THE LAST PHANTASM -OBITO- 作:大兄貴
小道の脇に群生する茸の群。内部には日光が差し込まず、暗くじめじめとした湿っぽい環境は菌類の楽園である。
白色や茶色など食用と思われる物もあれば、青色や紫色など凶悪な毒性を主張する自信家も連なる。
密集した樹木の根が道にまで及び、頭上の分厚い葉や絡み合う枝が日差しを遮るせいで、昼夜無関係に薄闇と静寂を延々と作り出している。ここは『魔法の森』と呼ばれる鬱蒼とした深い森で、幻想郷で森と言えば大体はここを指すほどに名の通った森林地帯である。
この森は魔力(チャクラ)を生成する無数の茸や樹のせいで、異常な濃度の魔力から成る瘴気で常に満ちている。魔力を動力源とする者達には非常に好まれ、該当する種族が修練に勤しむ姿もたまに見られる。魔力の供給源の確保然り、魔法の研究然り、魔法薬の材料の採集然り、魔法使いには面白いほど都合がいいため、日当たりや利便性が最悪だろうと平気で住居を構える者もいる。
ちなみにその影響か、ここで修行を積んだ人間には、結構な確率で魔法使いや魔女として目覚める者もいるようだ。
「――などと言われているわけか。このマホウの森とやらは」
「らしいわよ。用がある時には毎回入るから面倒なのよね。空からだと同じ景色で判りにくいし」
不満げに喋りつつ隣を歩くのは霊夢。携帯する祓い棒を肩に担ぐように構え、男勝りな性格にも思える。
博麗神社では約束通り、月の都に関する情報提供の対価として、本殿の裏で山積みになっていた葉っぱやらゴミやらを、吸引力の変わらない掃除能力、もとい右眼神威で片づけたオビト。時空間を開いて容量無限の空間に放り込み、火遁でまとめて焼却するだけなので手間も時間も大して要さなかった。これについては霊夢曰く、幻想郷の処理場不足が一瞬で解消される可能性を秘めるらしく、焼却炉やゴミ処理場要らずの万能神器などと意味不明な評価を受けた。
(変わった場所だ)
獣道のように荒れ放題な場所を歩きながら写輪眼で周辺一帯を見渡す。魔力を自己生成する云々は本当らしく、茸や樹木などがチャクラで着色されて見えている。
チャクラを生成する珍しい植物や菌類、空気中を満たすチャクラ濃度など、研究者気質である大蛇丸の興味を惹きそうな宝の森である。知識欲や研究欲に異常なほど飢えたあの男なら、長い舌をチラつかせながら一日中素足で駆け回りかねない。入り浸って研究に没頭しても頷ける。チャクラの楽園と呼ぶのも悪くはない。
高濃度のチャクラなら利用価値を見出せるだろう。黒ゼツが己の体や柱間細胞の強化のために目をつけている可能性も否定できない。規模が広大な割に暗闇に包まれ人気もなく、背の高い樹木が密集して多いため、地中や樹と同化できる黒ゼツが潜伏するには打ってつけだ。向こうとしてもこの程度の推測は見越して行動しているだろうが。
魔法の森という名で知られてこそいるが、妖怪の山や妖怪山道とは異なり、森林の範囲がどこからどこまでとは具体的に決まっていない。幻想郷で森と言えば大体ここを指すという言い方は、大自然に満ちた幻想の地全域がほとんど森で占められ、樹々などの自然物の群が全てこの森と繋がることから来ている。正確にはここを「指す」ではなく「指すしかない」で、この辺りは魔法の森の中心部に位置している。
此度このような森を訪れたのは所柄の把握という目的もあるが、霊夢からの頼みもあった。魔法の森奥地には霧雨魔理沙なる知り合いが住んでいるらしく、万一の異変に備えて『黒ゼツ』の警告を兼ね、博麗の巫女として彼女にも協力を要請したいようだ。
「ところであんた、種族は忍とかって話だったけど」
