THE LAST PHANTASM -OBITO- 作:大兄貴
異形の大群を絶えず生み続ける大きな本体がいない分、上で戦っていた時より化け物の数は減少していたが、その影響は天体に止まらず周辺にも広がっている。化け物は地上にも溢れ、蠢く異形共を前に玉兎達は足止めを食らっていた。時間をかけて順調に進んでいたところを消耗が重なり、物量に包囲されて道を塞がれたのだ。
例の分身体は相変わらず地上でも猛威を振るい続けていた。分裂体が着実に数を減らす一方、分身はほとんど全員が存命で暴れ回っている。困っている人を理由もなく助けたり、救いの声に応える親切さを持っていたら、今こうして包囲されている現状はないだろう。本当に好き勝手に動くだけで自分の敵以外は眼中にないのだ。
「嗚呼、我らが命運も尽きるか。悔いはないわ……都の危機の中を奔走して、あのお方と共に戦えたのだから……」
「なに安らかなツラしてんのっ! この戦いに生き残って、皆に勝利の知らせを持っていくんでしょ! 死なせないって言ったのは依姫様よ!」
早々に諦めモードに入った少女の頬を、仲間の玉兎がぺちぺちと叩いて激励する。少し離れた場所で青髪の玉兎が銃を握り締めた。
「皆のためにも、自分のためにも……こんなとこで潰れてたまるか。都の皆に合わせる顔がない」
「といってもこの状況、目に見えて劣勢よね。隙を突いて切り抜けても、後から押し寄せる。上にも沢山いる。やり合っても多勢に無勢で物量に負かされる……依姫様の手を焼かせるのもわかる気がするわ。逃げ道の突破口が見つかれば……」
玉兎は歯の間から声を出した。じりじりと距離を詰める化け物共を睨みながらも、誰もかれもが銃を構えて立ち尽くしている。
「こうなりゃ――」
逃げ場が失われた絶望的な状況で、後先考えずに飛び出さんとした時。軍勢の包囲が突如として総崩れした。
光弾の直撃で端から順番に肉片が飛び散っていく。射撃の威力も速度も桁違いだ。玉兎は皆一様に唖然とした顔で動向を見守るしかない。青髪の玉兎を含めて誰もが自分達に似た力を感じた。
蹴散らしたのは同じ種族の何者なのか? あれこれと予想立てて考えを巡らせる間に、乱入者は目の前に降り立った。足元まで伸びた薄紫色の長髪、狂気を宿した双眸が深紅色に輝いている。
「間に合った……なんて言えないけど。隠れて震えてるなんてイヤなのよ」
玉兎達が息を呑む中、頭を垂れて一人呟いたのは地上のレイセン。
仙霊の手にかかり圧倒的な差で敗れ去った後、生と死の狭間を彷徨い朽ちかけていた少女が、元同胞達の前に躊躇なく姿を現したのだ。
――少し前の話だ。目一杯に瑕穢を浴びて、紛れもない死の床に伏していたはずが、どういう因果か心身を蝕んでいたモノが自然消滅したために、命拾いしていた。純狐の力が何らかの原因で途絶えたのだと判った。体に残った重石は消えまいが、あの時の負担に比べれば軽いもので、周辺に蔓延る化け物を始末する分には容易かった。
動かなければ自分一人は助かる代わりに、他の多くの命が失われるかもしれない。動けばどちらも助かるかもしれない。かつて大勢の仲間達を裏切った手前、元同胞を前に今さら言えた義理ではないと解っていても、動かずにはいられない。鈴仙はそんな想いを抱いて立っていた。
「月の兎ね。大丈夫?」
無意識に吐き出された鈴仙の言葉に、玉兎の一人が違和感を覚える。面食らった様子で慌てて口を開いた。
「あなたも兎っぽいけど、見ない顔ね。それってどういう……」
