THE LAST PHANTASM -OBITO-   作:大兄貴

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十一話 フランドール

――紅魔館の内装は派手な外観をも超越する。ここは夜の王にのみ休息を許す一室。

 扉も床も、壁も天井も全て紅色に染まり、豪華絢爛なシャンデリアに宝石細工の燭台、曇り一つないマホガニーのテーブルに椅子、ふわふわの天蓋付きベッド。クリスタル製のチェス盤が一台。

 レミリアの自室は館内でも突出して贅沢極まる。こうも極端な偏りの高級な家具や雑貨を取り入れる辺り、自己主張が行きすぎて逆に子供っぽい趣味と言えなくもない。

 

「……目がチカチカする。趣味が悪いわねほんと」

 

 真っ赤な内装をぼーっと眺めているのは、ブランコ状の止まり木にお尻を着ける小さな姿。部屋の中央に配置されたテーブル、鳥かごはその上に置かれている。レミリアに誘拐された妖精の少女である。

 閉じ込められているように見えるが、出入り口は施錠されていない。逃走の隙がなく脱出を諦めているのか、逃走に消極的なのか、先ほどから退屈そうな顔で部屋を観察していた。

 視線の先には優雅に紅茶を愉しむ少女の姿がある。人質をとった張本人が目の前に居たのだ。

 ティーカップから立ち昇る湯気が香る。レミリアといえば血と紅茶、使い古された代名詞でもある。ちなみに吸血鬼用なので血液が少量入っている。

 

「ふふん。低俗な妖精風情に理解できるなんて、初めから期待してないわ」

 

 自室の彩を悪く言われても顔色一つ変えず、ぴしゃりと返事するレミリア。人質の監視役は誰であろう本人である。

 地下牢に閉じ込めて、凡庸な部下に見張らせるありきたりな姿勢なら、牢の鍵をこじ開けて脱出する芝居が展開される可能性もあるだろう。しかしこうなると、錠や拘束具の類は必要性を総じて否定される。自室そのものが檻の役割を果たしており、鋭敏な眼が光っている間は絶対に逃げられない。妖精は錠より遥かに厳重な、レミリアという存在を前に動けずにいた。

 

「じゃあアンタ、その低俗な妖精とやらを捕まえて……本当はなにが目的なの?」

 

 珍しいコレクションでも見て楽しむような満足げな顔で、赤い瞳を愉快げに細めるレミリア。妖精は少し怯えた表情だが声に震えはない。

 

「直球に言うけれど、あなたは人質よ」

「どういう――?」

「そのままの意味。あの人間を誘き寄せるためのね。本人の意志で出向かせる方法としては、最も使いやすくて平和的な手。いつか役立つから覚えておきなさい」

 

 質問をはぐらかせたレミリア。妖精は馬鹿馬鹿しいと頭を振る。

 

「わざわざこんなとこ来るわけないでしょ。ふざけんなっての。夜中だから寝ぼけてるの?」

「月夜は我々の時間よ」レミリアは高らかに笑う。「あの人間はすでに、我らが崇高なる城に来ている。あなたを取り戻すためにね」

「オビトが?」妖精は目を開く。「まさか、そこまでするわけ……ましてアンタみたいな『吸血鬼』を前に」

 

 昨日今日に入ったばかりの外来人が、昨日今日に遭遇した者を救出するために危険を冒してまで紅魔館に赴いたとレミリアは言う。大切な家族か恋人ならいざ知らず、よほどの変人か物好きとしか思えない。辛うじてしっくりくる理由としては、外来人というオビトの身の上から「案内役の奪還」だろうか。ただしこれは、彼女にして薄情という意味ではなく、外来人としての身の上を知った上での発言だった。

――妖精はレミリアという人物の恐ろしさが解る。それならオビトも十分に理解しているはずだと。妖怪の山で遭遇した下っ端天狗や、オビトを苦しませた夜雀さえ及びもつかない存在だと。噂なら耳にする程度で終わるが、実際に相まみえた者なら、本能的な恐怖を覚えるのが通常である。

 吸血鬼は魔族の一角を担い、幻想郷で最も強大な種族の一つとして広く名が知れ渡る。高い妖力や美貌はもちろん、山の鴉天狗にも匹敵する速力、地底の鬼に優るとも劣らない腕力をも持つ。しかもこの幼い外見で、だ。

