THE LAST PHANTASM -OBITO-   作:大兄貴

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十九話 幻想③

 純白のカーテンレースや洒落た木のテーブル、小さな椅子の他、アリスはよほどの人形好きなのか、棚の上や出窓など目につくところに上海、蓬莱人形がいくつも飾られている。これらは全て本人が造形・刺繍を施しているのか、窓際の丸テーブルには作りかけの人形や裁縫道具が置いてあった。

 

 茸共を一掃し終えてマーガトロイド邸に入った後、アリスを彼女の寝室に寝かせてから居間で情報を伝え合った。霊夢は行き慣れているのか図々しいのか、勝手に紅茶を淹れて一息ついている。

 魔理沙は腰かけるだけで体が休まらず、落ち着かない様子で視線を動かしていた。オビトは窓際で一人腕を組み動向を見守る。

 誰もかれも黙り込み、茶を啜る音以外は静寂に包まれていたが、魔理沙が沈黙を破り口を開いた。

 

「――じゃあなんだ、そのシャリンガンの幻を見てたって? ここ数日の間にそいつが入ってきて、私らが知らない間に接触してたってことか?」

「『操られていた』が正解だ」オビトが目を開ける。「瞳術で乗っ取るのは意識が精確……視覚も含むがな。あの娘を自由自在――とまではいかんが、駒としてぶつける程度は造作もない」

 

 黒ゼツの仕業でなくとも並の輩ではない。アリスを嵌めた瞳術の精度からして眼の使い方が上手い方だ。その眼に合う血族の体やチャクラを持たなければできない。

 幻術眼。月読のように効果時間や質量をも支配する勝手のいい物ではないが、使いようでは対象を操り仲間同士で潰し合わせることも。

 

「あいつがお前を襲ったって話、マジだったのか」

「まず間違いない。写輪眼が絡むのならな」

 

 瞳術とてチャクラを基とする力。使い手のチャクラ量や質、相手の力量次第で強弱が変動する。歴戦の上忍や暗部を一介の下忍が幻術に嵌めようと図っても、素の実力差で「ふーん」だけで終わり意味を為さない。幻術に限らず忍の術とは完全無欠の力ではないからだ。それがうちはマダラの瞳力ならどうだろうか。

 マダラの眼が相手では忍も妖怪も分が悪い。現に大した傀儡使いであるアリスでも、黒ゼツもといマダラの瞳力には敵わなかった。長所がある者には短所もあるように、レミリアや咲夜に見る強者に限って、幻術の方は苦手分野というのも実は珍しい話ではない。

 

「そっか……そのせいで」

 

 魔理沙は沈黙の後、忌々しげにテーブルを拳で叩いた。

 当初は飄々と映っていたが、人は見かけによらないようだ。怪我やチャクラとは別の問題なのだろう。

 

「情けないったらないな。そのクロなんとかってのに気づいてりゃ」

「己を責めるな。お前に非はない」

「いや、あるね」魔理沙は悔しげに否定する。「こっちはあいつの近くにいたんだ。なのにこのザマさ。そいつ(霊夢)ほど変態的じゃないが、勘には結構自信あったってのに。笑っちまうだろ?」

 

 アリスと同じで魔法の森に居りながら、身近にいる知り合いに降りかかった危機や違和感にすら気づけなかった。魔理沙はそんな自分を愚かだと思い悔いている様子。

 

「どんな者にでも一人ではできないことがある。それを補う者が必要なのは、誰しも同じだ」

「……ははっ。なんだお前、励ましてくれてんのか? 第一印象とは違ってきたぜ」

 

 幻想郷には一欠けらも存在しない――存在しなかった『写輪眼』という力。認識外の特殊な事象に備えろなどと言う方が無理な話だ。瞳術への対抗策を言葉として伝える以外で、魔理沙達にどう対処せよと言えるのか。写輪眼の概念を持たぬ者達に責任を問うなど酷だろう。特殊とは強さ云々以前に、黒ゼツが異質な輩という意味である。

 

 黒ゼツの眼孔に収まる二つの眼。強力な武器は正しき者が持つ分にはいい。他方、悪しき者の手に渡った時ほど厄介なことはない。

 幻術眼は対象の目を直視するだけで発動する。視覚とは人の生活において必要性の大きいものだ。故に視線を合わせるという行為は簡単である割に、生き物に惑いや怖れを植えつけるには十分すぎる。

