人してボクを言いくるめようとしてさ」

「それについては、本当に申し訳ねえと思ってる。俺にも色々事情があるんだ。だが、それでもリギルに入りたいっていうんなら、一つ手はあるぜ?」

「ホント? どんな!?」

「俺がお前の担当から外れることだ」

「え?」

 

 俺の言ったことがすぐに理解できないのか、テイオーの動きがピタリと止まる。

 まるで、電源が切れたロボットのように。

 だが、耳は聞こえていると思うので、俺は続ける。

 

「リギルに入れないのはあくまでも俺の都合だ。だから、どうしてもお前がルドルフと同じチームに入りたいっていうなら、俺がリギルのメイントレーナーに話を通してやる。そうなると、俺はお前の担当から外れぶほッ!!!?」

 

 再び、テイオーのボディーブローが俺の腹部を襲う。

 まだトレーニングを始動して間がないというのに、体全身のバネを聞かせたいいパンチである。

 

「それはダメ! ボク達約束したじゃん! 一緒にカイチョーを超えるって!」

 

 耳をピンっとおったてて怒り散らすテイオー。

 あまりの怒りに、瞳に涙がにじんでいる。

 

「絶対にボクを『皇帝』を超える『帝王』にしてくれるって言ったのに。もう約束やぶるの?」

「や、やー……そうはいってないけどね」

 

 昼食に食べたハンバーガーを吐き出しそうになりながら、うずくまった姿勢からテイオーを見上げる。

 俺の小さな帝王様は、口を引き結んでプルプルと震えながら睨みつけてくる。

 

「もういいもん! トレーナーなんか知らない!!」

「あ、テイオー、待って……ちょ」

 

 大粒の涙を置き土産に、テイオーは走り去っていく。

 俺は立ち上がることがかなわず、その後姿を見送る事しかできなかった。

 

「何をやってるのさ。松風」

 

 星崎が苦笑しながら俺の傍らに座って背中を撫でてくれる。

 その後ろで、メジロマックイーンが俺の事をゴミを見るような目で見ていた。

 

「貴方とテイオーの間に何があったのかは存じませんが。……最低ですわね」

 

 メジロ家ご令嬢の冷ややかな視線が突き刺さる。

 俺とテイオーの関係性はまだ詳しくは知らないはずだが、彼女にとって、安易に担当ウマ娘を泣かせるという行為は罪深い物なのだろう。

 ぶっちゃけ、俺も自分の事は最低だと思う。

 

「先生に教えられただろ? ウマ娘を担当するに当たって、重要なのはメンタルケアだって。それを君、泣かせちゃうだなんて」

「って言っても……な。……お前知らない……だろ? アイツの……沸点の……低さ」

 

 俺とテイオーが契約を結んでしばらく経つが、未だにアイツの情緒には振り回されっぱなしだ。

 トウカイテイオーというウマ娘は感情を良くも悪くもハッキリ表現する。

 ちょっとした事で大いに笑い、よく怒り、すぐに泣く。

 気に入らない事があるとすぐヤダヤダと駄々をこねる様なんてもう……。

 傍若無人な帝王様のご機嫌を取るのは容易じゃないのだ。

 

「だとしてもだよ」

 

 星崎は俺の肩をポンっと叩く。

 

「いや、だからこそかな? 沸点の低さを知ってるなら、もう少し慎重に言葉を選ばなきゃ。あの年頃の女の子はデリケートなんだよ?」

「二十歳前の……若者が……言う台詞とは……思えねえな」

「それはお互い様だろ?」

 

 二十歳前……。

 星崎の言葉に、メジロマックイーンが驚いたように目を見開く。

 

「二十歳前……テイオーのトレーナーさんが?」

「悪いかよ……」

 

 たっぱのデカさと、目つきの悪さでよく勘違いされるが、俺は今年で19になる。

 幼少のころからトレーナーの知識について学んできた俺は、トレーナー育成学校を飛び級で卒業した、世間から言わせればエリートの部類に入る。

 そして、今俺の介護している星崎も同様だった。

 

「ま、そんな事より。早く追いかけなくちゃ」

「そう……だな。それより、肩を貸してくれ。……かなりいいところに決まった」

「はいはい」

 

 星崎が俺の腕を自分の肩に回す。何とか立ち上がるが、未だに足に力が戻らない。全く、なんてバカ力だ!

