THE LAST PHANTASM -OBITO-   作:大兄貴

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三話 博麗神社

 忍界に災厄と破壊を巻き起こした第四次忍界大戦の最中、うずまきナルトや春野サクラと共に入り込んだ大筒木カグヤの異空間。いついかなる時でも場所や状況を問わず、身近にも遠方にもどこにでも存在する。頭のすぐ後ろに口を開いても不思議ではない。

 荒れ狂う氷雪、煮えたぎる溶岩を始めとする大自然の脅威、体を圧し潰す超重力を生む未知の現象。それらを容易く、瞬く間に再現する神の姿は記憶に深々と刻まれて消えない。命潰えた者の最期にしても。

 

 オビトが目覚めた場所は運悪く、道なき道を徹底的にかき分けて踏み入らなければ辿り着けない、『妖怪の山』の奥の奥地に鬱蒼と広がる深い森。誰も来ないような山中だった。

 妖怪の山は途轍もない規模を誇る巨大な山岳地帯。幻想郷のどの地点から眺望しても、遠目に薄っすらと小さな影が拝めるほどだ。徒歩でも駆け足でも全力疾走でも、山を越えるには早くても数時間以上、下手をすると数日は費やす破目になる。人里や辺境に在る博麗神社から見ても途方もない距離だ。

 それはありふれた人間の身体能力を基準とした場合である。道なき道などお構いなし、忍として人並外れた足腰や体力を持つオビトは、案内役の妖精を適当に掴まらせて跳び進み、長く狭い獣道も途中の参拝道も悉く無視しながら、あっという間に下山してしまった。

 

 長い道のりを休まず走り続けて人里の付近を通ったオビトだが、休憩を要するほど疲労は蓄積されず、他の用も特になく寄り道や遠回りの必要性を片っ端から否定し尽くした結果、『外来人』の身でありながら『人間の里』に立ち寄ることなく外の森を経由、月明かりの下りる『妖怪山道』に早くも踏み入り、まだ見ぬ神社への薄明るい砂利道を踏んでいた。幻想郷の人間、とりわけ外来人にとって他のどこより安全地帯で、安息の地である里に到達する前に死して終わるという、大半の外来人を待ち受ける普遍的で残酷な呆気ない結末を回避した稀有な一人に、何気に名を連ねたにもかかわらず。

 その道中でオビトは奇妙な人物に出遭った。遭遇のみなら無視して通り過ぎる選択肢もあろう。別の用事や目的があるなら相手取る必要はない。妖しい月光で青白く照らされた姿が嬉々として道を塞いだのだ。

 

「げっ、ミスティア・ローレライ! タイミング最悪……」

 

 人ならざる者を映した妖精が恐々とする。鳥か虫か判りにくい人外の羽、異形の耳や異常に長い爪、羽飾り付きの帽子を被る少女は、赤茶色に光る目と口元の笑みを隠そうともしない。視認だけでも人間ではないと察する容姿で、獲物を前にする捕食者のような表情だ。

 

「ミスティア……お前の言う『妖怪』か。忙しい時に遭うもんだ」

 

 幻想郷に蔓延る生命体が妖怪と呼ばれていることを、オビトは道中で妖精から教えられた上、警告の意味を込めて念まで押されていた。

 外見は人間と遜色ない部分が大半を占めるが、ああ見えて立派な妖怪で、忍界には存在しない生き物である。非人間的な特徴が肉体に視られる点で似通った例を挙げるなら、人型のままで尾獣化した人柱力のほか、異常な知識欲と研究欲に憑かれた輩の悍ましい実験により、獣の体や遺伝子を植え付けられて異形と成り果てた者の姿を連想させる。判りやすい見た目に当てはめるなら後者が近しい。

 広く知れ渡った常識として、曰く獣の姿をした化け物も、少女の身なりをした妖怪も、多くが凶暴で好戦的な性質を持つ。人間が――中でも外来人が襲われる被害が相次いでいる。外から入り込んだ人間のほとんどは、博麗神社や人間の里へ逃げ込む前に食い殺されるとのことだ。

 

