THE LAST PHANTASM -OBITO-   作:大兄貴

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五十三話 邂逅

 偽りの世界へと逃げ込み、仮面を被って生きていた十数年間を天秤にかけた。

 結果として白には傾いたが、黒を潰すために払った代償は大きすぎた。それなのに痛みを少しも感じず、喜びさえ覚えたのは何故か。消えぬはずだった濁りを消し去り――本当に望んだ色を掴み取ったからだろう。

 この穏やかな心の内は願わくば、きっかけをもたらした者達への感謝からくるものと思いたい。

 

 永遠と思われた眠りより目覚め、紫と妖精が見守る中でスキマ空間に降り立った。周辺を見回す左目に対して、右瞼は固く閉ざされている。妖精はオビトが口を開く前に急いで駆け寄る。

 

「アンタ……その、大丈夫なの?」

 

 複雑な表情で顔を覗き込む妖精。数多くの追憶を目にして、理解した後では色々と気持ちの整理がつかなかったが、辛うじて言葉にして紡いだ。

 本人に悟られないよう言葉を選ぶのは骨が折れた。なおも不安は拭い切れない。能力の酷使に加えて、凄惨な景色を直視し続けたせいで、疲労困憊なのは体を心配した側も同じだった。(おそらくは)表情に出ていることもあり、平静こそ装えても、鋭い洞察眼と思慮深さを有するオビトの前では、心を見透かされないかと気が気ではなかった。嫌いな嘘を堂々と吐く破目になるのではないかと。

 

「問題ない。奴は消えた……」

 

 早々に迎えた終幕。熱く脈打つ右眼とは裏腹に、黒々と濁った忌々しい重石は嘘のように消えている。オビトの左目が妖精を捉えた。

 

「お前は……都の医療施設で、あいつらを看ていると思っていた。何故ここに?」

「なりゆき。そうする前にユカリのやつ、ここに放り込みやがったのよ。ていうか――」

 

 安堵した表情から一転、妖精は頬を膨らませるなり、腕を組んで「なんでもない」とそっぽを向いた。

 地上から月へ乗り込んだ者達のうち、静かの海で力尽きた魔理沙とアリスのほか、都における純狐との戦いの末に重体となった三人――霊夢と咲夜、レミリアをスキマで安全な場所へ運んだことに関して、紫本人から話を聞いて大方知っていた。主人を看ているであろう従者と同様、妖精も皆と都で待機していると思っていたが、よもやスキマ空間で再会するとは予測できまい。

 

「複雑なのよねえ。とっても解るわあ、私も女の子だから」

「解る? 何がだ」

「あらあら、境遇かしらねやっぱり。無理もないか」

 

 血生臭さのない普遍的な人生を謳歌していても、負ではない心や感情の理解に至らない人の子はいる。強いる方が無茶だろう。妖が口にできる領分でも本来ない。

 曰く脈絡のない意味不明な言葉を口走った後、紫は急に真面目な顔を作ってオビトを眺める。

 

「実はね。呪いを見つけ出したのは、私じゃないのよ」

「……?」

「私は少しばかり助力しただけ。濁りの中からアナタを救ったのは、その子だってことよ」

「ちょっと! あれがあれなのに、どーしてあれがここでっ!」

「うん? アナタから言いたかった? ごめんなさいね」

 

 現状に似つかわしくない平和で日常的な表現で例えるなら、何も知らぬ兄にどっきりを仕掛けようと謀った悪戯好きな妹が、直前で母にネタをばらされ憤慨する構図である。永きを生きる妖怪として数多の血を見てきた紫より、短きを色濃く生きてきたオビトの方が不慣れで理解が少なく異物感は強いだろう。

 からかう紫を前に変な文句を並べる妖精を、再びオビトの視線が捉えた。抗議する割に妖精の口元は緩んでいる。

 

(自然の権化……)

 

 十尾の力に対抗できるのは同質のチャクラのみ。心神を通じて呪印を認識し干渉するには境界操作のほか、仙術チャクラかそれに近しい自然の力、強い精神力を要する。でなければ呪印に触れただけで精神を蝕まれ廃人と化すだろう。十尾の影響力は一欠片のチャクラだけでも凄まじく大きい。紫の話が本当なら、妖精はそれに比肩する、他にはない力を持つことになる。