凡そ玉兎が口にする言葉としては不相応である。月に兎が住むのは当たり前なのだから、「月の」などと括らずとも兎だけで通じる。「月の兎」という言い方自体も不自然だ。玉兎は都のみならず、国産ノ狭間にある宮にも居るため、つけるにしても「都の兎」や「宮の兎」という言い方をするだろう。
玉兎に扮した偽物か、あるいは月の外に住んでいる本物。この場合はどちらかと言えば。
「地上?」別の玉兎が首を傾げた。「都と地上……そういえば、聞いたことあるような、ないような……」
「――あっ、思い出した!」
「何です!?」
「昔、都を裏切って地上に逃げた、エリート玉兎! なんとなく容姿も似てるし……」
「そんな……嘘でしょう?」
「もしかしなくてもあなた、あの有名兎じゃない?」
月の都から地上へ亡命した張本人が目の前にいる。遥か昔に仲間を惨殺して行方を晦ませた元月の使者や、人格者ながら蓬莱の大罪人となった姫君にしても、少なくともこの面子で知らない者はいない。都の権力下にある軍人として――それ以前に月の民として、謀反を起こした鈴仙に敵意や嫌悪感を抱いたり、好く思わずとも当然だ。
よもや面々が笑顔を作り、熱い眼差しを浴びせるなど当の本人も予測できまい。
「えっと――」
軽蔑どころか尊敬の目を向ける玉兎達を前に、鈴仙は戸惑いつつも咳払いする。普段は恩師の元でのほほんと平和に暮らす鈴仙としても、こんな状況で愉快なやり取りを繰り広げるわけにもいかない。危険が差し迫った状況では尚更だ。玉兎達もその辺の分別はできるのか、口々に驚きはしても追求はせず深入りしなかった。
「……ざっと見てきたけど、相当厳しい状況みたいね。数が多い上に際限なく増えられちゃキリがないわ。倒すことを考えるより、外に出さないようにしましょう。できる範囲で、死なないように」
「わかりましたっ!」
「うー……遊んでばっかで言えたことじゃないけど。なんか鍛錬頑張らなきゃって思えたわ」
口々に元気よく敬礼する玉兎達。鈴仙にしても分かっていた。瑕穢の影響が身体に残る現状、上へ行っても足手まといになるだけだと。万全でもアレを相手に勝ちの目は皆無に等しい。特に実戦経験に乏しい軍兎なら、無闇に出しゃばり無駄死にするよりは、身の丈に合った行動で都に資する方が賢明だ。元軍人として弁えるのは悪いことではない。
綿月姉妹も同じ穢れを受けているが、別格として括られる者達は都と地上にも存在する。余計な心配をしないよう鈴仙は自分に言い聞かせた。
今はできることを、最大限に。
――◇◇◇
異変の解決者を前に沈黙を守っていた十尾が、真っ赤な大口を開いて笑い始める。毅然とする少女達を観察しつつ堪えようともしない。縦横無尽に暴れていた本体が動きを止めて静寂が包んでいた分、濁った声は国産ノ狭間に大きく響き渡った。
「そうかい。分かったよ」
命を捨てに来た愚かしい連中を前に笑いを止める。解決者達の到着は予想外の展開に違いないが、今や自らを脅かす者の存在を払拭し終え、最強と謳われる月人を抑え込み、お次は誰が出張るかと思いきやコレだ。オビトや依姫以上に幼い子供が相手など、神の化身として千年以上も生きた者からすれば馬鹿馬鹿しい。虚勢は張れても強い言葉に付随する力を持たねば意味はない。
母であるカグヤは地爆天星の内に在る。強大すぎるチャクラは移動させるのにも一苦労だ。中途半端なこの姿も、時間と共に十尾のチャクラに順応し、繋がりを持つカグヤのチャクラの影響を受けているに過ぎない。力は外部から供給される形で行使するだけで、真に己の術と見なすには程遠い。額に開眼した輪廻写輪眼も現状では飾りも同然で、見方を変えれば同じ穴のムジナであろう。
