THE LAST PHANTASM -OBITO-   作:大兄貴

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二十八話 でこぼこの少女たち

 翼を羽ばたかせる音が空より現れ、レミリアは従者の咲夜と共に窪地へ降り立った。

 普段は侵入を躊躇させる濃度の霧が立ち込めている竹林だが、周辺の霧は一帯が見渡せるほど不自然に晴れている。地面には戦いの爪跡と見られる穴が所々残され、密集してそびえていたと思われる竹の群も消し飛ばされ見る影もない。不自然に荒れ果てた景色は、激しい交戦により作り出されたのだと思わせる。

 

「生意気に模様替えでもしたのかねえ。なかなかいい感じに仕上がってるじゃないか、畜生の分際で」

 

 レミリアがいつにも増して上機嫌なのは美しい月夜であるせいか。

 紅魔館の屋上で影分身を相手に剣を交えていた時。何の前触れもない分身の霧消に始まり、南西の夜空を真っ赤に染めてそびえ立った炎熱の塔。位置で言うと迷いの竹林辺り。炎が館からでも目視で確認できる大きさだったのもあるが、うちはオビトのチャクラ性質には屋上での戦い、修錬でも直に深々と触れていたため、レミリアは遠距離からでも一ミリも違わず感じ取った。咲夜を率いて赴いたのはそんなオビトが引き金である。

 

 今回の騒ぎを聞きつけた者は他にもいる。最東端の神社に居住する巫女・博麗霊夢である。元来の性格故か気だるそうに竹林を調べ回っている。

 霊夢の他はもう一人。周辺を飛び回り、大声でオビトの名を呼んでいるのは、妖怪の山を住処とする無名の少女。何故か外来人のオビトと行動を共にしていた妖精。咲夜を連れて到着した頃にはすでにこの場所にいた。図書館内で最初に異変を察知したのはパチュリーで、竹林近辺の森をたまたま漂っていた使い魔から報告を受けたようで、妖精の頼みで転移陣を持ち出し一足先に導いたという流れだ。

 この辺りはオビトのチャクラを最も強く感ずる地点。言い知れぬ不快な感覚がレミリアの眉間にしわを作っていた。他方で霊夢は祓い棒を肩に担ぐように持ち、小声でブツクサ言いながら背後を歩き回っている。

 

「私を出し抜いて飛び出すから駄目なのよ。なんでも一人でやろうとすんのがグルグルの弱点ね」

「あなたも昔はそうだったんでしょう? どうこう言えるのかしら。人のこと」

 

 愉快そうな表情でからかうレミリアに、霊夢は頭を掻きながら面倒臭そうに「うっさい」と返した。

 

「ねえ、巫女。どこに行ったんだろ? オビト」

 

 霊夢に向けられた妖精の表情は、普段の明るさとはかけ離れている。続いてため息を漏らしつつ「霊夢よ」と訂正する巫女。

 

「結構派手にやったっぽいけど、あいつアレでやる奴だし平気でしょ」

 

 空間操作系の異能持ちより、煎餅好きという印象が優位に立っていたオビト。他人に自分を重ねたり親近感を覚えたりなど、誰かを特別視したり神聖視はしない霊夢だが、馴染みの専門店の品を好んで食していた姿に悪い気はしなかったものだ。あの姿を見るだけでは強いかどうかの判別など、人里に住む半人半獣のように大した慧眼を持つ者でも易々とは見抜けまい。

 魔法の森でのやり取りでオビトの力に触れてはいたが、実際に持ち札を使って戦う場面を見たことがない霊夢は、激しい戦闘を物語る惨状を前にして初めて煎餅や瞳術のみならず、戦場において発揮される力量の方にも本当の意味で意識を向けられた。

 

「ただまあ、ひとつ。こんなに分かりやすく荒れてんのに、妖力なり魔力なり痕跡がまるで皆無ってのがねえ。普通は少なからずそういうの残るもんだけど……私にさえ感じられないってのは、ちょいと引っかかるわね」

「やっぱり――」

 

 途中まで言いかけて口をつぐんだ妖精。蝶のような薄い羽を動かすと、突如として弾けるように飛び出した。顎に手を当てて思案していた霊夢は呆気に取られたが、仕方なしに後を追いかける。

