THE LAST PHANTASM -OBITO-   作:大兄貴

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四十三話 伝説のうちは

 光在る所には必ず影ができる。勝者という概念が表立つ以上、裏には同じくして敗者が存在する。

 

 忍世界、火ノ国にある木ノ葉隠れの里。うちは一族の居住地にある南賀ノ神社。

 隠し階段の先にある秘密の集会場、もとい祭壇には六道仙人・大筒木ハゴロモが遺したとされる石碑が安置されている。碑文は特別なチャクラで記され、特別な瞳力を以ってしなければ読むことはできない。うちはの瞳術である写輪眼、万華鏡写輪眼、輪廻眼の順に解読できる内容が増える。これらは安寧秩序を願ったハゴロモが綴ったものだ。

 

――写輪眼を通して読める碑文。曰く万華鏡の瞳力を以って、尾獣と呼ばれる巨大な生命体を操ることができる。さらなる瞳力の存在を示唆し、新たな力を得ると共に、チャクラの化け物をも従える。平和を実現するには『力』が必要だと訴えている。

 

――万華鏡写輪眼を通して読める碑文。曰く六道仙人は後世に安寧をもたらすため、自らの力を陰と陽の二つに分けた。真の平和とは相反する双つの力を以って完成する。

 陰の力だけでは至らない。陽の力だけでも至らない。後にうちはを生んだ陰の『インドラ』と、後に千手を生んだ陽の『アシュラ』とが互いに協力し合う――うちはと千手が力を合わせる道こそが正しいと。しかしその考えこそが――否、解釈こそが誤りであり、碑文が訴えていた真実は別の物であったと、気づかされることになる。友と呼べる者と袂を別ったのは、真なる平和を掴み取るためだった。

 

 血で血を洗うしかない戦乱の世。皆が生まれながらに『忍』として戦いを運命づけられ、敵という敵を亡き者にするまで血を流し続ける。理不尽な死と隣り合わせにある残酷な世界で、隣人や友、家族や恋人、年端もいかぬ幼子ですら兵として戦場に駆り出され、失われた罪なき命は数知れない。そうして多くの悲しみや憎しみを生み出してもなお、人々が争いを止めることはなかった。

 そんな場所で長らく生きていたら、悟るものも――悟らざるを得ないものも多くなる。命を賭して護ると誓ったところで、結局は『力』がなければ何も為せず、成すことも叶わない。全てを失う道しか残されていないのだと。

 二つの力が合わさるのではない、一方が他方を食らいその力を手に入れること。それこそが正しき道。友と呼んでいた者の力を奪い取り、うちはと千手の両方の力をこの身に宿すに至ったのは、何かを成すために捨てざるを得なかったものがあったからだ。

 

 争いの中に平和はない。平和の中に争いはない。互いに共存を許さなければ一方を、争いを取り除くしかない。それが平和への道であると理解したが故に。この手で全てを終わらせるために。

 

――六道の輪廻眼を通して読める、最後の碑文。輪廻の力を持つ者が月に近づきし時、無限の夢を叶えるための、月に映せし目が開く。

 死に際に全てを悟った。尾獣を含む強大な力を手にした者だけが、大幻術である『無限月読』を用いて、全世界から争いやわだかまりを取り除き、永久不変なる真の平和を実現できるのだと――。

 

 人々が――否、自分達が『チャクラ』により起こした醜悪な争いがなければ、誰しも大切なものを失わずに済んだはずだ。失わずに済むはずだ。

 チャクラこそ最も忌むべき元。その芽を残さず摘まぬ限り、本当の意味で争いが絶えることはない。争いの元となるチャクラと意思を人々から拭い去る無限の夢こそ、安寧秩序を成すための唯一の方法だったのだ。

 

(オレノ意志ハ……オ前デハナイ)

 

 来たるべくして訪れた第四次忍界大戦。忍の歴史上最後の争いだった。終幕の争いとなるはずだった。

 無限月読を成し遂げた先に待っていたのは、さらなる火種を起こすための『意志』に過ぎなかった。

 

(オレノ意志ハ――『カグヤ』ダ)

 

 深遠の黒に染まった偽りの化身が囁いた。石碑を遺したハゴロモですら知らぬうちに、碑文の内容は全く別の物に書き換えられていた。

 

