THE LAST PHANTASM -OBITO-   作:大兄貴

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二十四話 筍の妹紅

 薄暗くて湿気くさい知の宝庫へ通ずる壮大な観音扉が開いて、タコや鮫と絆を深めていそうなラップ忍者のお帰りライブで歓喜に叫び狂う雲隠れの忍のごとく大集合した、無数の本棚達の間を一つの小さな影が駆け抜けた。その勢いたるや颱遁にも引けを取らぬ凄まじい旋風を巻き起こし、ただでさえ埃っぽい図書館内の空気にさらなる埃っぽさをもたらした。

 自律して床を掃いていた古臭い竹箒が真上へ吹き飛ばされ、自分の根城に帰ろう(返ろう)と傍を通りかかった書物が巻き添えを食らう――そんな勢いを発揮する小さな姿は瞬く間に目的地を捕捉すると、何やら不吉に笑いながら減速に入る。

 

 オビトが実験と称してレミリアとの修錬を始めた頃。相変わらず事細かに指示を出していたパチュリー。小悪魔は館内広場の中央に配置された大筒の周りを慌ただしく行き来している。ただし指示する本人も忙しいとは限らず、肘かけ椅子にゆったりと腰かけ、本を手に紅茶のカップを傾ける姿は優雅の一言に尽きる。

 一方でオビト(影分身)は製作現場を少し離れた場所から眺めていた。大筒が本当に月まで届く箱舟と化すのか否かの興味に加え、図書館は周りを見渡せば情報の宝庫であり、静かで落ち着ける環境は居心地も良い。管理者に力づくで叩き出されでもしない限り、本棚の間を行ったり来たり見て回るのも無駄な時間ではない。

 

(見届けるのも一興、か)

 

 大筒と言っても外界に見る物とは根本から異なる。先端的な部品も高度な科学技術も要らない。パチュリー達が製作中の大筒は科学力ではなく、魔力を施されて造られる魔術的な代物。夏休みの工作で使われるような雑な材料には、見かけによらず何十もの高等魔術を丁寧に一つ一つ組み込んである。推進力の方も同様に常識破りである。部品や燃料で構成されるというより、形ある魔法で包まれ制御されるとする方が正しい。

 施される魔術は機体保護の意味合いが最も大きいらしく、宇宙空間で容易に分解しないよう物体の空気抵抗や反作用を念入りに調節し、外部と内部との均衡を巧い具合に調整する重要な役目を担う。魔術の知識を持たぬ上に興味もないオビトは、適当に説明を受け取り後はパチュリー達に任せていた。

 

 設計図の複製から手元の書物に目を移した時である。「オビトォ!」と甲高い声を轟かせながら、小さな姿が凄い勢いでオビトの前に現れた。館中に響く声だったからか、作業に徹していた小悪魔の何人かが振り向いた。

 オビトの前で息を切らすのは、見慣れた水玉模様のワンピース姿。翡翠色の髪に蝶を思わせる薄い羽、掌サイズの少女が金色の瞳で睨みを利かせている。相当怒っている様子だがオビトには覚えがない。

 

「喧しい奴だ。何事だ?」

「『何事だ』、じゃないわよ!」妖精はグイと顔を近づける。「よくもわたしを置いてってくれたわね! メイドチョーに聞いたんだから、アンタあれから色々楽しい思いしたらしいじゃない? ズルイのよ、この放浪癖っ!」

 

 刺々しい言葉を容赦なく投げつけたのは、妖怪の山に生息する妖精の少女。幻想郷で目覚めて早々に出会った道先案内人ならぬ案内妖精である。

 ここ数日間、右も左も分からない異界で体験した出来事が濃すぎたり、館のベッドで無様にも気絶していたりしたせいか、妖精との遭遇が遠い過去のように感じるが、実は屋上での悶着から二日も経っていない。感覚にずれが生じているのだ。

 

「……楽しい、か。騒擾を好むお前らしい言葉だ」

 

 稗田家や大図書館、色々な者との出会いを経て、幻想郷を飛び回る上で必要な知識は今や多く蓄積されている。妖怪の山で目を覚ました時とは天地の差だ。妖精という種族とて例外ではない。

 自然物の化身であり、悪戯を好み、人間の行動を模倣し、どんな危険にも嬉々として飛び込む無鉄砲さ、喧嘩や宴など騒々しい物事も好む。妖精の憤りを聞いて納得した理由である。

 

「大体アンタはねえ――」

 

