THE LAST PHANTASM -OBITO-   作:大兄貴

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十三話 レミリア②

 大筒木カグヤ。古の時代にて神樹の実を口にし、最初にチャクラを己が身に宿したという伝奇上の人物。絶大なる力をもって乱世を治め、当時の人々に広く崇められていたという現人神である。忍の始祖であり六道仙人とも呼ばれた、大筒木ハゴロモの母でもあった。

 しかして真なる姿は、チャクラの化け物である十尾そのもの。ハゴロモや後の子孫達に分散されたチャクラを奪い返すために暴走し、無限の月読世界を通して忍達の全てを乗っ取らんと謀った。

 

 右脇腹から左肩までを四方手裏剣で両断され、二つに別った体は力なく地面に落下する。

 吸血鬼という種族、高尚な能力に絶対的な自信と誇りを持つ元来の性格故か、レミリアは大勢の分身を過信していた。それは必ず付け入る隙を生む。その隙を突かれ発動した幻術眼で身動きを封じられ、回避する時間も与えられぬままに真っ二つとなった。まともな人間なら致命傷、満身創痍を通り越して絶命する重傷だ。当然ながら死んでも不思議ではない。

 異変は起こった――口元を半開きにした少女がピクリと動き、虚ろな瞳が真っ赤に光った。上下半身は見る見るうちに霧と化し、ゆっくりと一点に収束していく。

 紅霧はやがて小さな姿を形作り、普段の笑みを浮かべたレミリアが立っていた。

 

(奴の再生力、柱間や大蛇丸に通ずるものがあるか……それ以上かもしれん)

 

 四方手裏剣の標的は霧分身でもなく、咄嗟に放たれた影武者の類でもなかった。レミリア本人を捉えていたのは間違いなかった。チャクラを眼で視れば判ることだ。

 

――レミリアは死なない。つまりそういうことだろうか。穢土転生の再生力や速度をも上回るように感じられる。

 

 こと再生能力や不死に絞り、目の前の少女と記憶にある人物達とを比較する。

 再生の象徴とされる白蛇の力を宿す大蛇丸――暁の元構成員だった一人だ。暁のリーダー『長門』も手を焼き、組織から危険視されていた文字通りの危険人物で、数多の人体実験と研究を繰り返した末に、相手の体を次々と乗っ取り永遠に生き続けるおぞましい転生術『不屍転生』を開発し、事実上の不老不死を可能にした忍である。蛇のように脱皮し体を再生できるあの男なら、首を刎ねられても、体をバラバラにされてもしぶとく生き延びるだろうが――レミリアに見るような妖術的な異能は持たない上、回復の具合や再生速度が明らかに桁外れだ。

 桁外れという話なら、マダラの好敵手であった千手柱間。志村ダンゾウの右腕、この体の右半身などに見る細胞の、本体とも言える伝説の忍である。あの男も並外れた生命力を持ち、印すら結ばずに全ての傷を治すことができたという、大蛇丸以上に化け物染みた再生力を持っていた。その辺りは異常に高い生命力、莫大なチャクラを適合者にもたらす柱間細胞を見れば解る。しかしながら此方もレミリアと比較すると、やはり体勢を持ち直す時間や再生の具合といった点では至らない部分がある。

 ちなみに死なないだけなら、同じく暁の構成員であった飛段という男が挙げられる。ジャシン教と呼ばれる、殺戮をモットーとする新興宗教の熱心な信者であり、教団内で密かに行われていた不死身の人体実験における初の成功例となった被験体である。本人も組織内では、自分にもたらされた不死身の恩恵を『ジャシン様』共々誇りに思っていた。傷の治りが常人より早い体質ではあるが、あくまで不死身というだけで再生能力までは持たず、首を刎ねられれば仲間の助力がないと動くことすら叶わない。柱間や大蛇丸に劣り、レミリアに見る強靭な肉体を持つわけでもない。

 

(吸血鬼とは……イヤ、幻想郷とは――どこまで常識を塗り替える?)

