THE LAST PHANTASM -OBITO-   作:大兄貴

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五話 黒ゼツ

 ゼツ。初代火影・千手柱間の体細胞を外道魔像で培養して生成した特殊な人造体――というのは表向きで、その正体は神樹に生命力を吸い尽くされた犠牲者達の成れの果て『白ゼツ』と、大筒木カグヤの意志が具象化した姿である『黒ゼツ』の融合体。偽者マダラの身分で暁に接触した時期よりも以前、マダラを騙り始める前から付き合いがある。血霧の里と呼ばれていた当時の霧隠れの里における、四代目水影による傀儡政権の時代に仲間に引き込んだ干柿鬼鮫より古い。

 このうち白ゼツの方には、右半身を大岩に圧し潰されて生死の境をさ迷っていた頃に介抱されて、思惑ありきとはいえ後のリハビリにまで手を貸す親切な面があった。特徴的な姿を見て『グルグル』と勝手に名づけた、白ゼツとは別個体の人造体と同様にやたらとお喋りで、排泄物を体内より排出する際の感覚を興味深げに訊きまくるという、奇怪な面も持っていた。ちなみに体の半身に植わる人造体は、白ゼツの右半身を移植した物である。

 どちらも根は悪い奴でもなく、愛想もよかったので、リハビリ時代は暇になると世間話に勤しんだものだ。もちろん今は昔の話であるが。

 

 もう一人は黒ゼツ。マダラにさえ自分が「マダラの意志」であると騙して、彼を影から思い通りに操っていた張本人。月の眼を手中に収めるために暗躍を続ける中、黒ゼツも異なる目的のために、自分以外の全てを欺き利用して機を狙い続けていた。

 黒ゼツの姿を最後に目にしたのは、カグヤが司る異空間の一つ、超重力の空間だった。オビト自身は共殺の灰骨を受けて命尽き、親しい友を残して崩れ去ったために、黒ゼツの本当の末路については知らず、知り得なかった。知らないままで終わるはずだった。

 

――死した直後の出来事はあまり覚えていない。生者としての、うちはオビトとしての存在が失われつつあったから、かもしれない。ただ一つ意識が明瞭化し始めたのは、温かな光が心を包んだ時だった。

 浄土の一歩手前まで辿り着き、待たせていた想い人に一声かけた直後、左眼が太陽を直視したかのように眩しく熱くなり、気がつくと現世に舞い戻っていた。トビやマダラだったこれまでの歩みが、最後の最後に果たすべき役目を与えたのかもしれない。

 旅立つ前に為すべきことを決した。それを心から望んで願った瞬間、大筒木カグヤという脅威を前に再び視界が開けた。両眼の万華鏡、六道仙人と心身を同じくした際に獲得したチャクラ体となり、はたけカカシと共に最後の戦いに臨んだ。

 

「全てじゃないが……覚えている。あの時、月となって封印されたはず……何故だ?」

 

 結果として黒ゼツは、六道の『地爆天星』により形成された巨石の内部に親元のカグヤ共々封印されたことで、全ての因縁に終止符が打たれたかと思われた。

 消え失せたはずの輩が幾ばくの時を経て、再び目の前に姿を現したばかりか、忍界でもない別世界にて邂逅を果たしたのは、それが誤りだった証明とでも言うのか。たちの悪い夢や幻術の類なら救いもあるが、自身を取り巻く状況は真実でしかない。

 

「お知り合いみたいね」

「黒ゼツ……オレが向こうにいた頃の、かつての仲間だった奴だ。今は違うがな」

 

 予期せぬ事態が形として現れても、オビトは言葉を失いかけるだけで、冷静さまでは失わない。仮にもマダラとして生きていた頃の面影は色濃く残っていた。

 封印石に押し込まれて、死んだも同然と思われた『黒ゼツ』という名のカグヤの意志が、今現在の神威空間に存在する――信じられなかったのは間違いない。それでも段々と現実を受け入れられ、幻術の産物でもない本物の黒ゼツであると確信せざるを得なかった。

 知らない間に寄生し潜伏していた黒ゼツが抜けたおかげか、体は多少軽くなったものの、この光景が肌を刺す悪寒を作り、かえってオビトを苦しませた。

 

