THE LAST PHANTASM -OBITO- 作:大兄貴
国産ノ狭間。悠久の時を経て、英雄達を前に敗れたかつての災禍は空を調律する。
今や地上も月も関係ない、あらゆる生物と世界を踏み潰さんと降臨するは文字通りの神。邪なる神の類。同じ神々の生命力を糧に孵化し、その禍々しきチャクラと共に顕現する。
地爆天星の地表に小さな影が見える。今さっき亀裂から這い出たソレは、黒より黒い黒一色の表皮を持った異業の人型。黄色の両眼を見開き、漆黒の振袖に長い黒髪をなびかせている。
神や仙霊をも手にかけて辿り着いた答えは、大筒木カグヤとは程遠い姿の醜悪な魔物だった。
「まだか。アレはよく動いてくれたが……母さんが目覚めるには遠い。半端すぎる」
十尾は忌々しげに舌打ちする。断絶された空間同士を繋ぐ威光、取り込んだ神々と十尾のチャクラを介して抽出した外道魔像は内在する一方、肝心のカグヤは居らず、干渉して取り出せた神樹の力も八割程度。
色々な意味で大きすぎる物を引っ張り出そうとしたためか、分裂体に奪わせたチャクラでも不十分。カグヤと深い繋がりのあるハゴロモやハムラ、インドラとアシュラが持つ陰陽のチャクラでもあれば早かったが、封印の大部分を解術できただけ喜ぶべきこと。邪魔者の排除や目的を達するに足るチャクラは手中にある。
「まあいい」十尾は膝を着き、地表に手を触れる。「やっと出られた。チャクラを収集する機会はいくらでもある……先んじて面倒そうな奴からか」
本当に迎えるべき結末は血生臭さとは縁遠いもの。以前のオビトやマダラのように、面倒で長ったらしい戦争を起こす必要はない。今や異界の住民達と殺し合う理由も存在しない。後々を考えるなら、生かす方が全てにおいて都合がいいのだ。
必要な条件は揃っている。この場でたった一度、簡単な動きをしさえすれば、積年の願は成就するだろう。後はそれに伴いチャクラを集めれば事は終わる。その判断と行動を妨げているのは、かつて同じ夢を託し操った傀儡の姿。あのオビトに最も近しい忍が背後にいる。
「こんなとこに何の用だ? 用済みのくせして」
「少し捻くれてやろう」マダラは鼻で笑う。「暇つぶしだ……問いには問いで返してやる。答える意味はあるか? とな」
マダラは生前の劣化体である穢土転生の状態でも、忍の神・千手柱間に唯一比肩し、オビト以上の瞳力と強大なチャクラを宿している。単純に『強すぎる』ために、大概の戦闘は早々に終わるため、曰く柱間以外との戦いは全てお遊びに過ぎない。あの五影を全員同時に相手取ってもなお力の差は歴然だ。そのため本来なら、柱間以外が相手である場合は手加減から入る、ある種の癖があるのだが、常識を塗り替えたのが人外たるカグヤだった。
柱間をも突き転がすチャクラの祖を前にして――何より自分を傀儡として利用した輩が目の前に立つとなれば、マダラとていつもの癖が表に出ることはない。
「安心しろ。このうちはマダラが答えてやる。森羅万象を断つのはお前だけではない……身をもって教えてやろう」
全身から青いチャクラが噴き出すと、瞬く間に体を覆い尽して爆発的に膨れ上がった。
凄まじい奔流により十尾は後退を余儀なくされる。巨人の骨格が形成されるも、チャクラの硬質化には歯止めがかからない。筋肉組織と表皮が張り巡らされ、炎のように揺らめく外装をまとい、頭部の前後に二つの顔、四本の腕を持つ両面宿儺に酷似した、禍々しい巨体が雄叫びを上げる。
敵を叩くには十分すぎる力だが――その姿さえ長くは続かず、鼻高天狗を思わせる面が形成され、両眼部分から青い爆炎を噴出すると、化け物染みた莫大なチャクラが空高く伸びた。
現れたのは規格外の体躯を持つ鎧武者。全てを潰さんと踏み出した破壊の権化。今ここに最大にして最強の『須佐能乎』が降臨する。