 

 あの異常な再生速度と本人の余裕を見るに、先の攻撃は致命傷には至らなかった。心地よさそうな貌で肩を回しピンピンしている。

 神樹を己が身に取り込んだマダラや六道仙人に見る、本当の意味での不老不死かは判らないが、あれで死なないなら心臓が潰されようと平気で立ち上がる可能性は高い。でなければ今ここで戦いは終わっていた。

 

 周囲は両断されたレミリアから噴き出した大量の血で濡れている。神威ですり抜けたオビトは返り血を一滴も浴びず、被るはずだった血飛沫は本人を囲むように、地面を真っ赤に染めていた。

 レミリアが一度霧化した影響かは見通せないが、彼女にかけたはずの幻術はいつの間にか解かれている。

 

「正直、予想を超えていたって感じ」レミリアは落ち着いている。「……さて、どうしたものかしら? 腹立たしいものね。アナタにはカムイと視覚に嵌める幻術があって、私の攻撃は視界と共に制限された――こんな風に」

 

 そう言いながらレミリアは指を動かした。地面の血溜まりからいくつもの血槍が飛び出し、沈黙するオビトの両手両脚、腹部や胸部といった急所も含め、体中のあらゆる箇所を貫いた。

 神威の効力は術者をすり抜けさせ一切の干渉を許さない。死角を突いた奇襲をも完封されながら、何故かレミリアはますます嬉しそうな貌をする。探りを入れたいという熱っぽい視線がモロに突き刺さってきた。

 

「持ち札を使わせる前に封じ込めるとはね。好いわよオビト。ごっこ遊び抜きでこんなに心が躍るのは、幻想郷の妖怪連中と悶着を起こした時以来――いいえ、外来人なら初めてかしら。素晴らしいわ」

「こっちは違うがな」

 

 嬉々として臨むレミリアとは対照的に、彼女が手練れだからと心など微塵も踊らないオビト。妖精の無念を晴らす目的で動くに過ぎず、この戦いに愉悦など感じないが、自分本位のレミリアは意にも介さない。

 

「けれど、まだ何かあるでしょう? 何か隠している力があるのでしょう? 何か他の手はないのかしら? どうしたの、もっと私を愉しませなさいっ!」

「お前……身形に反して、奴に似通った面があるな」

 

 どこぞの刺々しい戦闘狂が好みそうな物言いをしたレミリアに対して、これまで何度も連想してきた男が再び脳裏をよぎる。どこか子供っぽくて落ち着きがなく、せっかちなところもある辺り尚更だろう。面白いと思う物事へ積極的に手を伸ばす辺り、飽くなき好奇心と探究心は本物のようだ。

 実妹のフランドールは忙しくないと口にしていたが、館主とはそこまで暇を持て余す立場なのか。

 

(どうする――)

 

 そんな彼女の息の根を止める方法はあるのか。心臓と洞穴節を体ごと真っ二つにしても無意味だったのだ、残るは頭しかあるまい。

 脳は神経や血管を通じて体中の器官に様々な指令を伝達する最重要の部位。手足を動かせと命を下せば、体はその通りに動かす。レミリアが仙人化したマダラ並の化け物でもない限り、そこを潰せば不死身に近い吸血鬼だろうと一溜まりもないはずだ。確実に潰すなら頭部を切り離すのが手っ取り早く最善だと判断する。

 もっともレミリア、ひいては幻想郷という異界の住民は、忍界で培った経験や技や常識の悉くを覆したりぶち壊してくる。ありふれた対策など意味を為さない可能性は否定できない。

 

(この左眼……お前の力)

 

 普段から多用する右眼の近距離特化型神威が、偽マダラ時代に絶望の中で培われた瞳力なら、左眼に宿る遠距離特化型神威は、親友が十数年もの歳月を費やし育て上げた瞳力。この力なら頭部を千切り飛ばす程度は容易だが、非常識な世界の住民であるという事実が、今のオビトに慎重な行動を強いていた。見通せない物事が重なる状況で不用意に行動を起こすべきではないと。

――左眼は『結界空間』と呼ばれる特殊な視界を展開し、その範囲内における対象物を時空間へ転送する力。レミリアの体の一部を向こうへ飛ばしたとして――彼女はそれを霧に変え動かしたり、血槍など武器に変化させるといった自由自在な芸当を可能としている。初手で仕留め損ねた場合、此方が交戦の中で自身の体を右眼で飛ばした瞬間を見計らい、万が一にも時空間の側から攻撃を仕掛けられる可能性を考慮する必要がある。八雲紫の境界操作など、隔絶された神威空間との不変なる境界線を取り除き干渉したりと、実体分離の穴を突ける能力を目の当たりにした後では特に。

 時空間に転送した実体は無防備になる。やるにしても行使する前に、チャクラの流れを封殺でもして念を入れる方が確実だろう。

 