 千年も経てばさぞや立派な吸血鬼の美女になるだろう。人里では見られなかった圧倒的なカリスマに溢れている。おそらくは。

 

「ルールがあるからって、外来人には荷が重すぎるわ。アンタそれ分かっててわたしを……」

 

 幻想郷で発生する紛争の解決手段は弾幕勝負。ルール無用の殺し合いではない。スペルカード・ルールに従うという縛りがあるとはいえ、当事者にはどうしても災難が降りかかる。殺し合いでもゲームでも両方化け物染みている者を前にして、素人どころか弾幕の『だ』の字も知らないオビトに勝ちの目が出るとは思うまい。

 しかも今日では皆一様に慣れがあるので触れられないが、平和的な解決手段として確立された弾幕勝負では――死者が当たり前のように出たりする。

 

「ああ、ちなみに――」レミリアは笑みをこぼす。「――あの人間はスペルカードなんて持ってないでしょうから、今回は純粋な力比べで遊んであげることにしたわ。ややこしくなくていい考えでしょう? ねえ?」

 

 妖精はすぐさま前言撤回した。目も当てられないほど酷く破綻した、めちゃくちゃな理屈を並べる始末である。状況が悪化したという程度では収まらない。

 彼女の言う通り、新参の外来人がスペルカードなど所持しているはずもない。里に昔から住む人間とて同じである。それを理由に「弾幕ごっこが成り立たないから殺し合うしかない」などと、明らかに外来人に適用される言葉ではない。永遠に紅き幼い月との異名も伊達ではないようだ。

 ただし、和菓子屋の件を根に持っている、という雰囲気は不思議にも感じられない。

 

「ウソ……じゃないわよね」

「安心なさい。くだらない冗談は言わない主義よ」

 

 そもそもスペルカードを用いる『弾幕ごっこ』とは、大雑把には幻想郷における殺し合いを回避するための決闘もとい遊び。あらゆる揉め事や紛争を、遊戯をもって平和的な解決を行うために、スキマ妖怪が考案した幻想郷特有のゲーム。人と妖怪とで抑止し合い、対等に渡り合い、互いが共存する幻想世界の均衡を図るために存在する命名決闘法である。

 勝敗を明確に決するのはスペルカードを置いて他にない。当該ルールに従わない解決とはすなわち、スキマ妖怪を始めとする管理者達の意に反する愚行も同然となる。

 

(でもこいつ、本気みたいだし……)

 

 否、彼女の前では気にするだけ無駄だろう。

 妖怪の中には――無法地帯の地底が特に該当するが――スキマ妖怪の意向に従いたくない者、従わない者は案外多い。彼女を快く思わない者も含めて。これまでの異変では皆、大人しくルールに沿っていたが、それは怖いスキマ妖怪と繋がりのある巫女・博麗霊夢の存在故、という理由も少なからずあるはずだ。

 レミリアの場合は少々異なるが、精神面の未熟さ故に思うほど心を上手く制御できず、冷酷さを含む負の感情を露呈させやすい。それなのにオビトには一切の危険が降りかからないと言えるだろうか。

 

「止めときなさい。来たってわたしのためじゃないんだから」

「どうかしら。この私の誘いを拒絶した愚かしい人間が、あなたが連れ去られるやいなや館に足を運んだ……あなたじゃないなら誰だと言うの?」

「知らないわよ」

「嗚呼、怖ろしい悪魔に囚われし姫君、大切な者のために危険を顧みず――泣かせる話じゃないの。ねえ?」

 

 レミリアは芝居がかった口調で言い放ち、恍惚とした貌で鳥かごを眺めるも、期待されたほど表情を変えていない妖精である。

 妖精は彼女ほど幼いとは言えず、咲夜ほど大人でもない。オビトほど違った方向に突き抜けてもいない。だからこそ自分らしい反応をする。

 

「あの、ひとついい?」

「なにかしら?」

「なんかアンタ……わたしを囚われの姫サマ? ってのに仕立て上げたことに酔ってない? 慣れない悪役気取って、アンタの理想に浸り込んでない? なによ大切な者って。キモチワルイっての」

 

 ジトッとした目で観察する妖精。するとレミリアはぷっつんと切れてしまう――と思いきや、今度は上品な微笑を見せた。本来の激情を噛み殺した表情で。

 