「オレノ本体ハカグヤト共ニ封ジ込メラレテイル……今モナ」

「お前は……あの時の、黒ゼツか?」

「信ジラレズトモ無理ハナイ……本来ナラソレデ終ワリダッタ……ダガナオビト……アノ時……オレハ最後ノ力を振リ絞ッテ自ラノ肉体ヲ分断シタ……想像ニシ難イ苦痛……想イ人ヲ目ノ前デ失ッタオ前以上ノナ――…」

 

 八雲紫が双方を見守る中、黒ゼツは耳元まで裂けた口をにやりと歪めると、オビトを眺めながら「ダガナ」とくぐもった声を出した。

 

「神ハ……カグヤハオレヲ見捨テナカッタ……気ガツクトオレハ……オレノ『欠片』ハ異空間ノ外デ無様ニ転ガッテイタ」

「本体の一部分でしかないお前が……奴の空間から抜け出した? どこにそんな力が――」オビトは目を見張る。「まさか、封印の間際に奴が何らかの――?」

 

 疑問は直ちに消え去った。黒ゼツはカグヤの化身として、己の存在を誰に気づかせるでもなく、立案させた『月の眼計画』をマダラに進めさせた途方もない策士。うちはの伝説と謳われたマダラ、忍の神と謳われた千手柱間をも凌駕する正真正銘の化け物。いついかなる時でも彼らの手をとり、好きに捻り折るどころか、粉微塵に消し飛ばすほどの力の持ち主だ。インドラやアシュラの子孫達が一生を費やしても辿り着けない領域に踏み入り、どんなに手を尽くしても決して実現できぬことを、指一つ動かすだけで平然とやってのける未曾有の人外である。

 そんな輩が復活に向けた次なる手を考えもせず、何もせずに封印されて終わりなどと、何者に自信を持って言い切れるのか。黒ゼツを一目見れば幻想郷に現れた理由など、今さら訊かずともたちどころに判る。

 

「……奴を、カグヤを再び蘇らせる気か。その方法がここにあると?」

「何モ知ランオ前ダ……知リタイコトガ知レテ嬉シイノモ当然カ。ナラ感謝シテモラワネバナ」

 

――大筒木カグヤの復活。想像を絶する悪夢を黒ゼツは現実に描き出そうと企んでいる。その舞台に幻想郷を選んだ理由はともかく、事を成すための具体的な手段は不明だが、僅かなやり取りだけで狙いは明らかとなった。

 企みを嬉々として話し出す辺り、相当の自信が窺える。口に出した程度で計画が揺らぎはしないと確信があるのだ。

 

「カグヤ、かぐや、輝夜。思い当たる人物もいるけれど、外の世界の方かしら?」

「説明は後だ」オビトは続ける。「今はこいつから――黒ゼツ、何故オレを生き返らせた? 紫を欺くためだけに、オレを選んだわけではないだろう。それに半分死んだようなお前に、そんな芸当ができるとは思えん……」

「ソレガデキルカラ……オ前モオレモココニイル」

 

 黒ゼツは笑むばかりで逃げる素振りを見せない。八雲紫の手前、さすがの黒ゼツも滅多な行動は起こせず、時間を稼いで逃げるタイミングを窺っているのか。

 情報が圧倒的に不足している現状、この機を利用しない手はない。引き出せるだけ出すことができれば、それだけ此方は有利となり、今後もある程度は動きやすくなる。

 

「それじゃあ、耳を澄ませてみましょう。愛らしくて愚かしいお話にね」

 

 頭上で双方の話を聞いていた紫が、突如としてスキマの中に消える。

 

「オレヲ引キズリ出シタ褒美ダ……コノ世界ノ管理者ニハ敬意ヲ払オウ」

 

 恭しさの欠片もない態度で向き直り、愉快げな含み笑いで肯定する黒ゼツ。対峙するオビトの横に新たなスキマが開くと、内部から紫が顔を出した。何の意図かオビトにウインクしたが、本人は前方に佇む黒い人型に注意を向けて気づかない。乾いた笑い声を上げる因縁の相手に。

 

「簡単ナコトダ……オ前ノ瞳術デ大結界ニ出入リ口ヲ……イヤ……現実空間ト『幻想郷ノ現実空間』ヲ繋グ穴トスル方ガ正確カ……ソノ眼と体ヲ使ッテ道ヲ作ッタ。目ヲ覚マシタ時ニ大量ノチャクラガ失ワレテイタ理由ダ」

 

