THE LAST PHANTASM -OBITO-   作:大兄貴

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六十四話 誤算

 須佐能乎の面部分に降り立つ姿。光を失ったはずの右目には赤い輝きが宿り、瞳を中心に三方手裏剣紋様が囲んでいる。

 体から発散するチャクラが肋骨部分を形成し、巨大な骨格が全身を覆って包み始めた。完全体を発現させた以前とは比にならない勢いのチャクラが、青々しい鎧武者の周りに揺ら揺らと炎のごとく燃ゆる。

 

――噴出するチャクラが急速に具現化していく。両目が見開かれると共に筋肉組織が骨格を伝って張り巡らされ、月草色の外套をまといし巫覡が揺らめく武具を手にした。

 足裏を蹴って迫るオビト。十尾が後退しつつ射出した求道玉は、須佐能乎へ到達する前に発生した歪に巻き込まれると、時空間へ飛ばされて消え失せる。白眼を細めて拳にチャクラを集めるが遅く、空を断つ一閃が走り、十尾は地上に叩き落された。

 月草色の剣で広範囲を振り払うなり、落下する姿を追って須佐能乎ごと急降下させて地表を目指す。

 

「生意気すぎるわよ、貴方。あといくつ隠してるのかしら?」

 

 黒衣をなびかせる姿に平然と並んで飛びながら、レミリアは苛立ったように呼びかける。面白いものが大好きな吸血鬼の口元は、これまでにない歓喜に笑んでいた。

 実体化した高濃度・高密度のチャクラ体は、物質として微塵の歪みもない。本来の温かな気配のみならず、あの男に見る禍々しさをも感じさせる表裏一体のチャクラだ。以前に館で戯れた時とは比較にならない。青色の方が力も規模も圧倒的ではあるが、月草色には何と言うべきか、単純な破壊力とは異なる技巧的な面白さを感ずるのだ。

 館では素直に敗北を認めていたレミリアだが、あの時は本気を出す暇もなく決着がついた。それが今になって、以前を凌駕するさらなる刺激を叩き込まれて、この男を視る目がまたしても好い方に変わったのだ。

 それも運命さえ予期できない変化。驚異的で収まる話ではない。

 

「いいぞ人間。地上に帰ったら、今度は本気で引き裂いて――」

 

 寿命の短い生きた人間の成長は興味深く映る。特殊な力を持つ稀有な人間なら――退屈な毎日の中で騒がしさに飢える少女は、恍惚とした貌で魅入られたように眺めている。もはや彼女の頭に『異変』はないのかもしれない。

 

「レミリア」地表を睨むオビト。「やんちゃする時ではない。厄介なものが来るぞ」

 

 血湧き肉躍っている幼き吸血鬼を制止し、咄嗟に形成した数珠繋ぎの勾玉を地上目掛けて投擲する。着弾した眼下の景色が衝撃波と砂塵で閉ざされた。

――次の瞬間。煙の中から夥しい数の求道玉が、弾幕のように飛んでくる様子が見えた。被弾が前提で常識と言える弾幕遊戯では到底使えず、掠るだけでも命取りとなる代物だ。

 体内には十尾のチャクラこそあるが、全ての物質を無に帰す血継網羅の陰陽遁に、真正面から突進をかますのは無謀以外の何物でもない。喰らえば瞬く間にお陀仏だろう。本物の六道や十尾の人柱力と違って生身では対応できない。

 

「そうね、楽しみは後にしましょう。今はアレを仕留めるのが先……こんなんで終わらないでよ?」

 

 レミリアは両手の剣を消失させるなり速度を上げた。吸血鬼が誇る神速で落雷のように落ちていく。

 喰らって終わる攻撃なら躱せば済む話だ。弾幕ごっこは役立たない遊びではない。日々の弾幕勝負で鍛えに鍛えた運動神経が、元々の高い身体能力に付随する形で発揮される。悉く躱しつつ須佐能乎を追い抜き、疾風迅雷のごとく一直線に地上を目指した。オビトの方は迫り来る求道玉を鎧で受けつつ、時空間移動を妨害する数々を左眼で処理しながら、蘇りし右眼の瞳力を隙を見て行使する。危険を冒して相手取ることはない。

 空間に発生したひずみにオビトの姿が消え去り、標的を見失った無数の玉が通り過ぎていった。

 