 あの日、袂を別った男は――柱間は間違ってなどいなかった。ハゴロモの意志をはき違えたのは此方だった。

 踵を返すには遅すぎるほど遠くまで歩いていた。後戻りできない所まで踏み入っていた。カグヤという化け物に、己の全てが呑み込まれていく。カグヤの意志そのものと化していく。

 道を外れたのは此方だ。結局はそれも戒めとさえ思えた。

 

(インドラよ。お前は母ではない。まだ戻れる……)

 

 暗闇の中に蹲る『カグヤ』の元に、輪廻の瞳を宿した何者かが現れた。

 初対面で見覚えはないはずだが、その姿には不思議にも懐かしさを感じた。

 

(目を開け……この手を取るのだ)

 

 導かれるように開いた。オレは仰向けで空を仰いでいた。さっきの人物は消えていて、代わりに映ったのは紛れもない友の姿。

 ボロ切れのようなオレを見下ろす友の目は、かつて木ノ葉の里で飽きるほど見たものと何ら変わらない。自分もすぐに終わる身だというのに、懐かしくも馬鹿みたいに明るい間抜け面。

 

(お互い死んだ身だからのう。今できるのは……仲間の杯を交わすことだけぞ)

 

 興した里と共に決別してもなお、自ら道を外した輩を信じて最期まで待っていてくれた。言葉は声として出なかった。目頭が熱くなり、視界が霞んだ。

 薄れ往く意識の中で、一足先に光と成り昇っていく姿を見ていた。本当の意味で腹の内を見せ合った今なら、この世界で為し遂げられなかった、仲間との杯を交わすこともできるかもしれない。随分と遠回りをしたが、永い時のせいで酒の味を忘れている分、向こうでの楽しみも幾分か増えそうだ。

 

 最後の最後で勝ったのはこいつだ。こいつにだけはどうあっても敵わない。

 酒の瓶を手に、杯の上で静かに傾けた。

 

 

――◇◇◇

 

 

 以降の記憶は皆無だった。気がつくと真っ暗闇の中で、どことも知れない狭い空間に押し込められていた。

 長らく闇の中にいたが、体にまとわりつく胸糞悪い感覚が弱まった時を見計らい、印を結んで全ての枷を外した。

 

「そのザマか」

 

 赤黒い万華鏡写輪眼に映るのは、苦痛に顔を歪ませる黒い姿。血の溢れ出る眼孔を押さえ膝を着いている。

 禍々しく揺らめく青いチャクラの外装を衣の上からまとい、今さっき奪い取った左眼を手に視線を走らせる。どこもかしこも見覚えのない世界でしかない。

 鋭い眼が警戒する咲夜と依姫に移り、最後にオビトを捉える(妖精は慌てて隠れた)。僅かに驚愕の色を示したのち、マダラは黒ゼツに視線を戻した。

 

「オレの眼と塵芥の体……新たに暗躍を始めていたようだが、あまり上手くは運んでいないらしい。お前まで生きていたとはな……信じられん」

 

 目の前に映る黒ゼツ、奪い去られた眼、大筒木カグヤの異空間で命尽きたはずのオビトが生者の身で存在する現状を視て、聡明なマダラが何も思わぬはずもない。ここが現世であるか否かの判断など、穢土転生で呼び戻された己自身が証明となろう。

 呪印札の縛りにより意識を奪われ、操り人形と化している間の記憶は蓄積されない。幻想郷でのこれまでが記憶にないマダラにとって、初めて目にした景色は砂浜とただっ広い海である。

 

「強力ナ武器ホド諸刃ノ剣ニナリヤスイ……オ前ガイイ例ダナ」

 

 転生体の頭部に呪印札つきクナイを埋め込んで自我を殺し、完全なる殺戮人形として操っていた黒ゼツ。その札とて術者のチャクラの影響を受けている。縛りを跳ね除け自我を取り戻したのは、依姫達との戦いで黒ゼツのチャクラが著しく不安定な状態に陥ったが故。そこに生じた隙を見逃すマダラではない。相手がカグヤの意志でも。

 仁王立ちで腕組みすると、マダラは「まあいい」と自らの体を見下ろした。

 