「間違いじゃないが……この場合は役職みたいなもんだ。正確にはな」
生物学的な種族とは人間や天狗、吸血鬼など先天的な特徴で分かれた集団を指すが、後天的な意味なら役職名も種族の枠内に入る。『忍界』という言い方が世間一般的に通る忍中心の世界にも、忍と対を為す侍や非戦闘員なども多く存在するため、どちらかと言えば後者の方が意味として正確である。
基本的に忍とは、忍者学校の卒業試験に合格して能力を公に認められ、各隠れ里や国々に属した者をそう呼んでいる。その一方で所属していた里や国を抜けて裏切り者の烙印を押された者は文字通り抜け忍と呼ばれ、『ビンゴブック』という抜け忍を集めたリストに情報を掲載され各国から指名手配される。
かくいうオビトも幼少期に里抜けして立派な抜け忍となり、暁に所属する構成員の一人として動いていたが、オビト自身は第四次忍界大戦にて正体を明かすまで世間では死んだと思われていたため、当時の忍界で最も危険視されていたS級犯罪組織の抜け忍でありながら、ビンゴブックに名を連ねたことは一度もない。生死不明の者や抜け忍である事実を隠す者は多いのだ。
「ねえ、忍者っつったら手裏剣とか分身とか、あとは火遁の術だとかイメージするけど。あんたもそういうの使えるの? 忍なら」
「一応な」
「口からぼ~って火を吐いたりとか?」
「忍がいない世界での認識ならそんなものか」何気なしに言うオビト。「火に限らず、水や土、風に雷……様々な力を扱う。違う性質を組み合わせた特殊な物もあるがな。幻術や医療術の類、お前ら巫女が得意な結界系統の術なんかもある」
チャクラの五大性質のうちの一つを忍は先天的に宿し、また火、水、風、雷、土は五大国の名称に当てられている。
火遁の術は火ノ国が主流で、名の通り火の類を扱う術。チャクラを火属性に変化させて発動する。風遁に強く、水遁に弱い。炎で敵を燃やす。水遁の術は水ノ国が主流で、名の通り水の類を扱う術。チャクラ水属性に変化させて発動する。火遁に強く、土遁に弱い。水をゲロのように吐いて敵を叩く。風遁の術は風ノ国が主流で、名の通り風の類を扱う術。チャクラを風属性に変化させて発動する。雷遁に強く、火遁に弱い。風で敵を切り刻む。雷遁の術は雷ノ国が主流で、名の通り雷の類を扱う術。チャクラを雷属性に変化させて発動する。土遁に強く、風遁に弱い。電撃で敵を感電させる。土遁の術は土ノ国が主流で、名の通り土の類を扱う術。チャクラを土属性に変化させて発動する。水遁に強く、雷遁に弱い。岩で敵を押し潰す。主に暁のデイダラ先輩が得意だった。
ただし、術はチャクラを基にするため、その量や質、安定性などにより精度が変化し、時には不利な属性が有利な属性を押し負かす。炎が水を蒸発させる、突風が火を消し飛ばす、土の壁が雷の矛を防ぐなど、必ずしも属性の優劣だけで勝敗が決するわけではない。同属性かつ同名の術で力比べする場合でも、チャクラの優る方が有利となる。
チャクラ性質の把握や優劣関係は、術を学ぶ上で基礎中の基礎である。化け物染みた力を持つマダラがアカデミーの教師にでもなったら、既存の授業内容を鼻で笑い、卒業前に形態変化やら性質変化に至り、上忍でも扱いが難しい超高等忍術を徹底的に叩き込もうとするだろう。
「へえ……思ったより豊富っぽいわね。忍ならそれ全部使えるってこと?」
「全部とはいかん。使えるだけなら割と多いが、広く浅くだ。大抵は己が最も得意とするものを伸ばそうと考える」
長い時間と労力を修練に費やしてチャクラの形態変化、いくつもの性質変化を身につけても、それらを実戦に投入できる程度にまで研磨できなくては意味がない。忍の力として振るえないならお飾りに止まり、戦場では役に立たない。
