かつて、人類は「深海棲艦」と呼ばれるもの達との間で、数年にも及ぶ戦争を行った。彼らは七つの海に同時多発的に発生、人間のような姿をとりながら、『艤装』によって軍艦に匹敵する力を有し、船舶を無差別に撃沈していった。海路と空路での物流も事実上不可能になり、世間では「某国の生物兵器」や「宇宙からの侵略者」などと様々な憶測が飛び交い、大混乱に陥った。各国では直ちに軍隊が出動するも全く歯が立たず、毎日のように艦船と航空機が水底へと消えていった。深海棲艦はイージス艦のレーダーでさえ探知できず、米軍のASMでもダメージを与えられなかった。更に、核弾道ミサイルにも耐えたというデータも存在した。このような驚異的な隠密性と耐久性を以て、蟻の如く湧き続ける深海棲艦は、全世界の制海権を瞬く間に奪ったのであった。
やがて、「妖精」と呼ばれる者達が発見された。発生経緯は謎に包まれているが、彼らはとある能力を持っていた――「艦娘」の建造である。彼女達は深海棲艦と同じく人の姿をとり、艤装によって戦うところまでも同じであった。その上、第二次世界大戦で活躍した軍艦の魂を有しており、深海棲艦に大きな効果があった。艦娘は人類と結託し、快進撃で深海棲艦を殲滅、見事に七つの海を奪還したのだった。
実は、この艦娘とよばれる者達は、いわばKANSENの前身である。艦娘が艤装を妖精によって操縦するのに対し、KANSENは自身の能力で艤装を操縦する。また、艦娘の砲が軍艦のそれと同じ構造であるのに対し、KANSENのそれは外見が軍艦の砲でありながら、内部は銃に似た構造で、マシンガンの様な速射を行うのが一般的である。日本で発生した「美舩村事件」をきっかけに、全世界の艦娘はKANSENへとアップデートされたのだが、その話は一先ず置いておくことにしよう。
ハル達を載せた車が、暁の拠点があるリッチモンドへと向かっていた。ハンドルを握るのは勿論、暁である。
信号で止まるたびに、濃紺のマクラーレンが人々の目を引いた。皆、運転手はきっとセレブだろうと期待し、ガラス越しに幼い少女を見て困惑したり、顔を顰めたりして通り過ぎて行く。その度に暁は
「どこが可笑しいのよ、私は一人前のレディなのよ?」
とひとりプンスカしていた。ハルは横で笑いを堪えていた。
「何よ!」
「いえ、かわいいな、と思いまして」
「ぷんすか!……あ、私にはタメでいいわよ。『さん』付けじゃなくて普通に『暁』でいいし。部隊に入ったからには家族同然だもの、堅苦しいのは嫌いなのよ」
「分かった。あたしも堅苦しいと思っていたところだ。暁、サンキューな」
すると暁は紅くなって、ハルから眼を逸らしてアクセルを蹴り飛ばした。
やがて車はハンプトン・ロード・ブリッジ・トンネルを抜けて、フォーバスに入った。そして、もうすぐハンプトン川の橋に差し掛かろうとした頃、暁が
「そ、そういえばそうと――」
とぎこちなく話しかけた。
「ハルって、海に行ったりするの?泳ぐのとか、好き?」
「水泳は得意だけれど、海は好きじゃないな」
「えぇ?なんで?」
「海は暗いというか、底がないというか……怖い」
「へぇ……」
今度は、ハルの肩に窮屈そうに凭れ掛る太刀に横目をやった。鉄黒の鞘が、車窓に射す陽光に照らされ艶めいていた。
「これ?これは、か……師匠からの、お下がりさ」
そう言って、ハルは暁に鐺の方を見せた。そこには、『天城』と刻印されていた。
「戦艦天城。その艤装から作った刀だ。イ級から戦艦棲姫まで、数多の深海棲艦喰ったそうだ。それも、『天城流柔術』があってこそだけど」
その言葉を聞いて、暁は納得した。
「深海棲艦を撃破したって事は、天城さんは艦娘なのかしら?」
「ああ、そうさ。そして、あたしの師だ。もしもの時は、コイツで加勢するよ。足を引っ張りたくないからな」
「ダメよ!暁は艦娘だから、例え腕が吹き飛んでも直ぐ元通りに治せるけど、ハルは人間なのよ?危険すぎるわ。もし敵KANSENに襲われたら、私を置いてでも逃げなさい」
「……分かったよ」
「本当に分かっているのかしら」
ふと、暁は「あたしだって」と聞こえたような気がしてハルの方を一瞥した。しかし、ハルは不貞腐れて車窓に顔を逸らしていた。
