ぼんやりと暗い廃工場で、4つの人影が机を取り囲んでいた。机には大きな合衆国の地図が橙のライトに照らされており、幾つかの港に紅でバツ印がされていた。
「すまない……せっかく手に入れた特別計画艦を、一気に2人も失ってしまった」
と、軽巡マインツが額に手を当てて唸っている。
「シアトルはともかく、戦艦ジョージアがやられたとは、誤算でしたねぇ」
綿飴の様な声で言うのは、黒と紅の軍服に黒ミニスカート、丁子色のボブヘアの女性……重巡洋艦ローンである。先程から落ち着きの無さそうに、鉄黒のメカニカルなブーツの爪先をカタカタと鳴らしていた。すると、鱗に覆われた厳ついワンピースにドイツ軍の大きな将校用制帽を被った、黒ずくめで小柄な少女――巡洋戦艦オーディンが
「フン、お前が余計な好奇心を抱かずに、とっとと始末しておれば良かったのだ」
と言って、パイプ煙草に火を点けた。
「おい、此処は禁煙だぞ!コーヒーに臭いが移るじゃあないか!」
「何だ?香ばしくなって良いじゃあないか」
「何だと⁉」
「――こらこら、喧嘩はダメよぉ?」
三人がゲートに振り向くと、漆黒のドレスに身を纏った高身長の女性がやって来た。すらりとしたシルエットと紅角を天に穿つその姿からは、美しさと禍々しさが溢れ出し、工場は瞬く間にパンデモニウムへと変貌を遂げた。
「オーディン、戻りました」
「ガスコーニュ、待機中」
「マインツ、同じく」
「お帰りなさい、フリードリヒ」
敬礼を送ると、戦艦フリードリヒ・デア・グローセは頷き、3人と地図を囲んだ。
「あらマインツ。どうして貴女が此処にいるのかしら?」
彼女の一言に一同は青ざめた。マインツは、わなわなと一歩前に出て
「はッ、恥ずかしながら、潜伏先でIFPOの2人組に正体がバレ、結果シアトルとマインツを消失。連中にも逃亡を許してしまいましたッ」
と声を張って言った。直後、ローンが
「私が行けばそんな雑魚、秒で片付けたのに……」
と愚痴を零したが、オーディンの蒼眼に睨まれて目を逸らした。マインツは
「し、しかしながら、例の件は滞りなく完遂いたしましたッ」
と取り繕った。フリードリヒは妖艶に手を顎に添えて少し考えるも、
「まあいいでしょう。特別計画艦とはいえ、所詮はその程度だったという事。どうせ、屁の突っ張りにもならなかったでしょう」
と言って、机に茶封筒を出して資料を広げた。
そのうちの1枚を見て、マインツは目を見開いた。
「此奴は……」
「何だ、知っているのか?」
オーディンが眉を寄せると、続ける。
「此奴だ、私の正体に気が付いたのは。シアトルとジョージアを倒したのも此奴だ。二刀流の変わった奴だった。確か名前は……三浦とか言っていたかな」
「三浦?聞いた事の無いKANSENねぇ。その子も特別計画艦なのかしらぁ?」
「分からない。ただ――」
そこまで言ったところで、フリードリヒが手を挙げて制する。
「この娘は、ヒトよ」
束の間、辺りの空気が停止した。
「名前は三浦晴香。ノーフォーク海軍基地所属のIFPO隊員。私達は例の作戦を決行する前に、彼女を必ず仕留めなければならない」
「なんですって⁉」
あり得ない、という表情をしたのはローンであった。マインツとオーディンも怪訝そうな顔をして写真を見ている。
「私達は特別計画艦、そこらのKANSENとは格が違うんですよ?どうして私達が、人間の相手なんかしなければならないのですか!」
「落ち着きなさい、ローン。これは私達の為なのよ」
「え……どういう事ですか?」
首を傾げる彼女を見て、フリードリヒは口を開く。
「これは昔にデーニッツから聞いた話だけれど、日本海軍は彼女を血眼で探しているらしいわ。勿論、始末する為にね。だから、これは絶好の機会なの」
「絶好の……機会?」
「ええ。例の作戦が成功しても、勝手に行動した以上もうドイツへは帰れない。そこで、彼女の遺体を手土産に、同盟国日本へ亡命するッ」
一同は目を丸くした。そこへ、ガスコーニュが口を挟む。