「しかも、とびっきりタチの悪いやつ。暗い山道に迷い込んだ人間を食べちゃう、小うるさい雀女。さっきの天狗の方がマシね……ずっと」

「あの年端もいかん容姿で、か。にわかには信じがたい上、想像しがたい話でもあるが……お前が言うならそうなんだろう。何も知らん余所者の第一印象だ」

「嘘は嫌いなのよ、これでもね」

 

 人間を喰らう物騒な怪物の類は向こう(忍界)で見飽きている。巨大で獰猛な獣や虫は忍の戦力として有用で、口寄せ生物として使役されることも多い。

 だからと言って、体の一部以外は人と変わらず、容姿だけなら十代前半と思われる少女が急に現れても全く動じず、危険な人食い妖怪であると直ちに断定して淡々と振る舞う順応っぷりを発揮するなど、幻想郷という見知らぬ土地に放り込まれた外来人風情には不可能。妖精から事前に情報を得ており、心の準備を万端とした上での遭遇だったとしても、目を疑う程度の反応は見せるだろう。

 

「分かったら逃げた方が――じゃなくてお願い、とっとと逃げましょう。わたしの安全のためにもっ!」

 

 オビトも妖精と同意見だった。白狼天狗の件に見たように、話のできない者や得体の知れない輩とは極力かかわらず、無視を決め込むことが最善であると。

 ところが、だ。平和的な分岐を踏んで脇を抜けようとした時、待っていたように地面を蹴って飛びかかり、長く鋭利な爪を躊躇なく向けてきたのだ。狙った獲物は確実に仕留める性分らしい。

 獣のような眼を光らせる少女と向かい合う形で着地すると、妖精は身震いして「任せたからね!」と言い放ち、体勢を立て直すオビトの背に隠れた。

 

「……避けて通れんな」

 

 幸運にも非友好的な誰かと遭遇するでもなく、山道に辿り着くまでは順調に進んでいたところ、不運にも最後の最後に出遭いたくない者に出遭って足止めを食わされる形に落ち着いたようだ。少女はオビトが口を開く前に話しかけた。

 

「貴方、外来人でしょう。巫女のとこに行こうとしてるわよね。もしかしなくても」

 

 鈴を転がすように透き通った綺麗な声。ギラリとした眼で僅かに舌を見せている。

 

「何故それを知っている? 早くも情報がばら撒かれたか」

「いいえ」ミスティアは笑いをこぼす。「でも里の人間たちは、私たちを怖がってる。だから日没後に『妖怪山道』を通る人間なんていないし、いるとしたら神社の巫女に助けを乞う外来人くらい。知ってた?」

「オレはそいつに用がある。困窮する外来人だと判ってるなら、通してもらうぞ」

「月夜の真っ只中に迷い込んできた獲物を、逃さないといけない理由……あるなら是非教えてもらいたいわ。『食べてください』と言わんばかりの身なりで、二言目を口にしてもねえ。私を誘ってるんでしょ」

 

 妖精曰く幻想郷に住む妖怪達は、とある高位の妖怪との間に締結した約定により、里の人間への手出しを許されていない。逆を言うなら里人ではない者、つまりオビトのように外から勝手に迷い込んだ人間なら、煮るなり焼くなり何をしようが不問である。

 いまだこの世界の常識は見通せず理解に苦しむが、ごり押して通ったところで、後々しつこく命を狙われるのがオチだ。この手の輩は明確な力の差を思い知らされない限り、何度でも立ち塞がるだろう。最も手間のかからない方法で、雀妖怪の少女には朝まで眠っていてもらうのが手っ取り早い。

 

(長々と時間は割けん。さっさと終わらせるか)

 

 そう思ったオビトが写輪眼の『催眠眼』を瞳に映した直後。逸早く動いたミスティアが、耳をつんざくほどの甲高い騒音を、歌うような声色で繰り出してきた。森中に響き渡る怖ろしい音色が耳を通り、全身の骨を軋ませたのだ。

 

「コレ、は……!?」

 

 耳を塞いで体勢を崩すオビトを捉え、舌なめずりしたミスティアが走り込む。

 

「うぐ……なんとかしてよ、オビトッ……!」

(幻術じゃない――…現実の音で脳に……!)

