よつばと侍   作:天狗

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&三人組

 よつば、恵那、みうら、やんだの四人は山中を探検していた。山中と言ってもキャンプ場の敷地内であり、ある程度道も整備されている為、歩きにくい事はない。よつば達がテントを張った湖の見える広場には小岩井とジャンボもおり、全員で六人だ。

 がさがさと(しげ)みが揺れ、猫が出てくると、みうらは怯えてクマ除けの鈴を鳴らしていた。近隣でクマの目撃情報があり、キャンプ場の受付で渡されたものだ。怖がりなみうらを面白がったのか、やんだが落ちていた小枝を彼女に向かって放り投げ、「へびだ!」と驚かせた。みうらが涙目になり、彼女を庇うように恵那はやんだを叱った。

 そんな時だった。再び繁みが揺れた。

 「お?」

 「また猫かな?」

 よつばが最初に気づき、続いて恵那も繁みを見た。がさがさと大きく揺れており、先程の猫の時と違うのは、揺れている繁みが足元だけではなく、やんだの身長よりも高いところまで揺れている事だ。

 「いや、でかいぞ!」

 やんだが警告を発し、繁みに近づいていたよつばと恵那を引っ張る。みうらは逃げ腰になり、必死で鈴を鳴らしている。

 そして姿を現したのは全身黒尽(くろず)くめの巨大な影。

 「ぎゃー!!」

 叫び声を上げたのは四人全員だ。中でも、やんだの声は飛びぬけて大きかった。

 「うお!すいません!」

 影の正体はもちろんクマなどではなく、剣道着を着たムキムキの巨漢、茂だ。

 「シゲー!」

 「シゲお兄ちゃん!」

 「誰?」

 それぞれが彼に声をかける。茂とやんだはこれが初対面だ。みうらはあまりにも驚いたせいか、腰が抜けたらしく、座り込んだまま未だに鈴を鳴らしていた。

 「どうしてみんなこんな所に…。」

 「いや、こっちの台詞だよ。私たちはみんなでキャンプしに来たんだけど、シゲお兄ちゃんは?」

 「俺は…なんでだろう。あ、初めまして。伊藤茂です。」

 自分がなぜここにいるのか疑問に思うも、初対面であるやんだに気づいて深々と茂は頭を下げた。真面目な茂は己の疑問よりも礼儀を大事にする男である。

 「え?あ、初めまして。安田です。」

 釣られてやんだは丁寧に挨拶を返した。茂が自分よりも年上にしか見えなかったのも原因にあるだろう。

 「ってか、なんであんたはここにいるんだよ。しかもそんな格好で。」

 みうらはそう言いながらも立ち上がろうと四苦八苦している。どうやら足に力が入らないようだ。生まれて初めての腰が抜けた状態を体験中である。

 「みうらちゃん、大丈夫?」

 差し出された茂の手を取ろうとするが、直前になって引っ込めた。彼の態度は紳士的であるが、その手は泥だらけである。なにせ、此度(こたび)の彼の放浪は一週間近くに及んでおり、どこをどう彷徨ったのか、手だけではなく全身に木の葉や泥をまとっている。

 「きたなっ!」

 「くさいぞ!」

 みうらとよつばのストレートな物言いにガラスのハートを持つ茂は傷ついた。恵那は三人の様子を苦笑いしていて止めない。彼を可哀想だとは思うが、二人の言った事は事実だからだ。

 「あー、とりあえずあっちに湖があるから体洗ってきたらどうだ?キャンプ場だからシャワーはないけど、何もしないよりはマシだろ。」

 虎子にフラれた上、追い討ちをかけられた茂はやんだのアドバイスに素直に従い、とぼとぼと歩きだした。

 「私のキャリーバッグにシャンプーと石鹸が入ってるから使えよ!」

 しょんぼりとした茂の後姿に、みうらは声をかけた。

 