 脳裏をよぎるのは、随分と前に本人から聞いた「自然そのもの」という言葉、触れた者のチャクラを安定させる能力。種族共通か、彼女特有の力かは不明ながら、忍界を循環する自然エネルギーそのものである十尾と比べると、自然の化身として似通った点は存在する。妖精の力に体のチャクラが影響を受けた理由なのか。

 じっと妖精を観察するオビト。妖精の目が泳ぎ始めた時、視線が紫の方に移った。

 

「外はどうなっている?」

「始まったわ」紫は微笑む。「偽の月から生まれた古の怪物と、真なる月を護らんとする民達との、見えざる月面戦争……私たちの世界だけじゃない、アナタに近しいあの者も、第三者として身を投じたみたいね」

「奴か……」

「覗く限りだと、私たちや向こうと敵対する意思は感じられないわね。少なくとも今は」

 

 忍界とは異なる別世界、この状況で目立ちまくる近しいチャクラの持ち主など考えるまでもない。

 自身や十尾と共に暴れ回った輩とて、無限月読がさらなる争いを生む術であった事実、十尾がカグヤ自身であること、時空を越えて二度も利用された現状を思うに、十尾の息の根を止めようと動く理由は多い。

 共闘して背中を任せられる味方としては期待できず、今さらする気も起こらないが、因縁こそあれ敵という立ち位置を否定できるだけマシと言える。

 

「とにかく二人とも。頼みを聞いてくれたことには礼を言う……オレはいかねばならん」

「帰ったらお煎餅ご馳走してね」

「行くって、そんなの――」

 

 妖精が最後まで言い終える前に、紫が笑みを消して制止する。視線はオビトの閉じた右目を捉えている。

 

「今のアナタの足枷になるのは、体力とチャクラの消耗に止まらない。瞳力を主とする者が隻眼で――いえ、半隻眼でどうにかなる相手とは思えないわね。勝ちの目は絶無に等しいと言わざるを得ない」

 

 聡明な紫に曖昧な物言いを強いたのは計り知れない十尾の底。本人の力量に依拠して事象を弄る力であれば、効力の及ばない相手が存在するのも自明の理。理解はしても行き届かない純化や運命操作、神々のチャクラが代表的な例だ。

 妖が扱う境界操作の力に限界が生じるのは、紫本人も自覚する穴である。そんな彼女より脆く弱々しい容態にある者の力など知れている。

 

「此度の災禍は」オビトの拳に力がこもる。「オレが撒いた種だ。そいつが芽吹いたなら、摘むのもオレの役目。未熟さゆえに招いた結果……選択する余地も資格もない。選ぶつもりもない」

 

 今やあまりに多くの物を失ったが、喜々として望んだ結果に過ぎない。自らの意思で手にした物は残っている。幾多の罪と同じように、失われないものが一つだけ体に宿っている。他のどこでもない左眼に。それは写輪眼でも十尾のチャクラでもない。

 誰かの前で語るのはおこがましいのだろう。それでもせっかく道を正したのだ。命がけで隠していた本心を、ほんの少しだけ。

 

 二人は黙って言葉を待っている。妖精は他人と呼べるほど遠くには居ない。なればこそ気持ちを押し殺し――生来大嫌いな『嘘』で初めて本心に鍵をかけてまで、何も言わずに待つしかなかった。

 

「だからせめて……今度こそ。オレの意志で立ち上がらせてくれ」

 

 

――◇◇◇

 

 

 騒乱の最中にある国産ノ狭間。少数の玉兎と共に天体を目指す中、戦場に乱入した第三者の存在が依姫の足を止めさせた。

 火の神が宿りし燃え盛る太刀を振るい、月面に生まれた黒点を討たんとした瞬間、天高く昇ったのは神々も真っ青の青々しいチャクラの奔流。遠目に見ても明らかに普通ではないソレは、鎧武者のような姿に変化したかと思えば、天体が謎の爆風に包まれ、余波がこちらまで到達し、危うく体勢を崩しかけた(玉兎は全員転倒してしまった)。

 それだけではない、月を包むように巨大な異形の化け物が顕現したと思えば、今度は無数の人影が雨のように降り注ぎ、青いチャクラがいたるところに点々と灯っていく。化け物の頭上には天狗の武者、空間中に響き渡る咆哮――状況判断に秀でた者でも、急すぎる展開は理解に苦しむだろう。

 冷静に観察する依姫の隣で、火縄銃を構えた玉兎の一人が「えっと」と切り出した。

 