(何があっても、ハルは私が守り抜くッ)
ハンドルを握る手が、次第に強くなった。景色を世話しなく流れていく街路樹の足元には、ノコンギクの白い花が点々と咲いていた。
※
三日前のことである。
浜岡はキャンベル総司令に呼び出され、彼の執務室を訪ねた。戸を開けると、パイプ煙草を咥えた総司令が彼を迎え入れた。執務机の隣には秘書艦の空母エンタープライズが、バッキンガム宮殿の近衛兵のように控えていた。
エンタープライズは元々、真珠湾にある浜岡の部隊に所属しているKANSENであった。しかし、浜岡の艦隊がネオ・レッドアジュアからハワイを防衛するのに失敗し艦隊は壊滅、彼は大尉に降格させられノーフォーク海軍基地へと左遷された。そして、彼のKANSEN達は練度が非常に高かった為、彼女を含むKANSEN全員が総司令の艦隊へ移籍させられたのであった。
(良くやっているな)
そう思っていると、彼女が敬礼を送ったので、浜岡も敬礼を返した。それを見た総司令は眉を顰めたが、直ぐに明るい声で
「君のKANSEN達は元気かね?」
と声を掛けた。
「はい、お陰様で。特に暁が来てからは、彼女達の練度が目に見えて上がっております」
「そうかそうか。特別計画艦は艦歴がないから、正直どうなるものかと心配だったのだが、杞憂だったな。流石、佐世保の浜岡だ!」
快活に笑う彼に、浜岡も聡明に笑った。
「さて、では本題に入ろうか」
そう言って総司令は机上にあった茶封筒を取った。その時だった。
「ッ⁉」
浜岡の背筋に冷たいものが走った。右側から、ただならぬ気配を感じたのだ。驚いて振り向くと、そこにはダークグレーの戦闘服に身を包んだ少女がいた。刀を二本差ししており、それが異質な雰囲気を醸し出していた。
「紹介しよう、三浦晴香君だ」
少女は浜岡を真っ直ぐ見て、無言で敬礼をした。そこで浜岡は、その瞳にどこか見覚えのあるような感じがした。明るく澄んでいるのに、どこか哀しい暗闇を抱えているような瞳であった。それと同時に、疑問が浮かんだ。
「彼女は、KANSENじゃあないですよね。何故に私の部隊に?」
「ああ、三浦君は日本から亡命してきたのだ。ネオ・レッドアジュアのハワイ侵攻の暫く前の事だ。彼女は不法入国およびスパイ容疑で拘束された。けれども、通信機器等それらしき物品を所持しておらず、手続きが済んでいざ強制送還という時に、日米戦争が始まってしまった。それで仕方なく、海軍局の物資調達課に配属されたのだ。海軍局は、彼女を日本から更に離れたNRB(メイポート海軍補給基地)に赴任させたというわけだ」
「なるほど……」
「ところで、浜岡君はブルックリン海軍工廠の事件は知っているかね?」
「はい、確か半年前の――」
この事件はマスコミでは報道されず、海軍の中でも知る人は少なかった。浜岡もつい最近、休暇中のエンタープライズから聞かされたばかりであった。
事件の発端は、演習航海中の艦隊が救難信号を受け、発信元のロングアイランド沖へ出動したことであった。艦隊は、自由フランスのKANSENである戦艦シャンパーニュが大破して意識を失ったまま漂流しているのを発見、彼女をブルックリン海軍工廠へ曳航した。シャンパーニュの修復は無事完了し、意識も回復した。だが、突如発作を起こし巨大化、暴走したのである。
「そうだ、その戦艦シャンパーニュがどうなったかも、知っているかね?」
「確か、現地のKANSEN達によって鎮圧され、自由フランス政府の承諾の元、暴走の原因究明のために解体、サンディエゴ海軍基地の研究所に送られたとか」
「うむ、それなのだが……」
総司令はパイプ煙草を置くと、ハルの方に目をやった。
「KANSENがシャンパーニュを鎮圧したのは、海軍上層部によるカバーストーリーだ。彼女を倒したのは、君の目の前にいる、三浦君なのだよ」
「ッ⁉」
浜岡は唖然とした表情でハルの方を見た。ハルは顔色ひとつ変えることなく、こくりと頷いた。エンタープライズも驚いた様子だった。
「三浦君は剣術のマスターでね、腰に付けているのは、戦艦天城の刀だそうだ」