だが不完全な力で帳消しにできるほど脆弱なら脅威となり得ない。チャクラの始祖として真面目に向き合う価値のないか弱き者と見なすだろう。
「病の床に寝てたところを、体に鞭打って来たんだ。身を削る努力と苦痛に免じて訊いておくよ。遥々何しに来たんだ? 眠りに就くまでの暇潰しか?」
霊夢は腹部、魔理紗とアリスは頭部、咲夜は肩、レミリアは両腕を真新しい包帯で覆っている。手当てだけで治療を終える前に出張ったのか、完治して体力が戻り切ったわけではなさそうだ。
この場に立てる時点で死にかけではなかろうが、誰もかれも戦う前から痛々しい姿を見せている。十尾が解決者達を敵とすら認識しない理由だった。とりわけ霊夢とレミリアのチャクラには著しい乱れが生じている。あんな状態でチャクラを活発化させれば、体力があろうと心身にさらなる負担を強いる破目になろう。勝ち目のない戦いで命の燃料を無駄使いしても死期を早めるだけだ。
「寝てたら楽になれたんだ」十尾は傲慢に構える。「戦って傷つき、大切なものを失い、誰かのために悲しまずに済んだ。それをこんなとこまでノコノコ来た……惨めな終わりを迎えるだけなのに」
「ごちゃごちゃうっさいわね」
長々と語る十尾とは対照的にあっさりと一蹴した霊夢。祓い棒を手に馬鹿馬鹿しいという表情を作る。
「傷つく? 悲しむ? なにお涙頂戴に持ち込もうとしてんのよ。あんたがどんな世界に居たかは知りたくもないけど、私らが生きてんのは『幻想郷』だけ。喧しい連中が騒がしく毎日を過ごす、馬鹿で素敵なたった一つの楽園……あんたみたいな外道が、手出ししていいトコじゃないわけよ」
博麗の巫女として幼少より妖怪達に囲まれ、ご立派な正義とは縁遠い生き方をしてきた霊夢。先代と境界の妖怪により博麗神の加護と名を継承した日を境に、友情やら愛情やら人間らしさとは無縁の道を歩き始めた。性格はともかく巫女としての本質は歴代と遜色ない。
一世界の代表者という立場や神降ろしの力など、霊夢と依姫とで共通する部分は数あるが、大切なものを守らんとするか否かでは対極に立つ。極端に言うなら、都が滅びて失せようが知ったことではない。自分や周りの平穏な日常を身勝手に脅かす連中が、心の底から気に食わないだけなのだ。邪魔な連中を潰すためには、普段の呑気で無気力な雰囲気をかなぐり捨てて生真面目になり冷酷にもなろう。たとえそれが巡り廻って悪評を呼び込み、周囲から『鬼巫女』と評されようが、決した姿勢を無心にとり続けるのが博麗霊夢という少女である。
「そのためにチャクラを無駄に散らすのか。まったくもって理解できないな。今からでも大人しく寝床に戻るってんなら、見逃してやってもいいけどね。そのほうが有意義だ」
「遥々あんたをぶっ潰しに来たってのに? とち狂ってんのはツラだけにしときなさい。なにより私は……」
もちろん霊夢とて人の子である。巫女として悪党を相手取る時ならともかく、救うべきものを前にして棒立ちするほど冷酷ではない。それらを脅かす者が、身勝手にも周りを傷つける、欲に塗れた独善的な汚らしい輩なら特に。淡々と脅威を叩く巫女ではなく、霊夢という一人の人間として抱いた思いもあった。
「あんたが気に食わない。大っ嫌いだわ――」
「それと、私だ」
「なっ」
飄々とした声が勝手に割り込む。むすっとする霊夢はどこ吹く風、爽やかな笑顔を見せている。
魔理沙がびしっと景気よく十尾を指さすと、横でアリスが「あんたも敗けたじゃない」と言いたげな微妙な表情で苦労人よろしく息を吐いた。