「うまく言えないんですけど……我々の味方と思ったりして、いいんでしょうかね?」

「いいわけないでしょ」依姫は呆れている。「あんなモノは信用に値しない。知らぬ地上人なら尚更」

 

 地上の民より強い月の民、その中でも最強の月人と名高い依姫を呆れさせて、曰く『あんなモノ』である輩がまともであるはずもない。力の強弱や危険性以前に知らない輩でもある。

 敵の敵は味方との考えは愚論に等しい。百歩譲って利用価値を見出すとしても、安易な判断で気を許すなど言語道断。厄介者であるほど甘さは捨てるべきだろう。黒い奴の術から月人を助けた地上人のように、客観的に見ても敵と判断するには不十分な人物ならまだしも、素性の分からないアレは、味方という概念が通ずる輩かも怪しい。海辺での出来事にしても、一つ一つの攻撃の質や規模が人外で常を逸しており、神降ろしにより降臨する神々の力に匹敵すると思わせた。

 

「依姫様――」

「そうね。だからって、こっちが黙る理由にはならない。急ぎましょう」

 

 戦場で悠長に傍観するのは悪手だ。断絶された空間の外にまで影響が出始めている以上、残された時間は多くないと見ていい。敵味方の判別がつかない者の被害など考慮する余裕はない。あの男とて自分に降りかかる厄は承知しているだろう。傍にいる兎達にだけ気を配っていればいい。

 

 咆哮する化け物を目指して絶え間なく飛び出し、沢山の青い巨人が斬り掛かっていく。物量の割に烏合の衆とは程遠く、一体一体が高密度のエネルギー体で覆われている。

 化け物は衝撃波で周辺一帯の巨人を吹き飛ばすと、顎をこじ開けて無数の腕を吐き出した。大木のような腕は不気味に蠢き、周囲を無差別に薙ぎ払いながら津波となり、依姫達をも巻き込む勢いで迫る――。

 

「来たぞ! 迎え撃てッ!」

 

 黙って圧し潰される玉兎達ではない。銃弾がその力を最も発揮する機を見計らい、青髪の玉兎の指示で一斉に引き金を引いた。発砲音は響かなかったが、次の瞬間には迫っていた腕の群が消し飛んだ。軍に支給されるのは月の最新技術の賜物で、特殊な弾丸は鋼鉄を撃ち貫き空間をも射貫く。ただの火縄銃ではない。

 普段はよく訓練をさぼる上、逃げ腰で臆病な玉兎軍ではあるが、依姫と同じ月の民に変わりはない。都に本当の危機が迫った今、頼りないかつての面影は失われ、鋭い目に炎を燃やしている。

 

「月の脅威。そう評するに足る感じね。気をつけなさい、見かけ倒しじゃないみたいよ。あの姿も」

 

 相手が単なる怪物で『生き物』だったなら、短時間で勝負は着いていただろう。

 息を呑む玉兎の隣で太刀を構える依姫。玉兎達の一斉射撃で消し飛んだ肉片が蠢き膨張し、飛び散った分だけ新たに体を構築して現れたのは、全身から棘を生やした人型の怪物。両腕の先が剣や斧、槍に槌など、肌と同じ色の様々な得物に変化している。

 見かけなど本来は当てにならない。でかい図体の怪物が実は脆弱だったり、逆に小さな人間が強い力を有する場合もある。だがアレは間違いなしに本物で、悍ましい姿形と力が否が応でも合致する。都の宿敵である純狐、静かの海で一戦を交えた黒い人型の方がまだ脅威に感じられる。

 それでも大群となれば別だ。眼前には数多の肉片から復元された化け物の欠片、言うなら『分裂体』が本体への道を塞いでいる。頭上には鳥型の化け物も居り、迂闊には飛べない面倒な状況に置かれていた。隙を突こうにも数が多すぎて無視はできない。

 玉兎達による銃撃は続く。空を切り裂く弾丸が、飛行能力を持つ化け物の翼を捥いで撃ち落とし、他の化け物と同様に依姫の視界に入った。化け物は僅かな肉片からでも再生して着実に距離を詰めていく。

 依姫は玉兎達を背に太刀を掲げて、己が身に降ろした神霊との対話を開始する。高尚な神力が心身を満たしていく。民の命を脅かす者は例外なく排されて然るべきだ。

 

「伊弉弥よ。愛宕の衣をまといて、朱色の大地を顕現せよ」

 

