THE LAST PHANTASM -OBITO-   作:大兄貴

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二十話 守矢神社

 守矢神社。外の世界における十分な信仰が望めなくなり、新たな信仰心を求めて未踏の地、幻想郷へ踏み込んだ新参者達を祭る神代。博麗大結界を越え幻想の産物と化した点で、同じ神社でも結界の要である博麗神社とは区別される。

 妖怪の蔓延る山の頂に本殿が位置するため、基本的に人間の参拝客が訪れることはない。守矢が集めるのは天狗を始めとする妖怪達の信仰である。

 

 山を一から登るのは手間がかかる。白狼天狗や時間的な問題も含めて。そこでオビトは妖怪の山で掬った自然物質を用いて感知を行い、両眼神威の行使により守矢神社への出入り口を直接的に切り開き、本来なら滞りなくとも数時間以上を費やす長い道のりを数秒足らずで乗り越えていた。

 守矢神社も博麗神社と同様に、閑静かつ神秘的な雰囲気を漂わせる厳かな神代なのだろう。半ばそのように期待しつつ、手入れの行き届いた小奇麗な境内に足を踏み入れて、何事もなく本殿を目指しているはずだった。

 

(何だアレは?)

 

 残念ながら予感は的外れ。境内に下りて時空間を閉じた瞬間、物凄い轟音が鼓膜を震わせたのだ。

 神秘的、閑静などいずこへ――静寂とは真逆、何か硬い物同士のぶつかり合う音が煩く響き続けている。この耳と目が正常に働いていれば、今この場で衝突を繰り返すものこそ正体である。

 

 妖怪の山の空、正確には境内の上空にて、巨大な黒い六角柱と銀色のわっかのような物が火花を散らしている。自律して動いて見えるそれらには一向に落下する様子がない。

 それぞれの物体を使役するであろう姿が映る。果たしてこれで何度目か、年端もいかない少女が二人。一人はボリュームのある青髪で、音隠れの忍に見るような輪状の注連縄を背に装着。もう一人は同じくらいの背丈で、市女笠を被った金髪。両者共に穏やかな雰囲気ではない。アリスのように幻術に掛かっている様子でもなさそうだ。

 ちなみに人里(主に稗田家)にて事前に収集した情報から、目の前の二人が八坂神奈子、洩矢諏訪子という名の神霊であることは、あの特徴的な注連縄や六角柱、市女笠を見るだけで判断できた。

 

 二人は守矢に祭られし幻想郷の「目に映る」神様との話だが、現状は喧しいだけで神様らしい威厳など感じられない。神様らしい神様とは見た目がどうであれ、もっと厳かで物静かなものを想像する。

 目の前の争いを眺めるオビトの元に、巫女服を着用した長い緑髪の少女がどこからか駆け寄った。急場で貼りつけたような笑顔を浮かべており、慌ただしい様子で頬を紅潮させている。

 

「あの、こ、こんにちはっ!」早口に声をかける少女。「その、参拝客の方ですか? すみません、今はちょっと立て込んでまして……なんというかその、大変お見苦しいところをですね――」

「別に気にしない。それより尋ねたいことがある。サナエ・ジョシコーセー・コチヤとやらが、この神代に住むと聞いてな」

 

 阿求の屋敷を訪れた時とほとんど同じ言葉と口調。あまりにも冷静なオビトに、慌てていた少女も思わずピタッと動きを止めてしまう。

 

「じょ、女子高生ですか? えっと、なんか混ざってますけど……女子高生というか、私が早苗さんで間違いないですよ」

「お前が?」

「はい。現人神として、ここでは風祝をやってます。東風谷早苗と申します」

 

 知ってか知らずか尋ね方が同じなら、返答も阿求の時と同じ。ちなみに早苗はオビトと初対面。

 現人神の概念は古い。民族間や宗教で神の使い、神の子として崇められ、古き時代に人々の信仰を集めていた人間、あるいは人の姿で君臨した神とも言われる。忍の世ができる前の時代に人々と国を治めていた、大筒木カグヤと遜色ない存在である。

 妖怪だらけの山に本殿を置くところ、人間ではなく妖怪の心を掴む方向性を採っている様子。その意味では妖怪神社とも言える。上手く信仰が集まっているからか、最東端の神社よりも本殿は立派に見える。境内も綺麗で殺風景とは程遠い。あの紅白巫女が嫉妬してしまうほどに参拝客で賑わうのだろう。

