THE LAST PHANTASM -OBITO-   作:大兄貴

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六十三話 集結

 気絶は睡眠とは違い、脳内の血流が著しく低下した状態であり、外部から刺激を受けても目覚めない。揺り起こされようと無駄で、意識を失った場合は覚醒を時間的に待つ必要がある。

 その一方で、ドレミーの夢喰いや鈴仙の波長操作など、内部から特殊な刺激を与えて覚醒させる方法もある。ただ気絶の場合は、血流が元の値に戻り、肉体と心神が休養の必要性を否定して初めて目覚める。回復し切らない状態で無理に意識を覚醒させれば、目を瞑る前の重い容態を引きずる破目になるのは当然。瀕死の状態から生還した場合の重石など測り知れない。

 

(……戻ったか)

 

 夢もとい精神世界を脱して、瞼の裏に映ったのは現実味のある暗闇だった。

 真っ白な無音の空間をしばらく進んだ末、眩い純白の光が視界を覆ったかと思いきや、今度は違う異空間で目を覚ました。すぐさま起き上がろうと力を込めたが、指先が反応するだけで手足が動かない。倒れる前に蓄積されていた諸々が後から流れ込んだのだろう。

 十尾との戦いで須佐能乎を使っていた時よりは判りやすい痛みと疲労だ。休養の恩恵か多少の回復をもたらして、右半身の細胞も正常に働き始めている。万全とは程遠い容態ながら意識は明瞭化している。

 

 段々と周囲の状況が鮮明に入ってきた。暗闇と思われた異空間の至るところに無数の赤い目が瞬いている。外から向けられる疑いや好奇の視線は決して消えず、常識外れの理に呑まれた者を捉えた。いつの間にかスキマ空間に運び込まれていたのだ。

 死なせないとの言葉を思い返す。紫とドレミーの間に接点があるかは不明である。

 

「よかった……気がついたのね」

 

 左手の指に小さな感触を覚える。頭を辛うじて動かしたオビトは、翡翠色の髪をした手のひら大の姿を左目に映した。よく知るチャクラと温かみは間違えようもない。 

 震えのないしっかりとした声だが、普段の勝気で生意気な言動は失われており、金色の瞳は濡れて見える。素直に好意を向けてくれる少女にオビトは「平気だ」と伝えると、精一杯のチャクラを体に滾らせて一気に腰を上げた。軽い眩暈が何度か襲っただけで、国産ノ狭間で力尽きる前よりも遥かに楽だ。

 支えとなる六道の存在ゆえか、心身に安らぎをもたらす少女が居たからか。あるいは両方どころか妖怪賢者の力添えをも含まれると、今なら確信をもって言えそうだ。

 

 精神世界での出来事を大雑把に話し終えると、敵であった純狐のくだりで嫌な顔こそしたが、さすがに分別したようで何も言わなかった。妖精はオビトの容態を観察しつつ口を開く。

 

「獏の妖怪、ねえ。はっきり夢の中ってより……現実との狭間って感じ。上手く言葉にできないけど」

「間違いではない」オビトは周辺を見回す。「それで……あれからどうなった? スキマの中ってのは判るが……」

「うん。そのくらいなら、説明できる」

 

 妖精はオビトの顔の前まで来ると、意識を取り戻すまでの経緯を話し始めた。

 十尾が暴れ始めたことでチャクラが異空間に蔓延し、国産ノ狭間と都とを隔てる結界に影響が出始めていた。十尾に対して決定打となる術を持たない紫は、同じチャクラを宿すオビトや月の民達に敵を任せる一方、外まで侵食せんとするチャクラの奔流を境界操作の力で空間内に抑え止めていた。純狐の本体が外に降らせた八十雨の源を、都の者が到着するまで抑え込んでいたのも紫だったようだ。

 その辺りからは粗方予想通りだった。空間の外に異変を感じた妖精の言葉を受けて、地表へ落下するこの体を急きょスキマ送りにし、十尾の腕と分裂体の大群から間一髪のところで救い出していた。