 突然の茂の登場に小岩井とジャンボは驚いた。話を聞いて、ジャンボはみうらのキャリーバッグからシャンプーと石鹸を取り出して渡し、小岩井は数枚のタオルを渡した。小さい子供を連れての旅行では、非常用タオルは多くて困ることがないのだ。礼を言ってのろのろと歩き出す茂を呼び止め、ジャンボはさらに着替えを渡した。茂の憔悴した姿を見て事情を察したジャンボは、彼に優しく接するしかない。

 湖から戻ってきた茂は幾分さっぱりした様子だった。ジャンボに借りた服はサイズが合っており、同系統の二人が並んでいると兄弟のようである。

 「まぁ、様子見てなんとなく分かったけど、ダメだったのか。」

 三人はたき火を囲んで座った。小岩井に入れてもらったコーヒーを(すす)る茂に、ジャンボが声をかけると、彼は自嘲気味に笑った。

 「はい。友達としか見れないって。」

 「そうか…。まぁでも茂くんの好きな人が虎子さんだったとは意外だったな。」

 茂が湖に行っている間に大体の事情をジャンボから聞いていた小岩井は、そう呟いた。

 「あぁ、俺はすっかりあさぎさんとそういう関係だと。」

 「あさぎは小学校からの付き合いですからね。もう妹みたいな感じです。まぁ、向こうは俺の事を弟かなんかだと思ってるんでしょうけど。」

 弟だと思われていれば良い方だな、とあさぎと茂のやり取りを思い出して、小岩井は苦笑いした。

 「で、放浪してこんなとこまで辿り着いたって事は、全然吹っ切れてないわけだ。」

 「…そうですね。失恋がこんなにきついもんだと思ってませんでした。」

 「ははは、何言ってるんだ。初恋ってわけでもあるまいし。…え?マジで?」

 小岩井が笑いながら言うと、茂は(うつむ)く。それで彼の禁断の領域に踏み込んでしまった事に小岩井は気づいた。

 「初めてか。そりゃきついな。俺にはもう思い出せないほど昔の話だな。」

 「ん?そうか?俺は未だにショックで号泣できるけど。」

 これは巨人族の共通点なのか、茂とジャンボは幼稚なところが似ている。

 「茂くんはジャンボみたいになっちゃダメだぞ。まぁ、切り替えるしかないな。友達としての付き合いは続けられそうなのかな?」

 「それは…正直わからないですね。俺だって今まで通り付き合えたら一番良いけど、そんな簡単に割り切れるかどうか…。」

 茂の呟きはほとんど独り言のようになっている。大人二人に相談しているというよりも、自分の気持ちを確認しているのだろう。

 「でも、告白してフラれたんだから、少しはすっきりした部分もあるんじゃないか?」

 最初は彼を陥れようとしていたのもすっかり忘れて、ジャンボは茂を励ます。しかし、彼は顔を曇らせるばかりだ。

 「昔のジャンボはなかなか告白できなくて、ずるずる引きずるタイプだったからな。」

 「うるせぇよ。」

 空気を換えようと朗らかに話すが、茂の表情は全く明るくなる様子はない。

 「それが…俺、告白できなかったんです。」

 「は?でも、フラれたんだろ?」

 「それはそうなんですけど、告白する前にフラれたって言うか…。」

 告白できずにフラれた男の心情を思い、小岩井とジャンボは目を合わせると、揃ってため息をついた。

 

 「虎子。」

 「何?」

 あさぎと虎子の二人は、あさぎの部屋でいつものようにダラダラと過ごしていた。あさぎはベッドに腰掛けて雑誌を読んでおり、虎子は窓際で煙草を吸っている。ここ数日で彼女の煙草の本数は明らかに増えていた。