基本的に、人間は艦娘やKANSENの艤装を操るのは不可能である。過去には日本海軍が人間のKANSEN化の試みに成功したと発表をしたが、確実化には至っていない。しかし、例外はある。それが、刀や剣等のいわゆる刃物である。浜岡自身も、美舩村事件では航空戦艦日向の太刀を使い、艦娘やKANSENに匹敵する力を発揮したのであった。
「この事を知った海軍上層部は、やはり、三浦君の力がどれくらいのものなのか興味津々になったわけだ。ただ、艤装は操作できないから、KANSEN達と艦隊行動は出来ない。シャンパーニュの時は乾ドックだったからね。陸上戦だったというわけだ」
「それで、内地での活動が主体であるIFPOに」
「そうとも」
総司令は、再びパイプ煙草を咥えた。
「私にその話が回ってきた時、君しかいないと思ってね。君が今抱えているヤマに、是非彼女を活躍させて欲しい」
浜岡は暫くハルの顔を見てから
「承知しました。お預かりします」
と敬礼を送った。総司令は笑顔で頷いた。
「では三浦君、私の名は浜岡櫂、階級は大尉だ。小さな部隊だけれども、宜しく頼む」
「初めまして。よろしくお願いします、浜岡大尉」
改めてハルの顔を見る。やはり、彼女の面影には既視感があった。目の前にいる音楽の趣味も知らない少女が、ただの知り合いではなく、遠い昔に、人生の分水嶺において傍らにいたような懐かしさを感じた。しかし、どうしてか得体のしれない恐怖も渦巻いており、浜岡は混乱していた。
「私の顔、何かついていますか?」
「え、いや。何でもない。取り敢えず、私の執務室に案内するよ」
浜岡は総司令から茶封筒を受け取ると、ハルを連れて部屋を後にした。
二人を見送ると、総司令は
「私は暫く仮眠をとるよ、委託艦隊が帰還したら起こしてくれ」
と言い残して、奥のプライベートルームへ消えた。
「本当に、良かったのだろうか……」
エンタープライズが不安げに、浜岡達が出て行った扉を見つめていた。
※
ハルと暁は、途中のニューポートニューズでハイウェイを降り、少し早めの昼食を済ませた。
空には美しい青が広がっており、雲一つない快晴であった。二人は腹ごなしに近くの公園を歩いていた。時折、ジョギングや犬の散歩をしている人とすれ違うのだが――
「ねぇ、やっぱり刀は車に置いて来た方が良かったと思うの」
彼女の佩いている太刀が、かなり目立っていた。すれ違う人の殆どが、それが目に入るなりハルを避けるようにして通って行ったのだ。一方のハルは
「護身用なんだ。別にいいだろ」
とまんざらでもなさそうにしていた。
噴水の音が聞こえてきた時、視線の先に1台の露店車が見えた。珈琲の芳醇な香りが此処まで漂ってくる。ハルが興味津々で露店者を見つめていたので、寄っていくことにした。
中では女性のバリスタが、高らかにエスプレッソマシンを操作していた。車内だというのに、ハンチング帽を深々と被っている。
「いらっしゃいませ」
「えーっと、ブレンドのホットで。暁は?」
「じゃあ私はアメリカンで」
「砂糖とミルクは如何いたしますか?」
「結構です」
「私もいらないわ。レディーだもの」
「かしこまりました!」
バリスタが淹れたての珈琲を注ぐと、ハルはついでに朝刊も頼んだ。バリスタはとても機嫌がいいようで、終始鼻歌を歌っていた。
「はい、どうぞ!」
「ありがとう」
近くにあったベンチに腰掛け、ハルは器用にカップを片手に朝刊を開いた。暁もSNSをチェックしつつ、珈琲をちびちびと啜った。
「……」
「砂糖貰ってこようか?」
「いらないもん……ッ」
暁はぐいっと珈琲を注ぎ込むも、今度は舌を火傷して声をあげた。
「氷、貰ってこようか?」
「ぷんすか!」
とうとう顔を真っ赤にしてしまったので、ハルはやれやれと言って朝刊に目を向けた。
1面にはハリウッド女優のゴシップ記事があった。他は大統領や議員の密会や失言、大西洋で連日発生している海底地震等の記事で、穴が開くほど見返しても日米戦の戦況についてはどこにも書かれていなかった。戦争はKANSENに任せきりで、人々はスキャンダルや他人の不幸事にしか興味がないのである。勿論、最近のKANSEN失踪事件についても触れられていなかった。おそらく、国民の不安を煽らないように、海軍が隠蔽しているのだろう。ハルは溜息をついて、珈琲を一気飲みすると、傍のゴミ箱に朝刊とカップを放り投げた。