 ……トレーナーがウマ娘のメンタルケアを重要視する理由の一つはここにある。

 基本的に、ウマ娘のパワーで怪我をしないためだ。

 

 ウマ娘を怒らせて反撃を食らわないように立ち回る。

 トレーナーにはそう言ったコミュニケーション能力の資質が必須なのである!

 

 

 

 

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「あ、キミ……」

 

 トレセン学園の校舎内。俺は授業の終わりに、テイオーがいる教室まで足を運んでいた。

 その途中、運のいい事に本人に出くわす。

 呼び出す手間が省けた。

 

「その様子だと。まだ答えは見つかってないみたいだな」

「うん……」

 

 テイオーは力なく笑う。

 模擬レースがあった日の夜。ルドルフに負ける事によってテイオーの中に芽生えた『イガイガ』。

 その正体がわからないまま、数日の時が流れていた。

 テイオーの顔には、元の天真爛漫な笑顔はなく、ウマ娘の特徴的な耳も力なく倒れたままだった。

 

「なあ、テイオー。今日は一つ、お出かけのお誘いに来たんだ」

「お誘い?」

「ああ。今週末、トィンクル・シリーズのレース。ルドルフが出る事になってる。知ってるだろ?」

「うん。もちろん」

 

 憧れを抱いているシンボリルドルフのレースは全てチェックしているテイオーの事だ。

 当然把握していると思っていた。

 そして、以前までの彼女なら、何があっても脇目も振らずにレース場へと足を運んでいただろう。

 だが、

 

「行くつもりはなかったのか?」

「……うん、迷ってた」

「そうか」

 

 模擬レースのあの日から、明らかにテイオーの皇帝シンボリルドルフを見る目が変わった。

 単なる憧れの対象から、別の何かへ。

 ただ、その『別の何か』の正体がつかめていないのだろう。

 テイオーは、その正体を知ることに対して、少し怯えているように思えた。

 

「きっと今回も、カイチョーはかつよね。それでいつもみたいに歓声を浴びるよね。もう一回同じもの、……僕が憧れていたものを見たら、このイガイガした感じも、無くなってくれるかな?」

「それを確かめに行ってみないか?」

「……うん。一緒に行く」

 

 テイオーは覚悟を決めたかのように、顔を上げた。

 

「ありがとう。ボクの事、気にかけてくれて」

「まあ、ここまで関わっちまったらな……」

 

 素直な気持ちで笑いかけるテイオーを見るのが少し気恥ずかしく感じる。

 俺はそんな気持ちをごまかす様に、視線を外した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、週末……。

 

 

『シンボリルドルフ先頭!! ルドルフ速い! ルドルフ速い! 後続から3バ身、4バ身、ドンドン突き放していく!!』

 

 レース場に巻き起こる大歓声。

 その真っただ中で、ルドルフがターフを駆けていく。

 唯一抜きんでて並ぶものなし……その言葉通り、他を遥か後方彼方へ置き去りにし、ゴールへ向かって突き進んでいく。

 まるで雷を纏ったかのような電光石火の走りぶり。

 彼女の走りにこそ、『皇帝』の名が相応しい。

 

『シンボリルドルフ!!! そのままゴールイン!! 圧倒的!!! まさに圧倒的な、『皇帝』の走りでした!!!』

 