「いいか、まっくろ黒幕ヤロー。こっちはしなきゃならん研究が山ほど残ってる。しかもド派手な宴会の予定まであるんだ。生憎と大忙しでね、長々と構ってる暇はないんだよ。ここじゃこの一点にかかって――…いや、どこにいてもここしかないな。すまん間違えた」
「少なくとも」今度はレミリア。「この私がせっかく腰を上げたのだから。手土産の一つも持たないまま帰るなんて、許されるはずないわよね。そうだろう? 咲夜」
「当然ですわ。前回の二番煎じで終わっては意味など見出せない。月旅行というだけで物珍しく感じられる段階は、疾うに過ぎ去りましたから。ひっくり返してもつまらないだけです」
「揃いも揃って自己中……最後なのに恰好つかないわね」
武器を構える面々を観察した後、誰かに聞こえても別にいいと思いながら、呆れた様子でそっと呟いたアリス。同じ世界に生きる皆に面白味を感じるなら不快な感情は芽生えない。
これでも誰一人としてふざけてなどいない。むしろ真面目なのだから驚きだ。ごっこ遊びとは真逆の危険極まる未知の異変でも、曰く「私情を平気で挟み込む」自由奔放さこそが彼女達の強さであり、幻想郷の住民らしい想いから来るものだ。
「万場一致であんたを滅ぼすわ。ここでお終い……逃げ場なんてどこにもない。今度こそ覚悟するのね」
先頭に立った霊夢が祓い棒を突きつける。今まで理不尽に牢へぶち込まれていたり、純狐との戦いを終えてから眠り続けていた分、溜まりに溜まった鬱憤を晴らせる輩を前にして、博麗の巫女は止まることを知らない。
幻想郷側の勢力を暫し眺める十尾。霊夢が黒幕退治を面と向かって宣言する一方、十尾の笑いはとっくに消し飛んでいた。
「チャクラの神を前に虚勢を張る羽虫共か。か弱い人間やら妖怪ごときがよく抜かす。そのチャクラさえなければ、お前らになんか何の用も価値も、意味も何もないんだよ」
その場にいる全員が目を走らせた。人間大の個体、巨大な個体、そびえるような個体、凸凹とした個体――翼を生やして飛行能力を付加された無数の分裂体が一行を包囲する。
黒い意志の欠片に過ぎなかった当初は、異変の解決者達を警戒して最低限の接触に止めていた十尾も、純狐やオビトを打ち破り、本体のチャクラに順応して望んだ変化を遂げた。今や霊夢達を舐め切って下に見ている理由だ。カグヤから生まれた意志そのものとはいえ、本人の無感情さとは正反対の、幼稚な毒舌家という黒ゼツの性質だけは、忍界にいた頃から変わらない。
カグヤから分散した物ではないにしろ、神樹の実を取り込みチャクラの始源と成りし者に抑え込めない道理はない。始祖であり神としての絶対的な自信の下に、蟻を踏み潰すのに苦労はないと判断したのだ。
「あんたら。さっさと終わらせるわよ」
「仕切るな馬鹿巫女」
口々に言いつつ一斉に宙を蹴る。古の神であるかどうか以前に、オビトやマダラと同じ異界人である十尾では知りようもない。象の分厚い皮に嬉々として噛みつくデタラメな蟻も居ることを。
某風祝が胸を張って宣うように、幻想世界に住まう者はいかなる常識にも縛られない。純粋な強さこそ月の民に天地の差で劣る一方、地上の民は『非常識』を振りかざして立ち回る。前者が鋼鉄の壁を銃弾で撃ち抜こうとするなら、後者は鉄をドロドロに溶かして柔らかくしてから竹槍でぶっ刺して「みる」。
捻くれ者が多数を占めている。それは本人達の力にも言えることだ。
先陣を切った霊夢が化け物を結界で囲い、言霊と共に生じた放射状の霊撃で焼き尽くした。弾幕ごっこを頭より排した鬼巫女の勢いを揺るがす者など、同じ常識破りにでも比肩しない限り、有象無象との戦いで劣勢に立つことはない。分裂体の得物は役に立たず、荒れ狂う大渦に巻かれて肉片ごと灰塵と化した。一体一体を確実に滅却して回る抜け目と容赦のなさこそ修羅の業。