 ちなみに妖怪神社という呼び名は、その紅白巫女が住まう博麗神社の方が当てはまる。当代の巫女は妖怪に対して先代ほど冷徹ではなく、誰にでも分け隔てなく接する性格故、妖怪達に気に入られ寄りつかれてしまい、人間の参拝客がパッタリと途絶えたことに由来する。人里から遠く離れた最東端の奥の奥、妖怪だらけの森に囲まれた高所に建つという立地の悪さもある。ついでに里の外れにあるお寺も原因の一つ。同業者である早苗も知る経緯である。

 

「なら話は早い。オレはうちはオビト……外来人だ。東風谷早苗、お前に用がある」

「外来人――」早苗はハッとする。「えっと、すみません……せっかくお越しいただいて悪いんですけど、お話は後でもよろしいでしょうか? 今はそれどころではなくてですね……」

 

 早苗を焦らせる原因など一目瞭然。オビト達を無視して衝突を繰り返すお二方である。物事はそう上手くは運ばない。

 

「何の騒ぎだ。いったい何が起こっている?」

 

 あの二人が神様かどうかは置くとして、写輪眼で量るに各々の霊力は大雑把にだが博麗霊夢を軽く超えている。並の輩とは程遠い有力者である。

 黒ゼツ絡みの悶着ではなさそうだ。おそらくは強者なりの、何らかの壮大かつ深刻な面倒事でも起こったのだろう。早苗は力なく笑いチラッと空を見上げる。

 

「あのー……おこがましいかもですけど、聞いてもらってもいいですかね?」

「初対面だからと遠慮は要らん。話してみろ」

「ありがとうございます。実はですね――ワッフルなんです」

「……なんだと?」

「ですから、ワッフルです。『ワッフル』」

 

 早苗が当然のように復唱する一方、オビトには変な片仮名言葉にしか聞こえなかった。

 本人曰く事の発端は、正午頃に早苗が作った格子模様の焼き菓子、ワッフル。きちんと三人分に当てられていたところ、諏訪子が悪ふざけで神奈子の分を一つ多く口に放り込んだ。怒り顔で返還を要求した神奈子だったが、諏訪子は口笛を吹くだけで反省の色を見せず、激怒した神奈子がド派手に宣戦布告し火ぶたを切って今に至る。

 

「妙だな。集めた情報によれば……奴らの種族は神霊。神の類のはずだ。それほど高位の輩が菓子ごときで怒り狂うなど、器が小さいで収まる騒ぎではないぞ」

「あはは……否定したいところですけど、ぐうの音も出ませんねこれは」

 

 些細な物事でも熱くなりがちな神霊らしさを持つ二人には重大な問題なのだろう。オビトにとっては馬鹿げているを通り越している。煎餅を目の前で百枚多く奪われたとしても、争いの火種など起こすまい。異界の住民への手出しに消極的なオビトは特に該当する。

 菓子では火種を起こす必要性を見出せない。だからオビトには同情はもちろん、事の大きさなど理解できなかった。

 

「こいつらはオレが視ておく。いざとなれば抑えてやる。お前はその間に『ワッフル』とやらを作って来い。こいつらを止めねば話もできん……」

 

 この手の喧嘩の解決方法など誰にでも見つけられる。要するに代わりの物を用意して二人の仲を元に戻せば終わる。

 オビトはぶつかり合う神の二柱を見据えた。しかし早苗は首を横に振る。

 

「お気持ちだけで十分です。人の身でどうこうできる方々ではありませんから。それに――…」

「何だ?」

「……材料を切らしてしまいまして。里まで買いに行かないと……えへへ」

 

 申し訳なさそうな表情で愛想笑いをする早苗。マダラ譲りの腕組み姿勢で呆れ顔を見せたオビト。

 

「ならそんなもの、またの機会に回せばいい。何故お前の言葉で納得しない? 奴らは」

「えっとですね、私も説得したんですよ。神奈子様の分を多くすると。でも神奈子様、お菓子を取られたこと自体が気に障ったみたいで、なおも怒りは収まらず……いやあ、どうしたものですかねえ」

