THE LAST PHANTASM -OBITO-   作:大兄貴

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十話 紅魔館

 門番の紅美鈴を打倒もとい睡魔で昏倒させた後、手入れが綺麗に行き届いた中庭と噴水を通りすぎ、紅魔の支配領域たる居城に突入していたオビト。

 館にも危険な要因は多々あろうが、レミリアの幼すぎる性格には及ばない。罠にはめるにも限度を知らず、行きすぎた犠牲を出すおそれを感じさせる。念を入れて写輪眼を常時発動させる方が賢明だろう。吸血鬼の根城に踏み込んだ今、忍の身体能力だけで乗り越えることを考える意味はない。

 時間を操るという、とんでもない能力を目の当たりにした後では、館内の捜索に際して慎重にも帰そう。同じような手練れが潜んでいる可能性を否定できない以上、用心に越したことはあるまい。

 

 扉を通って内部を映した瞬間、レミリアの趣味が爆発的な広がりを見せた。長い廊下は見事に真っ赤である。

 丑三つ時ゆえか、館内の通路は窓が閉じている。明かりを蝋燭でとっているせいか、薄暗く陰気臭い。館の不気味さはある種として賞賛すべきものだ。

 

(眩しいな……)

 

 薄暗いはずの館内において、場違いな言葉を向けるべきは他でもない、通路の前方で防戦に徹する者達だった。

 

――妖精だ。案内役の花精との違いは、全員が咲夜を思わせる格好で、背丈が人並みであること。通路とを繋ぐ扉の前に陣取り、色とりどりに輝く光弾をデタラメに撃ちまくっている。

 館の使用人ならぬ、使用妖精であろう者達。レミリア辺りの口車に乗せられ、此方を悪意ある侵略者とでも思い込んでいるのだろう。問答無用の姿勢では訂正させる暇もない。

 

 凡そ人に向けて撃つ弾幕として度が過ぎているのは主の差し金か。弾数が多く回避は困難だが、洞察眼を扱えるオビトは次々と見切り、かわしながら走る。万華鏡とは無関係に一つも被弾しない。焦りの色を浮かべた妖精の姿が近づく。

 館は外観に不釣合いなほど広い。おそらくは空間操作の一種だろう、内部の空間が拡張され、外観と内部の規模が符合しないのだ。先ほどの広間も階段も通路も、どこを見ても巨大で、どう考えても館内に収まる規模ではない。

 この猛攻をかわし続けるには都合の好い広さでもある。よほど精密な狙撃でもなければ、基本的な動作は写輪眼だけで事足り、神威の実体分離ですり抜ける手間は必要ない。そして忍ぶ暇もない。

 

「なにしてるの! お嬢様をお守りするのよっ!」

「うわあっ、こっち来ないで!?」

「なにがなんでも止めなきゃ、お仕置きされちゃう――!」

 

 もの好きな館主の遊戯さえなければ、今頃は妖精達も安眠を確保できていただろう。思い違いから生じた一時的な敵対関係とはいえ、悪意も持たず泣きながら向かって来られると調子が狂う。

 

「奴の我侭にこんな形で付き合わされるとはな……」

 

 館内を実質的にとり仕切る者が咲夜である一方、紅魔館を掌握する主人はレミリア一人。妖精達を動員して迎え撃たせるとは途轍もないやる気、権力である。

 この雑な包囲網・防衛策を思うに、まだ一階層だからとも言えるが、狙いとしてはただの人間とそうでない者を確実にふるい分け、自分達の力を認識させつつ進ませたいだけにも思える。その辺の輩なら疾うにくたばっていても不思議ではない。

 能力持ちの稀有な人間を止める気など、レミリアには初めからないのだ。咲夜の言うように到着を待ち望んでいる。掌の上で転がしているに過ぎない。

 オビトは前言撤回すると、神威による実体分離を発揮しつつ、面倒な場面は催眠眼でやり過ごした。

 

 階段を駆け上がった先は、高そうな絵画やら彫刻やらが立ち並ぶ広い踊り場。試用の極悪兵器こそ確認できないが、代わりに刀剣を装備した一人の妖精メイドが立ち塞がった。大人しそうな顔つきで、物騒な両刃刀が恐ろしく似合わない。

 一対一の戦い、動作を見切り剣をかわすも、どこで覚えたのか素早い剣技を繰り出してくる。確実に斬り殺す勢いで踏み込む辺り、レミリアも本腰を入れてきたのか。

 

