THE LAST PHANTASM -OBITO-   作:大兄貴

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三十五話 決壊②

 周辺は酸や爆風で見るも無残な焼け野原と化している。目に見えぬが故に実体分離の隙に入り込んだ、凄まじい威力の攻撃を生身に何発も喰らったオビトも満身創痍。抉れてできた穴の中心で仰向けになり、聞こえもしない森の声に耳を澄ませていたが、代わりに入るのは甲高い少女の声のみ。

 ゆっくりと体を起こしたオビト。右半身として植わる特異な細胞の回復力がなければ、疾うに動ける容態ではない。

 

「……こんなにも遠くまで」

 

 妖精は地面に座り込み、感情的になってお説教している。

 今回ばかりは細胞の恩恵の他にも、得たものは色々とあったようだ。

 

「バッカじゃないの――なんでそんなにバカなの、バカオビトっ!」

 

 ボロボロの癖に冷静さを損なわないオビトの腕を、これでもかと何度も叩く妖精。リグルが呼び出した大百足に加え、雲を消し飛ばすほど大規模な光線は、他の者が異変に気づいて駆けつけるには十分すぎる派手さだった様子。

 その証拠に妖精だけではない、もう一人が息を切らして木陰から姿を現した。書物を胸に抱く姿には見覚えがある。

 

「あなたのことになると早いし速いのね、その子。随分と懐かれてるじゃない」

「迷惑なことだ」オビトは視線を移す。「お前は……アリス、と言ったか。どうやら意識が安定したようだな」

「おかげ様でね……あなたに会って、ひとことお礼が言いたくて。ありがとう」

「幻術を解いただけだ。それより、オレに用があるのだろう」

「ええ」暫しの沈黙の後、口を開いたアリス。「私も魔理沙や、館の皆に事情を聞いて……あなたにお願いがあってね」

 

 よく見ると妖精もアリスも穏やかな雰囲気ではない。肩を押さえて立ち上がるオビトに、紅魔館でのやり取りの中で知った最悪の事態を、妖精の言葉を借りつつ一字一句違わず話した。オビトの目が驚愕に見開かれる。

 

「霊夢と紫が、月の連中に?」

「そうらしいの」アリスが頷いた。「図書館のロケットは知ってるでしょう? 本当は神降ろしが使える霊夢を同乗させて、月に向かうのが当初の予定だったみたいだけど……その霊夢が連れ去られたものだから、ロケットが使い物にならなくなったの。他の手段を講じようにも、月の羽衣は使えないし、八雲紫も居ない。だから……」

 

 霊夢と紫を連れ去った連中が、第三勢力と考えていた月の都とは急展開だ。

 本当に永琳直筆の手紙なら、まず間違いなく黒ゼツの仕業だろう。月人を唆し、幻想郷と月の都の間に亀裂を入れるなど、利用できるものは例外なく利用し、目的を達するためにいかなる犠牲をも厭わない輩らしい考えと言える。師弟同士の信頼と絆を最大限に利用した下劣な所業だ。

 おそらく黒幕一味、都との衝突も避けられないだろう。障壁となるのは依姫や豊姫、永琳との間に築かれている、他の何者も踏み込めない強固な絆。真面目だったり純粋である者ほど、師弟や兄弟との信頼関係を信じ込むあまり他者の言葉を受け入れず、排してしまう傾向にある。とりわけ今回のように、依姫の受け取った手紙が紛れもない『本物』であれば尚更に。向こうにしてみたら疑いの余地すら生まれない。

 

「幻想郷の民としての想い……自らの手で友を救いたいと考えてのことか」

 

 この場に姿を見せたアリスとて、実際に月人達を目の当たりにしたわけではない。真実とは断言できないのだろう。しかし、今さら真偽を疑うはずもない。それは妖精も同じだった。

 純粋に体の心配をしてくれる妖精はともかく、アリスがここへ来たもう一つの理由をオビトは理解した。

 

「そこまでおこがましくないわ。そう呼べるほど親しいとは考えていないし、魔理沙ほど思ってももらえないだろうし。けれど霊夢は『仲間』だと思ってる――どうか私たちに力を貸してほしい」

 

 簡単に頭を下げるわけではない。徒に声を震わせて感情的に訴えるわけでもない。あくまでも彼女らしい冷静さは損なわず、しっかりとオビトを見つめ返している。これまでの異変でアリスも魔理沙のように、霊夢とは多くのかかわりを持ってきた。

 幻想郷に来て親しい者ができたわけではないが、この世界の住民に触れるうち、良くも悪くも沢山のものが視えるようになった。この両目で住民達を広く見渡した今、堅苦しい承諾など不要だ。

 