勢いに便乗したレミリアと咲夜が続く。血液を凝縮させた大翼を広げて飛び回り、悪魔も真っ青の鋭い爪と物騒な魔剣は、肉塊が細切れになるまで無慈悲に切り裂いていく。従者は吸血鬼の迅雷のごとき速度に時間操作で追いつき、主に仇なす不埒者共を投擲したナイフで漏れなく撃ち殺した。夜の王に仕える人間が技感覚共に人間離れしない道理などなく、空間の歪みを利用した時間差攻撃を逐一挟むという凶悪極まりない動きで補助にも回った。血も涙もない処理を躊躇なく実行する冷徹さを失わずに力を発揮し続けたのだ。
魔理沙とアリスの魔法使い組は遠距離攻撃と迎撃に徹しており、弾幕を張って逃げ場のない鳥かごを作りつつ十八番の光線と爆発で広範囲の敵を悉く撃破し続け、他の皆が仕留め損ねた残り物も始末して回った。肉体の脆い人の身であれど博麗の巫女、悪魔達に拮抗し追随する大した奴らっぷりだ。
――分裂体の軍勢を相手に優勢が続いているが、別に此度の騒ぎで霊夢達の力が増して強くなったわけではない。
いずれも月の都に赴いて数々の強敵と相まみえた経験から、普段はある意味で『平和ボケ』した住民達を打った刺激は、ごっこ遊びの物とはまるで異なり大きすぎていた。純粋な戦闘である上、有象無象はもちろん純狐や黒ゼツといった規格外の輩と戦わされた分、反動には凄まじいものがあった。
ちなみにアリスは唯一、自身の理念思想に従って本気は出さずに立ち回っていた。代わりに人が変わったような笑顔で、爆薬を詰めた人形を投げまくっていたのだが、生来の美しい容姿のせいで得体の知れない不気味さが生み出され、味方ながら魔理沙は竹箒の上で引いていた。
次々と押し寄せる分裂体にも怖気づくことなく勇猛果敢に立ち向かう。魑魅魍魎の跋扈する理想郷にすら見ない、異形で異質な化け物が相手でも、非常識な世界の者達は微塵も恐れない。限界が訪れるまで延々と剣を振るうだろう。
「これだから思惑通り……こっちに赴いた甲斐がある」
思わぬ展開に多少驚愕こそしても、化け物共を統率する本体が窮地に立たされるはずもない。歓喜に笑んで口を開いた十尾が注目したのは、無双状態の霊夢達ではなく、本人達を修羅として動かす素晴らしき質のチャクラ。
強かなだけでは駄目なのだ。生きた肉体もチャクラも死して失われている、マダラのような者には持ち得ないものを内包した、幻想郷の連中こそ無限の夢を叶えるための贄となる。苗床が良質なら育つべき物の質も高まるとの常識は両世界に当てはまる。
「一つ一つは弱く小さくとも、不思議な温かみを持つ物珍しさ。ますます欲しくなったよ。肉体が消えても流れは残滓として残る……そんなチャクラなら好都合だ」
霊夢達が満を持して到着したように、餓鬼のごとく痩せ細った人間の姿を模していた十尾は、チャクラの順応と変容に伴い進化を遂げる。それは巫女達の抵抗に脅威を感じたからではなく、異界の上質なチャクラがどの程度のものかを測るために他ならず。
尾獣の膨大なチャクラがない分だけ早熟を示した。本来は攻撃意志を持たぬ神が独善的な意志の侵食を受けて、空をつんざく咆哮と共に体躯を巨大化させていく。世界樹の名に恥じぬ途方もない高さにまで生長していく。草木や水が存在しない異空間とて、地上と似た環境、見ようによっては遥かに豊かな裏の月の影響を直に受けるがためか、自然エネルギーは脅威的な天変地異を再現した。周辺一帯に発生した暴風と竜巻、無数の落雷が荒れ狂う。
霊夢とレミリアは揃って目を見開いたが、分裂体の大群や自然の猛威など、十尾に比べれば地味と言えるものだった。不気味に伸びて変形した頭部が口を開くと、口内からラフレシアの蕾に似た物体を大量のチャクラと共に吐き出した。