「どういうことだ」

 

 額の眼と白眼が不気味に輝いた。逸早く地表に降り立ったレミリアの前方で、真っ黒に塗り潰された人型が揺れている。間もなくオビトが渦の中から現れて足裏を着けた。

 

「とっくに光を失っていたはず。打ち込まれた呪印の反動に、その体でそう易々と耐えられるものか。それともまた……お前に宿る力が奇跡を起こしたとでも? アレを取り除いた時のように」

 

 半分が死体である吸血鬼はともかく、目の前に立つオビトは本物であり紛い物の類ではない。姿形を見間違えるなど万に一つもあり得ない。体内に燃えるチャクラと瞳力を感知すれば殊更に判ることだ。本人の物だけではない、六道と十尾、仙霊、マダラと混沌たるチャクラが渦巻いて消えない。

 思わぬ参戦に驚いたこともある。綱引きの空間で対峙した時とは程遠い、死に損ないとは言えない体、安定がもたらされた穏やかなチャクラにしても。そして最たる理由は、念には念をと呪印に重ねて仕込んでいた道連れ術式。術者の思い通りに行動を縛って操る効力のほか、取り除こうとすれば光明をも奪い去る。光を失った後も傷跡は残り苦しみが続く。これら全てを叩き壊して覆したのだ。

 うちは一族にとって己が『命』も同然であり、十数年をオビトと共に生きた大切な武器――最も強い力の源流は右眼にある。その瞳力を視力と共に永遠に葬り去る結果をもたらした。意志と心を折る意味ではこの上ない効果が見込まれたはずだった。光を取り戻したばかりか微塵も絶望していないのだ。

 

「お前……移植したのか?」

 

 用済みとして体から切り離した欠片を十尾は思い起こす。前時代の小さき遺物に過ぎず、ちっぽけゆえに意識すら向けなかった物だ。

 

「あの時と同じように――オビト、『お前』が?」

 

 深い絶望の中で夢の世界を盲目的に渇望し続けた男。月の眼を欲して手にした力を仮面と共に打ち壊した今になって、本人自らが己の意思で輪廻の力を望んだのだ。個を以って孤を生きる者の目には、絶望の果てに周りや自身の存在をも捨て去った、誰でもない姿が重なって見えていた。

 十尾が心の底から勝ち誇った様子で口を開く前に、オビトは「違うな」と真っ向から否定してみせる。

 

「偽りを欲した輩はもういない。この目は二度と月を映さない」

 

 左眼を彩るのは相も変わらぬ赤い瞳。瞑られた右眼が開かれると、波紋状の線が浮かんだ薄紫色の眼球が現れる。

 沈黙を続けるレミリアの横で、オビトはさらに言葉を紡いだ。

 

「驕って背を向けたお前だ……その目には見えない光が、オレには見えているのさ」

 

 ご親切にも視力を取り戻させて、力を与えるためにと残した物ではない。しょせんは体のほんの一部、欠片を前に取り乱さない親元の姿勢が物語っている。

 

「塵芥を頼ったか」十尾はオビトを注視する。「だが妙だ……こんな短時間でそうも馴染むはずはない。六道の力は気軽に扱える代物ではない。左眼に同じモノを移植した身なら解るだろう」

 

 否定すべき現実を夢に書き換えて、肯定すべき現実を創造する瞳術、『イザナギ』――そのリスクとして失明に至った借り物の左眼に代わり、マダラの輪廻眼を移植した過去がある。六道の力を以って外道魔像を完璧に制御し、九尾と八尾を含む全ての尾獣を取り込んで十尾の人柱力となり、積年の願であった無限月読を成就させるために。

 十尾の言葉に嘘偽りはない。六道の輪廻眼は易々と抑え込める物ではない。インドラの魂を受け継いだ転生者であり、輪廻眼の開眼者であるマダラは例外として、当時は強すぎるチャクラのために片眼を移植するだけで精一杯だった上、瞳力の強さに己を失いかけたものだ。右半身に植わる特異な細胞の力を以ってしても、輪廻眼を移植した場合は瞳力が馴染むまでに、万華鏡より長い時間を要することも分かっている。性質を異にする他者のチャクラを、己の物として扱うのだから当然だ。

