THE LAST PHANTASM -OBITO-   作:大兄貴

23 / 72
二十三話 オビト先生

「あん? 一緒だったんじゃないの? あいつと」

 

 博麗霊夢は門の前で困惑した表情を見せていた。

 自分の用事が終わり、いったんオビトと合流しようと守矢神社まで遠路遥々赴いたのに、本人の姿はどこを探しても見当たらなかった。ピーマンのような緑髪の同業者曰く「無礼なコウモリと一緒にいた」との言葉を聞いて次に紅魔館を訪れたのだが、門番の反応は期せずして霊夢の機嫌を悪くするものだった。

 霊夢は裏表のない直情的な性格。凛々しい顔でそっぽを向く中華娘を前にハッキリと文句を垂れていた。

 

「何度も言わせないで。居るのはレミリアお嬢様だけ。あの外来人は居ないんだって」

「嘘ぶっこいてんじゃないわよ。どうせあんたら、その月面なんたらに私が手ェ貸さないのが気に食わないんでしょ?」

「トチ狂った戯言を。向こうでお嬢様と鉢合わせたって、一緒にここに来るとは限らないじゃない。現に誰も来てないし、門も通ってないわ。あんたの早とちり」

「ンなはず――」

 

 美鈴の冷静ながら容赦のない私的口調に霊夢は黙らざるを得ない。彼女が思案する間に「それより」と別の話題を切り出す美鈴。

 

「月旅行の件だけど、お願いできない? 咲夜さんの命令でね……居ない者とは会わせられないけど、お礼に人間用の食事を用意しとくから」

「ご馳走で釣る気?」霊夢は鼻を鳴らす。「甘いし古臭いわね。厄介なのが入り込んでる最中、なんであんたらの面倒事に巻き込まれなきゃいけないのよ。月なんか今さら興味ないっての」

 

 霊夢はオビトを探して来訪した。美鈴は霊夢が門の前に姿を見せると、軽い挨拶の後に月旅行への協力を持ちかけたのだ。咲夜の命令を受けて計画の要、第一の手段として大筒の推進力を確保するために。しかし、自らの利に資するわけでもないのに、霊夢が「仰せのままに」などと恭しく了承するはずもない。相手を全く尊重しない乱暴な口調でも答えは同じだろう。断るまでは早かった。前は偶然にも紫が絡んでいて、霊夢自身も個人的な興味があり、同時期に何の騒ぎも異変もなかったが故の協力だった。

 今回は状況が違う。目に見えぬ汚い輩がどこかに潜伏し、やらかす時を虎視眈々と狙っている。幻想郷で唯一の正式な異変の解決者が地上を離れるなどあり得ない。博麗の巫女は異変の解決を生業にこそしても、我侭なお嬢様の馬鹿馬鹿しい企みに手を貸す心得など持ち合わせないのだ。個人的な興味の有無が理由としては最も大きいが、調査を含めて他に為すべきことも多い。

 暇な館の住人だけでやっていろと言いたい場面。霊夢はもう一度だけ館に目をやると、腕組みする美鈴に背を向けた。

 

「おや、帰っちゃうの? 館を隈なく探しても構わないけど」

「もういいっての」霊夢は息を吐いた。「いつも通り、一人で調査すりゃいいだけ。あちこち飛び回るアイツを探すってのも――考えたら骨が折れるしね。用がありゃ向こうから来るでしょ」

 

 そう言い残して地面を蹴り、東の方角へ飛び去っていく霊夢の姿を、美鈴は胸を撫で下ろしながら見守っていた。勘の鋭い霊夢も疑り深さは意外と人並だったようだ。中国拳法と気力の達人である美鈴でも『幻想郷最強の人間』と評される巫女には及ばない。

 

(ふう……手に汗握ったって感じ)

 

 『嘘』がバレていたらと思うと内心恐ろしくなり、美鈴は鳥肌が立つのを感じた。

 

 

――◇◇◇

 

 

 不機嫌な霊夢が館の正門で文句を並べていた頃、肝心のオビトは館内、正確には地下の奥深くにある大図書館内に居た。結局はレミリアの目論見通り、月旅行の計画に加担して大筒の製作に手を貸すためである。

