THE LAST PHANTASM -OBITO- 作:大兄貴
鎧武者の額部分に黒衣の男が包まれている。混沌としたチャクラはオビトの物で間違いない。
酸の海に消えた者が健在で姿を見せたことなど、あれを視た今では取るに足らない。全ての意識は目の前の巨体に向けられてしまう。あのマダラを思い起こさせる光景だ。
「馬鹿な?」
規格外の大きさを誇る鎧武者。山伏装束と鎧に身を包み、大天狗に酷似した禍々しい面。巨大規模の両翼。足先までの下半身の存在と、翼に各々同化した二振り分の太刀の鞘。不安定に揺らめく形状とは程遠い、明確な『武具』としての太刀が細部に至るまで再現されている。物質化の極致だ。
大きさこそマダラの物に劣るが見間違えようもない。第三の瞳術・須佐能乎の完成形態――。
「永遠の光を手にした者だけが開眼し得る……奴の輪廻眼を移植したからか? 違う、しょせんは隻眼だ。右眼だけで何ができる……」
万華鏡の開眼者が到達できる段階は完全体が関の山。須佐能乎の最終形態にまで至るなど、永遠の万華鏡写輪眼の開眼者でなければあり得ない話だ。完成体の発現は永遠の光を以ってのみ可能となる。
永遠の万華鏡写輪眼――輪廻眼の一つ前の段階。万華鏡の瞳力が文字通り永久不変のものとなり、視力の低下や失明という大きなリスクが永続的に消滅する。どれだけ酷使して負担をかけようが、その眼は二度と光を失うことはない。チャクラが続く限りは無制限に固有瞳術を行使できるという、通常の万華鏡よりも遥かに格上の形態だ。
開眼条件は単純で、第三の瞳術の開眼者に他者の万華鏡を両眼共に移植する必要がある。正確には須佐能乎の開眼により変容した万華鏡のチャクラと、他者が持つ変容チャクラが合わさることで、移植された者のチャクラがさらなる変化を起こす。このチャクラが視神経に反応して初めて、次の段階である永遠の光が発現する「ことがある」。つまりそこには成功率という概念があり、他人から譲り受けるなり奪うなりして移植したからと、必ずしも開眼に至るわけではない。万華鏡を開眼するだけならともかく、須佐能乎まで発現する者自体がそもそも稀とされている。その先に待つ永遠の光にまで到達した者など、うちは一族の長い歴史上でもマダラやサスケなど数える程度しかいないのだ。
近親者ほど適合率は「高くなる」。そうでない者は限りなくゼロに等しい上に、近しい者ゆえにと確実に成功するわけでもない。これはチャクラの質が自分の物に近いほど混ざりやすく、安定した一つのチャクラとして成り立ちやすいことが関係する。
「こいつが永遠の光を……あり得ないことだ」
うちはオビト。両親は物心がつく前に他界しており、血を分けた兄弟もいない。近親者と呼べる者は誰一人として残っていないのだ。いたとしてもここが忍界とは別の世界である以上、当然ながら接触する機会などあったはずもない。となれば考えられる可能性は一つ、うちはマダラの存在である。
近親者の定義には当てはまらずとも、要するに須佐能乎を双方共に開眼していて、チャクラが混ざり適応しやすい状態にあればいい。そろって須佐能乎の完全体にまで行き着き、柱間細胞を移植して変容したチャクラや、六道や十尾という同じチャクラをも宿すことから、必要な条件はこの上なく満たしている。確かにマダラの眼を移植すればあり得ない話ではない。
然るに『両眼』だ。両眼分のチャクラが必要なのだ。右眼しか移植していない者が永遠の光など得られるはずがない。
あるいは六道の眼――千年以上もの永きに亘る活動の中でも前例はなかったが、一時的とはいえカカシが使用した完成体と同じ理屈ならば。永遠の万華鏡の次の段階である輪廻眼を宿した事実、人柱力として覚醒して得た六道の力という『例外』と併せて、段階を飛ばして開眼に至った可能性も否定はできない。
大は小を兼ねるとの話なら、輪廻眼も元を辿れば写輪眼から進化した瞳力だ。
「イヤ……そうか、こいつ――」
ここでかつての記憶を思い返す。何のことはない、雨隠れにおける小南との戦いでイザナギを使用して、オビトは借り物である『左眼』の光を失った。その後に代わりとなるマダラの眼を、白黒ゼツとして移植する手伝いまでしたではないか?