称賛を受けるなら結果ではなく、結果に至るまでの努力の方だ。確かに身につけるだけでも並大抵ではない。
「様々な系統をまんべんなく覚えるだけならまだしも、実戦で使えるまでに高められるのは……相当の才を持つ者くらいだな」
天才的な忍の才を持つ者と言えば、主にカカシや暁の構成員だったイタチなどが挙げられる。前者は他人から得た技や術を瞬時に己の物として振るい応用もこなす適応力を持ち、後者は卓越した忍の技を始めとする、あらゆる面で高い能力が要求される暗部の分隊長に当時最年少で抜擢された過去がある。
このうちカカシは後のカグヤとの戦いで、人と人とをチャクラで繋ぐ忍宗の力を手にしたオビトから両眼の神威、六道の力を一時的に貸し与えられた時、心身共に慣れなど全くないはずの『須佐能乎』を通り越して、その最終形態である完成体須佐能乎すら己の術として制御してみせた。当時の出来事を思い返したオビトは懐かしさを感じた。
しかし知る由もないだろう。ここにいる霊夢とて巫女として天賦の才を持ち、生まれついての直感力をも宿す者であることを。外来人であるオビトには。
「結界なら私らの専門だし、個人的な興味もあるわね。色々聞くのも面白いかも」
「オレの話に興味を持つとはな」
「そりゃ巫女だしね。立場柄触れる機会が多けりゃ、持つわよそんくらい」
「『巫女』、か……」
余談ながら、巫女という役職の者は忍界にも存在する。神代に身を置いて仕える者を始めとして、神楽や祓い屋の渡り巫女など一般に知られた定義の他にも、厄災から人々を代々護り導く、守人という意味から呼ばれている者もいた。五大国から遥か遠方に位置するとある国で、古よりその地に存在する魔物を代々結界で封じ込め、監視する役を担っていた巫女である。
その代々の封印が当代で破られ魔物が復活を遂げたという出来事もあった。暁は活動範囲を五大国と周辺の国々に限定し、情報網もそれに合わせて張り巡らせていたため、当該情報を網の末端に引っかける頃には、大国が動いて戦力を当該国に派遣した後だった。その頃はトビとして表舞台には出ていなかったため、組織の首魁だった長門に裏から指示を出し、情報を探るために当初は構成員を何名か送り込む方向で調整を行っていたが、最終的には火ノ国・木ノ葉隠れの里が騒ぎに終止符を打ち、事件は幕を下ろしたという流れである。
「博麗の巫女ってのは強い霊力を持つようだが……どんな力を行使できる?」
遥か前に離散して滅んだうずまきという忍の一族と同様、非戦闘員に分類される巫女の中にも、強力な封印術や特殊な力を持つ使い手は存在する。幻想郷という非常識極まる異界の存続に関与し、あの八雲紫と繋がりのある『博麗の巫女』がどの程度の器なのか、此度の黒ゼツとは無関係ながらも気になったオビト。
「どんなって――」霊夢が思案する。「身を守る護法結界、うざい奴を閉じ込める包囲陣、妖気を無害化させる四方封印結界――…って、口で説明すんの面倒ね。慧音の奴じゃあるまいし、人に教えるのとか苦手なのよね私。性に合わないっていうか」
「同系統の力でも用途次第で使い分けるようだな。数々のその術も、お前のチャクラ……霊力を使うのだろう」
「そりゃそうよ。即席でばら撒くもんと違って、結界ってのは術式が繊細な上に多量の霊力が要る。術の複雑さに比例して消耗するし、あんまりデカいの張りすぎたらガンガン減って、あっという間に底を尽いちゃうわけ。休憩すりゃある程度は戻るけどね」
霊夢の話から捉え方など所々細やかな差異があるだけで、大雑把には忍界におけるチャクラの扱いとほとんど変わらないようだ。