「シアトル及びジョージアが敵の手に戻り、拠点の情報が漏洩した惧れあり。三浦討伐に、大きくリソースを割く事は危険と分析」
「では、このマインツにリベンジさせて下さい!今度こそは、必ずや獲物を仕留めて参り――」
「いいや、マインツ。ここは私が行く……良い考えがあるのだ」
そう宣言したオーディンの左目は、蒼い炎を灯していた。
浜岡はネプチューンが淹れた紅茶を嗜みつつ、資料に向かっていた。マホガニーの執務机には、艦隊が消息を絶った地点が示された海域マップや、ドイツKANSENについての資料、軍艦に関する便覧や新聞紙が山積みにされていた。
しかし、彼はそれらを尻目に、ある一枚の資料と睨めっこしていた。
『三浦晴香、23歳の日本人。コロナド沖で漂流している所を第3艦隊が発見、不法入国の疑いで身柄を確保。日本刀を所持、艦娘戦艦天城のものと断定。天城と三浦が師弟関係にあった模様。取り調べでは、日本の舞鶴から亡命を謀ったと供述しており――』
深海棲艦との戦争が終わって間もない頃、1歳にも満たないハルは、戦艦天城に養子として引き取られた。
当時の天城は、舞鶴にある軍の上級士官寮舎を譲り受けて天城荘と名付け、退役した艦娘達の社会復帰支援施設を経営していた。また、社会に適応できなかった艦娘達を全国から呼び寄せていた。その傍ら、天城流柔術の道場も開いていた。天城荘は舞鶴の孤島に聳え、その外観から竜宮城と呼ばれていた。
ハルは天城や他の艦娘達のお陰で順風満帆に育ったが、学校に入るとそこで虐めを受けるようになった。彼女は艦娘に囲まれて生きてきた為、周囲の人間と価値観が合わなかったのである。元々孤児だったのと、艦娘に育てられている事もその要因であった。ここで、ハルは天城から自身が養子であり、ヒトである事実を伝えられた。暫くはそのショックで荒んでいたものの、やがてハルは艦娘に憧れるようになった。
そこで天城は、ハルに自身の柔術を教え込む事にしたのである。するとハルは天才的な能力を見せ、貪欲に技を習得していった。この時から、ハルは天城の事を「お母さん」ではなく「お師匠様」と呼ぶようになったのである。
天城は常に冷静で、礼節を重んじ、利益や名声よりも徳と和を大切にする艦娘であった。時折、厳しさを見せる事もあるが、全てを包み込むような優しさをもっていた。
「力とは、技とは……誰かを守護る為にあるもの。強くなって、人々を助けられるように、励みなさい」
それが彼女の口癖であった。ハルは何時の日か、天城流柔術を継承し、その心を人に広めようと思うようになった。
しかし、その夢は突然に潰える事となる。
真珠湾が襲撃を受ける1週間前の夜――天城荘が、炎に包まれた。
この時、ネオ・レッドアジュアは既に日本政府を乗っ取り、同時に日本海軍の指揮権も剥奪していた。内閣は首領の赤城とその側近達に挿げ替えられ、頼みの綱であったIFPO日本支部も壊滅してしまった。力なき人間がただ指を咥えて見ている中、彼女達は来る日米開戦に向けて反乱分子を殲滅していた。主な標的は、レジスタンス活動を行う艦娘団体であった。
美舩村事件の後、天城荘にはネオ・レッドアジュアのKANSENが頻繁に勧誘に訪れていた。此処には、歴戦の猛者と呼ばれた艦娘が多く住んでいる。寧ろ、戦時中に輝いていた艦娘ほど、人間社会での生き方が分からずに挫折し、天城荘にやってきていた。連中はその様な戦闘に優れた艦娘達を引き抜き、「角」によってKANSENに改造することで、戦力増強を謀っていたのである。けれども、天城は
「私達は人命を護る盾でございます。殺人兵器になってはならぬのです」
と毎度に門前払いしていた。他の艦娘達も彼女と同じ考えであった。
天城は戦時中に艦隊の教育係でもあった事から、人脈も広く多くの艦娘からも慕われていた。その上、深海棲艦が復活した時の為に、天城荘には工廠と資源倉庫が整備されていた。彼女が一声あげれば、日本中で内戦が勃発し、今後の日米戦に支障が出る……そう考えたネオ・レッドアジュアは、真夜中に奇襲を仕掛けたのである。確実に駆逐する為に、部隊は隠密に島へ上陸してから天城荘に突撃した。