 左眼を移植した時は、親元たるカグヤが封印された外道魔像が手元にあり、そのチャクラとゼツの力を借りて何とか抑え込んだに過ぎない。確かに現在はいずれも敵に回り傍には居ない。

 

「オレだけじゃない――あいつらの光が宿っている」

 

 眼球の移植には医療忍術か、柱間細胞の治癒効果による再構築が必須なところ、紫は諸々を持ち前の能力だけで肩代わりし、移植を終えた直後に安定を崩したチャクラは妖精により支えられた。二人が手を貸したことで施術が大幅に短縮された上に、馴染むのも驚くほど早まる結果となったのだ。

 

「目に見えぬもの……六道の言う、"繋がり"という形でな」

 

 必要としたのはもう一つ。あの場所で仙人が残した小さな火。新たな力を分け与えるのではなく、この体とチャクラが輪廻眼を受け入れるよう手助けし、己自身を形作る真の瞳力として機能するための足がかりを作った。カグヤの意志と拮抗する力を今一度、六道は呼び起こしてくれたのだ。

 かつて無限の夢を叶えんという、忍宗の教えに背いた形で仙人の力を得た者に。

 

――ハゴロモに会うまでは気づきもしなかった。気づこうとすらも。

 死人であり罪人としての己自身を認識して、奥底の真意を最後まで悟らせず隠し通して、己以外を相容れぬ者として内心では遠ざけてきた輩に、言葉や行動だけでは目に見えないものが期せずして形成されていたことに。

 

「今のオレが在るのは、他の者が居たからこそ……今なら分かる」

 

 レミリアは無言で十尾を映している。オビトも眼前の敵を真っ直ぐに見据えた。右眼の表面に浮かぶ波紋が勾玉模様に姿を変える。

 二人の周りを隙間なく包囲する、そびえるような分裂体とは比べ物にならない大きさの黒い球体を、十尾は頭上に形成し始めていた。

 

「脆いままだ」感情のこもらない声。「欠片を振り回して何になる。お前らはここで死んで、平和のための礎になるしか道はない。今さら借り物ごときで視抜けるとでも思うのか」

「来るわよ、オビト」

 

 視界を埋め尽くす大きさの球体が、逃げ場を潰された二人に押し寄せる。

 咄嗟に身構えたレミリアを、揺らめく巫覡の姿が包み込み、外装をまとった須佐能乎が爆発的に膨れ上がる。鼻の長い天狗に酷似した面、勾玉状の耳飾りが顕現し、物質化した月草色の鎧が浮かんだ。握られた刀身は漆黒に染まっている。

 

(六道が信じた……オレ自身の力。ならばこれも)

 

 迫り来る球体を前に瞼を瞑る。時空間忍術の始祖たる黄泉比良坂から分離した瞳術・神威。名称の通り神の威光として、他者を従わせる力と支配欲を持った者と、無限月読を以って全世界の人々を一つにせんとした者には、この上なく相応しい言葉と言える。

 なればこそ、己自身の一部として、黒き意志を打ち砕く力として存在できるのだ。

 

 素早く動作した須佐能乎。神威の『歪』そのものをまとった月草色の剣が空間を斬り、刀身に触れて分裂した求道玉が渦の中に消え去る。間髪容れず周辺一帯を薙ぎ払い、周辺を囲んでいた分裂体共が消えて視界が開けた。

――万華鏡の瞳術は、付属効果として須佐能乎の武具に付加できる。神威という瞳術を発現させた特殊なチャクラも須佐能乎も、そもそもが自身のチャクラであり、同質の物同士が混ざり合わない道理はない。攻撃に転用した場合に効果範囲が極端に狭くなる神威との相性は極めて良好だ。左眼と違って遠距離攻撃ができない代わりに、刀身に触れたものを総じて時空間へ葬り去るという使い方ができる。

 鎧の維持に加えて多量のチャクラを消費するが、元々にある莫大な量のチャクラのおかげで負担は感じない。右眼が早々に馴染まなければ通常の神威すら使えなかっただろう。

 

「こいつらを掃除して一気に道を開く。それにはお前が必要だ。今だけは合わせてくれるか、レミリア」

「うぇ?」

 

