THE LAST PHANTASM -OBITO- 作:大兄貴
煎餅好きのどこか近いものを感じる少女と別れた後、時空間を介して人間の里から博麗神社に帰還した。年季の入った鳥居の真上に渦の中より降り立つと、遠方まで続く眼下の森と地平線を赤い瞳に映す。
博麗神社は端っこにあり高台に位置するため、視力がよければ幻想郷を広々と一望できる。写輪眼を通して視るとはっきりと映った。
魂を浄土より呼び戻され現世へ舞い戻り、命ある者として健康的な日の光を浴びる破目になるとは。不快ではないが違和感は拭い切れないでいた。
(……平穏そのものだがな)
青空と日差しが眩しい。寂れた境内を吹き抜ける風が頬を撫で、深緑の触れ合う音が耳元をざわつかせた。
不穏や争い事とは縁遠く思える、この世界のどこかに黒ゼツは潜んでいる。それを理解するからこそオビトは、黒ゼツの居場所を特定する手段を持たない無力な己を噛み締め、やり切れない思いで眼前の景色を眺めていた。
愚かしい企みをもって管理者を欺き、地中に身を潜めて機を窺っているであろう黒い意志。早々に出てきて目立った騒ぎを起こさない辺り、まだまだ力を蓄える下準備の段階なのか。裏方を好む者らしい行動ではある。
向こうに『暁』のような協力者が存在するかは不明ながら、己の姿を迂闊にも明るみに晒したり、不用意に騒ぎを起こせば管理者の目に止まり、幻想郷側との多勢に不勢での衝突は避けられない。万一戦いが始まれば短時間で騒擾は拡大し、幻想郷全土を巻き込む全面的な争いに発展しかねない。
トビを操り、マダラをも欺き、最後は隠していた本性を露にした黒ゼツ。影で黙々と糸を引き、表立った姿勢でなど直ちには臨まないはずだ。虎視眈々と計画を進める上では基本だが、裏で暗躍する方が全てにおいて都合がいい。
黒ゼツ本体の強さ――本体だけなら過信せずとも恐るるに足らない。
マダラの輪廻眼を保有し、行使をも可能とするとはいえ、黒ゼツはその能力をリスクと共に限定的に使用できるに止まる。真に己の眼として制御できなければ意味がない。戦うために必要な生身の肉体を持たず、柱間細胞に傾倒した今の脆弱な体では、瞳力などまともには扱えない。レミリアを始めとする有力者を相手取ったところで、万に一つも勝ち目は出ないだろう。
どれだけ強力な兵器を保有しようと、御して扱えなければガラクタに過ぎない。神威空間では『爆風乱舞』を餓鬼道の封術吸引で吸い取り、右眼神威の転写封印を起動させて逃走に帰した黒ゼツだが、あの不安定な状態では獣妖にすら及ばず殺されて終わる程度。咲夜やレミリアなどの有力者が相手なら瞬殺である。
ただし、神出鬼没という点では黒ゼツも負けていない。移動速度は神威が圧倒的である一方、移動場所の選択と正確性は向こうが上を行く。自由自在な形で地面に溶け込み、地中深くに張り巡らされた樹々の根を伝い、いついかなる時でも場合を選ばず、印の必要性を無視して任意の場所に姿を現す。別空間には干渉できずとも、印づけを必要としない移動は厄介である。それだけに黒ゼツを自力で探し出すのは難しい。今この場に何の前触れもなく現れることもできよう。
(…………)
仲間だった輩が潰すべき敵となり次元を越え、異界・幻想郷にて邂逅を果たした。仮にもトビやマダラとして、幼少期より行動を共にしていた身だけに、今になって真正面から、初めから対立するのは不思議な気分だった。
この時――この場で鳥居に足を着ける者が、仮面を被って月の眼計画を進めていたなどと。カグヤが封じ込められた外道魔像を従え、ゼツや本物のマダラと共に忍界を滅ぼさんと動いていたなどと。
現在は全くの逆、奴の謀を潰すために動いているなどと――。
「あんた、そんなとこで何してんの? 執念深い神様に『すとーきんぐ』されるわよ!」
境内から上がってきた声を聞いて、本殿の方向に視線を落とした。
常に空っぽの賽銭箱の前に、いつから居たのか怒った顔で腰に手を当てた霊夢が立っている。鳥居から飛び降りて正面に着地したオビト。