カカシの時と比べても段違いのチャクラを発している。本来の持ち主ゆえの力なのか。
膨大な月草色の炎を撒き散らしながら、完成体須佐能乎は右の鞘から太刀を抜き始める。四分の一ほど抜いたところで素早く抜刀し、森羅万象を打ち砕く刀身が十尾を押し潰さんと迫る。十尾は辛うじて避けると黒い裂け目に入り、須佐能乎の額部分に移動した。
「納得させられたぞ」
間違いなくオビトはそこに居た。傍には水中を漂うかのように仰向けで浮かぶレミリアの姿がある。意識がないだけで命はあるようだ。
「六道やオレのチャクラだけでは都合が良すぎると思ったが……大戦前に移植した左眼が悪戯をしたか。まさかお前のチャクラが時を越えて奇跡を起こすとはな」
「奇跡だと?」オビトが瞼を開いた。「これは当然の力……死に際になって、ようやく枷を解いただけのことだ」
「枷か」十尾は無理やり笑う。「……カグヤを前に披露した物とは少し違うな。左眼に傷がないのはお前だからか? あの空間で生き延びたのも、こいつのおかげだったわけだ」
須佐能乎は姿形以外の事細かな部分も、ある程度ながら術者の内面に依拠した形で顕現される。
オビトが死後、肉体を離れた己が魂を導き、チャクラ体としてカカシ達に助力した時は、少なからずカカシを思わせる特徴が完成体に表れていた。目の前の完成体は前回と異なり、眼の本来の持ち主が行使する物だからか、左目の上から下にかけて見られた刀傷が消えている。体躯もあの時より大きく増しているようだ。
空間ごと捻じれ始めていた十尾が咄嗟に距離をとると、左眼の結界空間を解除したオビトが遠い目を見せた。
――酸の海と迫る激流。思い返すだけでも身の毛のよだつ光景だった。
時空間へ逃げ込む余裕が失われたまま、意識のないレミリアと共に酸に呑まれた。チャクラを溶かす溶遁と沸遁忍術の源流たる原始の力だ、生身に受ければ一溜まりもなかった。眼下がただっ広い大海原では逃げ場などなく、消耗を考慮すれば二人とも焼け死んでいただろう。
(…………)
十尾の前では平静を装ったが、内心では驚愕のあまり惑い続けていた。紫や妖精の手を借りて右眼を移植する以前から、写輪眼に精通する者として予測できていたとはいえ、十数年の時を経て初めて開眼して未踏の域に入ったばかりで、感覚が追いつかない部分もあった。
酸から身を守ったのはマダラやサスケと同じもの――『完成体須佐能乎』だったのだ。
経緯は何も綺麗なものではない。それは十尾に対する強い執念。何があっても生き延びるためにと我武者羅に足掻き、心の底から生への渇望を抱いた時、体内のチャクラが最後の胎動を起こして発現した。
結果として酸の霧や激流は、鎧の一部を溶かしはしたものの、完全体を凌駕するチャクラを溶かし尽くすには至らなかった。須佐能乎の中で咄嗟に神威空間へ避難してやり過ごし、ほとぼりが冷めてから外へ出て空間に穴を開け、十尾のチャクラを追って始球空間に辿り着いたのだ。
第四次忍界大戦の開戦前に左眼、輪廻天生により蘇った後に右眼と、満を持して両眼を移植した経緯は当然として、最たる要因は六道の火を灯したがゆえと信じている。精神世界で会った仙人の言葉通り、六道の眼を己が瞳力として機能させて、眠れる力を今一度呼び起こす手助けをしたのだと。
(そして奴の力も……傀儡として生きた経験までもが、こんな形で)
これまでの関係を考えれば複雑な心境だが、マダラと同じように柱間細胞を移植されて、紆余曲折を経て輪廻眼や十尾の力を宿していたがゆえに、万華鏡の適合率がこの上なく底上げされる結果となった。親と子などと面と向かって指摘を受けても、不本意ながら反論はできなさそうだ。
ここは来たるべき運命になぞらえた、生と死が交錯する始球空間。あの戦いでカカシの視界を借りて見ていた景色が、今や自身の眼を通して映っている。
ならばせっかくだ――あいつが命を賭して仲間を守り抜いた時のように、このうちはオビトも英雄の真似事をしよう。そうすれば今度こそ本当の意味で、誰かを背負うことができるかもしれない。
