THE LAST PHANTASM -OBITO-   作:大兄貴

27 / 72
二十七話 純狐

 月明かりにぼんやりと浮かぶはずの、いつもの閑静な屋敷はどこにも見えない。

 右眼の瞳術を発動させる。突風で勢いを増したクナイと四方手裏剣が純狐に迫った。無数の鋭利な刃が再びその体を切り裂いた瞬間を見計らい、鈴仙と永琳を視界に素早く捉え、二度目の神威。二人の姿は空間ごと渦に巻かれ消える。

 不気味な笑みを浮かべた純狐の動きが封じられた隙に、オビト自身も神威空間へ飛んだ。

 

 巨大な四角い石柱がビル群のようにそびえ立つ薄暗い空間。鈴仙は石柱の上で永琳を抱えたまま、渦の中から着地したオビトが近づくのをじっと見ていた。説明もなしに奇妙な場所へ飛ばされた鈴仙も、さすがに今は何も尋ねる気にはならないようだ。

 

「――最東端にある博麗神社まで転送する。あの純狐とやらが何者かは知らんが、奴と戦えばこの空間にも被害が及ぶ。敵の正体が判らない以上、お前らを置いておくわけにはいかん」

 

 現実空間と神威空間は互いに隔絶されているが、神威を使用した際には道が繋がる。瞳術で飛ばした相手の術や技などの攻撃が神威空間に放り込まれ、内部に居る者に危害を及ぼす可能性がある。純狐本人を丸ごと飛ばした場合も言わずもがな。万一を考えると人が居たのでは満足に戦えない。それに鈴仙、特に八意永琳には、幻術を解除した後で聞きたいことが山のようにある。

 ただの忍が相手なら、現状でも被害を出さずに立ち回れるだろう。二人を安全な場所まで避難させるまでもない。不確定な要素を徹底的に除外する必要があるのは、純狐という人物が並の忍や妖怪どころか、八雲紫以上に底知れない輩だからに他ならない。

 

「悔いるべきね」鈴仙は唇を噛んだ。「……巫女の元に送るのは、師匠だけでいいわ。残って一緒に戦う」

「駄目だ。その辺の輩とは違う……奴は」

 

――初めに純狐の視線を捉えた時、万華鏡写輪眼による幻術を行使した。

 写輪眼の基本瞳術である幻術眼や催眠眼は、当然だがそのままの状態で行使するより、万華鏡の形態で行使する方が精度は高くなる。それに重ねて心身が未成熟な頃に、魔像で培養された特殊な柱間細胞、白ゼツの原型体の右半身を丸ごと移植して適合した分、チャクラひいては瞳力全般が桁違いに底上げされる結果となった。片眼のみでも最も強大な尾獣・九尾の妖狐を操り制御下に置けるほどに。幻想郷に身を置く現在では両眼が揃い、単純に言っても瞳力の精度はかつての倍以上。その万華鏡を用いた幻術が、純狐には全く通用しなかった。

 瞳力を寄せつけぬほどのチャクラと異能を内包する有力者。あのレミリアをも軽く上回る輩であると理解した時点で、危険性の有無や程度など他には考えるまでもない。

 

「この娘と共に巫女の庇護下に入れ。何よりお前が師と呼ぶ者の不意を突いた輩だ」

「関係ないッ! 師匠を襲った奴を放って、安全な場所に逃げて震えてる? そんなの、できるわけないッ!」

 

 逆上して口を開いた鈴仙だが、オビトは冷静さを失わず眉一つ動かさない。薄く赤みがかった光の玉のような物を、博麗神社で取り入れた特有の自然物質を掌に浮かべている。

 

「お前には無理だ。心乱れた状態で何ができる?」

「会ったばかりのあなたに――」

「分からないのか」鋭い目が鈴仙を捉える。「今すべきは、師の傍に居てやることだけだ。眼前の脅威より守るべき者に目を向けろ。見失うな」

 