「仕方ない」空を見上げるオビト。「早苗とか言ったな。オレなら奴らを抑えられる……お前は今から材料を買って来い」

「ですから、そうしたいのは山々でもですね、お二人は博麗の巫女でも呼んでこないと――」

「――話は終わりだ。一分以内に済ませておけ。ちょうど一分後に呼び戻す」

「え?」

 

 選択肢を与えない強引さは、心に深々と根を張ったマダラ気質故か。早苗が会話のイザナミもといループを実現させる前に、話を遮ったオビトは彼女を両眼の渦へ消し去った。

 

(……こっちも上手く使えるな)

 

――オビトにして試したかった瞳術その二。瞳力を用いた特殊な感知により人間の里の正確な位置を捕捉し、右眼の転移能力に上乗せして左眼の遠距離特化型神威を発動させることで、印づけを施した地点に対象の人や物を転送する。神威空間を経由しない時空間移動の応用であり、任意の場所へと対象を『遠ざける』力である。

 眼で見えず手が届かずとも感知できれば問題はない。道理を外れた距離でもないため、発動の際の負担は皆無に等しい。両眼を揃えたからこそ為せる技だ。

 

(信仰を欲しがる神……この一分に賭けるか)

 

 二柱の神々は「欲張りー!」だの「ケチんぼー!」だの言い合いながらぶつかり合っている。注連縄を着けた青髪が神奈子、市女笠を被った金髪が諏訪子である。

 傍から見れば子供の喧嘩としか思えないが、本物の神様同士の争いには危険が付きまとう。黒い御柱と鉄製の輪っかが火花を散らす度に境内が、おそらくは山全体が揺れている。祭神達を崇める山の妖怪達は、焼き菓子に起因するこの騒ぎをどう思うだろうか。

 

「……やばっ!」

 

 出遅れて無防備となった諏訪子。そびえるような御柱が目の前に迫った時、突如として発生したひずみに巻かれて、巨大な御柱が真っ二つに折れた。続いて二本の柱が二つの渦に吸い込まれ跡形もなく消える。

 諏訪子は間一髪かわすなり、今度は鉄輪を神奈子目掛けて飛ばす。高速回転する輪っかも神奈子を切り裂くことはなく、同じように発生した渦に巻かれ消滅してしまう。

 

「誰よ?」

 

 二人からしたら戦いを妨げる許されざる行為。神奈子の矛先が変わるのも当然だった。

 軍神の怒りは恐ろしいもので、やたらドスの聞いた声、菓子絡みとは思えない鬼のような形相。反対に諏訪子の方は落ち着いている。

 神奈子の目線の先には、黒い衣をまとう背の高い姿。白い短髪、顔の右目を中心に刻むしわ。両目から赤い光が漏れている。人間の見た目をしたあの男が、「ろくな動きも見せず」に神々の戦いを妨害したのは間違いない。

 

「私らの『話』にちょっかい出す愚者はあなたかな? 命知らずだねえ。今すぐ消えないと寿命を縮めるよ?」

 

 好戦的な顔でにやりと笑った神奈子は、両脇に御柱を従えたままゆっくりと境内に下りた。形容しがたい威圧感を放っているが、見返すオビトは顔色を変えない。

 

「苦労して来たんだ、すぐには消えたくないな。参拝客としては」

「あっそう。なら手加減は――」神奈子は鼻を鳴らす。「……ん?」

「オレは参拝客だ」オビトは繰り返す。「……ただまあ、帰れと言うなら仕方ない。危ない奴が居座る神社では、もう二度と来ることもないだろう。残念だ」

「――ほほう、よくぞ参られた! 遥々ようこそ守矢神社へ!」

 

 妖怪の信仰を多く集める神社でも、希少な人間の参拝客を神様が逃したがるはずもない。美味い菓子でも信仰には劣る。つまらない喧嘩など容易く放り出して、むしろ嬉々として迎え入れる。この手に全てを委ねていたわけではないが、試す価値はあったようで思惑通り、しかし思いがけず神奈子の怒りは呆気なく消え失せた。効果てき面だったのは彼女が子供っぽい性格故なのか。

 高圧的な神様はいずこへ、荒々しかった態度を急変させてにこやかに笑んでいる。掌返しというやつだろうか。それでもオビトにとっては、力による無駄な争いを避けるに越したことはない。