小声で霊夢が何かを唱えると、目線の先に展開された正方形の物体。薄暗い道を照らすようにぼんやりと浮かんでいる。霊力が均一に編み込まれた小規模の包囲陣である。チャクラを色で見分ける写輪眼を通して白色のチャクラを表面に確認した。
手元の祓い棒を慣れた動作で払い、結界はすぐさま消え去った。霊夢は「こんなものよ」と自慢げな表情でオビトを見返す。
「じゃあ次はあんたの番。本当に力のある外来人か見てあげるわ。今さらだけど」
巫女として結界系統の術には相当な自信があるのだろう、霊夢は挑戦的な口調で言い放った。オビトは返答に暫し時間をかける。
「――忍の術は見世物じゃないが、博麗の巫女としてオレの力を視る……そのためなら構わん。ここで見せるなら忍らしい術の方がいいだろう」
火遁は霊夢が言ったように、忍を知らない者にも解かりやすい代表的な忍術と言えるが、樹々が密集した狭い場所での使用は森をハゲさせるので厳禁。
答えはチャクラを練り印が結ばれ、「ボンッ!」という音と共に煙の中から現われた、もう一人のオビトが示した。人里の和菓子屋でも披露した影分身の術である。
分身が忍の代名詞である一方、影分身は上忍クラスの高等忍術。残像を作るだけの分身はもちろん、水や岩など分身系統の中でも高い難易度を誇る。たかだか分身と軽視するなかれ、今はこうして直に探索を続けているが、情報収集や修練の助力として右に出るものは少ない。
「はえー。これがねえ」霊夢は先導する分身を見つめる。「図画で目にする程度だったけど、生で見るとやっぱ違うわね。掃除とか分担できて便利そうだし、私にも教えなさいよ今度」
「教えたところで、扱えるようになるとは思えんがな……お前には」
「……あンですってェ? それもチャクラとやらで作ってんでしょ。霊力だってその一種でしょうが。ケチケチしてんじゃないわよ」
「問題は別にある」どこまでも真面目に語るオビト。「影分身は他の分身と違う……習得が困難を極める術だ。チャクラには量や質はもちろん、安定性が絶対条件になる」
「結界作る感じでやりゃいいんじゃないの? あれだって相当複雑に成り立ってるし」
「ソレは最低条件でもある。使うだけならともかく、忍としてのチャクラの扱いに全く慣れがないお前では、練ったチャクラに安定性を持たせるのは不可能だ」
高等忍術とて死ぬ気で努力すれば短期間での習得も可能だが、結界術特化の霊力の扱いに心身が慣れを生じさせていて、ほんの僅かな癖や戦闘方法が固定化されている者に、影分身などまともに扱えるはずもない。よくてただの分身、霊夢が企む分担作業には役に立たず、精々が手品に止まる程度。ミナト先生など優しい人なら世辞でも並べて修練には付き合うだろうが、オビトには絶望的に思えた。
「はっきり言い切っちゃって。習得が無理なんじゃなくて、時間がかかりすぎるのが問題ってことね。あと負担も」
「そうだ。お前の場合、全てを揃えて火ぶたを切るだけでも長い時間を要する。毎日の厳しい修行の中で精神を限界まで研ぎ澄まし、睡眠不足にも悩まされる期間を継続して――」
「あーうー、やめんか、ンなボロクソ言われたら頭痛くなるってのっ!」
もうたくさんだと言いたげに呻き、諦めモードを見せてしまう霊夢。
霊夢は忍界の存在すら知らなかった人間。仮に最低条件をクリアしても、忍を知らぬ者が忍の術を使いこなすには何年を費やすだろうか。しかもそれでようやくスタート地点なので習得期間はさらに延びる。その頃には疾うに黒ゼツも滅んでいるか、あるいは此方が死んでこの世を去っているか――泣き落とし、目を潤ませて頼まれても、長々と修行に付き合うわけにもいかない。