 幻想の産物として目覚めた当初の、酷い疲労感とチャクラの消耗をオビトは思い出す。

 莫大なチャクラをもたらす右半身の体細胞、十尾の人柱力となった際に発現した分も合わせて、現在のチャクラの保有量は以前の比ではない。十尾を体に収めた分、人間が生まれながらに保有できる限界量を突き破ったのだ。人の身に余るチャクラ量と禍々しい力ゆえ、それが抜けた直後は心身が急激な変化についていけず、凡そ数か月間はまともに体を動かせない容態に陥った。

 十尾の人柱力だった時のように無尽蔵ではないが、術の一つや二つを使った程度で消耗はしない。そんな体でチャクラが大量に消費される原因は限られる。

 

「入リ込ム場所マデハ選ベナカッタガナ……オレタチガ下リ立ッタノハ……妖怪ノ山ト呼バレル山岳地帯ダッタ……ソコニオ前ヲ放置シタノハオレダ」

「オレの半身に……あの時には、すでに」

 

――カグヤが司る異空間の一つ、熱砂の空間での出来事が頭をよぎる。

 広大な砂漠に消えたうちはサスケを探し出すために、距離の概念も通用しないほどの遠い異空間同士を神威で繋げた、あの時だ。遠距離に特化した神威を宿す左眼、近距離に特化した右眼を併用した両眼分の神威なら、チャクラ量には比例するものの、使いようでは途方もない距離の空間を繋げることができる。

 もちろんリスクは知れている。サスケを救出した時は、柱間の力と仙人化による莫大なチャクラをもってしても、空間を数秒ほど繋げるだけでチャクラも体力も底を尽きかけた。他者の力を借りてチャクラの供給を受けなければ、繋いだ空間を維持し続けることが不可能だったほどで、挙句はそれでもチャクラ量が押し負けて術が打ち消された。大規模な山火事をバケツの水だけで消火しようと試みるようなもので、無謀な賭け同然だったのは間違いない。神威の空間が赤子同然に思えたのだ。

 馬鹿馬鹿しいレベルの、二つの意味で次元が違う異空間に容易く干渉するカグヤは、それほどまでに恐ろしい敵だった。

 

 両眼神威の瞳力を極限にまで高めた時のリスクも同様。神威の共鳴効果を用いない手段で現実空間、専有空間以外の第三の異空間を繋げる場合は大量のチャクラを要する。繋げる空間同士の距離に比例して負担は増大する。博麗大結界に囲まれた幻想郷もその一つなのだろう。『異界』と称するだけはある。

 兎にも角にも、そのために黒ゼツはこの体を必要とした。幻想郷の存在を知るまでの経緯は不明ながら、複雑怪奇な術式で構築された未知の結界を無理やり越えるために、神威の瞳力を欲したとなれば話は繋がる。

 そうなると次は『どのように』、だろうか。六道の転生術など想像はつくとしても、真相は実行者である黒ゼツの言葉を聞かなければ判らない。

 

「マダラデモアッタオ前ダ……簡単ニ考エツイタダロウ。死ンダハズノ『ウチハオビト』ヲ常世ニ呼ビ戻シタ穢土転生……ソシテ六道ノ『輪廻天生』ノ術」

「六道……この体、道理で」

「ツイデニ例ノ細胞モ少シバカリ頂イタ……オ前ヲ蘇ラセルダケデ儲ケハ十分ダッタナ……感謝シテモシ切レナイホドダ」

 

 嘘を吐いているとは考えもしない。現にこうして生きて存在している。黒ゼツの尋常ならぬ執念が行使を可能としたのか、そして今や脆弱だった黒ゼツ自身が千手の細胞を手中に収めている。

 

「……穢土転生に輪廻天生まで。随分と駆け回ったようだな。お前らしくもないことだ」

「アア……苦労ニ苦労ヲ重ネ続ケタ……大蛇丸ニ木ノ葉ダケデハナイ……五大国ノ目ヲ盗ミナガラノ地道ナ作業ダ……ドレダケ途方モナイカハ……十数年モマダラトシテ動イテイタオ前ナラ解ルダロウ」

 

 悍ましいほどに強すぎる執念、もはやかつての白黒ゼツとさえ別人と考えた方がいいだろう。

 

――『うちはオビト』を完全に生き返らせるために、穢土転生の術により体を手に入れたのち、輪廻天生の術で生身の肉体を復活させた。

 輪廻天生の術には、蘇生する対象者の死体が必要不可欠。オビトとしての肉体はカグヤの異空間で灰となり朽ちて消えたために、基となる体を塵芥で作ってから蘇生させるという、もう一つの手段を講じるのが手っ取り早く正確だ。印を結ばせる術者は黒ゼツが適当に用意したのだろう。どちらも会得すれば扱い自体は容易い。