「私が楽しいと思うことしてなにが悪いの? 下等種族の分際で生意気な口を叩かないことね」

「なんですってェ!? 言ってくれるじゃないのよ、この傲岸不遜な吸血コウモリっ!」

「あら、それじゃ同じ穴のムジナよ。自分の言葉を思い返したらどう?」

「ぐぐ……上から目線で言えるほどか」妖精は無理やり目を逸らす。「あと千年は待たなきゃ大人にもなれないくせに……」

 

 地味に人里でのレミリアと立場が逆転している。囚われの妖精はそれにも気づかず、密かに小声で毒づいた。

 

 

――◇◇◇

 

 

 館主の思惑により転移術式が発動し、館の巨大な地下迷宮へ強制転移させられたオビトと、運悪く巻き込まれた妖精メイド。どちらもレミリアに導かれる形で地下空間に踏み入り、彼女が用意したであろう、お墨つきの舞台を目の当たりにしていた。

 とっておきとは魔術的な罠でもなければ、弾道ミサイルや核兵器など、侵入者を確実に抹殺する過ぎたものでもなかった。

 

「お姉様のゆーとーりだったね」甲高い声が反響する。「ここで待ってたら、楽しい玩具で楽しませてくれるって話。じゃあアナタがそうなんだ」

 

 現れたのはまたしても幼子。ドアノブカバーに似た帽子に金髪赤眼、肌の白い人形のような可愛らしい容姿の少女。枯れ枝を思わせる形状の羽には菱形の宝石らしき物体がいくつも下がっている。

 容姿と思い込みだけで判断する浅い者なら、どのような危険な罠を仕掛けているのかと思えば――などと愚かにも安堵感を露にしただろう。しかし元来の思慮深さの他、写輪眼をもって他者の本質を見抜くオビトは違った。少女の行きすぎた危険性を頭で瞬時に理解し、強大な力を持つ人妖へ向けるに相応しい武器を、万華鏡写輪眼を暗闇に光らせた。

 

「あれ? 館のメイドもいるけど……二人でお相手してくれるの? おまけいっこくれるなんて、お姉様ったら気が利くね」

 

 妖精メイドは地べたに座り込み、蒼白な顔で震えている。念を入れて尋ねるべきだろうか。

 

「あははっ……ごめん、やっぱ素直に謝るわ。この方の相手をさせるなんて、こりゃあ初めからアンタを止めるなんて真似、下っ端の私らなんかにできるわけなかったよね」

「何者だ?」

「お嬢様の、フランドール・スカーレット様……!」

「『スカーレット』――まさかとは思ったが、姉妹とはな」

 

 みょんな形状の帽子と不可思議な羽、小さな背丈とフリルだらけの服装、チャクラもレミリアのものとほぼ符合している。妖精メイドや少女の言葉と合わせて、レミリアの実の妹なのは間違いない。

 同じ血筋ならチャクラの質は似通うが、姉とは異なる部分もある。魔力が多少劣る代わりに、妖力と気力が飛び抜けている。しかしながらチャクラの量など二の次。何より恐ろしいのは、レミリアをも超えると直感させる、尋常ではない子供っぽさ。ブレーキを利かせず突っ込む相手ほど厄介な輩もそうはいない。

 

「本当だ。綺麗な眼……」

 

 少女はゆっくりと、危険な輝きの瞳を向けて近づいてくる。歪んだ口元から小さな牙が覗く。地下空間を漂う冷たい空気が熱を帯び始めている。

 館で従事するはずの妖精メイドの怯えようを思うに、フランドールとの遭遇はただごとではなく、好ましくないを通り越して悪夢も同然。腰を抜かしたのか足元で体を縮みこませている。

 

「悪いこと言わないから、逃げた方がいいってさっさと! 外来人になんとかできる相手じゃ――」

「逃げるべきはお前だ。事が収まるまで離れていろ」

 

 フランドールは人間を玩具程度にしか思わない。拒否権など存在せず、彼女は決してそれを認めない。どう扱われるかなど『玩具』という単語を聞くだけで大体想像できる。飽きるまで使い潰されるに止まるならまだマシな方だろう。

 よく見る戦闘前の会話や様子見もなしに、何とも嬉しそうな貌で躊躇なく攻撃を仕掛けてきた。右手にまとった緋色の炎を振りかざし、振り下ろすと同時に火球が生まれ、紅蓮の炎を撒き散らしながら迫る。ロクな話もなしにこの調子では、万一出遭った不幸な人間は確実に焼き殺されるだろう。問答無用の代表格のような相手である。

