THE LAST PHANTASM -OBITO- 作:大兄貴
うちはオビト。木ノ葉の里で名門と呼ばれたうちはの血族に生を受けながらも、落ちこぼれとして幼少期より苦に苦を重ねて生きてきた人物で、その人生はうずまきナルトと重なる部分が多い。ナルトが自分の進むべき道を踏み外して失敗していた場合の、『もしも』の姿に誰が当てはまるかを考える時には真っ先に思い浮かぶほどに。
無限の夢を拒絶してインドラとアシュラの転生者に手を貸したこと、ほとんどの部分でマダラに劣る能力もあり、十尾はオビトを数少ない失敗作であると見なしていた。他の者にはない六道と十尾の力を持とうとも、その力とて所詮は本体の一欠けらである以上、十尾が圧し負ける要素など皆無だった。
「須佐能乎ねェ。確かに……目を見張るものがあるのは認めるよ」
武者や鬼のように男性的で荒々しいチャクラを持ちながら、巫女や女神のように女性的な姿と雰囲気を併せ持つ、『巫覡』のごとき月草色の須佐能乎。巨大な右手には同じ色の炎をまとい揺らめく刀身が一振り。
十尾の内に惑いが生じた原因は外形やチャクラではなく、尋常ではない成長速度の方にあった。純粋な力や大きさはマダラの物に及ばずとも、この短時間での凄まじい変化はマダラに並ぶか、あるいはそれ以上のものを持っている。
須佐能乎にはいくつかの段階が存在する。上がる度にチャクラが強まるのは当然として、変化は見た目にも如実に現れる。肋骨部分をまとい術者の体を包んで護り、さらに全身分の骨格をまとい自在に操る第一段階。筋肉組織と表皮が張り巡らされ、術者次第で固有の武具が形成される第二段階。そして外套と鎧を纏う第三段階――厳密には第四段階目が『完全体』と呼ばれる。
永遠の万華鏡で発現する完成体の一歩手前ながら、通常の万華鏡により到達可能な最終段階であることから、その名が付けられている。第一段階では術者との同化能力と攻撃能力、第二段階では変質チャクラの自在な形態変化、最終段階では防御力を含む全能力の向上と、保有するチャクラを付加させて操作する力を獲得する。
本来なら最終段階への到達には長い時間を要する。須佐能乎も忍の術である以上、鍛錬を重ねて力を高める道もあろう。だが『写輪眼』とは元々、大きな愛の喪失や、最も親しい者の死の体感など、精神状態に強く作用して段階的な変化が現れるという、他の術にはない特異な部分が見られる。ゆえに様々な事情で精神的な苦痛や圧を受け続けてきた者は、時間をかけた日々の鍛錬に依らず、瞳力が短い期間で急激な成長を遂げる場合がある。常を逸した『憎悪』や『闇』に心を蝕まれ、仲間や友すら躊躇なく切り捨てるほどの強い負の感情を抱いた者――マダラやサスケが解りやすい例と言える。
オビトの場合は偽物マダラとして、十数年もの長すぎる年月を絶望の深淵で彷徨い、隻眼ゆえに本来の瞳力を半分以上は封印していたために必要な変化が阻害され続けていたという、他に類を見ない特殊な例だった。過去に十尾との綱引きの果てに獲得したチャクラと精神力に加えて、今回の二度目の取り合いで極限状態を苦しみ抜いた結果、奥底に眠っていた変質チャクラが反応して、此度のような急激な成長を見せたわけだ。
「余裕ぶってるとこ水を差すようで悪いけどね……オビト」
聞くだけならオビトにとって好い方向に傾いていると思われるが、これこそ十尾の嘲笑が崩れない理由だった。須佐能乎を前に黄色い目が愉快げに歪んでいる。
「武器ってのは使い慣れてなきゃ役に立たないんだよ。ガキに輪廻眼を持たせたって、使いこなせやしないだろう? それと同じだ。死に損ないでチャクラも右眼もない……そんな体でチャクラの神に歯向かってもね。今のお前は場違いってことさ」
須佐能乎は諸刃の剣。大きな力を生み出す一方、チャクラを常に消費し続けるという欠点を持つ。使用中は体の細胞が痛み、体力が削られていく。細胞一つ一つに密接に絡まる経絡を通して、体内の臓器に重大な損傷を及ぼすおそれがある。事実としてイタチも、万華鏡と須佐能乎による度重なる体の酷使で、病が急激に悪化して命を落とした。固有瞳術の行使により消費するチャクラとは比べ物にならないほど、須佐能乎のリスクは重いのだ。