「この穢土転生……戦力の増強には便利な術だが、欠点の方は致命的だ。術者と転生された側の強弱関係もだが……何よりオレの存在が欠点と言っていい。こんな術に縛られなどせん」

 

 一時的に自我を取り戻したところで、頭部に埋まった操作用クナイが消えたわけではない。普通なら印一つで元の殺戮人形に戻る。黒ゼツが制御のための印を組んでも、マダラが腕組み姿勢で平然と立てる理由など判り切っている。

 穢土転生は死者を口寄せする術であり、術者と対象者の間には口寄せの契約関係が存在する。だが通常のものとは異なり、術者が一方的に交わして縛るもので、相手方の納得づくで成立する契約ではない。となれば蘇ったマダラを含む穢土転生の死人達が、術者に逆らう意思を見せても不思議ではない。

 そして転生された側が『解除の印』を知っていた場合は、死者の側から契約を一方的に破棄して術の縛りを解除できる。マダラは術の開発者以外で解除の印を知る稀有な一人で、第四次忍界大戦当時も同じ印を使い、術者である薬師カブトとの契約を破棄して術の縛りを解いてみせた。穢土転生という禁術を不用意に使うべきではない理由である。

 死なぬ体と無限に溢れ出すチャクラ。そんなものが暴れ回るのだから厄介極まる。黒ゼツの言う通り諸刃の力だと言えよう。

 

「墓を暴いて持ち去ったオレの眼。もう片方も返してもらうぞ」

「悪イガソレハデキナイ……コノ先ドウシテモ必要ナ物デナ……今ココデオ前ヲ抑エ込ムタメニモダガ」

 

 左の眼孔から出血が続くも、黒ゼツに気にする素振りはない。背後で僅かに反応した咲夜を、オビトが無言で制止する。

 忍界に居た頃とは状況が違いすぎている。現時点で敵とは見なせない。かといって味方でもない。いずれでも巻き込まれたら無事では済まないだろう。マダラに最も近しい者としてその意志を背負い、最後は相対した者としてオビトには、あの男の危険性がよく解っていた。

 

「火遁『頭刻苦』――」口内より吐き出された無数の火球が燃え広がり、炎の津波と化してマダラに襲いかかる。津波は炎の壁に変化し、沈黙するマダラを囲む。

 これだけでも広範囲かつ高威力の術だが、黒ゼツの印は続いている。

「――風遁『圧害』!」続いて吐き出されたのは、圧縮された小型の竜巻。猛威を振るう風が炎と融合し、凄まじい勢いの爆炎に変わると、炎の大渦がマダラを呑み込んだ。そのあまりの威力に依姫達にも飛び火する。

 依姫は咲夜と共に能力で炎を打ち消し、残り火と余波はオビトと妖精をすり抜ける。強力だがチャクラである以上は餓鬼道で吸収できぬ道理はない。

 

 真っ赤な大渦が突如として形を崩し、段々と収縮していく。背負っていた瓢箪型の団扇を構える姿が渦の中にある。輪廻眼の瞳術で吸収したと思われたが、直巴の赤い瞳を露にしている。

 答えはすぐに現れた。大渦が団扇に巻かれるように消滅するなり、無秩序に捻じ曲がる巨大な竜巻が逆襲した。名を『うちは返し』――霊木より切り出された特殊な団扇は、チャクラを吸収して風の性質に変化させるのみならず、攻撃用に形態変化させて跳ね返す力を持つ。黒ゼツを呑み込んだ奔流の正体だ。

 ちなみにこの忍具、本来ならうちは一族の長に代々継承される特別な物だが、マダラは自分の代でちゃっかり持ち逃げしていた。後の木ノ葉から失われていた理由である。

 

「この程度のものか。オレの眼に加え……奴のチャクラまで宿すからには、もう少し楽しめると思ったがな」

 

 輪廻眼を使用したのは向こうだった。体を粉々にし損ねた竜巻が黒ゼツの体に吸収されていく。マダラが奪い返した眼は片方だけで、回収し損ねた右眼が残っている。

 元々の持ち主であるマダラは眉一つ動かさず、表情は無関心そのものだ。

 