この日、ハルは戦争というものを知ってしまった。撃って、撃たれて……壊して、壊されて……仲間が目の前で血だまりになっていく。閃光と悲鳴が、10歳足らずの少女の心を抉り潰していった。ただ逃げ惑うしかなかった。恐怖と、己の無力に対するやるせなさが、彼女の中で混沌と渦巻いていた。
とうとう、ハル達は城の最上階へ追い詰められてしまった。彼女と天城を含め、生き残っているのはたったの5人であった。皆、彼方此方に傷を負っていた。ハルは絶望して床にへたり込んでしまった。天城は直ぐさま指示を出す。
「土佐!階段を落としてください」
「了解した!」
土佐と呼ばれた戦艦は、太刀を構えて一呼吸置くと、一振りで階段を崩落させた。
「赤城、加賀も。時間稼ぎをお願いします」
「「はい!」」
天城は太刀で天井を突くと、分厚い扉が開き、梯子が下りてきた。ハルがこの械を見るのは初めてであった。
「晴香、来なさい」
そう言う天城はとても怖い表情をしていた。動揺するハルを強引に引っ張り、天井裏へと上がった。
「……ッ⁉」
目前の光景に、ハルは目を疑った。漆黒の巨大なロケットが、台の上に横たわっていたのである。
「お、お師匠様……これって……ッ⁉」
ふと、金縛りに襲われた。叫ぼうにも、声が出ない。踏ん張ろうとするも、脚が言うことを聞かない。ハルはそのまま伐採される木の様に倒れこんだ。背後から、天城に秘孔を刺されたのだ。それは、彼女自身よく知っている技だった。ハルは目を泳がせる。
「ごめんなさい。しかし、こうするしかないのです」
声と共に、天城が顔を覗き込む。彼女はハルを抱きかかえると、階段を駆け上がった。階段はロケットの弾頭に繋がっており、そこにある格納庫のハッチを開いて、小さな少女の身体を押し込んだ。
「オロチ……このロケットの名前です。対深海棲艦用核弾道ミサイルとして開発されましたが、核弾頭を搭載することなく終戦を迎えました」
説明しながら、佩いていた二本の刀と、何処からか持って来たパラシュートを投げ入れた。天城の眼は、覚悟の眼をしていた。この時、ハルは遅れて気付いた。
(お師匠様は……皆は、あたしだけ逃がして自滅するつもりだッ)
必至にもがこうとするも、まだ金縛りが解けない。
「いいですか……これからあなたは、一人で生きていくのです。どうすればいいか分からなくなった時、この刀を見て、天城荘の皆を思い出しなさい。何があろうと、必ず生き延びなさい。そして何時の日か、ネオ・レッドアジュアから、この国を救いなさい……今までありがとう、晴香……」
「……‼」
ここで、天城は涙を流した。そんな彼女を見るのは、初めてであった。
「さよなら……元気で……」
そう言い残して、ハッチに手を掛ける。
(待って!まだ、あたしは……師匠に何の親孝行もできてない!他の皆にも……お礼の言葉だって――ッ‼)
肺を振り絞る、何が何でも声を出そうとする。しかし、踏まれたカエルの様な呻き声しか出せない。呂律が、回らない。天城は、最後の微笑みを、ハルに送った。
バタン……
暗闇と静寂がハルを包む――ありがとう――それさえも、言えなかったのである。
やがて、重力の方向が変わるのを感じて、直ぐに地響きと轟音が身体を揺さぶった。あまりにも突然な、今生の別れであった。
どこまでも押し上げられていく感覚の中で、ハルの底から、溶岩よりも熱いものが湧き上がって来た。
(許さない…………大切なもノヲ……全部……全部、奪イヤガッテ‼)
黒洞々たる格納庫の中、幼気な少女の心は水底よりも暗くなっていった。
※
初陣から一夜が明けた。
ハルは拠点であるアパートの一室で、硬いベッドに横たわっていた。最初は暁と同室になる予定だったが、偶然にも隣の部屋が空いていたので、急遽そこを借りたのだった。
天井をぼんやり見つめながら、昨日の事を思い浮かべていた。
(やっぱり、指示を待たずに勝手したのが、いけなかったのか知らん)
マインツ達と戦った後から、暁の態度に異変を感じていた。口数が明らかに減っていたし、話す時はよそよそしさを感じた。