「花園や噴水でも眺めてる感覚だったけど……死ぬほど穏やかじゃないわね、アレは」
「分かってたこったろ。こっちだってヤバい奴とやったんだし、今さらだってあんなの。じゃなきゃとっくに死んでる」
忍界という未知の世界でも猛威を振るった天変地異。知ってか知らずかそれを間近で目の当たりにしたからか、早口に会話する咲夜と魔理沙を余所に、レミリアは苛立ったように一人周辺に目を走らせていた。
「私ですら腰を上げて動いてるって時に、いつまで油売りまくってんのよ。あの人間――」
霊夢とアリスが三人の前に進み出て、霊撃と弾幕で張った多層結界により十尾の頭部を包囲させる。眩い色の砲撃は硬い外殻を無視して無防備な口内を打ったが、蕾の大きさが壁となり勢いに圧し負かされてしまう。
どんな災禍を引き起こすのか。蕾が体内を脱するまではチャクラの、十尾本体の制御をもろに受けているであろうと直感して、霊夢はアリスの援護を受けながら接近するなり、祓い棒を介してありったけの霊撃を思いきり叩き込む。
「なんつーチャクラしてんのよ、コイツ……!」
すっかり定着した異界の単語が無意識に紡がれる。蕾の動きが停止したのはほんの一瞬だけで、途方もないチャクラが霊力による干渉を遮断し打ち消した。異常なチャクラは蕾本体から来るものなのか、ソレと繋がる十尾の力を間接的に感じ取ったのか。都で戦った仙霊の比ではない悍ましい力と気配が漂っている。
動き出した蕾は霊夢を押し退け外部へ排出されると、強すぎるチャクラの影響なのか、不自然なほどの急成長を始めた。硬く閉ざされた蕾が開き、花を咲かせた姿はラフレシアと瓜二つながら無臭で、大量の花粉を広範囲に撒き散らした。
だが特筆すべきは、警戒する全員の前で漆黒のチャクラ体が、恐ろしい規模と速度で収束し始めたこと。四足歩行の尾獣形態時を凌ぐ破壊力を秘めた巨大な玉が、曰く『羽虫』を撃ち落とさんと急速に膨れ上がっている――。
夢に現を抜かす花。夢と現実の狭間を消し飛ばす始祖たる力が、万象を喰い滅ぼさんと無限の夢の下に爆誕した。
「奴はもういない」意志の声が轟く。「無限の光がこの世界を覆うまで、じっとしていればよかったのさ。あのどっちつかずの二の舞にならずに済んだ。けど案ずるな、目覚ましい成長を見せるはずだった全てのチャクラは――母さんがしっかり引き継いで、神の域にまで育て上げるだろうさ」
高らかに言い放つ意志を前に、レミリアの紅い目が鋭く細まる。
意志本体に十尾の力が順調に融合し始めた今、気まぐれや力試しと称して適当な場所へ尾獣玉を飛ばす必要はない。先に放っていた大量の分裂体を相手取りつつ本体を警戒せざるを得ない者達を前に、意志は本体を制御して数分の狂いなく標的を捕捉した。
単眼を動かす巨体の傍で、額の眼を見開かせる意志。よほど遠方へ飛ばさない限りは回避できる道理はない。単純な破壊力だけでも大結界を粉々に消し飛ばす威力を誇る。天体を丸ごと呑み込む爆発の中を生き残る者が居るとしたら、十尾を除けば六道や大筒木など同じ神の類くらいだろう。この場に乱入できる者が居るとしたら、必然的に同格以上の神の類、同等の力を有した者に限られる。
地表に落下するはずだった破壊の塊は、綿津見の時と同じチャクラの出現と共に消え去り、次の瞬間にはどこか遠くから轟音が響いてきた。尾獣玉の爆発と余波によるものだ。
爆発の推定規模からして、随分と遠方に転送させられたようだ。
「死に損ないがもう一匹やってきたか」