――今だけは忘れるとしよう。かつて犯した大罪を、ほんの少しだけ。
オビトの視線が前方に浮遊する十尾から、眼下で鎧武者を見上げる二つ分の人影へと移る。発動した両眼の瞳力が直接的に引き寄せ、右手の前には霊夢、左手の前には依姫が渦に巻かれて出現し、レミリアに続いてチャクラに包み込まれる。端正な顔立ちの少女が二人、両手に花――などということはない。
霊夢が「は?」という表情でオビトを二度見した。急に視界が歪んだと思えば、次の瞬間には本人が真横に現れたのだ。神威の効力を知る者でも驚きはする。依姫の方は神威など何一つ知らないにもかかわらず、平然とした面持ちで話しかけた。
「この空間を介して力を吸収したみたいでね。私をボロボロにした時とは比べ物にならない。貴方が言っていた手だけど……あれは今でも有効と視ていいのかしら?」
「おそらくはな」
綿月依姫が手酷くやられるなど想像しがたいが、顔も腕も体中が目に見えて傷だらけで、体内のチャクラが相当弱まっている。熱砂に放置されて死の床が迫っていたレミリアほどではないにしろ、疾うに限界が近づいていても不思議ではない。この様子では立っているのも苦しいはずが、震えの一つもない辺りはさすがに月の民か。
「月人たちから集めたチャクラが順応せず、補助として機能し続けている間なら、土台を排せば崩れるはずだ。力を強めようが根の部分にある尾獣チャクラに拠るのは同じ……付け入る隙はある」
理屈は精神エネルギーの順応と同じだ。月の民のチャクラは回収ではなく収集したに過ぎず、元よりカグヤが神樹の実を喰らい得た物ではない。質も比率も何もかもが異なるエネルギーをいきなり取り込んでも、己のチャクラとして溶け込むには、あの莫大な量から見てもそれなりの時間を要する。完全に順応する前の不安定な状態で、吸収した物と結びついている『柱』――十尾のチャクラを全て引きずり出せば、拠所を失ったチャクラは離れて本体の動きは止まる。
「……安心したわ。ひとまずは」
不思議な手触りのチャクラに身を預けながら、依姫は一息つくように瞼を閉じた。
霊夢は背後でレミリアの頬を叩いている。いまだに目を覚ます兆しを見せていない。この中では最も重篤な容態に陥ったのだ。オビトにしても完成体の維持に必要なチャクラが持つかどうかが問題である。
物事に慣れ不慣れがあるように、瞳術もある程度にまで使い慣れると負担は減少する。大戦の最中に輪廻眼を開眼したサスケと同じで、発現したばかりで心身に馴染んだわけではない。慣れのない力もほんの僅かな時間で使いこなす、カカシのような天賦の才があれば違ったかもしれないが、生憎と血統に恵まれただけで忍としての才能は並。これまで通りのぶっつけ本番で不器用に臨むしかないだろう。
「奴さん、お待ちかねみたいね」
霊夢は祓い棒を手に十尾を見据える。幻想郷、月の都、忍界と奇妙な共同戦線ながら、いずれも目的が共通するからこそ協力し合う。本来なら異変の解決者は霊夢一人のところ、今回に限っては一括りにしても間違いではない。
「こっからが正念場。やってやろうじゃない」
「油断は禁物だ。色々と未知数なところが多い……奴はな」
永遠の光を宿して完成体まで発現させたとはいえ、風火土雷水陰陽の性質を組み合わせた求道玉を始めとする血継網羅、輪廻写輪眼を含む固有能力を真正面から相手取るのは無謀。一発でも喰らえば死ぬとでも常考すべきだろう。特に灰骨は触れた部分を抉るに止まる求道玉よりたちが悪く、欠片でも皮膚に刺さればそれで終わりだ。二度と目覚めることはない。
右眼を中心として渦が巻き、銀色の輝きを帯びる大太刀が吐き出された。国産ノ狭間に落ちていた物を拾得していたのだ。それをオビトから無言で手渡されると、何故か依姫は呆れたように息を吐いた。
「休ませてはくれないのね、なんて。冗談に聞こえた?」