 

 けたたましい鳴き声に混じって、妖精の微かな声が聞こえる。頭部を殴打されたような激痛が延々と続く。可愛らしい見た目に似合わぬ凄まじい攻撃で不意を突かれて、足元がもつれそうになる。揺らいだ視界が段々と狭くなり、オビトは思わず目を擦ってしまう。

 山道の景色はミスティアの顔以外、完全なる黒に染まった。できの悪い仮面の目出し穴から覗いているかのようだ。

 

「人間は闇を怖れるし、鳥目も怖いの。そんな中で耳まで壊されたら、人間も妖怪も打つ手を封じられるのよ。抵抗なんてできるわけないでしょう」

 

 無害な暗闇でも不安や恐怖を感じる人間は多く、幼子はもちろん大人も例外ではない。闇に紛れて獲物を狙う狩人が息を潜める害悪ともなれば、大でも小でも怖れて逃げ出す方が当然で、鳥目にまで陥ると状況の悪化は段違いに加速する。時間と共に目が慣れて周囲を把握することも許されず、夜雀の唄を聴いた者は病人も健常者も等しく夜盲症に苦しむしかない。八目鰻を用意する手間は不要だ。

 瞬きして目を凝らしても、擦っても何をしても視界は元に戻らない。尋常ならぬ騒音は聴覚と動きを封じ込め、四肢の麻痺や幻覚まで見せ始める始末だった。

 

「侮っていた……」オビトは声を吐き出す。「音と、視界の収縮……瞳術使いの大敵、か。運の悪い、ことだ……」

 

 写輪眼は完全無欠の力ではない。どんな術や技にも存在する、弱点となる穴のうち一つが『歌で人を狂わせる程度の能力』を振るうミスティアの歌声。鼓膜を通じて脳を激しく振動させて視神経を侵すばかりか、騒々しくも妖しく美しい声にこもる魔力が心身を蝕んだのだ。

 瞳力を用いた戦法を得意とし、慣れをもって振るう者にとって、相性最悪の天敵と言えるだろう。

 

「え、なに?」

 

 普通の人間相手ならミスティアも、疾うに敵の体を引き裂き、骸を持ち帰る準備を始めているところ。夜雀が驚きのあまり歌を止めて、消え入るように呟いた理由は何か。

 先ほどまで優勢だった彼女が顔色を変えたのは、獲物の血に染まるはずの爪がオビトの体を貫き、深々と食い込んでいるのに、爪先の手応えが皆無だったからだ。右腕ごと胸部に沈み込み、背中側へ突き抜け、長く鋭い爪と指先が体から飛び出ている。まるですり抜けたかのように。

 

 体勢を直したオビトの両目には、黒い三方手裏剣紋様が浮かんでいる。すでに万華鏡を発動させていた。

 音が響き渡るのは双方が立つ空間――『現実』の世界に限定される。そこから隔絶された不可侵たる時空間、言うなら『神威空間』にはどんな音も届かない。右眼の神威を咄嗟に発動、己の『実体』を時空間へと飛ばしてしまえば、攻撃は残ったオビトの『霊体』を捉えるしかない。神威の実体分離により無力化されたのだ。実体なき物に物理的な接触ができないのは自明の理。

 

「すり抜けるって、そんな馬鹿な。何もかんも失った幽霊じゃあるまいし……どうやって?」

「ここまでとはな……だが詰めが甘い。お前は」

 

 この理屈が成り立つのは深刻な支障をきたす前。後ならば結末は変わっていた。麻痺や幻覚を通り越して体の動き、チャクラの制御まで失われていた場合、術の一つも使う前に鋭利な爪で引き裂かれて致命傷か絶命、血塗れの肉塊は人食い妖怪の胃袋に消えて終わる。最悪の事態を呆気なく回避できた理由は、力の強弱よりも慢心が大きい。

 外来人を数多く仕留めてきた夜雀の内に生まれざるを得ない『慣れ』。慎重に帰して物事を注意深く見据える段階は過ぎ去り、今日では遭遇した外来人にいつも通り、買い出しや筍狩りを思わせる軽い気持ちと感覚で絡むほどだ。力なき脆弱な人間に対する、力ある強靭な妖怪ゆえの自負心も重なり、夜の山道にノコノコと踏み込んだ人間と先駆者達を直ちに同一視した結果、油断や慢心を生んで詰めの甘い思考と行動を強いたのだ。自信に満ち溢れたミスティアでも付け入る隙は多かった。