 穢土転生は印と術式、一から十までの正しい発動手順を事細かに記憶して、対象者の血液や毛髪などの個人情報物質、贄となる生きた人間、転生体を制御するための呪印札など、必要なものさえ用意できれば扱いやすい類の禁術である。材料は第四次忍界大戦勃発より以前、大戦の最中、終戦後と、手に入れる機会はいくらでもあっただろう。

 問題は輪廻天生の術だ。術者の生命力を代償に任意の人物を蘇生させるこの術は、生と死を司る力――輪廻眼の特別な瞳力がなければ扱えない。どれほど賢く強かな忍でもだ。力の強弱や才ではなく血筋が絡む問題ではどうにもならない。

 輪廻天生を安定して発動させるためには、千手一族の力が必要不可欠。輪廻眼を移植した適当な忍に柱間細胞を植えつけて、寄生し適合させた黒ゼツが使わせればいい。柱間細胞のみでは多少の問題は出るだろうが、術者が危険を冒して行使すれば高確率で蘇生に成功する上、不測の事態が起きても、宿主に負担を肩代わりさせればリスクを帳消しにできるので、黒ゼツの身に危険は及ばない。

 

「……待て。六道の輪廻眼など……どこで手に入れた?」

 

 穢土転生の術はどうとでもなるが、蘇生には輪廻眼が欠かせない。黒ゼツは眼をどこから調達したのか。誰かに輪廻眼を開眼させようとしたところで無駄な努力だ。

 うちはの者が深い喪失感や失意に苛まれた時、特殊なチャクラが視神経に反応して発現する写輪眼。親しき者の死を体感して強い負の感情に呑まれた時、三つ巴を解放させた写輪眼が変化を起こして生まれる万華鏡写輪眼。第三の瞳術を開眼した他者の万華鏡を両眼共に移植して、「発現する可能性がある」という永遠の万華鏡写輪眼。

 そして永遠の光と特別なチャクラ、この二つをそろえたうちはの者が、相反する千手の力を己が身に取り入れ、目前に迫った死の恐怖に抗う強かな意志が芽生えた時、初めて輪廻眼が発現する。六道仙人の実子であるインドラとアシュラ、彼らの『転生者』のみが持つ特別な陰と陽のチャクラ――うちはと千手の両方の力を束ねて、六道仙人のチャクラを導き出さなければならない。うちは一族の現状やナルトとサスケの力を考えるに、ここまでの手順を今の黒ゼツが踏めるとは思えなかった。

 開眼者から奪い取ったと考える方が自然だろう。黒ゼツはオビトの心を読んだのか、真っ黒い顔の上半分辺りに手を当てた。

 

「モウ解ッテイルダロウ。『奴』ノ死体ハ実ニ巧妙ニ隠サレテイタガ……情報収集ト潜入ハオレノ得意分野ダ……思イノホカ簡単ナ仕事ダッタ。アノ戦争ヲ経テ平和ボケシタ木ノ葉ノ間抜ケナ連中ガ大騒ギシテイル頃カモシレナイナ」

「やはりマダラか……!」

「コレハ元々オレノ物ダ……返シテモラウト言ッタ方ガ正シイ」

 

 白黒ゼツの戦闘能力は知れているが、地中を自由自在に移動する能力を持ち、任意の人物のチャクラを使って持ち主と同じ姿に変化したり、チャクラを完璧に真似るなど、こと隠密活動で右に出る者は存在しないとまで言わしめた。その極めて高い隠密性や情報収集能力は第四次忍界大戦時に限らず、いついかなる時でも本領を発揮していた。当時のゼツのなり損ないとはいえ、目の前の黒い人型にはかつての能力が丸々残されているようだ。

 六道の地爆天星による封印から逃れた黒ゼツが、カグヤの復活のために動いていること。強力な転生術を扱えること。神威を使わせて博麗大結界をやり過ごしたこと。右半身の細胞とマダラの両眼を奪ったこと。これだけ把握できれば用はない。黒ゼツの企みを知った以上は生かして帰すはずもない。

 

「もう一つ」紫が口を開いた。「欲するモノはこの幻想郷にある、みたいな流れだけど。それが結局なんなのか――さっさと答えなさいな」

 