 

「――遊んでくれないなら、ここで壊れちゃうだけよっ! どう転んだって私と遊ぶしかないんだからっ!」

 

 感情を高ぶらせたフランドールが狂喜しながら足裏を蹴った。腰を抜かして動けない妖精メイドを引っ掴むなり、オビトは神威で専有空間へ飛ばした。

――写輪眼は左右揃って本来の力を発揮する。右眼しか持ち合わせず、神威の力を十二分に発揮できなかった偽マダラ時代とは違い、両目を揃えたことで瞳術の単純な瞳力のみならず、時空間への転送速度も本来の程度に戻っている。

 吸血鬼として天狗に近しい速力を持つフランドールだが、おかげで妖精メイドが火球に呑まれ、業火で焼かれるより先に転送を終わらせ、次なる行動へと移ることができた。

 基本能力である洞察眼で攻撃に対応しつつ、次々と発射される炎を空間の広さを利用して避け続ける。忍の足腰を問題なしに発揮できる面積のほか、障害物がなく立ち回りやすい場所であるのも幸いした。

 放り込まれた辺りの狭い通路で衝突していたら、確実に苦戦を強いられただろう。現状でも恐ろしいことに変わりはないが。

 

(話す暇もないな……これじゃ)

 

 絶えず繰り出される猛攻のせいで、会話する時間も一息も与えられない。楽しく遊ぶにすぎないフランドールには、元よりその気がないのか問答無用で殺しにかかり、戦いにすっかり現を抜かしている。ブレーキなど壊れるどころか最初から備わっていなかった様子。

 攻撃を避けるのは難しいことではない。広範囲にばら撒かれる弾幕の方は厄介だが、相手に照準を合わせて繰り出す攻撃すら、総じて直線的であり猪突猛進気味。やはりフランドールは見た目通りの幼子か、例えるなら獣そのもので、お世辞にも知性を感じさせる動作とは見なせない。

 ただし、一発一発の光弾に内包されるチャクラが異常に大きく、それに伴い威力も強くて重い。一発でも喰らえば戦闘不能に陥るだろう。体の丈夫な吸血鬼に比べたら人間は紙も同然だ。柱間細胞や仙人化がもたらす生命力の恩恵で直ちには死なないだろうが、動けない玩具としてフランドールに延々と四肢を引き千切られては堪ったものではない。捕まったら最後、飽きられるか壊れるまで玩具として生きる破目になるだろう。

 

――吸血鬼。妖怪としての強靭な肉体はもちろん、厄介なのは種族特有の並外れた速度と攻撃による重圧。直撃すれば即終了というプレッシャーは非常に恐ろしい。今はまだ姉のレミリア共々、精神的にも肉体的にも子供ではあるが、成長して力をつけたらとんでもない使い手になるかもしれない。

 オビトが攻撃をかわす度に「いーよ!」などと嬉しそうに笑うフランドール。戦闘もとい殺し合いを完全に楽しんでいる様子。そんな彼女の猛攻がようやく止んだのは、何十回目かも分からないオビトの回避行動を映した後だった。

 

「とっても楽しいわ、あなた。メイドを吸い込んださっきのもだけど、お姉様がくれる人間なだけあるわね」

「オレを姉のもとに行かせないため……ってわけじゃないな。一応訊くが、玩具ってのはどういう意味だ?」

「どういうって、そのまんまよ」フランドールは無邪気に笑う。「あなたを好きに倒せば、お姉様は私にくれるって約束してくれたの。弾幕ごっこ抜きでもね……ふふっ、お姉様がどうとか関係ないよ別に」

「考えは変わらんか……弾幕ごっことは何だ?」

「ふーん。やっぱり知らないよね、外来人だもの。そんなに教えてほしい?」

「話す気があるならな」オビトは期待を込めずに言う。

「そうねえ――」フランドールは唇を舐めた。「それじゃあ……私のお部屋でゆっくりお話しましょ。ここは肌寒いわ」

 

 艶めかしい言葉と共に、フランドールの掌が上を向く。オビトの眉が不自然に動いた。

 

「ぐッ……!?」

 