 依姫の右腕と共に刀身が炎と成る。愛宕の火よりも熱い炎はこの世に存在しない。たった一振りするだけで、穢れさえ焼き尽くす地獄の奔流が、真っ赤な絨毯を敷くように広がっていく。辺り一面が火の海となり、紅蓮の竜巻が至る所で立ち上り、視界を埋めていた化け物は炎上し朽ち果てていく。あまりの勢いに玉兎達は身を竦めるも、残り火も熱も依姫達には触れなかった。

 かつてはとある地上人相手にも紡いだ名だが、明確な殺意を込めて滾らせた神力は、遊びで振るっていた以前の比ではない。体調が万全でないにもかかわらず、依姫は強靭な精神力の賜物をいかんなく発揮し、神々の力を完全に御してみせたのだ。

 

「愛宕様のお力……すごい」

 

 玉兎の一人が恐々と呟いた。圧倒的な力を目の当たりにした玉兎達の士気は高まる。

 

「そうだ! 神々は依姫様と共に月を護ってくださる! 都の防衛を任された者として、我々も負けていられない!」

「けど危なかった。都へ戻る前に兎の丸焼き……焦げの塊になっちゃ堪らないわ」

 

 額に汗して焦りまくる玉兎の独り言を聞いたのか、依姫は振り向いて「大丈夫よ」と一言。青髪の玉兎が「馬鹿ね」と言いたげな表情で頭を掻いた。

 

「依姫様が使役してもたらしたものよ。そんなヘマするとでも? 無駄に心配性なんだから」

「うへへ……」

「お前たちは後ろで補助に注力すること――いいわね?」

「了解っ!」

 

 元気よく声を上げる玉兎達。神降ろしは使えても依姫は人間の女性であり、超人的に広い視野や知覚を持つわけではない。敵の接近を察知し遅れる場合もあれば、不意を突かれて思わぬ反撃に遭うこともある。体力や霊力も無尽蔵ではない。数と質を併せ持つ面倒な敵と戦う場合は捌き切れないこともあり、常に周囲を警戒する人員は立派な助けになる。

 

「よく踊る」

 

――先ほどから遠方に見えていた、派手に化物とやり合う男に限って言えば、むしろ孤立無援の方が戦いやすいのだろう。

 十尾の張り手に吹き飛ばされ、一体の青い巨人が遠方から依姫達の近くに着地した。分裂体共には臆せず立ち向かった玉兎達も、木分身を見るや慌てて上司の後ろに隠れてしまった。

 粗方の欠片を一掃した後、敵意と疑念を向けつつ「誰かしら?」と問いかける依姫に、ハリネズミを思わせる刺々しい長髪の男が顔を向ける。

 

「……綿月依姫。月の民よ。あなた地上人よね?」

 

 腕組みしたまま答えないので、依姫は再び慎重に口を開いた。戦いの最中とて無視できる輩ではない。

 青いチャクラ体の中で観察に徹していたマダラが、不意に「こやつか」と呟いた。

 

「遠目だがはっきり見えていた。柱間の血を引かぬか弱い女で――」

「か弱いって……ハシラマとは」

「――成人にも満たぬガキだが――」

「いや、たぶん私のほうが……」

「――なかなかに強かな術を使う。異界人とやらは皆、お前のような力を持つのか?」

 

 最初に疑問を投げた者が誰かなど意にも介さないどころか、人の話を聞かずに面と向かってガキ呼ばわりして、相手に全く配慮しない一方的な問いかけまでした男。戦闘狂っぷりを含む元来の性質は、無限の夢に思いを馳せる前も後も不変であるため、酒を酌み交わしたり現世に今一度蘇ったからといって、以前と言動が符合しないわけではない。

 

「では三つほど」依姫は面食らいつつも平静さを保つ。「……あなたは何者ですか? 地上の民が何の因果で都に? アレとの関係性は?」

 

 他にも知りたいことは山や海ほどあるが、状況を見て必要最低限の数に収めた。静かの海で遭遇したオビトに関する直接的な疑問は何とか呑み込んだ。

 目の前の男から感ずる力の源流は、あの地上人のそれに酷似しているのだ。口調や雰囲気など判りやすい部分のほか、重々しい人外の生命力と混沌たるエネルギー体が主な理由だった。オビトとの違いは温かさが微塵も感じられないこと。何より波紋状の両眼は見るからに異様だ。

 

「質問の多い小娘だ」

 