 名を呼ばれたレミリアはオビトの横で目を瞬いた。暫し呆気に取られていたが、頭を振ってすぐに冷静さを取り繕う。

 掌に渦巻いた血霧が物質を形成すると、顕現したのは紅蓮の大鑓。「ふふん」と鼻を鳴らす。

 

「手を借りたいだなんて、ようやくこの私のすごさと偉大さが理解できたのね。私とて忠誠を誓う者の手を振り払うほど愚かではない……いいでしょう」

 

 尊大な口調で言い放っても勘違いを捨て切れない。緊迫した状況で一々修正させることもなく、大鑓を構える小さな姿を須佐能乎のチャクラが覆い隠した。

 

 時間はかからなかった。レミリアは鎧に開いた隙間から飛び出した。大きく振りかぶって「畏れろ!」という甲高い声と共に投擲、周囲の空間を歪ませる奇怪な大鑓が彗星のごとく飛翔した。神槍の爆発力を内包した神威の鑓が一直線に走り、射程上に蠢く分裂体をまとめて時空間へ消し飛ばしながら十尾に迫る。

 瞳術・神威は効果範囲が極端に狭い上、物理的な破壊力・推進力も欠いている。これら三点を補える大鑓ほど組み合わせに相応しい力はない。付け焼刃でもチャクラ比が一致したのは、紅魔館で半ば興味本位で行った実験が満を持して役に立ったからだ。レミリアの吸収の早さには驚かされる。

 さらに妖怪である彼女のチャクラは、十尾に通ずる自然エネルギーに近しい性質を持つ。人里や図書館で頭に叩き込んだ書物の内容も無駄ではなかったようだ。

 

「こんな使いかたがねえ。半信半疑だったけど……なかなかだったわよ」

 

 レミリアは投げた反動を利用してとんぼ帰りすると、疾走する巫覡の中に涼しい表情で戻る。

 ぶっつけ本番である上に、道を切り開くことに注力した分、神威の大鑓でも本体を滅却するまでには力及ばなかったが、僅かに躱し損ねたらしく、十尾の左半身には不揃いな大穴が開いている。形態変化させて作った求道玉の盾で防ごうとしても、その玉ごと別空間へ転送すれば意味をなさない。

 神威の槍が風穴を派手に開けたせいか、十尾は接近に対して無言で立ち尽くしている。

 

 以前の綱引きはボロボロの状態で、挙句は失明にまで陥ったが、現在は借り物でも本物の輪廻眼があり右眼の瞳力がある。十尾に止めを刺すためには大いに役立つ力だ。人間道・吸魂の術を利用した、チャクラの干渉と高い掌握能力に上乗せする形で、餓鬼道による封術吸引を発動すれば、始球空間の時よりかは魔像からチャクラを引き剥がしやすくなる。

 六道の力を乗せて綱引きに今一度持ち込み、同質のチャクラによる引き合いを利用して奪い取る。神樹にへばりついた攻撃意志を滅却するなら、尾獣の本体を持たない上に、無限月読を完成させた直後でチャクラを消耗している今しかない。神威で削れば確実に隙を生むだろう――。

 

「待ちなさいっ!」

 

 逸早く何かに反応したレミリア。障壁となる分裂体を吹き飛ばした直後、十尾に全ての意識を向けていたオビトは咄嗟に気づけなかった。

 突如として地表から噴き出した凄まじいチャクラの奔流が、神威を振るわんとした須佐能乎と十尾の間を隔てて、高々といくつもそびえ立ったのだ。

 

「……奪ったチャクラか!」

 

 あまりの勢いに動きを止める。写輪眼を通して視えたのは、天体を介して神樹から供給される膨大なチャクラの流れだ。樹木の蔓に絡め取られた犠牲者達のチャクラが、その全てが一点に、息切れする十尾の体に集まっていく。

 激しい震動に巻かれて硬直するオビト、レミリアに代わるように、今度は頭上から二人分の影が急降下して現れた。博麗霊夢と綿月依姫が十尾を挟み、上空から急襲して同時に攻撃を仕掛けたのだ。夢想天生と神降ろし、神にも匹敵する力を扱う二人は揺れと奔流をものともせず、無防備な十尾が霊撃と神力の直撃を浴びた。

 

「――どっちも効いたぞ。小さきチャクラ共」

 

