アメリカ合衆国バージニア州南東部に在る都市である。ちょうどチェサピーク湾の湾口に位置しており、地形などが泊地に適している事から、交通と軍事において戦略的に重要な都市として発展してきた。ノーフォーク海軍基地は1917年に建設された世界最大の海軍基地であり、かつてはアメリカ艦隊総軍やNATO(North Atlantic Treaty Organization)変革連合軍などの司令部が置かれた。しかし、深海棲艦との戦いで壊滅し、戦後しばらくして再建され、現在ではアメリカ海軍KANSEN部隊(通称イーグル・ユニオン)とIFPO(International Fleet-girl Police Organization)の司令部が置かれている。IFPOとは言わば対KANSENの軍事警察であり、イーグル・ユニオン内部の秩序維持や、KANSENによる諜報活動を担っている。ドイツが「レッドアクシズ」の一員として他国を武力侵攻するようになってからは、この基地は北大西洋を監視する要衝の一つとなっている。港から沢山の桟橋が整然と生える様はT-レックスの顎を連想させ、KANSEN達が昼夜を問わず行き来している。
私は、駆逐艦暁。IFPOで唯一の……いや、米海軍唯一の艦娘である。今日は私達の部隊に新入りが来るということで、司令部の指揮官執務室に召集されていた。
「ねぇねぇ、今日来る新米ちゃん、どんなこかにゃ~?戦艦かにゃ?空母かにゃ?それとも重巡かにゃ~?くぅ~~~~!待ち遠しいにゃ!!」
猫耳メイド姿の重巡チェシャーは、朝からずっとこんな調子で、ソファの上でスーパーボールになっていた。すると、
「チェシャー、新入りの手前ではしっかりして欲しくてよ?私達ロイヤルメイドの洗礼を浴びせますわ!」
と空色ツインテールのメイド、軽巡ネプチューンが言った。
「とはいえ、私も楽しみで仕方が御座いませんわ。暁、何か指揮官から聞いていまして?」
「詳しくは教えてもらえなかったけれど、『きっと驚くぞ』とだけ仰っていたわ」
「まぁ!それは楽しみですわね♪」
ネプチューンは微笑むと、簡易キッチンで湯を沸かし始めた。指揮官が出勤した時に紅茶が淹れられるように、いつもこうして紅茶を用意するのである。茶葉も天気や気温によって厳選しているらしく、正しく伝統と格式の英国メイドである。彼女のティータイムは、私にとって毎日の楽しみであった。暫くすると、ベルガモットの甘い香りが漂ってきた。
「――待たせたな」
そう言って執務室入って来たのは、我らが指揮官、浜岡櫂である。すぐさまネプチューンが迎えて、浜岡は軍帽と黒革の鞄を預けた。
「おはようございます、指揮官様。只今お紅茶をお持ちしますね♪」
「うむ、ありがとう」
対面のソファに腰かけて一息つくと、浜岡は手を組んだ。間もなくして、ネプチューンがテーブルにティーカップとチーズケーキを並べ、お茶を注いでいく。隣の空席に新人の分が置かれる。皆落ち着かない顔で息を呑んだ。
「ダンナさま!ダンナさま!」
とうとう我慢できずにチェシャーが身を乗り出した。
「今日来る新人ってどんな子?かわいい?」
「そろそろ私達の部隊にも、戦艦か空母が配備されるのかしら?」
私もつられて身を乗り出した。浜岡は頷くと、扉に向かって声を上げた。
「いいぞ、入りなさい」
暫くの静寂の後、扉の影から少女がゆっくりと現われた。幼さがほんの僅かに残った顔立ちで、艶やかな黒髪がポニーテールとなって腰まで届いている。右目を隠すほど垂れたワカメのような前髪と、東洋人の顔つきとは反面に地中海を思わせる碧い瞳が印象的だ。彼女の腰には2本の刀が佩かれていた。刀を帯びたKANSENは珍しくはないが、何故かその刀からは執務室を飲み込むような殺気を感じた。新人の得物としてはやけに年季が入っている。
「紹介しよう、今日から我が隊に加わる、三浦君だ」
「よろしくです。三浦晴香です」
少女はそう言って軽くお辞儀した。しかし、私達は彼女の名に耳を疑っていた。
「え…あなた、人間ですの?」