「罰当たりな奴ね。フツーに入ってきなさいよ、まったく」
「起きていたか……お前も」
「そりゃあんた、もう昼すぎだもの。返却の代行ご苦労様」
霊夢は労いの言葉をかけた後、呆れたような目つきでオビトを眺めた。
「ところでさ、今朝に文の号外読んだんだけど。なんか散々やらかしたみたいね」
「……成り行きだ」
「それにしちゃ危ないとこにばっか足突っ込んでるわね。紅魔館の連中とまで悶着起こすって、どんだけ命知らずってか不幸なのあんたは。外来人のくせして」
「本意ではなかった。厄介ごとが重なってな……あの誇張された記事、以後が思いやられるものだ」
経緯がどうあれ身勝手にも他所の世界に土足で踏み入った者として、そこに生きる者達の命が自身の行いにより脅かされる事態など、決してあってはならない。必要のない怒りや悲しみを生むだけの争いごとなど本意ではない。初めから心に決めていたことだ。
しかしレミリアのように、向こうから嬉々として接触を図る者、とりわけそれが有力者であれば、思い通りに運ばない場合が多々ある。あの誇張記事を真に受けて現れる者が彼女以上の輩でないとも限らない。吸血鬼との争いを収めたからと安心はできまい。紅魔館での紛争に関しては、結果的に思いもよらぬ収穫がもたらされはしたが。
「うーん」霊夢は頭を掻いた。「入って早々、お気の毒としか。ああいう失礼な奴なのよ、文は。私もたまに『貧乏巫女』だの『鬼巫女』だの書かれるし、うざったいことにゃ変わりないわね。購読してないのにばら撒きやがるのもだけど」
「はた迷惑な輩だな」
「助かるっちゃ助かるけどね一応。廊下の掃除とか、焼き芋にも有効活用できるし。どんなモンにも使い道はあるって感じ」
鴉天狗にしても自分達の興味を惹きさえすれば、住民達の意向などお構いなしなのだろう。情報を伝達する報道機関として熱心なところは別として、阿求や霊夢には同情する余地がある。明らかな私情を挟む辺り、確かに行きすぎた一存である。
紫曰く自分勝手で好戦的で、咲夜曰く血の気が多いという幻想郷の住民。和菓子屋での面倒ごとに始まり、鴉天狗の新聞はさらなる厄災を呼び込む原因になりそうだ。本人達は興味関心を第一とするだけで悪意はないのだろうが、あの鴉天狗――顔すら知らないものの――これからは隠し撮りや盗聴の可能性も警戒しつつ動くべきだろうか。
射命丸文の妖怪新聞。阿求の幻想郷縁起の中でも、必要だと判断した項目はとりわけ読み込んでいた。
天狗達の『文々。新聞』は発行が不定期で、多くても月に五回、主に幻想郷で発生する異変に関連する記事を載せている。外来人関連の記事は号外として扱われ、本紙よりも頻度が少なく規模も小さい。だが記事になるか否かが天狗達の興味の有無や程度次第で決まるのは、本紙と変わらない。該当する外来人が連中の目を惹く者でもない限り、外来人という身の上だけで記事になったりはしない。号外がばら撒かれること自体が珍しいのだ。
それを鴉天狗から直接取材を受けたわけでもないのに、傍から見た外来人の軌跡だけで一面大見出しの記事にされるのだ。新聞を手に取った者なら注目しないわけがない。さらに肝心の中身が、山の天狗や大結界の管理者に喧嘩を売った云々という内容の物なら、もはや暇を持て余すかどうかは関係なく、妖怪達の興味関心が向かない方が不自然に思える。
土地の所柄もほとんど知らず、印づけもロクに行わず、右も左も上も下も見通しにくい未知の世界である上、手を打とうにも幻想郷の住民達や地理を熟知する報道機関の連中に先を越されている。今さら此方から探し回るなど現実的ではない。文を始めとする鴉天狗達が住むのは例の山岳地帯らしいが、盗撮だの盗聴だの、取材だので頻繁にあちこちを風のごとく飛び回るなら余計に接触は難しい。
誇張記事の件はいったん置くとして、今はこの巫女に尋ねたいことがあった。
「ここに一度戻ったのは、報告以外にいくつか用があってのことだ。長居はしない」