 喧嘩に横やりが入っても終始平静を保っていた諏訪子とは対照的に、今や神奈子はにこにこと手をすり合わせている。言動は胡散臭いが、八雲紫に見るような雰囲気は感じられない。直情的で隠し事とは無縁に思えるからだろう。

 

 悶着の終息まで一分程度。オビトが右手を前にかざすと、間もなく螺旋状のひずみが発生し、手の部分に少女の頭が現れた。買い物袋を提げた状態でフリーズする五体満足の早苗である。

 

「あれ?」

「おー、早苗が出てきた」諏訪子は目を瞬いた。「何がどんな感じ? どこ行ってたの?」

「……えっと、私もよくわからないんですけど……人里にいました。いきなりお店の前にいて、買い物を終えて一息つこうと思ったら、守矢神社? あれれ、どういうこと?」

「瞳術だ」

 

 理屈は先の瞳術と同じだが、作用は全くの逆。遠距離特化の左眼に右眼の転移能力を上乗せして発動し、人間の里から早苗を『引き寄せた』のだ。

 

「ドージュツ? ははあ、あれですかやっぱり。幻想郷に常識は通用しないので――」

「ところで」早苗の言葉を遮る形でオビトが続ける。「参拝だが……賽銭代わりに『こいつ』でいいか。この世界の通貨は持ち合わせていなくてな」

「え? それ……」差し出された物を見て、目を丸くする諏訪子。「……いやいや。駄目だよ忍者じゃあるまいし。ねえ神奈子?」

「よい、よい!」

 

 参拝は神代に納める金銭を介して行われる。よりにもよってオビトは、風祝どころか祭神その人に面と向かい言い放ったのだ。

 傍から見たら神をも畏れぬ冒涜。幻想郷の神々が特別だからか、あるいは神様とは皆こんなものなのか、神奈子は憤るどころか大笑い。諏訪子の方も軽く咎めつつ、なんだかんだ微笑を見せている。

 

「有形物など意味を成さん! 真なるは人々の心よ! 手裏剣でも爆弾でも、煎餅でも何でもよいぞォ!」

「冗談でも止めなさいよ、罰当たりってレベルじゃないでしょ。ていうか私ら一応神様」

 

 今度は祭神自らが口にする始末。諏訪子は神奈子を睨むも、本人はどこ吹く風で豪快に笑うばかり。

 催促するような熱っぽい視線、無言の圧力を背に感じながら、大きく立派な賽銭箱の前で無関心かつ適当に済ませる。神社での参拝など木ノ葉の南賀ノ神社での願掛けが最後だった。

 塵も積もれば山となる。小さな努力を地道に積み上げてこそ大願は成就する。信仰を得た神様も上機嫌になる。どのような形の参拝でも神奈子と諏訪子は鼻歌を歌うのだ。

 

 

――◇◇

 

 

 オビトの『参拝』という簡単な行為一つで、はた迷惑なワッフル騒動は呆気なく終息を迎えた。

 元凶である二柱は早苗にこっぴどく叱られると反省の色を見せて、諏訪子の分を神奈子に与えることを条件に和解した。神奈子はワッフルより諏訪子の行いの方で沸騰したようだが、どうやらそれも一時の熱というやつで、意外にも素直に水に流すことに決めたようだ。

 

 人里で菓子の材料を購入した早苗は、本殿の広い一室にオビトを案内し終えると、仲直りのためのワッフル作りに取りかかるため、襖を閉めて出て行った。残ったのは神奈子と諏訪子、オビトの三人。

 話によると守矢の三柱も本殿が生活の拠点のようだ。内部は和室や渡り廊下など、博麗神社とほとんど遜色ない造りだが、向こうに比べて優る部分は多い。参拝客を呼び込むためか、贅沢に飾りつけた明るい境内はもちろん、建物は経年の劣化や色褪せも見当たらず、心なしか空気も澄み切っている。最東端の神社より参拝客が多いためか、守矢神社は随分と裕福のようだ。

 

「いやはや、物の怪ばかりで飽き飽きしておったところ、人間の参拝客が来てくれるとはねえ。それも外来人とは……我が家だと思って遠慮せず寛いでくれたまえよ、オビト君」

「悪いが寛ぎ方がわからん」

「なんと酔狂な物言いよ。深呼吸して肩の力を抜いて、茶を飲めばよいのだ。難しくなかろう?」

 