 鈴仙は足手まといなのか。否だ。彼女ほどの使い手なら心強い戦力となろう。普段通りの鈴仙ならば。

 復讐心とは期せずして無自覚のうちに出でるもの。師の仇討ちしか映らない今の彼女が純狐と対峙しても、待つのは望まぬ盲目的な結果だけ。己自身の闇に呑まれた者が最後に往き着く末路がどんなものか、嫌というほど目の当たりにしてきた者として解っていた。

 

 二人の姿に時空間のひずみが重なる。「あなたは大嫌い」と呟いた鈴仙の微笑み。

 渦に巻かれ歪みゆく姿を黙して見送る。ただ一人残ったこの場で、最後に紡がれた言葉の意味を理解する者は居なかった。

 

 

――◇◇◇

 

 

「……律儀な奴だ」

 

 空気を吸い込む「ズズズズ」というこもった音と共に、空間のひずみから研究室に現れたオビト。純狐はすでに五体満足となり、最後に立っていた場所から少しも動かず待っていた。後ろの尾が蝋燭の火のように揺らめいている。

 純狐は「複雑怪奇ですね」と笑うなり、胸の前から黄土色の光線を予備動作もなしに射出する。激しい閃光がオビトを射貫かんと狙うも、体の前に渦巻いた神威空間への出入り口に丸呑みにされて跡形もなく失せ、二人が居る研究室を消し飛ばし損ねた。

 勢いが終息すると同時に、オビトの姿は再び渦に巻かれ消えた。

 

 目を開けて映った景色は薄暗い異空間ではなく、月明かりが下りる青白い竹林。どこを見渡しても竹ばかりの同じ景色で判りにくいが、永遠亭からは遠く離れている。

 生ぬるい風が強まる。間もなく地面から影のように浮いて現れた純狐。尊大な表情は変わらない。神奈子とは違い見下したような目つきで見ている。

 

「何を投げようが同じだ。あんなもの何百と撃とうがオレは殺れん」

 

 純狐の攻撃は目視のみでも大よその威力が計測できる程度の、判りやすく莫大な破壊力を持っていた。周辺一帯の竹林を消し飛ばすのはもちろん、余波だけでも相当な被害を及ぼしただろう。だが威力や規模、速度や距離などあらゆる部分が飛び抜けようと、神威の実体分離による回避の前では等しく無力。純狐が『幻想郷』の端から端まで巻き込み破壊し尽くす、尾獣以上の途轍もない規模の攻撃を束にして放てるとしても、その辺の妖精が投げる光弾一発と大して違いはない。

 現実空間とは隔絶された別世界であり、無限の広さを誇る神威空間を呑み込む力など存在しない。

 

「私の目が盲いたのかな? 同じには見えなかったがね」

 

 万華鏡を通して冷静に観察するオビト。純狐は緊張感がなく呑気に欠伸している。

 別空間に干渉する神威やスキマに類する能力を持つのか、先ほど純狐は気配も音もなく突如として鈴仙の傍に出現した。あの異常な再生能力と合わせて、純狐の行きすぎた人外っぷりが嫌でも解る。

――自由に空間同士を行き来でき、神出鬼没とされる紫のような者は例外として、本来なら生物の接近に気づかぬはずはない。感知タイプと呼ばれる感知能力に特化した忍には及ばないが、ある程度の範囲内であればチャクラを感知できる。それが叶わなかったのは何故か――感知すべきチャクラを今の純狐にすら感じないからに他ならない。

 この純狐はレミリアや紫、神奈子とも符合しない。直に相対しても何の力も感じないのだ。

 

「……お前は奴らを追うと踏んでいた。大事な駒の月人を回収するのに、あの場に現れたのではなかったのか?」

「そのつもりだったよ。月の頭脳は優秀である。仕方なかろう、誰かさんが対象の兎ごと、その眼で博麗の神代まで飛ばしたのですから」

 

 統一感のない奇妙な口調で、純狐は愉快げに言葉を並べている。

 

「けれどもご安心ください。あいつは隠れるのは割と結構そこそこ上手いがね、それは奴が奴足りえる奴であった場合に限られる。あの蓬莱人は銀河のいずこに居ても鬼に成り続ける。腐り果てても未来永劫そのままよ」

 