 会場に響き渡る熱の籠った実況。それに引火するように巻き起こる地響きのような大声援。

 これが、シンボリルドルフ……。

 観客へ手を振り、声援に応える彼女を見て、俺は拳を握った。

 これが、親父が育て上げた、最強のウマ娘……。

 

「やっぱり、勝ったね。カイチョー」

「そうだな……」

 

 ルドルフの走りはウマ娘に興味がない者ですら虜にする。そんな圧倒的な引力のような魅力がある。

 俺は胸の内についた熱を収めるように大きく深呼吸した。

 

「中学の頃かな? 本格的にトレーナーになる勉強を始めた頃、親父を追うようにレース場に足を運んだ。もちろん、ルドルフのレースも」

「じゃあ、ひょっとしたらボク達、どこかですれ違っていたかもしれないね」

「そうだな」

 

 テイオーの顔を見ると、そこには満面の笑みがあった。

 胸の中のイガイガはとれたのだろうか、まだわからないが、レースを見る前よりもずっといい表情をしている。

 

「キミはカイチョーのレースを見て、どう思ったの?」

「かっこいいと思ったよ。滅茶苦茶カッコイイと思った。……それと誇らしかった。ルドルフを育て上げた親父がな」

「やっぱり、尊敬してたんだね。お父さんの事」

「まあな……」

 

 テイオーに答えを見つけさせるため。

 そんな名目で連れてきた今日のレースだったが、困った事に俺の心にあった『モヤモヤ』まで吹き飛ばされてしまった。

 「君は御父上の影に翻弄されている」。ルドルフが以前俺に言った言葉が、脳裏によみがえる。

 

「畜生、ルドルフの奴。『君の迷いはレースで払って見せる』って。……やっぱりカッコいいことしてくれぜ」

「え? 今なんて言ったの?」

「いや。何でも」

 

 ウマ娘は耳がいい。俺の小さな独り言に反応したテイオーだったが、彼女に悟られてはならなかった。

 今日テイオーと共にレースを見に来たのは、ルドルフから頼まれたからなのだ。

 そして、その事はテイオーに秘密にしておいてくれと言われていた。

 

――私が直接言えば、テイオーは本人の気持ちに関係なく、レース場へ来るだろう。だが、それでは意味がないんだ。

 

 ルドルフのレースを見るかどうか。あくまでテイオー本人に考えさせたかったという。

 俺はそれに同意したのである。

 

「そんな事より。そっちはどうだった? 胸のイガイガはなくなったか?」

「うん。……まだ、わかんない。でもね、やっぱりカイチョーは凄いよ。速くて、強くて、最高にかっこいい。……でも」

 

 テイオーは胸に手を当て、大きく息を吸い込む。

 そして、取り込んだ息を吐き出し切り、「うん」っと何かを決意したかのように頷き、両方の手で拳を握りしめた。

 

「ボク、カイチョーと話がしたい。キミも一緒に来てくれる?」

 

 初めて出会った時に見えた子供っぽさはなりを潜め、その表情は決意に満ち溢れていた。

 俺はそれに頷く。

 

「ああ。行こうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレセン学園の関係者だと係員に名乗ると、すんなりとルドルフの控室に案内してくれた。

 テイオーは扉の前で立ち止まり、すっと息を吸った後、静かに吐き出す。

 「よし」

 顔をきゅっと引き結んだあと、ドアをノックした。

 

「どうぞ」

 

 部屋の中からルドルフの声。テイオーは「失礼します」と一声かけ、ドアを開ける。

 

「テイオー。それと、君も一緒かトレーナー君」

 

 意外な事に、ルドルフは俺達の訪問に驚いている様子だった。

 彼女の事なら、ある程度予想していたと思っていたのに。

 レース直後、勝負服を身にまとったルドルフの姿を見るのは久々だった。

 普段の威風堂々とした貫録が更に極まっている。

 

「お疲れ。いいレースだった」

「君からそんな言葉を聞くのは久しぶりだな」

「……しばらく、レース場から足を遠ざけていたからな」

 