(護る為には仕方なかったけれど……ジョージアとシアトルは暁の家族なんだよな。いくらでも復活できるとはいえ、目の前で撃沈したんだ。そりゃあ根に持たれるよな……)
窓からは爽やかな陽射しが差し込んでいるのに、気分はどんよりと曇っていた。
そんな事を考えていると、チャイムの音が聞こえた。扉を開けると、寝ぐせの残っている暁が
「おはよう、いきなりだけど、国防総省からの応援が来たわ。私の部屋に来て」
と言って大きな欠伸をした。その後に、
「変な人だけど、多分、大丈夫よ」
と意味ありげに付け加えた。
部屋に入ると、その人は狭いリビングの椅子に腰掛けていた。
なるほど、恰好から既に滑稽だった。
お伽噺で白馬に乗っていそうなファッションで、紫紺を基調としたホワイトタイにエポレットを装着し、至る所に錨の付いた鎖の装飾を施していた。おまけに、左胸に青い彼岸花の飾りを付けて、手は白手袋を着用している。顔つきは30歳くらいで、白銀の髪は腰まで伸びており、マインツよりも白い面に鬼灯色の瞳が際立っていた。彼はハルを見るなり、
「やあ!君がハルだね、暁から大体の話は聞いているよ」
と馴れ馴れしく声を掛けてきた。あたふたしていると、暁が
「取り敢えず、ハルはそこに座って」
とベッドを指差したので、言われるままに腰かけた。暁も隣にちょこんと正座した。
「改めて、国防総省の木原カリオペだ。カリーと呼んでもらって構わないよ。よろしく!」
「ど、どうも……」
「それにしても、着任して早々に大乱闘とは、よくぞ生き延びた!」
「は、はあ……」
ふと暁の顔色を窺ったが、まんざらでもない様子だった。ハルは少し安心していると、暁が口を開く。
「それで、応援って聞いたけれど、具体的にどういう事なのよ。私はてっきり、索敵とかやってくれる空母KANSENが来るものだと思っていたのに」
「そりゃあ残念だったね。僕は正真正銘、ヒトだからね。ハルみたいな剣豪でもないし。担当は情報分析、知識と情報で君達をサポートするよ。それと、例の連中の情報を、国防総省へダイレクトに伝えるのもね。行方不明のKANSEN達が奴等に操られていると知って、海軍やIFPOにもそういうのが紛れ込んでいるかもしれない、と疑っているのだよ」
「…………」
「さてと!お二人さんは、スパイのドイツKANSENについてどこまで知っているのかな?」
「写真を見ただけです。それも艤装を装備していない写真。名前とか艦種とかは、まだ――というか、それを調査してくるのが任務でしょう?」
それを聞いて、カリオペはあっけらかんとして、溜息を吐いた。
「何よ?」
と暁が突っかかる。
「だとしたら、君達の任務はほぼ完了しているよ。まあいい、先ずはこれを見てくれ」
そう言って、ブランド物らしき鞄からパソコンを取り出して、開いて見せる。
集合写真のようだった。何処かの教会をバックに、中央には黒の軍服に身を包んだ、優しい顔をした初老の指揮官が椅子に座っている。そして、資料で見たKANSEN達が並んでいた。しかし、その資料に比べて、彼女達は皆笑顔で、眼も輝いていた。まるで別人のようであった。
カリオペは一人ずつ指しながら、説明していく。
「真ん中に写っているのは、ドイツ海軍指揮官のデーニッツ大将。この小さいのが巡洋戦艦オーディン。その隣は軽巡洋艦マインツ。こっちのデカいのが戦艦フリードリヒ・デア・グローセ。隣のサイボーグっぽいのが重巡洋艦ローンだ。で、もう一人、戦艦ガスコーニュというのがいるのだが、彼女はヴィシーフランスのKANSENなのでここには写っていないね。彼女達は全員、『特別計画艦』なんだよ」
「特別計画艦って……私達の部隊のKANSENと同じじゃない⁉」
「そう、それで――」
ここで、ハルが割り込むように手を挙げた。
「あの、特別計画艦って、なんですか?」