第四次忍界大戦にて猛威を振るった天災が、十尾というもう一つの天災を前に翼を羽ばたかせ、国産ノ狭間を力強く飛び立った。
眼下に映る巨大な天体の真上で、腰の鞘から引き抜かれる物質化した青い刀身。
鎧武者の額部分で腕組みし、マダラは「ちょうどいい」と呟いた。暗い薄紫色の両眼が開かれる。
『この世界の地図を書き換えさせる程度、今やオレ一人でも容易い。ここで試すほうが後腐れなかろう』
天を斬る一閃。刃の軌跡は斬撃となって飛翔し、真一文字の衝撃破が眼下の天体に着弾する。
爆発で片づく規模を遥かに超えた、異常なチャクラの奔流にさらされる国産ノ狭間。天体を覆い隠すほどの爆風と砂塵が辺り一面に巻き起こり、上空に佇む完成体須佐能乎にまで余波が到達すると、そのまま突き抜けて常夜の空を真っ赤に染め上げた。いくつもの山を斬り裂き、森羅万象を砕く一閃であれば、都や博麗大結界など消し飛ばされていただろう。
然るに忍の祖である六道仙人を介して、そのチャクラをも与えたのは誰であろう、神樹の実を喰らいチャクラの祖として目覚めた大筒木カグヤ。力を振るうマダラ本人に自覚がないだけで、この場は赤の他人同士ではない、言うなら親と子の戦い。そう考えるのは少なくとも一人しかいない。
謎の突風により視界が明ける。あまりの破壊力故、周辺の空間には通常あり得ない歪みが生じているが、あろうことか天体は無傷。完成体の力をもってしても、森羅万象を超えた六道の『地爆天星』は支配できないのだ。
「地図を描くのは人間だが……奴は人外か。こんな眼を伝播させただけはある」
六道の地爆天星ほど堅牢な封印術は他にない。マダラは驚きもせず、満足げに口元を歪めた。
「つまり」
付近から囁き声が聞こえた。無慈悲な一閃が走り、襲撃者を青い刀身が貫いた。背後より迫っていた十尾は頭を垂れるも、けいれんした後に不気味な笑い声を漏らす。
「――お前がどれだけ神に近くても、子は親に逆らえないってことさ。その須佐能乎も輪廻眼も、お前を縛る穢土転生でさえ、全ての源流はカグヤにある。忍なんてのはオレが創作した『作品』……しかもお前はオビトと同じ失敗作だ」
黄色い両眼が細まる。十尾の額に亀裂が入り、九つの巴が波紋状に繋がった模様の第三の眼が空気に触れた。十尾本来の眼である『輪廻写輪眼』――無限の瞳力がマダラを射抜く。
動作せんとした化け物を、マダラは腕の一振りで突き落とした。月へ落下する十尾を映しながら脳裏に追憶を過らせる。
カグヤの姿を模る十尾のみならず、うちはサスケが左目に宿していた輪廻写輪眼とも性質を異にしている。外形こそカグヤの目と同じながら、感じ取れる瞳力は通常の輪廻眼の域を出ていないのだ。なればこそ面白い。
「脆く成り果てた身で強がる辺り、ジャリはやはりジャリでしかない」
再び過ぎる忌々しい記憶。大筒木の意志に体を魂ごと乗っ取られた、あの時だ。
かつて『カグヤ』と化していた身ゆえに解る。地上から莫大な自然エネルギーを吸い上げ成長した神樹、その力を取り込んだ輩を『チャクラ』で抑えるのは並大抵ではない。異界の神々のチャクラを吸収した分身だとしても。
カグヤを制御して操る輩が居るとすれば、それはカグヤ本人を置いて他にない。息子のハゴロモやハムラにすら不可能だろう。『黒ゼツ』だった出来損ないの輩では絶望的だ。神樹に至る前の未完成の十尾でさえ、あの戦争の最中に己の意識とチャクラを余すことなく向け続けてもなお、完全に御することは叶わなかった。目の前の輩にできることは、精々がカグヤの意志に身を任せるしかない。