 

「手の内は終いか。道を開けてもらうぞ」

「でもっ! さっきのは効いてたはず……それならもう一度――いいえ、もっと精度を上げて聴かせてあげる! 昏倒して楽になっちゃいなさい!」

 

 再び妖しい歌声を奏でた。先ほどより遥かに危険な音色で響き渡る。

 近距離からまともに受けた途端に目を見開き、表情を歪ませて力なく崩れ落ちる。地に伏したまま手足がけいれんし、白目を剝いて口から泡を吹いている。

 今度こそ勝利を確信すると、オビトの死体に触れようと手を伸ばした。

 

「――?」

 

 指先が腹部に触れた瞬間、死体が爆発を起こして炎上。導火線を伝う火のごとく炎が移り、伸ばされた腕が燃え始める。現状を理解できないまま、激しい炎は瞬く間に全身を包み込んでしまう。

 少女は声にならない悲鳴を上げると、冷たい地面を転げ回った――。

 

「道なりに進めばいいのか? このまま」

「う、うん」

 

 戦いの場を後にする二人の背後、暗い道のど真ん中にミスティアは仰向けで倒れていた。

 先の一撃が霊体をすり抜け、呆気に取られて僅かな隙を見せた時、彼女の瞳を素早く幻術眼で捉えた。突進する姿や速度はもちろん、敵が手を引っ込めてから攻撃に移行するまでの一連の動作も洞察眼で見切っていたために、眼の切り替えからの目視は呼吸や歩行よりも簡単だった。

 音が厄介だったのは事実。写輪眼を持たない、持っていても扱えない、扱えても練度や体力、チャクラ不足で半端な精度に劣化していたら本当に引き裂かれて、新鮮な餌と成り果てる悲惨な結末を迎えただろう。

 

「えっと」妖精は動揺している。「神社の石段、もうすぐのはず。巫女はそこにいるんだ」

「そうか……」

「にしてもアレ、わたしの目に狂いはなかったのね。うまく説明できないけど、なんていうかほんと、アンタの能力ってヤバイ。どうなったの? あいつ」

「幻術の中だ。加減し損ねて、荒い手段を講じたが……明日の朝には目を覚ます。嫌った口ぶりだったが、心配か?」

「まさか。けど死んだら、あいつの仲間が困りそうだし。深い意味とかはないわよ」

 

 勝ち気で生意気でも根は優しいのか、地に伏した姿が見えなくなるまで、妖精はちらちらと背後を振り返っていた。

 

「…………」

 

 夜雀のミスティア・ローレライ。力の強弱を抜いても写輪眼殺しの手練れには違いない。瞳術使いにして最悪と思わせる相手だ。あのマダラやイタチでさえ、チャクラの消耗に上乗せされずとも、先ほどのようにもがき苦しんだことだろう。強弱と得意不得意は意味が異なる。

――違いがないのは妖精の情報も同じだ。この『幻想郷』は見知った世界ではない。ミスティアのように忍術とは異なる能力を持った怪物達があちこちに潜んでいる。山の天狗には逃走を促すために退いた態度で臨んだが、否が応でも万華鏡を使わざるを得ない場面は、この先も訪れるだろう。

 山道を抜ける夜風が涼しい。夜道を歩く際は特に写輪眼を維持し続けなければならない。時間の経過により大半のチャクラは回復した上、柱間の細胞がある限りは眼の負担も皆無に近いとはいえ、あのような身なりが相手では気乗りしない。

 

 これから向かうのは博麗神社。妖精曰く「幻想郷で最も重要な結界の境目」。この砂利道や妖怪の山と同様、移動できる場所が多いに越したことはない。土地特有の自然物を専有の時空間、つまり神威空間に残留させれば事は済む。時空間移動に必須の印づけが可能なのは、生物のチャクラに限られる話ではない。