 「シゲに告白でもされた?」

 いつかは聞かれるのだろうと予想していたのか、虎子は特に動揺しなかった。しかし、来るべき時が来てしまったのだ、と緊張している。

 「いや、されてないけど。」

 「へぇ、でもあいつと何かあったでしょ。」

 質問しているが、あさぎは確信している。何せ、茂が鼻血を噴き出してから今まで、彼と連絡が取れないのだ。こんな事は滅多にない。それに一週間近く前からの虎子の様子を見ていると、親友であるあさぎが感づかないはずがない。

 虎子は観念したのか、煙草を携帯灰皿に捨てると窓を閉めた。

 「告白される前に、付き合う気はないって言っただけだ。」

 「なるほどねぇ。シゲは告白すらさせてもらえなかったのね。」

 眉間に(しわ)を寄せた虎子は、椅子に座ろうとするのをやめてまた煙草を取り出した。

 「私はそれが良いと思ったんだ。」

 「…それは、ずっと三人でいたいから?」

 虎子は答えずに黙ったままだが、それこそ何よりも雄弁に彼女の返答を物語(ものがた)っている。あさぎは深くため息をついた。

 「ねぇ、虎子。シゲが好きな子に告白もできずにフラれて。それでもまだ友達づきあいできるような器用な奴だと思う?」

 やはり虎子は答えないが、無視しているわけではなく、言い返せる言葉を持っていないからだ。返答しない彼女にイライラしたのか、あさぎは「ぬあー!」と呻いて、持っていた雑誌を天井に向かって放り投げた。

 「っていうかさ!あんたシゲの事好きじゃん!付き合っちゃえよ!」

 「はぁ!?え!?なんで!?」

 あさぎの爆弾発言に虎子は盛大に動揺し、煙草の煙のせいなのか、(むせ)た。

 「私が気づいてないとでも思ってたの?具体的に言えば、山登ってからよね。シゲの前では煙草の本数は減るし、前ほど近づかなくなったし。思春期か!」

 「ち、違っ…全然そんな事は…。」

 「ない事ないでしょ。仮にあんた達が付き合ったとして、私が遠慮すると思ってんの?バンバンあんた達のデートに参加した上で、空気読んでからかったり先に帰ったりするわよ。」

 そのあまりにもおかしな物言いに虎子は思わず吹き出してしまい、根負けしたのか、彼女はようやく素直に喋り出した。

 「好きかどうかは正直わからない。…でも、気になってるのは確かだよ。」

 「なら、一度ちゃんと告白させてあげなさいよ。その上でどうするかは虎子次第だけど、今のままじゃお互い先に進めないでしょ。」

 虎子はちらりと横目であさぎを見ると、すぐに目を逸らした。

 「あさぎはそれでいいのか?…その、昔好きだった奴が誰か別の人と付き合うなんて、良い気分じゃないだろ。」

 「そりゃ、どこの誰とも知らない変な女に騙されてるとかなら嫌だけど、相手が虎子なら何の問題もないよ。それに私がシゲと付き合うのは考えられないわ。前に話したと思うけど、あいつのダサさを知ってると、友達より上の関係にはなりたくないよ。」

 ここまで悪し様(あしざま)に言えるのは、お互いの事をよく知っているからだろう。それを聞いて、虎子の表情もようやく穏やかになってきた。

 「わかった。まぁ、あんなフリかたした私に、また告白してくれるかわからないけど、次はちゃんと考えてみるよ。」

 「このままじゃすっきりしないのは私も一緒だからね。絶対に告白させるよ。」

 あさぎはニヤリと笑うと、窓際の虎子の隣に立ち、息を大きく吸い込んだ。

 「シゲー!虎子が呼んでるから早く来なさーい!」

 その大きな声量に、虎子は驚いて目をぱちくりと(しばたた)かせた。

 

 探検から戻ってきたよつば一同とたき火を囲み、茂はマシュマロを焼いていた。不器用な茂に上手く焼けるはずなどなく、今のところ全てのマシュマロを燃やしており、丸焦げのそれを食べている。マシュマロが炎上しているのは彼とよつばだけだ。