オビトに植わる柱間細胞なら確かに話は別だ。生命力とチャクラの保有量を底上げすれば、神威と同じように一切のリスクを排しての使用もできよう。
「仙人化の恩恵は他の追随を許さない。今のお前がうずまき一族以上の生命力を持つのは事実だ。けど柱間や六道の力に生かされるだけじゃオレは殺れない……綱引きでなんて勝てやしない。身の程を知れよ」
柱間細胞による桁違いの回復力をも上回る消耗を強いられ、右眼はチャクラの流れが完全に停止し、失明しているも同然だ。ただでさえリスクが高い上に、大して使い慣れてもいない須佐能乎を、大筒木相手に振るうなど自殺行為以外の何物でもない。十尾には今のオビトが滑稽に映ったのだ。
「……生かされてる? 違う。オレの命を繋げているのは、お前などではない」
「ハッ!」十尾の声が高らかに響いた。「トビ……お前には一度言ったはずだ。悲しいときは身一つ、信じられるのは己だけだと。またお得意の友情やら、愛情やらを持ち出すのか? まったく反吐が出る」
「その通りだ」オビトは堂々と言い放つ。「そいつはオレのチャクラ……左眼に宿ったあいつのでもあるがな。今は――」
静かに顔を上げたオビト。失明して白濁した右目、赤い瞳の左目が揃って十尾を捉えている。十尾は身の危険を感じて距離を取りながら印を組む。
暴風と共に口内より吐き出されたのは、高密度に圧縮された空気の大玉。甚大な破壊力を秘めた玉は須佐能乎に直撃し続け、旋風と衝撃波が幾度となく周辺を抉り飛ばしていった。
十尾チャクラを混ぜ込んだ一撃は須佐能乎に確かな衝撃を与えた。然るに。
「もう一人いるのさ」
月草色の炎で溢れる左掌は、真空大玉による連打を打ち消した。失った右目の瞳力を埋め合わせるように、須佐能乎本体の左眼孔部分が燃えている。
燃ゆるチャクラの剣で地面を薙ぎ払い、発生した衝撃破が土と岩を巻き込みながら十尾に迫る。咄嗟に跳んで躱すものの、砂塵で視界を塞いだ隙に接近して放たれた一閃を至近距離からもろに喰らい、十尾は仰け反って吹き飛ばされた。
「死にかけのくせして――」
憎々しげな顔を見せつつ、須佐能乎を睨む眼球が真っ赤に染まり始めた。うちはの色に塗り潰されし禁忌なる血族の力が、オビトを前に膨れ上がる。
体から噴き出した血は一閃の応酬ではなかった。体内より湧き出した大量の血液が寄り集まり、真っ赤な龍を形成して襲いかかると、大口を開けて須佐能乎を丸呑みにした。だがチャクラは精神の力、忍とは違い術を「使うだけ」の十尾では決定打に至らず、次の瞬間には血飛沫と共に龍が爆発四散し、月草色のチャクラ体が再度出現した。
数珠繋ぎとなって左掌に浮かぶ勾玉が、遠目ながら十尾の目に見えた。
「『八坂ノ勾玉』」
発動せしは最強の遠距離攻撃技――須佐能乎は数珠状のチャクラ塊を投擲する。風圧で身動きの取れない十尾は避け切れず、叫び声ごと爆散するチャクラの嵐に巻かれて消える。
瞬時に傷を治癒させる不死の化け物でも、身を襲った衝撃には堪え切れず宙を舞い、力なく地面に叩きつけられた。オビトはチャクラが弱まった一瞬の隙を逃さず、十尾のチャクラを込めた須佐能乎の右腕を介して尾獣の片鱗をがっちりと掴み、限界が近い身体を叩き動かして腕を引いた。
力を弱めてもなお粘着するように抵抗されていたが、左眼に残り少ないチャクラを込めると同時に体が軽くなる。
異なる三つの性質が混ざり合ったチャクラを感知した。指先に吸着しているのは依姫とサグメ――そして純狐のものだ。
好機と見たオビトは容赦なく引っ張り、終にチャクラを引き抜いて体へ移動させた。
(左眼に負担をかけすぎたか……)
早くも身動きし始めていた十尾と間合いを取りつつ、再び生じた視界の歪みに耐えんと歯を食いしばる。馴染んだからと無理を強いたようだ。
眼前に悶える人型の姿が映る。口調は下っ端丸出しの十尾だが、人格が幼く毒舌家なだけで正真正銘のカグヤの意志。全身全霊という当初の言葉通り、命の燃料を燃やす勢いで攻めねば隙は作れない。
右眼を失い体力も底を尽きかけ、一度でも休息をとれば瞬く間に戦闘不能に陥るであろう、崖っぷちの現状にあるのは間違いない。左眼の瞳術も須佐能乎も解くわけにはいかない。