「確カニ……」黒ゼツは含み笑いを漏らす。「負ケ惜シミトトッテモイイガ……オレニトッテ力ノ『強弱』ナドドウデモイイ。オレノ望ミハオ前ラトノ戦争デハナイ……欲シイモノハ他ニアルンデナ」

「そのために六道の力が要るにしても、孔が一つ開くだけで潰れて消える」

「ドウダカナ……オ前オ得意ノ火遁ヤ『須佐能乎』トテチャクラノ塊……オレノ力デ吸収デキル上ニ別ノ力モアル。二度目ノ不意打チハ食ワナイ」

 

 敵を直に叩き潰せる力を常に渇望してきたマダラは、純粋な破壊力を持つ高威力の遁術や、攻守兼用の絶対防御である須佐能乎を好んで多用する。輪廻眼や柱間の体細胞を手にして以降はそれに関連する力も。マダラとオビトが近しい者同士として互いを知るように、両者を陰から操っていた黒ゼツとて、うちはマダラという忍をよく知っていた。

 

「オレが生身だったとして……その眼でオレは殺れん。借り物ごときでは傷一つ付けることすら叶わぬ。何よりどういうわけか、今は妙な形に仕上がっている。血も肉もない退屈な体だが――試してみるのも悪くなかろう」

 

 輪廻眼はチャクラを吸収できる。木遁や依姫といった一部の例外を除けば、六道の術の使い手を倒すには力で直に殴り倒すしか術はない。これは輪廻眼を持つ黒ゼツにも該当する弱点と言えよう。その力が単純に繰り出される打撃ではなく、目視も感知もできないデタラメなもので、なおかつ『尾獣』をも昏倒させるほどの常を逸した破壊力を持つなら、弱点はさらに致命的なものとなろう。

 突如として黒ゼツが真横に吹き飛んだ。宙を舞う無防備な体は、四方八方から容赦ない攻撃を浴び続け、全身をボロボロにされていく。最後の一撃で地面に叩きつけられ、仰向けに力なく転がった。マダラは腕組みしたまま一歩も動いていない。

 

「この術は本来、紛い物の体では扱えん。輪廻眼の瞳力を十二分に発揮するには、生きた体とチャクラが要る。この体に何をした?」

 

 殴り倒してから一方的に問いかけるマダラ。黒ゼツは息も絶え絶えに体を起こして、聞き取りにくいこもった笑い声を上げる。ふらついているが急所は避けた様子。

 

「気紛レナ協力者ガイテナ……オ前ノ力ヲ純化サセタラシイ」

「『純化』?」

「今ノオ前ハ死者トシテノ部分ヲ多少削ラレテイルガ……生身ニ近イチャクラヲ与エラレテイル。瞳力ノ制限ガ緩和サレテイル理由ダ」

「ほう」マダラは暗い薄紫色の眼を向ける。「穢土転生の特性の一部を不純物として排し……その不足分に『生きた部分』を無理やり充てた、とでも抜かす気か」 

 

 戯言として一蹴する場面でも、現に瞳術が機能する以上は疑う余地もない。疑う気もマダラにはなかった。

 

――名を『輪墓(辺獄)』。現世とは異なる世界から瓜二つの自分を呼び出し、自在に操って戦わせるマダラだけの術。神威を始めとする万華鏡写輪眼の瞳術と同様、輪廻眼を開眼した際に宿る固有瞳術である。ちなみに同じ開眼者であるカグヤは、指定した空間内に存在する人や物を六つの異空間に引きずり込む『天之御中』を、うちはサスケは輪廻眼で感知した二つの空間を入れ替える『天手力』なる固有瞳術を有する。いずれも感知と空間干渉は飛雷神や神威をも上回る。

 瓜二つとは言うが、輪墓は分身の類ではない。正真正銘の己自身である。特別な力を以ってしか干渉できず、その姿は同じ輪廻眼、あるいは上位種である輪廻写輪眼でしか目視できない上、感知や攻撃は六道仙人由来の仙術を扱える者にのみ可能という理不尽さを持つ。披露したのは二度目であり、一度目は幻想郷でオビト相手に使用している。

 輪廻眼を宿す今の黒ゼツには『輪墓マダラ』の姿が見える。黒ゼツとマダラ以外の者には目視できないが、数にして二人、本体と合わせて三人のマダラがこの場に存在している。

 