 尊大な口調で笑いかける神奈子。諏訪子曰く、神の威厳を発揮する場では、転じて態度と口調を転じて切り替えるらしい。他の来訪者の前でも例外ではないようだ。態度の割に相手に不快感を覚えさせず、傲慢な者とは混同させない辺りは素直に賞賛すべきだろう。

 しかしながら――いかんせんやり辛い。神奈子とのやり取りからは、上手く表現できないが、言葉に似つかわしくない温かみを感じる。影のマダラとして忍界を生きていた身としては到底溶け込めない。気が休まるという話なら、静かで寂れた博麗神社の方が上に思える。

 

「ところでさ、新聞で読んだよ。あらためてだけど……外来人のオビト、だったよね?」

 

 諏訪子の目がオビトを捉えたまま、市女笠の下で不気味に動いた。人間味に溢れ話しやすい神奈子に対して、諏訪子は容姿こそ可愛らしいが、得体の知れない雰囲気をまとっている。愛想のよさの奥に隠された感情はオビトにも見通せなかった。

 卓袱台の下から『文々。新聞』を取り出すと、湯呑を置いて開いた神奈子。

 

「さっき私らを止めたのは、あなたでしょう。おかげで命拾いしたよ。ありがとね」

「うむ。大儀である」

「ふとした疑問だが……神でも命拾いするのか?」

「面白いこと訊くね」諏訪子は目を開いた。「いやまあ、私らには本当の姿っていうか、概念はないよ確かに。あってもこの世界の生き物には知覚できないしね。『これ』は私の仮の器だけど、生身の体には変わりない。肉体が壊れて魂が外に出ちゃえば、死んだも同然でしょう?」

「やはりオレの常識では測れんな」僅かに興味を覗かせるオビト。「……しかし、さっきのはどうだ」

「さっきの?」

「お前らは祭神だろう。派手な喧嘩の原因が菓子などと知ったら、お前らを崇拝する山の妖怪共に見離されても不思議ではない。そうなっては信仰など得られん。神の名に恥じない振舞いを常日頃から意識すべきではないのか」

「およっ。ものほんを前に言うねえ、あなた。今時こんな外界人も珍しい」

 

 境内での子供っぽさはどこへやら、諏訪子は愉快な眼差しでにやりと笑う。神奈子は面白そうに動向を見守っている。

 暫しの沈黙の後、諏訪子は手を振り、頬杖をついてオビトを眺めた。

 

「いや、こっちの方がいいのよ。神様相手だからって、無駄に謙遜する奴の多いこと。あなたや博麗の巫女みたいな子が一人でも多い方が、私としちゃ性に合うし、気が楽なんだ」

「……小さな身形をとるのも解る話ではある」

「見た目は周りに合わせたんだけどね」諏訪子は茶を啜る。「……そんじゃま、本題を聞きたいかなそろそろ。参拝しに遠路遥々跨いで来たわけじゃないんでしょ? 早苗目当てってわけでもなさそうだし。私らに答えられることなら、何でも訊いていいよ」

「それなら話は早い。さすがは神といったところか」

 

 地獄を管理する閻魔、その写し身の地蔵の前では嘘を吐けないと言う。同じ神の類である(らしい)諏訪子や神奈子が人の心を読めたとしても、想定の範囲内には収まる。

 神という概念を自然な形で受け入れるのは、どこぞの狂信者のように崇めているからではない。国造りの神たる十尾や現人神・カグヤに関与した経験からだ。それ相応の驚愕こそ覚えても、人知を超えた存在と化し、直に相対した者としては、徒に二人を嘘吐きとは断定できない。

 焼き菓子の甘い匂いがどこからか漂ってくる。早苗は台所かどこかで菓子作りの真っ最中なのだろう。思えばジョシコーセーである本人から聞かずとも、彼女と一緒に幻想と化した二人に聞いた方が早い。

 

 外来人として第一に知るべきは、幻想郷の外がどうなっているのか。博麗大結界の霊的作用で空間が捻じれ、その影響で未踏世界と忍界が混沌の渦に巻かれて、管理者の意図しない繋がりが生じたのなら、別世界という話も強ちデタラメではない。こればかりは経験者に疑問を投げる方がいいだろう。