 深い付き合いのあるルドルフのレースを、個人的な事情から直接見る事を避けていた。

 その事がふと申し訳なくなって、俺は頭を掻いた。

 

「それよりもだ。驚愕したよ。いつもは元気溌剌で飛び込んでくるテイオーが、今日はノックをした後に入室してくるとは」

「うん。ボク、今日は大事な話をしに来たから」

「そうか……」

 

 ルドルフは静かに、そしてどこか嬉しそうに「聞かせてくれるか?」と答えた。

 テイオーはもう一度、大きく息を吸って吐き、意を決したように口を開いた。

 

「今日はね、センセンフコクに来たんだ」

 

 突然飛び出したテイオーの言葉に、俺とルドルフは大きく目を見開く。

 募る緊張を振り払い、勇気を絞り出した一言だ。

 テイオーのルドルフを見つめる瞳には、今までの彼女にはない力があった。 

 

「カイチョーは、ボクの憧れだよ。ウマ娘の中で一番強くて、カッコいい、ボクの夢そのもののようなヒトだから。カイチョーが凄いって言われるのを見て、ボクも凄い嬉しかった」

 

 テイオーはルドルフに一言一言、想いを込めて伝える。

 彼女が今日のレースで見つけた『イガイガ』に対する答え合わせをするかのように。

 

「今日のレースでもそうだった。沢山の歓声がカイチョーに向けられるのを見て、ワクワクした。でも、……でもね、それだけじゃないんだ。……それだけじゃなくなっちゃったんだ」

 

 いま、シンボリルドルフはテイオーの中で単なる『憧れ』という存在から、もっと別のモノになろうとしている。

 それが少し寂しく感じているのか、テイオーの表情が少し曇る。

 だが、それは直ぐに新たな決意に代わる。

 

「ボクね、カイチョーと走って、負けた時。カイチョーに向けられる歓声を見て、すっごーく、胸が『イガイガ』したんだ」

「イガイガ?」

「うん。それが凄く気持ち悪くて、あーってなっちゃって……滅茶苦茶に走っても、全然晴れなかった」

 

 ルドルフは、テイオーの言葉を一つ一つ噛みしめるように聞いている。

 今流れるこの時間を、一秒たりとも逃さないよう、しっかりと胸に刻みつけるように。

 

「でね、今日カイチョーが走る姿を見て、わかったんだ。ボクは、ボクはウマ娘の中で、一番凄いやつになりたいんだ。『すごいぞー』っていう声援は、誰にも渡したくない!! カイチョーにも!!!」

 

 ありったけの気持ちを込めて、皇帝に言葉をぶつける。

 その言葉の力は絶対的強者、シンボリルドルフへと刻まれている。

 

「ボクはカイチョーみたいになりたい。それは今でも変わらないよ。でも、ボクが本当になりたいのは、カイチョーだって認めたくなる、凄いウマ娘なんだ!! だから!!」

 

 トウカイテイオーは、シンボリルドルフを指さし、力強く宣言した。

 

「ボクは絶対、『皇帝』を超える『帝王』になってみせる!……だから、覚悟しててね、カイチョー」

 

 心が震えるのを感じた。ウマ娘については人一倍学んできたつもりだった。

 だが、ほんの1時間足らずの内にこんなに成長するものなのだろうか?