 羨ましさを表情に出した妖精から目を離すと、オビトは本棚から持ち出した書物を映した。

 

「ところで……例の菓子は味わったのか」

「菓子? 饅頭のこと?」妖精の注意が逸れる。「――うんっ、サイコーだった! 濃厚な甘さと舌触りが癖になるのよねえ。届けてくれてありがとね」

「熟練の職人が丹精込めて作る菓子……人外たる者をも魅了する出来か。甘味という身近で些細な物でも、本来なら相容れん異種族間の相互理解を扶助する懸け橋として立派に役立つ。高々とそびえた種族の壁を乗り越える代物を作り出すとはな……大した専門店だ」

「……いや、そんな大げさなモンでもないわよ? 外してないっちゃないけど」

 

 無駄に真剣な表情で長々と語ったオビトに呆れざるを得ない妖精。そして首を傾げるなり目を丸くしたのも妖精。

 

「――って、そうじゃなくて! どーして一声かけなかったのって話! なにさらっとかわそーとしてんのっ!」

「どうしても何も、心地良さそうに眠っていただろう。霊夢の二の舞を踏ませるのも悪いと思ってな」

「もうほんっと、優しいんだかそうじゃないんだか、はっきりしないやつねえ……」

 

 久方ぶりとは程遠い再会ながら、ある程度に怒りが収まると妖精は仕方なしに笑う。

 妖精が期待した通りの反応を示さない代わりに、天真爛漫な少女の『メイド長』という敬意を込めた呼び方について、書物に目を通しながら何気なく疑問を投げかけるオビト。妖精はない胸を誇らしげに張ってみせた。

 

「ああ、そのこと。そりゃ最初は逃げたいとも思ったよ? 仲間内じゃ吸血鬼のイメージって酷かったし、私も怖いって思ってたから。あんなこともあったしね」

 

 レミリアが侵入者を待つために屋上へ向かった後、出口を探して館中を飛び回っていたという妖精の談。

 紅魔館内から外部に繋がる穴はねずみ一匹出入りできぬよう、物理的にも魔術的にも厳重に閉鎖されている。館を脱するにはエントランスに辿り着く他ない。余所者なら案内役を確保せざるを得ないほど、館内は地下には及ばずとも迷路のように入り込んでいる。蝋燭で明かりをとる薄暗さ、咲夜の能力で拡張された異様に広い館内、無駄に長い通路や複雑な回廊、果ては侵入者を迎え撃つための罠。来館が初めてだったこともあり、体の小さな妖精が案内もなしに自力で脱出するのは不可能だった。

 妖精を導いたのは食欲をそそる匂いだった。館内を当てもなく奔走した末に、館の奥にある厨房へ引き寄せられるように迷い込んだ。そこで鍋を仕込んでいた妖精メイド達と意気投合し、何だかんだで仲良くなり、メイドという仕事に興味を持って今に至る。大雑把な経緯としてはこんなところらしい。

 

「吸血鬼を怖れていた奴が、よくこの館で働く気になどなったものだ。信じられん」

 

 里の和菓子屋ではレミリアを怖がっていた割に、好奇心が勝ったのか今では笑顔を浮かべている始末。吸血鬼に拉致され恐ろしい目に遭った身なのに、結局は馴染んで楽しく過ごしている様子だ。

 

「うん――」妖精は辺りを見回す。「――でもね、蓋を開けてみてわかった。メイドチョーは噂ほど冷酷でも残忍でもないし、他のメイドも面白い奴ばっかだった。実際に見ないと分からないコトとか多くて」

「結構なことだ。己の眼や肌で直に感じてこそ解る。真実はな」

「でね、メイドの仕事もやってみると、意外と楽しいのよこれが。かわいいメイド服とか着れるし、料理も美味しいし。この服だって可愛いけど。ね?」

 

 その場でくるりと周り、期待に満ちた眼差しを向ける妖精。趣味の合う女の子同士なら盛り上がる場面かもしれないが、残念ながら相手はうちはオビト。相変わらずの無表情で「そうか」と一言返して話は途切れてしまった。

 読んでいた本を閉じるなり歩き出したオビトに並んで、うなだれつつ「こんな調子か……」と小声で呟いた妖精。

 

「良い滞在先ができたなら何よりだ。お前にとって新鮮な人や物で溢れる場所なら、山にいた頃よりかは退屈せずに済むだろう。奴らに食われんよう頑張ることだ」

 