 手伝いとは言っても、実際の作業はパチュリー達が行う段取り。組み立ては材料の性質や比率の見極め、材料同士の接合部に注ぎ込む魔力の事細かな調節が必須なので、魔術の知識が皆無の素人には手出しできないとのこと。そのため、オビトの役目は材料運びに止まり、外と地下の建築材用倉庫に保管された補修用の木材やら板やら看板やら、大量の材料を大図書館へ運び入れるのみ。仕事はすでに終えている。

 大図書館はパチュリーが掌握する特別な空間。至るところに魔法がかけられ、いわゆる異空間も同然の場所として存在する。管理者である彼女の意思次第で、単なる四方空間に変えるのも、複雑怪奇な大迷宮に組み替えるのもお手の物。無数の本棚が自ら場所を開けて作られた広場には、神威で運び入れた角材や廃看板、果ては野菜や果物の段ボールまで山積みになっている。

 

 立案者であるレミリア本人は、頭上に見える円形通路の二段目の手すりに腰掛けて、パチュリーの指示でテキパキと働く赤髪の少女達(小悪魔と呼ばれる使い魔)を愉快げに見下ろしている。作業を手伝わず傍観に徹する辺りレミリアらしいと言える。

 オビトも柱の一本に背をつけて、小悪魔達の作業を眺めていた。手には大筒の設計図が握られている。

 設計図によると、大きな円柱型の大筒が二つ、天辺に乗せる円錐状の小筒の計三つで形作られる。図面はパチュリーが描いた物のようで、異国の言語と矢印が埋め尽くし、当然ながらオビトには解読できない。作業に手を動かすどころか図面の読み方すら分からないのでは確かに論外。

 

「時間単位ですでに早い。大幅な短縮になったわね、あなたのおかげよ」

「運んだだけで大げさだ」

 

 苦労して字を覚えた幼子を褒めるかのようだ。材料の運搬を一瞬で済ませた事実に対してというより、捨て切れていない瞳術への興味関心から出た言葉と思われる。レミリアの目は初めから作業には向けられていない様子。

 

「強さというか、便利さに傾いた術よねあれ。今度教えなさい。いい持ち札になりそうだわ」

「アレは固有瞳術だ。努力して身につく力ではない」

「じゃあ奪い取っちゃおうかしら」

「……借り物では満足に扱えん上、忍でもないお前には無理な話だ。諦めろ」

 

 二人は世間話のように会話しているが、下で作業を眺めるオビトと一階層上の通路に居るレミリアとの間には、満足な会話にはならない距離がある。つまり彼女の話相手は、すぐ近くの棚で本を漁っている人物となる。

 相手はもちろんオビト。ただし二人目である。

 

 計画への助力に踏み切り神威まで使ったのは、レミリアに頼まれたからだけではない。屋上で幻視した月の眼と心身の変調が一つ、助力の対価として図書館の本を静かに読み漁るためが二つ目。忍界の知識や里で得たものだけでは心もとないため、不足した部分を埋めて此度の行動に役立てる必要があった。

 知識欲に飢えまくった大蛇丸に限った話ではない。これほどまでに膨大な量の蔵書、見知らぬ異界を動き回る上では見逃せるはずもない。役立つ知識が多いに越したことはない。無意味な戦闘や騒ぎは性格的、立ち位置からも極力回避すべきと考え、後々の面倒事を避けるために館主と管理者両方の許可をもらい今に至る。

 

「…………」

 

 彼方から紅い視線を感ずる中、オビトは静寂の中に身を投じていた。

 何十年と費やしても読み切れない途方もない量を漁り、本棚、書物、ページ、文章、箇所、単語の中から主要な部分に目を走らせつつ、有用な物のみを採って頭に叩き込む。未踏の地における蔵書の中には、忍界では得られない知識も多く眠る――当然の予想を外すはずもなく、早くから目を通すべきだったと思えるほどに、大図書館の書物は素晴らしい情報の宝庫となった。

 

 月の都に関する書物の他、幻想郷の地理や所柄は置くとして、目を通しているのは戦闘で利用できると判断した知識。本来なら魔力の練成を要するところを己のチャクラで代用して使用、応用できると思われるものを中心に、未知の結界術や時空間系統の魔術などを吸収する。