 

(奴は捨て置けん――この手で必ず)

 

 オビトの戦闘衣の背には、うちわの紋様。うちはの意志が形として刻まれている。

 黒ゼツの謀を阻止する目的以外にも、同じ眼が、同じ力が邪な者の手中にある。身勝手な謀のために眼が使われている。腐っても『うちは一族』の一人として、うちはオビトとして捨て置けるはずもない。

 かつて一族を滅ぼした張本人として、愛や絆を捨て去り絶望の底に沈んでいた者として、そして友の手で救い出された者として――この身を投げ打って戦わなければならない。

 うちはの瞳力とは本来、愛情をもって仲間を守るためにある。他者を弄ぶために存在する力ではない。

 

「居場所は判ってるのか?」

「イヤ……まだだ。少なくとも、周辺に気配は感じられなかった」

 

 外ではゼツ特有のチャクラも悪意も感じなかった。森への踏み入りと襲撃の衝突を考えるに、此方の動きを何らかの手段で把握している可能性は高い。今こうしている間にも、隙あらば『挿し木』が喉元を貫くかもしれない。

 茸の化け物など小手調べ。被害を魔法の森に止めた辺り、向こうにして暇潰し程度に過ぎなかった。森の魔力濃度云々と此度の騒ぎは、力試しを兼ねた下準備の合間のお遊び。そのために他者を巻き込んだ行いは、天地がひっくり返っても容認できそうにない。

 

「――水を差すけどいいかしら」

 

 魔理沙が口を閉ざした後、霊夢は入れ替わるように鋭い口調で問いかけた。

 

「幻術だって判ったのは、あんた自身もそれを使えるから。そういうことよね」

「その通りだ」

「だったら――あんたが嘘を吐いてる可能性だって、ないわけじゃあない。でしょ?」

 

 祓い棒をオビトに突きつける霊夢と、驚愕に目を見張る魔理沙。

 室内の空気が激変して緊張感が張り詰める。オビトは霊夢を無表情で見返している。

 

「霊夢?」

「できすぎてんのよ話が。その黒ゼツと同じ力を持ってるなんて。しかもこいつは白とは言い切れない。あいつを操った張本人じゃない証拠なんてない。正直に白状しないならさあ、半殺しにしてひっ捕らえてもいいんだけど――そこんとこどうなの?」

 

 魔理沙が驚くのも無理もない。先の穏やかな雰囲気をかなぐり捨てて、少女の身形に似合わぬ明らかな殺意が溢れ出している。冷徹な黒い瞳が微塵も怯えることなく、写輪眼を真正面から捉えているのだ。

 

「さっさと吐きなさい。やったのはあんたかって訊いてんのよ」

 

――裏表のない少女のドスの利いた発言は的を射ている。オビトと霊夢は現状で仲間とは程遠い、利害の一致で行動を共にするに過ぎない二人。オビトは昨日今日現れた余所者である。

 写輪眼で操られたアリスの第一発見者であり、同じ瞳力の使い手でもあるオビト。相当のお人好しを除けば疑いの眼を向けない方が不自然。身の潔白を証明する物を提示できないのなら、黒ゼツと共謀していると思われても仕方ない。

 本人は弁解もせず、感心したような笑みを見せるだけだった。

 

「身形など当てにならんと再認識させられる。あの八雲紫が推すだけはある……そうだ、お前のその冷徹さは、あらゆる面で役立つものだ。その気持ちを忘れるな――奴との戦いに備えるならな」

「ちょっと待てよ、ほんとに――?」

 

 魔理沙は信じられないという顔で問いかけるも、オビトは答えず霊夢を眺めるだけで肯定も否定もしない。

 

「あえて言うなら……馬鹿馬鹿しくもある。でなければ博麗神社にまで行って、勘の鋭い巫女となんぞ出歩くものか」

 

 痛いほどの沈黙に入ると思われた。次の瞬間、霊夢がくすくすと笑い声を漏らし始めると、あれほど厳しかった表情は嘘のように緩む。

 

「つまんないわね」霊夢は息を吐いた。「でもまあ、安心しといてあげる。やっぱただの煎餅好きじゃないみたい……色んな意味でね。私の気をこんなに近くで感じといて、顔色一つ変えないし――こりゃあ無理に一緒にいる必要ないかもね」