「遠慮しなくても。居候したって構わないわよ? 三食昼寝とお茶付き、新調したばかりのふかふかお布団もあるし。むしろ歓迎してあげるわ」
「届け物は預かるが、境内と本殿の掃除は引き受けんぞ」
「ケチ。あんな便利なのに。減るもんじゃあるまいし。いいじゃないの。このグルッグル……」
賽銭箱の前を竹箒で掃きながら、怨めしげにぶつぶつと呟く。その直後、興味なさげに「返答次第だ」と付け足したオビトの声を聞くなり、霊夢は顔を上げ目を輝かせた。そこまで掃除が面倒なのかは定かではない。
「八雲紫の件だ」
「紫?」
「今後、奴がお前のところに現れたら、オレに顔を見せるよう伝えてもらいたい。その時にオレがどこに居ようが、奴ならこっちの居場所など、易々と探し当てるはずだ」
「そりゃあそうかもだけど、ここでゴロゴロしてるばっかじゃないわよ、私だって。これからの騒ぎに備えろとか紫に頼まれたし。あんたみたいに飛び回るでしょうから」
「イヤ……待つ必要はない。遭遇したらでいい。手間も時間もとらせん」
「意外と謙虚ね、あんた」目を丸くする霊夢。「あいつに用が? まあ、あるから頼んでるんでしょうけど」
「少しな」
阿求の屋敷で目を通した幻想郷縁起から紫の詳しい情報を得て、紅魔館にて判明した『月の都』と呼ばれる巨大な月面都市、大国が存在するという可能性はより一層強まった。
「話は変わるが……お前は以前、月の都へ行ったことがあるようだな」
今より千年以上も前――八雲紫は当時、月の先端的な技術を手に入れるため、妖怪の有力者達を率いて都を相手に大規模な戦争を仕掛けた。阿求により第一次月面戦争と命名された事件である。
強大な力を持つ月の軍勢を相手取り、熾烈極まる壮絶な争いの末、彼女率いる地上の軍勢は惨敗に帰した。これを機に増長していた妖怪達は大人しくなり、八雲紫という存在が妖怪の世界で広く知れ渡ったと言われている。
戦争にて勝利を望んだはずの紫が月を相手に敗北した。彼女の意に反した形で終息したのだ。神威を含む万華鏡写輪眼の固有瞳術を凌ぎ、自由自在に世界の破壊と創造を司る『境界操作』という能力をもってしても。情報が不足していて、内容も抽象的なものが大半を占めるが、真実なら幻想郷との力関係は明白と言ってもいい。この世界すら比較にならない大国に住み、おそらくは相当高い地位に収まる者が、外道魔像の存在を知らないとは考えにくい。黒ゼツが利用せんと企んでも不思議ではない。
加えて月が二つ存在するという仮説が正しければ、眼孔より出血し、月の眼を幻視したのも何らかの関連性を疑うべきだろう。
そして博麗霊夢――この巫女も同じように、月面に乗り込み悶着を起こしたとの話である。
「急ね。話が見えないし、ワケを言いなさいせめて」
霊夢は箒の手を止めてオビトを見た。一人で理解を得ながら自分本位に話を進め、独り言のように唐突に問いかけるマダラ気質のせいか、霊夢は流れを手に取れていないのだ。
「言うなら……黒ゼツがここに入り込んだ理由か。奴と都の関連性を疑っている。お前の調査に影響を及ぼす可能性もある」
「なんですって?」
もっともロクに世界を巡らず、黒ゼツが目立った行動を起こしていない現状、不用意に月へ乗り込もうとは考えていない。情報を把握する下準備の段階にすぎない。
月に投影されたような、忌まわしき眼を幻視した原因は不明。単に紅い館や月を見たせいで心理的外傷を引き起こしただけ、などとは思うまい。かつての出来事は度々頭を悩ませている。今回の場合はもっと違った要因が絡むはずだ。
本殿の柱に背をつけると、霊夢は一呼吸置いて口を開いた。
「……なるほどね。その様子じゃあ、月の都ってとこの説明は省けそうね」
「その辺は紅魔館の咲夜という者に聞いた。オレが知りたいのは……かつてのお前らの動きだな」
「あいつか」遠い目をした霊夢。「――まあいいわ。私らが月に乗り込んだのは、随分と前の話。今思えばきっかけは紫だったわ。あの時は、あいつに神降ろしの稽古を強要されたっけ……将来に備えて、神様の力を借りる訓練をしとけだのなんだの」