 紅魔館で見知ったものなど妖精には何一つ存在せず、見慣れぬ環境下では驚きの連続で退屈のしようがない。その中でも館に滞在する外部の者が最も警戒すべきは館主のレミリア。

 彼女の気紛れな性格は実際に会話するまでは判りにくい。高貴な血族だろうと精神面の未熟さが覗える。一つ屋根の下で過ごす場合、暇潰しと称したり本人の気分次第で、理不尽な振る舞いに巻き込まれ迷惑を被る可能性は高い。実妹の方にも危険性は視られる。同じ幻想郷の住民でも用心に越したことはない。

 

「ねえ、これからどうするの?」

「読書だ」

「え~っ!? なにそれつまんないっ!」

「必要な作業だ」ページをめくりながら答えるオビト。「不足した分の知識を蓄えるのに、この書物庫は都合がいい……それまでは留まる。お前が期待する『冒険』はせんぞ。言っておくがな」

 

 ロケット製作のための些細な助力の対価として、管理者であるパチュリーから閲覧の許可を得ている。周囲を気にせず情報収集ができる環境か否かの違いは大きい。魔法の森で遭遇したような未知の勢力に対抗するための知識も必要だ。レミリアの方は順調なようなので長居する予定にはならないが。

 

「しょーがないわねえ……手伝ってあげる。本探し!」

 

 自然の化身で風の子でもある妖精にしてみたら、薄暗くて埃っぽい閉所にこもり読書に勤しむなど退屈極まりない。そんな妖精が嫌な顔一つ見せない理由など尋ねるまでもなく。

 

「お前、まだ付いてくる気か」

「当たり前でしょ。そりゃここも面白いけど、今のアンタには敵わないわ。前に言ったわよね? 来てもいいって」

「正気か」

「大げさよ」妖精は挑戦的に笑う。「アンタの邪魔はしないし、道案内以外の手伝いだってしちゃうから。ね? ゼンゲンテッカイさせないわ。しても付いてくけど」

 

 好奇心の塊と言える少女に困惑せざるを得ないオビトだが、妖精は小うるさいだけで悪意は持っていない。案内役として役立つのも事実。体のサイズも小さく邪魔にはならない。何より来るなと言っても聞かない、頑固で子供っぽい性格はよく分かっている。

 影のマダラとして暁を裏から操り部下を動かしたりと、本格的な活動をさせるわけでもあるまいし、妖精の行動を制限する理由や必要もなければ、本人の要望を叶えて被る不利益もない。

 

「命の保証はせんぞ」

「大丈夫よ。これでもわたし、妖精の中じゃできる方なんだから。危ない妖怪に出くわしても、どーんと任せときなさい!」

「ソレは頼もしい。ならいざって時は任せて、オレは逃げても構わんな」

「ま、まあ、相手によるけど。大妖精とか」案の定か妖精は口ごもる。「――あっ! 信じてないわねアンタ? 小さくったって、強いんだから……強いんだからねっ!」

 

 根拠もなしに強がるのは負けず嫌い故か。オビトは特に言及せず本に視線を戻した。

 幻想郷では『妖精』と呼ばれる種族。お約束の弾幕をクナイのごとく放ったり、自然に溶け込み隠れ蓑にして姿や気配を消したり、柱間細胞のごとく傷を治癒させる力を持っていたり。忍脳とでも言うべきか、いちいち忍を連想するような、常人には持ち得ない特殊能力も含まれている。

 レミリア然り、アリス然り――遥かに厄介な連中も多いのは間違いない。尚更に偏見など持たぬべきなのだ。

 

 小悪魔達の慌しい声が響いている。オビトは近くの棚を漁り、何冊かを手にして柱に背をつけた。

 妖精も先の言葉通り、オビトを手伝おうと頑張っていた。小さな体を動かして本をテーブルに運んでいる。

 遠方から鐘の音が聞こえた。調子に乗って最初から飛ばしすぎたせいか、妖精は早くも疲労困憊して、開いたままのページに尻を着けてしまう。

 

「無理に手伝うこともない。従者共のところにでも行ったらどうだ? その方が有意義に時間を使えるぞ」

「必要な作業だもん」

 

 本を読みながら口を開くオビトに、妖精はむすっとして先の言葉を拝借した。

 オビトは『稀代の煎餅職人の日常』を置くと、妖精が見つけてきた書物を手に取った。体育座りでその様子を見上げる妖精。

 