 

「オビト?」

 

――目を丸くする妖精に構わず、自嘲的とは程遠い笑いがらしくなくこぼれる。格好つけて散々と独り善がりを演じてきたくせして、結局は最後まで世話になりっぱなしなのだ。

 

「あいつもアレは堪えるか。しかし、都に利する形で動くとはな。信じられん」

「どうして? だって巫女の味方でしょ? どっちも幻想郷に居るし」

「巫女の側ではあるが、味方ってのは些か外れている。同時に都の『敵』という微妙な立ち位置だ。考えるところが多いのかもな……賢い者にはその傾向がある」

 

 八雲紫は博麗大結界(幻想郷)の創造主であり管理者。異変の解決者でも月の民でもない。管理者の立場ゆえに博麗の巫女の側に収まるに過ぎない。千年以上も前より続く月との因縁もある。

 明確な第三者で無関係なマダラほどでなくとも、紫も月では積極的な動きを見せないと踏んでいた。管理下にある世界が未曽有の危機に陥った場合は腰を上げざるを得ない一方、都においては傍観者に傾いても納得できる。無限の光が都のみならず『裏』の地上――つまり幻想郷にも降り注いだ今、此度の騒ぎには関与すべきと判断したのだろう。

 今さらのことながら――表には滅多に出てこないスキマ妖怪が姿を現したのは、管理者自らが出張らざるを得ず、手出しせざるを得ないほどの災禍になり得ると予見できていたから、なのかもしれない。ましてやごっこ遊びの外にある騒ぎともなれば。

 

(…………)

 

 異変の解決を然るべく巫女に任せて陰に徹する辺り、表舞台には堂々と姿を見せない管理者らしい姿勢と言える。異変の解決者に当たらない地上の民として無闇に出しゃばらず、都のことは月に任せる辺り律儀で親切とも言えよう。過去に月へ攻め込んだ張本人でなかったとしても、紫の立ち位置と性格的に裏方として動く部類だ。助力はしても真っ当な協力はしないだろう。そもそも月に居るのは策略に絡め取られた依姫達に連行されたからで、元々は霊夢に任せて普段通り、幻想郷の監視と守護に落ち着くはずだったのだ。

 それでも紫は、因縁のある地を独断で護ろうとした。気まぐれとは言うまい。真意は定かではないが、月面戦争を仕掛けた者として思うところがあるのだろう。あるいは十尾が気に食わないという、誰もが予想だにしない単純で感情的な理由も否定はできない――そう思いながらオビトは無数の赤い瞳を見渡した。

 

「あいつはどこだ? この空間からでは外まで感知が……」

 

 疑問に満ちた言葉は最後まで続かなかった。周りの景色が歪んだかと思えば、瞬く赤い瞳の位置が微妙に変動した。チャクラの急激な流れも合わせて、どうやらスキマ空間内の別の地点に移動したようだ。

 

「な、なに……?」

 

 妖精は何かを見て恐々と声を上げた。足元には先ほどまでなかったもの――人間が仰向けで横たわっている。見知ったと同時に見知らぬ姿がオビトの目に映った。

 ほとんど原形を留めていない。左半身は白染めの分厚い肉塊で覆われ、左眼孔には眼球が収まっていない。黒き意志の新たな宿主として暗躍し、国産ノ狭間で本体へ乗り換える際に用済みとして打ち捨てられた、依姫が擁する月の使者の一人だ。柱間細胞の恩恵で生命もチャクラも残されているが、顔は蝋のように白く生気が感じられない。辛うじて命を繋いでいる容態だ。

 

「言わずとも分かるわね? あなたなら」

 

 不意を突かれた妖精が声の主を振り返る。案の定だが傍に降り立ったのは紫。オビトは男の体を注視している。

 

「当然だ」

 