本体を背にして嘲笑を露にする意志。霊夢達もその方向へ目を向ける。
「いつもなら興味が湧いちゃう展開でも、今日は別。賑やかな場面に水を差すけれど、あまり勝手されては迷惑なので」
金髪に金色の瞳を持つ、柔らかな雰囲気の人物。珍しく扇子を手に持っておらず、先ほど消えていた依姫の姿が隣にある。姉妹が揃って意志と対峙したのだ。
レミリアも豊姫、特にかつて自身を跪かせた依姫とは因縁がある。この時ばかりは分別を優先したのか、僅かに苛立った貌を見せるだけで何も言わなかった。
咲夜とアリス、魔理沙が互いに顔を見合わせる中、霊夢は二人を見ながら腕を組んだ。
「どういう風の吹き回し――なんて、そりゃそっちの台詞か。月だしここ」
「ご立腹かしら?」
「正直くっそむかつくけど、黒幕潰しが先ってことで。ついでに手ェ貸してあげるわ。あん時の○○○と桃、けっこー美味しかったしね」
「どういたしまして」
実妹と並んで十尾を観察しつつ、豊姫は爽やかに言った。普段は緩々と過ごす彼女でも、都に存亡の危機が迫れば腰を上げ、猫を被る理由も必要も捨てる。
天真爛漫でふわふわとした雰囲気はなく、純狐を前にした時と同じ冷徹な表情で、冷たい感情が霊力の渦となり体から発散している。霊夢なりの礼に返事をしただけで、その目に解決者達の姿は映っていなかった。
「海と山を繋ぐ力、神隠しの一つか。片翼のガキから情報は取ってたけど、しょせんは知識。こうして見ると驚くとこがある……都が壊れてちゃ意味ないけどね。お互いにさ」
姉妹の姿を見て苛立ったのは意志も同じだった。霊夢達を仕留め損ねたからというより、厄介な連中が集まりつつある現状を面倒臭がっている。
「心外ね」豊姫は微笑む。「いくら自分勝手な私だって、退屈しのぎに都を壊すなんて真似はしないわ。兎たちのこと好きだし」
「自覚があるのですか?」
「全然」
太刀を手に問いかけた依姫の隣で、豊姫は無関心に言葉を返した。
「さてと――相手は国造りの神様の一角、腐っても高位の魂と格の持ち主。飛ばす場所を選ぶだけでも大変。さっきのアレじゃあねえ……もっと離さなきゃダメね」
「へえ。本当にお前のチャクラだけで何とかしたのか。そいつ以上の化け物ってのは情報通りだな」
十尾の攻撃意志が命令を下す。本体に根づいたラフレシアに濁った光が集束し、漆黒の尾獣玉が次々と射出された。先の応酬を思えば異常な光景にしか映らず、反射的に身構えてしまう霊夢達。
「あなたくらいよ。そんなのは」
妹の依姫が手を出すまでもなかった。余裕の表情こそ見せないものの、豊姫は能力を駆使して迫り来る玉を強制的に転移させた。海と山を繋げる力は空間干渉能力の極致であり、余すことなく効力を発揮できるのは使い手に恵まれているからでもある。
実妹が優秀すぎて羨望の眼差しは依姫に向けられがちだが、豊姫とて妹と共に今日まで都を支えてきた有力者。幻想郷の賢者と呼ばれる八雲紫に――口に出すとスキマ送りにされかねないが――無血で土下座をさせるほどだ。そのいずれにも劣る道理はない。同系統の能力を有する月の民の中でも、これほど高度に扱える者は他にいない。
「身のほどを知らん奴らだ。判りやすい差を理解できない馬鹿でもなかろうに」
尾獣玉すら丸ごと絡め取る空間操作とて、依姫の扱う神降ろしの力と同じ理屈だ。行使に一定量のチャクラを要する以上、多用による消耗とチャクラ切れは常に付いて回る。一度の行使で具体的にどれほどのチャクラを削るかは、飛ばす対象の大きさや質量、距離や術の精度など場合によりけりで断言できまいが、人として限界が訪れるのは月の民でも変わらない。