――ぎゅっと拳が握られた瞬間に、オビトの左脚が千切れて弾け飛び、体勢を崩してしまう。傷口から夥しい量の血が噴出した。

 目を見開いたまま転倒すると、フランドールが舌を見せながら近づいてきた。隻脚のオビトを中心として、真っ赤な血溜まりが地面に広がっていく。

 血は溢れ出して止まらない。傷口を押さえ苦しむ姿を見下ろす。

 少女は口元を歪ませる。先ほどより胸が上下し、頬が紅潮している。羽の宝石が不気味に輝いた。

 

「綺麗な色。美味しそうね」

「お前……何をした……いったい何の……?」

「さあ? なにかしらね? 当てっこしましょうよ」

 

 歯の間から声を吐き出すオビトを、フランドールの緋色の瞳が映している。

 掌を開き、ぎゅっと握る。今度は右腕が弾け飛んで宙を舞い、痛ましい叫び声を上げたオビト。フランドールは興奮冷めやらず、白い指先を口に含み、舌を絡ませた。

 

「……降参? あははっ、じゃあ種明かししよっかな?」

 

 そう言ってフランドールは掌の上に、黒ずんだ小さな球体を浮かべて見せる。オビトは苦悶の表情でそれを映すと、寝転がったままで力なく頭を垂れた。

 

「どんなものにもね、壊れやすい『目』があるの」

 

 フランドールはその場で屈み、虫の息となったオビトの耳元に囁いた。

 

「――私はね、その目に触れられるの。石でも岩でも、隕石でも、腕でも脚でも、人形の首でも、人間の命でも。なんでも。そーゆーのを形作る目を握って潰しちゃえば、全部壊れちゃう。きゅっとして・どかーんってね。楽しいでしょ?」

「なんでも……あらゆる物を破壊できる力、ってことか……」

「お姉様にもそう言われてる。よくできました」フランドールは楽しそうに笑う。「それじゃあ今から、あなたは私のものね……お部屋へ戻りましょう? あなたは壊れにくそうだから、ずっと、ずっと遊んでられるかもしれないわ――」

 

 オビトの垂れた頭に手が触れる。指先で触れたところが不自然に沈み込み、接触に伴い頭部は灰と化して崩れ始めた。

 風化はやがて頭部から顎先、首から胴体と最後は右足にまで広がり到達、唖然とした貌のフランドールの前で朽ち果て跡形もなくなり、粉塵となったオビトは一筋の風に吹かれ消えた。

 フランドールは目を見開き振り向いた。小さなその姿をオビトが見下ろしている。

 

「なるほどな。どんな解釈にも当てはまるか……恐ろしい力だ」

「あなた、どうして。いつから?」

「身の危険を感じた辺りからだ」

 

 反射的に距離をとったフランドール。オビトは動かず赤い瞳を見せ続けている。

 

「お前が見ていたオレは、この写輪眼による幻術だ」

「シャリン……?」

「術者のイメージが相手の視神経を通じて脳を侵す……視覚を司る部分をオレの意思で乗っ取った。強大な力を扱う咲夜、そいつを従えるレミリア……その妹に無策で挑むほど愚かにはなれん。能力が判らないなら尚更な」

 

 落ち着いて話をしている時よりも、体を動かす戦闘中の方が存外、相手の視線を捉えやすく正確性も上。動作が素直すぎるフランドールの瞳を直視するのに隙を作る必要はなかった。実際に幻術眼を行使したのは猛攻を受けている最中だったが、決断に至ったのは彼女がレミリアの妹と知った直後。これはとるべき当然の行動だった。

 簡単な話である。この少女がレミリアの妹なら、同じ吸血鬼であり咲夜をも従える彼女と同様に、厄介な能力を持つ可能性も考えて然るべき。結果として判断は正しかったようで、『あらゆるものを破壊する力』という反則極まりない能力が判明したのだ。

 これだけはハッキリと言える。フランドールが誰かも分からない段階で、出遭い頭にいきなり力を使われていたら――よくて瀕死状態、そうでなければ本当に死んでいた。

 

「んー……えっと? なに言ってるのかその、わからないかも」

 

 フランドールは必死に思案している。会話の中ですっかり落ち着いた様子。

 

「つまり、見えるはずのないものが、見えたってことだ」

「あ、そーいう」目を丸くしたフランドール。「――ってなにそれ、反則じゃないっ! そんなの使うとかずるいっ!!」

「その台詞……お前にだけは言われたくないな」

 