 柱間細胞を知り尽くす身として解ることだ。適合者でもない者に人外の生命力を内包する細胞を移植すれば、侵食を受けた元々の細胞は拒絶反応を起こして木遁の力が暴走、喰い尽くされて確実に死に至る。自己制御が利かない細胞レベルの話であるために、肉体の丈夫さや能力云々は関係ない。

 木ノ葉の里ではかつて、九尾を抑える木遁使いを生み出すために、初代の細胞を何人かの忍に移植する実験が行われていた。結果として被験者全員が死に至り、実験は中止されて計画は永久的に凍結、禁術として封印されたという過去がある。柱間細胞は特異体質を持つ者以外には適合せず、命すら奪う危険な代物なのだ。魔像のチャクラで培養した特殊な柱間細胞なら尚のこと。

 

 輪廻眼の酷使、チャクラと体力の消耗も重なり、長くは持たないだろう。今まではカグヤの影響下にある生命体、ゼツが付いていたために問題なく動いていたが、現在は分離して体を保護する物は何もない。体内に残留する六道や十尾など諸々のチャクラの力で呑み込まれず生き長らえているだけだ。それもいずれは尽きる。

 十尾の強大なチャクラの前では紫の力も十分に効力を発揮しない。するとしても『境界操作』は、生物の死や過ぎ去った時間など不可逆的な事象には干渉できない。生と死の境界を弄ってできることは、精々が死に往く者に気持ち程度の延命処置を施すに止まる。現状では打つ手がない。

 

 思い入れはない人物だ。月人であることから味方とも言えまいが、思うところはあった。カグヤの支配欲の駒と成り、散々と利用された挙句に切り捨てられた者を見ていると、意志の傀儡として動いていた忌々しい記憶が蘇るのだ。

 

「……うちはオビト、か……」

 

 妖精と紫の視線も注がれる。疾うに口を利けないはずが掠れた声を出すと、薄紫色の右眼をオビトに向けた。虚ろながらしっかりとした光が灯っている。

 声を聞き取ろうとオビトは耳を近づける。驚いて口を開こうとした妖精を紫は無言で制した。

 

「奴の中で、知った……都は、綿月様は、皆は……無事、なのか」

「はっきりとは」オビトは静かに語る。「だが、死んじゃいない。アンタもな」

「いい……自分の、ことくらい、解る……」

 

 右眼が漆黒の空を映している。自らの時間が長くないと理解しながら恐怖も絶望もない。物静かな声のままだった。

 

「……今は喋るな。手がないわけじゃない。この戦いが終わり、体を蝕むチャクラの源――」

 

 吐き出そうとした言葉が喉の奥に突っかかる。ついさっき思ったことが頭をよぎり、左目の視線が外れる。

 荘厳だった顔を動かして笑う。月の民としてオビトよりも永く世界を映してきたのだ。

 

「私の意を、蔑ろに……されては、困る」

 

 激しく咳き込みながら表情を崩さない。むしろ安らかにすら感じられた。

 

「我らは、幼少の頃より……誰もが、都の安寧のため、生きてきた。それが今……悪しき魂に、脅かされている、なら……この身を賭して、最後まで……」

 

 異形に変異した左腕が伸ばされ、何かを掴むように拳が握り締める。

 掠れていた声に力が入り、溢れた赤い感情が頬を伝っている。

 

「……頼む。何も為せぬまま、往きたくない。戦いたい、のだ……護りたい全てが、元の形を、成すまでは……!」

 

 光を失った右目を、薄紫色の右眼が捉える。赤色の左目が左眼孔を見返す。

 瞼の裏から感ずる力は、目では決して見えない。偽りを射抜く光そのものだ。

 

「都を護る者として――」

「嗚呼」微笑をオビトに向ける。「否だ……私はもう、地位も何も、背負っていない。これは私の、意志……」

 

 立ち上がる力を与えるのは希望。背負ったものを諦めない限り、何度でも立ち上がり、映すべき景色を何度でも映し出す。戦いとはその先を見出すかどうかで変わるものだ。

 