思わずネプチューンが言葉を漏らした。チェシャーも彼女の言葉を聞いてきょとんとしている。三浦と名乗るその少女は、こくりと頷いた。
「総司令直々の推薦だ」
そう言う浜岡の眼には、不満を許さない意志が籠っていた。執務室は沈黙に包まれる。暫くして、浜岡は
「では早速、自己紹介といこうか」
と言うと、私の方を見た。私はこの部隊の中で最も入隊期間が浅いが、彼との付き合いは誰よりも長いからだ。「おほん」と咳払いをして、背筋を伸ばした。
「私は駆逐艦暁。名前の通り日本艦よ。それと、米海軍唯一の艦娘だわ。よろしくね」
少女は目前にいる絶滅危惧種に、やや驚いた顔をしながらも
「どうも」
と言って一礼した。
「私は英国の大型巡洋艦のネプチューンと申しますわ。この部隊には、研修という形で配属されていますの。よろしくお願いします♪」
「はいはーい!ワタシも英国のKANSENだよ~!重巡、チェシャーで~す!ネプチューンと一緒に研修頑張ってま~す!よろしく~!!そのカタナ?カッコイイね!触ってもイイ??」
「こらこら、新入りを困らせるんじゃあないぞ」
「大丈夫です、浜岡指揮官。おふたりとも、宜しく」
「他にも、軽巡シアトルと戦艦ジョージアがいるのだが、今イーグル・ユニオンとの合同任務に出撃している。明日の正午には帰ってくるだろう……まあ、立ち話もあれだから、座りなさい」
浜岡が指差すと、少女は私の隣に腰を下ろした。
「三浦君は暁とバディを組んでもらう。それと、後から国防総省の応援が来るそうだ。何か困った事があれば、遠慮なく暁に訊いてくれ」
「はい、指揮官」
そう言って、彼女は私の方を向いた。
碧い瞳は、真っ直ぐだった。大概の人間は、艦娘やKANSENを好奇や侮蔑の籠った眼で見たりするものだ。私達は見た目が人であっても、鋼鉄の塊を容易く粉砕できる力を持つバケモノなのだ。指揮官ですら、そのような眼差しで見る者もいる。特に、海上護衛任務等をKANSENが担うようになってからは、職を奪われた軍人が私達を目の敵にしていた。しかし、この少女の瞳からは、そういった感情が微塵も感じられなかったのだ。このような瞳をした人間は、指揮官の浜岡以来だった。けれども、彼女の瞳は何処となく哀しみを感じさせた。
「あたしの事はハルって呼んでください」
「え、ええ。分かったわ。ハル」
浜岡は紅茶を飲み終えると、
「さてと、三浦君の為にも、もう一度任務内容を確認しておく」
と言って資料をテーブルに並べた。その中には写真が5枚含まれており、いずれもKANSENが写っていた。どれも、曇ったガラス玉の様な眼をしている。
「1カ月前、CIAから『ドイツ海軍のKANSENがアメリカ東海岸に上陸し、諜報活動を行っている』との情報と、それらしきKANSENの写真が送られてきた。また同じ時期から、出撃した米海軍のKANSENが突然姿を消す事件が起きるようになった。ドイツ政府はこれを虚偽だと否定しており、よって我々はこの事実関係を明らかにしなければならない」
そこに暁が、
「ドイツKANSENがこの基地に潜んでいる可能性も考慮して、今は此処から離れた各々の拠点で活動しているの」
と付け加えた。
「うむ。そのKANSEN達の艦種と装備について、詳しく調査してきて欲しい。潜伏場所も、だ。写真等の証拠の品があれば尚良い。戦闘が避けられない場合のみ、発砲を許可する。来週の水曜日、1300に情報交換会を行う。緊急な案件があれば、専用無線で連絡する事。くれぐれも、盗聴には特に気を付けてくれ。以上だが、質問があるものは?…………よし、では解散してくれ」
「「はッ!」」
総員敬礼すると、各々執務室を後にする。
「ハルは私についてきて。拠点に案内するわ」
「はい」
その時だった。
「あの、三浦君」
と浜岡が引き留めた。ハルは不思議そうに振り返る。浜岡は少し目を逸らしつつ、
「君……どこかで会わなかったか?」
と訊いた。
「いえ、別に」
「そうか……すまない、忘れてくれ」
ハルは気に掛ける様子もなく、暁について行った。
その前日――とある薄暗い廃工場で、事件は起きた。