 依姫は質問に答えなかったが、マダラは特に言及することもなく、踵を返して場を去りかける。

 襲い来る十尾の分裂体を焼却しながら、依姫が「待ちなさい」と声を張り上げた時、再度まとった『須佐能乎』の中でマダラが振り向いた。自己中心的で興味のない物事には筋金入りの無関心っぷりを貫く性格は、忍界に居た頃から変わり映えがない。

 

「お前らとの間には何もない。あるのは……」

 

 マダラの言葉が途切れた。鋭利な触手が鎧ごと頭部を貫いている。

 襲撃者は揺らめく腕を生やして着地した。散らばっていた肉片が復元され、背後を音もなく取っていたのだ。死角からの奇襲により死んだと思われたマダラの体に亀裂が入り、木片と化してバラバラと崩れ落ちる。

 それを見て察した依姫は、周辺の化け物を一振りで灰と帰すなり、部下達を率いてさっさと駆け出した。遠目に見える天体には同じチャクラ体が無数に火の手を上げている。

 

「仲間が沢山いるんでしょうか?」

「違うわね。アレは」

 

 横に並んで飛ぶ玉兎の言葉を、依姫は冷静に否定する。

 背後で玉兎が銃の引き金を引いた。小規模の爆発と共に複数の分裂体が爆散する。

 

「私も初めはそう思ったけど――木でできた『分身』。あそこまで精巧なら、一瞥だけじゃ見抜けないわね。あの大きな鎧が本物でしょう」

「待ってください」玉兎は唖然とする。「分身を作るなら、神力を分配しなきゃ駄目ですよね? 分霊みたいに。戦闘で使える精度の物なら、数体だけでも本体の力を相当削らなきゃ使いものにならない。でもあれ、どう見たって百はいますよ……地上の人間にそんなことできるんですか?」

「それができるから、あんな感じで動いているんでしょうね。本当に地上の民なら」

 

 見かけ倒しの張りぼてを作るだけなら百や二百でもあり得ない話ではない。問題はあれだけの個体を動かしながら、一体一体が化け物を相手取るに足りる戦闘能力を有していること。必然的に本体の強さは異常な域にまで引き上がる。

 高位の月の民なら分霊の術を会得している者は居るが、単体か多くて十体程度を制御するならともかく、あの膨大な数を『同時』に動かす離れ業を持つ者など、依姫の知る限りでは存在しない。術の精度以前に人の器では霊力が足りないのだ。それこそエネルギーが無尽蔵でもなければ心身が負担に耐えられない。

 

「狂ってるのは確かね。地上人との間で戦争でも起きたらどうしよう。また」

「ふ、不吉なこと言わないでよ、あんた……」

 

 口々に慌てふためく玉兎達。敵を狙撃する合間、分身軍団の方にちらちらと目を向ける玉兎とは違い、依姫の方は大して意識を向けず、眼前の敵に神経を集中させた。

 体が不調で他所に意識を向ける余裕がないのもあるが、最たるはマダラの未知なる力を、実際に目の当たりにしたからだった。依姫はどんなに非現実的な事象でも、自分の目で視たものは素直に受け入れる性格――というよりも、神々を己が身に降ろす『月の巫女』としては、今さら驚くには値しない。

 都側と同じ目的は持たずとも、やるべきことは不本意ながら変わらない。化け物を討って都を脅威から護るという一点にかかっている。月の王を含む上層部からの抜擢はもちろん、個人的な思惑の下、一連の動きを分別する必要はないと依姫は判断した。

 霊夢達やオビト、長年の敵である純狐の行方も気になるが、目の前に立ち塞がる禍月の排除が先決だ。

 

「終わらせる――」

 

 実姉の姿が脳裏に浮かぶ。彼女がいつ目を覚ますかは判らない。

 此度の騒擾、穢れを肺一杯に吸い込んで侵されても、綿月家の者として倒れるわけにはいかない。剣を握る理由は何かを護るだけではない、取り戻すためのものでもあった。のんびりと桃を頬張る彼女を見るまでは。

 時に厳しく、されど優しく笑ってくれる親愛なる師と、また三人で。

 

(どうかこの依姫を……見ていてください)

 

 玉兎達に悟られぬよう早々に視線を上げる。依姫は柄を握り締めると、迫り来る軍勢を前に太刀を振るう。

 

 

――◇◇◇

 

 