「紫には借りがある」オビトは目を開いた。「月人の元に居るなら、考えは同じだ」

「そう――」柔らかく微笑むアリス。「どうもありがとう、オビト」

「残りは言ってくれるな。全てを終えた時のために……友や仲間のためにとっておけ」

 

 二つの万華鏡が蒼い瞳を映す。アリスは目を瞬いて口を開こうとしたが、その前にオビトは若干ふらつきながら歩き出した。妖精が小さな声を背中に投げる。

 

「……その体じゃ無理はできないわ。ボロボロじゃない。アンタが向かうのは、あの『月』なのよ? わたしにだってわかる……なんの重みもなしに、乗り越えられるわけない。そうでしょ?」

 

 はっきりと感情を露呈させる妖精に、僅かに驚いた表情を見せるオビト。初めに妖怪の山で出会った時の生意気な少女とは、声色も雰囲気も違っている。ほんの数日前の出来事なのに、あの頃の記憶が遠い昔のように感じられた。

 

「確かにな」オビトは夜空を仰いだ。「……だが、まだまだだ。オレの居た世界には――」

 

 視線を落とす妖精、黙り込むアリスの傍に移動するオビト。右眼を中心に渦を巻き、森を抜ける風を静かに吸い込んでいく。

 今の身体では何をするにも精一杯だろう。全てを苦もなく成し遂げるなど夢のまた夢。さらなる未知の有力者達が集う都をも敵に回して、これまでのようには上手く運ぶまい。一切の犠牲を出さないとは言い切れまい。それでも今できることを最後まで。

 

「こんなオレよりもずっと。忍び耐えたやつらがいたよ」

 

 

――◇◇◇

 

 

 南東の森を流れていた生ぬるい風は、湖面を撫でる涼しげな風に忽ち変わる。小島にそびえる時計塔の頂上に三人は立っていた。頭上に浮かぶ月は青白いが、写輪眼は真っ赤な色をはっきりと映した。血に塗れた不気味な月面を。

 夜風に髪をなびかせるアリス。妖精が遠慮がちな表情でオビトに話しかける。

 

「皆もアンタを探しに行ってて……呼びに行かないと」

「分かっている」

 

 探すと言っても幻想郷は広い。霧の湖から遠く離れた南東の森の奥地まで、紅魔館から妖精やアリスが遥々と探しに来たくらいだ。魔理沙達が最南西に位置する『太陽の畑』や『無名の丘』など、人里から歩いて何日かかるか分からない遠方まで赴いていても不思議ではない。忍の並外れて丈夫な足腰でも、空を飛べない限り今からでは数日はかかる。時空間移動を行うにしても、印づけをしていない場所は沢山ある。

 然るに現在は両眼を揃えている。通常の感知を用いて移動を行っていた頃とは異なる。遠距離に特化した左眼、互いに呼応する両目の瞳力は術の精度を高め、紫の境界操作を受けて目覚めた六道の力も一部をチャクラの支えとして使える。本来かそれ以上の瞳力を発揮できるだろう。

 二人の視線が集まる中、オビトは右腕を前に出した。何かを掴むように指を曲げたまま、両眼に力を込めて神威を発動する。右眼は添える程度、左眼に込めるチャクラを一気に強めた。

 

(――ここか)

 

 遠距離型の左眼が感知したのは二人分、遠く北西に位置する妖怪の山付近。両眼の渦に巻かれるようにして現れたのは、小さな吸血鬼の姿。頭に手を乗せられたまま、「は?」という(思わず)間の抜けた声を発した。続いて渦の中から出てきた咲夜は、何故か主と違って慣れた動作で軽やかに、まるで自分の意思で転移を行ったかのように着地してみせた。オビトに気づくと背筋を伸ばして会釈する。

 間髪容れず感知したチャクラは一人。妖怪の山よりさらに遠い、太陽の畑より少し北に逸れた辺り。同じように渦に巻かれ魔理沙が姿を現した。竹箒に跨り飛び続ける延長で前を向いていたが、オビトの姿を二度見した後、そのままの表情で地面に落ちる。

 最後の一人は一番近い、人里の西の森に位置する迷いの竹林。今度は鈴仙が渦の中より現れ着地した。咲夜以外は皆一様に驚いている様子だ。移動中に急に視界が歪んで、戻ったと思えば景色が様変わりしていたのだ。

 全員が呆気なく館に集結した後、レミリアは目を丸くしてオビトを指差す。

 

「まだ術を隠していたのね、あなた。このままじゃ気持ち悪いからちゃんと説明しなさい。わかるように」

「お前らに付けた印を頼りにチャクラの位置を感知し、左眼で遠距離から対象を捕捉した状態で右眼を併用すれば、時空間を介さずオレの元に直接転移させられる。それだけだ」

「なるほどね――相変わらず意味不明だわ」

 