しばらくの間は悔しげにそっぽを向いていた霊夢。黙って歩を進めるうちに、ふとにやりと笑みを浮かべると、思い出したように「ねえ」と口を開いた。
「あんたも結界とか張れるの?」
「結界? あるにはあるが――」
「じゃあそっちにするわ。忍の術っつっても結界なら得意分野。よさそーなの適当に見せるだけでいいわよ」
「博麗の巫女が教えを乞うていいのか」
「いいのいいの別に。あんたは『博麗の巫女』って立場を神聖視しすぎだってばよ」
「そういうものか……悪いが期待に沿える物は持ち合わせていない。オレの結界は血筋が絡んで他の者には扱えん」
例として『うちは火炎陣』という結界忍術がある。汎用的な防御結界に火の性質を加えた火遁に分類される結界術で、外敵から身を守るための防壁を顕現させる他方、接触した者を炎が逆襲し焼き尽くす迎撃性能を備えている。
これだけなら霊夢にも扱えそうなものだが、問題はこの術はうちは一族に伝わる特殊な結界忍術であり、写輪眼と同様にうちはの体とチャクラをもって初めて完全に扱えること。それ以外では術自体を使えても、実戦では使い物にならない。血筋が絡む力は天賦の才を持つ者でも心身に途轍もない負担をかける。
十尾を体に取り込み人柱力と化していた頃は、千手柱間を含む歴代火影達を封じ込め無力化する、『六赤陽陣』という六道の強力な結界忍術も行使できたが、神樹が抜けた現在では使い物どころか全く使えない。十尾という化け物の力を借りたからこその力である。あの頃の記憶は忘れ去りたいほどに酷いものだが、忍界を混沌の渦に巻き込んだ者には忘却など許されないだろう。
「慣れの次はソレかいっ! 役に立たないグルグルねもう」
「心得があるだけで、得意ってわけでもなくてな」
術や技の得意不得意は人により異なる。チャクラの五大性質や性質変化を元にした何千もの忍術、結界忍術や感知能力、幻術や医療忍術などの陰陽遁、そして時空間忍術。
医療忍術は論外として、結界忍術も強力な物は知識として理解するに止まる。徹底的に網羅するかと訊かれたらしていない。忍界での動きは時空間忍術だけで大半が事足りていた。
「その力、もうちょい上手く使えばいいのに。もったいないわねえほんと。人里で運搬とかやりゃ、同業者を抜いて商売大繁盛、お金持ちになるのもそう難しくないんじゃない?」
「余所者にはよく判らんが……物を運ぶだけで、そこまでの需要があるのか?」
外来人故に里の内部事情を知らないオビト。忍界でも隠れ里に持ち込まれる忍への依頼に護送や護衛任務がある以上、一定の需要は確かにあるのだろうが、物の運搬なり移動なりを全て神威で済ませることに慣れのあるオビトにはピンと来ない。霊夢は「あるわよそりゃ」と即座に肯定する。
「里の中に材木だの物資を運んだり、外に運び出したりする時は割と命がけらしいからね。安全な運搬手段がありゃ殺到するでしょ。紫たちの庇護下にあるっつっても、身の回りの生活まで保証してるってわけじゃないから。里内ならともかくね」
「良し悪しどっちの意味でも自由ってわけか。妖怪だらけの森に囲まれていてはな」
「妖怪が里人を襲う事件は最近じゃ稀だけど――約束事を守らない奴らもいないわけじゃないのよ。言葉も知性もない獣となりゃ、それ以上に数が多いし」
「身の危険が皆無なら、里の退治屋なる一派の存在意義も……お前の立場さえ要らんだろうからな。そういう意味では」
和菓子屋で代金代わりに渡したクナイを思い起こす。店員は(外来人という立場を理解した上でとはいえ)取引を快く了承したが、武器の流通ルートやその需要が全くなければ、忍具など包丁代わりか愛好品辺りに収まっていただろう。
「まあねえ……私は少し特殊だけど」