 あとはいつでも、何度でも向こうとを自由に行き来できる。ここへ来るまでにも役立ちそうな地点にいくつか施してきた。とりわけ博麗神社は重要な地点とのことで、神威による印づけを怠るべきではない。

 

 

――◇◇◇

 

 

 すっかり夜が更けている。時間帯の基準が外と異なるか否かは不明ながら、巫女が夢に現を抜かしているかは分からない。半ば妖精に追い立てられる形で石段を上り切り、赤い鳥居を潜って境内に踏み入る。

 背の高い樹々が鬱蒼と囲む広い境内。博麗神社は高所に位置する関係で、本殿の屋根や樹の上から幻想郷が一望できるらしい。試しに境内の周囲に並んだ、最も背の高い樹木の天辺に飛び乗ると、人里の物と思われる点々とした小さな灯りが、西の方角に遠目ながら薄っすらと確認できた。こうして眺めるとかなりの距離を歩いたようだ。

 季節のわりに冷たい風が頬を掠る。木造の黒い影、もとい博麗神社は石造りの境内のど真ん中に在るようで、周辺は物音一つ聞こえない。ちなみに妖精は何故か肩の後ろに隠れながら、時折「そこかも!」だの、「あっちかも!」だのと震えた声を出していた。

 

(……ここが結界の要か)

 

 巫女は建物の中にでも居るのだろう。と、オビトは直感を働かせる。何にしてもまずは万華鏡の瞳力で印づけを行うべく、足元に転がる小石を適当に摘み上げる。傍にある石灯籠辺りから漂う気配にも気づかず。

 捻じれ状の歪が右眼を中心に渦巻いた。手に持った小石だけではない、博麗神社特有の『霊気』をたっぷりと含んだ空気が、地面に被っていた僅かな土埃が、巻かれた風と一緒に吸い込まれていく。

 

 妖精は目を丸くして観察していた。僅か数秒で作業を完了させるとオビトが向き直る。

 

「ここまでの案内、ご苦労だった。礼を言う」

「うん、いいってことよ――」

 

 返事はどこか上の空。先ほどまで歪んでいた空間の辺りを、妖精はなぞるように旋回している。

 

「ほほう、こっから入ったのね。うわさの『掃除機』を自在に操るだけはあるわ。便利な力だねえ」

 

 妖精は感心したように言い、ようやくオビトの方を向いた。

 

「でもどうして、境内の掃除? このタイミングで」

「何を言いたいのか分からんが……今のは瞳術によるマーキングだ。オレの術を見なかったのか?」

「まーきんぐ?」妖精は目に見えて焦る。「と、とーぜんでしょ、ちゃんと見てたよ? アンタが携帯掃除能力で、異物を吸い込んでたとことか。そんで便利って言ったのよ」

「……悪かった。全て忘れていい」

 

 焦りを隠さない(隠せない)妖精がちんぷんかんぷんで首を傾げるのも仕方ない。ここへ来るまでに同じ作業を一人繰り返しただけで、万華鏡や瞳術・神威に関して説明はしていない。というより無理に理解してもらう必要もない――と、オビトは何の気なしに思う。

 

「あれ、掃除機でしょ今の? なんか違う? ねえちょっと、ちゃんと教えなさいよ~!」

「自分から手の内をさらす奴がいるか。いいからさっさと行く――じゃない、道案内は終わったんだ。帰っても構わんぞ」

「うん? もっかい言わせちゃう?」

 

 妖精は天狗や夜雀とは違う。処理しようと思えば赤子の手を捻るより簡単だが、些か耳に障るだけで始末する理由としては当然に遠すぎる。それ以前にトビやマダラとして暗躍していた頃の『偽オビト』など、今やどこをどう探しても見つかりはしないのだ。ここに居るのは『うちはオビト』なのだから。

 

「ならばもう、好きにしろ。どうせ邪魔にはならん」

「モチロン了解よ、ありが――」妖精は首を傾げる。「んー……なんだか、適当に扱われた気がする」

 