 ただただ、ヒーローに憧れを抱くだけだった少女は、たった今、皇帝へと挑む挑戦者となったのだ。

 ルドルフは、目をつむり、テイオーの宣戦布告を噛みしめた。

 

「客席を降り、ターフに立ち、ついには同じ舞台に並びたってくれたのだなテイオー。とても……とてもうれしく思うよ」

 

 その時、シンボリルドルフの時間が巻き戻った。

 恐ろしいほどの圧倒的な気迫が、トウカイテイオーに伸し掛かってくる。

 それは俺の親父と組んでいた時と同等か、それ以上のモノだった。

 いま、シンボリルドルフはトウカイテイオーという挑戦者を前にして、さらなる高みへと昇ろうとしている。

 

「ならば、心しておけよ。このシンボリルドルフ、やすやすと頂点の座を明け渡すつもりはない。道は険しいものと心得よ」

「うん!!」

 

 並大抵のウマ娘なら圧力に屈するところを、テイオーはあろうことか更なる力に変えている。

 その瞳に宿るのは強者に対する闘志だった。

 

 

 

 

 

「ありがとうな。ルドルフ」

 

 テイオーに、少しルドルフと話をさせてくれと頼む。

 「うん分かった」と素直にいう事を聞いてくれた時のテイオーの表情は、大人びて見えた。

 控室で二人になり、俺はルドルフに礼を言った。

 

「礼を言うのはこちらの方さ。テイオーに大切な事を気づかせてくれてた」

「何言ってるんだ。 全部仕組んだのはお前だろ?」

「だが、あそこまで彼女が成長できたのは、君が付いていてくれたからだ」

「どうだろうな?」

 

 正直、俺がテイオーにした事なんてたかが知れている。

 きっと、俺が何かをしなくても、アイツは自分の気持ちに気づけていたと思う。

 

「それに、やっぱり礼を言うのは俺の方だ。……俺もとれたよ。胸の中にある『イガイガ』が」

「それじゃあ、聞かせてくれないか? ……君の心を」

「じゃあ、テイオーのついでに聞いてもらおうか」

 

 俺は、ルドルフを見据えてまっすぐ言った。

 

 

 俺はアイツを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああッ! 言っちゃった言っちゃった言っちゃったー! まだドキドキしてるよぉ!!」

 

 レース場を出た後、テイオーは憧れのルドルフへ啖呵を切った事に対する実感が湧いてきたのか。

 頭を抱えたり地団駄を踏んだり、とにかく落ち着かない様子だった。

 

「どうした? もしかして後悔してるか? ルドルフに大口を叩いた事」

「そういうわけじゃないけど。……ううう、でも、やっぱりスッゴイ頑張ったんだよ!? 決心するの」

「わかってるよ。本当に頑張ったな」

 

 頭を抱えてへたり込んでいるテイオーに、ふっと笑いかける。

 すると、それをポカンと見返してくる。

 あまりにもぼーっとしてるので、不思議に思い首をかしげる。

 

「なんだよ? 俺の顔に何かついてるか?」

「え、ええっと、別にそういうわけじゃなくて。……その、……いろいろありがと」

 

 顔を赤らめて、視線を俺からずらす。

 俺はそんなテイオーの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「わ、わ! もう!! なにすんのさ!!!?」

「らしくねえこと言うなよ。 ホレ、シャキッとしな。お前は皇帝を超える帝王になるんだろ?」

「もお!!! 勇気出していったのに!! 出し損じゃん!!!」

「え? 今のやり取りに勇気出す要素どこにあったんだよ?」

「……もういいよ。バカ」

 

 そっぽを向いて拗ねてしまう。

 何をそんなに照れているのだろう?……ふっと考え、

 

「もしかして、今更礼を言うのが恥ずかしかったとか?」

「う、うるさいなあ!! もう、絶対お礼なんか言ってやんないんだからね!!」

「いて! いて! 脇腹を叩くな!! 悪かったって」

「むう……」

 

 ひとしきり反撃をして気が済んだのか、テイオーは機嫌を直した。

 そのまま、二人でレース場を背にして歩いていく。

 

「それで、カイチョーとなに話してたの?」

「お前な、それだと二人にしてもらった意味がないだろ?」

「だって気になるんだもん。ねーねー、教えて?」

「……たく」

 

 あまりにもしつこく付きまとうもんだから、仕方なく答える。

 