 濃霧で先を見通せない竹林の奥へ目を向ける。純狐の自信がハッタリでなければ、博麗神社に居るはずの永琳はすでに。

 確かめる必要はあるが、眼前に迫る脅威を放って逃げる選択肢など存在しない。可能なら捕縛して情報を吐き出させるか、叶わぬなら始末するしか道はない。無傷で神社へ帰還できるとは考えまい。

 

 静かに開かれる万華鏡の赤い眼。踏み込む前に沈黙を余儀なくされた純狐。紅色のチャクラをまとった細長い物体が二本、背後に渦巻き口を開けた時空の歪から飛び出したのだ。死角から突然に放たれた攻撃を避けられる道理はなく、無防備な背中に打ち込まれる。館でレミリアに使用した物と同じ種類の杭で、対象の動きを封じ込める呪印が刻まれている。後端の穴には赤色のチャクラで模られた鎖が通り、純狐の体を縛り上げ拘束した。

 不気味に笑んだまま何も感じない様子で、純狐は次の手を準備するオビトを眺めている。

 

「視えない的当てですか。便利な眼ですね」

「『対象』と言ったが」オビトは純狐の視線を捉える。「アレはどういう意味だ」

「解りやすい言葉を選んだつもりだがね。そのままの意味ですよ。仕留める方が好いから、兎をそう見なしたのです」

「……本命以外も容赦なしか」

「我々の存在を他の者に感づかせるおそれは、愚鈍な臆病者にも僅かながらありましたので。もはやその必要性すら失った、取るに足らない生命体に成り下がったがね」

「お前は『奴』の仲間か?」

 

 傲慢に塗れた甲高い声が竹林の中に響き渡る。判り切った疑問を投げかけたからか、心底愉快そうに笑っている。自分を捕らえた呪印の杭など意にも介さず、縛りを強められても表情を崩さない。

 

「そう怖い顔をするな。考えている通りで結構ですよ。見据えるものが同じだけね」

「ありがたい」対照的な表情のオビト。「これまでも何度か手間は省いたが――いずれも今ほどではない。お前を捕らえさえすれば、奴を滅ぼす手がかりが得られるのだからな」

「あるいは目的の物を手にする前に、その穢れごと夢潰えるかもしれませんがね。あの時のように」

「息の根を止められたらの――話だがな」

 

 純狐は首を傾げる。話を理解できない子供のように。印を結んだオビトは右眼に渦を形成する。

 

「――火遁! 龍炎放歌の術!」龍の頭を模った炎が牙を向き、咆哮を上げて純狐に襲いかかる。神威の旋風で勢いを増した四つの頭は身動きの取れない純狐を四方より呑み込み、爆発的に広がった炎が、周囲の竹の群を巻き込み高々と燃え上がった。火遁を得意とする木ノ葉のうちは一族が好んで使用する、豪龍火の上位互換に位置する汎用性の高い術だ。

 

 本当の意味での未知の敵とは、純狐のような底知れない者を言うのだろう。幻想郷は元より地底界や地獄界など、異界の住民をも事細かに記録した『幻想郷縁起』には、純狐に関する情報は何一つ記されていなかった。その存在を匂わせる文章や単語すらも。何世代にも亘り膨大な情報を編纂する阿求でさえ把握していない輩。此方の情報を握るであろう純狐に対して不利な状況なのは否めない。しかし辛うじて現時点でも、彼女の異能についてはいくつか判明している。

 千手柱間以上の異常な生命力。体を真っ二つにしても生存するのみならず、にかわか何かで接着するように体を簡単に繋げてみせた。吸血鬼として驚異的な回復と再生能力を見せたレミリアも大概だが、純狐はパーツをはめ直すようにあっさりと体勢を立て直した。ほとんど時間をかけず、顔色一つ変えずに。

 もう一つは空間操作。感知を完全にすり抜けて急に姿を見せたことから、感知能力の及ばない場所から現れたようにも思えた。印やマーキングを使用した時空間系統の術や口寄せの類も考えたが、研究室や傍に居た鈴仙にも、それらしい痕跡は欠片も見つからなかった。万華鏡の幻術が通用せず、感知すべきチャクラすら本人から感じられず、挙句は不死性をも疑うほどの異質な輩が、目印を利用した判りやすい手段を講じるだろうか。