 なおも倒れない十尾を前に霊夢が歯噛みする。祓い棒による強烈な霊撃が食い込みながらも、十尾の口元から笑みは消えない。

 チャクラを吸収する十尾に追撃を加えようと動いた依姫だが、隆起した地表を突き破って現れた蔓に絡め取られ、体ごと空高くまで持ち上げられた。すぐさま斬り裂いて振り解くも、背後から迫っていた分裂体の拳が命中し、やむなく須佐能乎の傍に着地する。

 

「大幻術すら通らないか。侮れない術だ。チャクラの影響も受けていない……それ相応の負担はかかったようだが」

 

 夢想天生状態の霊夢を至近距離で視ながら口を開いた十尾。今となっては解術する隙も見出せず、霊夢は額に汗して呼吸を乱していた。

 

「まだ、こんな……いい加減しつこいっての――!」

「安心しろ」十尾は目を見開いた。「機は熟した……終わりは刻一刻とせまっている。月人共のチャクラが満ちた時、我らが始祖は長き眠りより目覚める。それを妨げるのは……」

 

 額の輪廻写輪眼が真っ赤に輝いた。不気味なほど滑らかな動作で腕を上げると、霊夢の肩にそっと手を触れた十尾。

 それだけだった。何が起こったのかを認識する暇もなく、霊夢の姿がチャクラごと忽然と消えた。

 

「気配が感じられない……さっきと同じ力?」

 

 依姫は慎重に帰して十尾を見据える。思い当たる節はあるものの、不可解な現象を目の当たりにして迂闊に動けるはずもない。

 神経を研ぎ澄ませて太刀を構え直した時、依姫の視界が渦状に歪み始める。十尾の術中に嵌ったと危ぶんだ瞬間、月草色に染まる景色が渦に巻かれて目の前に現れた。十尾を睨むオビトの姿が傍にある。

 霊夢が消えた辺りをレミリアは黙って映している。「今のは?」と疑問を投げかける依姫に、オビトは「オレの術だ」と早口に答えた。

 

「……無限月読とやらで力が戻りつつある。出し惜しみを見せ始めたって感じじゃなさそうね」

「分散したチャクラの埋め合わせ、とでも言ったところか」

 

 依姫の言葉にオビトは頷いた。生き延びていたオビトの姿を確認しても、依姫は驚いた様子を見せない。十尾との戦いの最中に別れていた二人だが、再会の言葉を交わす暇もない状況に置かれている。

 

「姿形だけじゃない……中身まで奴に近づいてやがる。別空間にまで干渉する力を……」

 

 黄泉比良坂は天之御中と並んでカグヤを象徴する力。異なる空間同士を繋ぎ合わせる時空間忍術の源流であり、印やマーキングどころか予備動作もなしで空間に穴を開ける。不可侵領域であるはずの神威空間にも干渉できる精度の力だ。紫のスキマにも似ているが、神の類が行使する点に差異があると言える。おそらくは純狐やサグメら神霊にも通ずるはずだ。

 意志がこの体を使って博麗大結界に穴を穿った時のように、異空間同士を繋げることは神威にもできるが、代わりに多大な負担を心身に強いる。チャクラと力を完全に取り戻した暁には、封印以外では手がつけられなくなるだろう。

 

「繋がりが光になると言ったな――」

 

 神出鬼没な力ほど得体の知れないものはない。オビトが再び行動を起こした直後、横に居たレミリアの姿が消えた。依姫の方へ反射的に視線を向けるが、須佐能乎の内に開いた黒い裂け目の中に引きずり込まれ、主を失い落下した太刀が音を立てる。

 ほんの一瞬の出来事にオビトは押し黙る。十尾は「お前は」と続きを吐いた。

 

「奴の――ハゴロモの意志。消耗したお前を支えているものだ。ならその大事なチャクラの繋がりとやらが失われたら、どう思う」

 

 感情のこもらない淡々とした物言い。侮蔑や嘲笑の欠片もない冷徹な声が耳に入ってきた。

 須佐能乎をまとって駆け出そうとしたオビトだが、その前に頭上から降ってきた人影が傍に着地して足を止める。

 

「この程度で示した、などとはほざくまいな? オビト」

 

 砂塵の中から現れたのはうちはマダラ。薄紫色の眼に暫し十尾を映した後、月草色のチャクラに包まれた姿を捉えた。鋭い視線は須佐能乎から右眼に移る。

 