「お客さん!」
調子の良い声に顔を上げると、先程のバリスタがいた。両手に焼き立てのワッフルを持っていた。
「今度、新商品として出すメープルワッフルです。是非、感想をお願いします」
「あ、ワッフルだ!嬉しい!」
そう言って暁がとびつく前に、ハルが制する様に
「Danke schön」
と言って立ち上がった。
「Bitte schön!......ッ⁉」
暁は、信じられない、という顔をした。
目前で、ハルが抜刀したのだ。それに合わせるようにして、バリスタも短剣を抜刀したのだ。二つの刀身がぶつかって、金切り音と共に火花が散る。
「ほう。その太刀、艤装かね?」
「おうよ。あんたの得物は、カッツゲルバルってヤツかい?」
「ご名答ッ!」
バリスタは距離を取ると、ハンチング帽とエプロンを投げ捨てる。サラリ、と銀髪が流れ出た。曇ったガラス玉のような瞳、血の気がない真っ白な肌――暁があっと声を上げる。浜岡が提示した顔写真、そのうちの一人であった。
「我が名はドイツ海軍軽巡洋艦、マインツだ‼」
名乗ると短剣を構える。
「あたしはIFPOの三浦だ。丁度あんたを探していたところなんだよ」
半身を退いて、ハルが太刀を構える。碧い眼光が鋭く光る。
その時、背後で爆発音がした。
「ジョージア!それにシアトル!」
「暁、無事だったか?」
「助けに来てやったっすよ!」
ふたりのKANSENの艤装にはIFPOの文字が刻まれている。暁は僚艦達に駆け寄ろうとする。
「待ったッ‼」
ハルが啖呵を切って、暁はハッと我に返った。
彼女達はどこをどう見たって、同じ部隊のKANSENのジョージアとシアトルだ。しかし、その目には生命の光がなかった。顔は青白く感情がなかった。まるでロボットがプログラムの指示通りにポーズを取って、設定された科白をしゃべっているようだった。そして、彼女達の砲身は、明らかに暁とハルの方を向いていた。
「私の家族に何をしたッ!」
蟀谷に血管を隆起させ、暁が叫んだ。マインツは口角を上げると、
「フン、せいぜいお仲間と戯れていろッ」
と言って踵を返し、茂みの奥へと逃げて行った。
木枯らしが吹く中、4人が対峙する。暁は艤装を装備しておらず、圧倒的に不利だ。だが、仮に装備があったとしても、暁は砲撃する気にはなれなかった。目前にいるのは、同じ部隊のKANSENなのだ。
暁は7年前の美舩村事件を思い出していた。レイモンド上須賀と深海三笠姫によって発明された『角』によって、艦娘を洗脳し、軍事クーデターを起こした。結果、美舩村で、横須賀で艦娘同士が撃沈しあったのだ。暁もまた、角によって操り人形となった艦娘達を、何人もその主砲で沈めた。人々を護る為には、そうするしかなかったのだ。
それに、いま狙われているのは暁達だけなのだ。三十六計逃げるに如かず――暁にとって、逃げる以外の選択肢はなかった。
(ハルだけでも逃がさなきゃッ)
とはいえ、対するシアトルは軽巡、さらにジョージアは戦艦である。機銃すら装備していない駆逐艦の身体で、どれだけ時間が稼げるかも分からなかった。暁は覚悟を決めて、「逃げて」と言おうとする――
「ッ⁉」
黒い影が、俊足でジョージア達の前に飛び出した。
(どうして突っ込むのよ……あいつッ!)
武装したKANSENを相手に、人間の勝ち目は、ない。至近距離で発砲されれば、直撃でなくとも、衝撃波だけで木端微塵である。
機動性のあるシアトルが主砲を構える。両者の距離は約10メートル、照準を合わせ、弾を撃ち出すには十分な間合いだ。
(もう駄目だ……)
そう思った時だった。ハルの身体が陽炎の様にぼやけた。
次の瞬間、金属音が爆ぜた。シアトルの身体が、艤装ごと真っ二つになっていた。その陰からハルが飛び出す。だが、ジョージアの457ミリ主砲は既にロックオンしていた。ハルは構わず飛び込む。
「ドンッ‼」
地鳴りのような轟音が響き渡る。硝煙がふたりの影を包み隠す。
「ハルッ‼」
寸刻して、煙が風で掻き消える。
(……え?)