余談ながら、幻想郷の地下奥深くに存在するという、地底世界の旧都という荒くれ者達の街には、人里よりも遥かに巨大な武器の流通網が敷かれているらしい。
とある約定により、地上の妖怪は地底への出入りを禁じられているが、約定外にある里の人間達の中には個人的に旧都の者と接触を図り、金をはたいて武具を手に入れる強かな者も僅かながら存在するようだ。旧都の『鬼』が持つ武器の製造技術は高い割に値段が手ごろで、里で作られる物より遥かに良質な物が安価で揃うという。
問題は武器の価格ではなく運搬コストの方で、地底の旧都から地上の里までの途方もない距離を運ぶには、人員以上に手間暇が恐ろしくかかる。取り寄せずに旧都まで直接出向いて購入したとしても、今度はそれを自力で持ち帰る必要がある。そもそも地底は人間にとって、地上よりも危険度が高い。
地上でも狂暴な獣共に襲われる危険性が高いのに、別世界とも言える地底との安全で安価、安定した供給ルートなど普通は用意できない。武器以外の物資を運搬する手段はもちろん、そういった者向けの武器運搬ルートがあるなら、需要どころか独占して商売に転じることも可能であろう。
オビトとしてはその気がないのもあるが、地底世界には外来人として足を踏み入れた過去も、現在はそうする理由も見つからない。接触を図るにしても、神威による転移には事前の印づけを要するため、遠路遥々地底の旧都にまで足を運ぶ必要がある。
「人と妖怪の共存だの綺麗事言ったって、人間の立場が弱いのは変わんないでしょうね、まだまだ――」
のんびりと構える霊夢の呑気な言葉は、前方の樹々を突如として吹き飛ばし横切った熱線にかき消された。暗い森を照らし出す金色の閃光、物凄い轟音が響いたのだ。
前を歩いていた影分身はもろに巻き込まれ消し飛んだ様子。膨大なチャクラの残り火が辺りに漂う。何も知らぬオビトが感知を張り巡らせる前に、霊夢がすぐさま反応して駆け出した。
「何がどうなっている。さっきの雷遁は何だ?」
オビトも霊夢の後に続いて、今さっき熱線が通ってきた森の大穴に突入する。
「ライトン? じゃなくて――」霊夢が振り向いた。「――あんたにも話した魔理沙が、この先で何かやらかしてるみたいね。ちゃんと逸れないで付いてきなさいよ? この辺は迷うから」
「逸れるも何も一本道だろう」
熱線は鬱蒼とした森を綺麗に焼き貫いている。加えて霊夢特有の霊力(印づけに用いる物質)はすでに保有しているため、彼女がどこに居ようと時空間移動は可能である。
「この森の樹々は変わっててね。環境のせいか知らないけど、伐られたり焼かれたり消されたり、何されても短時間で元に戻っちまうわけよ。道を塞いで迷わせたり、人間を溶かして捕食する妖怪樹なんかも群生してるらしいから、あんたみたいな外来人は気をつけるのね」
「なるほどな。マホウの森……瘴気以上に恐ろしい場所だ」
霊夢が焦りの色を見せているのは、顔を焼き損ねた先の熱線が原因ではない。
焼き開かれた道の先で、同質のチャクラ体が大勢で一つの小さなチャクラを囲んでいる。小さい方は熱線から感知した魔力と同じだ。おそらくは霊夢の言葉通り、霧雨魔理沙とやらが悶着を起こしている。知り合いの危機を逸早く感じ取ったのだろう。
――◇◇◇
魔法の森奥地。開けた場所には霊夢が最初に、オビトが遅れて到着する。
霊夢が睨んだ通りだった。彼女と同年代っぽい少女が一人確認できた。明るい金髪につばの広い黒帽子を被っている。戦闘で消耗し疲労困憊なのか、大きな樹を背に肩で呼吸する様子がはっきりと見えた。