「無駄だ」

 

 オビトが過ごしてきたのは、血生臭い争いごとが跋扈する忍の世界。人生の半分以上を影のマダラとして歩み、互いの存亡を賭けた大きな戦争にも身を投じた。文字通り非力な妖精に劣る道理はなく、危なっかしい得物は振り切った隙を突かれ蹴り飛ばされた。片方は跳んでかわし、着地と同時に踵で叩き落す。

 武器を失った妖精は悟ったような表情で見つめるも、館の住人を殺す気などオビトにはない。勘違いで刃を向けるのなら尚更だ。本気の敵意や殺意を向けるとしたら、黒ゼツなど因縁の相手や命を脅かす者に限られる。

 

「うう。お嬢様が磔にされて、惨殺されてしまう……」

「用意周到な奴だ……敵意を煽る常套句だがな。朝まで休んでいろ――」

 

 妖精メイドを眠りに落とそうとした瞬間、察知したオビトが足裏を蹴る。

 次々と床に刺さるナイフを視てまさかと思い――何のことはない、増援が早くも到着しただけだ。相変わらずでたらめに弾を撒き散らしつつ、「誘拐犯を捕らえろー!」と叫びながら追いかけてくるが、正真正銘の忍であるオビトに追いつけるはずもなく、やがてその声も段々と小さくなっていった。

 

 外観に不似合いなほど広くては、館中をくまなく探索するには骨が折れる。弾幕の雨が降り注ぐ館内で影分身が使いにくい現状、案内役は必須と判断したオビトは、踊り場の妖精メイドをかっさらっていた。

 パニックに陥った妖精メイドは目を『×』にして暴れている。オビトが全く動じないのは、妖精の腕力など知れているからだ。

 

「お前らは騙されている。何者も殺すつもりはない」

 

 対照的に落ち着いた口調で、オビトはゆっくりと話しかける。

 

「侵略者のウソを真に受けるわけないでしょ! 放しなさいよっ!」

「オレは昨日今日に入り込んだ外来人……つまり人間だ」

「あんたみたいな人間がいるかっ!」

「レミリアと言ったか。奴ほどの『大妖怪』を狙う輩を止めるのに、使用人のお前らを差し向けた理由……そいつを考える方が有意義だ」

「それは……」

「あの強靭な門番さえ敗れた相手を、お前らに止めさせる意味はないだろう」

 

 もっともアレは催眠眼との相性の問題で、美鈴はたまたまかかりやすかったに過ぎない。

 今にして思い返すと、彼女の具体的な能力は最後まで不明だった。まともにやり合えば無傷で済まなかったかもしれない。物理的な接触をすり抜ける神威と体術の相性は良好だが、妖怪の膂力は未知数であり侮れない。

 

「オレにウソをつく理由はない。分かったら館を案内してもらう」

「えっ、ここを――?」

「さもなくば」オビトの瞳がギラリと光る。「――六千億個の腐った生卵を顔面に叩きつけられる幻術を、延々とお前に体感させる破目になるぞ」

「ひいっ!?」

 

 言葉に反して気が弱いのか顔面蒼白、脅し文句だけで妖精メイドは大人しくなる。先ほどまでの騒ぎようこそ嘘のようだ。

 

「あー、はいはい。すればいいんでしょ、すれば。ちゃんと解放してよ? 終わったらさ」

「まだ疑うか。無理もない状況だが」

 

 疑いを抱く方がまともである。館の侵入者であり相手方に合わせて言葉を選ばないオビトは、妖精メイドに恐怖を通り越して悟りを開かせてしまったようだ。

 

 時間は過ぎたものの、案内役のおかげで紅魔館の最上階層に踏み込むまではそう長く感じなかった。当初は恐々と手を貸していた妖精メイドも慣れたようで、やや棘のある勝ち気な口調であちらこちらへと指示を飛ばしていた。

 

「……?」

 

 案内されるままにレミリアの部屋を目指していたオビト。廊下の角を曲がろうとした瞬間、足を掴まれたかのような感覚が走った。間もなく足元に正体不明の陣が浮かび上がる。

 緋色に輝く不気味な光が、薄暗い廊下を静かに照らす。見覚えのない術式で、忍界には類を見ない文字が黒々と刻まれている。

 