 妖精が立ち止まったのは、複数のクレーターがある辺りから僅かに逸れた場所だった。その辺りを含む広範囲に正方形の焦げ跡が見られ、窪んだ地面の中心には生々しい赤い液体が広がっている。特筆すべきはその量である。

 

「こりゃまた」霊夢は居心地悪そうに笑う。「なかなかに酷いわね。あんまし言いたくないけどさ、これどう見ても致死量にしか……私の目が腐ってなきゃだけど」

 

 紅魔館組の二人が霊夢と妖精を追って後から現れる。咲夜が背筋を伸ばして見守る中、レミリアは血溜まりの傍にしゃがみ込み、白い指先で水面を撫でた。赤く染まる指が引き抜かれると、静かに波紋が広がる。

 人差し指を舌先から口に含み、納得した様子で腰を上げる吸血鬼。

 

「あの人間の『ちゃくら』」レミリアは咲夜を振り向いた。「本人の姿や気配はどこにもない。肉片や骨すら残さず死んだのなら、こんな物が手つかずで大量に残ってるのも不自然だし。あいつは私でも掴みにくいから、やられて連れ去られたってのもないわねたぶん。どっかの誰かが逃げたもんでお得意の能力で後を追った、ってとこでしょう」

 

 高々とそびえ立った炎柱が夜空を赤く照らした時、この場にオビトが居た痕跡は血溜まり以外にも残されている他方、衝突したであろうもう一人に繋がる物は見当たらない。地面に広がる大量の血を目視するだけでも、あの人間は完全に敗れ去ったのだと誰しも思うだろう。

 然るにレミリアは違った。館の屋上での一戦、疾うに霧消した分身を通じてオビトの力に直に触れた身として、どことも知れない輩に呆気なく喰われ消えるだけの退屈な人間とは思えなかった――思うわけにはいかなかった。倒すか逃がすかした後に時空間で転移して消えたか、本当に叩き潰されて連れ去られたかは定かではないが、実際に死体をこの目で確認するまで、レミリアはオビトの死について答えを出さないことに決めた。

 なおも余裕を崩さない主人に咲夜が耳打ちする。

 

「当事者なら何か知っているのでは……」

「ん? ああ」にやりとするレミリア。「そう、一理もニ理もあるわね。どうして巫女のところに居たのかも気になるし。あいつの目が役立つかもしれないわ」

 

 爆発的に広がったチャクラを感知して竹林を目指したのは、レミリアと咲夜、霊夢や妖精の他にもう一人。周辺を歩き回る四人とは距離を置いて、放心状態なのか無言で立ち尽くしている。この惨状を作り出した竹林での衝突が発生する前に、博麗神社の境内に姿を現していた少女である。

 レミリアの接近にも動じず足元に視線を落としている。目の前で「兎!」と声を掛けられても顔を上げない。それならば力づくで吐かせようと鋭利な爪を光らせた時、霊夢が近づいてきて「やめんかい」とレミリアの頭をはたいた。

 

「元々、私が代わりに話してやるつもりだったのよ。そいつは自分ん家でグルグルと居たとこを変な金髪に襲われた上、私ん家の前でお師匠さん奪われたんだって」

「永遠亭の薬師が? いったい誰に」咲夜は冷静に聞き返す。

「ジュンコだとかそんな名前の奴。心当たりはないけど」

「ふうん。聞いたこともない」レミリアは血溜まりに目を向ける。「で、薬師の方は?」

「さあ? そっちはもっと分からないわ。兎に気づいたのは境内に妖気を感じたからで、永琳の物じゃなかったし」

「……師匠は本当に、『急』に消えたの」

「あー?」

 

 レミリアはジトッとした目で鈴仙を眺める。無言で俯いていた鈴仙が頭を上げ、血の気がない青白い顔を見せていた。霊夢は全員を見回すと一呼吸置いて口を開く。

 聞き手は妖精を含めて皆、魅入られたように聞き入った。何人かの者が周知の通り、オビトが月の都に関心を抱いていたこと。師が襲われた件で感情的になり先走って、犯人と思い込んだオビトに攻撃を加えたこと。永琳が多重の幻術に侵されていたこと。直後に純狐と名乗る人物が現れたこと。オビトが純狐から逃がすために、博麗神社まで二人を転移させたこと。