「……オレを試していたか。念の入ったことをする」

「あん? 文句ある?」

 

 霊夢は悪びれもせずに鼻を鳴らす。鬼巫女と外来人の有力者二人が衝突してマーガトロイド邸が吹き飛び、寝室ですやすやと眠るアリスが永眠に至る最悪の事態を回避できたからか、魔理沙は一人胸を撫で下ろした。

 

「お前らなあ……お前にしたって、お前なりの歓迎ってのも大概にしとけよ」

「オマエオマエうっさい。ごめんって言ってるじゃない」

「いや言ってないだろお前」魔理沙はオビトに目を向ける。「……もういいや。けどまさか、コイツが外来人を認めるなんてな。こりゃあ別の意味で異変だぜ」

「あんたにゃ私がどー見えてんのよ。こっちだって素直に認めりゃ、褒めもするっての」

 

 先ほどまで一触即発の雰囲気で視線を合わせていた二人。緊張が解けたのか魔理沙はテーブルに突っ伏した。霊夢の悪ふざけは洒落にならない。

 カップに六杯目の紅茶が注がれた時、霊夢が顔を向けたのはオビトではなく魔理沙。

 

「で、どうする気?」

「どうって?」

「決まってんでしょ。調査よ、調査」霊夢は腕を組んだ。「あんたの知り合いが、黒ゼツってのに転がされたわけでしょ。こっちはあいつのこと知らないし、敵討ちなんか考えてないってかどーでもいいけど――今回の騒ぎで頭にきたわ、正直。ぶっ潰さなけりゃ気が晴れない」

 

 ちっぽけながらもおどろおどろしい茸軍団との戦い、操られたアリスの件がきっかけの一つに過ぎないとはいえ、紫の頼み通りに動くに止まっていた無気力系巫女が初めて重い腰を上げた瞬間だった。珍しくもやる気を出した知り合いを見て、魔理沙は驚きに目を丸くする。

 

「私のお茶と昼寝を……この私の至福の時間を邪魔した大罪、そいつの命で償ってもらわなきゃ割に合わない。ねえ魔理沙?」

「……ねえって言われても。お前の都合で動くんだから、結局いつもと同じじゃないか」

 

 長い付き合いである魔理沙は、霊夢という少女をよく知っている。本人が言うように敵討ちだの、悪を打倒して世界を護るなどといった、称賛されるべきご立派な大義は彼女の行動原理になり得ない。その辺は妖怪や神霊達とも似通う。なるとしても人と妖の均衡を守る博麗の巫女としての形式上に過ぎず、博麗霊夢としての本意は茶だの何だのと、ありふれた身の回りの日常を守るところにある。

 

「うっさいわね。どうすんの行くの? それともお家で臆病風に吹かれてるの? はっきりしなさいよ」

「一人で喋ってんな、馬鹿」魔理沙は腰を上げる。「この愉快な世界で好き勝手させっかよ。やってやろーじゃないか?」

「へえ」霊夢はにやりとする。「あんたも本物みたいね。安心したわ」

「……お前なあ」

 

 鼻で笑いつつ八卦炉を手玉にする魔理沙。すっかり笑みを取り戻している。

 期せずして起こった騒ぎのおかげで、今度こそ博麗の巫女の使命、というより個人的な思惑で燃え上がる霊夢。立ち上がる動機としては不適切な感じも否めないが、魔理沙を含む異変の解決者が動くのは、同じ目的を持つオビトにとって好い流れでもある。

 

(博麗霊夢……そして霧雨魔理沙、か)

 

 喧嘩っ早くて(見た目も)子供っぽい割に強者が多く、力の差が歴然たる人と妖怪とが安定を失うことなく共存できる世界。黒ゼツさえ居なければ幻想郷は平穏そのものだ。分け隔てない安寧秩序という意味では忍界が目指すべき理想郷にも似ている。

 

「どうかした?」

 

 オビトの視線に気づいた霊夢。魔理沙は不思議そうな表情で見返している。

 

「昼寝だの茶だの、心から何かを守る気はあるのか。そう思ってな」

「だよなあ」

「あんたが言うかい。あんだけ煎餅連呼してたくせして」

 

 ぐうの音も出ない正論を突きつけられ、意外にもオビトは「確かにな」と素直に肯定してみせた。今度は魔理沙が霊夢の肩を叩いて飄々と笑う。

 