 

 純狐の正体はほとんど視通せないが、空間やチャクラ云々よりは幾分か判りやすい『異常』は一つある。あの化け物染みた回復力にはカラクリがあるはずだ。

 忍界の常識を当てはめるなら陽遁、つまりは医療忍術。それにより患部を修復するためには、傷の状態にもよるが、通常は生き物のエネルギーの源であるチャクラを使う。患部をチャクラで覆い、細胞を活性化させて分裂と再生を促進、緻密なチャクラコントロールで慎重に治療を行っていく。上下半身が切り裂かれ、集中力やチャクラが著しく不安定な容態で、半身や五体が千切れるような瀕死の大怪我など治せるはずがない。ましてやあのような方法で。だが純狐に常識など当てはまらない。

 忍界で言う『万物創造』に類する力と見なしても不自然ではない。無から形を作り出す陰遁、形あるものに命を吹き込む陽遁を組み合わせた陰陽遁。これ自体は医療忍術の他、結界や封印術など、五大性質以外の力を指す言葉に過ぎないが、それら七つをベースに特別な陰陽のチャクラを加えた力は、血継網羅と呼ばれる六道の陰陽遁となる。欠損して失われた体の部位を、己の細胞をベースに陰の力で新たに創造し、陽の力により生命を与えることで完全な体の一部として機能させる――通常の医療忍術の比ではなく、百パーセント漏れなく元通りとなる。

 

(常識などもはや……)

 

 言わずもがな、ここは忍界ではない。境界操作やら蓬莱人やらが存在する幻想郷である。忍界でないなら向こうにとっての『常識』は通用しない。向こうにとっての『非常識』しか通用しない。この世界の常識に身も心も染まり切ったのなら、六道の陰陽遁すら何の負担もなく軽々と使用できる輩が現れても、今さら驚く資格などありはしない。デタラメな力と呆れる程度なら許されるかもしれないが。

 しかしデタラメでこそあれ、完全無欠の物とまでは見なせない。『能力』という物が術者の頭により制御されるのは幻想郷でも変わらない。そういった場所に干渉できる楔を打ち込めば、あの厄介な力にも付け入る隙は生まれる。

 

 最も理解が届かないのは、正真正銘の生き物である純狐の体から、チャクラそのものが感じられないこと。それだけは考えを巡らせても解らない。

 

「危うく黒焦げになるとこだったぞ、こやつめ」

 

 煙の中から現れた純狐。まともに喰らったようで両腕に火傷を負っているが、表情は相変わらず余裕を保っている。喰らった本人が言うように、並の生物なら黒焦げになる火力だ。

 この期に及んで加減などしていない。純狐ただ一人を捕捉し逃げ場を潰すために数と範囲と火力で同時に攻めた。そんな中で軽い火傷程度に抑えた純狐なる輩。苦しみもせず興味深げに自分の腕を眺めた後、一呼吸置いてから息をそっと吹きかけ――その火傷すら瞬く間に消し去り、元の綺麗な白い肌に戻してみせた。これで完全に化け物確定である。

 

「ではでは。交代だ」

 

 純狐は傷を簡単に治し終えると、体を拘束する枷の鎖を当たり前のように引き千切り、楽しげな表情で鼻歌交じりに地面を蹴る。杭の効力を無視するという離れ業をもさらっと披露したのだ。

 伸ばした尾を硬質化させて剣のように振るう。直撃したのは地面の土。神威の実体分離で実体を時空間へ転送し、霊体のみを残して行うすり抜けである。「ソォラァ!」という無駄に気合を込めた掛け声と共に何度も振り下ろす純狐だが、霊体に物理的な接触が通らないのは自明の理。オビトは写輪眼の基本能力の一つ、洞察眼で動作の隙を瞬時に見切り、振り上げたままで隙だらけの純狐の体を回し蹴りで打った。直撃した純狐は吹き飛ばされる。

 間髪容れず右眼の渦から複数の杭が射出され、中型の物は胸部と腹部、小型の物は額と首元に打ち込まれた。振り払おうと身動きされる前に全ての杭の後端からチャクラの鎖が飛び出すと、今度はとぐろを巻いた蛇のように多重に拘束し、純狐の全身は赤色の光に包まれた。詳細な能力こそ判明せずとも、相手を化け物認定したオビトには想定の範囲内だった。