苦痛は命の鼓動でもある。増大した瞳力と奪還したチャクラも合わせて、十尾相手に善戦している状況と言ってもいい。
「……知っているかい、オビト」
須佐能乎の中でオビトは目を見張る。精神力を削られたのは十尾本人とて例外ではないが、オビトとは違い笑みが崩れていない。むしろ歓喜に声を震わせるに至り、口元の笑いは広がっている。
今の応酬で向こうに流れが傾いたのだと、思考がろくに働かないオビトでも直感せざるを得なかった。
「精神世界でも心神の摩耗からくる疲労と、崩壊からくる死……現実にもある、この二つの概念が当てはまる。向こうと体で繋がってるんだから当然だけど、良くも悪くもこっちの経験は、あっちにも反映されるのさ。オレたちは精神の極限ってやつを味わった……さっきまではそう思っていたよ」
「何が言いたい」
「最後に気づいたってわけさ。弱り続けているのはオレたちじゃない、お前だけだってことにね」
「チャクラを取ったのはオレだ。この体の中にある……今のお前にはない」
悪い意味でレミリア以上に幼い意志なら強がりもする。現に黒ゼツの分裂体は、集めた尾獣の力や月人のチャクラを用いて、始球空間からカグヤの封印石を口寄せし、内部に封じられていた『本体』を手始めに取り出してみせた。復活の糧となり本人の力の一部として機能していたのは確かだ。
外から吹き込んだチャクラか、身近でカグヤの影響を受けていたせいかは不明だが、チャクラのみならず姿形まで近づきつつある。だがその一部を奪われ弱体化するのは自明の理。十尾はそれを知った上で「違うんだよ」と真っ向から否定してみせた。
「仙霊だ」
「……何?」
「都の叡智とされる稀神サグメの頭を漁り……直に触れた身として判るのさ。奴の鬱陶しさは、チャクラに込められた『純化』の力として形を成して、延々とオレの腹に噛みついていた。まるでオビト、母さんに殺された後のお前のように――ねちねちとな」
長い金髪を揺らす後姿が脳裏をよぎる。地上で一戦を交えた時には感じられなかった、飄々とした雰囲気と振る舞いの裏に隠された覚えのある色は、静かの海でほんの僅かに掠めたチャクラから連想した。
須佐能乎を第三形態にまで覚醒させるほど心身共に限界まで追い詰められ、視えたり感じられる物が良くも悪くも増えたせいか、今になって理解に至る結果をもたらすとは。
「ならば」オビトの視線が落ちた。「しょせんお前も奴に踊らされていたわけだ。不本意だが……オレの瞳力を間接的に成長させたのは、奴だってことにもなる。おかしな話だ」
かつての少年を過らせる性質ではないが、過らせる色彩ではあった。彼と違うのは負の情に魂を売り渡し、憎悪の具現と化していたこと。純化の真髄を最後まで見抜けぬままに仙霊は姿を消し、最期は十尾の手にかかって失われたというのか。
数千年という長い年月を思えば、比にならぬほどの、常人には想像すら至らぬほどの、強すぎる憎悪に膨れ上がりもしよう。それらを利用するのが巧い十尾が抑え込めたのも頷ける話ではある。あの仙霊は初めから敵味方のいずれでもなかったのだ。
「オビト。お前には礼を言わなきゃね」
歓喜交じりに紡がれた言葉を聞いたからか、あるいはチャクラに限界が訪れたのか、須佐能乎の鎧が剥がれ落ちていく。
どれだけ重石を乗せられても膝を着かない中で、左頬に生暖かい液体が伝うのを感じた。楔たる純狐のチャクラを排した事実を知っても表情を崩さず、悲観も後悔もしなかった。
十尾本人が発言したように、楔が破壊され跡形もなくなろうと、削り取った分のチャクラや力が戻るわけではない。光を失った右眼と同様に、一度かかった負担と痛みは体に根を張り失われることはない。ぶつけた精一杯が消えるわけではない。
「オレを悩ませるモノを命がけで取り除いてくれたんだ。お前らには色々食わされたが、こっちも馴染んできたところさ。その須佐能乎と同じように……もうこんな駆け引きなんか必要ない」
十尾を止めるにはチャクラを引きずり出さなければならない。月人達のチャクラを取り出した後の覚悟は疾うに決めていた。