 神々の炎が燃え広がる真っ赤な大地が遠目に見える。地上で奮闘する依姫を余所に、本体たるマダラは再び完成体を操作する。

 山を切り崩す一閃が容赦なく月を呑み込み、十尾の山のような体躯を砕かんと打った。尾獣すら一撃で打ち倒す力をぶつけても、相手は劣化体とはいえ正真正銘の十尾。須佐能乎とてカグヤの力の一部分である以上、十尾チャクラの入れ物であり吸収・放出の役目も担う外道魔像、チャクラの源流である神樹を取り込んだ輩には届かない。

 表皮を削いでも内部には届かず決定打に欠ける。圧倒しているのはマダラだが、不死同士の戦いである現状も重なり、勝負が着かず時間のみが過ぎていく。

 

(終末の見通せん戦いとはつまらんものだ。奴が来なければ――この手で幕を引く他あるまいが)

 

 早くも飽き始めていた要因は十尾ではなく自身の体だった。

 マダラにとって戦いとは血湧き肉躍るものだ。塵芥でできた紛い物の肉体で暴れ回るだけの退屈な遊びではない。力試しには足りる穢土転生も、戦いに愉悦を求めるには不適格。ならば早々に決着を着ける方向で動くべきでも相手は十尾。十本の尾を生やした尾獣形態に移行したのは、本人の意思による変化ではなく、チャクラ不足による制御不能が一因だろうが、埋め合わせの頑丈っぷりは健在だ。終わりのないやり取りを鬱陶しく思っていた二つ目の理由である。

 強いて脅威を挙げるなら、十尾の頭として機能する黒い意志。外部からチャクラを供給して操るよりも、頭となり直接的に制御する方が動かしやすいのは当然。カグヤの『外殻』とも言える十尾、その中身である意志を引きずり出せば早いが、内部に隠れ潜んでいるせいで生半可な努力は空回りする。力を取り戻すまでの時間稼ぎに入られては面倒だ。

 

(こっちも借りはあるがな……奴には)

 

 マダラは完成体から眼下を見下ろした。十尾を目の当たりにしたせいか、またしても古い記憶が脳裏を過ぎる。

 

――背後に立たれるのは大嫌いだった。戦場では誰よりも注意を払い、毎日を生き抜いてきた。いかなる忍にも背中を取らせたことは一度もなかった。後に『終末の谷』と呼ばれたあの場所で千手柱間に敗北するまでは、そんな弱みを実感することもなかった。これは柱間以外には跪かされないという、絶対なる自信の理由の一つになっていた。柱間のような忍と互角の闘いを繰り広げて、あの男の全てを真正面から身に受けたからこそ、生まれて初めて背後を取られた瞬間には――敗北には意味があった。然るに。

 無限の夢という積年の願が成就する一歩手前だった。柱間との戦いで覚えた充足感も何もないまま、虚無の中で己の全てを否定された末、この体は黒ゼツという意志の塊に背後から呑み込まれた。形容できない喪失感から終焉を実感し、カグヤの中で己自身を失いかけて、終には無常の風を浴びていた。

 

 それも今となっては笑い話となろう。この場に『敗北』の文字などどこにもない。あるとすれば一つ。

 

「お前だ」マダラは一人呟いた。「六道仙人はカグヤ――お前を月という巨大な封印石に押し込んで、千年以上もの永きに亘り、屈辱と絶望を与えた。そしてオレもまた、忍宗の下に生れし六道たる一人……この意味が分かるだろう」

『――分散したチャクラがよく吼える。親元からすれば笑いが止まらないな』

 

 独り言と思われたマダラの言葉を十尾は聞いていた。嘲り声は国産ノ狭間ではなく、十尾チャクラを持つマダラの中に響いた。ハゴロモを否定したカグヤの意志が、皮肉にも忍宗をなぞる形で言霊を返したのだ。六道の力を得たマダラを前に侮蔑の意を込めて。

 

『支配されてるって話なら、穢土転生のお前が偉そうに言えたことか。あらゆる術の源流はカグヤにある……そうだろう、インドラ?』

 

 再び十尾が咆哮を上げる。不揃いに並んだ剣山のような牙を剥き出し、山をいくつも呑み込むほどの大口をこじ開けた。月の神々がもたらしたチャクラの塊が収束して膨れ上がっていく。

 