「無理はしなくていい。その体ではまともに動けんだろう」
「半々よ。今回はこちらがバックアップ……メインの貴方に合わせるわ。励みなさい」
「……言われるまでもない」
こう見えても依姫はオビトより遥かに年上である。
三人が構えると共に十尾は動いた。犠牲者達からチャクラを吸収して瞳力が増大したせいか、眼前に展開されたのは見上げるほど巨大な黒い裂け目。
案の定と言うべきか、弾幕のようにばら撒かれた灰骨の群が須佐能乎目掛けて飛んだ。大きな的に当てるにしては数が異常に多い。須佐能乎本体と消耗した他の三人も当然の標的だ。
「骨密度の薄そうな骨。あいつが手札に使うんだし、相当ヤバイんだろうけど……」
「説明できるほど知るわけじゃないが……当たったら死ぬとだけ覚えておけ」
瞳力を込めながら早口で応対する。霊撃による弾幕を撒いて負けじと迎え撃つ霊夢だが、灰骨の軌道を僅かに逸らすに止まり、光弾は総じて消し飛ばされている。
共殺の灰骨は全ての物質を無に帰す血継網羅の一つ。対象の防御を無視して突き刺さり、肉体を塵芥に変えて崩壊させる。たった一本で堅牢な完成体須佐能乎に大穴を開けるほどだ。威力という概念すら通ずるか怪しいもので、真っ当な理屈を見出そうと頭を悩ませるだけ無駄だ。対処法としては躱すか時空間へ飛ばすしかない。
神威は灰骨に真正面から対抗できる数少ない瞳術だ。完成体はカカシに先を超されてしまったが、万華鏡の瞳力は本来の持ち主の方が遥かに上。今なら神威も須佐能乎も、どちらもあの男より上手く使いこなせる自信がある。
物思いに耽る時ではないというのに――幼少期の負けず嫌いが祟ったのだろうか。
両眼に力を込めて完成体を制御する。山のごとき修験者は巨腕を交差させると、左右の翼に差した鞘に手をかけ、禍々しいチャクラの噴出と共に抜刀した。物質化した二振りの太刀が顕現し、振り払った月草色の刀身を切っ先で触れさせる。
先端に生じた空間の歪が、接触部を離すに従って巨大化していく。完成体そのものを呑み込むほどの大口が渦を巻きながら開かれ、灰骨の豪雨は一本たりとも到達しないまま、次々と神威空間へ呑み込まれていった。
(瞳力を宿した武具――『眼』そのもの、か。須佐能乎ごと護るにはちょうどいい)
完成体を利用して増幅させた瞳力による神威は、大筒木の威光を喰らい尽す大穴を作り出した。
命名するなら剣や槍になぞり神威の穴。某先生のように(無駄に)ごちゃごちゃとした、しかしどこか格好よくもあるネーミングセンスを炸裂させるよりは、見たままで捻りもなく、単純な名をつける方がしっくりくる。もしくは早々に近くで「大した亜空穴ね!」と言った霊夢の言葉に倣い、神威亜空穴と名付けるのも悪くはない。『天地断絶・超螺旋大車輪墨染ノ陣』よりはマシだろう。
「追撃には火力が足りないか……早速で悪いが手を借りるぞ」
「ええ、お安いご用よ」
詠唱と共に依姫の掌が燃え上がる。神力を収束させる月の巫女を前に、地上の巫女が頭を掻いて進み出る。
「巫女の力も神降ろしも、あんただけのもんじゃないのよ。その様子じゃ頼りないし……今回だけは手ェ貸してやるわよ。感謝しなさい」
「……強かな面は相も変わらずね」
きちんと謝意を求める辺りは彼女らしいと言える。霊夢が依姫の肩に手を乗せると、掌の炎は混合した霊力で一段と強くなる。オビトが大穴に右眼の瞳力を上乗せし、嵐のような凄まじい送風が十尾の体を吹き飛ばした。
須佐能乎を制御しつつ火遁の印を組む。口内より吐き出された炎と愛宕の紅蓮が着火、風に巻かれて多重螺旋となり超巨大規模に膨れ上がった爆風が視界を埋め尽くした。通常の数十倍はある風量にオビトの火遁、依姫達が放った神霊の火が融合したのだ。
あまりの光景に目を細める霊夢とは対照的に、依姫は太刀を手に澄んだ表情で佇んでいる。
「愛宕様より熱い火は現存しない。単純に火を点して威力を高めるにも相性は好い感じね」