 レミリアは心より楽しんでいる様子だが、此方としては妖精の死で戦いに必要性を見出しているだけで、長々と戦い続ける理由まではない。

 戦いなど早々に終わらせて、吸血鬼の胃袋に入った妖精を静かに弔うとしよう。あの少女に対してできるせめてもの償いとして。

 

「お前は強かな奴だ、レミリア。その辺の忍や妖怪共より遥かに――かつてならオレの組織へ誘っていたほどに。身形など当てにならんと思わされる」

 

 暁は出身や経歴、年齢や性別、個々人の目的などを問わず強かな者、かつ組織の方針に従える者なら誰でも受け入れる実力主義の組織。元構成員の大蛇丸のように、組織を逆に利用する不純な動機で入ろうとした者も何人かいたが、方針に従う気のない者が騒ぎを起こす度に既存の構成員や、組織内で絶対的な力を持っていた表向きのリーダー『長門』に鎮圧されてきた。組織の不利益になる行為や裏切りは組織内ではご法度だった。

 組織に反する謀を企んでいた者達が、誰もかれも最後には折れて従う選択肢をとったのも、当然の流れだったと言える。彼が持つ『輪廻眼』に対抗できる忍など、他の構成員を含め忍界には現存しなかった。

 レミリアほどの有力者なら資格はあっただろう。性格からして組織に同調はしないだろうが、遊びや騒擾好きはむしろ組織の方針に従うのも一興と見なして、暇潰しに助力していたかもしれない。元構成員の飛段のように、組織とは無関係な目的を持った者でも禁止事項を守りさえすれば、何をするにも自由で発言や行動を縛りはしない。

 

「上から目線の言い方ね――」レミリアは声を張り上げる。「――でも、アナタの組織? 面白そうじゃない! まだ何か見せてくれるの?」

「今回ばかりはやむを得ん。本当は無関係な奴らを殺す気などなかったが……せっかく嬉々として動機を与えてくれたんだ。望み通りオレの手で葬ってやる」

「やる気になってくれたみたいで嬉しいわ。なら早速、ご自慢の手札を見せてもらおうかしら――?」

 

 歓喜の声と共に空中を蹴り、幻惑させるかのごとく凄まじい速度で周囲を飛び回る。

 鴉天狗に比肩する速力は、人間や並の妖怪の目でも追えない。大抵の相手なら対応の時間すら与えず瞬殺できるだろう。彼女の総力を考慮すると、戦闘能力は軽く見積もっても五影クラスは下らない。速度は重量、鬼に近しい剛腕で人間を消し飛ばす力が上乗せされ直撃すれば、大怪我を通り越して原型の残らない肉塊に変わるか、あるいは粉微塵に消し飛ばされる。いずれでも即死は免れない。

 

「しまった――」

 

 驚愕の声を上げたのはオビトではなくレミリア。ミンチになるのは食らった場合の話で、要するに喰らわなければ問題はない。

 あらゆる物理的接触を寄せつけない神威はもちろん、六道のチャクラで強化された万華鏡の洞察眼がもたらす動体視力は、写輪眼の基本能力とはいえレミリアの上をいく。目に見えぬ速度からしてスローモーションとまではならずとも、人間が走る速度と同程度には見切り反応できる。視点の動きは手足のそれとは違うのだ。

 周囲に警戒を張り巡らせて、意識をいくらか他所に割いた状態での高速移動では、長々と視界を断ち続けるなど相当な離れ業。自分の位置を確認するための、ほんの一瞬の隙を捕捉されたレミリアは、再度攻撃を仕掛ける前にオビトの術中に嵌まり体を硬直させた。またしても幻術眼が発動したのだ。

――渦に巻かれ右眼の歪から飛び出したのは、四方手裏剣ではなく棒状の物体。勢いよく射出された二本の黒い棒は、レミリアの腕を動かす両肩にそれぞれ突き刺さると、小さな体ごと押され背後の時計塔の壁に叩きつけられた。

 彼女を磔にした棒の後端には鎖を通すための穴があり、具現化したチャクラが周りを覆い、紫色の鈍い光を放っている。

 

「……何よ、これ?」

 

 鬱陶しそうに抵抗して引き抜こうとするも、レミリアは上手く体を動かせない様子。

 その間にもオビトはゆっくりと迫り、杭を打ち込まれた彼女と対峙する。

 