 忍界におけるチャクラの五大性質はもちろん、魔力や妖力など未知のチャクラ性質と、そのコントロールによる形態変化や性質変化。二つの性質変化を合わせた忍界で言う血継限界、もう一つの性質を合わせた血継淘汰、全てを組み合わせた血継網羅と見なせる力も併せて。

 幻想郷特有の性質が仮に存在するとして、忍界における五大性質のチャクラとそれらが交じり合い何らかの反応を示し、未知の物質を起こす。忍界では決して知り得ず、獲得し得ない新たな術が生まれる可能性は否定できない。逆に幻想郷での異色の性質に忍界の五大性質を組み合わせても、また然りである。

 

(…………)

 

 忍界では術で物質や現象を起こす際、身体・精神エネルギーを練り合わせ生じた『チャクラ』と、五大性質の内のいずれかが混じり合うことで、性質チャクラと呼ばれる火遁や水遁などの基となる力を作り出し初めて術として機能する。元々存在するチャクラ属性を根本とした事象が忍術ということだ。

 幻想郷に存在するチャクラ性質について分かったことがある。たとえばうち一つである妖力には、基本の五大性質の概念が存在せず、自然エネルギーに近い別の性質を秘めている。そのように匂わせる記述がいくつも見られた。つまりこの世界のチャクラは、火を起こそうが雷を落とそうが、全て忍界で言う『仙術チャクラ』に近いものと解釈できるのだ。書物には妖怪が自然と密接に関係すると記されていたが――。

 

「面白い情報でも見つかったの。真剣な顔で没頭しちゃって」

 

 いつの間にかレミリアが横から手元を覗き込んでいた。話し声や雑音が聞こえ始めると本を閉じたオビト。

 

「大筒の話からは飛ぶが――」

「うん? 構わないわよ。楽しい話題ならなんでも」

「守矢神社の結界を抉っていた力……お前の『グングニル』とやら。アレはどういった仕組みで発現する? 魔力や妖力からの話だが」

「日中のアレね。どうして?」

「ここの書物を読んだ上での些細な疑問で、深い意味はない。ただお前のチャクラが気になってな」

「……私の?」

「あの紅いチャクラが、別の形態や性質に変化して、より強力なものに変わる――かは判らんが、新しい術として昇華する。その可能性を考えた」

 

 形態変化とは読んで字のごとく、術の形を変えること。体から放出したチャクラを炎や水流に変化させたりと、チャクラ性質を変容させる性質変化とは違い、形状を変えるだけなので修行により割と誰でも身につけることができる。ちなみに忍界には、形態変化のみを究極的に高めた螺旋丸という術があり、その術に風の性質を加えた風遁螺旋丸や、さらに極まり奥義や禁術クラスと見なせる螺旋手裏剣なる超高等忍術まである。

 守矢神社で目の当たりにした槍は形態変化の一種で、精密なチャクラコントロールにより顕現させた物と考えられる。吸血鬼という種族との関連性は不明ながら、莫大な割に質の高い妖力を内包するレミリアにこそ成せる術である。影分身を始めとする忍の高度な術は望めずとも、本人が元から持つ妖力や魔力を軸とし、幻想郷ならではの術の開発も理論上は可能となる。しかも彼女ほどの使い手ならば、忍特有のチャクラの練り込み方を理解しさえすれば、大して時間を掛けずとも事は済みそうだ。

 

「ふうん」レミリアの無邪気な笑み。「早い話……あなたが修練って形で、新しい力を私に捧げる。そういうこと?」

「お前に利する場合もあるかもしれん。オレのための実験的な試みの範疇だがな」

「あなたのため、ねえ。そう断言できる方が信用に値するわね。けれどできるの? 人間のあなたに」

「これでも経験はある……強要はせんが、どうする」

 

 此度の試みは幻想郷側の戦力増強にも繋がると考えれば十分な理由だが、オビトは意図に反して心が揺らいだ気がした。

 他者から修行を施される。他者の力を借りて強くなる。もしくは何らかの変化を起こすなど、誇り高き者には侮辱にも聞こえよう。だが幼き紅い吸血鬼は、数ある他の種族、同族とすら一線を画している。生来の強い好奇心と探究心が優ったのか、レミリアはふわりと手すりから下りると、黒い翼を羽ばたかせ浮き上がる。

 