――術を発動するにはチャクラが必須である。仕掛け人であろうレミリアとて、妖力や魔力という名のチャクラを保有するからには、それらをもとにする罠の類も、忍術と同じか似たような括りと解釈できる。

 チャクラを色で識別し、見通す写輪眼を用いれば、具体的な解術の方法はともかく、罠が仕掛けられた場所はピンポイントで判別できる。おかげでこの地点は仕掛けられた罠――絵画の裏に仕組まれたナイフ、石像や甲冑に仕込まれた遠隔操作用のチャクラ、床下に潜む大きな斧、壺の中のクリームサンドビスケット、踏むと蜂の巣になる弾幕仕掛けの装置など、危なっかしいものは避けて進んでいた。そんな中での結界である。

 何より驚くべきは、神威の効力を完全に無視した干渉。実体の分離作用が阻害されたのだ。時空間送りにされる実体を正確に捉えて捕縛するようで、縛られて動けず、すり抜けによる回避もできない。神威の有効範囲は術でも技でも、物理的な干渉を行う事象に限られる。

 

「いやぁ……ほんと災難……やられちゃったね、あんたも……私も」

 

 身動きが取れないオビトに抱えられたまま、妖精メイドは身を震わせている。怯え切った視線はオビトではなく、展開された魔法陣へと向けられていた。力ない笑いを浮かべている。

 

「知った口ぶりだな。仕組みが解るのか?」

 

 大抵の結界忍術なら知り尽くしている。忍術関連の巻物を読み漁り、本物のマダラから教わった物もある。これまでに積み上げた知識や技量は、あまり役に立たないようだが、話を聞いても損はないだろう。

 

「そこまでは知らないけど、そこいらの雑な物とは違うわ。魔術のエキスパート、パチュリー様の超高等転移起動術式……いわゆるワープ魔法? なんだけど、空間を分ける? とかなんとかで、最高ランクの魔法陣なんだって。おっかない巫女とか、年増のスキマ妖怪にも漏れなく効果があるのよ――って、言ってたような」

「パチュリー? たしか湖に橋を架けたとかいう……咲夜の話に出てきた奴か」

 

 相変わらず表情の変化に乏しいオビト。妖精メイドの方は気絶しかねない顔である。

 パチュリーなる人物については、館へ続く橋の上で咲夜から名を聞いていた。館主のレミリアとは友人で、館における魔術的な仕組みや機能の一切をとり仕切る魔女――パチュリー・ノーレッジ。高い知性と魔力を持つ大した人物のようだが、持病の喘息で寝込むほど身体が弱く、普段は大図書館と呼ばれる地下空間で過ごしているとのこと。彼女もレミリアの頼みで重い腰を上げたのか。

 

「神威に易々と触れる使い手。侮ったつもりはなかったが……まさか奴に続いて」

 

 共有空間を行き来する感覚で専有空間に入り込む、『スキマ』の能力を持つ少女に干渉できるのなら、何らかの作用で神威の行使が妨げられても納得はできる。しかし一方で、眉唾物とも思えてしまう。自身の中で彼女の存在が大きすぎるせいだろうか。

 この魔法陣とやら。写輪眼をもってして見通せないなど、並大抵の結界ではない。妖精メイドの言う通りなら、陣の内部と外部は隔絶された空間として分けられているのだろう。現実の空間と異空間を繋げる神威なら無理やり脱出できるが、発動にはそれ相応の時間とチャクラを要する。命の危険まではない転移系統の術なら、そこまでのリスクを背負う必要もない。

 

「お前がそうも怯えるのは、連中の恐ろしさを理解しているからか?」

「喰らったのよ。実際に」観念した表情の妖精。「いやね……前にお嬢様の最高級の紅茶を飲んじゃって、メイド長にお仕置きで『地下空間』に飛ばされたことあったわけ」

「……ソレは災難だったな」

「でしょ? もう怖かったのなんのって。暗くてじめじめしたとこ――そこに私を飛ばしたやつ、これとまるっきり一緒だったもんでね……」

 

 こればかりはどうにもならない。あのマダラでさえ思っただろう。どれほど賢い者でも、元より知らぬものを理解するのは難しい。対策を講じるには遅く、即席で解決できる問題ではない。時間と手間暇をかけて最上階まで辿り着いたというのに、一階層どころか存在さえ知らなかった地下にまで飛ばされる破目になるとは。

