よつばと侍   作:天狗

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&ダンボー

 恵那とみうらは言い争いをしていた。テーマは「どちらがダンボーになるか」である。

事の発端は恵那と共にみうらの家に遊びに来たよつばが、ダンボーの遺体を発見してしまった事にある。悲しみに暮れるよつばのフォローのために、よみがえりの儀式をする、という体で彼女を追いだした。そこで恵那は前回と同じくみうらにダンボーの衣装を着せようとしたのだが、みうらから物言いが入った。曰く、今回は恵那がダンボーをやるべきであると。二人で喧々諤々と言い争ったものの、答えは出ない。その時、窓から、重そうな剣道の防具袋の紐を竹刀袋にかけて担いだ茂が見えた。二人は黙って目を合わせ、頷いた。

 

 茂は大学からの帰り道、マンションの一室から手を振る恵那とみうらを発見した。彼女たちは片手に携帯電話を持っており、彼が気づくのと同時に電話がかかってきた。みうらは早口で部屋番号を伝えると、早急に来るようにと伝えて電話を切った。マンションに入り、教えられた部屋番号をキーパッドに入力すると、最初にみうらの母がインターフォンに出た。彼女は茂の来訪に驚いていたが、すぐにみうらに受話器を奪われたようだ。みうらは鍵を開けると、ガチャリと受話器を置いた。茂は彼女たちの様子に首を傾げながらも、階段を駆け上がった。彼の身体能力ではエレベーターを待つよりも、階段の方が速いし、疲れる事もないのだ。

 

 「よつば!絶対ここから出るなよ!」

 「だれかくるのか?」

 「これからダンボーを蘇らせる悪魔が来る。」

 リビングにいたよつばは早坂家でうずまく不穏な気配におろおろしている。

 「あくま!?」

 「地獄からダンボーの魂を連れて来たんだ。」

 「ダンボーはじごくにおちてたのか!?」

 とんでもない設定が今、明かされた。

 「…そうだ。悪魔は小さい子を見つけると帰りに連れてっちゃうから、絶対に見ちゃ駄目だぞ。」

 よつばはごくりと生唾を飲み込んだ。

 「わかった。よつば、かくれてる。」

 インターフォンが鳴った。よつばの顔は青褪め、急いで台所に隠れた。みうらが玄関に向かい、ドアを開ける音がする。よつばは恐る恐る顔を出し、リビングのドアの曇りガラス越しにその姿を見た。こちらに正面を向けているその体は大きく、がっしりしている。悪魔の前にみうらがいるようだが、身長差だけで見ても二倍近くあるような気がする。みうらの部屋に向かうためであろう、悪魔は横を向いた。そこでよつばは見てしまった。その背に大きな袋を担いでいるのを。あの袋には何が入っているのだろうか。まさかもう地獄に連れ帰る子供を詰め込んでいるのだろうか。それとも、あそこに入っているのがダンボーの魂なのだろうか。みうらと悪魔が小声で会話する声が聞こえた。悪魔が立ち止まり、リビングのドアの方を向く。自分の存在が気づかれたのか。よつばは恐怖のあまり、ぶるぶると震えだしてしまった。どうやら彼女の心配は杞憂だったようで、悪魔はみうらの部屋へ向かって行った。

 悪魔の姿が見えなくなり、よつばはずるずるとへたりこんだ。

 「はー、こわかった。」

 手渡されたカルピスを一気に飲み干し、深く息をはいた。

 よつばにカルピスを手渡したみうらの母は、笑いを堪えていたらしい。

 

 茂とみうらが彼女の部屋に入った時、恵那はダンボーの改造をしていた。もちろん、茂のサイズに合わせているのである。

 「あ、シゲお兄ちゃん。いらっしゃい。」

 「いらっしゃいって…。さっぱり状況が読めないんだけど。ってか、みうらちゃんのお母さんに挨拶しないと。」

 「それは後で私から説明するってさっき言っただろ。」

 恵那とみうらから事の経緯を聞き、無理矢理納得させられた茂は、自らがダンボーとなる事を了承した。

 「うーん、これだとTシャツ見えちゃうから脱いで。」

 「え。」

 「下はどうしようか?」

 「あ、スカーフなんてどうかな。」

 「…足が入らないね。」

 「指だけ出す感じにしたら?」

 恵那とみうらは相談しながら新型ダンボーを作り上げていく。

 「…まぁ、地獄から帰って来たんならアリかな。」

 「え?地獄?」

 「あぁ、さっきよつばに話した時にいろいろあったんだ。」

 設定の確認を終え、ついに完成した。

 

 「よつばちゃん!」

 「ダンボーは!?」

 リビングに入り、恵那はよつばを呼んだ。よつばはダンボーが心配でたまらない様子だ。それを見て恵那とみうらは少々不安そうな顔になったが、意を決してダンボーを呼ぶ。

 「じゃーん!」

 「ダンボー!」

 現れたダンボーは以前とは装いが大分異なっていた。身長が高くなっており、唯一変わっていない頭部から太く、筋張った首が見える。肌が剥き出しになった肩の筋肉は盛り上がっていて、割れた腹筋が丸見えだ。腰にスカーフを巻き、足は裸足の指先が出ている。