「……至らぬ部分もあるようだがな」

 

 左右揃って本来の力を発揮するのは輪廻眼とて同様。隻眼の場合は一人、両眼が揃った場合の輪墓は四人となる。それが半分の二人しか居ないのだ。

 純化の力は単純な強化や無条件の制限解除ではない。不純物を取り払った際に生じる不足分を埋めるために、代わりとなる物の純度を操作し高める形で発揮される力だ。稀神サグメの運命操作にも欠点や制約があるように、純狐の能力とて全知全能とまでは言えない。死者の身で生者の力を使用可能という矛盾を無理やり形にしたり、不老不死である蓬莱人の魂すら壊したり、生と死を制するかのような能力は、到底はかり知れぬものではあるが。

 黒ゼツの器を見下ろしながら、マダラは物思いに耽るように目を細めた。直巴紋様の赤い瞳に戻っている。

 

「だがまさか……そんなふざけた輩がお前の仲間に居るとはな。辺りには居なさそうだが」

「奴ハオレヲ見限ッタノカモシレンナ。マア奴トハ単ナル利害ノ関係……今サラ何ヲシヨウガ関係ナイ。今オレガスベキハオ前トイウ『駒』ノ回収ダ」

 

 黒ゼツは急に笑い始めた。夥しかった出血もいつの間にか止まっている。健在の右眼が見開かれ、真っ黒な左の眼孔が露となった。

 

「マダラヨ……忘レテハイマイ? オ前モ所詮ハオレガ脚色シタ物語ノ一部……今ノオ前ニハ生キタ体モ神樹モナイ……モウ一度カグヤノ内ニ引キズリ込ンデヤル!」

「死にたいようだな。なら望み通り沈めてやろう」

 

 修羅の攻により傀儡化した右腕。マダラを標的として捕捉するなり、長い鋸状の得物が生え出てきた。マダラの方は物質化したチャクラをまとい、皮や筋肉組織の剥がれた巨人の骨格が肋骨部分で包み覆われ、禍々しい姿で青々と燃え滾る。

 薄紫色の隻眼と冷徹な赤い瞳が交叉し、黒ゼツはマダラ目掛けて飛び出した――。

 

「マダラか。奴だけはどうにもならんな……オレでも」

 

 オビトは離れた地点から動向を注視していた。探していた黒ゼツを前に足を止めざるを得ないのは、思わぬ参戦により入り込む余地が見つからないからだった。周辺一帯は容赦なく暴れ回るマダラのせいで悲惨な現状である。

 依姫は冷静ながらも呆れ返り、咲夜も同じ表情で眺めている。妖精は縋るような目をオビトに向けると、声を震わせて「なんなのあれ?」と問いかけた。

 

「関わっちゃいけないタイプのような――というか怒ってなかった? なんだか」

「どうだかな」冷静に喋るオビト。「急に目覚めたと思ったら、他の何者より因縁めいた輩がいた。利用された相手とあっては……黙っていられるはずもない、とは思うが……」

 

 博麗の巫女・霊夢や管理者の紫を始めとする幻想郷側は、自分達の世界に降りかかる厄災を未然に払拭するため。オビトは長きに亘る黒ゼツとの因縁に終止符を打ち、ひいては大筒木の脅威を忍界に持ち込ませないため。幻想郷という一世界の騒乱を望まないという本音も、黒ゼツを討つ理由として形を成している。

 マダラに当てはめて考えるなら、何かを護るだの因縁云々より、「道具として利用されたのが気に食わない」、「自分の力を使われるのが許せない」という、真っ当ながら個人的な思惑で行動を起こすだろう。全人類の救世主として『無限月読』を夢見て、月の眼に思いを馳せていた『マダラ』が滅んだ現在でも、真っ先に自らの眼を奪い返しに動いたのは、そういったマダラらしさがあってこそではないか。

 

「流れ見てて薄々思ってはいたけど……知り合いだったんだ、やっぱり。どんな奴なの?」

「奴は――…」

 