「お前と一緒だよ」

「え?」

「俺もセンセンフコクしてやったんだ。ルドルフに」

「それってもしかして」

「ああ」

 

 俺はテイオーに向かって、ニッを笑みを作り言った。

 

「トウカイテイオーを、皇帝シンボリルドルフを超える『帝王』にして見せるってな」

「……それって」

「ああ」

 

 俺は足を止めて、テイオーに右手を差し出す。

 

「お前のトレーナー。俺にやらせてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伝説のトレーナーの息子という肩書を重く感じているつもりはなかった。けど、どうしても思っちまってたんだ。俺はいつも親父の事を考えていた。」

「それが、君の迷い?」

「ああ」

 

 テイオーに外に出てもらった後、俺はあの控室でルドルフへと独白していた。

 

「全てのウマ娘が安心できる世界を作る! 親父がお前と組んだ時に語った夢。……俺は本心では、その夢を引き継ぎたいと思っていた。けど、スケールがあまりにも漠然としすぎて、何をすりゃいいのかわからなかった。……そんな時、お前の走りを見て思い出したんだ。お前の夢、それと目標を」

「全てのウマ娘が幸せになれる世界を作る。そんな絵空事を声高らかに言えるように、全ての人々がこの声に耳を傾けるように、私はウマ娘の頂点を目指した。君の父上と一緒に」

「だから、手始めに俺も同じ事から始める」

 

 俺は、テイオーがしたように、人差し指をルドルフに突き付け、宣言した。

 

「お前を倒すぜ。シンボリルドルフ」

 

 その言葉に、ルドルフは変わらぬ威風堂々とした態度で返してくる。

 そう思っていた。

 だが、

 

「……え?……な」

 

 ルドルフの目から一筋の涙が零れた。

 思いがけない反応に、俺は驚愕した。

 

「……すまない。折角の宣戦布告だというのに。これではカッコつかないな」

「ルドルフ……」

「今の君を、御父上……。私のトレーナーと重ねてしまった」

 

 流れた涙は一筋だけだった。ルドルフは涙を拭う。

 

「それで、返答は?」

 

 俺は改めて尋ねた。それにルドルフは今度こそ、皇帝の威厳と共に言った。

 

「その挑戦、受けて立つ。君たちが頂点に登ってくる日を、楽しみに待っているよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、どうしよっかなあ」

 

 差し出した右手に背を向けて、テイオーは人差し指を顎に当て考える振りを始めた。

 俺はそれを見て間抜け面をさらす。

 

「え、なにそれ? ここまで来ておいてそんな反応!!?」

「そんな事言われても、ボク、君をトレーナーにするなんて一言も言ってないし」

 

 芝居がかかった動きで熟考ポーズを決め込んでいる。

 てか、ちょっと待ってくれよ? 今まで散々かっこつけておいて、契約はなしとか笑い話にもならないんだけど???

 

「な、なあ、テイオーさん? 空気読んでくれない? もう完全に俺をトレーナーに向かい入れる空気になってんじゃん!!!? ここで肩透かし食らうとか、俺史上最悪にかっこ悪いんだけど!!?」

「だってキミ、ボクに散々意地悪したし」

「まだ根に持ってんの!!!!? え? もうお互い謝って水に流したよね!? もう解決済みだよね!?」

「んー? そんなにボクのトレーナーになりたい?」

 

 テイオーは振り向いて、ニマっと笑って見せる。

 その表情を見て俺は確信した。

 こいつ、俺の事をおちょくってやがる!!