 茂が五個目のマシュマロを燃やした時、彼は突然立ち上がった。

 「シゲ?どうした?」

 「…あさぎの声が聞こえた。虎子が呼んでるって。」

 「何か聞こえたか?」

 小岩井が訊くが、茂以外の誰も聞こえた様子はない。

 「あさぎお姉ちゃんならうちにいるんじゃないかな。」

 「んじゃ、あさぎさんの声なんて聞こえるはずないだろ。」

 やんだが至極当たり前の事を言うが、茂に関して常識は当てはまらない。

 「まぁでも、茂くんだからな。」

 数か月の付き合いで慣れたのか、小岩井は茂の特殊な能力を受け入れてしまっている。

 「で、虎子さんが呼んでるって?」

 小岩井の質問に、茂は頷く事で答えた。

 「どうする?行くか?」

 「…でも、友達として今まで通りなんて…俺には。」

 「とりあえず、もう一回だな。」

 ジャンボが呟いた。

 「え?」

 「もう一回、今度はきちんと告白して来いよ。」

 「もう一回…ですか。」

 茂は迷っているのだろう。苦渋の表情で目を瞑っている。

 「あさぎさんが呼んでるって事は、虎子さんが相談か何かしたって事だろ。それなら、彼女にも変化があったのかもしれないじゃないか。告白する価値はあると思うよ。」

 小岩井の助言を聞いて、しばらく黙った後、茂は目を開いた。

 「みなさん、ありがとうございます。」

 小岩井たちに向かって深々と頭を下げた彼の表情は、緊張しているものの、どこか決意を(にじ)ませていた。

 「おう。いいから早く行って来い。」

 「じゃ、俺が近くの駅まで送って行こうか。」

 ジャンボが立ち上がろうとするが、茂はそれを制した。

 「いえ、大丈夫です。走って行きますから。」

 「え?走ってって、そりゃ無理だろ。」

 茂は微笑むと、背を向けて走り出した。その速度は尋常でなく、あっと言う間に彼の姿は見えなくなった。

 「シゲー!またなー!」

 彼の異常性を不思議に思わないのは、子供たちだけだった。

 

 「虎子!」

 綾瀬家の前に着くと、茂は大声で呼びかけた。先ほどまでの決心が鈍り、心の中は不安でいっぱいになっているが、(くじ)けてしまう前に決着をつけるつもりだ。

 少しして玄関のドアが開き、あさぎが姿を現した。その後ろには虎子も立っている。彼女の表情は固く、緊張しているのは分かる。しかし茂には、何を考えているのかまでは分からない。

 あさぎが虎子の背中を押し、茂の正面に立たせた。

 「あの…。」

 茂と虎子が同時に声をだし、それによって二人とも続きを喋れなくなってしまった。あさぎは二人の様子に苦笑いすると、話した。

 「まずは虎子から茂に言わなきゃいけない事があるでしょ?」

 「お、おう。シゲ…。この間はごめん。自分勝手で、本当に申し訳ないんだけど、ここできちんとケジメをつけたいんだ。」

 後ろめたさからか、虎子は茂の目を直視する事ができない。声も小さく、絞り出すようである。あさぎは茂を見て、顎をしゃくった。声をかけろ、というサインだろう。

 「虎子、俺はやっぱりあのままじゃ今まで通り付き合う事なんて出来なさそうだ。だから、言わせてほしい。」

 ここでようやく虎子は茂の目を見た。自身の頬が紅潮しているのがわかるほど、熱を持っている。

 「お前の事が好きだ。付き合ってほしい。」

 虎子は黙って顔を俯けた。黙って答えないまま、時間が過ぎる。

 あさぎは無理に会話を続けさせようとせず、一人、家に入って行った。

 「…一つだけ、約束してくれ。」

 日が傾いて空が赤く染まった頃、虎子がようやく口を開いた。

 「何でも言ってくれ。」

 虎子の答えを辛抱強く待っていた茂は、真摯(しんし)に応えた。彼は約束がどんな無理難題であろうと、受け入れるつもりだ。

 「…絶対に野球の練習はしないで。」

 「…は?」

 「だから、野球とか、ボール投げるとか、そういう練習しないでくれ。」

 予想外の要望に、茂は目を丸くしたが、次の瞬間には顔全体に喜色を浮かべて笑った。

 「おう!約束する!」

 虎子も笑みを浮かべ、恥ずかしさを隠すように、頬に手を当てた。

 