 案内役として山から連れ出しただけで、仲の良い友人を演じろと命じた覚えはない。不思議な幼子に絡まれたものだ。

 親しげに距離を縮められると、やり辛いというか、慣れないというか、拍子抜けと言うべきか――情報源となった者を口封じに始末していた頃が昔の話とはいえ、心の深層まで捻じ込んでこられる前に、忍として素っ気ない態度を貫かねばならなくなる。悪意ある接近の方が扱いやすいのに、純粋に笑顔を向けられて、善意の好奇心でまとわりつかれると、調子が狂ってしまう。

 幻想郷とはやはり非常識極まりない土地だ。初めからオビトとして正しい道を歩んでいたら、このやり取りも幾分か常識的に感じたのかもしれない。

 

(…………)

 

 建物を目指して歩いていたオビトは、境内を少し進んだ辺りで立ち止まり、穏やかな夜風に耳を澄ませた。

 妖怪の山ではなく、森でもなく、人里でもなく、妖怪山道でもなく。博麗大結界の要らしい神社の境内において、博麗の巫女に会う前に一つだけ確かめたいことがあった。この世界が本当に、大結界により外部から現実空間ごと断絶された不可侵領域であるか否か、だ。事実を確かめるだけで今後の動きが変わる可能性があり、妖精が口にした言葉の真偽も明らかになる。

 己一人の力でいつでも脱出できるか、他者の手を借りることになるのか。探索を開始する前にハッキリさせる必要がある。オビトの瞳が再び真っ赤に染まった。

 

「どうかした? あの乱暴巫女なら、お茶なりお菓子なり摘まんでると思うよ。寝てたって叩き起こせばいいじゃない」

「ここで待っていろ。時間はかからん」

「えっ、なに――?」

 

 再び捻じれ始める現実空間。呈した疑問が届いたのかも妖精には分からず、発生したひずみの中にオビトは消えた。

 

 硬い足場に着地すると無言で目を開ける。どことなくコンクリートにも似た材質の、巨大な四角柱がビル群のように無数にそびえ立つ、無機質な異空間がオビトの瞳に映った。

 この空間への侵入が許されるのは神威の使い手のみ。ゆえにこの場合の時空間という名の意味合いは広く、より正確に言うなら『神威』空間と呼ばれる。日常的な単語を並べるなら、埋め立て不要でゴミ処理し放題の環境に優しい処理場だったり、物の収納量が無限の便利な蔵だったり、人も出入り口もない安全すぎる寝室として機能する場合もある。布団の他に椅子や机を配置するのも悪くない。

 

 ミスティアの一撃を回避した際は、自身の霊体のみを現実空間に残す一方、実体をここに逃げ込ませて、あたかも「すり抜けた」かのように彼女に誤認させた。その状態での攻撃は、空気を素手で掴もうとするもので、同じ神威の使い手でなければ物理的な干渉をやり過ごせる。ちなみに今は実体と霊体を共に送り込んでいるために、存在自体が外から、現実世界から消えていることになる。

 かつてこの空間で繰り広げた死闘を思い出し、どこまでも広がる景色をぼんやりと眺めていた。神威空間に今なお残されている忍界の痕跡――十数年の間に遭遇した無数のチャクラ、様々な自然物質をいくつか試すべきだろう。

 

(……どうなる)

 

 微かな痕跡(マーキング)の内の一つを掬い取り、物は試しと時空間移動に必要な感知に着手する。

 移動先は、うちはのアジト跡地。うちはサスケとの戦いの果てに、彼の兄であるイタチが命を落とした場所だ。

 博麗大結界が本当に空間ごと分けるならば、移動は失敗に終わるだろう。神威の行使は通常の範囲内に収まる場合、移動先が現実空間だとしても、隣接する別空間同士の行き来はできないからだ。幻想郷の大結界が同一空間のみならず、距離の概念も通用しない隔絶空間を創り出しているならば、何の負担もない神威で忍界への移動を果たすのは不可能だ。

 

 結果は案の定だった。現実空間への出入り口は閉ざされたままで、辺りは静まり返っている。

 はずだった。それどころか聞き覚えのない、滑らかな妖しい声が響き渡ったのだ。

 

「ようこそ。忘れられた者たちの楽園へ」

 

 目立ちたがりで派手な衣装を身にまとい、笑んだ口元には扇子。あるはずのない姿がそこに居た。

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