 紫本人は納得していない様子で、扇子の先を黒ゼツに向けながら猫なで声を出した。相手の本性を理解したからか、彼女の声は明らかに冷たく変化している。黒ゼツは何も感じない様子で笑んだ。

 

「八雲紫……何カ勘違イシテルヨウダナ」

「なあに? 是非教えていただきたいわね」

 

 黒ゼツは上からの態度を変えずに嘲笑し、紫は恐ろしい笑顔で見つめ返した。

 

「オ前タチニ話シタノハ……オレガソウ望ンダカラダトイウノニ……ドウシテオレガ吐カサレル側ダト言エル? 人ニ命ヲ握ラレタ妖怪風情ガ思イ上ガリモ甚ダシイナ」

「――黒ゼツ。何を隠すのかは知らんが、お前の謀は捨て置けん。生きて出られるとは思わんことだ」

 

 オビトが万華鏡を目に進み出ると、黒ゼツは紫から視線を移して意味ありげに口元を歪めた。後退りする素振りもなしに佇むだけだ。

 

「『マダラ』ヨ……カツテノ裏切リ者ノクズトハイエ……本当ニ死体ヲ跨ガナイ生キ方ヲ。ココデ手駒ニシヨウトモ考エタガ……モウ闇ニハ落トセソウニナイ。実ニ都合ノイイ話ダナ?」

 

 オビトは僅かに視線を落とすと、命の息吹を感じさせない無機質な石柱の足場を映した。

 騒擾ばかりの忍世界に絶望したオビトは、名ばかりの平和を実現する月の眼を望んで仮面を被った。故郷や仲間を捨て去り、マダラと同じ世界を夢見て黒にどっぷりと沈み込んだ。

 暁という組織における真の首領としてゼツと共に暗躍し続けた『トビ』。目的がすぐそこに迫り、最後は決別した組織の者をも殺めた影の『マダラ』。用済みとなった暁が壊滅した後は五大国を、忍世界を相手に大規模な戦争を引き起こした『己自身』をも無限月読の手駒と変えて、空虚なる紛い物として友と相対した――うちはオビトという忍。

 

「その通りだ。お前は正しい」

 

 己を偽り続けて、他者の死体を跨いで生きてきた。黒ゼツの言葉に間違いはない。

 誰の意図でもない、己の意思で闇に堕ち、愚かしい争いの首謀者として、償い切れない大罪を犯したのだ。

 

「だが絶望していたオレはいない。二度と己を偽ることも、仲間の死体を跨ぐこともない。どこに居ようとオレは、木ノ葉のうちはオビトとして――本当に守りたいもののために、立ち向かうだけだ」

 

 紫はスキマから体を出して、黒ゼツを見返すオビトの隣に降り立った。

 オビトの視線はしっかりと向けられて揺るがない。紫は瞼を瞑り微笑する。

 

「何を復活させるのかは知らないけれど。大切なものを壊そうとする悪党に、この世界をくれてやる気なんてないわよ」

「ウチハオビト。八雲紫カ……」黒ゼツが呟く。「モウイイ。管理者ニハ挨拶デキタ……オ前ラゴトキニコレ以上ノ時間ヲ割ク気ハナイ。ヤルコトガ山ホドアルンデナ」

「言ったはずだ。オレの術中で逃げられると思うな」

 

 黙って二人を観察する黒ゼツ。ありもしない逃げ道を探すために、周囲に素早く目を走らせている。圧倒的弱者の立場を強調し演じることで油断や隙を生じさせる算段とも考えたオビトだが、情けをかけるつもりは欠片もない。黒ゼツ自身も無駄なのは理解しているだろう。

 どこに隠れようと紫の手で引きずり出されるのは時間の問題だったとはいえ、神威空間の外に出るまで体に潜伏し続けていれば、自ずと出てくるよりは生き延びられる可能性も期待できた。不利な状況で意気揚々と姿を見せる意味があったのか。

 

「お前の邪悪な企みは火ぶたなど切らん。ここで消えてもらうぞ」

 

 黒ゼツに一対一で劣る道理はない。仮にも以前は影のマダラとして、幾多のツワモノ共と戦い抜いてきたのだ。

 この場所は万華鏡の瞳術・神威の時空間。意図は測りかねるが、神威を唯一行使できる者の体を離れた時点で、敵対者は永久不変の閉鎖空間に閉じ込められた。まだ見ぬ別の仲間が幻想郷に潜むとしても、専有空間には何者の邪魔も入らない。入ったところで間に合いなどしない。