 鈴仙はその後、意識のない永琳と二人で神社の境内に居たのだが、霊夢の元へ向かう前に体が不自然に軽くなり、瞬きし終えた時には永琳は忽然と姿を消していた。霊夢が聞き出せたのはここまでだった。

 

「またしても月。いよいよ臭くなってきたわね」

 

 霊夢の話が終わるなり真っ先に口を開いたのは咲夜。レミリアの方は途中からそっぽを向いて退屈そうに聞き流していたが、ふと思いついたように従者へ視線を戻した。

 

「都の件、あなたが最初に話したのよね?」

「はい。オビトが目を覚まして――」咲夜はハッとする。「今にして思えば……オビトの体に異変が起きたのは、あの者が頭上を――月を見上げた直後だった気がします。あの後すぐに出血して、その場に倒れて……」

「異常性を疑わない方が異常ね。馬鹿なら正常ってことになるけど」

 

 不思議な力を持つ外来人、うちはオビトとの出会いから始まり、こうも短期間で見通せない出来事が立て続けに起こった。同じ外来人とも見なせる守矢の三柱が起こした過去の異変とすら符合しない。此度の件にしても無関係と結論づけて普段の日常に戻る、そんな選択肢など馬鹿馬鹿しいくらいだろう。

 

「今回の件が決定打になったかと。永遠亭の月人が連れ去られるなど前代未聞、これまでの異変とは明らかに質が違う。不透明な部分も多々ありますが、月との関連性を疑う分には足りるでしょう」

「ふふん、あれだけでは不足とも思ったけど……たしかにプンプンするわ。好みの夜なのに興覚めね」

 

 月の都の新たな侵略計画が練られたのは、元々は従者とオビトとの会話に影響されたレミリアの気紛れと暇潰しが大きかった。しかし霊夢の話を聞いた後では、今回の件と月との愉快な繋がりを否が応でも感じる。

 意識を向けざるを得ない状況を好機とばかりに、レミリアは勝ち誇った貌で振り返る。霊夢はむすっとした顔で見返した。

 

「放っておけないでしょう? 博麗の巫女としては。ねえ、かわいい霊夢?」

「あのさ。あそこに行きたいがため、とかだったらシバくわよ。あんたらにごり押されて振り回されるのヤなんだけど」

「言いがかりつけるなら、もう少し考えるのね。巫女の干物なら館のエントランスに飾るのも楽しそうだわ」

「あーそう」霊夢は適当に喋る。「ここまで分かってちゃ無関係とは――ああもう、そんなうざったい目をするな! 貸せばいいんでしょ貸せば! 推進力でもなんでも提供してやるわよ」

「第一候補に変わりなしね。せいぜい頑張って頂戴。大急ぎでね」

「上から目線は止めろっての。この性悪吸血幼生コウモリは」

 

 得意げな顔のレミリアに呆れる霊夢。二度目の月旅行は以前のような紫の策略とは関係ない、本格的な異変に備えた博麗の巫女としての調査となる。オビトや黒ゼツ、月の都との関係をはっきりと否定できず、他に手がかりもない現状では、レミリアの意向で動くのもやむなしと判断せざるを得ない。生意気な吸血鬼の言葉に従う形なのは癪だが、巫女としての職務と割り切れば耐えられる。

 ロケットは前回と同じ三段式の大筒で、航海の神様を降ろして力添えする形となる。底筒男命、中筒男命、表筒男命を総称した住吉三神。幻想郷において『神降ろし』は霊夢にのみ許された特権である。

 

「ん? ちょい待って。あの盆栽マニアは?」

 

 永琳やら月の都やらと言えば、永遠亭に居るはずの月のお姫様、蓬莱山輝夜は今どこに居るのだろうか。

 霊夢が何気なしに疑問を投げかけると、鈴仙は暗い表情で「分からない」と首を横に振る。

 

「昨日から屋敷を留守にしていて……私たちに行き先を告げないのは、いつものことなんだけど……」

「お前、そのうち死にそうね」茶々を入れるレミリア。

「うーん。巻き込まれたのかね。何をし出かそうとしてるのやら、それだけが……」

 

 悪戯好きで気紛れな幸運の白兎はともかく、鈴仙は普段から住人達と行動を共にし、永琳は純狐かその協力者に(おそらくは)連れ去られた。彼女を捕まえたのなら、同じ元月人である輝夜にも接触した可能性はある。黒幕の本拠地にでも幽閉されているのか。