 

「……このガキ……」

「ま、しょうがない。じゃあ、条件を一つ出してあげるね」

 

 ピッと俺の眼前に人差し指を一本。

 俺は騒ぎ疲れていい加減疲れてきた。

 

「なんだよ。条件って?」

 

 力ない表情で尋ねる。それにテイオーは決まってるでしょと言い、

 

「ボクを、最強のウマ娘にする事! これが絶対条件だよ!」

 

 どう?っと首をかしげるテイオー。……俺はその手を掴んだ。

 

「ああ。約束してやるよ。必ずお前を『皇帝』を超える『帝王』にしてやる」

 

 今は口約束だけしかできない。約束の証は俺の信念だけ。

 だが、そんな儚い可能性に、テイオーはにししっと笑う。

 

「よろしくね! トレーナー!!」

 

 こうして、俺はトウカイテイオーと契約を結んだのだった。

 

 

 

 

「ねえねえ。契約祝いにはちみつドリンクでも飲みに行こうよー」

「あ? はちみつドリンクって、……ひょっとして、あのめちゃくちゃドロドロしてるあれか!!?」

「そうだよー! さあ、行くよー! はちみーはちみーはっちみー。はっちみーをなっめーるとー、あしが、あしが、あっしがー、はやくーなるー」

 

 俺達のスタートは、トウカイテイオーのご機嫌な歌から始まった。

 

 

 

 

 

 

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「はちみーはちみーはっちみー、はっちみーをーなっめーるとー、機嫌が機嫌が機嫌が、よーくーなるーうーうーうー。ほい、テイオー」

 

 そして現在。俺は不貞腐れたテイオーをなだめるため、大好物のはちみつドリンクを献上している。

 これ一杯で1500円って、高すぎないか??

 

「なーに、その歌? バカにしてんのー?」

「おい。悪かったって。機嫌直してくれよ」

「ぶー……」

 

 ひとまず、ベンチに座っていたテイオーははちみつドリンクを受け取り、ストローに口をつける。

 俺もとりあえず同じものを買ったので、横に座りカップの中に入っているどろりとしたハチミツと口の中に吸い込んでいく。

 ……薄めにしとけばよかった。

 粘着性の高いハチミツが口の中でドロリと広がり、鼻孔を蜜の香りで侵食していく。

 「甘っ!!!」っと吹き出しそうになるが、我慢する。

 

「ねえ。どうしても、シリウスに入んなきゃダメ?」

 

 テイオーはしょぼくれた表情で言った。

 思い返せば、彼女にはチームの事で申し訳ないことをしている。

 リギルに入りたいという彼女の希望を、あの手この手で邪魔しているのだから。

 テイオーが怒るのも当然だった。

 

「……悪い。フェアじゃなかったよな」

「うん。正直傷ついた」

「悪かったって」

 

 二人で並んではちみつドリンクをすする。

 そういえば、契約を結んだあの日も、こうして二人ではちみつドリンクを買って二人で飲んでいた。

 代金は全て俺持ちで……。

 もやもやしたことがあったらはちみつドリンク。なくてもはちみつドリンク。

 アレから俺達はちょくちょく衝突したりする事があり、その都度こうして二人ではちみつドリンクを啜っていた。

 

 喧嘩したときははちみつドリンク。

 

 それが俺達の暗黙の了解に、いつの間にかなっていた。ちなみに、代金は全て俺持ちだ。

 

「なあ、テイオー。俺の夢の事、前に話したよな」

「うん。お父さんの事、超えたいんだよね」

「ああ」

 

 全てのウマ娘達が安心できる世界を作る。それには、まず誰もが認める人間になる必要がある。

 シンボリルドルフがそうだったように。

 そして俺の場合、そうなるためには絶対的な条件があった。

 それは、親父を超える事である。

 

「ただ、客観的に見て親父を超えたと証明するには、お前がルドルフを超えるだけじゃダメなんだ。親父が作ったチームを……。リギルを超えるチームを作る必要があるんだ」

「それなら、トレーナーが一から作ればいいじゃない。別に、マックイーンのチームに入る事……」

「それが、一番お前の力を伸ばせると思ったからだ」

 

 テイオーは未だ納得していない様子ではちみつドリンクを啜り続けている。

 まるで話を右の耳から左の耳に流しているという感じだが、俺は聞いているとして話を続ける。

 