 表面的な説明でも咲夜やアリスは理解に至った様子だが、レミリアは半分以上聞いていなかった。結局は聞くより見る方が性に合うようだ。

 

 瞳術による引き寄せ。左右の瞳力が繋がる分、使いようは片眼の時より広がる。リグルに使った遠ざける力と効果は逆。

 印を施した対象が感知可能な範囲内に存在しさえすれば、時と場所を問わず使える。速やかに誰かに会いたい時には重宝する術である。ただし万能ではない。紫のように本人が現実空間と断絶された別空間に居る場合や、黒ゼツのようにチャクラが解析できず印づけが不可能な場合も使えない。そして『幻想郷』という一つの世界でのみ効力を発揮する。

 ちなみに同じ瞳術は以前も使用したことがある。東風谷早苗にワッフルの材料を買いに行かせるため、彼女を守矢神社から人里の食品店まで飛ばした時だ。思い返すと芳ばしい匂いが鼻腔を突いた気がした。

 

「いいだろ別に」魔理沙は指を上げる。「お前にこんな芸当ができるなんてな。私には及ばないがやるじゃないか、ぶったまげたぜ」

「なんで自分と比べてるのあんたは」ジトッとした目で見るアリス。

「――役者は揃ったわね。あの天狗はまあ……放っておきましょう」

 

 咲夜は主の衣服の乱れを正した後、自分のスカートに付着した土埃を払い落とした。

 魔理沙が帽子を被り直した時、レミリアが従者を見返す。

 

「……本当にあなたも行くつもりかしら、咲夜? 所詮は月人だし、私一人で十分よ」

「今さらですか。お嬢様をお守りするのもメイドの役目です。前回の月旅行も一緒だったじゃないですか」

「まあそうだけど……結構目立ちたがりねえ、あなたも」

「それ言うならコイツはいなかったし、待ってたっていいんだぜ? アリスさん」

 

 意地悪くにやにやする魔理沙。彼女がアリスに付きっ切りで居たことをオビトは知っている。

 アリスは魔導書に目を通しながら、顔も上げず「馬鹿ね」と素っ気なく呟いた。

 

「霊夢に会うためよ。あんたのために行くんじゃないわ。仲良く手を取り合うだとか、その辺勘違いしないことね」

「おっ。かの有名な『でれつん』ってやつか、コレが。人形みたいな奴が言うと威力半端ないな」

「霧雨魔理沙」アリスの危険な微笑み。「あんまり言ってると屠るわよ」

「怖くない脅しってのも珍しいよなあ……いやそーでもないか」

 

 綺麗な蒼い瞳には光がない。魔理沙は気づかず笑っている。

 レミリアと咲夜、魔理沙とアリスで各々会話を交える中、残った妖精と鈴仙は月を仰ぐオビトを映していた。妖精は緊張した面持ちで「オビト」と話しかける。

 

「……アンタがさっき言ってたのと同じドウジュツ?」

「少し違う」オビトの赤い目が細まる。「チャクラを感知すると言えば正解だ。今回は大人数が通れる道を、空間を歪めて直接切り開く……両眼を使ってな」

「道を?」鈴仙も注目する。

「悪いが集中する……見ていれば分かる」

 

 鈴仙と妖精が揃って見守る中、次第に赤く充血していくオビトの目。

 

――地上と月にはそれぞれ表と裏がある。幻想郷で言われる外界を表の地上とするなら、月の都を覆う大結界の外側が表の月。外界からは干渉できない幻想郷は裏の地上、表の月から隔絶された都は裏の月と言える。表は表と、裏は裏とでいずれも同一の空間に存在し、互いに交わることができる一方、表側と裏側は別空間同士で存在し、隣接こそすれ交わることはない。

 神威による干渉は、裏の地上である『幻想郷』から表の月へは届かないが、同じ空間にある裏の月――すなわち『月の都』には、距離という概念を超えた力が及ぶことになる。これらは地底における紫との会話で立てた仮説である。

 カグヤの異空間で行方知れずとなったうちはサスケを探して、別空間同士を行き来した時もあった。マーキングを施して印づけしていたサスケのチャクラを、左眼を用いて遠距離から感知し、別空間への出入り口を繋ぐ右眼を同時に発動させることで、視界の共鳴効果が発生した。それにより双方を繋げる穴を彼の視界に切り開くことに成功し、無事に救い出すことができた。

 

 霊夢にも印は付けてある。『裏側』にある幻想郷から、同じ裏側にある月の都に居るはずの霊夢のチャクラを左眼で感知しつつ、右眼を併用して出入り口を直接的に開く。霊夢の視界を捉えさえすれば上手くいくはずだ。

 