彼女を多勢で囲むのは、嫌でも目を惹くような有形物だった。斑点模様、色とりどりの笠と、どう見ても『キノコ』なのだが――何故か人間より巨大な体躯で、その全てに丸太のような短い脚が生え、しかも声々に唸っている。いくら常識破りでも幻想郷では菌類さえ化け物と化すのか。オビトの横で霊夢は「気持ち悪っ!」と言った。
「マリサか」オビトは霊夢を見る。「どう動く? 望むなら手を貸すぞ」
日常茶飯事なのか、あるいは黒ゼツが絡むのかは判らないが、穏やかな状況ではないのだろう。魔理沙という少女の表情が何よりの証拠。対照的に霊夢は面倒臭そうな顔を見せていた。
「余計な手出しは無用。あんな薄汚い雑菌共、私一人で十分。あんたは隠れてなさい。あいつもなに手こずってんのよ――」
「強かな奴だ」
霊夢は「魔理沙ァ!」と大声で叫ぶなり、足裏を蹴って勇敢にも茸の軍団に突っ込んでいく。彼女は妖怪退治を専門とする博麗の巫女、余所者の素人が出しゃばるよりは、同じ状況に慣れのある者の意志を尊重して任せるべきだろう。正義感や優しさは別の話だ。
独りでに動く大きな茸の怪物。見た目だけで言えばくだらない。しかしながら油断は禁物である。先の熱線はチャクラが相当込められていたものの、ソレをもってしても一網打尽に至るには不十分。むしろ魔理沙は追い詰められてさえいる。
写輪眼で視るに、茸軍団は半端な質で脅威と見なすには足りない烏合の衆だが、物量にものを語らせたら厄介な軍勢にもなる。人間の少女一人には荷が重いとも言えるだろう。
(紫のお気に入り……博麗の巫女。名ばかりじゃないようだな)
霊夢が魔理沙に加勢しただけで戦況は逆転してしまった。白光する祓い棒を振りかざし、両脇に展開した陰陽玉を回転させながら、霊夢は余裕の表情で菌を殲滅している。
菌共は順番に弾け飛び、海ならぬ森の藻屑となり消えていく。命乞いや土下座する茸もお構いなしである。霊夢が使う術は霊力に基づいたもので、菌共を消し飛ばす白色の光弾が写輪眼を通して確認できる。時折茸共が吐いた酸、胞子を防御する結界術も同様に。圧倒的な力量を前に「ビャー!」だの「キー!」だの断末魔を残して、菌共は為す術なく退治されていった。
「助かるぜっ!」
魔理沙も知り合いの助力で士気を上げたのか、樹木を盾にして茸共の攻撃を防ぎつつ、隙を狙い光弾や熱線を撃ちまくっている。彼女が握る小型の物体が術の要のようで、金色の光線はその小道具から射出されている様子。
八角形の独特な形状と軽量そうな見た目を思うに、溜めたチャクラを直接的に放出する装置ではなく、持ち主のチャクラを攻撃用に変換して撃ち出す性能に特化した、エネルギー変換機のような代物だろう。でなければ小道具の大きさから、あれほど強力な雷遁もとい熱線やら光線は出ない。
――霧雨魔理沙。彼女は霊力ではなく魔力に根本を置いている。あの高密度チャクラ砲は雷遁や、血継限界である嵐遁にも酷似した性質と形態変化に見えるが、どうにも純粋な雷の性質とは言いがたい。それに伴い形態変化とも違うように感じられる。
彼女が持つ変換機に仕掛けがあるのだろうが、今は深く考えることもない。
「キリがないもんでね、どーなってんだろうなこれ?」
「知らないわよ。けどあんたが苦戦すんのも納得かもね」
「あん? この私がいつしたよ?」
「してるじゃん今。動くのもだけど、こいつらただのキノコじゃない――まともに通るのは霊撃くらい? これじゃその辺の馬鹿より面倒じゃないのよ!」
「みたいだから頼りにしてるぜ。しッかしこう、ワラワラ湧いて来られっとな……」
二人のやり取りを遠目に眺めるオビトも、魔理沙の熱線で焼かれた茸が少々気になっていた。