「『神降ろし』?」
「博麗の巫女は神様を使役できる。体に降ろして、その力を借りたりね。月まで飛ばす大筒の推進力を得るのに、住吉三神っていう航海の神様の力が要りようになったってわけ。結局は紫の奴が、私を巻き込んだって形になるわね。迷惑なことに」
「ソレが咲夜の言う『ロケット』とやらで、燃料を得る手段を修練という形で紫が与えた……お前自身が望んだわけでもなさそうだな。月に行くのを」
「まあ、私も半分は興味あったから、そんな悪い気はしなかったけど。最後は自分の意思で協力したわけだし。紫に触発された吸血鬼の『月面侵略計画』……その推進力担当で」
レミリアが霊夢を巻き込み月の都を目指した理由。子供っぽい性格を思えば大体想像がつく。月の高度な技術や軍事力云々の細やかな事情よりかは世界征服、吸血鬼としての単なる支配欲だろう。
問題は紫が霊夢達を利用する形で、レミリアの計画とやらに裏で関与していたこと。都の存在は色濃く感じられる。
「『私ら』と言ったが、他に協力者が?」
「霧雨魔理沙。同業者みたいなもん」霊夢はさらりと言った。「――そんでその魔理沙を含めて、私らは都の外れにある『静かの海』に流れ着いた。ロケットが構造上、宇宙で分解したりしたから、綺麗な着陸とは言えなかったわね。で、到着するなり――浜に玉兎の軍人連中を率いて現れたのが、綿月姉妹の依姫とかいう物騒な奴だった」
「ヨリヒメ?」
「都のお偉い様で、生意気な月人。巫女でもないのに神様を使役できたりね。こっちは侵入した側だから当然だけど、なんかそのままの流れで交戦したっけ」
不明瞭な神降ろしのくだりはいったん置くとして、霊夢曰く都へ乗り込む前にその旨を伝えたり、宣戦布告したわけでもない。加えて咲夜が言ったように、地上と月の戦力差が歴然たるものなら、向こうにして『ちっぽけ』な人間や妖怪に過ぎない侵入者数名に対応するためにお偉方が、都でも高い地位に就く者が直々に出向くのは些か引っかかる。
実際に姿を見せた霊夢達というより、裏で糸を引いていた紫に意識を向けての行動とも思える。
「神とやらの力を扱う……月人とは人間か?」
「人間は人間だけど、途方もない寿命と力を持ってる奴ら。妖怪より遥かにね。あんなん人じゃないわよもう」
月の都や神降ろしという単語、綿月や依姫という名の人物も忍界では聞き覚えがない。おそらくは五大国の隠れ里も把握していない名の数々である。
「それで結局、連中には勝ったのか?」
「あいつらに?」霊夢は馬鹿馬鹿しいと言いたげだ。「無理無理、勝てるわけないっての。大人しく降伏よ。こっちの土俵に上がらせといて惨敗、戦闘なんてもってのほか。ていうか紫が勝てない相手だし、あんただって無理よ多分」
惨敗という言葉まで使った霊夢からは、悔しさといった感情は微塵も伝わってこない。本人が裏表のないさっぱりとした性格なのもあるが、敗北を気にせず引きずらないというより、そもそも初めから勝つ気で挑まなかったのだろう。
「ならまさか、そいつが――」
お偉方と言われるほど高い位に座り、都の上層部として位置づけられるであろう者が直接戦地に赴き、紫に唆される形で月に乗り込んだ霊夢達を迎え撃った。玉兎で構成された軍人もとい軍兎部隊を統率し、圧倒的と言える差で敗北を地上に、妖怪達の世界にもたらした。彼女と直接交戦して潰すよりも遥かに手間も時間もかからないやり方だ。
第一次月面戦争時における双方の総兵力やその他の人員、部隊の数や各々の役割、作戦内容、戦況などの詳細は不明ながら、綿月依姫こそ『第二次月面戦争』と合わせて、当時の紫に敗北を味わわせた張本人である可能性が高い。
境界の妖怪・八雲紫をも凌ぐ綿月とは何者なのか。神威に干渉した境界操作の力を持つ本人どころか、大勢の有力者が住む幻想郷すら比較対象として至らないのなら、超越的な現人神・カグヤや仙人化して不老不死となったマダラと同等か――下手をするとそれ以上とも考えてしまう。