 月を捉えた両目から血が溢れ出し、頬を静かに伝っている。鈴仙がオビトの隣で声を上げると、他の視線も一斉に集中した。

 幾千幾万もの忍を束にしても届かない、尾獣と呼ばれる巨大なチャクラの塊を、器として九体も収容していた十尾の蛹――それを体に取り込み制した時からチャクラは人の域を外れた。十尾本体はすでに失われ存在しないが、受け入れた際に生じた穴は埋まらなかった。此度は良くも悪くもその肉体と精神の力を、自らの意志で最大限に利用する。

 

(遠いな――…)

 

 欠点がないわけではない。「距離という概念を超える」との言い方はあくまで、『不可能』が『可能』になるという意味に止まり、呼吸や歩行のように手軽な感覚とは程遠い。瞳術で繋げる先が途方もない距離にある場合、その距離に比例して眼球にかかる負担は増大する。眼を酷使すればするほど、眼球を抉るような激痛が蝕む。万華鏡行使のリスクすら完全に無効化する、莫大なチャクラをもたらす柱間細胞をもってしても避けられない消耗だ。

 柱間の体細胞を宿す者は何人かいるが、一部を植えたマダラやダンゾウ、柱間の複製体と呼ばれるヤマト、量産型の体を乗っ取り己の物とした大蛇丸とも異なる点がある。心身共に未熟な幼少期にゼツの原型体の右半身を丸ごと取りつけ、十数年もの歳月を経て完全に己の半身と化し、体細胞の影響を他の誰より強く受ける体となった。その恩恵が現在のチャクラ容量を満たしてもなお生じる苦痛だ。

 裏表の関係にすらない、別次元にある忍界から神威で入り込んだという黒ゼツは、カグヤの力を借りて事を成したのだろう。カグヤにまつわる真偽の判らない伝承によれば、彼女は地上と月どころか様々な惑星間を、空間転移を繰り返して自在に飛び回っていたという。神樹の実を食らい、十尾と化した大筒木が内包する本当の力とは、いったいどれほどの。

 

 絶えず眼孔より血が流れ出し、チャクラと共に滴り落ちて失われていく。その様子を眺めるレミリアが貌をしかめて「あらら」と呟いた。

 

「穏やかじゃないわねえ……さすがに。そこまでの?」

「途方もない……」さらに瞳力を込めるオビト。「だが……チャクラは感知できている……あとはオレが、間に合えば……」

 

 右半身の移植や仙人化を経てもなおチャクラは奪われていく。それに伴い視界に歪みが生じ始める。時間が経つほど出血量と痛みが増していく。刻一刻と時間が過ぎていく。空間はまだ口を開かない。

 都に居るであろう博麗霊夢を捉えられず、ついに意識が朦朧とし始めた時、力なく下がっていた左手に柔らかな感触を覚えた。温かみが肌を通じて伝わる。両目は月を映し続けて離さないため、六人のうちの誰かは判らないが、不思議なことに温もりを感じるうち、体や眼球の痛みが僅かに治まった気がした。

 

「……人の体から血や精気を吸い尽くすのとは逆に、こうして分け与えるのも容易い。私の専売特許じゃないのは気に喰わないけれど」

 

 耳に入ったのはレミリアらしき声。今度は別の感触を右手に覚えた。もっと小さな手だ。さらにもう一つ、また一つと――多くの温かさが手に集まっていく。

 ここでオビトは、周りの者達がチャクラを供給する形で、自身を支えてくれているのだと理解した。チャクラが行き届いたことで次第に痛みも緩和され、視界が再び明瞭化していった。その時だ。

 

(――…ここかッ!)

 

 霊夢のチャクラをはっきりと左眼が捉えた。咄嗟に右眼に力を込めると、間もなく目線の先に渦状のひずみが発生し、穴の空いた空間の先に――頭を垂れた巫女服姿の少女、此方に気づいた様子の八雲紫の姿が見えた。牢らしき場所に入れられているようだ。

 

「急げ――…長くは持たん!」

 

 もって僅か五秒程度。時間と底を尽きかけたチャクラとの戦いだ。おそらくこの機を逃せば二度目はない。月へ向かう手段は鎖され水の泡と帰る。

 

「あなたも――」

 

 どこかでアリスらしき声が聞こえたが、返答の余裕すら奪われていたオビトは歯を食いしばる。

 足場を蹴ったレミリアに続いて咲夜、魔理沙、アリス、鈴仙の四人が穴の中に消える。

 全身を絶え間ない激痛が襲い、時間と共に収縮していく穴を睨み続けるオビトだったが、右手に残っていた小さな感触に気づいた。僅かに視界の端に映ったのは、翡翠色の髪をした小さな少女。

 

「一緒に居るわ。ほら、わたしたちの世界を、助けに行きましょ?」

 

 どこか懐かしくも思える笑顔。妖精と共に地面を蹴り、オビトは時空の穴に飛び込んだ。

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