 

 神威空間の広さは限りない。半端な規模の術では簡単に回避されるだろう。空間ごと捻じ切る神威も同じで、左眼に収束するチャクラの動き、空間の歪みという視覚的な認識が隙を作るために、神威を熟知する者や感知能力に秀でた者、単純に身のこなしが素早すぎる者にも決定打とならず、手軽に使用できる幻術も黒ゼツには有効打とならない。

 右半身を構築する体細胞の一部を向こうが手中に収めているならば、現在の黒ゼツ相手でも生半可な術では仕留められない。紫に対して口にした言葉も気がかりだ。ここは最も確実かつ今のチャクラでも安定する術を選んでぶつける必要がある。そのためには別の方法で隙を作らねばならない。

 

 先に動いたのは紫だった。黒ゼツが反応できたのかも判らない、その真っ黒な体の背後にスキマが開くと、裂け目から伸びた鉄線のような物で四肢を拘束された。黒ゼツは顔を上げず硬直する。

 隙を見たオビトは印を組んで息を吸い込む。同時進行で右眼の吸引力を利用し、歪が外界の風を空間内に吐き出し始める。間もなく凄まじい突風が吹き荒れた。

 固定された黒ゼツの肉体が揺れる。察知した紫は隙間に入り込み、瞬時にオビトの背後へ移動した。

 

「――火遁! 『爆風乱舞』!」

 

 火の力を引き出すのは風。オビトが口元から大渦に着火した瞬間、神威空間全体を満たすほどの大規模な螺旋状の炎が解き放たれた。もはや並の火遁の比ではなく、伝説と語られたマダラの『豪火滅却』にも匹敵する規模と殲滅力を誇る。逃げる術を持たぬ黒ゼツに回避できる道理はない。

 炎の大渦に黒ゼツは呑み込まれた。逃げられなかったのだ。紫の力を恐れない黒ゼツも、細胞レベルで燃やし尽くされれば消失、生き残っても次なる手を打つまでの隙は生まれる。然るにオビトは何らかの違和感を覚えた。

 

 黒ゼツを巻き込んだ数秒後――爆風を形成するチャクラに乱れが生じた。それどころか火力は段々と落ち着き、半分ほど収縮したところで一気に別の渦となり、黒ゼツの足場を中心として――すぐに終息して消えた。吸い尽くして消し去ったかのように。

 残り火の中から答えは現れた。塞がっていた黒ゼツの両目が露になっている。薄紫色の眼に波紋状の線。幻想郷に住まう紫はともかくとして、忍界出身のオビトが見間違えるはずもない。

 

(『輪廻眼』……あの体で制御を?)

 

 炎を跡形も残さず吸収し尽くした力の正体は、餓鬼道・封術吸引。輪廻眼の基本瞳術の一つで、チャクラを基とする全ての術を吸収して無効化する。飢餓に苛まれた罪人共の果てしない欲望を象徴した術と言える。

 対策は頭に入っている。チャクラを使用しない力技、つまり体術など物理的な攻撃が候補に挙がる。それを理解しながらも火遁の術を放ったのは、別に体術が不得意だからではない。近接で交戦する機会の多い忍にとって体術は基礎中の基礎だ。

 態勢を立て直したオビトは、不可解な顔で黒ゼツを睨む。

 

「お前はまともな体を持っていない……その眼の正統な所有者であるわけでもない。行使にかかる負荷は相当のはずだ。今の術を吸収できる精度の餓鬼道……それを扱い御するほど力をつけたと言うのか?」

「イヤ……無理ヲ強イタナ」黒ゼツは呼吸を乱している。「オレハ弱イ……柱間ノ力ヲ持ッテシテモ……ヤハリ輪廻眼ヲ満足ニ扱ウニハ程遠イ体ダ……扱エタダケデヨシトスルガナ」

 

 息を切らしながらも黒ゼツは笑みを消さない。そして二人が次の行動へ移る前に口を開いた。

 

「トコロデオビト……言イ忘レテイタコトガアル」

 

 黒ゼツのくぐもった声が響く。仕掛けようとしたオビトが動きを止める。

 