 「乾杯!」

 あさぎの号令でワインの入ったグラスを三人は掲げた。あの後、一連の出来事を覗き見していた彼女の部屋に移動し、あさぎがくすねた父のワインを開けたのだ。

 「いやぁ、虎子がずっと黙ってた時はどうなるかと思ったよ。シゲも何も言わないし。」

 「俺だってすげぇ不安だった。ってか、見てんじゃねーよ。」

 「きちんと考えて答えなきゃいけないんだから、時間かかるのはしょうがないじゃないか。」

 あさぎはほっとしたように、茂は喜色満面の笑みで、虎子は恥ずかしさからか目を逸らして、それぞれ言った。

 「今年はホント色々起こるなぁ。」

 「あぁ、よつばちゃんが引っ越して来たりな。」

 「あと、しまうーがシゲに恋しちゃう、なんて事もあったね。」

 「そ、それと…。」

 「シゲと虎子が付き合うなんてね。」

 あさぎが虎子をからかうように言うと、まだ慣れないのか、彼女は恥ずかしそうに俯いた。あさぎはグラスに入ったワインをぐいっと飲み干すと、茂に質問した。

 「ところで、シゲと虎子は恋人同士になったわけだけど。シゲ、虎子に何か隠し事とかしてない?」

 「隠し事?」

 「どうせバレるんだから、言えるうちに言っちゃった方がいいと思うなぁ。」

 茂が考えていると、虎子は少し不安そうに彼を見た。あさぎは面白がっている様子である。少しした後、茂は「あっ」と声を上げた。

 「何かあるのか?」

 「すまん、虎子。あさぎも。」

 「私も?」

 茂はやけに神妙な様子である。

 「これを聞いて、さっきの答えが変わっても構わない。黙っていた俺が悪いんだ。」

 「な、何よ。」

 軽い気持ちで聞いたつもりだったが、予想していなかった重い雰囲気に、あさぎは困惑した。

 「実は…俺には前世の記憶がある。」

 「は?」

 あさぎと虎子は声をそろえて言った。

 「信じられないのもしょうがないけど、聞いてほしい。俺は前世で、本当にどうしようもない奴だったんだ。家に引きこもって、何の努力もせず、ネットゲームばかりしてた。」

 「ちょ、ちょっと待ってよ。何その話。」

 「本当の事なんだ。そんな奴だから、部屋はとんでもなく汚かった。煙草の火の不始末が原因で、火事になったんだ。慌てて外に出ようとしたんだけど、煙で気を失って、そのまま。」