 ありとあらゆるものという、過度に広義的で具体性を欠きすぎた表現である分、本音を言うなら信用はしかねる。だが仮に真実と採るなら、特に有効範囲が限定されない解釈し放題のふざけた能力となる。神威の『目』とやらを具現化させて握り潰し、能力そのものを無効化されては厄介どころの話ではなくなる。

 自分の能力を幻術で欺かれ吹っ切れたのか、フランドールはため息を吐くと、あらためて可愛らしい笑顔をオビトに向ける。

 

「あなた、お名前は?」

「オビトだ。お前はフランドール……とか言ったか。まだオレと戦う気があるか?」

「長いからフランでいいわよ。あなたのことは残念だけど、そうね――ご褒美に諦めてあげる。目を合わせたらおしまいじゃあ、何回やっても同じだろうしね、私は」

「それはありがたい」

 

 戦闘や殺戮を楽しむ者でもない限り、相手に敵対心がないと判った以上、戦いを再開する必要はない。万華鏡やその他の術で無効化できるかどうかも不明瞭な力を持つ者と、真正面からぶつかり合う事態は極力避けたいところ。妖怪である彼女にとっては遊びなのかもしれないが、とりわけ外来人には荷が重いどころの話ではない。

 生命に著しい危険を及ぼす力を相手取るとなると、ここから先は遊戯の範疇を超えて、命を賭した正真正銘の殺し合いに発展する。この状況でそれは勇気ではなく蛮勇、さらに悪く言えば無謀。敵対する理由がない現状で徒に力を振りかざす狂人ではないつもりだ。

 

 実際に彼女の力を間近で感じたことに加え、怒りっぽく子供染みたレミリアの妹という先入観から、細かいことは考えずに本能や反射で戦うタイプにも思えた。結果としてその通りの戦いだった一方、フランドールは素直すぎる戦法に自覚があるような言い方をした。

 吸血鬼という種族、ひいては『妖怪』という生き物には、やはり忍界の物差しや写輪眼だけでは見通せない部分が多々ある。「世界は広い」という言い方はこの場合、忍界に身を置く者として発する形だが、果たしてここでも正しい表現として使えるのだろうか。

 

「咲夜にしろ、つくづく驚かされる……お前らにはな。命がいくつあっても足りん」

「ふふっ、でしょ? 分かりやすく褒められるの、いい気持ち」

「思い返したら……ずっとこんな調子だな。いい加減に慣れたいものだ」

 

 早々に慣れたいと思っても当分は慣れなど覚えそうにない。忍界には類を見ない、もしくは稀有である大した奴らを褒める、もとい驚愕を露わにせざるを得ないほど、幻想郷とは未知の事象が蔓延る常識破りの世界である。

 

「お姉様も咲夜も、全然褒めてくれないの、私のこと。というか構ってくれないし……ひどいでしょ? 忙しいってわけでもないのに」

「ならその反動か? さっきのは」

「全部じゃないけどね。でも殺す気だけはなかったから、許してほしいな」

「……結果死ぬ破目になったって話なら、そういう解釈もできるが。別に気にしていない」

「ほんと? やったあ!」

 

 相手を殺す気で戦うのと、遊びで戦うのとでは意味合いが違っている。遊びを建前に殺す気で襲ってきたのではなく、初めから遊び心全開で飛びかかってきたのなら、降りかかる死は結果論に過ぎず、殺意の存在は必ずしも決めつけられない。

 年端もいかない容姿の幼子が相手でも、見かけだけで判断しない――否、もはやどう頑張ってもできない今のオビトには、単純な殺意と遊戯を見分けるなど到底できなかった。この写輪眼をもってしても。

 

 兎にも角にもフランドールの興奮も収まり、レミリアのとっておきを巧い具合に避けて悶着を収められた。

 現在の時刻は不明だが、彼女を待たせるわけにもいかない。そろそろ館の最上階へ戻るべきだろう。

 

「ねえ、アイツのとこに行くんでしょ? ついてっていい? 紅茶が飲みたいって思ってたの。ついでに上へ連れてってよ」

「運ぶ分には構わんが……オレの術中で勝手な真似をしないならな」

「あら、どうして?」

「どうしてもだ」

 

 はっきりとは答えず、小さな頭に手を乗せるオビト。不思議そうな表情で見返すフランドール。

 間もなく右眼を中心としてひずみが発生し、二人は地下空間から姿を消した。

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