「これって……魔力を?」

「そうだ」オビトはレミリアを直視する。「その杭はかつて、オレが戦争で使っていた物の類似品。チャクラを抑制する呪印が施されている。言うなら疲労と酷い脱力感か――外道の縛りや六道の忍具ほどではないがな。吸血鬼でも容易には抜け出せまい」

「なるほどねえ」レミリアも至近距離で見返す。「ふう、もう少しだけ楽しみたかったけれど……負けを認めざるを得ないザマね。これがアナタの力ってわけか」

「こんな形で使う気はなかった。お前が望んだ結末だ」

「――ええ。それじゃあ、あの子を殺した私に、さっさと止めを刺したらどうかしら?」

「随分と落ち着いているな。この状況で……」

 

 汗を流し呼吸も乱しているが、レミリアの視線は毅然と前向きで力強く、怖れなど後ろ向きの感情は微塵も見せていない。

 

「当然でしょう」レミリアは穏やかに笑む。「……私が。この私が、死に際になって騒いだり、情けや助けを求めたり、命乞いなんてすると思う? そんなものを期待するなら、臆病風に吹かれた他の連中にしときなさい」

 

 左眼の効力で結界空間が展開され、歪み始める頭部。

 ここにきてオビトはようやく、咲夜達が何故にこの人物を慕うのか理解に至った。

 

「私は他の誰でもない、紅魔館のレミリア・スカーレット。里でもきちんと自己紹介したでしょう?」

 

 幼げな貌など何の意味も持たない。彼女はいついかなる時でも、吸血鬼という種族として、館主としての揺るがぬ心構えを見せ続ける。どのような相手を前にしても、自らの名誉のために、口には出さずとも大切な者のために、誇り高き夜の王として喜んで命を差し出す強さをも内包している。なればこそ彼女を信じる者達は集うのだろう。

 これ以上はどう言うべきか、これではむしろ此方が悪役に思えてきた。実際のところ館の者からしたら、侵略者の悪党にしか映らないのだろうが。

 

「だろうな。小娘でもお前が泣きじゃくりながら無様に頭を下げ、己や仲間のために慈悲を乞う姿……オレには想像できん」

「はあ……最後の最後まで、思い通りにならない男ね。小娘じゃなくて、『レミリア』よ」

 

 最後まで言い切ると微笑み、目を閉じかけた時にことは起こった。

 レミリアの両肩を深々と貫き、塔の壁に縫い留めていた呪印つきの杭が、何の前触れもなしに爆発四散した。それだけではない、杭の消滅を認識した瞬間、左眼の神威で捕捉し歪めていた頭部が――彼女の姿そのものが雲散霧消した。

 鴉天狗の高速移動や瞬身ではない、時計塔の壁から忽然と消えたのだ。

 

「もうよろしいでしょう。ここまでにしてくれませんか、オビト」

 

 聞き覚えのある声が響き、背後に複数の気配を感じた。そこに立っていたのは館のどこかに消えていた咲夜、紅茶を飲みに行ったフランドールの二人。咲夜はレミリアを抱き止めていて、掌を握ったままのフランドールが隣にいる。

 状況から視るに、杭を万物破壊能力で爆破して縛りを解いた瞬間に、咲夜が時間を止めて主人を救出した。彼女の時間操作は洞察眼をもってしても追えない。

 

――そしてもう一人、翡翠色の髪に金色の瞳。死んだはずの姿がある。呑気にも咲夜達に付き添って。

 

「……何だこれは?」

 

 安堵感ではなく戦意喪失してしまったオビト。やる気を失った写輪眼は黒目に戻り、これまた呆れたような顔つきに戻る。屋上を包んでいた緊張感も霧と共に薄れ始めた。

 

「みてみてオビト、どうよ? カワイイでしょー?」

 

 妖精は新たな服を着飾って見せつけるようにはしゃいでいる。咲夜の服装に酷似したフリルだらけの服(メイド服)を着用していた。

 先ほどレミリアが「どうかしら」という顔で投げ捨てた衣服を思い返す。何のことはない、脱ぎ捨てた服を拝借しただけだった。可愛らしいメイド服を自慢する妖精を華麗に無視し、咲夜達に無言で近寄ると、オビトはレミリアを無表情で見下ろした。

 レミリアはチラッと意味ありげな視線を投げると――舌を出してウインクして見せた。

 