「あーオビト、そりゃこいつのしょーもない性格じゃ仕方ないって。染みついちまってるからな。ただまあ安心しとけ、こいつは私のお墨つき……こんな奴だけど、やるときゃやる奴だ」

「なんで上から言ってんのあんたは」

「そうか」オビトは視線を外した。「お前らに立ち塞がるのは未曾有の輩。そんな中で、慣れたように私的な動機を持ち出し……反発しながらも不器用な結束を見せる。忍よりも雑とは面白い」

「あァん? 子供ォ?」

 

 霊夢はジトッとした目で、ズカズカとオビトに詰め寄る。

 

「ほほう、文句があるみたいねェ。ほんとに半殺しにされたいのォ?」

「文句などあるまい。おそらくな」

「おそらくゥ?」

「……文句はない」

 

 似たようなやり取りを目にした記憶はあっても、生活感溢れる平穏な家屋でドタバタとした光景を眺めるのは、久方ぶりという言葉に収まる程度ではない。ましてや間近で映す破目になるとは予期できまい。己の名を捨てて無常なる面を被り、マダラとして生き死に往く定めを、かつては隠然なる歩みとして遍く、当然の終焉として受け入れていたからだ。

 本来ならマダラとして、無限の夢を渇望せし偽りの救世主として、天寿を全うするはずだった。だが友に救われ、オビトとしての己を名と共に取り戻し、今では命ある生者として現世へ舞い戻った。

 遠い昔に廃れて失った心の欠片は戻らぬだろう。それでも二人の張り合い、というよりじゃれ合いに懐かしさを感じたのも確かだった。

 

(こいつらと関わることで、違ったものが視えて……初めから皆と同じ道を歩んでいたら、見慣れていたんだろうがな。きっと)

 

 木ノ葉時代はお調子者の部類だった。菓子だの煎餅だの、昔の性質がここへ来て欠片でも戻るかどうかを興味半分で試してもみた。和菓子屋や阿求の前でふざけた言動を見せても、木ノ葉の『うちはオビト』としての感覚を戻すきっかけは掴めなかった。

 忍界では人生のほとんどをマダラとして生きていた。しつこい油汚れのようにこびり付いていても仕方がないと言えば終わりか。やはりまだまだマダラは平常運転である。

 

 

――◇◇

 

 

 アリスの経過を見守りたいとの提案により、魔理沙は彼女が目覚めるまで邸宅に残ることを選んだ。事情は魔理沙の方から伝えるということで、霊夢も一時の同行拒否に関して文句は言わなかった。

 華奢な肢体や自宅の裁縫類を見る限り、行動的とは程遠い印象だったアリス。しかし意外にも、あの少女とはこれまで様々な異変を共に解決してきた仲らしい。事情さえ把握すれば、向こうも解決者として動くと期待していると、霊夢は博麗神社までの道中で話した。曰く知り合いを案じての行動ではなく、自分本位の理由との話だが、真実はいかほどのものか。

 

「ありがとさん。つっても移動した気はしないけど」

 

 道中といえど道など皆無に等しい神威空間。魔法の森から神社の境内までの長い道のりの移動は数秒で終えていた。襖を開いて隣の部屋へ移動する感覚は、今や霊夢にも慣れがある。

 肩に触れていた手が離れるなり、霊夢はため息混じりに「ただいま~」と一人言い放った。

 

「お前はどうする? オレと行動を共にするとの話だったが」

「さっきの件で少し……言いだしっぺで悪いけど、用が済んでからにするわ。あんたらの頼みもあるし――あんたも行くとこあったんでしょ?」

 

 オビトは「一応な」と肯定する。異界に対する認識の歪みを直して、黒ゼツと結びつく手がかりを得られる可能性。咲夜曰く妖怪の山の頂にあるらしい守矢神社、もう一つは迷いの竹林とやらに佇むという永遠亭。案内人を探す手間暇と時間、異界という枠の大きさも考えると、先んじて守矢の方を訪ねるべきだろう。

 粗方の話を聞いた霊夢は、本殿の階段部分に腰を下ろした。

 

「ふうん」口元に手を当てる霊夢。「片方は単なる登山だからいいとして、永遠亭までの道のりが問題ね。その辺の情報くらい要るんじゃない? さすがに限界あるでしょ」

「イヤ……必要な情報は大方調べ上げた」

 