「……こんなに本とか読んだの初めて。ま、アンタはこういうの、普段から読んでそうだけど。そーなんでしょ?」

「悪いが要らん話だ。今は静かな環境に身を置く必要がある」

「煎餅好きのくせに無愛想」

 

 話の意図を一瞬で見抜かれると、お喋り好きの妖精は不機嫌そうに頬を膨らませる。妖精は妖怪より身も心も幼い者が多いのだ。それこそ里の寺子屋に通う子供達と同等かそれ以上に。

 

「囚われのお姫サマってのを助けた王子サマ? として、なんていうか、もっとこう……愛想よくっていうか、楽しげに話とかできない? フツーは一つや二つ思うトコとかあったりするって、館のみんなが……」

「善意の情報提供者を見殺しにするのは気が進まなかった、とでも返しておく」

「あとは?」

「他意はない」

「……ダメだこりゃ」妖精は頭を垂れる。

「誰に何を吹き込まれたのかは知らんが……お前らが思う『普通』とは、おそらくオレのような――」

 

 好機と判断して耳を傾ける妖精。途中で我に返ったように口を閉ざすオビト。結局のところ何を言いたかったのか、「なによ?」と聞き返しても分からず仕舞いだった。

 以降オビトは黙り込み、熟読する作業に戻ってしまった。

 

 

――◇◇◇

 

 

 人間の里から西方に位置する深い森、外れの小屋にて。地面まで届く長い白髪に赤い瞳――蓬莱人の少女・藤原妹紅もまた、蝋燭の薄明かりの下で静かに読書していた。

 黙々と読み進めるうちにいい時間帯となり、半分ほど読み終えた辺りで栞を挟み閉じると、床に寝転がり欠伸する。筍を探して竹林の奥深くまで踏み入ったり、日課と化した輝夜との殺し合いが重なったせいで、気づかぬうちに疲れが溜まっていたのかもしれない。

 

 明日も何かを色々と変わらず頑張ろう。そう思いつつ、いつものように就寝しようとした時。小屋の外に人の気配を感じ取った。

 人間が訪ねるにしては不自然な時間帯である。妖気など怪しい気は全く感じない。念のために警戒しつつ扉に着くと、妹紅は慎重に開いた。

 白髪に赤い瞳、期せずして同じ色をもった背の高い男が戸口に立っていた。

 

「なるほどねえ。物好きな奴もいたもんだと思ったら、そんでわざわざご足労か。何もないけど適当に寛いでくれていいよ」

 

 粗方の事情を把握した妹紅は、異邦人の来訪者を快く迎え入れていた。

 小屋は非常に粗末な造りで、部屋は一つだけ。内部は酷い荒れようで雨風もろくに防げそうにない。生ぬるい隙間風が吹き込み、壁面には苔かカビか判らない謎の物体がびっしりとこびりつき、風が吹くと時折ガタガタと音を立てた。

 住むには値しない廃屋、という第一印象を抱いてしまうが、隠れ家やアジトとして一時的に身を置く分には問題のない造りである。

 

「人間が一人で訪ねて来るなんて、珍しいこともあるもんだ。しかも外来人……何かが起こる前触れだったり、なんてね」

「この辺は危険な獣が多いようだからな」

「まあね。大抵は食われる」妹紅は快活に笑う。「――オビトって言ったね。私やここのこと、誰かに教えてもらった感じ?」

「そんなところだ」

 

 影分身とは便利な術である。戦闘や修行以外にも探索では特に。妖精や紅魔館の住人の相手を任せる一方、本体は永遠亭を目指すための情報収集に専念できるのだ。幻想郷に迷い込んでから世話になり続けている。

 鬱蒼と広がる暗い竹林が小屋より遠目で確認できた。ここは『迷いの竹林』なる場所からはそう離れておらず、人里で新たに放った分身の一体が上白沢慧音なる人物から妹紅の居場所を聞き出した後、その情報を頼りに深い森を駆け抜けてきた。慧音の話が本当ならば、彼女は竹林を知り尽くす数少ない人物となる。

 妹紅は客用にと干柿を出したが、守矢神社の時と同じ表情で手をつけないオビト。

 

「永遠亭、ね。あそこに何の用があるの? 妖怪の動きが活発になる時間帯に、人間が単身で外出してまでさ。こりゃあただごとじゃないってことくらい、誰だって判る」

「勝手に押しかけて悪いが、詮索は無用で頼みたい」

 