「色々と聞きたいことができた。首を飛ばすのは後でいい」

「待ちなさい、こんなか弱い女の子に手をかけるというの!?」

「――ねえお姉様、黙ってくれる?」

 

 レミリアが芝居がかった口調で動揺を装うと、妹のフランドールが凄まじい圧力を姉にかけた。

 

「私から簡単に」咲夜が冷静に口を開いた。「ご覧の通り、あなたのお連れ様は元気です。傷の一つもついていません」

「……本当にそんな有様のようだ。今までどこに消えていた?」

「妖精メイドたちと厨房の方で、料理の仕込みを仲良く手伝っていました。お嬢様はあなたと遊びたいがために、嘘をついてしまったようで。私も予期してませんでした」

「こら咲夜。『戦い』と言いなさいせめて」

「従者のお前を欺いても不思議じゃないからな……こいつなら」

「申し訳ありませんでした――そうですね、レミリアお嬢様?」

 

 忠実な従者と聞けば絶対服従を想像しがちだが、幻想郷で常識は通用しないという、ある意味で有名な格言はこの場でも適用されるのか、咲夜の場合はハイハイ頷き命令に従うだけではない。主人にも容赦なく口出しするのがモットーらしい。固い信頼関係がなければ成せる業ではない。

 これに対してレミリアは、外見的年齢に相応しいふて腐れた表情を見せる。

 

「知らないわね。助けてくれなんて頼んだ覚えはないけど? 出すぎた真似はしないでちょうだい」

「そうはいきませんね。いついかなる時でもあなたをお守りするのが、従者である私の務めです。料理や掃除、洗濯だけのメイドではありませんよ。間違ったことでも?」

「なかなか言うようになったわね、あなた。嬉しいわ」

「――レミリアお嬢様?」

「はいはい……わかったわよ、もう」

 

 咲夜にして二度目の「レミリアお嬢様」である。フランドールの恐ろしげな笑顔も助力したからか、さすがのレミリアも黙らざるを得なかった。従者や実妹でも、我侭に振り回された時にはハッキリと物を言うようだ。

 

 予想外で呆気ない結末。真実はこうだ。結局のところ、妖精をジュースにして飲んだという話は、オビトの戦意と殺意を引き出すためにレミリアが考えた嘘。敵を騙す時は味方からとでも言うのか、咲夜はもちろんフランドールもグルではなかった。とはいえオビトにしても、黒ゼツに向けるほどの殺意は出さなかったわけで、彼女の目論みも半分は失敗に終わったと言える。

 

(……とんだ茶番になったな)

 

 しかしながら、どうしてだろうか――騙されたのは間違いないものの、彼女の嘘が上手いとは感じられない。何か此方に非があるのだろうか。

 オビトが一人そう思っていると、血肉のジュースになり損ねた妖精が横に現れた。

 

「ねーオビト。私のために吸血鬼と戦ってくれたんでしょ? 私がいなくて寂しかったり?」

 

 浮かれた声色の妖精が顔の前に来ると、オビトは無表情で踵を返した。

 

「生きていたのなら、もうこんな場所に用はない。さっさと里に戻るぞ。阿求やら何やらの用事がある……影分身を解いて情報を整理する必要も」

「無視か、オビトよ」妖精は厳かに言う。「素直になればいいのにー」

 

 今宵、紅魔館もといレミリア個人との間で巻き起こった迷惑極まりない騒動は、円満な解決とは程遠い形で終幕を迎えた。それもまた幻想郷らしい、一つの平和な終わり方と言えなくもない。

 ため息を吐き、何気なく頭上の月を見上げる。

 

(厄日か……)

 

 心中でそう呟くと、再び歩を進める。

 無傷で疲労も蓄積されていないはずが、心なしか体が鉛のように重い。それどころか歩く度に悪寒が体中に走り、視界に歪みが生じてきた。眼球に焼けるような痛みが走る。

――ふと頬を何かが伝った。生暖かい。

 

 硬直した両眼から血の涙がこぼれている。真横で妖精が口を動かしているが、オビトの耳には声すら入らない。視覚に続いて聴覚をも失われつつある中、脳裏に浮かぶイメージが惑いを生じさせる。

 朦朧とした意識。何度目か、月を仰ぐ。目で見ているのかは定かではなかった。

 

 空が赤い。黒い勾玉をいくつも結んだ波紋状の模様が――月に浮かび上がっている。

 

 ぼんやりと空を眺めながら、オビトは意識が遠退いていくのを感じた。

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