「させると思うか」オビトが睨む。「そいつはお前を支える柱にもなっていた。綱引きへの抵抗力を削るには十分だ。あとはお前の中に眠る尾獣のチャクラ……」
「トビ」十尾はせせら笑う。「綱引きは結構疲れるんだ。オレの消耗が物語ってるだろう? ハナから死に損なってたお前なんぞ言うまでもない。そんな状態で須佐能乎まで……仮にもオレを負かせた『バケモノ』染みた精神には脱帽だよ。本当にあっぱれだ」
激痛が左眼に走ると同時に須佐能乎が咆哮を上げ、巫覡の外装を爆発的に形成し直した。目を見開いたままチャクラの剣を握り締める。
十尾は身動きせずに立ち尽くし、空を切る一閃が深々と頭部を貫くも、嘲笑は消えぬままに額の輪廻写輪眼が視線を捉えた。黄色かった両眼はない――三大瞳術が一角であり、木ノ葉の日向一族に伝わる血継限界――二つの『白眼』をオビトは映していた。
「それでもね」
十尾は優しく囁いた。いまだにカグヤは目覚めない。月の民の持つ高尚なチャクラ、毒とはいえ仙霊の強大なチャクラをも排したのだ、眠り姫は深い夢の中へと落ちていったのかもしれない。
これを受けて憤るはずもない。そのための最終目的なのだ。
「忍かどうか以前に、生物には限界ってものがある。冥土の土産ってやつにはならなくても、死ぬまでの間くらいは覚えておくといい――自分の愚かさと一緒にね」
傲慢に歪んだ白眼を前にオビトの左目が開かれる。とっくに限界を迎えていたのだろう。
反応するもすでに遅く――『八十神空撃』が目に見えぬ速度で放たれていた。今のオビトでは到達を許されない、完全体を凌駕する完成体須佐能乎をも砕き割る凄まじい一撃が迸る。十尾チャクラを込めた無数の柔拳による集中砲火を浴びて、一瞬で粉砕された須佐能乎を突き破り、オビトの体が宙に投げ出された。失明と消耗により右眼のすり抜けも使えぬままに。
(…………)
声は出なかった。衝撃で呼吸が止まり、絞り出す余裕は失われていた。
解ったのは意識が遠退くほどの衝撃と風圧、無重力。精神世界ゆえに肉体を持たず、血は一滴たりとも流れなかったが、心神を打った力は現実と変わらなかった。
重石にさらなる巨大な重石を、幾度となく叩きつけられながら、宙を舞ったオビトは落下して地面に体を打ちつけた。僅かな精神力に依存し顕現していた須佐能乎も、術者が倒れると共に消え去る。
薄れゆく意識の中で、辛うじて耳に入ったのは、近づいてくる足音。聞き取れない雑音がいくつも混じっている。
指一本もまともに動かせず、肺に空気を満たすだけで精一杯だ。敵の接近を前に無防備な体を晒すことしかできない。
「……カカシ、リン。オレは――…」
脳裏を過ぎった二人は先生と一緒になって笑顔を見せている。
肺から少しずつ空気が抜けだしていくのを、無音の中で体だけが感じていた。
――◇◇◇
地面には白髪に黒衣の男、かつての手駒だった者がうつ伏せで横たわっている。蹴飛ばしてもピクリともしない。先ほどまでの恐ろしいチャクラは完全に消え去り、今や敗者として転がっていた。始球空間には涼やかな風が吹いている。
「愚かな男だ」十尾は痛烈に嘲る。「精神力だけじゃあね。最後に勝敗を決するのは『総力』……身体に宿る全ての力なのさ。この事実こそ永久不変だ」
世界の不変を望み、在るべき形からの歪曲を望まない者を前に、十尾は皮肉めいた口調で言葉を吐き出した。
「お前やマダラも含めて、忍世界の蟻共を束にしてもオレには届かない。忍の祖であり、チャクラの始祖でもある……お前らの親元であり、何者よりも高尚な神だ。チャクラを多少失くしたところで止まるわけがない」
この空間において最も重要なのは精神力だが、精神に依拠するのは体と魂に他ならない。制御して動かす側が脆弱なら、総力をぶつけて容易に押し潰せるのは当然だ。チャクラの綱引きで負かされようと勝敗には無関係。思わぬ急成長と抵抗の連続により多少消耗しただけで、十尾は余裕の表情を崩さなかった。
そして先ほどまで制御し抑制していた、純粋なチャクラの持ち主。あの城で呆気ない最期を迎えた純狐。こびりついた純化の残滓が体内のチャクラを侵食していたせいで、奇しくもオビトが言った通り、戻すものを戻すための最後の妨げとして、純狐の残留思念が分厚い壁を作っていた。