『はっきり言っておくよ。お前は十尾が文字通りの抜け殻だと思ってるんだろうが、それは間違いだ。何の準備もなく復活させるはずがない』

「オレがくたばってから数年……五影を始めとする国や里の忍共に隠れて、性懲りもなく画策していたか」

『数千年に比べれば短いんだろうけど、途方もなく永く感じられたよ』 

 

 上空に浮かぶマダラを見上げるように、黒い球体が収束する口内を露にした。途方もない自然エネルギーが循環し、紛れもない九体の尾獣が持つチャクラの色が渦を巻いている。マダラには嫌というほど覚えがある。

 

『大変だったよ……チャクラを一から集め直すのはね。弱ったオレには何の力もないから、どうしたって時間がかかった。妥協もしたし、諦めたところも多かった。なにせ水面下で動くのに、人柱力に接触するのは悪手だ――魔像の中の残滓で我慢したり、各地に散らばるチャクラの片鱗をかき集めて丹を拵えたり、できることは前よりずっと限られていた』

「魔像がなければ、どの道その手しかあるまいが……丹とはな」

『チャクラを凝縮して集める――大筒木に伝わるエネルギー練成と供給術の一つだ。使うのは母さんだけじゃないけど』

 

 大筒木の系譜に連なる者は皆が特異な術を有し、地球外にて空間転移を繰り返しながら活動している。宇宙空間での行動には莫大なエネルギーが必要であるため、カグヤ以外の大筒木は現在も、地球と同じか似た環境の星を訪れては力を供給し蓄えている。

 かつてカグヤが数ある星の中で地球に降り立ったのは、神樹の実の一つを手に入れるためだった。それが後に『チャクラ』と呼ばれるもので、地球に愛着を抱いたカグヤは実を食らった後も、チャクラの祖として人々と共に在ることを選んだ。

 実子である大筒木ハゴロモの手によりチャクラを抜き取られ、後に残った十尾の抜け殻(素体)が外道魔像である。ゆえに十尾ひいてはカグヤを復活させるには、取られたチャクラを取り戻さなければならない。完全復活ともなれば九つの尾獣が必要だ。

 

『お前やオビトなら判ってるだろうけど、十尾は目的達成までの一つの過程だ。全てのチャクラを戻す必要はないのさ。無限の夢さえ成せばいい。ただ今は邪魔者が多い――殺すには惜しい奴らが集まったけど、平和のためと思えば安い犠牲だろう?』

 

 収束するは莫大なるエネルギー。世界を無へと帰する光が完成体を前に満ちていく。

 

『苦労してお前とアシュラを引き裂いたというのに、全部水の泡になった。長きに亘る争いの連鎖は断ち切られ、巡る輪廻は終わりを告げる……後任者はナルトとサスケで打ち止めだ。でもねインドラ――お前を消して願いを叶えてやるのはオレだ。最後の最後で親子共々母さんの邪魔をしたこと、無間の奥底で永遠に悔やみ続けるといい』

 

 十尾が光の玉を呑み込む。閑静の刹那、全ての生命と忍術を破壊する求道の力が暗赤色の光の帯となり、規格外の大きさで口内より放出された。十尾の巨体をも凌駕する光線が、異空間の空に静止した完成体須佐能乎に迫る。

 鎧武者の両腕は瞬時に形態変化し、太い縄が幾重にも巻きついた六角形の物質が現れる。光線は完成体を起点に背後へと分散していく。須佐能乎は変容したチャクラを術者が操作し具現化させる術であるため、自在に形態変化を起こして、自身の術や武器を付加させることもできる。

 うちは一族の中でも『勝利』を何より求めた者のチャクラは、須佐能乎の武具に山をも粉砕する破壊力、何者の力も寄せつけぬ防御力をもたらしたのだ。

 

「やっとか」

 

 無感情に紡がれる一言。堅牢な須佐能乎も無傷では済まず、青々しい盾と鎧には微かにひびが入っている。

 ところがマダラの目は須佐能乎や十尾ではなく、妙な裂け目を抜けてすぐ傍に現れた――同族の姿を映していた。

 

「この争いにも終わりが見え始めるかどうか。仮にもオレの前を歩いた者として示してみせろ。かつてのようにな」

「アンタの中にはオレが居るんだろうが……こっちにはもうアンタなど居ない。動くのはオレだ」

「ならいい」マダラは瞼を瞑った。「せいぜい砂利らしく足掻け」

 

 ここに集うは最も近しき者。復活を遂げた十尾の姿を左眼に捉えると、オビトは立ち塞がる最後の幻想を見据えた。

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