「オ前ノ体ニ付イタ時……輪廻天生ノ礼代ワリニ……オ前ノ力ノ一部ヲオレニ刻マセテモラッタ。熱心ニ話ヲ聞イテクレタンダ……ソレガ何カ知リタイダロウ」

「柱間の細胞に転生術、六道の力……まだ何か隠し玉が――」

「オビト!」

 

 何かを察した紫が大声で呼びかけるも、すでにオビトは黒ゼツと視線を合わせていた。

 独特の波紋模様が消えており、三方手裏剣紋様が赤い瞳に浮かぶ。黒ゼツの右眼を中心に正体不明の歪が渦巻く。予期せぬ事態に対応が遅れるオビト。

 

『ドウセ最後ダ……セイゼイ踊レ……ソノ時ガ訪レルマデ――…』

 

 交錯する二つの万華鏡。二人が行動を起こす前に、黒ゼツは歪に巻かれて神威空間から姿を消した。

 

 

――◇◇◇

 

 

 静けさを取り戻した時空間の中で、オビトは黙って立ち尽くしていた。先ほど黒ゼツが行使した力は見覚えがある――否、覚えどころか実際に喰らっている。

 うちはイタチ。彼は死の間際、同じ術でサスケの眼に『天照』を保険として仕込んだ。イタチが一族と木ノ葉の里に反旗を翻して暁に走った理由を、真実を語ろうとしたオビトを口封じに処理しようとした。黒ゼツが視線を合わせた瞬間に発動したのは、右眼神威の転写封印術。ここにきて二度も同じ策略に嵌められたのだ。

 瞳術の『転写封印』により、写輪眼の力を任意の対象者に一時的に植えつける。仕込まれた者が術をぶつけたい対象者と視線を合わせた時に発動する。右眼に呼応して自分の『輪廻眼』が神威を自動的に発動するよう仕組んでいたのだ。この世界に放り込まれるより以前に。

 

「オレの力をこう易々と……」

 

 致命的だったのは、目覚める前に黒ゼツに体を弄繰り回されたこと。こればかりは防ぎようもなかったが、結果として逃亡を許してしまい、やりきれない思いだった。

 

「してやられたわね。どうする? これから」

 

 紫は胡散臭い表情を戻しており、黒ゼツが消えた辺りを眺めている。

 

「どこまで事が運んでいるかは判らんが……奴を追い、カグヤの復活を阻止する。奴も確実に仕留めなければならん。簡単にはいかないだろうがな」

 

 黒ゼツは地中に根を張り、地下を自由に移動できる異能を有している。その気になれば感知されぬまま永遠に身を潜めて、好きな時に好きな場所に姿を表すことも。ゼツほど厄介な輩は見られない。前例がないのだ。

 広大な未踏の地に逃したとなれば、全身の骨が粉々に砕けても探すには足りないだろう。他人に成り代わる術も使えることから目撃情報も当てにならない。

 

「……オレたちが争う理由はない。形がどうであれ、今は協力してほしい。幻想郷を広く見渡せる目が――お前の力が必要だ」

 

 大結界の管理者である八雲紫、願わくば他の妖怪の力もあるなら、実質的な一人行動を試みるよりは結果が期待できる。現段階では形式上ながら、幻想郷の者達と手を結ぶことが、黒ゼツの計画を潰す助けに繋がるかもしれない。輪廻眼を相手取るとなれば、より確実な方法を選ばなければ命潰える時期は早まる。

 先ほどまで半分ほど対立していた二人。紫の方はにこりともせず、さも当然という明るい表情で「私でよければね」と呆気なく承諾した。

 

「けれど、他の子も力を貸してくれる……なんて保証はできないわね。自分勝手で癖のある子が多くて、私の言うことも聞いてくれなくてねえ。血の気が多かったり、品がなかったり、何かと手を焼く子が多いのよね」

「今は想定の、許容範囲内だ」オビトはミスティアを思い出す。「その時は、その時だな」

 

 幻想郷を脅威から守りたい気持ちは住民なら(おそらく)持つとしても、そこに住む人や妖怪達の皆が協力的とは限らない。協力とて仲良く一緒に行動することを望むわけでもない。必要な警告を行い、黒ゼツの企みを叩き潰す方向に考えが傾くだけでも十分だ。名も顔も知らぬ外来人として、これ以上の厚かましい物言いはできまい。

 黒い裂け目が開いていく。紫の姿が呑まれゆく様子を確認すると、オビトも右眼を中心に発生した渦の中へ消えた。

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