 宵の館で月の眼を幻視した時。意識を失い倒れても影分身は霧消しなかった。後の還元によりもたらされた情報には、守矢神社や迷いの竹林なども含まれていた。少なくとも基本的な知識の面で不足はない。

 

「世話焼きなら落ち込むレベルね。外来人のくせに。もうガイドなんて要らないんじゃない?」

「知らん土地を探索する場合、主観だけでは心許ないものだ。地理や所柄に慣れた者の客観的な目が要る……でなければ土地巡りなどやってられん」

「そういうもんかねえ」霊夢は頭を掻いてオビトを見返す。「でもさ、情報手に入れるだけなら、あんたのその眼で事足りるじゃない。情報収集にはもってこいなのに、有効活用しないわけ?」

 

 相手の意識を乗っ取り、無理やり情報を吐き出させるのも幻術眼の応用の一つ。

 霊夢の言うように写輪眼さえあれば聞き込みなど必要ない。相手に精神的な苦痛と恐怖を与えることと引き換えに、情報を確実に取り出すことができる。目の前の霊夢とて例外ではない。

 

「無関係な者にオレの都合で負担を押しつけるのは本意ではない。オレは外来人として、自分なりのやり方で奴を追う」

「へえ。変に真面目ね」

 

 今度は霊夢が探るような目つきを見せた。黙するばかりで甘いと指摘して言及しないのは、オビトという人間の本質を見通しているが故か。それは霊夢のみぞ知る。

 

「問題は別にある」オビトは傍にある灯篭を映す。「山や竹林はいいとして……月人の居住地、永遠亭とやらの場所だ。巫女のお前でも、正確な位置は知らんのだろう」

「そうね」霊夢は口を開いた。「出入りしてた頃は頭に入ってたけど、最近じゃすっかりって感じ。里と違って地図がないってか描けないし……そっちは他の奴に頼るしかないわ。兎かタケノコ辺りなら確実かねえ」

 

 紅魔館にて咲夜から話を聞いた後、里と周辺を調べさせていた分身体を通じて、竹林に関する情報も一緒に受けていた。しかしながら、竹林の奥深くにあるらしい永遠亭への行き方は不明のまま。

 

 迷いの、という名称に見るように、あの竹林は迷いやすい。地形が非常に複雑で、先を見通せぬほど深い霧がたち込めている上、密集する竹の成長速度は普通の物の比ではない。先人達の軌跡も目印も当てにならないとのことだ。しかも例によって凶暴な妖怪が出没する。竹林の真っ只中に一人放り込まれようものなら、曰く生きて外へは帰れない。永遠亭に辿り着くには案内人に――藤原妹紅なる人物に道案内を頼む方が確実で早い。

 禁術を使って根こそぎ探し回るのも一つの手だが、案内人が居るなら手を借りぬ理由はない。神出鬼没の黒ゼツ、アリスのような人物に道中で遭遇しないとは限らない以上、本体のチャクラや体力を無闇に使うのは賢明ではない。柱間細胞といえど禁術クラスの行使には多少負担を強いる。先を見通せない濃霧の中を分身に探索させる意味はほとんどない。

 思考を切るなり腕組みを解き、オビトは霊夢の方を向いた。

 

「話はこの辺でいいだろう。そろそろ行く」

「分かったわ」霊夢が頷いた。「――まずは妖怪の山、だったわね。一応忠告しとくけど、参道は外れないようにしなさいよ? 今さらワケを言うのもアレだけど」

 

 山中で遭遇した白狼天狗達を思い出すオビト。霊夢は心配そうな表情こそ見せないが、巫女として真剣な眼差しを向けている。

 

「あの山は妖怪の支配域……誤って参拝客用の道を外れようものなら、侵入者と見なした天狗共が殺しにかかってくる。その可能性を留意しろってことか」

「殺すは言いすぎね。でもまあ、概ねそーゆーこと。天狗ってのは基本獰猛でね――縄張り意識も突出して強くて、余所者にゃ排他的に当たんのよ。あんたなら大丈夫だろうけど、巫女として念押しは必要かなと思って。外来人だし。そっから先は面倒見切れないけど」

 