 少なくともオビトが知るマダラは、柱間など一部の者が相手である場合を除けば、基本的には無口で喜怒哀楽に乏しい人物。個人的に興味を惹かれた時や、必要性を認めた時以外は滅多に口を開かず、雑談や世間話などの何気ない、娯楽的な意味合いを含む会話は好まない。柱間やその他強者との血沸き肉躍る戦いなど、余程心が高ぶった時以外では感情を表に出さない人間。

 幼少期に交流があった白ゼツ(左半身)曰く、柱間が絡むと戦場以外でも人格が変貌するとの話だが、真相は定かではない。

 

「それアンタじゃない、オビト。半分以上は」

「オレだと?」

「うん。そんな感じがする」

 

 神無毘橋の戦いで死にかけたところを白ゼツに拾われ、マダラのアジトで長らくリハビリを続けて体の機能を回復させた後、想い人の死を体感して万華鏡を手に入れた。運命の分岐を境に、友や里の仲間達と袂を別ったのは、オビトが歳にして十三の頃である。

 人として忍として、肉体的にも精神的にも未熟だった幼少期より十数年もの間、身も心も言動も思想も、何もかもマダラの色に染まり、どっぷりと浸かり、偽りの名を騙って生き続けてきた。木ノ葉に居た頃に形成されていたであろう、現在とは全く違った面影が塗り潰され、消え失せていても不思議ではない。

 

「奴が居たから、今のオレがあるようなもの……悪い意味の方が大きいがな」

 

 良い点を挙げるなら、マダラに叩き込まれた教育や暁での活動、忍界大戦を経て培った技量や知識、積み上げた経験が今の『うちはオビト』を形作ること。幻想郷や月の都という常識破りの世界で立ち回り、強大な人妖や月人に食らいつくために必要だった物にしても、闇を生きたが故に得たものが多いのは、今思い返しても皮肉な話である。

 

「雰囲気とか口調とか、顔立ちとか。見た感じも割と似てるかも」

「同じ一族だからな。そういうこともある」

「でもまさか、親兄弟だなんて……」

「奴はオレの先祖にあたる。あとはオレの百倍は厄介な輩……そう考えたら解りやすいだろう」

「……いやいや、わかんないってば」

 

 百倍かは不明ながら、万華鏡を持つ他の者と比較しても差など歴然たるものだ。忍の神と謳われた柱間と唯一対等に渡り合い、オビトを超える強い瞳力と禍々しいチャクラ、並外れた戦闘技術、永い年月で蓄積された膨大な知識量。忍界で比肩できるのは不老不死の者くらいだろう。あの大蛇丸がマダラと同じ境地に辿り着けるか否かは見通せないが。

 何よりマダラはサスケと同様、六道仙人の実子・インドラのチャクラを宿す転生者の一人。輪廻眼を開眼した時点で、常人が辿り着けない領域に踏み込んだ異端者と見なせる。

 

 能ある鷹は爪を隠す、などという例え文句があるように、自分の恵まれた忍の才、強い力を濫りに振り回さず、謙虚に振舞える者こそ本当の意味での強者と言える。うちはイタチのような忍が最もな例だろう。

 問題はマダラが完全なる例外に該当すること。イタチ以上のものを持ちながら、自分に比肩する強者との戦いに歓喜や興奮を覚える、戦闘狂としての面が非常に強かである。それも全てはマダラ自身が強すぎる故のものだ。

 

(だが奴は……)

 

 黒ゼツはマダラを月の眼に縋らせ傀儡として扱い、カグヤを復活させて忍界に火種を撒こうと裏から糸を引いていた。巡り廻って邂逅した因縁の輩を潰そうと動くのは、本人の心境を考えれば当然の流れではある。

 しかし、敵味方のいずれでもない第三者こそマダラである。忍界ならともかく、ここは幻想郷でありマダラとは無縁の異界。共通の敵という認識こそあれ、手を貸し借りする義理はない。貸し借りし合える性格でもない。今後どう行動するのか警戒すべきだろう。

 

「都の海は綺麗かしら? オビト」

 

 オビトが一人そう思っていた時。見覚えのある黒い裂け目が何の前触れもなく隣に開き、尊大な目つきの吸血鬼が静かに降り立った。

 豊姫と一時的な休戦協定を結んだ後、レミリアは牢に囚われた霊夢と紫の元に寄っていたのだ。

 