暁は目を疑った。ハルが、傷ひとつ負わず、ジョージアの後方数メートルに立っていたのだ。
ぱきっ、と何かが砕ける音がした。直後、ジョージアの艤装から重油が迸り、操り人形の糸が切れた様に崩れ落ちた。そのまま、シアトルとジョージアは灰になって消えた。
(嘘……)
茫然としていると、ハルは暁の元へ走って来た。そして
「暁!車から主砲を取ってきて!」
と言い残して、茂みへと突き進んで行ってしまった。
マインツが逃げた方向へ駆け抜け、茂みを飛び越えると、ハルの視界が突然開けた。そこは円形の広場になっており、その中心に彼女はいた。
「暁をひとりにして、大丈夫なのかね?」
「あん?彼奴等なら、あたしが雁首揃えて切り捨ててやったさ」
そう言ってハルは抜刀する。その刀は重油でべったりと濡れていた。マインツはそれに気付いて、苦い顔になりながら短剣を構える。ハルは更に打刀を抜くと、不敵な笑みを浮かべた。
「いざ、参るッ‼」
深く腰を沈めると、ジェットエンジンの如き蹴りで突撃した。瞬間的に間合いを潰し、打刀を滑り込ませる。マインツは短剣で軽く扱う――
「かかったなッ」
間髪許さず太刀が襲いかかった。両刀の長さが同じだと錯覚し、入り込み過ぎたのだ。ハルは精確に首を狙う。
だが、ここで奇妙な事が起きた。刀先が白い肌に触れる直前に弾かれたのだ。それどころか、高速で軌道を逆行し始める。柄を握る腕に電流が駆け抜けた。
「がぁッ⁉」
抑えきれずに、身体が強制的に反ってしまう。そこをマインツは見逃さなかった。
「そこだ!」
カッツゲルバルが刺突する。ハルは何とか打刀で逸らした。凶刃はそのまま刀先を流れて切羽を抑えた。マインツはダメ押しのとばかりに体重を掛ける。
ギリギリと音を立てながら、白いシルエットがハルを呑み込まんとしている。まるで鰐が水牛を丸のみしようとしている様だった。
「良い腕だ、流派は何かね?」
「……天城流…柔術……だッ!」
太刀を力任せにフルスイングする。マインツもこれに合わせた。距離を取って、再び両者が対峙する。
ハルは型を立て直すと、足を地から剥がすように跳ねる。汗が滲み、息も荒んでいる。一方のマインツはというと、何やら訝しげに剣を回している。
「さっきのは何だったんだ?皮にダイヤモンドでも仕込んでるのか?」
「さて?何の話かねぇ‼」
今度はマインツが仕掛けた。半身を前に出し、フェンシングのように突っ込む。ハルは動かない。
刃先が今正に貫こうとした瞬間であった。ハルの身体が、真横にスライドする。剣は影を突き通り、射程内に入ってしまう。
「無駄ッ!」
分かった時には、短剣は打刀に宛がわれ、喉に太刀が添えられていた。しかし、それを握る本人は、
「これは一体……?」
と焦燥している。彼女の視線は、マインツの首に集中していた。
「斬れ……ない?」
思わず零れる。ハルの右腕が、不思議な感覚を読み取っていたのだ。
刃は万全に喉元を捉えている。けれども、1ミリたりとも食い込んでいないのだ。基より、刃物というものは、圧しながら引くことで切断する物である。ハルもその様にして頭を斬り飛ばそうと目論んでいた。なのに、圧することができないのである。刀身が自ら躊躇うように、幾ら押し切ろうにも、白い肌に、肉に、食い込みさえしないのである。
ここで、マインツの目が見開いた。ハルが眼下に拳を見たときには、もう遅かった。
「ぐぁああああ‼」
華奢な身体が、くの字に曲がって吹っ飛んだ。勢いそのまま木に叩き付けられ、過剰なエネルギーが発散して四肢を伸ばした。
数秒あまり魚拓となっていたハルは、ぺちゃり、と根元にへたり込んだ。一拍おいて、マインツは驚いたように笑む。
「なんとタフな。まだ意識があるとは」
「う……うう……な……ぜだ……」
呻きながらも、ハルの眼はマインツに照準を合わせていた。
「おめぇ……拳……遅……かった……のに……」
「それについては、すごく単純な話だ。ベクトルを操作したのだよ。私はこれを『撃ち返しの盾』と呼んでいる」