ただし――これまでと違うのは、カグヤに触れているのは長門でもオビトでも、己自身でもない、正真正銘の意志の塊であること。十尾たるカグヤに逆らう理由がまるで存在しない。存在し得ないのだ。肉体が脆弱でチャクラが足りずとも、あの頃より上手く神樹の力を制御できても不思議ではない。
互いに孤立無援の状況、この演出は粋だ。烏合の衆だった忍連合、五影より楽しませてくれんとする勢いを愉快に思わぬはずもない。少し前までは十尾の傀儡だった者が、一転して喰らう側に回ったのだ。
答えは凄まじい叫び声と共に現れる。月面に跪いていた十尾の表皮を突き破り、くすんだ肌色をした何かが四方八方に飛び出した。その何かは辺り一面に蠢き、急激に膨れ上がっていく。
やがて天体を抱擁するように顕現したのは――山のような大きさの完成体を軽く凌駕した、辺り一面を覆い尽くすほどの規模を誇る異形の化け物。尾獣を超える巨大な眼が見開かれ、国産ノ狭間に不気味な咆哮が響き渡る。
「出るものが出たか。奴が答えを示しに現れるまで……」
上空で一人呟いたマダラ。木遁の印を組むと、須佐能乎の周りに次々と煙が上がる。
マダラもオビトと同様、柱間細胞の数少ない適合者にして、その身に十尾を取り込み莫大なチャクラと生命力を獲得した忍。純化なる力による性能の強化、元々の特性である無限のチャクラと死なぬ体も合わせて、以前の転生体を超えていると言ってもいい。九体の尾獣が抜けた劣化体が相手とはいえ、今や体一つで十尾と直に殴り合える忍など、マダラを除いて他に存在しない。
「思う存分、楽しませてもらうとしよう」
本物と瓜二つの木分身が現れる。二人や三人ではない、百を優に超えるマダラが一斉に降りていった。
天体を軸に咆哮を上げ続ける十尾を囲んで、青いチャクラが点々と無数に輝いている。
両脇に『輪墓』を従えて三体分の完成体を操作し、マダラは落雷のように地上へ向かった。
――◇◇◇
うちはマダラと十尾が国産ノ狭間で衝突する数分前。耳を騒がせたのは破滅の旋律。
都中に溢れ出した正体不明の力を感じ取り、源を辿って国産ノ狭間を訪れた女性。信頼を置く何人かの兎に支えられながら、猛毒同然の瑕穢で衰弱した体を無理やり引きずり、ついにその発生源――全ての元凶を目の当たりにしたのだ。
「黒いのを追ってきてコレか……夢であってほしかったけど」
戦々恐々とする玉兎達を余所に表情を変えず、太刀の柄を握り締めた依姫。古の時代から今日に至るまで、ただの一度も相対したことのない、未知なる姿が天体のように浮いている。天蓋となり頭上を覆い尽くしている。
瞳に恐怖の色はないが、額の汗は隠し切れない。依姫とて月人の頂点に立つ強者である前に一人の人間だ。むしろ『地爆天星』という規格外の大岩を映しながら冷静さを失わない、強かな精神力は日々の厳しい鍛錬の賜物と言える。月兎達は銃剣を手にしながら、驚愕と恐怖のあまり誰一人として引き金を引かずに硬直している。
星の異常性は見た目のみならず、周囲の空間に多大な影響を及ぼすほどの、膨大すぎるエネルギーにもあった。
――火之炫毘古神。万象を焼き尽くす、大いなる輝きにて黒を照らせ。
瞬く間に駆け巡るは紅蓮の炎熱地獄。火産霊の炎は星を呑み込まんと表面を包み始めるも、大方の予想通り打ち消された。
腕を下ろした依姫は思考する。やはり地表を覆うのはただのエネルギーではない。神降ろしで降臨する神々と同等かそれ以上に高尚で禍々しい力を内に秘めている。
(さて……この状況)
永年の宿敵である純狐や、黒ゼツとも違った無生物の化け物。正体など目視する限りでは判断できまいが、放っておける物とも思うまい。捨て置けば都に好からぬ災厄が降りかかるだろう。
瘴気に蝕まれてボロボロになり、姉が倒れて一人残されたとしても、月のリーダーとして最後まで見過ごせるはずがない。どれほど絶望的な状況に陥ろうと退く選択肢はない。