 

 静かに歩み寄るオビトの前で、膝を着いて頭を垂れる純狐。杭の拘束力が増大し鈍い光を放っている。念を入れてさらに呪印の縛りを上げると、純狐は小さく呻いた。全ての尾獣を収めて制御する外道魔像の鎖に極めて近しい物だ。

 

「くだらん芝居の台詞を考える暇があったら、奴の居場所を吐いたらどうだ。早急に事を済ませたいんでな」

 

 縛りをここまで強めてもなお、苦痛など毛の先ほども感じてはいない。純狐は遊び感覚で一芝居打ったに過ぎない。それでも体内の血管や神経を通り、杭を介したチャクラを心臓と脳に送り込まれ、疾うに動ける状態ではない。最も得意で強力な手札が純狐相手に有効打にならないとはいえ、捕縛は完了したも同然だ。

 

「吐かんならそれでもいい。このまま処理するだけだ――」

 

 純狐はなおも俯いたまま、小さな声で「月の都」と呟いた。

 察したように空を仰ぐオビト。十尾の瞳を幻視した星の光が煌々と竹林を照らしている。

 

「結界に囲まれた月面の大国……ヤツはそこへ入り込んだってのか」

「月の都」

 

 陶酔染みた艶かしい声色で、独り言のように復唱する純狐。

 

「憎い。永久不変の罪人風情、アイツが憎い。面白いほどに」

「……奴は、黒ゼツはどこに居る? 答えろ」

「傲岸不遜な有象無象共が遍く無に帰することこそ……この歩みを妨げる者が居るのなら、我が威光をもって森羅万象すら一片も残さず打ち滅ぼして見せよう」

 

 ゆっくりと顔を上げた純狐の表情は、形容できない色に塗れている。

 尾を振り下ろしたのは先ほどと変わらない。対して慎重に帰したオビトは実体分離と同時に、不要なはずの回避を行うために地面を蹴った。肩を刺す鋭い痛みが走ったのは、その瞬間だった。左肩の部分が破れて赤く染まっている。

 体を封じた上、油断も隙も生じようがなかった。神威の瞳術は発動していた。紫と同じ理屈で干渉を行ったとでもいうのか。

 

「なかなか」純狐は冷笑する。「興味深いよ、マダラ。というよりオビト君か」

「見えてきたな……」オビトは肩を押さえている。「誰から聞いたかは想像がつく……どこまで知っている?」

「最も呪われた血族の生き残りであり、憎悪に憑かれ堕ちた哀れな迷い子。凄惨な争いの首謀者として災禍の化身を利用し、陰なる魂と組んで地上の全てを掌握せんと図った大罪人――そんなあなたの瞳力とて視えている。この結果に落ち着くのも当然の理」

 

 両腕を広げて指導者のように言葉を続ける。民衆への語りかけと見るより独り言も同然の口調で。

 

「翼をもがれし鳶よ。安寧の地を踏みにじらんとする逸れ者を前に、お前はどう羽ばたくというのだ」

「お前が無意味な遊びに耽り、手札を隠し持つのは判っていた。いったい何者だ……見抜いただけじゃ対抗できる理由にはならん。ましてや雑な手段でオレに傷を負わせるなど……」

「何が雑なものか」純狐は怒ったように喋る。「私は誇り高き仙霊であるぞ。人間でも妖怪でもない。かといって生物でもなければ、霊体ともまた違った存在だがね。人でしかない者の常識は悉く崩れ去るであろう。試しにそうですね、命をとって差し上げましょうか?」

 

 ふわり。と、風が吹いた瞬間。体を拘束していた杭が次々と砕け散った。一瞬で自由を得た純狐はオビトの反応速度を超えて接近し、無防備な腹部に拳で一撃を加える――代わりにそっと指先を当てた。神威の効力により腕が沈み込んでいく。

――不意に咽返ったオビト。口元から一筋の血が伝う。音もなく滴り落ちて、地面を赤く濡らしていく。純狐の魅入るような赤い瞳が淡く輝いた。

 