「まあいい」
せっかく集めた月人と仙霊のチャクラを失ったのは惜しいが、仕方のないことだ。他のチャクラなら集める機会は後々に巡ってくる。
「……まだ目覚めない。チャクラが足りないのか」
始球空間の星空を仰いで紡がれた呟き。独り言にも思えるそれは、チャクラの祖たる者の化身として独りとはなり得ない。
あの星々もいずれは現実の物として輝くことになる。最終目的は全てのチャクラだが、元々はカグヤから伝播した神樹の実由来のチャクラではないため、回収ではなく収集と言った方が正しいだろう。全能の神を目覚めさせるための新たなチャクラ集めだ。
単純な量で言うなら尾獣には遠く及ばないが、それだけでは決して計り知れない、未知のチャクラの群は無視できない。かつて永きに亘る眠りより目覚めたカグヤすら超えた力の存在を示唆させる。後のことを考えれば残さず収集する方が都合はいい。そのための幻想郷、そして月の都だ。
「母さんが動くほうが早いけど……最後はどうせ落ち着くところに落ち着くんだ。いいだろう?」
インドラとアシュラの転生者による六道の地爆天星。凄まじい吸引力とチャクラの奔流の中、眠りゆくカグヤの最後の力を受けて、岩の隙間から自らの分裂体を脱出させた時の出来事が鮮明に蘇ってくる。
自然的な知覚による感知にすら引っかからないほど弱々しいチャクラの欠片ゆえ、消耗していた転生者達や尾獣達には気づかれなかった。石碑を書き換えた時のようにハゴロモをも二度も出し抜き、ほとぼりが冷めるまで身を隠した。
何年もかけて暗躍した。巧妙に隠されたマダラの墓を暴き、大蛇丸のアジトに潜入して必要な術を持ち出し、各地に散った尾獣探しを行った。人柱力を狙えば五大国に動きを悟られるおそれがあったため、八尾と九尾には近づかなかった。以前のように捕獲の必要がない分、事は面白いほど上手く運んだ。
僅かでも力を戻そうと集めたのは七体分の丹だったが、全尾獣のチャクラは後々を見越してカグヤが封印の間際に死守していたため、元より外道魔像の内に残滓程度は存在していた。目的の達成には九つのチャクラさえあれば良かった。
「短いようで長かった。やっとこの時が来たんだ」
目ぼしい転生者の出現を千年以上も待ち続け、此度は数年の時をさらに過ごした。奇しくも他の誰より忍び耐えたのは、忍から最もかけ離れるであろう者だった。
封印間際に聞いた子供の言葉を思い返す。幾千幾万もの忍者の生き様と死に様の繰り返しこそが忍の歴史であり、それは各々の繋がりの中に成り立つ重々しいものだと。創作物の一つでしかない輩が喚いた戯言だ。
忍にとって重く感じるものが、忍から最も遠い者の心になど響くだろうか? 何の影響もなければ意味もない。あの瞬間を思い返せば返すほどに笑いが込み上げてきた。
「たった今」十尾は滑らかに声を出した。「こいつの物語は終わった。無駄に悪あがきして散々手こずらせてくれたけど、オレにとってはこの上なく軽いものに思えた。だからこそ『忍』に代わる物語が続くべきなのさ。このオレが遥か昔より書き始めたものだ……手始めにこの世界の歴史を喰らって、近いうちに持っていってあげるよ」
頭に浮かんだ子供の顔を掻き消すと、十尾は始球空間で狂気に満ちた笑いを響かせた。今この瞬間にも始祖たる者は目覚めの時を待ちわびている。
その時だった。僅かに感じ取ったチャクラが、言い知れぬ感覚と共に動きを見せた。
無理もない。ボロ切れのような姿では油断もしよう。満身創痍となった生身の人間を前に、親元には警戒する必要性を見出せなかったのだ。それでも精神力の方には、辛うじて目を見張るものがあり、完全に不意を突かれたとは言えなかった。
額の血走った輪廻写輪眼と両目の白眼が同時に足元の人間、死体もどきの男へと注がれた。国産ノ狭間で感じたものと同じ何かが、死に損ねた体に覆い被さっている。
「いい加減にしつこいぞ、と言いたいけど――素直に二度目の感謝を表すのも悪くないか」
「こっちも同じだ……返すものを、返すまで、チャクラは死なん……この身が潰れようとも」
疾うに立ち上がれないはずの男が、確かな命の灯を燃やして、虚ろな表情のままに腰を上げた。