「ここからは私一人で行きます。お前たちは速やかに都へ帰還し、皆と共に地下にでも隠れてなさい。瑕穢の影響は拭い切れていないから、命が惜しければ都側が事態を収拾し終えるまで、外へは出ないこと。いいわね?」
依姫はいつものように淡々とした様子で言葉を発した。玉兎達は恐ろしさを噛み殺した表情で上司を見つめる。
都に蔓延する八十の瑕穢、数多の死を振り撒くことは都の崩壊に直結し、月の民の絶滅を意味する。
国産ノ狭間へ突入を開始する前、都での待機と人命救助の両方を部下達に命じていた。民達のまとめ役として当然の権力行使だったが、実際には『生命の保護』を目的とした私的な理由も平気で混ぜ込んだ。お硬い上層連中にも覚らせぬよう細心の注意を払って。
「……イヤなんです。このまま逃げ帰るなんて」
彼女達の力を借りてもなお、嘘をついて自分を誤魔化した。だからだろうか。そんな臆病な自身とは対照的に、兎達が本心を表に出したのは。
「命令に逆らうつもりかしら」依姫は低い声を出した。「お前たちは総じて実戦経験不足な上、地上人のお遊びでも敗北する始末……此度の戦いでは尚更、足手まといになるだけよ」
危険を顧みずついて来てくれた時点で、依姫には玉兎達の想いが十分に伝わっていた。
皆がここまで来たのは、誰が強要したわけでもない。軍人とはいえ弱い兎が『本当の危機』を前に隠れるのは当然であり、依姫とて多少無理を重ねれば一人で辿り着くこともできた。玉兎はいずれも自らの意志で足を運んだのだ。依姫の中ではすでに、地位や役職に座する姫君としての自分と、綿月依姫という一人の月人としての自分とがせめぎ合い譲らない。
この時点では追い返すこともできた。口を開いた玉兎のみならず、全員が胸に抱いて離さない、強すぎる意志が決定打となったのだ。先ほどまで怖がっていたはずの兎達が一人、また一人と依姫の傍を通りすぎて、眼前に浮かぶ天体に対峙した。傷だらけの彼女を護るように。
「私たちは弱いです。地上人よりもずっと」
青髪の玉兎が振り向いた。真紅の瞳が輝いている。
「だけど、依姫様や皆を……都を失いたくない気持ちは、誰にだって負けない。私たちに託してくれた皆だって同じです。傷つくことはあっても、足手まといにはならない。だから」
依姫に連れ添ったのは数人の玉兎だが、都では本人が思う以上の、遥かに多くの玉兎達が彼女を慕い、その帰りを待っている。ここにいる玉兎は一人残らず、仲間達全員の想いを背負い立っていた。
個々の力は弱く小さくとも、互いの繋がりは大きな力を生み出す。すでに依姫にも匹敵するほど、玉兎達の想いは強固たるものになっていた。
「どうか我々にも、お慕いするお方を護らせてください」
皆の心を理解しても依姫は表情を変えなかった。しばらく沈黙した後、腰の鞘に無言で手をかけると、滑らかな動作で抜刀する。仙霊の力より穢され敗れた刀身は、主の歩みと共に眩いばかりの輝きを取り戻した。
「とんだ骨折り損ね」依姫は微笑する。「軍人ともあろう兎が……日々の訓練で育ったのは『そっち』。こんな大仕事を前にしても、肝心なほうは最後までからっきしのまま」
今さら命令は不要だった。護りたいのは依姫だけではなかったのだ。
臆病であるはずの兎達が、逃げたい気持ちを押し殺してまで立っている。稀に見る勇気を見せつけられた今、せっかくの決意を蔑ろにするのは愚かというものだ。
目の前の兎達を見ていると、僅かに息苦しさが収まった気がした。
「格好よく宣言したからには、きちんと支えなさい。私も……お前たちを死なせはしない」
部下達を従えて月を睨む依姫。体中から溢れ出す霊力を受けて、曇りのない白銀の刀身が煌いた。