「やはりオレの眼を使ったか。色々と知らんチャクラもある。見る限り万全とは程遠いサマだが……この短時間で完全体にまで至るとはな。頑丈な奴だ」

 

 マダラは探るように声を出した。オビトは黙って十尾を映している。

 抑制され続けていた十数年分の反動が一気に来たか、十尾の元人柱力としての底力か、あるいは本人の言う繋がりとやらが奇跡を起こしたか。いずれにせよオビトの成長速度には目を見張るものがある。柱間細胞の生命力、仙人化を経て発現した六道の力と十尾のチャクラ、第三の瞳術を開眼した万華鏡――そしてこれらを御する強かな精神力。

 仮にも育てた側としては思うところも多い。マダラの口元に初めて笑みが作られる。

 

「よかろう」

 

 六道が生涯信じていた忍宗の力。チャクラを通じた繋がりがどれほどの力を生むのか。想いがどこまで強固になり得るのか。自身さえ脅かす者の力を前にどう足掻くのか。カグヤの意志は取るに足らないと切り捨てるだろうが、呆気なく終わらせるのは勿体ない。

 面倒臭い思想を持つ輩に看取られたせいで、遂に中身がどうにかなったのか。何とも物好きなものだ。

 

「が……お前はまだ、その眼を扱い切れておらん」

「どういう風の吹き回しだ。今度は何を企んでいる……マダラ」

「せっかくだ。この小うるさい舞台に、さっさと幕を引いてこい」

 

 これまで延々と傍観者に徹していた冷徹な男が、あろうことか肩を並べて十尾と対峙している。口元には戦闘狂よろしい笑いまである。多くを語らぬままに、爆炎を発した青いチャクラに覆われた。印が結ばれる。

 迸る稲妻と音。マダラの両手から放たれた紫色の雷撃が地表を走り、無数に枝分かれしながら十尾へと向かう。察知して飛んだ次の瞬間、十尾の体が見えない力で地上に叩き落とされた。

 

「視認程度は造作もなかろう。今ならな」

 

 マダラの滑らかな言葉を聞いて、オビトは右目を万華鏡から輪廻眼に変化させる。全身が白塗りされたような二人のマダラが十尾を捕縛している。

 見えざる世界『輪墓』より呼び出された術者の影――現世と地獄の境に存在する辺獄には、この世の者はおろか死者でさえ手出しできない。そのうえどちらも須佐能乎をまとい、十尾は雷撃の残り火を受けながら二振りの剣に貫かれていた。

 餓鬼道や六道仙術で反撃できる状況ながら、束縛効果を宿した先の雷撃が動きを止めて、マダラが間接的にチャクラを乱しているのだ。十尾は苦しみながら額の目を見開き、瞬間的に供給過多となったチャクラが体から噴出する。

 

 オビトはゆっくりと歩み始めた。マダラの眼が危険な輝きを帯びている。映るはたった一つの異色。

 

「運命ってのは勝手だが、感謝するのも悪くないな」

「砂利めが。二度と生意気な口が利けんよう、格の違いを教え込んでやる」

 

 十尾が堪らず叫び声を上げると、咆哮を上げた無数の分裂体が一斉に襲いかかる。

 目を走らせる親と子、もといマダラとオビト。両面宿儺の持つ四本の腕がチャクラの剣を振りかざし、凄まじい斬撃の余波が周囲の分裂体を一掃する。オビトも負けじと神威の剣で続き、両者共に足裏を蹴って競うかのごとく疾走した。ぶつかり合う青色と月草色のチャクラは互いに一歩も譲らず、勢いが増せば増すほどに化け物共が消し飛んでいく。宙を舞って消し飛ぶ肉塊は増えていく。

 桁違いの強さを誇るマダラが縦横無尽に暴れ回る中で一直線に十尾を目指し――黒い裂け目の中に消えんとする姿を、数分の狂いもなく写輪眼に映した。

 

(失ったらどう思うか……考える必要はない。死んでも失わないからな)

 

 馬鹿馬鹿しいという顔で強引な結論を捻り出した悪ガキ。左眼は黒い裂け目を捉えている。裂け目を巻き込み発生した空間の渦に巻かれて、オビトは十尾と共に国産ノ狭間から消えた。

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