 誇張した記事こそ載せても、報道担当の鴉天狗曰く「清く正しい」を謳うだけあり、この手の号外では滅多に嘘は並べない妖怪新聞。現にオビトは天狗達と遭遇して傷一つ負わず、負わせずに振り切り下山し、道中の深い森や山道を抜けて神社まで辿り着いた。境内や森でオビトの力量を直に感じもした霊夢は、白狼天狗らの哀れな結末を疑わなかった。

 それでも文を始めとする鴉天狗ともなると、人間であるオビトが彼女らの動きに翻弄されず、真正面から衝突して勝ちの目を出せるとは思うまい。

 

「忠告は受けておこう」

 

 そう言うなりオビトは、地面を蹴って神社の屋根に飛び乗り、本殿の一番高い部分に足を着けた。疑問を抱いた霊夢もすぐに後を追う。

 境内を抜ける涼やかな風に髪をなびかせ、霊夢は不思議そうにオビトを眺める。

 

「どうしたの?」

「なるほど」目を開いたオビト。「北に湖と紅魔館、西に人里。ここからだと幻想郷が一望できる。お前には霞んで見えにくいかもしれんが……あの小さな峰が山の頂か?」

「峰?」

 

 博麗神社より遥か遠方、北西に広がる山岳らしき影を指差すオビト。最東端からでは遠すぎて小さく、高すぎて山頂付近には雲がかかっているため、峰は霞んで黒い点のように見えていた。

 赤い瞳でなおも山の方角を眺めるオビトに、霊夢はおかしそうに笑いかけた。頂の神社に到着する頃にはとっくに日が暮れているだろうと。

 

「案外抜けてるとこもあるのね、あんた。自分が放り込まれた場所を忘れてたなんて」

「そう……放り込まれた場所。全ての始まりだ」オビトは目を細める。「これまで使わなかった――使えなかった力を、試してみたくなってな」

「試すって、何をどう試すのよ。こんなとこで」

 

 風を吸い込む異音が耳に入る。霊夢の呆れたような問いにオビトは行動で答えたのだ。

 二人の眼前に現れたのは、空間を螺旋状に捻る歪、時空間転移の際に見られる神威特有の紋様。歪は時間が経つごとに大きさを増していき、人ひとりが潜り抜けられる大穴が出現した。

 渦の向こうには――目と鼻の先には、あろうことか「守矢神社の境内と本殿」がある。二つの神社を分かつ隙間、もとい距離が消し去られたかのように、霊夢には見慣れた光景が至近距離で映っている。

 

「あー、なんて言ったらいいのか……これは?」

「お前も直に感じただろう。オレの瞳力だ。危険や障害物だらけの山を一から登るより、直接踏み込む方が早い上に安全……無意味な悶着など避けるに越したことはない」

「そういうことじゃないわよ。いやまあ、そうなんだろうけどね?」

 

 目の前に置かれた煎餅を指差して、「これは煎餅です」と言われたかのような、当たり前の言い方に錯覚を起こした霊夢。

 幻想郷の住民のように空を飛ぶかと思いきやこれだ。瞬間移動やシャリンガンに続いてこれである。最東端の神社と妖怪の山との途轍もない遠距離を、みょんな男は紫よろしく平然と繋げてみせた。普通の足腰なら何時間、下手をすると丸一日以上は費やす道のりを、グルグルしわ男は一秒もかからず渡り切るというのか。

 

「あのさ、どーいう仕組みで繋がってんのコレ。紫かあんたは」

「奴ほど高尚で曲がった力ではない」

 

 面倒臭くなった霊夢が単調な疑問をぶつけてみると、オビトが素っ気なく答えた。

 

「ふうん。説明してみなさいよ」

「現実空間と別空間とを繋ぐ右眼の瞳力を主体とし結界空間を展開する左眼を副次的に発動させることで術者の視野の範囲内における任意の場所にマーキング地点または感知可能な対象者が目視可能な地点への出入り口を直接的に切り開く神威による時空間移動の応用で一時的にでも空間同士の境界線を凍結させて双方の視野または自然物質の共鳴効果を利用してピンポイントでの移動を――」

「――だああああッ! もういいっつーの、わかったからもう、わけのわかんないお経唱えてんじゃないわよっ!」

 

 実はこの時、きちんと単語を区切って説明していたオビトだったが、霊夢の耳には意味不明なマシンガントークにしか聞こえなかったのだった。

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