徐に小石をひとつ拾い上げると、それを掌に載せた。すると、小石は独りでに転がり始め、回ったり飛び跳ねたりして、最後は弾けて粉々になった。マインツはこの能力を使って、太刀の刀身を反射し、弱めのパンチでハルを吹っ飛ばしたのだ。
「分かるかね。私は皮膚に触れた物質を自由自在に操れる。例え戦艦だろうと、小指で触れるだけで破壊できる」
短剣を納めていると、遠くから金属音交じりの足音が近づいて来た。
(暁、来るんじゃあねぇ。弾が反射されたら――)
よろよろと立ち上がって、ハルは無理矢理に刀を構えた。それを見たマインツは呆れながら、
「心配するな、今日は貴様らの相手をするつもりはない。作戦は既に完了しているのだ」
と言うと、広場の中心へ後退して行った。
ほぼ同時に、暁が茂み飛び出した。マインツを見つけると、般若の形相で主砲を構えた。
「おい!やめ――」
言い終わる前に、突然足元から水柱が立ち昇った。此処は噴水だったのである。暁は慌てて水のカーテンに砲撃したが、一発として当たった気配がなかった。やがて噴水が止まると、マインツの姿はどこにも見当たらなかった。暁は戦慄いて
「クソッ!逃げられた」
と一声あげてから、ハルの元へ駆け寄った。
「怪我は?」
「ない。大丈夫だ」
刀を置くと、懐から和紙と鹿皮を取り出して拭った。
暁は無言で、その和紙を手に取った。ジョージアとシアトルの血と重油で、ドス黒く染められていた。
(一振りで、戦艦の装甲をも容易く貫いていた。これが、戦艦天城の刀……いいや……)
ジョージアに襲いかかるハルの姿を脳裏で再生する。彼女の瞳は冷酷で、微塵の迷いも容赦もなかった。
「…………」
額を冷たい汗が流れる。助けられたはずなのに、喜びや感謝といった感情が、全く湧いてこなかった。
車は再びリッチモンドへと走り出した。暁はハルを一瞥する事も無く、甲高いエキゾーストだけが車内に木霊していた。
「HQ、こちら暁」
「浜岡だ。どうした?」
「サンディーボトム自然公園にて、写真資料の白ずくめのKANSENマインツとエンカウント。撃破しようとしたけれど、逃げられたわ。昼ご飯の直後だったから、艤装を外していたの……迂闊だったわ」
「やはり、情報は本当だったらしいな。だが、逃げられたとなると……何か証拠が残っていればいいのだが」
「それなら大丈夫。近くの監視カメラに写っていたから、データを貰って来たわ。それに、証拠とは言い切れないけど、マインツが使用していた珈琲の露店車から指紋が出ると思う。文書等は見つけられなかったわ」
「分かった、指紋については此方で解析班を手配しよう」
「それと……」
「なんだ?」
「……ジョージアとシアトルにもエンカウント。でも、ドイツ軍に何らかの洗脳を施されていて、襲われたわ」
「なん……だと……⁉それで、ハルは無事かい?」
「ええ……ハルが、二人とも撃破したわ」
「三浦君が⁉」
「私が囮になって彼女を逃がそうと……あの娘、容赦なく一刀両断したわ。洗脳されていたとしても、同じ艦隊の仲間よ?私だったら、僚艦に主砲を向けるなんて出来ない」
「三浦君の判断は、正しかったと思うよ」
「……え?」
「確かに、君も正しい。ジョージア達は自分で裏切ったわけじゃない。仮にそうだったとしても、思い出を踏み潰して、仲間を撃つ事は簡単じゃあない。君には想いやりがある」
「…………」
「ただ、あの時に退避していたら、二人は見境なく砲撃していたかもしれない。特にジョージアは戦艦だ、例え近くに人がいなかったとしても、大きな被害は避けられなかっただろう。それに、こう言っちゃあなんだが、KANSENは撃沈しようが基地でリスポーンできる。状態異常も回復するのだから、その洗脳とやらも解消されるだろう。つまり――」
「つまり……?」
「三浦君は全員を救ったんだよ。民衆も、ジョージアもシアトルも、君の事も」
「ッ⁉」
「不測の事態に対して、損害を最小に抑える選択を即座に下した。新人なのに、よくやったじゃあないか」
「そ、そうね」
「他に報告はあるかい?」
「いいえ、ないわ」
「よし。では、私は工廠でジョージア達を迎えてくるよ」
「了解。ありがとう……」