「お前か……どうなった?」

「逃げたわ」オビトの表情をちらっと確認した後、レミリアは愉快げに鼻を鳴らす。「……というのは半分嘘。残り物を回収しに行くってさ。でも容態が深刻とかなんとかで、例の天使モドキのとこに。情けない話よねえ」

「輪廻眼を相手に立ち回るのは簡単ではない。二人はどこだ?」

「さあ? 後々来るんじゃない?」にやりと笑むレミリア。「それにしても……なんだか凄い光景。混ざりたくなるじゃない。黒幕っぽいのも居るわけだし――」

 

 止める間もなく飛翔したレミリアは、眼前に巻き起こる砂塵の中に突っ込んで消えた。

 すぐに甲高い声が上がり、オビトの真正面に飛んで戻ってきた――というよりは吹き飛ばされてきた。慎重さと思慮深さがあれば敵なしであろう少女だけに勿体ない軽率さである。

 吹き飛ばされたレミリアは「受け止めなさいよっ!」と言いながら、佇むオビトの体をすり抜けて背後へ消えた。当のオビトは別のモノ、浜辺に出現した別のチャクラを注視していたのだ。今さっき彼女が突っ込んだ方角を。

 

 決着は早々に着いた。浜辺に打ち捨てられているのは黒ゼツだ。マダラの方は疲労の色を毛ほども見せないどころか、元の場所から動いてもいなかった。黒ゼツの体は縦に真っ二つとなり、肉塊同然の姿で仰向けに転がっている。

 マダラが見下ろす中で辛うじて口元を動かすと、黒ゼツは「全盛期以上ダナ」と掠れた声を出した。

 

「生前ノ劣化体デアル穢土転生……六道ノ術モ木遁モ使ワズニココマデ……ダガコレデ時間ハ十分ニ稼ゲタ」

「聞いた台詞を吐くものだ」

 

 興味なさげに喋るマダラから視線を外すと、黒ゼツは離れた場所に居る面々を視た。薄紫色の眼にオビトの姿が映る。

 

「余興モ終ワリ……今宵ノ永夜ニ我ガ夢ガ……従前ナル世界ハスグソコニ――…」

 

 くぐもった嘲笑を響かせたのを最後に、黒ゼツはそのまま動かなくなった。

 事切れた体に近寄り手を伸ばしたマダラが、僅かに不可解な表情で動きを止める。静寂に包まれるはずの浜辺に一筋の風が吹いた。

 

「正直、混乱してる部分も多いわね……今回の件を知ってしまっては」

 

 自力で体を支えられる程度には回復したようで、依姫は咲夜から離れてレミリア、オビト、妖精の面々を見回した。黒幕と直に相対するまでは敵対関係にあった彼女だが、咲夜とオビトから詳しい話を聞き終えると、不本意ながらも納得した様子で瞼を瞑った。

――ちょうどその時だ。浜辺に面する鬱蒼とした森を抜けて、一人の玉兎が慌しく全員の前に現れたのは。依姫の前で胸を押さえ、玉兎は「ここに居りましたか!」と息切れしつつも話しかけてきた。

 

「落ち着きなさい。何があったの?」

「――くだんの仙霊です! 第五観測所の電波を掻い潜って都に……中央の三神結界の要を目指して移動しています! 私たちでは止められず――このままでは白銅鏡の境界を越えて――」

 

 玉兎からの切羽詰まった一報は、依姫に衝撃を与えるには十分すぎた。事情を呑み込めないレミリアが「何なの?」と問いかけると、依姫は「道中で話すわ」と言い残して玉兎と共に足裏を蹴った。苛立った貌のレミリアが、咲夜を従えて仕方なく後を追う。

 

「あなたもよ。早くしなさい」

 

 地上を振り返りつつ言い残して、レミリアは咲夜や依姫達と共に、都の方角へと一足先に消えていった。

 残ったのはオビトと妖精、無惨な姿の器を一人見下ろすマダラ。妖精は痛いほどの空気に耐え切れず恐々とオビトを見たが、本人はマダラに意識を向けている。

 

「あの頃と変わらん目をするものだ……お前は」

 

 背を向けたまま独り言のように呟いた男。現世という思いもよらぬ場所にて、幸か不幸か二人のマダラは再会を果たした。

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