「おこがましい……そう思っても、いい。託せる者が、お前しか……私には」

 

 光を失おうとも、心に抱いた意志が潰えぬ限り、強い力となって燃え上がる。絶望を跳ね除け諦めを口にしない者は、たった小さな光で無限の夢さえ打ち破る。六道を前に本心から吐き出した言葉だ。

 とっくに失明したはずの右眼が温かい。いずれも感情は伝っていない。

 

「あなたが行く末を決めなさい。私たちには決められない。失った光はあなたにしか映らないのだから」

 

 黙り込んだオビトを見下ろす紫。うちはと千手の力を宿した者、限られた特別な血によってのみ森羅万象を得ることができる。資格なき者は強大すぎるチャクラに呑まれて己を喪失し、もたらされる終わりは判り切ったものとなる。

 想像を絶する苦痛に苛まれると共に、望まぬ資格を一方的に押しつけられた挙句、剥奪されて己を失わんとする者の痛みは、いったいどれほどの。

 

「決めるつもりはない」

 

 たった一つ。この者は最後まで、都の命運を他の者には託さなかった。

 

「背負ったなら見失ってはならない。もうとっくに答は出ている」

 

 誰かに問われて出す答えなど今さら知れている。初めから決まっている。

 チャクラの親元であるカグヤの意志にとって、この者の力は分散したものの一部に過ぎず、ちっぽけな一欠けらとしか視えていない。源流として同じ物を持ち、それ以上の物をも手中に収めている。仙人の示した道へ誘うために背を向けて離れ去ったのではない。

 神を名乗る意志には解るまい。無価値な欠片風情で終わる物ではないことを。立ち向かうために六道より託されたものを。

 

 周辺の赤い瞳が段々と薄紫色に染まり始めている。月読の威光を遮断していた境界操作にも、紫本人の消耗に十尾チャクラの侵食が重なり限界が近づいている。本物の神の力をここまで抑え込む力はやはり底知れない。

 

「後はオレがやる。時間はかけない……この空間、少しばかり借りるぞ」

「まーたそうやって」紫は息を吐いた。「あのね人間さん? 胡散臭いだの言われる妖怪でもね、思うところは色々とあるのよ。最後くらい出番をくれるのも、優しさって言えるんじゃない?」

「わたしだって……アンタが死んだら何にもならないもの。こうなりゃ汗水流してやるっ!」

 

 頬を膨らませて子供っぽく抗議する紫はともかく、妖精は最後まで騒がしいだけで、心からの善意をオビトに向けている。

 二人の気持ちを身近に感じ取れるのも、六道の語る繋がりとは何かを奥底にまで刻み込まれた――否、思い起こしたからか。ここまで言われて断る理由をむしろ教えてほしいと、面白おかしく言い放つことも今ならできそうだ。

 時空を越えて降りかかった転機。偽りの世界から目を背けたからか、あるいは。

 

(無駄にはしない。その目が見たものを……オレは)

 

 新たなスキマが開いていく中、オビトは一人黙って見下ろしていた。

 

 

――◆◆◆

 

 

 静寂に覆われし月の都。不自然な明るさに煌々と照らされて、無限の光の下に時を止めている。普段は多くの人々が行き交い、賑やかであろう街には、雨音だけが虚しく響いていた。

 もたらされた八十雨の片鱗が降りしきる中、餅つきや将棋に明け暮れる住民、脅威に備えて街を護る軍人玉兎、事態収拾の命を受けた月の使者、国産ノ狭間へ向かうはずだった者も誰もが、真っ白な空の下で蔓に巻かれて沈黙していた。十尾より吐き出された世界規模の大樹の一柱が都の中心部に陣取ってそびえ立ち、全ての民は都中に鳥かごのごとく伸びた無数の枝にぶら下がったまま、今まさに甘美なる夢に溺れている。

 争いもわだかまりも存在しない夢の世界を、終わりなき輪廻の下から見つめ続ける。

 