有効打となる十尾チャクラを練り込んだ火遁でも、火力は愛宕の火の方が上である。仮にも火遁を得意とする一族の生き残りとして、オビトも色々と思うところは多かったが、こんな時なので口には出さない。知ってか知らずか悪戯っぽく笑う依姫。
「不足分を上手く補い合ったじゃない。この大きな鎧にしても、なかなか見所あるわよ貴方。異界の民は地上人とは言えないし……瑕穢を浄化して屋敷の番か身辺警護を任せるのもいいわね」
「具合を心配していたが、冗談を並べる元気はあるか」
「どうかしらね。これが最後だなんて、思ったのかもしれない」
依姫は遠い目で煙を見つめる。横顔はどこか儚げに映る。騒擾が災厄をもたらすほどに膨れ上がり、月の民として押し殺していた感情の一部が露呈し始めているのか。
オビトが無言で視線を戻そうとした時、探知系統の霊術で周囲を探っていた霊夢が逸早く何かに反応して、「捉えたっ!」と大声で二人に呼びかけた。咄嗟に写輪眼で煙を見通して映ったのは、方向転換して上空へと飛翔する十尾。それを合図に地響きが起こり、割れた地面から青々しい奔流がいくつも昇っていく。
四人を取り込んだ完成体が大翼を羽ばたかせ、始球空間を勢いよく飛び立った。
砂塵や煙を突き抜けて星空を映した瞬間、宙を浮遊する十尾の姿がはっきりと見えた。
今やチャクラが安定していない。負担が蓄積された体に同質のチャクラをもろに喰らったせいか、黒い顔を憤りに歪めており、無限の月光で奪った膨大なチャクラを螺旋状にまとって侍らせている。
「無力な肉塊共が」
元の毒舌っぷりが前より見え隠れしている。再び苦しみ始めた十尾の背中を突き破り、爆発的に飛び出した黒々しい十本の尾が周辺に広がり蠢いた。地上から昇るチャクラの群は枝分かれして全ての尾へ供給されていく。
長い黒髪に黒染めの顔、耳元まで裂けた不気味な口と笑い声。見開かれた白眼。額の輪廻写輪眼が輝きを増している。
姿形だけなら親元のカグヤを再現しているが、禍々しいチャクラと剥き出した感情の激流はかけ離れている。むしろカグヤは心が失いようで情を感じない人物だ。
「――カカシの時と同じだなオビト。お前は生きても死んでも邪魔をしてくれる。新たに宿った力ごと――ハゴロモの脆弱な繋がり諸共に、オレの世界から消え失せろ!」
容赦する気は微塵もないようで、一行の姿を見るなり展開させた裂け目から、再び無数の灰骨が豪雨となり降り注いだ。先ほどとは比較にならない物量により神威を使う隙を奪われたが、今一度霊力の供給を受けた依姫が刀身に愛宕の火を乗せて振るい、十尾チャクラを融合させた放射状の爆炎が大渦となり骨の雨を消し飛ばした。
裂け目から絶え間なく射出される灰骨を前に、完成体は空を高速で旋回しながら回避し、残り物は『右眼』の太刀が総じて空間ごと斬り裂いた。忍の神に比肩するマダラの完成体には破壊力も規模も劣るものの、神威の力を宿したオビトの物は回避能力と飛翔速度がずば抜けている。
完成体を以ってして十尾との差は埋まらない。然るに戦場に立つのは一人ではない。須佐能乎で対処し切れない分を依姫と霊夢が引き受ける――二人の助力は堅牢な布陣を作り、灰骨の群は巨体を掠りもしなかった。それでも十尾が明らかに殺しにきている上、やり過ごす灰骨の量が多すぎるために、三人の力を結集させても長くは持たない。
外道魔像という名の巨大なチャクラの貯槽があり、始球空間を介して外部から供給を受け続ける十尾に持久戦を仕掛けても、勝ちの目など出るはずもない。三人のチャクラには限りがあるのだ。
「埒が明かない、何とか近づかなきゃ――」
度重なる霊力の放出に息を切らしながら霊夢が叫んだ瞬間、避け切れなかった灰骨の一本が須佐能乎の額部分に突き刺さる。触れたチャクラに亀裂が生じたと思えば、勢いを失わないままに直進してオビトの胸部を貫いた。
思わず口を開きかけた霊夢だが、実体分離ですり抜けさせたオビトは顔色を変えない。
「二人とも……援護を頼む!」
依姫の横で驚愕する霊夢を余所に、オビトが力を振り絞ると共に須佐能乎が動いた。