 輝夜の話題に関与したのはいつの異変以来だろうか。霊夢は一人考えに耽りつつ歩き出す。

 

 

――◇◇◇

 

 

 霊夢一行は問題の現場に目を通すため、鈴仙の案内で永遠亭まで赴き、最初に純狐と遭遇した永琳の研究室に入室していた。

 

「ふうん。こんな感じなんだ」

 

――博麗の巫女は幻想郷で発生する異変の解決を担う専門家だが、異変が起きている最中にしか調査に出た試しがない。今回のように紫の言葉を受けて『防ぐため』に行動し始めるのは初めての経験だった。

 異変を含む紛争の解決には『弾幕ごっこ』と呼ばれる幻想郷特有の勝負ごとを用いる。あらかじめ決められたルールに従い、互いに弾幕を撃ち合い美しさを競う。勝者こそ正義であり、敗者は負け犬として、勝者の命令を未練なく叶えねばならない。本来なら当該ルールの下に異変を終息させる。霊夢はこれまで数々の黒幕達と弾幕勝負を繰り広げては勝利をもぎ取り解決に導いてきた。

 決められたルールの下で。双方の合意の下で。互いに納得づくで行われる遊戯。黒幕達がごっこ遊びでの紛争解決を承諾したからこそである。外来人や外来妖怪が漏れなく郷に入っては郷に従う、律儀で話の分かる連中である保証はどこにもない。此度のように力ずくという手段で、吸血鬼異変を思い起こさせる古臭い旧方式で臨まねばならない場合もあるだろう。

 

「駄目だ……邪魔されてる。師匠が連れ去られたのと関係が……」

 

 現時点での手がかりはオビトと消えた永琳、おそらくは輝夜。月人が絡むなら事前に向こうの動きを把握する方が有利に立ち回れると考えて、鈴仙は都に住む旧友達と連絡をつけようとした。地上に亡命した現在でも、都とは今日まで内密なやり取りを行っている。しかし何度試みても無駄だった。覚えのない波長の干渉により、月との交信が妨害を受けたのだ。他ならぬ鈴仙が驚愕した理由である。

 鈴仙の師である永琳は、都の一部の有力者達と今もなお親しい関係にある。永遠亭に住む唯一の玉兎である鈴仙には、交信記録が残らず漏洩もしない専用の通信回線が、その者達による計らいで与えられている。永琳を含むごく一部の者以外には知り得ず、鈴仙本人も許可された範囲内でなら自由に利用できる。先の誘拐の件で純狐達の手が回り、都とを繋ぐ連絡手段が妨害、もしくは完全に遮断された可能性は高い。

 

「……何もなし、か。どーしたもんかねえ」

 

 祓い棒の先を指で弄る霊夢。月人を連れ去るような規格外の連中に痕跡など期待するだけ無駄だったのか。研究室は粗方調べ回ったものの、残っていたのはオビトの物と思われる四方手裏剣やクナイなどで、襲撃者や黒ゼツと結びつく有力な手がかりは欠片も得られなかった。

 気になるのは鈴仙が遭遇した純狐なる者。阿求の幻想郷縁起にも未記載の人物となると、幻想郷を隅から隅まで知り尽くし、いくつかの異界にも精通する八雲紫を見つけて吐かせる他ないが、神社での会話を最後に行方が判らない。

 あの妖怪の住処は誰も見たことがない。噂では幻想郷とは別の場所に存在するとされる。直属の式神に尋ねても教えてなどもらえない。余程の事態が起こらない限りは滅多に姿を見せず、表にすら出てこない超がつく出不精である上、空間を弄り時や場所を問わず姿を現せる面倒な能力まで持っている。おまけに用がある時に限って会えないのに、用のない時には謀ったように現れる。神出鬼没と聞けば万場一致で本人を指すくらい探しようがなく、向こうからの接触を待つしか手はない。

 

「してお嬢様、いかがいたしましょう」

 

 手がかりを捜索する霊夢達を眺めながら咲夜は冷静に尋ねる。レミリアは誰を手伝うでもなく、壁際に置かれた椅子に腰かけ脚を組んでいる。紅魔館は此度の計画において一時的な協力関係にあるだけで、博麗の巫女とは一緒に行動したりする仲ではない。これは他の住民達に対しても言えること。

 