 何人かを除いた全ての生命が歩みを止めてなお、騒擾の中にある国産ノ狭間。

 飛び交う霊撃、朱色の閃光。満ち満ちる紅黒い霧。今や周辺一帯が樹海と成り果て、生命の鼓動が包み、多重の結界層に著しい歪みを引き起こしている。神樹が十尾の力を吸収して成長を続けているのだ。極限にまで膨張した始祖の力が外気に晒されるのも時間の問題だった。無限月読の犠牲者は外の者と同様、黒幕を討って平穏な日常を守らんと動き続ける霊夢、レミリア、依姫の三人を囲む大樹の枝に吊り下げられていた。

 今一度生み出された分裂体共が蠢いている。力尽きて地に堕ちようものなら、地表を埋め尽くす飢えた化け物共の餌食となろう。

 

 四方八方に飛散する求道玉を、霊夢とレミリアは得意の弾幕遊戯で鍛えた動きで華麗に躱し続け、依姫は十尾と同じチャクラをまとわせた剣神の刃で悉くを斬り払う。全てを無に帰する陰陽の力を消し滅ぼすまではいかずとも、物理的に弾き飛ばして危険を取り除くには十全に機能した。

 地上を埋める分裂体にまで意識や力を割く余裕がないために、樹海の中心部に浮遊する十尾にのみ注力していた。本体に馴染みつつある十尾は、本物のカグヤを墨でべっとりと塗り潰したような不気味な黒い姿に変貌し、瞳力が増した輪廻写輪眼で三つの影を捕捉している。

 

「小さきチャクラ共。燃ゆるその火は実に矮小なものだ。神を前にそうして立っていられるのは、数々の足掻きへのせめてもの褒美――」

「仙法」

 

 言葉が途切れると共に背後をとった青々しい鎧。神樹のもたらした樹海はすでに、破壊の権化たる一閃により吹き飛ばされ壊滅的な被害を受けていた。

 十尾が周辺に素早く目を走らせた時、異空間を漂う風が不自然に揺れ動いた。

 

「『颱遁震息』」

 

 死した輪廻の力とて、残留するチャクラを容赦なく呼び起こす。

 マダラが味方でもない霊夢達の安全を顧みるはずもなく、十尾を中心として発生した暴風の大渦が急激に膨れ上がり、樹海と地表の大群を消し飛ばしながら広範囲に荒れ狂った。

 

「ちょっと、こんの――!」

 

 迫り来る颱風から目を離すと、大量の折れた樹々や肉塊の群と共に巻き上げられ、上空へ消えていくレミリアらしき小さな姿を霊夢は映した。霊夢は自らが害と見なす、あらゆる干渉を寄せつけぬ『夢想天生』状態ゆえに影響を受けないが、小さくて軽い体なら殊更に飛んでいく。どこまでも。頑丈な吸血鬼の肉体でなければ、凄まじい風の刃で切り刻まれて即死だろう。

 巨大規模の竜巻を前に依姫も距離を取らされていた。天変地異にも等しい力が無差別に猛威を振るい、戦いの規模がおかしいせいで十尾に手が出せず、やむを得ず霊夢の付近に移動する。

 

「傍若無人で迷惑極まりない暴走。地上の民……ではなく異界人でしたか。先にあっちを片づけるべきかしらね」

 

 あの男にとっては一対一の戦いを繰り広げているだけで、それ以外は取るに足らぬ有象無象に過ぎないのだろう。あのような荒々しい、はた迷惑すぎる戦い方は神降ろしを用いてもしない。力の強弱以前の問題である。

 

「好きにさせときゃいいのよ」霊夢は興味がない様子。「あんなんでも一応、黒幕潰しに尽力してる形なわけだし。弱い奴よりか役に立つでしょ。巻き込まれなきゃ気にしないわ」

 

 普通に会話を交えた先ほどが嘘のように、此方を無視して我が道を進み続ける男。ただでさえ脅威的な竜巻が一変して炎の大渦と化し、尋常ではない灼熱の火炎を撒き散らす始末だった。チャクラの鎧から噴出した劫火を風が絡め取り呑み込んだのだ。