「あなたの生意気な口ぶりと顔、気に入ったわ。いいでしょう――この私を納得させる自信に溢れて止まらないのなら、今から屋上で風にでも当たりましょう。我が『神槍』のことも教えてあげる」

 

 思いのほかあっさりと快諾したレミリアに、オビトは少し驚いた顔を見せる。その反応すら想定済みなのか、レミリアは意味ありげに微笑すると、何故かオビトの移動手段を拒むなり、大図書館の出入り口の方へ電光石火のごとく飛び去った。

 

 

――◇◇◇

 

 

 チャクラ。それは生物にとって生命の源に過ぎないが、忍界では術の基礎となり万物を生成する精気とも認識される。

 人間や妖怪が生まれながらに有する力の根源は、身体エネルギーと精神エネルギーとの二つに大別される。忍に当てはめる場合は、それら身体・精神エネルギーを混ぜてチャクラを生成し、さらに個人が先天的に持っていたり、後天的に手に入れたチャクラ性質と組み合わせて『性質(属性)チャクラ』を作り出す。そして関連する印を結び、形態変化を起こして発生する力が『忍術』である。練り上げにも身体エネルギーを使うため、前者は練成に必要な手とも言える。

 

 湖面を通る冷やっこい風が屋上を撫で、月明かりに照らされた時計塔は青白くそびえて見える。文字盤は七つ目を刻む。

 先に待っていたレミリアと、遅れて到着したオビトが静寂の中で向かい合う。レミリアは瞼を瞑り、景色に溶け込むように沈黙している。

 

――妖術、魔術、霊術、体術、仙術、そして忍術。物質を起こすという点では共通しているが、個別の名に見るように、チャクラの練り方や在り方は異界により千差万別。幻想郷に住むレミリアにはレミリアなりの、忍界に住むオビトにはオビトなりの個別的な手法がある。違うからこそ完璧な概念など存在せず、無限の可能性が露呈し、新たな力を作り出すことも期待できる。

 チャクラを上手く扱うには雑念を捨て去り、心を集中させ、精神を研ぎ澄ませる必要がある。チャクラが術に用いるだけの道具と忍界では広く知られているが、本当のチャクラとは精神共鳴物質であり、形なき己の霊体そのものを指している。己が内に意識を巡らせる過程を踏むことで、最も効果的にチャクラを練り上げられる。六道の力を得たマダラに教えを受け、忍の祖である六道仙人と同じ境地に至り、その力を真に理解したからこそ導き出された、うちはオビトとしての答えでもある。

 

「悪魔が柄にもなく精神を洗うなんてねえ。一興を通り越してしまったよ。不思議な気分……次はどうするのかしら、先生?」

 

 面倒臭そうに瞑想を脱すると、早々に口を開いたのはレミリア。大きな黒い翼が忙しなく動いている。

 

「……呼び方まで変えなくていい」オビトは懐に手を入れる。「――瞑想はチャクラの質を高めて扱うのに必要だった。それを通じて己が内面に語りかけ、チャクラとの同調効果が高まる。その上でお前には、己の『チャクラ性質』を認識してもらう。こいつを用いてな」

 

 取り出したのは褐色の紙片。大図書館でパチュリーに一声かけて貰い受けた羊皮紙の切れ端である。本来ならくずかご行きとなっていた物で、それ自体には何の利用価値もない。レミリアは「なあにそれ?」と子供っぽい口調で尋ねる。

 

「『チャクラ感応紙』、と言ってな。見た目はただの紙切れだが、違うのは――」

 

 目を丸くするレミリア。オビトが指で挟んで数秒後に発火、紙片が一瞬にして炎上したのだ。

 

「――オレのチャクラを込めた特別製だ。お前が持つ先天的なチャクラ性質を、こいつを使って確かめる」

「物質特有の性質を示すように作ってあるのね」

「紙は試用者によって様々な反応を示す……オレの場合は燃えたから、チャクラ性質は『火』ってことになる」

 

 もう一枚を新しく渡されると、レミリアも指で挟みまじまじと見つめた。

 

「あなたのは燃えた。これが水の性質なら、濡れてふやけたりするってとこかしら?」

「そういうことだ」

 