 ここまでの長い経緯をオビトが簡単に話すと、諏訪子と神奈子は揃って真剣な表情になる。

 

「うーん、そっか……まさかとは思ったけど、忍世界ねえ。私らに馴染みのある『外』とは違うトコから来たってわけだ」

「珍しい物でもないが、なかなかに興味をそそられるな、お前の世界も。最初から疑っていたのか?」

「イヤ……初めは信じちゃいなかった。だがここに身を置くうちに、その考えが大きくなっていった……オレの中で」

 

 神奈子曰く次元を隔てた『異界』の存在は、例外を除けば神霊や妖怪達の間でも知られており、向こうとを繋ぐ扉も幻想郷にはいくつも現存する。空間に干渉する特別な力を使わずとも、割と容易に行き来できるようだ。その例外の一つが『忍界』であると。

 守矢の三柱にしても、元々は外界に住んでいた。幻想郷を訪れたのは新たな信仰を求めてのこと。大結界を越えるだけなら襖を開ける感覚で十分だが、遊びや気まぐれではなく信仰目当てでの移住ともなると、入り込む際には色々と酷い目に遭うのも避けられない。人々の信仰心を糧とする神々にとって、否定と忘却は自らの存在を失いかねないのだ。現に神奈子達は外界を去る際、自らの存在を失いかけながらも踏ん張り、命懸けで結界を超えて入り込んだらしい。

 そのまま外に居続けたとして、いずれは信仰を失い消え往く定めなら、危険を冒してでも僅かな可能性に縋ろうとするだろう。

 

「だがお前らに会って確信が持てた。『忍』はいない……なら忍世界の存在も」

「そうだね」諏訪子は頷いた。「外の世界、幻想郷、冥界、天界、仙界、地獄界、魔界、夢幻界――数ある世界軸は大体把握してるけど、全部ってわけじゃない。でも忍も忍の世界も、今ある外には存在しない。これは断言できるね。あなたから話を聞くまでは、聞いたこともなかったよ」

 

 諏訪子の言葉を引き受けるように、今度は神奈子が尊大な態度で口を開いた。

 

「さっきも言ったが、異界なんてのはお前が思うほど珍しい物ではない。博麗大結界が意図しない何らかの作用で時空が歪んで、お前がいた世界に繋がった……その可能性は考えられるだろう」

「珍しくない、か」

「む? どうした、人の子よ」

「お前は簡単に口を開くが……曖昧な物言いでは頼りなくもある。その浅さで神などとは笑わせる」

 

 良くも悪くも包み隠さないオビトの直球な言い方に、神奈子は不意を突かれた様子で目を丸くする。正真正銘の神の御前で、外来人が悪びれもせずに無礼な言葉を並べたのだ。守矢の崇拝者なら口々に非難していただろう。

 諏訪子の方は何故かくすくす笑っている。神を畏れない姿勢に感心したのか、あるいは忍界において十尾だのカグヤだの、『神』に関連するものにロクな思い出がないオビトの身の上を知ってか知らずか、予想通りの反応とでも言いたげな表情で二人のやり取りを眺めていた。

 

「――うぉっほん! 言っておくがね、全ての神が全知全能ってわけではない。幻想郷や外のことならまだしも、私とてお前の言う『忍界』のように知らぬものもある。その辺を勘違いしてもらっては困るぞ? 知らんものは知らんのだぞ?」

「分かっている。いきなり解決の糸口が見つかるとは期待していない。全知全能なんてのは所詮、人間が勝手につけた根拠のない想像だ。固定概念は時として真実を曇らせ見えなくさせる……信じる方が愚かだろう」

「畏れ多くて清々しいわねえ、あなた。そういうのすごく好き」

 

 呑気な貌で欠伸まじりに言う諏訪子。礼儀を欠いた言葉を聞いて微塵も憤らないのは神としての余裕からなのか――先のワッフル騒動に関して、オビトはあえて言及しなかった。

 

「さてと。それじゃあまず、あなたの曇りから取り除かないとね」

「……頼む」

 

 色彩乱れた糸の束を解き解すのは諏訪子と神奈子。神霊たる二柱の言霊にオビトは魅入られたように聞き入った。

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