「特別計画艦というのは、簡単に言えば、史実では計画だけで没になった艦船のことだよ。言い換えれば、建造が不可能なほど要求スペックが高かったという事。それがKANSENという形で実現できた。史実での戦闘経験がないので、初めは艦隊戦のイロハも知らないが、練度が上がればモンスターマシンへと変貌する。さらには、一般的なKANSENと違って、魔法の様な特殊能力が付与されている事が殆どだ。メンタルキューブが不安定で大量生産できないというのが、不幸中の幸いだろうね」
特殊能力と聞いて、ハルはマインツとの戦闘を思い出した。
撃ち返しの盾――彼女はそう呼んでいた。力の大きさとベクトルを操作してハルの攻撃を無効化し、軽く触れただけで十数メートルも吹き飛ばした。あの時は操り人形だったジョージア達も、理性のある状態で対峙していたら、マインツの様な特殊能力をお見舞いされていただろう。ハルの背筋を、冷たい汗が流れた。
「特に、このフリードリヒ・デア・グローセはトップクラスに危険なKANSENなのだよ。彼女の史実での計画名は、『Z計画』――」
一聞しただけで、えげつない臭いがひしひしと伝わってきた。
「H級超弩級戦艦である彼女は、排水量5万トン、主砲は40センチ連装砲として計画されていた」
「あら、案外普通じゃない。40サンチ口径なら、イーグル・ユニオンにも沢山いるわよ?」
「これはあくまで初期の計画だよ。後に設計案は更新に更新を重ね、その度に巨大化していった。結果、排水量は約50万トン、主砲は80センチ列車砲が採用されたのだ」
その規格外な数字に、暁は驚きのあまりベッドから転がり落ちそうになる。
「ご、ごごッ50万トンって、戦艦大和の8倍じゃない⁉流石にあり得ないわよ、そんなゴジラみたいなKANSEN」
「確かに、火力、装甲、重量……全てが桁違いだ。だからこそ、一刻も早く倒さなければならない」
そう言うカリオペの眼は、真剣であった。
「そうだ、君達の分の写真を印刷して来たから、持っておきなさい」
ハルは手渡されたそれを、腑に落ちないという顔で見つめていた。
「その――」
「うん?何か気になったのかい?」
「浜岡指揮官から、ドイツKANSENの目的は米海軍の諜報だと聞きました。イーグル・ユニオンやIFPOのKANSENを洗脳して、怪しまれずに潜入させるのは分かるのですが……どうして高性能な戦闘向きの特別計画艦を諜報活動なんかに……寧ろ、重要な切り札として国内で温存させておくはずじゃあないですか?それか、今ドイツが戦争しているイギリスや自由フランスに相手に出撃させるか……」
「そりゃあ、もし潜伏場所がバレて戦闘になった時に有利だからじゃないかしら?」
「そうなのか?……」
「そう!そこなのだよ」
「「え?」」
「ここからは、多少僕の推測が混じっているから、話半分で聞いてくれると有難い」
カリオペはパソコンの画面を下へとスクロールした。
画面には、とある新聞記事の切り抜きが映っていた。記事はドイツ語で書かれており、中央には燃え盛る建物の写真が掲載されていた。
「これは昨年に起きた、ミュンヘンのビュルガーブロイケラーというビアガーデンが爆破された事件の記事だ。この日、此処でドイツ海軍の集会があり、軍の重鎮が集まっていた。その上に、軍お抱えの化学者達も出席していた。それを好機と見た米陸軍の特殊部隊は、ビアガーデンごと彼らを月まで吹き飛ばしたのだ」
「ちょっと待ってカリー。アメリカはドイツと戦争なんかしてないわよ?」
「いいや、米英の絆ってのは、とてつもなく固くて深い。歴史や言語、文化、宗教――何から何まで重なっている。もっと言えば、この絆こそが今の民主主義を頑丈なものにしているってワケだ。第二次世界大戦の時もそうだったけれど、イギリスがドイツに攻められたら、我らがアンクルサムは助けにすっ飛んでいく。そうでしょう?」
「確かに、長い歴史において、米英は正に運命共同体だろう。この件も、そういった理由だった。それに、ドイツはレッドアクシズのメンバー国――大統領は、彼等が遅かれ早かれアメリカに侵攻してくると予想したのだ。西海岸を日本が、ここ東海岸をドイツが――という挟み撃ちでね。だから、先手を打ったというわけだ」