「月ね」レミリアは不敵に笑う。「ロケットの完成を急がねばなるまい。準備ができ次第出発、奴らの根城へ乗り込む。今回は一日以内には到着したいから、全速力で漕がなきゃ駄目よ。覚悟しておくのね」

「はあ?」霊夢が振り向いた。「無理に決まってんでしょ。全速力だの覚悟云々で解決するなら苦労しないっての」

 

 パチュリーの魔術と住吉三神を擁するロケットは外界の物とは大きく異なる。向こうの物より遥かに速く頑丈ではあるが、たった一日で到着するなど鴉天狗の脚と翼でも不可能だろう。おそらくは。

 霊夢は最高に現実的な物言いをするも、レミリアは心外とでも言いたげだ。

 

「我々だけならね。そのための神でしょう? 人知を超えない神なんて凡庸な役立たず。信仰に飢えた亡者よ」

「……おそれ多い奴ね。地獄に落ちるわよ」

 

 神様を平然とボロクソに貶すとは腐っても悪魔である。東風谷早苗の前で口に出せば怒号と弾幕が飛ぶだろう。好意的で称賛に値する発言や態度などとは思うまいが、霊夢は早苗ほど巫女の立場に思い入れやこだわりは持たない。

 

「あともう一つ。披露式典だのはなしだからね今回は。旅行じゃないんだし、そんな暇もないんだから。ていうか面倒だし」

「つまらないわねえ」

 

 霊夢がそう付け加えると、レミリアは退屈そうな貌で息を吐いた。

 以前にロケットを完成させた時は、数多くの人妖達を紅魔館に招いてお祝いパーティーを開いた。完成を記念する豪華な式典、もとい月の都の侵略計画を祝い鼓舞する会を。妖怪の山に住む天狗や雛人形、辺境の花畑に入り浸る元花精すら参加するなど、仲間意識の強い輩も孤高の独立体も入り混じる凄まじい光景が見られたものだ。今件とは別の企みで振り回されても困る。

 

「…………」

 

 異変の解決者として為せること。何かを守るなど柄ではないが、日の当たる暖かな縁側でお茶を飲んで過ごす、ささやかで平和な暮らしを奪う不埒者が居るなら捨て置けない。都中を暴れ回ってでも確実に滅ぼして阻止せねばなるまい。

 もう一つ気になるのは外来人のオビト。異様な赤い瞳を宿した煎餅好きの人間で、行方が知れないのは紫と同じである。対黒ゼツで目的が共通する上、本当にその黒ゼツと同じ世界からやってきたのなら、博麗の巫女として無視はできない。だが現実空間を介さない特殊な転移能力の前では、オビトもまた神出鬼没と言わざるを得ない。

 霊夢は事務机に座り込む妖精に「あんた」と声をかけた。この妖精は詳しい理由こそ不明ながら、最近までオビトと行動を共にしていたのだ。妖精は霊夢が近づくと顔を上げる。

 

「あいつのこと、もっと詳しく知らないの? 些細なことでもいいから」

「……役には立てないと思う。ごめん」

「らしくないわね。うちに来た時はなんか、割と打ち解けてるように見えたけど。気のせいだった?」

「はっきり分からなくて」妖精は首を横に振る。「ああ見えてオビト、親しみやすい感じなんだけど。なんていうか、口調とか雰囲気とは別に……線を引いてるっていうか、いつも壁があるような、本心を見せない奴なの」

「まあ、距離を置いてる感じはね。あるっちゃあるけど」

 

 霊夢は顎に手を当てる。他人の内面に容赦なく土足でズカズカと踏み込み、隠しごとを丸裸にして白日の下に曝せるどこぞの覚妖怪なら、妖精の疑問など忽ち消し去るかもしれない。

 幻想郷の住民か外来人かは関係なく、個人と心の距離を縮めたり、仲を深めようとはしない霊夢には、自ら距離を置こうとする者の真意など手に取れない。興味関心がなければ知ろうとも考えないだろう。それでも生まれついての直感力は、妖精が紡いだ言葉を否定的には見なかった。どこか的を射ている物言いには違いないと。

 

「常に殺気立った危ない巫女が近くに居るんじゃあね。この私ですら呆れるくらいの気迫だもの」

「そんなメンドーなもん、立ててたまるかっての」

 