 その姿は奴隷剣闘士かバーバリアンか。

 「ダン…ボー?」

 よつばはそのあまりにも衝撃的な光景を見て、脳の機能を停止したようだ。目を見開いたまま動きを止め、そのまま硬直してしまった。

 「ダンボーは!地獄で鍛えられたんだ!」

 「そ、そう!前よりも強く、カッコよくなったんだよ!」

 恵那とみうらが必死にフォローすると、よつばはようやく意識を取り戻した。

 「お?おー、そうか…。じごくでもまれたのか。」

 よつばは恐る恐るダンボーに近づいた。

 「ダンボー。よつばのこと、おぼえてるか?」

 『もちろんだ。よく憶えているぞ。人の子よ。』

 「こえまでかわって…たいへんだったんだな。」

 始めは戸惑っていたが、地獄で経験したのであろうダンボーの苦労を思い、よつばはダンボーの割れた腹筋を叩いた。

 「ダンボー、あそぼー!ゆうがたまで。」

 『遊ぶ?何をして遊ぶのだ?』

 「こうえんいこ!」

 地獄から帰って来たダンボーこと茂のギリギリの挑戦が今、始まる。

 

 公園までの道をよつば、恵那、みうらにダンボーを加えた四人は一路、公園へと向かっていた。よつばは元気に楽しく、恵那とみうらは苦笑いで歩いている。そしてダンボーはチキンレースを行っている気分だった。

 『いや、通報されるだろ。コレ。』

 「私らがいるんだから大丈夫でしょ。」

 『むしろそれが原因で捕まりそうな気がする。』

 事の経緯を知らない者が見れば段ボールを被った変態が三人の少女を連れているのである。警官に見つかれば職務質問は免れないだろう。そしてそうなれば、頭を外さざるを得ず、よつばに正体がばれてしまうのだ。

 「ダンボー!もうすぐ公園だぞ!」

 よつばはダンボーの手を引っ張り、公園に駆け込んでいった。

 公園に入ると、先に遊んでいた子供たちがダンボーの姿を見て声を上げた。

 「うわ!ロボ…なんだアレ!」

 子供たちは他を圧倒する筋肉をもつダンボーに近寄りがたかったのか、遠巻きに眺めている。

 「よつばのともだちなんだ!」

 「おー…すげー。」

 よつばは誇らしげに、子供たちは引き気味に言った。

 「なかにだれがはいってるの?」

 一人の男の子が軽々と禁断の領域に足を踏み入れた。

 「なか?」

 「入ってないよ!ダンボーはこういうロボットなんだよ!」

 すがるようによつばはダンボーを見た。恵那が必死にフォローするが、一度生まれた疑念は少女の心を侵食していく。

 「うそだー。おなかでてるじゃんかー。」

 「これは…じごくでもまれたから…。そうだ!ダンボーはそらとべるんだぞ!」

 『え?』

 よつばに無茶ぶりされ、ダンボーは思わず声を漏らしてしまった。

 「ダンボー、とべるな?」

 「ダンボーはジェット機より速く飛べるんだよ。」

 みうらはニヤリと笑いながら言った。彼女にはいじりやすい大人をからかう悪い癖がある。

 『も、もちろんだ。人の子よ。ただ、自由に空を飛ぶには多大な燃料を消費する。少し高めに飛ぶ程度になるが、それでも良いか?』

 それを聞いて、よつばはパッと花が咲いたように笑った。

 『少年、思いっきりジャンプしてみろ。』

 男の子はダンボーに指示され、全力で跳ねた。その高さは一般的な子供と同程度だろう。

 『次は私が跳ぶから、少し離れて見てなさい。』

 子供たちが素直にその場から離れると、ダンボーは左足を後ろに引き、身を屈めた。ごくりと唾を飲み込み、よつばは祈るように手を組んだ。

 『ふんっ!』

 気合の一声とともに、ダンボーは飛び上がった。その勢いで地面は抉れ、風圧を発生させた。その風は子供たちの前髪を揺らし、一瞬目をつぶらせた。子供たちは目を開けると、既に地上にダンボーの姿はない。キョロキョロと顔を動かし、ダンボーを探す。

 「ダンボー!」

声を上げ、空を指さしたのはよつばだ。遥か上空に右手を突き上げたダンボーがいた。その高さは電柱を超えている。先ほどの男の子のジャンプとは比べるまでもない。

 「おー!すげー!」

 今度こそ心からの台詞だ。これを見てみうらも子供たちと同じように驚いていた。よつばと恵那は何故か誇らしげである。

 『どうだ?これで私がロボットであると分かったか?』

 「まちがいない!すげーロボットだ!」

 子供たちは新たなヒーローの登場に大はしゃぎだ。

 「みんな!ダンボーとあそぼう!」

 「おー!」

 ダンボーとその仲間たちはその日、大いに盛り上がり、忘れられぬ楽しい思い出が残った。

 段ボールを被ったムキムキの怪人の目撃者は多くいたが、幸いな事に大人達はその正体をなんとなく察し、通報されるような事はなかった。これは茂の普段の行いが良かったからであろう。後にこの事を知り合いから教えられた彼は、より真面目に町内の活動に取り組むようになったという。

 

 「先ほどは挨拶もできず、失礼しました。」

 「あら、いいのよ。伊藤くんでしょ?みうらから聞いてるわ。」

 「はい。恵那が幼馴染の妹なので、その関係で。」

 「あぁ、そうなのね。確か剣道で日本一なのよね?すごいわ。」

 「いえ、ありがとうございます。」

 「あ、サインもらってもいい?」

 「はい、あの、着替えてからでもいいですか?」


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