霊夢の攻撃は茸共に消滅をもたらしているも、彼女の攻撃を受けた茸は一匹とて死なず、その場で不味そうな焼きキノコとなり体が崩れ落ちるだけで、内部を循環するチャクラの流れには何の影響も及ぼさないどころか、短時間で蘇生を繰り返し何度も牙を剥いている。敵はチャクラを驚異的な速度で自己生成し、それを元に数秒足らずで細胞の損傷を治癒させ、何食わぬ様子で復活を果たしているわけだ。
霊夢の言葉と驚きよう――というより面倒臭そうな様子を見るに、この茸共は博麗の巫女をして初めて相対する敵。どういった経緯で生まれたかは不明だが、彼女の読み通り魔力や物理攻撃は今ひとつ、霊力のみが最も効果的な対処手段。魔理沙が苦戦を強いられていた理由である。
先ほどから滅却に至っているのは霊夢一人で、茸はなかなか数を減らさないでいる。
それどころか――戦場の右手にある森の奥から、どんどん溢れ出てきている様子。
「――ん?」
雑魚相手でもさすがに疲れたのか、魔理沙はひとまず地面に降り立つと、傍で観察に徹するオビトを見つけた。
しかし、駆け寄る前に標的を捉えた酸の弾が飛び、休む暇もなく再び竹箒に飛び乗る。
「お前たしか、ブン屋の新聞で読んだぞ?」魔理沙が上空から声をかける。「――待て待て、外来人のお前がなんでこんなとこに? 霊夢と一緒なのもわけわかんないぜ?」
「詳しい話は後だ。辛いようならオレもやるぞ。こっちの世界の術なら通るかもしれん……物理攻撃も少しは効くようだ」
「いんや、私らでいい」余裕げにウインクする魔理沙。「だが――いや、そうだな――?」
「何だ?」
突進してきた茸を熱線で吹き飛ばすと、魔理沙は箒に跨ったまま思案していたが、すぐさま目を開いた。考えに徹する余裕がなかったのかもしれない。その間にも茸は森の奥から次々と湧いている。
「そうだ、アリス!」
「アリス? 何だソレは」
「ああ、お前――オビトだっけ? ならオビトちゃんさ、ここは私らで平気だから、加勢ならアリスんとこに行ってくれないか? 紫と喧嘩したお前ならいけそーだ!」
「場所はどこだ?」
「えっと――この奥をもうちょい進んだら、アリスって人形みたいな金髪の家があるんだ。馬鹿共が来る方向からして――この多さじゃあいつも手を焼いてるだろうしさ、そいつのとこに行ってやってくれ。こっちも片付いたら追うから――無愛想な石像女でも、同業者としちゃ張り合う相手が――」
「もういい、落ち着け」右手の道に目を向けるオビト。「よく分からんが……そのアリスとかいう奴が、向こうで戦っているわけだな? そいつに手を貸してほしいと」
「おうよ、頼む!」魔理沙は親指を上げる。
「わかった……だが加勢するのも、この場で不測の事態に備えるのもオレでいい。万一に備えて分身を残していく……危なくなったら手を出すぞ」
「ブンシン? なんのこった――?」
丁寧に返答することもなく、印を結ぶなり出現したオビトの影分身。魔理沙が驚いて箒から転げ落ちそうになる前に、オビトの本体は茸共の追撃を避けつつ、あっという間に森の奥へ姿を消した。
異様な茸共は博麗の巫女にとって予期せぬ存在。霊夢から詳しく話を聞いたわけではないが、それを匂わせる発言から考えるに、他の外来人による関与を疑うには足りる。不自然すぎるタイミングからして、高濃度のチャクラに満ちるこの森に黒ゼツが働きかけを行った可能性も排除できない。もしも森のチャクラが影響を受けて、今回の茸騒動に発展したのなら無視はできない。
(お前が絡んでいるなら……思い通りにはさせんぞ)
忍界とは無関係な異界・幻想郷を脅かす因縁の輩。僅かでも可能性が頭をよぎるなら、長々と傍観に徹するわけにもいかない。
万華鏡の瞳力を両目に込めると、オビトは速度を上げて先を急いだ。