工場には異質な雰囲気が充満していた。錆びた鉄骨の壁や手すりを背もたれにして、KANSEN達が人形の様に項垂れて眠っているのだ。そのうちの何人かの艤装には「U.S. NAVY」の文字があった。
ネイビーブルーと白のKANSEN、シアトルとジョージアは、目の前に立つふたつの影に得物を構えていた。
ひとりは大きな木箱の上に腰かけていた。純白のショートヘアに同じく白い軍服、紅い裏地の目立つ黒いマントが揺らめいている。とても短い黒のスカートから、すらりとした脚が伸びていた。彼女の黒のグローブには、何処かから持って来たのか、珈琲の入った白磁カップが握られている。淹れたてなのか、まだ湯気が立ち昇っている。重く湿った空気にのって、その香りが強調されていた。
もうひとりは、一見どこにでもいそうな白いワンピースの少女だ。しかし、その細い手には彼女の背丈を裕に超える程の漆黒の十字架が握られていた。
ふたりとも曇りガラスのような瞳で、追跡者達を見つめている。彼女達は、浜岡の資料にあったお尋ね者であった。
「下水道の奥に、まさかこんな工場があったとはな。しかも、行方不明のKANSENが勢揃いときた」
「ジョーの姐御、どうやら敵はコイツらだけみたいっす」
「よし……オイ!お前ら、大人しく両手をあげr――」
「脳というものは、珈琲の香りを嗅ぐだけで活性化され、注意力と思考力が向上するらしい」
「「……?」」
少女はカップの中にあるそれを見つめながら、独り言を呟き始める。
「…よって、死と隣り合わせの戦場に赴く武士こそ、良質で薫り高い珈琲を嗜むべきなのだ。インスタント、缶珈琲……ましてやミルクだの砂糖だの不純物の混じったものなどは論外だ」
カップを口に運び、啜る。一息して、今度は顰め面をしてそれを見つめた。
「ふむ、どうにもアメリカの珈琲は好きになれん。薄くて、それに腐りかけの桃のような酸味がある。ここでは珈琲は紅茶の代わりだと言うが、こんなお粗末なもので貴様らは戦えるのかね、ええ?」
「ッ!……」
至近距離で457ミリ主砲に捉えられているのに、この少女は微塵も物怖じしていない。それどころか、明らかに侮蔑の眼でジョージアを睨んでいた。
気付くと、ジョージアは冷や汗を流し歯軋りしていた。颯爽としている彼女はそこになく、オッドアイの狂犬と化していた。それはシアトルも同じであった。艤装どころかナイフすら持っていないただの少女達に気圧されていることが信じられず、苛立っているのである。さらに、廃工場に入ってから、頭を鷲掴みにされているような頭痛を感じていた。それがふたりの判断力を徐々に削いでいた。
(へっ、相手もKANSENなのだ、一発ぶち込んだって死にやしねェ……)
ジョージアは完全に冷静さを失っていた。
(腕の一本や二本、吹っ飛ばしてやらねーと気が済まねェんだよォ!!)
彼女の脳は既に、発砲のシグナルを出していた。信号は脊椎を通り、艤装へ流れ、そして主砲の発火装置へ――
……ドンッ!!
勝った――そう思った瞬間、ふたりの意識がぷつりと途切れた。
床に崩れ落ちたシアトルとジョージアを、白い少女たちが見下ろしている。ワンピースの少女は
「敵の昏睡を確認。マインツ、次の命令を」
と言って、ふたりに向けていた黒の十字架を地面に倒した。マインツと呼ばれた少女は珈琲を啜りつつ
「ガスコーニュ、此奴らにどんな夢を見せたのだ?」
と訊いた。するとガスコーニュは向き直った。
「質問内容に、戦術的な意義は分析不可能と判断。次の命令を」
彼女の声はロボットのように抑揚がなかった。マインツは舌打ちをして、
「並べておけ」
と壁際の空いた空間を指差した。ガスコーニュは敬礼すると、シアトル達を引き摺って行った。
マインツは本棚からアルバムを取り出して、何かを確かめる様にページを捲っていた。アルバムの表紙には『イーグル・ユニオンKANSENリスト』と記されている。最後のページを捲り終えると、少し首を傾げ、やがて口角を上げた。
「ほう、彼奴らも我らと同じ……」
そう囁く彼女の眼は、鈍く輝いていた。