 

「まったく……」

 

 強大な力は下手に御するよう働きかけるより、放置して巻き込まれないよう立ち回る方が役立つ上に気も楽だ。今は十尾以外の輩に構う体力的、時間的余裕も残されていない。残されていても第三者として振る舞う者への余計な干渉は、かえって厄をもたらすおそれがある。見出した利用価値は失うべきではない。

 霊夢には嫌というほど解っていた。荒唐無稽で唯我独尊、あの手の輩は無理に押さえつける方が厄介である。真面目な奴なら文句の一つでも言うだろうが、敵味方どちらの立場でもかかわるだけ骨を折る。幸いにも「空を飛んでいる」ために、突風や炎一つ身に受けない状態なので、体が風により捕まる心配もない。

 依姫としても生身に直撃でもしない限りは堪えない。眼前で巻き起こる惨劇から視線を外すと、不思議な陰陽玉を脇に従える霊夢の姿を映した。少し息が上がっている。

 

「夢想天生、とか言いましたか。全ての束縛から浮かぶ……こんな力を隠し持っていたなんてね。その消耗も力の代償ってとこかしら?」

「そりゃね」霊夢は視線を向けない。「実戦じゃ初めてなのよね……オンオフしながら使わなきゃ、霊力がすぐ底を尽く。この状況じゃ解くのも難しそうだし」

 

 強すぎる力にはリスクが付きものだ。自身に強化を施して維持する類の力は比較的推測しやすい。月の民から見ても霊力の量は多くないとはいえ、年端もいかぬ身なりでこれほどの物を高度に扱える辺り、稀代の天才肌とされる博麗の名は伊達ではない。人や妖怪達の間では幻想郷最強の人間とも言われる。

 

「じゃないと、もたないでしょうね。あなたの力では」

 

 誰しも限界を持たぬわけではない。才を持てども修行や実戦経験不足は本人も自覚があるほどで、今の霊夢は年齢的に幼くもある。身も心も成熟する数十年後は判らないとしても、永年に亘り厳しい鍛錬に打ち込んできた者から見れば、霊術や神降ろしの精度も未熟なものにしか映らない。

 

「……うっさいわね。そっちだって限界あんでしょ? 同じよ。今はこれが限度一杯」

 

 地上の巫女にも問題なく使用できるように、神降ろしは依姫の専売特許ではない。月の民の中でも高位の者なら、同じ力を使う者は他にも存在する。しかしながら、争いのない平和な世界で日々修練を続ける者などそうは居らず、都の代表であり真面目な努力家である依姫の場合は、非の打ち所のない完璧な神降ろしを使用できる。長時間の憑依を可能とし、踏むべき手順をも省略できるのは彼女くらいのものだ。

 その一方で、血生臭い潰し合いに神降ろしの力を用いる機会など、平和な世界ではまずない。霊夢のように経験が皆無とは言うまいが、手足のごとく使い慣れているわけではない。剣術による斬り合いならともかくとして。

 神の類かそれ以上の怪物を相手取るなら尚更だ。此度の異変で二人が急激な成長を遂げて、国造りの神たる十尾を前に拮抗できる理由でもあった。

 

「動かなければ……」太刀を構え直す依姫。「あんな輩を前に様子見するザマで、仕留められるものか。全てを背負って立っているんだ――」

 

 都を護るのは月の民が意志。声を絞り出すと共に柄を握り締め、霊夢に背を向けて勢いよく飛翔した。紅蓮の大渦を目指して一直線に空を突き進んでいく。

 霊夢は短く笑うと、自身も祓い棒を手に後を追う。

 

 異空間の空を焼いていた焔の渦も長くは持たず、青々しい須佐能乎を前に段々と収縮し始めた。

 辺り一面に飛び散った炎の中から出現した十尾の姿。焼け焦げた全身から上がる夥しい煙。マダラは鎧武者の額部分に収まり腕組みしている。

 