 本当に幻想郷とは常識破りで、蛇のような研究者が興味を抱きそうな事象の数々が、その辺にごろごろと転がっている。

 

「してやられたようだが……まあいい」

 

 神威による印づけは済ませてある。館の地下空間が同一の空間に存在する限り、二度手間という点では必ずしも悪い方向には傾かないだろう。任意のタイミングで帰還すればいい。

 ほくそ笑むレミリアの様子を思い浮かべながら、オビトと妖精メイドは足元を見下ろした。

 

 

――◇◇◇

 

 

 血のように真っ赤な内装が溶けるように消え去り、現れたのは剥き出しの石壁で挟まれた細い通路。蝋燭で明かりをとっているのは上階と同じで、位置的に湖の下でも埋まっているのか、薄暗い上に湿気臭さが酷くなった。

 足音が通路に反響する。哀れにも巻き添えで飛ばされた妖精メイドは、何度も周囲をキョロキョロと見回して警戒している。

 

「よかった」妖精メイドは胸を撫で下ろした。「なんにもないみたい」

「イヤ……そうとも限らん」

「なんでよ?」

「さっきのは並の術式ではない。『最高ランク』の代物を張ってまで嵌めた……奴はどうしても放り込みたかったのさ。ここでオレが何らかの動きをするのを、見越してるって可能性もある。レミリアはな」

「そんな、こんなとこまで……」

 

 地下空間に外来人用の『何か』を隠している。それは間違いないだろう。その何かが潜む場所へ侵入者を案内するために、考え得る最も強力な術式を用意した。神威の効力を知らぬからと考えれば合点はいく。

 進路の妨害目的で徒に放り込むだけなら、わざわざ強弱を考慮して大層な結界を用意する必要性は低い。ここをとっておきの舞台として選ぶほど重要視していなければ、適当な術式を使用すればいい話だ。当初の目的からは外れるが、この機会に確かめてもいいだろう。

 

 相応しい舞台を選択してぶつけたのは向こうである。用意した何かを見せたいがために用意したのなら、おそらくは無駄に延々と歩くまでもなく、少し進めば『とっておき』が姿を見せるはずだ。レミリアに見る幼子はせっかちである場合が多い。

 暗い道に足音が響く。背後から怯えながら付いてくる妖精メイドをオビトが振り返る。

 

「お前を解放するのを忘れていたな」

「え?」妖精メイドは顔を上げる。「でも、お嬢様の部屋はまだ……」

「やたらと広いおかげで時間は食ったが、お前の力添えで奴の居場所は目前だ。あとは神威で四階へ戻るだけ……案内はこの辺りでいい」

「そ、そうなんだ」妖精メイドは安堵を隠さない。「――って、ちょい待って! なによあんた、そのなんたらを使えば、上に戻れるの!?」

「それで間違いない」

「よかった。朝まで歩くの覚悟して……」

「どこを心配している。この館はお前の根城だろう」

「根城って……まあそうなんだけど、それはあっち(本館)の話。ここは大きな地下迷路になってる」

「迷路?」

 

 背後に目をやりつつ問いかけると、妖精メイドは歩きながら頷いた。解放を宣言したオビトを前にすっかり恐怖心が失せたようで、生き生きとしている。

 

「罰を受けて放り込まれたって言ったでしょ?」

「茶が云々の話か」

「そうそれ」妖精メイドが小走りで追いつく。「あのね、そういう理由なら、気にしなくていいのよ別に。決まったとこに飛ばされるし、反省し終えたらメイド長が迎えに来るから。でもそれ以外の方法で、ヘンなとこに迷い込んだら終わり。だって向こうが認知してないんだから」

「…………」

「今はそういうのほとんどないけど、結構行方不明になってたらしくって……何人も惨い姿で見つかったって」

「……なら今回のコレがそうか。運のいい奴だ」

「なによその言い方っ」頬を膨らませる妖精メイド。「さっきの抱え方……ていうか運び方もだけど、あんたはもっと淑女の扱いをね――」

 

 妖精メイドの説教染みた言葉は最後まで続かなかった。大方の予想通り、長ったらしい通路が開けて、意味ありげな広場が現れたのだが、実のところ原因は違っていた。果たしてレミリアの思惑の一つだろうか。

――暗い広場の中心に、目的のモノがいた。

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