 マイペースなレミリアに鋭く言い返す霊夢。妖精は二人を余所に薄暗い天井を見上げる。

 

 自然、とりわけ森の花や草木は、人の心を映す鏡のようなもの。森林浴という言葉があるように、自然に触れて深緑の香りが心身を満たすと、人は心地のよさを感じる。自然の権化である花精はそれを通して、心を手に取るとまでは言えずとも、ぼんやりと感じることはできる。行動を共にする中で少しだけ触れたオビトの心は――途方もない深遠の黒で覆い隠されていた。

――オビトはありふれた外来人ではない。他の者も内心思っているかもしれないが、それは妖精もオビト本人を欺く形で気づいていた。単なる力の強弱とか、容姿の割に口調が堅苦しいとか煎餅とか、誰の気にも止まる表面的な部分ではない。これまで一緒に居たオビトからは、別の人物が皮を被り潜んでいるかのような、上手くは言い表せない違和感を、妖精は本能的に覚えていた。先の血溜まりが脳裏に張りついて離れない。

 妖精や鈴仙が黙り込む中、室内を粗方調べ終えると手を止めて、霊夢は全員を見回した。

 

「さてと」お祓い棒を腰に戻す。「――ここら辺りで解散。分かってると思うけど、先延ばしにするって意味じゃないから。大筒が完成するまで各自自由。完成したらそいつん家に集合して、行ける奴で行く流れ。面倒だけどそんな感じでよろしく」

 

 無言で窓の外に目を向けるレミリア。悪くない月夜の舞台ながら、竹林に下りる月明かりは好ましく映らない。

 

「……まあいいわ。帰るわよ、咲夜」

「かしこまりました」

「そこの小妖精も」レミリアは扉の付近で振り返る。「どうせ行く当てもないでしょう?」

「え……わたしも? いいの?」

 

 遠慮がちに訊き返した妖精に、咲夜は主人に代わり「メイドたちと上手くやってるみたいだしね」と返す。

 レミリアの提案に妖精が困惑したのは、成り行きで妖精メイドとして紅魔館に在籍しているとはいえ、少し前までは敵対関係に置かれていたからに他ならず。現在も共通の目的を持つだけで打ち解けたわけではない。レミリアとしてもオビトの息のかかる者を連れ帰らない理由はなかった。

 ちなみに館内は咲夜やパチュリーの手で空間が拡張されているため、掌大の妖精どころかオビトのような大人が何百人、何千人と暮らせるくらい広さに余裕がありすぎる。それでいて紅魔館やこの永遠亭の専売特許でもない。幻想郷という非常識な世界は文字通り『広い』のだ。

 

「そ、そうね……」

 

 容貌は幼いながら大人びた雰囲気の吸血鬼。彼女とて元々は館ごと外から越してきた外来妖怪、山の天狗とは違い排外主義を掲げるわけでもない。他種族を差別なく受け入れる点で、排他的な妖怪達とは一線を画す。

 数多の妖を束ねし者、寛大なる心をもって受け入れるべし。もっともレミリアには気まぐれな部分も多いが。

 

「アリガト。えっと――」

「お嬢様とお呼びなさい。一応は館のメイドなんだから。堅苦しさは要らないけど、畏れ敬う気持ちを忘れずにね」

「よく言うわ」霊夢は鈴仙に向き直る。「で、あんただけど。ここは居辛いだろうし、全部終わるまでは私のとこに置いてあげる。他にも聞きたいことあるし」

「え?」不意を突かれた様子の鈴仙。「……あ、うん、ありがとう。それじゃお言葉に甘えて、お世話になるわね。少しの間だけ」

「兎、覚悟を決めときなさい。その人間は扱き使うらしいから。毛並みがボロ雑巾程度に劣化するくらいには」

 

 からかうように残して踵を返すレミリアに、霊夢は「はあ?」と呆れたように声を上げる。

 

「そんなん言うなら、あんたも気をつけときなさいよ。そいつんとこは薄給のくせにスパルタだから高確率で鬱になるってさ」

「――なんですってェ?」

「あァん?」

 

 何かを咳払いで誤魔化した咲夜。至近距離でいがみ合う、血の気の多い霊夢とレミリアを見て、鈴仙と妖精は揃って顔を見合わせる。

 未曾有の相手でも普段通りに振る舞う。そのマイペースこそが幻想郷らしさであり強みでもあるのだ。

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