 不思議そうな表情を見せる妹紅。里医者の手に負えない稀有な急患なら、夜中でもお構いなしに妹紅を訪ねる者はいる。しかし、博麗の巫女や白黒魔法使いならいざ知らず、危険な夜の森に一人で踏み入る命知らずな人間などいない。彼女の言うように入ったら最後、飢えた凶暴な妖怪共に食い殺されるからだ。前例もある。

 

「ふうん……」

 

 燃えるような赤い瞳が異様な眼を捉えた。妖怪だらけの森を護衛もなしに抜けてきた様子だが、無傷どころか疲れや恐怖も感じられない。射抜くような視線が心を乱した気がした。

 

「まあいいさ。込み入った事情なら突っ込まない。だけどよく辿り着けたもんだ。ただの人間じゃないでしょあなた?」

「新聞は読んでいないのか」

「天狗の? 気が向いた時だけね、ああいうのは本来」

「そうか……無事だったのは奇跡にすぎない。それより依頼の方は頼めるか? 慧音とやらの話では、お前が道を知っている上、案内役を引き受けてくれるとのことだが」

 

 陰鬱な世界を生きてきた忍であるオビトは、元の性格と併せて本題以外はあまり話さない。外来人の割に落ち着きすぎた言動といい、冷徹な眼といい、ただの外来人とは思えない。

 妹紅は真面目な顔つきを見せた。他人の身の上に興味を抱きがちな妹紅でも、人それぞれ異なる事情に軽い気持ちで踏み込むほど身勝手ではない。

 

「もちろん構わない。でも悪いけど……今回は条件を出させてもらうよ。それでよければ引き受けよう」

「オレに助力できる範囲なら。借り物の返却やゴミ捨て辺りなら楽だがな」

 

 慧音曰く妹紅は「無償で案内してくれる」との話だったが、対価の要求はオビトも想定済みだった。忍界で散々経験した取引相手や協力者への然るべき支払いもあるが、時間帯と壁際の毛布、彼女の若干眠そうな顔を見るに、眠りに就くつもりだったか就寝していたのだ。そこに急患でもない者が事前連絡もなく、己の都合で押しかける形になったわけで、機嫌を損ねても文句を言える立場ではない。

 妹紅は愛想がよく大人びた人物。欲を言うならレミリアのように無茶な要求はしないと信じたいところだ。お遊びの力試しや殺し合いなどが該当する。

 

「――タケノコ堀りを手伝ってほしいんだ。お前には」

 

 予想外の回答に「何?」と訊き返してしまうオビト。妹紅の表情は真面目でふざけている様子は微塵もない。

 

「タケノコだよ。タケノコ」

「タケノコ……あの、タケノコか?」

「そう。タケノコ。それもかなり大量に」

「何故そんな物を欲しがる?」

「詮索は無用よ」妹紅はくすくす笑う。「……なんて。実は今度、慧音の家でタケノコパーティーを開くんだ。それ用でね。こんなことあいつ以外じゃ頼める奴いないんだけど、予定合わなくてさ。他に手伝ってくれる親切な知り合いもいなくて。悪い話じゃないだろう?」

 

 タケノコ――なんと平和で日常的な単語だろうか。

 対価としては安い。安すぎるとさえ言える。下手をすると安いという程度の話ではない。永遠亭へ辿り着くまでに余計な悶着を避けられるなら破格の条件だ。タケノコの採集や収穫に手を貸すに止まるのなら、本体が出張らずとも影分身を動かせば事足りる。そして竹林でのタケノコ掘り、という意味では全く無関係な作業とも言えない。

 断る理由はない。負担のかかる依頼にしては相当優しい対応である。

 

「お前は不老不死の『蓬莱人』だと聞く。死なん者でも猫の手は借りたいものなのか?」

「ありゃ、ばれてたの。慧音か阿求辺りかな?」妹紅は動揺していない。「あんま驚かないんだね。外来人なのに」

「この世界の非常識な物事には慣れた。余程のことがなければ驚かん」

「呑まれたね。良くも悪くも。ま、蓬莱人でも疲れは溜まるものよ。休んで元気になる体はあなたと同じ――死なないってだけさ」

「……ならこっちも呑むしかないな。それが望みなら手を貸してやろう。予定が空くかは分からんが」

「交渉成立だな!」妹紅が腰を上げる。「そんじゃ、行こっか? 退屈ばかり続いてたし、夜遊びするのも悪くないってね」

「退屈か。今じゃ遠くなったもんだ……」

 

 そう言い残して踵を返したオビトに物珍しげな視線を向けつつも、妹紅は続いて建物を後にした。

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