 真剣に話す茂は、本当にそんな過去を悔いているようだ。対して、あさぎと虎子の頭上にはいくつものクエスチョンマークが浮かんでいる。

 「生まれ変わったって事?でもそれっておかしくない?二十年以上前の話でしょ。ネットゲームなんてあったの?」

 とりあえずあさぎは疑問点を聞いてみた。

 「…ん?あった…と思う。いや、違うな。俺は多分、未来から来たんだ…と思う。」

 「どういう事?」

 「まだ売り出されてない物がたくさんあったんだよ。スマホとか、3Dプリンターとか。」

 虎子は腕を組んで唸った。

 「ちょっとどっちも想像しにくいな。SF映画の話じゃないのか?」

 「いや、確かに俺の記憶にある。それで、死んだあと、神様に会ったんだ。」

 「急にファンタジーになったんだけど。」

 茂の奇怪な言動に慣れている二人でも、さすがに理解の範疇を超えてしまったようだ。

 「神様は、生まれ変わらせて、願いを叶えてくれるって言った。」

 「それで、何をお願いしたの?」

 あさぎは理解する事を放棄して、話を聞いてみる事にした。

 「…今思えば、すげぇ恥ずかしいんだけど。魔法の才能と超人的な身体能力と…神殺しの剣、の三つだ。」

 「それは…何と言うか。神様に恨みでもあったのか?」

 話していて恥ずかしくなったのか、茂はうつぶせになってクッションに顔を埋めた。

 「ない。…ただあの時はカッコ良いと思ってたんだよ。」

 「シゲ、ちょっと魔法使ってみてよ。」

 「やめてくれ…。考えてみれば、魔法がない現実でそんなもの使えるわけなかったんだ。」

 最早あさぎは茂の反応を楽しんでいる。

 「じゃあ、剣は?」

 「…捨てた。あれがあると前世を思い出して、恥ずかしくて死にそうになるから。小学校の頃に海に放り投げた。」

 「へぇ。まぁ、身体能力だけは、神様からもらったって言うの、信じられるかな。」

 あさぎの言葉に反応して、茂はクッションから顔を上げた。

 「知ってる?英語では才能の事、ギフトって言うらしいよ。神様から贈られたプレゼントって意味で。」

 「それなら、シゲの身体能力は確かにすごい才能だな。私としては、突然変異とかの方が理解しやすいけど。」

 普通に話すあさぎと虎子の様子に、茂は困惑してしまった。

 「お前ら、ひかないのか?」

 「ひいてるよ。ドンびきだよ。」

 彼はまたクッションに顔を埋めた。

 「考えてみたんだけどさ。」

虎子がワインを一口飲んで話し出した。

「シゲが小さい頃に身体能力が高すぎて、その理由づけのために考えた妄想を事実だと思い込んじゃったって事はないかな?ほら、辛い事から自分を守るために、別の人格を作るって事もあるんだし。」

 「なるほど。なんかそれだとしっくりくるね。第一、前世の分考えたらシゲの精神年齢は少なくとも四十歳近いわけだよね。それはあり得ないし。」

 「いや、そんな事はない…はず。」

 茂はだんだんと自信がなくなってきた。実のところ、前世の家族の顔や神様の顔など、もう思い出せなくなっている事はたくさんある。

 「で、虎子。こんなのが彼氏でいいの?」

 あさぎに問いかけられ、虎子は苦笑いした。

 「正直、変な奴だと思うけど、そんなの前からだしな。前世の記憶が本当だったとしても、思い込みだったとしても、私が好きなのは今の茂なんだ。馬鹿で、不器用で、気も利かなくて、誰よりもカッコ悪いけど。…本当に良い奴だと思うよ。」

 「虎子…。ありがとう。」

 茂と虎子の二人は恥ずかしくなったのか、顔が真っ赤だ。そんな二人を見て、あさぎはため息をついた。

 「でも、まさかこんな話が出てくると思わなかったよ。」

 「隠し事のこと?」

 「うん、ああ言っとけば、なんか面白いのが出てくるかなって。シゲのトラウマ抉っちゃった感じになっちゃった。」

 それを聞いて、シゲと虎子の二人も深くため息をついた。

 

 窓から朝日が差し、鳥の鳴く声が聞こえる。

 三人は深夜まで酒を飲んで語り合い、そのまま寝込んでしまったのだ。日が差した事で目を覚ましたあさぎは、部屋に充満するアルコールの匂いに顔をしかめ、ふらふらと立ち上がると、窓を開けた。

 冷たい風が室内に入った事で茂と虎子も目を覚まし、もぞもぞと起き上がる。あさぎはいつも通り、ダラダラしたメンバーを見て、思わず微笑んだ。

 

 「きょうはなにしてあそぶ?」




これにて完結です。
活動報告にあとがきを書きました。

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