「長寿とは言うが、死なんわけではないだろう。人間の定義が当てはまる連中なら」
「うーん……その辺はわからないわね。あそこじゃ『不老不死』ってのが大罪みたいな扱いらしいから、死にはするんだろうけど。依姫は掟だの規則だのに敏感な堅物真面目莫迦だし……デタラメすぎて倒せる奴がいないってだけかもね」
「幻想郷を束にしても届かん使い手――綿月依姫、か。恐ろしい輩がいたものだ」
「でしょ?」呆れたように笑う霊夢。「まあこっちとしちゃ、向こうからちょっかい出してこないってんなら、なんでもいいんだけどね。乗り込んどいて言うのもアレだけど」
霊夢や咲夜の話が本当なら、現時点で紫と依姫達の力の差は明白。黒ゼツが月の都を利用せんと目論んだとして、具象化されたカグヤの意志といえど、それほどの有力者を前に勝ちの目が出るとは思えないが。
(カグヤか。忌々しい奴だ)
異界の位置づけにある幻想郷の存在を黒ゼツが知っていた理由は、おそらくは幻想郷が世に現れるより以前に話を遡るのだろう。
大筒木カグヤの正体については大雑把に、忍界にいた頃に期せずして入り込んだ異空間でカカシ達から聞いていた。彼らがカグヤとの戦いの最中に黒ゼツから聞かされた真実は、偽マダラとして忍界各地で読み漁った古書、石碑などを独自に解読して得た、出所不明の頼りない情報とも符合する部分があった。
カグヤは現在の忍界より千年以上も前の人物で、国造りの時代に名を馳せた僧侶・大筒木ハゴロモの実母。彼が六道仙人として世の真理を解き明かし、人々を導いていた時代より以前から実在していた人物である。具体的にいつから生きているかは不明ながら、カグヤは元々地球という惑星とは異なる別の場所から、チャクラの実を求めやって来た異星人――つまりは今の黒ゼツや自身と同じように、外部から別世界に入り込んだ『異界人』だとされる。
後に忍界と云われる地を訪れた後か、訪れる以前かは定かではないが、月の都を始めとする様々な異界にカグヤが接触できたのなら。都はもちろん、その世界との間に千年にも亘る因縁、繋がりを持つ八雲紫が後に創造した幻想郷の存在をカグヤ、ひいては自らの意志として生み落とした第三の子・黒ゼツが事前に把握していても何ら不思議ではない。
この目に宿る写輪眼の行き着く先である輪廻眼、それを持つ六道仙人・ハゴロモ、彼の母であるカグヤとの関連性から、カグヤの目である輪廻写輪眼の紋様を月にイメージしたのなら――。
「あんた、大丈夫? 顔色悪いわよ」
「……先を続けてくれていい。その後、どうなったのかを」
今すぐに真実を確かめたいところでも、幻想郷のことをロクに知らないのでは前提が成り立たない。月の都への接触は後回しだ。
視線を足元に落としていたオビトが顔を上げる。言葉を切り黙っていた霊夢が口を開いた。
「殺生は好まないとかで、普通に連行されたんだけど……大体ひと月は都に軟禁状態だったっけ。私だけ監視下に置かれて、他はみーんな自由に観光だの楽しんでから、地上に帰ったってのに」
「何故だ?」
「動機は私にあった」霊夢はオビトを観察している。「月の連中、勝手に侵入した件は気にしてなかったみたいね。問題は私がかけた、依姫への疑いだった。あいつも神様を使役できるって言ったでしょ?」
「神降ろし、だったな」
「私が地上で神様を濫りに呼び出したから、それで都で騒ぎが起こって、原因が依姫にあるって勘違いされたみたいよ。詳しくは知らないけど……都への謀反の嫌疑だかなんとか。それを晴らすのに、都中で神降ろしを披露しまくる破目になってね」
「綿月依姫の疑いを全て晴らしてから、ようやく地上に帰された……ってとこか」
「そゆこと。今思い返してもクソ長かったし、ほんっと面倒臭かったわよあれ。美味しい料理とかお酒とか出されなきゃ、途中で帰ってたってくらい」
ここまでを言い切ると、霊夢は目一杯息を吸い、疲れたように吐いて空を仰ぐ。
「待遇は好かったように思える。だが帰ると言っても当時、月から出る手段はなかっただろう」