(慢心のツケが回ってきたか)

 

 ふらつく十尾を薄紫色の目で捉えたまま、マダラは内心でそう呟いた。

 輪廻眼・餓鬼道の封術吸引は便利だが全能ではない。木遁以外の全てのチャクラを吸い取る強力な術である一方、吸収すべき対象が並外れた規模や威力を持つ術、あるいは術者の心身が未熟で瞳力の強さに比肩していない場合、一度に吸収し尽くせる量には限界が出てくる。盆から溢れ出したり、管を通り切らない液体と同じ理屈で、無理やり立て続けに吸おうとすれば、雲散し切れなかったチャクラが全身の点穴から漏れ出す。

 多量のチャクラを使う六道仙術が最もな例だろう。利便性が高いために大戦でも多用していたが、後に六道仙術を開花させたナルトやサスケを相手取った際には、以上の理由から迂闊には使えなかったものだ。六道仙術は身体と精神、自然エネルギー、六道が持つ陰陽のチャクラ、この四つを練り上げて作るチャクラを用いた術である。

 十尾には外道魔像という巨大なチャクラタンクがあり、世界中の忍を束にしても遠く及ばないほどの莫大なエネルギー収容量を誇る。餓鬼の名の通り体内で雲散させることもできよう。生半可な力を容赦なく吸収し尽くす点は侮れない。大きな力を一度にぶつける方が効果的と言える。

 

(奴の癖とやら……染みついているのか)

 

 今この場に『偽オビト』として立つのは、傀儡として利用されたことに対する報復の意味も含まれるが、最たるは決別の意を真正面から突きつけた、生意気な悪餓鬼の答えを見届けるために。然るに肝心の姿も気配も、チャクラも周辺には感じない。

 他の連中のように呆気なく無限の夢に溺れ堕ちたのか。穢土転生に見る死人かそれに類する者、同じ輪廻の力を体内に宿す者ならば跳ね除けよう。輪廻写輪眼も輪廻眼も持たぬ以上、少なからず影響は受けるだろうが、六道の境地に同じくして至った者ならば術はある。ましてや穴のある不完全な光ならば。

 マダラがそう思った矢先だった。再び行動を起こしかけた十尾の体を、突如として降り注いだ無数の大鑓のうち一つが貫いた。直撃した紅蓮のチャクラは爆発を起こすと、凄まじい旋風と余波が完成体須佐能乎にまで到達する。

 

「仕返しは後よ。覚えときなさい」

 

 水色の髪をなびかせる小柄な姿――巨大な竜巻に巻き込まれて空高く吹き飛ばされた少女が鎧武者を背に静止した。両手に真っ赤な両刃剣、血液を凝縮させて形成した悪魔の大翼を羽ばたかせている。

 

「――ほんッとおッそ過ぎんのよ、あんのド遅刻男。こうなりゃ容赦しないよ――この私が知らない大したもんでも見せられなきゃ、役立たずの馬鹿なんか半殺しにして放り出してやる」

 

 憤りながらも愉快さのこもった言葉が吐き出された瞬間、炎上していた十尾が何かに反応して身を翻した。

 今さっき浮かんでいた空間に捻じれが生じている。レミリアはマダラより先に、覚えのあるチャクラを感じ取っていた。

 

「分かってるんでしょうね……落胆させたら許さないからね? 人間」

 

 レミリアの鋭い目が背後の須佐能乎を映す。込み上げる怒りは自身を巻き込んだマダラではない、チャクラの鎧を足場にして現れた姿に向けられていた。

 懐かしくも遅刻癖を発揮したかは定かではないが、姿を見せるのにかなりの時間を要した事実は言い訳をしても消えない。相応の弁解を用意して来たか否かは張本人のみぞ知ることだ。

 

 特異な赤い瞳が二つ。真っ直ぐに十尾を睨むと、月草色のチャクラを解き放った。

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