完成体は万華鏡のチャクラを練り込んだ鎧であり、内部は神威の影響を受けて常にすり抜け状態にある。内包された者が攻撃を喰らうことはない。須佐能乎が解術されるか、破壊されて力を失わない限りは継続する。だが十尾が相手である場合、須佐能乎の破損部分の修復の他、灰骨自体にもチャクラを削り飛ばす厄介な効果が乗っていることから、力を温存するために接触は極力避ける必要がある。それに永遠の光を開眼した今、カグヤの攻撃を完成体で受けるよりは、神威を連発する方が負担は遥かに少ない。
地上と月の巫女、両者の霊力が愛宕の爆炎となり灰骨を焼き尽くしていく。完成体は助力を受けながら十尾との距離を着実に詰めていく。その時だった。完成体を覆い隠す規模にまで膨れ上がった尾が、先端を獣の頭部を思わせる形状に変化させて喰いかかってきた。
右眼の太刀で空間ごと消し飛ばそうとしても、あの数では目と鼻の先に迫った時には遅すぎる。オビトは完成体を操作して二振りの太刀を鞘に納めた。動かんとした二人を素早く制止すると、左眼の瞳力を須佐能乎の両手へ集中させる。
漆黒色の三方手裏剣が六枚、鎧武者の指先に顕現した。
(感覚が戻ってきたか。後は確実に仕留めるだけだ)
完成体は速度を落とさないまま、神威の瞳力を込めた巨大な手裏剣を投擲する。凝縮された黒いチャクラは渦状のひずみを作りながら始球空間の空を切り、顎をこじ開けて迫っていた尾に接触すると、発生した大渦に吸い込まれて頭部が千切り飛ばされた。逼りくる尾は次々と霧消していく。分散したチャクラは小型の獣となり完成体に襲いかかるが、触れる前に霊夢と依姫が霊力と神力の奔流で焼却した。
チャクラの鎧を動かして右の鞘を抜刀、生き残った最後の尾の内部に飛び込む。
周辺一帯が血のような色のチャクラで満ちている。神威の太刀で尾を斬りながら前進し、外部へ脱出すると同時に一刀両断した。目線の先には十尾が揺れている。
十尾チャクラと柱間細胞から生成した木の棒を握り締めた。咄嗟に近距離から射出された灰骨を左眼で飛ばすと、鎧武者は勢いを止めず十尾の体を掴んで捕獲した。
抵抗できぬよう体中のチャクラを指先に集中させるや否や、隙を見て投げた木の棒が一直線に飛んで突き刺さった。片手で印が結ばれると、挿し木はチャクラに反応して急激に生長し、鋭利な樹木が枝分かれして体内より貫いた。同質のチャクラが侵食して蝕み、十尾は苦痛の声を上げる。
――チャクラ同士が引き合い完成体の腕を通して呼応する。瞼を瞑ってぼんやりと見えたのは、新たな右眼を移植する前に、十尾と綱引きを繰り広げた精神空間だった。
「始祖の力は恐ろしいものだ」
オビトはゆっくりと目を開いた。須佐能乎を介して空間を繋げたのだ。柱間細胞に蝕まれて白く染まった右腕は、表情を歪ませる十尾の腹部に沈み込んでいる。薄紫色に変化した右目が開かれた。
「ここまで入り込まなければ、お前のチャクラには触れもしなかった。だがこれで宣言通り……終わりだ」
霊夢達による激しい抵抗を受けた十尾と同じように、オビトは疲労困憊で息を切らしていた。十尾の額にある輪廻写輪眼が忌々しげに見開かれる。
「失敗作風情が……お前のか細き意志になど潰されるものか、こんなチャクラ――」
甲高い雄叫びが空間内に轟き、周辺一帯の地面が隆起して吹き飛ぶと、二人の足元から噴き出したいくつものチャクラの塊は、瞬時に物質化して一斉にオビトを呑み込んだ。無限月読で吸い上げたチャクラの量は、以前にこの空間でやり取りした時とは段違いだ。
然るに遅かった。勝ち誇った笑いは忽ち凍りつくことになる。
目の前の異常なモノに気づいた時、十尾は力が抜けて体勢を崩しかけ、『ソレ』の認識に至った瞬間に口元を歪めた。当事者である本人すら予期せぬうちに、思いのほか早々に決着がついていたようだ。
生気の戻った黒髪、右手には黒い錫杖。見知ったようで知らない、異様な姿の男がそこに居た。