「まあ、そうなんだけどさー」
簡単にまとめると――霊夢や魔理沙、咲夜とレミリアらは協力して月に乗り込み、本気にしろ遊びにしろ綿月依姫と交戦した。惨敗という言葉からおそらくは、霊夢以上の神降ろしを使用して侵入者達を悉く降伏させ、最後には全員をひっ捕らえた。その中でも神降ろしを使える霊夢だけが月に拘束される結果となり、都の内情に――依姫本人と関わったということだ。
詳細を思い出すように話せている辺りデタラメとは思うまい。再び月を打ち負かすために紫により修練を施された、言うなら幻想郷の最終兵器である霊夢が敗北し捕縛されたことで、地上は千年前と同じ結末を迎えたのだろう。
「長々と話したけど、動きとしてはこんな感じ。役に立ったかしら?」
「そうだな……有用な情報を得られた。感謝する」
「当然ねっ」霊夢は胸を張る。「しっかしあんた、久しぶりに記憶辿って話したわよ、今さら月の都なんて。もう宴会にすら出さない古い話題だもの、係わってすらいない外来人に訊かれたのも、話したのも初めてだし……何が起こるかわからないもんだわ、人生」
「大げさだ。全貌はまだ見通せんが……可能性を考えられるだけ前進か」
「じゃあ」嬉しそうな霊夢。「――早速だけど神社の裏に来なさい。何日か分の葉っぱやらゴミが溜まりに溜まってるのよねえ」
「約束だから構わんが……お前はもう動いているのか? ゴミ処理だのなんだのと、ほのぼのとしているようにしか見えんが」
霊夢は危機感に欠けるとの話だが、果たして紫の言葉通り調査に着手しているのか否か。紫曰く「現博麗の巫女は異変が起こらないと動かない」との話から、疑ってしまう余地は幾分か生まれる。
竹箒を賽銭箱に立てかけると、霊夢は少し真面目な表情を作った。
「それなんだけどさ。あんたについてこっかなって」
「オレに?」
「あんたが里に行ってから色々考えたんだけど、どうせ動くなら当てもなく飛び回るより、クローゼットってのに面識ある奴と行動した方がいいかなって」
「お前の頼みなら、できる限り聞いてやりたいが……無理だろうな。イヤ、難しいと言うべきか」
博麗の巫女は幻想郷で発生する異変解決の役を担っている。黒ゼツを見つけて始末する目的は同じなわけで、協力という形で動くのも自然の流れである。
「確かあんた、あの小っさいのとは仲良さそうに行動してたじゃない。あいつはよくてなんで私はダメなのよ? さてはそっちの趣味が――」
「そこまで吝かではない」
笑い交じりに喋る霊夢と、冗談の通じなさそうな生真面目な表情のオビト。提案を断ったのは誰かとの行動が嫌だとか、独りの方が気楽だとか、就寝中のところを瞳術で無理やり覚醒させて怒らせた霊夢と一緒が気まずいわけでもない。
「人間のお前では身が持たんだろうからな。幼子ともなれば尚更のこと」
「なんかムカつく言い方ね。子供ってのはともかくとして、人間ってとこはあんたもそーじゃないのよ」
普通の人間と忍では相容れない部分が多い。霊夢が幼い人間の少女である一方、オビトは忍として昼夜問わない過酷な活動に慣れがあり、さらには数ある中でも柱間ァ細胞を身に宿す特殊極まる忍。探索や情報収集だけなら不眠不休で二十四時間ぶっ続けで活動できる上、細胞が擁する途轍もない生命力の影響で、余程の事態が起こらない限りは休憩や睡眠すら必要としない。幼少期より続けてきたそんな生活に心身は完全に順応している。
妖精やレミリアなど人外たる種族なら別だが、霊夢が忍の後をついて来られるとは思えなかった。体力がある大の大人でも不可能である。本当の意味での協力という形は難しいだろう。
「だがそうだな――来たい時は勝手に来て、帰りたい時に帰る――助っ人のような形なら構わん。勝手にしてくれるならな」
「え? 全然いいじゃないそれで。そっちの方が楽だし」霊夢は手を合わせる。「じゃあ決まり――あ、その前に掃除も忘れないでよ。いいわね?」
「……約束は約束か」
どこまでも広がる青い空を眺めながら、オビトはこともなげに呟いた。