「何も感じさせない。ソレが本当の強さです」純狐が耳元で囁く。「……残念なことに全て筒抜け。何故ならこちらには、お前たちの世界を黒々と染めた俗物がいる」

「黒、ゼツ」オビトの表情が歪む。「だが……それだけじゃ」

「そう。気だるさを我慢して、わざわざ腰を上げたのは何故? 人任せでは何も変わらないからよ」

「空間操作……実体の通り道を辿って、干渉を……厄介なのは紫と同じか」

「同じではないぞ」純狐は優しく言った。「あやつとは月とスッポンだ。この結果は些細な副産物にすぎない。私の最たるもの――ソレは月人や蓬莱人をも打ち殺し、無に至らしめる『神』の伊吹である」

 

 身動きの取れないオビトの脳裏に、血に塗れたかつての忌まわしい記憶が蘇る。

 空に浮かんだ月は赤く染まり、頭部に単眼を宿す巨体が大地を踏み鳴らし、天に向かって咆哮を上げ続けている。違う。あんなモノは神ではない――。

 血溜まりが広がっていく。体を巡る痛みは時間が経つにつれ増していく。純狐の手が腹部から引き抜かれると、瞳に宿っていた万華鏡が解術され、元の黒色に戻った。

 

「素敵な眼をしたあなたに褒美を与えよう。この私を知るための言霊をね」

 

 純狐は人差し指を立て、穏やかな表情でにっこりと笑う。

 地面に膝を着けず、中腰で足元を睨むオビト。

 

「元より真に純粋なモノなんて、この世には存在しない。モノをそのモノ足らしめる要素が絡み合わなければ、そこにモノは存在しないし、それは全く別のモノとしてしか存在できない。絡み合った要素を解き解して、別の要素を純粋に広げていけば……そのモノの本質が露となり、最も単純なモノが生まれる。あなたとて例外ではないわ」

 

 純粋。本質。混じり気のない一つのもの。先ほど神威を無効化した純狐の尾を思い返す。

 

 神威という瞳術はそもそも、術者の先天的なチャクラはもちろん、修行の末に得た後天的なもの、失意のうちに得たもの、親しき者の死を体感して得たもの――異なるいくつものチャクラの性質体が、言うなら糸のように絡み合い成り立っている。つまりその内の一つでも欠如し、互いを支え合うチャクラ同士の均衡が乱れ不安定さが生じれば、神威という瞳術を形作るための前提が崩れ、術そのものが成立しない。

 純狐の言う通り、仮に不純物を排する形でこれらの要素を解き解し、残る一つの要素を文字通り『純化』して、純度を極限まで高める力を有しているのだとすれば。

 

「馬鹿な――…」

 

 本当に『単純』で『簡単』な、誰にでも考えが届く解釈だ。なればこそ脅威となる。どこを見ても脅威にしかなり得ない。そんなふざけた真似ができるのなら、敵を倒すのに際して術や技を使い戦う必要などなくなる。

 戦いそのものを根底からひっくり返す力。一目見ただけで六道の陰陽遁などが頭をよぎる輩なだけはある。

 

「オレの瞳力を……不出来なチャクラの流れに変えたってのか。イヤ……純度を操作したって話なら、満たした、の方が正確だろうが……」

 

 純化に際してただ一つの要素を残して、他の部分を全て不純物として排する。思い通りの流れに運ぶには穴埋めが必要だ。その過程がリスクかあるいは長所にすらなり得るかまでは視えないが。

 

「おやまあ、賢い人間だこと」純狐が笑顔で拍手する。「この私が直々に褒めて遣わそう! 賞品は何がいいかしら? 柔らかに強かに抱擁して、その痛みを癒しましょうか?」

 

 上機嫌な純狐は滑らかな動作で近寄ると、微動だにしないオビトを抱きしめようとしたが、両腕は体をすり抜け空を切ってしまった。純狐は前屈みでよろめいてしまう。

 

「怖ろしいのかな? 月人風情の巣窟に遥々赴いたのは、あなたも予想した通り……蓬莱の大罪人を回収するのに少しね。それ以外の命に触れる気はないわ。儚き命をもらっても、満たされるものはないですからね!」