人外で本物かつ高位の神であり、別枠とて最上位の始祖たる者の化身たる十尾の方が、単純なチャクラ量では飛び抜けている。持久戦に持ち込もうと勝敗など見えている。尾獣玉を転移させて場を凌ぐだけでは勝機はない。
「地上の皆さん。誠に勝手ながら、お手伝い願えますか?」
豊姫とて当然に馬鹿ではない。この発言に至った理由は「同じ力が鍵となる」という依姫の言葉。転移先を宇宙ではなく真正面に設定して、十尾の持つ自然エネルギーの塊で逆襲させる。豊姫本人にも自覚が芽生えるほど実に単純な手ながら、同じチャクラしか通らない現状で最も効果的だ。地爆天星の核のような吸引力を十尾が持たずとも、異空間を揺らす強すぎるチャクラを利用する算段となる。
失敗した場合は別である。あの威力と規模が至近距離で炸裂すれば無事で済まない。豊姫は自身の転移、依姫は神降ろしで凌げる一方で、地上組はまず全滅だ。話を聞いた霊夢は額に汗しつつ進み出る。
「……死んだら、責任とってくれるのよね? さすがにアレなんだけど」
「ご安心を。天国でも地獄でも、辺獄を彷徨っても、次は月の民として歓迎するわ」
「帰っていい?」
「冗談よ」豊姫は十尾に視線を戻す。「でも歓迎するのは本当。客人たちは死なせないし、終わったらお屋敷で宴を開くのもいいかもね。美味しい古酒も舞いもあるわ」
「太っ腹じゃないか。全面的かつ好意的に助力する……命賭けるなら乗らない手はないってな」
困惑するアリスの横で、我が道を往く魔理沙が親指を上げる。
咲夜と共に沈黙していたレミリアが、ジトッした目で依姫に視線を投げた。
「私はそこの欲深な白黒と違って、その程度じゃ満足しないわ。最低でも妹さんが直々にお願いしてくれないと駄目ね。土下座で」
「……あなたはお休みになっていても構いませんよ。お疲れのようですから」
「言ってくれるじゃない? 終わったらこの天体、六秒以内に一万周してやる!」
羽を動かして地団太ならぬ空団太を踏むレミリア。従者の咲夜がなだめて場を収めるも、アリスには口元が笑いを堪えているようにも見えた。無視を決めた依姫は太刀を構えて宙を蹴る。
姉妹と霊夢に続いて一行は動いた。反発しながらも素直に展開させた魔法陣が(つんで)レミリアを包み、揺らめく右腕から大量の霧が放出される。魔理沙とアリス、咲夜が各々弾幕で敵の動きを封じる隙に、霧は忽ち紅黒い濃霧となり、十尾本体を意志ごと丸呑みにできる範囲を急速に覆い始める。
「これっきりとはいっても……どんだけ酔狂なのかしら。私って」
噴き出す濃霧を制御し続ける。吸血鬼特有の異常に高い再生能力の恩恵で、体力も魔力もすでに全快している。
都で受けた瑕穢も、元々の強すぎる生命力に加えて、自前の能力で体を細かく霧状に分解する要領で排していたため、月人や霊夢達と比べて目に見える影響は残っていない。休憩を挟めば万全な体調に戻るほどの恐ろしい回復力は、夜の王たる者の特権と言えよう。
運命誘致の異能も有効に機能しており、曰く退屈な雑魚でしかない分裂体による干渉などの、「本人が容易に躱せる程度の不幸」は総じて無力化されていく。未使用の部分は様々な思惑の下、自分達の生命保護に充てていた。
せっかくここまで努力したのに、破滅の運命を迎えて全てが水の泡になるのは御免だ。生き延びなければ面白くない。何らかの情や仲間意識など微塵も覚える余地のない、気に食わない連中の手を借りる破目になろうとも。
「月夜の下で負かされた輩が生きてるってのに――死ぬ前に終わるだなんて、ふざけてるわ。そうは思わない?」
遠い目で紅霧を見つめながら、レミリアはそっと一人呟いた。