そして、先程の集合写真に画面を戻して、真ん中の指揮官を指す。
「このデーニッツ指揮官も、この爆発で亡くなった」
「…………」
「その数週間後、CIAの諜報員から、写真のKANSEN達が姿を消しており、ドイツ軍が捜索を始めたとの情報が入った」
「それってつまり――」
「ドイツ軍の作戦による諜報活動ではないかもしれない、ということだ。彼女達がこの事件を米軍が行ったものと感付いたなら、デーニッツ指揮官の仇を討つ為に、無断でアメリカへ渡ったと考えられるだろう?」
「ということは――」
固唾を飲みながら、暁が言う。
「ターゲットは米海軍の、撃破という事ね。KANSENを融解して誘拐していたのも、戦力増強の為……」
この間、ハルはネオ・レッドアジュアに家族を奪われた時と同じ衝動を感じていた。その集合写真に写るKANSEN達が、天城荘の艦娘達と重なって見えた。
「いいや……合衆国国民、全員が標的なのかも……」
「…………」
部屋が重い静寂に覆われる。
暫くして、暁は話を進めようと
「兎に角、ドイツKANSEN達をどうやって探すか考えましょう?」
と話しかける。すると、カリオペが徐に鞄の中をあさり始めた。
「何してるの?」
「……お、あったあった。これだ――」
そう言って、机上にある物を置いた。ひとつは、東海岸を中心とした地図であった。もうひとつは、暁がよく知る代物だった。
羅針盤――深海棲艦との戦において提督が用いていた物で、彼女達の大まかな位置を示す。実際は妖精がこれを回して操作し、深海棲艦のいる確率が高い地点を艦娘に伝達する仕組みとなっている。
ドイツのKANSENについて、最近になって明らかになった事があった。それは、彼女達を建造する際に、メンタルキューブに深海棲艦の因子を混入させたものを使用しているという事だ。これによって、KANSENは本来のスペックの2倍程度のポテンシャルを発揮すると言われている。それを裏付けるかの如く、彼女達の艤装は禍々しく、鮫や鰐に似た生物的な外観をしている。この様な点から、英国海軍のある指揮官が羅針盤を使ってみると、見事にドイツKANSENの艦隊の場所を特定する事が出来た。しかし、美舩村事件をきっかけに殆どの艦娘がKANSENへと改修されたため、妖精は次々と消滅し絶滅危惧種になってしまっていた。
暁は羅針盤を懐かしそうに手に取って眺める。使われ始めてから20年以上経っているはずなのに、まるで新品の様だった。
「それにしても、よく残っていたわね」
「博物館に保存されていたものを特別に持って来たのだよ。暁、君の妖精で、これを回して欲しい。頼めるか?」
「いいけれど、上手くいくかは分からないわよ?」
話を聞いていたのか、既に妖精たちが机の上に屯していた。暁が合図すると、彼等は一斉に敬礼して、ちょこちょこと作業を開始した。先程から蚊帳の外だったハルも、興味津々でその様子を見つめている。
ヘルメットを被ったリーダーらしき妖精が、リズミカルに警笛を吹きながら指示を出す。それに合わせて、魔女姿の妖精が地図の上へと行進し、今いるアパートの地点に立った。その小さな手には、先端に矢印が付いた指揮棒が握られている。続いて、羅針盤の周りにセーラー服を着た3人の妖精が集まり、その円盤の部分を持った。
(あら?針を回すんじゃあねぇのか)
残りの妖精達は、笛の音に合わせて手拍子していた。
「始まるわよ」
「おう……」
リーダー妖精が挙手して、笛と拍手が止まる。そして、羅針盤を勢い良く回すと、円盤が薇の音を立てて回転する。だんだんとゆっくりになって、かちっ、と音がして円盤が止まった。
「えっと、どうやって読み取りゃあいいんだ?」
「地図の上の妖精に注目して」
羅針盤を回した妖精が魔女っ子妖精に何かを伝えると、その妖精は顔を青くした。異変に気付いた暁が
「どうしたの?」
と声を掛ける。妖精はおろおろしつつ、移動して、指し示す。
「……おいおい、冗談だろ⁉」
「え、ええ……」
「ここって……」
――ノーフォーク海軍基地