 

 純狐はしばらく物思いに耽っていたが、ふと思いついたように「名案だな」と言い放ち、優しげな目でオビトを見下ろした。

 

「トビよ。この私に協力し、奴らを穢しに行く気があるだろう? あなたなら私にも利をもたらす! 奴らを滅ぼした暁には、神たる私がどんな願いも叶えよう。大切な友に再会するのも、愛する者を生き返らせるのも――」

「舐めるな」

 

 オビトはすでに印を結んでいた。五本指の先にチャクラを点火させ、純狐が動作する前に勢いよく地面へ突き刺し、そして叫ぶ。

 

「うちは――火炎陣ッ!!」

 

 視界を染める真っ赤な閃光。純狐が察知して地面を蹴った瞬間だった。

 劫火をまといし巨大な壁が四方の竹林を焼き尽くし、空の雲を消し飛ばして天高くそびえ立つ。

 外部からの干渉を拒絶する結界は、純狐と術者を決別させ隙間なく隔てた。

 遠方からでも形状が明瞭に映るほどで、紅蓮に染まりし巨塔は地上の夜に赤い影を落とした。

 

 うちは一族に代々伝わる秘伝の結界忍術。外敵の侵入を許さず、かつての戦いでは外道魔像をも護り抜いた不可侵の領域。その堅牢さと規模は術者のチャクラに依存し、小さな家屋から壮大な城を覆う代物にも自在に変わる。

 己自身を外部より隔離させ、忌々しい干渉の一切を断つことも――。

 

(…………)

 

 外界の音は聞こえない。燃え盛る結界の内部で、血溜まりの上に独り立ち尽くしていた。

 純狐――仙霊と名乗ったが、思い当たる種族はない。元より桁外れな者の多い幻想郷に純狐のような輩まで、今度はハッキリと非友好的な形で出遭う結果となった。

 今回の騒動で有益な情報は得られたものの、状況は悪化する方向で落ち着いた。

 

 周辺は静寂に包まれている。捕らえるか始末するはずだった純狐を取り逃がし、おそらくは鈴仙の元から永琳が消えた。月人を回収して自ずと戦意を喪失し、今頃は根城にでも戻っている頃だろうか。

 頼りない言葉しか出てこないのは、純狐からチャクラを感じなかったからだ。忍界ではもちろん、紫やレミリアのような強者だからこそ、理解するか如何にかかわらず、チャクラだけは感知でき把握できていた。純狐はこれまでの者とは明らかに別格。

 足元の血溜まりが波打つ。顔を上げたオビトは、先ほどの純狐の言葉を思い返した。

 

(ヤツは足跡を残した……)

 

 月人。月の都。憎悪。黒。純狐の言葉こそ最大の手がかり。失ったものは大きいが、埋め合わせが望めぬわけではない。もはや紫に会う必要もないだろう。

 純狐を利用して敵の本拠地に乗り込み、今度こそ決着をつければ全て終わる。

 

 右半身を蝕む特異な細胞が行動を急くように、純化された傷口を段々と治癒させていく。僅かに損傷した臓器の方は時間を要するが、肩の傷は塞がり出血は治まっている。口頭では殺意を否定していた純狐だが、この高い回復力を持つ細胞がなければ死んでいた。人間とはズレた感覚故か、どこまで耐えられるかを試したのか。

 指に力を込めると、結界を燃やしていた炎の勢いは終息し始め、四方にそびえていた壁が溶けるように消えていく。

 これほど巨大な規模であれば、遠方からでも十分に目視できチャクラも感知できる。紅魔館に置いて行った影分身も、本体のチャクラが乱れたせいで消えた頃だろう。好奇心旺盛な妖精やレミリア辺りが飛んでくる前に竹林を離れなければならない。でなければ今後こそ、鬱陶しい目が行き届くかもしれない。

 

 深い爪跡を残した迷いの竹林。この場から消えることなど、どれほど簡単なものだろうか。

 薄明るい窪地が渦状に歪んでいく様子を、オビトは黙って眺めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。