「確かにルドルフの近くでトレーニングをすれば効果が上がるような気はする。が、ここで一つ聞きてえんだが、お前リギルに入った後、ルドルフに甘えるの、我慢できるか?」

「……聞こえない」

「我慢できないな」

 

 あのレースの日、ルドルフへセンセンフコクはしたが、それはそれこれはこれ。

 テイオーがルドルフにべったりなのは相変わらずだった。

 

「話を続けるぞ。で、こいつは俺の先輩に聞いた話なんだが、チームメンバーが仲良くなりすぎるとトレーニング効率が低くなるリスクがあるんだとさ。ほら、スピカってチーム知らないか?」

「スぺちゃんやスズカが入ってるチームだよね?」

「ああ、そうだ。和やかな空気は悪くないんだが、レースの結果にムラがでるって、そこのトレーナーに愚痴を聞かされてな」

「むー。じゃあ何? いっつも喧嘩ばっかするチームの方が強くなれるってこと?」

「そんな簡単な話じゃないが……まあ、互いをライバル視して常にバチバチしてるって点なら、間違ってないかな?」

「ヤダよそんなの! 楽しくないじゃん!!」

 

 テイオーははちみつドリンクから口を話して俺を見据える。

 さすがに今の話は聞き捨てならなかったようだ。

 それはそうだ。

 常にメンバー間でギスギスしていれば、走者にストレスがかかり、余計にトレーニング効率は悪くなるだろう。

 

「チームっていえば、いわば仲間みたいなもんでしょ? それなのに、ずっと喧嘩してるなんて、ボク、ヤダよ」

「落ち着け。故意に仲の悪いチームの方がいいって言ってるわけじゃないんだ」

「じゃあ、なんでマックイーンのチームにボクを入れようとしてるのさ?」

「逆に聞くが、メジロマックイーンの事、そんなに嫌いなのか?」

 

 テイオーはウっと黙ってしまう。

 

「べ、別に嫌いってわけじゃないけど……」

 

 むむむっと、黙り込んでしまう。どうやら、この質問は少し意地が悪かったようだ。

 答えあぐねているテイオーの頭をポンっと叩く。

 

「まあ、お前がどうしても嫌だっていうなら諦めるさ。他にも気になるチームはあるしな」

「え? いいの?」

「お前にはもう一つ、俺の我が儘を聞いてもらってるからな。これ以上は無理強いは出来ねえよ」

 

 テイオーは俺と組んでいる限り、リギルへ入る事は出来ない。

 これは俺の個人的な事情が要因である。

 そのせいでテイオーには一つ我慢してもらっているのだ。これ以上、テイオーに俺の意志を押し付けたくはなかった。

 

「ただ一つ。これは聞き流す程度にしてくれてかまわないんだけどよ、すぐ近くに絶対負けたくない相手がいるってのは、いいもんらしいぜ」

「……絶対負けたくない相手」

 

 テイオーは思い当たる節があるのか、俺の言葉を噛みしめる。

 

「なに。今すぐに決めることはねえさ。とりあえず、シリウスの事は保留って星崎に伝えとくよ。アイツもアイツで、メジロマックイーンが天皇賞に挑む準備で忙しいらしいしな」

 

 俺はカップを離れた場所にあるごみ箱へほうり投げる。

 カラのカップは放物線を描いて、見事にゴールイン。

 小さくガッツポーズをした後、立ち上がる。

 

「ねえ、トレーナー」

「ん?」

 

 テイオーが、じっと見つめてくる。

 そして、小さな右手を差し出し、こう言った。

 

「ボクとの約束、忘れないでね」

「忘れねえよ」

 

 俺はその手を取り、引っ張り、テイオーを立たせて言った。

 

「お前を最強のウマ娘にする。絶対な」

 

 

 

 

 

  

 

 

 

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