 火なら紙が燃え、水なら濡れ、風なら切れ、雷ならしわが入り、土ならボロボロと崩れる。何らかの反応を示せば性質は一目瞭然である。これら五大性質は忍なら少なくとも一つは必ず持っている。

 

「この紙切れに、私の妖力を込めればいいのね」

「そうだ。オレのチャクラに反応して、お前の気づかぬ性質が表れる。やってみろ」

 

 己に宿るチャクラ属性を知る程度なら、感応紙など使わずともパチュリー辺りに頼めば一発だろう。この地に存在しない忍界のチャクラにレミリアのチャクラが触れ、幻想郷では起こり得ない反応を示すのかどうか、それを確かめる意味でも紙を用いる必要があったのだ。単に物質を起こすのと、紙に込められた異質なチャクラの影響下で起こされるのとでは、もたらされる結果は違ってくるはずだ。

 チャクラ感応紙は本来、チャクラを吸う性質を持った特別な樹木から生成される。それ以外の紙では反応すらしないとも考えたが、良い意味で予想を外した。この身に宿る大筒木の特殊な陽のチャクラ――初代火影・千手柱間の木遁チャクラの影響だろう、即興だった割には巧く事が運び、濃度の高いチャクラで満ちる魔法の森辺りの樹を切り出す手間が省けた。チャクラを吸いやすい特性を持つ木分身や、輪廻眼・餓鬼道をも上回るチャクラ吸引力を持つ木龍など、木遁は元々チャクラを吸収する力に長ける術である。

 

「――ぼぉ~っ。めらめら。なんてね」

 

 幻想郷縁起や大図書館で仕入れた情報によると、吸血鬼の弱点の一つには炎が含まれる。さすがのレミリアでも弱点を自在に操るとは思えず、初めこそチャクラ性質は『風』辺りだと予想したオビトだったが、感応紙は同じように――否、先ほどより激しく燃え上がり、彼女の持つ性質も『火』であると理解した。

 ただし、妖怪の定義や概念について記した書物の内容が真実なら、純粋な火の性質と言えないのは確か。色も明らかに赤黒い。

 

「同じみたいね、あなたのと」

「随分と勢いがある。吸血鬼が苦手とする火……疑問の余地もあるが」

「そんなことないわよ」レミリアが滑らかに言う。「火が苦手だなんて言い伝えは、所詮は伝承上の勝手な産物。私は常識に囚われないの」

 

 幻想郷が非常識な世界なり楽園なり、秘境なり称され評される所以は、外界で忘れ去られた古い物、否定された非常識な事象が常識の枠内から放り出された果てに、最後に行き着く地上で唯一の場所とされるが故。時にその所以は限定的かつ部分的で微細な物事の隅々にまで枝を伸ばす。

 世の中の当たり前として外界に存在する常識的な事象の中には、本人達が勝手に常識と思い込んだり気づかないだけで、誤りなり嘘なりで非常識と同じ枠に分類されるものも、実際は数多く転がっている。これまでは通説として広く認められ、長らく受け入れられていた当たり前の物事が、後々の新たな調査や研究、実験の結果により否定され、覆されるのは珍しいことではない。

 要するに今現在、外界で常識と化している物事とて、全てが真実で構成されているとは限らない。これは忍界に蔓延る常識にも当てはまることだ。

 

「ぴったりと言えるでしょうね、むしろ。弾幕に炎が使われているってのもあるけど」

「確かにな」

「心当たりでも?」

「……嫌ってくらい味わった。誰かさんのおかげでな」

「あら、どうだったかしらねえ」

 

 転移陣に嵌められ導かれた地下空間での悶着で、緋色の炎を楽しそうに振るっていた狂喜的な妹君。彼女と血の繋がる実姉が同じ性質を持っていても理屈は通る。忍界におけるチャクラや能力も家族間で血と共に受け継がれる。

 吸血鬼の概念など忍界には存在しないが、レミリアの言うように伝承が想像の産物に過ぎなかったのだろう。あるいは本当に常識を超越するという次元の話なら考えるだけ無駄である。

 

「さて。肝心の形態変化だが――」オビトがレミリアを映す。「思うにお前は……教えるにあたり段階をいくつか飛ばせる。忍なりのチャクラの練り込み方は教えるが、形態変化のやり方を一からこなす必要はない」

「飛び級ってやつね。当然」

「向こう(忍界)とは異なる事情ってのもあるがな。お前なりの慣れた手法に火の性質を加え、オレなりにアレンジさせ……あの紅い槍を違った形で顕現させる算段だ。それで上手くいくだろう」

 

 レミリアが瞑想に入る前、守矢神社で見た紅い槍について詳細を聞かされていたオビト。

 あのチャクラの槍は、自身の血液を混ぜ込んだ妖力と魔力を濃霧に変容させて体外に放出し、掌に収束させて作り出す物質化したチャクラの奔流。攻撃用に変換して研ぎ澄ませた魔力を一箇所に凝縮させて具現化、形態変化まで起こした代物である。彼女の得意技であり、曰く一撃必殺の威力を誇る大技だが、普段はごっこ遊び用に威力を本来の数百分の一程度に抑えて使っている。遊戯用に調節していないグングニルを使用したのは、レミリア率いる紅魔館が弾幕ゲームによる紛争の解決を了承する以前、後に『吸血鬼異変』と呼ばれた妖怪達の戦争が最後だったようだ。

 経絡系まで見通す白眼ならともかく、チャクラ性質を色で見分ける写輪眼だけでは具体的な仕組みは視通せない。ちなみに原理はフランドールが振るう緋色の炎とほとんど同じだが、彼女の場合は『グングニル』ではなく『レーヴァテイン』と言うらしい。

 スカーレット姉妹はいずれも形態変化が完璧と言える出来ながら、レミリア本人が気づいていなかった辺り、火の性質を最適な形で使いこなせるわけではない様子。鍛え甲斐があるかどうかを二択で答えるなら前者にはなる。

 

「ふふん」レミリアは挑戦的に笑う。「暇だしやるだけやってあげる。あなた程度の施しで、私の十八番が異彩に染まるとは思えないけれど。博麗の巫女さえ知らない圧倒的な魔力を前に――卒倒しちゃいなさい」

 

 レミリアが高らかに言い放つのを合図に、手首辺りから噴き出した真っ赤な濃霧。渦を巻いて右手に集中すると、間もなく巨大な槍が形成される。

 顕現と共に屋上を駆ける風が強まる。勢いのあまりオビトの目が細まった。術の規模こそ違えど、迫力で言えば『尾獣玉』と称される尾獣のチャクラ砲に似通ったものがある。レミリアの子供っぽい性格、幼い身形には不釣合いなほどに大きな魔力の奔流が傍を吹き抜けていく。館へ乗り込んだ際に衝突した彼女は、やはり全力など微塵も見せていなかった。

 違いは多々あれど、この力とてチャクラの産物には変わりない。形を変えて現出したチャクラを制御するのも本人のチャクラだ。これほどの力を己の手足のように御し切れている以上、形態変化は元より火の性質を組み込むのに手間は要さないだろう。基本から始めるにしても、アカデミー卒業したての者を相手取る場合とは異なり、初めから過程をいくつも飛ばせる。早い話がレミリアの言う『飛び級』である。

 

「忍のチャクラの扱いとやらで、誰もが見惚れる美しさが、さらなる高みに至るのか……見物ね。期待してるわよ」

「準備はできたな」オビトは写輪眼を戻す。「お前に眠っていた力を遍く、最大限に引き出させる……オレなりのやり方でな。お前が特殊な火の性質を宿すのはさっき判った。妖力や魔力に含まれる純粋な火の部分を取り出し、性質チャクラを練り上げる。分身である以上、本格的な実戦はできんが――」

「待ちなさい」

 

 何気なく言ったオビトに対して、レミリアは驚いた貌を見せている。

 

「あなた本物じゃないの? 館内に居る方?」

「アレも分身だ。材料を運んだ後、本体と入れ替わっていた。オレは別の用で今は居ない」

「大丈夫なの?」

「少々脆いが修行程度なら不足はない。こっちの方が時間を気にせず、好きなだけ付き合えるしな」

「まったく」呆れた表情のレミリア。「まあいいでしょう――あなたには変わりない。けれど、私の目を欺くなんて――面白味を通り越すほど精巧な偽モノ。そこだけが納得いかないわね……こんなにも素晴らしい月夜なのに」

 

 館に下りる青白い月明かりが、レミリアの芝居がかった儚げな貌を照らしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。